RIを用いた先端的研究開発の状況
1.日本原子力研究所
(1)現在までの研究開発の状況
〈主な分野の研究開発状況〉
【医療分野】
1)RALS用線源の開発
がん治療のためのリモートアフターローディングシステム(RALS:遠隔操作式治療装置)用Ir-192線源について、原子炉による照射技術、レーザー溶接機による密封加工技術を確立するとともに、線源の健全性試験を実施した。
2)Mo-99/Tc-99m高性能ジェネレータの開発
がん診断用Tc-99mの利用に関し、高い吸着性能を有する無機高分子吸着体を使用した高性能ジェネレータを開発した。この無機高分子吸着体は、これまでのアルミナの吸着体に比べ約100倍の吸着性能を有する。この結果、天然のMoの(n,γ)反応で生成したMo-99を使用したMo-99/Tc-99mジェネレータが可能となった。
3)がん診断・治療用Re-186,188の開発
Re-186,188はγ線及び高エネルギーのβ線を放出するため、がんの診断と同時に治療が可能な核種である。このため、特に原子炉で得られる無担体Re-188を用いた標識化合物の合成法に関する検討を進めている。
【工業分野】
1)Yb-169線源の開発
薄物鋼板の非破壊検査用Yb-169線源を試作し、現地での適用試験を実施した。
2)中性子応用計測技術の開発
Cf-252中性子源の利用に関し、大型化学プラントにおける物質の挙動把握(中性子吸収トレーサ法)、製鉄所における取鍋中の微量水分測定、爆発性物質の検査等、中性子を応用した計測技術をそれぞれの現場で開発・指導している。
【農業分野】
・ポジトロン放射体を用いる植物機能の研究
ポジトロン放射体の分布を二次元画像としてリアルタイムで測定することにより、植物中での物質移動の解明を可能にした。これまでにポジトロン放射体として、C-11,N-13,F-18等を製造するとともに、画像測定装置を開発した。
【基礎研究分野】
1)遺伝子研究用RIの開発
遺伝子研究用のP-32,33標識ヌクレオチド等の合成研究を進め、実用化に向けて標識率、生化学的活性の安定性等を確認した。
2)カロリメトリによる放射能測定技術の開発
半導体感熱素子を用いた熱量計により、H-3,C-14,P-32,33,S-35等、β線放出核種の放射能を従来より高精度で測定するための方法を開発している。さらに低エネルギーのX線、γ線放出核種の放射能測定についても研究を進めている。
3)4πβ−γ同時計数法による放射能絶対測定法の研究
4πβ−γ同時計数装置を製作し、複雑な崩壊形式を有するYb-169,Ta-182のγ線放出率を精密に測定する手法について研究を進めた。
〈主な研究開発成果〉
(1)RALS用Ir-192線源の実用化
(2)Mo-99/Tc-99m高性能ジェネレータ用無機高分子吸着体の開発
(3)P-33,Sr-89,Re-186,Re-188の製造法の確立
(4)ポジトロン放射体による光合成生成物の植物内での移行過程の究明法の確立
(5)Cf-252中性子源による石炭液化大型プラント液化反応器内スラリーの流動データの取得
(6)Cf-252中性子源による製鉄所取鍋中の残留水分量測定法の開発
(2)今後の研究開発の方向性
〈主な分野の研究開発課題〉
【医療分野】
1)無担体RIの開発
RIのがん診断、治療への適用拡大を図るため、無担体のCu-67,Ho-166等の迅速分離技術を開発する。
2)イオン注入法による放射活性ステントを用いる動脈再狭窄予防
RIによる高度医療技術開発として、動脈再狭窄を引き起こす血管の平滑筋細胞の異常増殖を抑制するため、金属円筒状のステントの表面に均一にXe-133,P-32等のβ放射体をイオン注入する技術を開発する。
【工業分野】
