第1部 核融合エネルギーの技術的実現性

 

 

第1章 核融合エネルギーの将来像
 核融合エネルギーは、太陽をはじめとする恒星のエネルギー源であり、これを制御して利用できれば人類にとっては究極的エネルギー源となる。このため世界の先進国では国際協力により核融合の研究開発が進められている。
 日本が核融合エネルギー実現という壮大な目的にチャレンジして成功を収めることができれば、我が国のエネルギー問題の解決のみならず、人類の持続的発展に大きな貢献を果たすことになる。我が国は核分裂炉技術を含めて、新技術のFounding Fatherとなった経験が皆無に近い。しかるに核融合開発においては、我が国は炉心プラズマ物理、核融合炉工学ともに文字通り世界のトップランナーとしての高いレベルを誇っており、核融合開発における主導的役割を果たすに十分な資格を備えている。米国の宇宙ステーション、欧州の大型加速器におけると同様、日本は核融合開発で世界に貢献を果たすことができる。この役割はまた、エネルギー資源小国である日本こそが担うべきであろう。
 核融合開発には大規模な資金と人的資源を長期にわたり投入する必要があり、国民の継続的支持が不可欠であると共に、研究開発に携わる専門家の志気はそれを受けて高揚されるものである。それには核融合発電がどのようなものであり、その実現が人類の将来に何をもたらすのか、利点、欠点を共に国民の前に提示して判断を仰ぐと共に、専門家はそれを鋭敏に受け止めながら核融合エネルギー源の長所を助長し短所を克服することに専念しなければならない。このような視点から核融合炉開発研究に対する同様なアセスメントがなされている[1.1-1, 1.1-2].
 この章では、資源、環境、安全性、経済性など、エネルギー源にまつわる問題と核融合発電の関係について、他のエネルギー源とも比較しながら分析・検討している。

1.1 エネルギー事業を取り巻く環境と21世紀以後のエネルギー選択
(1) CO2排出と地球温暖化
 人類の歴史において、最近の数百年ほど急激にエネルギー消費が増大した時期はない。消費エネルギー増大分のほとんどは、石油・石炭を代表とするいわゆる化石燃料で供給された。エネルギー消費の経年的変化を図1.1-1に示す。18世紀に始まる産業革命以後、化石燃料の消費が爆発的に増大しており、このままでは何億年もかけて自然界が蓄積した貴重な化石燃料資源をわずか数百年で使い尽くすことになろう。

図1.1-1 人類による総エネルギー消費とCO2濃度の変化[1.1-3]

 しかしながら、この化石燃料の急激な消費の先には、資源枯渇という壁より前に新たな限界、すなわちCO2排出量の増加による気候変動の危険性が忍びよってきた。図1.1-1に同時に示したように、産業革命以後、地球大気組成中のCO2濃度も急速に増大しており、これが化石燃料の燃焼に伴うCO2排出に起因することが知られている[1.1-4]。
 大気中のCO2濃度の増大は、いわゆる温室効果(第1.3.2節参照)による地球気候の温暖化を招くと言われている。その変化は人の寿命に比して緩やかであるために、我々が直感として感じることはむつかしいが、近年の100年間に地球の気温はおおむね0.3〜0.6℃上昇したと考えられている。図1.1-2には、気温の温暖化シミュレーションと実測値との比較を示す。CO2濃度の増大効果だけでは気温変化を説明できないが、さらに火山活動の噴煙による太陽光の遮蔽効果と太陽活動の変動効果を計算モデルに加えると気温変化はかなり正確に再現でき、CO2濃度の増大による気温の有意な上昇が認められる。

図1.1-2 過去100年間の気温変化
実測値(点線)とシュミレーションモデルによる計算値 [1.1-5]

 今後のさらなるCO2増加がもたらす地球温暖化の予測は現状ではある程度の不確定さを含むのではあるが、IPCC95[1.1-4]によれば、大気中のCO2濃度が550ppm(産業革命前の水準の2倍程度)に達するというシナリオでは、おおよそ2.5℃程度の気候温暖化がおこると予想されている。このような気温上昇がもたらす影響も色々議論されており、その代表的なものとして、海水面の上昇があげらている。それによれば、50cm-100cmの海水位上昇が予想されている。無策のまま放置すれば水没してしまう地域が発生することになり、多額の対策費が必要になる。温暖化に伴う現象は海水面上昇だけにはとどまらない。台風発生などの気候の変化もありうるであろうし、気温変化による自然界への間接的効果も考えられる。水位上昇に比して、温暖化が引き金となる気候変化は、予測困難な上に、ある時点でカタストロフィックに変化する可能性も否定できない。むしろ十分な準備期間がある緩やかな海水面上昇より危惧するべき問題とも考えられる。これら気候変化に起因する損失は金額としては予想困難なものが少なくないが、損失金額いかんによらず、地球環境をこれほどに変えてしまうほどの影響が、すべてにわたって安全であるとは到底保障できないであろう。しかもこうした環境変化は不可逆的である可能性もある。これらを考慮すれば、CO2濃度上昇にともなう地球温暖化は放置できない問題であり、CO2濃度はできる限り上げないことを考えていく必要があろう。環境に関する人類の理解はまだ限られたものであり、将来のリスクを過小評価することがあってはならない。

