はじめに
本報告書の作成経緯と位置づけ(懇談会の検討の範囲等を含む)等について記述
1.地球環境問題、エネルギー問題の位置づけと科学技術
- エネルギー問題は、地球環境問題と同等の水準の人類の協調課題。
問題の理解を共有し、協調の方法を開発する努力を怠ってはならない課題。
- 環境、資源など、これから我々が直面していく問題を解決していく上で、科学技術が果たす役割は大きい。
- 緊要性と根本性の観点から見ると、生命科学技術、情報科学技術とエネルギー技術では性格が全く異なる。エネルギー問題は、人類の持続的安定的発展という意味において根本的な重要性がある。
- たとえまだ問題が現実的に表出していないとしても、エネルギー問題が持つ決定的な不可逆性からいって、その努力の開始は早ければ早い程よい。
2.長期的なエネルギー需給の見通しと核融合エネルギーの役割
- 石油、天然ガス、石炭などの化石燃料資源は、ここ100年程度の範囲では枯渇は予想されていない。地球温暖化に代表される環境制約は資源制約より切迫した制約要因になる。
- 21世紀末には省エネルギーが進展する一方、エネルギー供給の主要な部分は今後開発を進める再生可能エネルギーや原子力などの革新的な代替エネルギーで占められる。
- 代替エネルギーは、相対的に資源的な制約が少なく、経済性、環境保全性や供給安定性に優れ、供給容量も十分といった特長を具備している必要がある。
- 核融合エネルギーは、実用化が各種代替エネルギーと比較しても遠い将来であること、現時点ではその技術的実現性が実証されていないことから、他の代替エネルギーと同列に論じることは必ずしも適当ではない。しかしながら、核融合エネルギーは、人類にとって無視することのできない一つの有力な選択肢であり、技術的可能性について研究開発を推進することは、十分な意義がある。
3.核融合エネルギーの技術的見通し
- 核融合エネルギーは、その燃料資源が豊富に存在する。また、核分裂とは異なり臨界があり得ない、停止後の残留熱のレベルが低いといった特長がある。このため、一般に核分裂の場合の安全原則といわれている「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」のうち、「止める」、「冷やす」については、容易に達成可能である。「閉じ込める」については、燃料のトリチウムを外部に出さぬようにすることでほぼ実現できる。また、高レベル放射性廃棄物は発生しない。しかしながら、低レベル放射性廃棄物は発生するので、その処理処分が必要である。
- 核融合の研究開発については、プラズマ制御技術が飛躍的に向上し、欧州のJET(Joint European Torus)と日本原子力研究所の臨界プラズマ実験装置(JT-60)がともに入力と同規模の出力を得る臨界プラズマ条件を達成するまでに至っている。この結果、核融合炉を実現させるための最も重要な要件である自己点火条件の達成及び長時間燃焼の実現が十分見通せる状況となっている。
- 自己点火条件の達成及び長時間燃焼の実現を行おうとしているのが、国際熱核融合実験炉(ITER)である。ITERの設計では、3年ほど前の設計と比べてコンパクトとなり、建設費も半分の約5000億円とされている。
- 原型炉の成立に必要な工学技術については、ITERでは本格的な発電を行えないものの、発電炉に近い規模で実現されることになる。
- 今後ともITER計画が国際協力によって進められていくことが重要であり、我が国としても主体的に参画していくことを期待する。
- ITERによる研究開発が順調に進展し、さらに材料開発が十分に進んだ場合には、本格的な核融合発電の実証を目的とする原型炉の建設は2030年頃に可能になると見られている。但し、材料開発については、今後の研究開発の進捗に依存する。
- ITERでは、燃料として使う放射性物質のトリチウムをカナダから輸送する必要がある。また、運転中と運転停止後の廃止措置に当たって発生する放射性廃棄物の処理処分が必要である。これらを含め、安全確保の取り組みが重要。
4.我が国としてのITER計画の進め方
○国際的役割
- 我が国が今日目指すべき国際的役割とは、単なる経済的な貢献というものではあってはならず、知識・知見の創造、国際的な問題解決のための積極的な技術の提供といった、新しい姿への脱皮である。この観点が科学技術基本法の制定などの背景の一つとなったことは高く評価される。
- すでに、米国は宇宙開発で、また欧州は大型加速器を用いた素粒子研究で中心的役割を果たしつつ、世界をリードしてきている。我が国では国立天文台がハワイにすばる望遠鏡を設置し、各国の研究者の利用に供している。今後、多くの分野で国際協力が進み、我が国の研究者が他国の施設を活用して研究開発を進めるケースも多くでてこようが、我が国も世界に誇れるような研究のインフラとなる施設を持ち、世界の研究者にそれらを公開して我が国の存在意義を高めつつ相互依存の関係を維持していくべきと考える。世界の研究者が研究に献身できるような環境を我が国に持ち、研究においてもリーダーシップを発揮することにより人類の知的資産の蓄積に寄与し、国際社会に大きく貢献するべきである。
○科学技術的潜在力
- 我が国において、核融合に関する研究開発は大学を含め広く行われており、得られた成果は国際社会でも高く評価されている。ここで培われた研究者、技術者の存在は、ITER計画を支える基礎となるものである。裾野の広さがITER計画を実現たらしめる原動力であり、我が国は十分なポテンシャルを有している。
- 経済成長を成し遂げる上で重要であった高い水準の産業技術を活かすことができる。我が国が世界で唯一のITERを主導的に建設することは、この分野の科学技術力及び産業技術において世界のトップの地位を長期間維持できる可能性がある。
- 核融合開発は、1955年当時、制御核融合の見通しが20年以内に得られるであろうと予言されてから、半世紀を超える長い年月を必要とした。炉心プラズマの理解と制御について、段階的なアプローチが必要だったからである。ITERでは、これまでの研究開発により、核融合炉実現に不可欠な燃焼プラズマの制御技術が十分に実証されるとみられる。