(2) 21世紀におけるエネルギー需要・供給とCO2削減
 21世紀終盤においてCO2濃度を産業革命前の2倍程度、すなわち550ppmに押さえ込んで安定化するという、IPCC95で1つのありうる例として示されたシナリオを考えても、第1.3.2節で詳細に述べるように、CO2発生量は21世紀中で現在と同程度、それ以後ではさらに低い値に絞って行かねばならないといわれる。しかしながら一方で、如何に省エネルギーやエネルギー消費の抑制に努めようとも、主にアジア・アフリカなど発展途上国の人口増加と生活水準向上による消費増加によって、21世紀後半における総エネルギー需要は、少なくとも1990年レベルの2倍程度には達することが避けられないと考えられている。図1.1-3にIPCC95で示されたエネルギー抑制に極力勤めたケースの需要予測を示す。これらのエネルギーを従来どおり化石エネルギー中心で供給したのでは、21世紀末にはCO2排出量が現状なみどころか、むしろ2倍近くに増加してしまう。このCO2問題を解決するには、電力、運輸、民生、一般産業などの各分野での努力が必要である。加えて、化石燃料資源は燃料として以外にも化学工業資源としても不可欠なものである。燃料としてすべての化石燃料資源を燃やしてしまうことは、未来に対して禍根を残すことになる可能性が大きい。化石燃料以外の、CO2発生が非常に少なく安定して大量のエネルギーを提供できる革新的エネルギー源の導入が可能になれば、電力起源のCO2(例えば、日本では全CO2発生量の25%を占める)を減らすことができるだけでなく、その1次エネルギーを水素製造などで2次エネルギーに転換し、運輸部門などの他の分野を起源とするCO2も減らすことができるだろう。貴重で有限な化石資源をもっと有効に使うこともできる。

図1.1-3 世界のエネルギー需要予測(抑制シナリオ、IPCC95)[1.1-4]

 化石燃料に代わるエネルギー資源として、太陽光や風力など、いわゆる新エネルギーを最大限活用するにしても、これらだけでCO2の削減を図るには、火力発電所のCO2回収化に要する費用と比較してもかなり大きなコストを要するとされており[1.1-6]、これらだけではCO2問題を解決することは現実には非常にむつかしい。またこういった安定度の低い電源は系統容量の10%程度までが導入の限界と言われている[1.1-6、1.1-7]。
 一方、CO2を運転中には出さない核分裂原子力は、当面のCO2削減方法として期待されている。しかし、高レベル放射性廃棄物の処分には、慎重に進めなければ解決が難しい諸問題が残されているうえ、プルトニウムなど核物質の拡散リスクという観点からも国際的な対応の難しさがあるだろう。また、いわゆる苛酷事故は到底起こり得ないにしても、昨今発生した複数の原子力事故での世論の動向をみると、すでに大量のエネルギーを供給している軽水炉でさえ、良好なPAの獲得という観点から、その先行きが確実視はできないのが現状である。また、世界的にみても、特に先進国においては、新規の核分裂炉の設置が容易ではない状況にある。将来的には、軽水炉以上に安全で、いかなる事態が発生しても市民に大きな危険が及ばない原理的に安全なシステムの必要性がさらに高まるであろう。
 結局のところ、我々が現在手にしているエネルギー発生技術のみでは、地球環境問題の完全な解決は不可能である。抜本的な解決には革新的技術の開発が不可欠と言える。

(3) エネルギー事業をとりまく環境とコスト
 ここでエネルギー事業という観点で電力供給を考えてみると、国内はもとより、世界的にも電力は自由競争時代へと入りつつある。例えば日本でもIPP(Independent Power Producer)としての電気事業への参入が部分的とはいえ可能となり、それに対抗すべく電力各社は発電コスト削減に努めている。IPPで参入してくる電源は、結果としてほとんどが火力であり、CO2削減の方向とは逆行している。これは電力自由化を進めている諸外国でも同じ傾向にある。一部には各種の補助金などを受けた風力や太陽光なども入ってきているが、これら出力が不安定な電源をネットワークで受け入れうるのは、最大でも設備容量の10%程度までで、それ以上になれば、出力安定化のための設備(電力貯蔵設備など)が別途必要となってコストは高騰するであろう。環境負荷の大きさをコストに反映しなくてよければ、石炭火力と天然ガス火力とがコスト的には当面有利であるが、CO2の削減は到底実現できない。
 火力の削減には、何等かのCO2排出に対するペナルティーの導入なども一時期必要になろうが、安価な火力に高額なペナルティーを科して火力以外の高い電源を使うという方法は、必ず電気料金の高騰を招く。世界には様々な状況の国があり、火力を全面禁止するわけにもいかないとすれば、高価なクリーン電源を多く採用した国は工業的国際競合力という観点からすれば不利になるだろう。従って、例えばわが国のような工業が主要産業である国に長期的に高額のCO2排出へのペナルティーを根付かせることは難しいはずである。一方で低率のペナルティーではあまり効果がないであろう。長期的な観点で世界規模でのCO2の削減を実現するには、やはり合理的な範囲のコストで発電が可能な、CO2を出さない革新的エネルギー供給技術の開発が不可欠なのである。

参考文献

[1.1-1] 田島輝彦,井上信幸:平成5年度NIFSシンポジウム「核融合炉研究開発のアセスメント」から, プラズマ・核融合学会誌, Vol.70, No.5 (1994) 497.
[1.1-2] 井上信幸,他,「特集:核融合エネルギーの社会的受容性と科学的見通し」,プラズマ・核融合学会誌, Vol.74, No.7 (1998) 651.
[1.1-3] 日本エネルギー経済研究所、「省エネルギーと文化」、ならびにIPCC95レポート
[1.1-4] Climate Change 1995: The Science of Climate Change, Contribution of Working Group I to the Second Assessment Report of IPCC, Cambridge Univ. Press, 1995.
[1.1-5] 小宮山宏、「地球温暖化問題に答える」、東京大学出版会、1995
[1.1-6] 内山洋司、「発電システムのライフサイクル分析」、電中研報告, Y94009, 1995年3月
[1.1-7] 茅陽一、「脱化石燃料へ模索続く」、日本経済新聞、2000年1月17日