- 核融合研究においては、ITERによって核融合燃焼実験や総合システムの検証という研究が切り拓かれるとともに、先進方式、関連する炉工学やプラズマ物理学を平行的に研究することが必要である。
○日本社会の倫理性からの評価
- 核融合エネルギー開発は、私的利益を離れて未来の人類を思う公共的計画である。従って、公共的意識を発現する場を国家が国民に対し提供する倫理性の観点からの有効な一つの例になりうる。(国内的条件)
- 我が国の憲法が国際緊張を引き起こさないことを基本的な条件としていることや、原子力の平和利用の推進の実績、製造技術等の分野における先端技術・科学の拡散、普及、支援努力といった経験の積み重ねにより、我が国は国家的倫理性の見地から高く評価されている。(国際的条件)
- 国内、国際の両側面から、我が国が核融合エネルギー開発を主導することが、倫理性の観点から受容される条件が整っている。
○投資面からの評価
- 研究開発に対する国の資源配分を考えた場合、国民全体という見地からの広義の安全保障、国家という規模で行われる国際的機能は、プライオリティの高いものと考えられる。ITERはこのような範疇に入っている。
- ITERの本体建設費は、約5000億円とされており、これを国際的に分担することとなる。その他にサイト整備費等の費用が見込まれている。仮に、その多くを我が国が負担するとして、その妥当性について現時点で厳密な判断は困難であるものの、未来の人類のための保険料という意味で、価値がありかつ意義がある投資であると受け止めている。
- 核融合炉実現までに必要な費用の推定を正確に行うことは困難であるとともに、それ以上に核融合炉実現によって得られる利益についてはほとんど推定不可能。現時点で経済効果を論じるのは無意味である。
- 核融合エネルギーに対して行う投資は、あたかも人類の将来の自由度を保障する保険料と見なすべきことになろう。
5.計画具体化にあたっての考察
- 保険料であるとは言っても、計画の費用は最大の関心事の一つである。従って、計画上起こりうるどのような場合においても、保険料として決して高価ではないという内容を計画は持つべきである。
- このため、結果に依存しない意義や利益を最大化する可能性を内在させることは不可欠の条件であるとともに、技術目標と開発リスクとコストのバランスをとりつつ、計画の費用を最小化することも最重要な条件である。
- 核融合エネルギーの実現を目指し、我が国がITER計画の建設段階に参加する場合にも、費用の最小化、意義や利益の最大化の観点が重要である。
6.結言
- 中間取りまとめにおいて、当懇談会は、我が国がITER計画における実験炉の設置国になることの意義が非常に大きいことを理解したと記載した。中間取りまとめで指摘された課題を含めた検討の結果は上述の通りであり、今後、政府において、我が国における誘致の適地の有無、財源確保の問題など今後検討すべき事項について更に検討を行った上で、総合的に判断を行うことが必要と考える。また、研究者の参加・協力体制の確立、安全規制法令の整備のあり方などについては、さらに議論が必要。
- 国として、最終的な判断を行うに当たっては、以下の点も考慮ありたい。
- ITERの設置国になる場合は多くの責任を伴う。設置国になる場合には、その責任を全うする強い意志を継続することが不可欠である。その責任は、設置する国にあるとともに、誘致する自治体にとっても重要な意味を持つことを深く認識しなければならない。
- 核融合は何十年もの歳月をかけて世界各国が国家的に取り組み、今後も取り組みを続けようとするものであり、投下される資源や費やす年月が大きくなる。国民の十分な理解を得なければその推進は不可能。国民に対して安全性を含め正確な情報提供を十分にする不断の努力が必要。
- 国内の建設地の選定に際しては地元民は勿論のこと広く国民の理解を必要とする。このため相当な時間がかかることが予想されるので、選定に関する公正かつ速やかな判定のための作業を直ちに開始すべきである。
- ITERに多くの資金を投入する一方で、トカマク以外の方式を含む大学等における幅広い核融合研究への資金投入が減少し、その結果、核融合研究の基盤を損なうようなことになってはならないとの意見もある。多様な核融合研究の幅広い基盤の充実発展に十分配慮することが重要であり、核融合研究の発展に必要な効率的効果的な資源配分が不可欠であり、資源の確保が図られるか否かが課題。この資源問題を考えるに当たっては、科学技術全般における核融合研究の位置付けについて判断が必要。
- ITER計画のような大型プロジェクト研究に対しては、厳正な評価が必要。
- この他、ITER計画を進めるに当たっては、今後、以下のような取り組みが必要である。
- ITER誘致に名乗りを上げる場合には、技術面に加え、多数の外国人が長期にわたり居住することを念頭に置き、国際社会に適合した研究や生活環境の整備、充実を検討することが重要。
- ITER計画のような国際協調計画においては、計画の運営や科学技術の面において、計画を牽引していく指導者的な役割を果たす者が必要。
- 更に、核融合の科学と技術の両面において高い研究開発能力と企画立案能力を持つ人材を確保するのみならず、産業界に多く存在している機械、電気、情報、建築、土木等それぞれの専門的経験を有する人材が必要であり、また研究者とこれら産業界の技術者との連携が重要。
- 女性の研究者、技術者の育成や幹部への積極的な登用を推進すべき。
- 連携・協力の必要性はITER計画への取り組みに止まらない。核融合に関する総合的研究は、大学、国立研究機関などの研究者が独自の価値を示しつつ独創性を発揮してきた。今後とも一層独自の価値を磨きつつ体系的・学術的な核融合研究に邁進できるよう、核融合研究の方針を策定し連携・協力体制を整備していくことが必要である。