1)高性能加速器型中性子発生装置の開発
放射性廃棄物中の微量の超アクチノイド核種の検出や爆発物の検出等を効率良く実施するため、既存の加速器型中性子発生装置を1桁以上上回る高中性子束の装置を開発するとともにその利用技術を開発する。
2)非破壊検査用低エネルギーRI線源の開発
より薄い配管の検査への適用を目指して、安定濃縮同位体をターゲットとした非破壊検査用低エネルギーSe-75密封線源の開発を進める。
【基礎研究分野】
1)P-33標識化合物の合成研究
生体機能を解明するため、P-33標識ヌクレオチドの開発並びに新規利用法の可能性を検討する。
2)加速器RIの製造技術の開発
生命科学研究におけるRI利用の高度化に対応するため、原子炉によるRIから加速による高比放射能RIの製造技術を開発する。
〈研究開発を進めるにあたっての課題〉
1)潜在的な利用分野へのRI普及の拡大を図るための効率的なシステムが必要である。
2)標識化合物の合成研究においては、開発した化合物についての性能試験が必要である。特に短寿命核種においては迅速に実験を行うことが不可欠である。
3)高中性子束加速器型中性子発生装置の開発に際しては、装置開発メーカーとの協力による実施が必要である。
2.理化学研究所
(1)現在までの研究開発の状況
〈主な分野の研究開発状況〉
【基礎研究分野】
- (1)
- マルチトレーサー
- 製造法の確立およびマルチトレーサーを用いる植物代謝への応用・重イオン照射による植物突然変異などの研究を実施。
- (2)
- RIを用いた微量測定
- 細胞内シグナル伝達機構の解明、RI標識化合物の植物移行の解析および遺伝子のホモロジーを目安とした分類学への応用などを実施。
- (3)
- 線源を用いた研究
- 入射核破砕反応を利用したRIビーム法を開発して、新同位元素・中性子スキン・中性子ハローの発見、およびエネルギー可変低速陽電子ビームを利用した陽電子寿命の測定、Niメスバウアー分光法を用いる材料の磁性評価などの研究を実施。
〈主な研究開発成果〉
- (1)高エネルギー重イオン科学
- (新同位元素の発見、RIビーム法の開拓、中性子スキン・中性子ハローの発見、マルチトレーサー法の発明等)
- (2)マルチトレーサー法
- (多種類のRIを同時にトレーサーとして用いる方法の開発(これにより同一条件下での微量元素に関する道が開けた))
- (3)植物受精卵細胞に対する重イオンビーム照射
- (高エネルギーの重イオンビームを大気中で植物受精卵細胞に照射して、花弁形状や花色の変化した変異植物を効率よく獲得)
- (4)RI化合物の植物への移行の測定
- (マルチトレーサーを用いてイネ、大豆について可食部に移行する元素を解明)
- (5)細胞内シグナル伝達の研究
- (I-125ラベル標識抗体を用いて細胞内シグナル伝達蛋白質と、相互作用する蛋白質因子との相互作用を解析)
- (6)微生物分類学への応用
- (RIラベルDNAと菌株特有のDNA塩基配列との相同性を調べる分子系統学的解析と従来の生理的・形態学的分類法との比較検討)
(2)今後の研究開発の方向性
〈主な分野の研究開発課題〉
【基礎研究分野】
1)マルチトレーサーの大量製造法の開発
2)宇宙空間における生体微量元素の代謝の研究
3)重元素RIのビーム化法の開発
4)生物に対する重イオンビーム照射による変異の解析
5)RIビームとPETの組み合わせによる物質循環の三次元観測による物性評価
6)偏極RIの製造法の開発および偏極RIによる物性評価
〈研究開発を進めるにあたっての課題〉
1)マルチトレーサーの大量製造法を確立し、外国を含めて広範囲に提供する。
2)宇宙における微小重力環境が人体の微量元素の代謝に及ぼす影響を明らかにする。
3)ビームの高密度化・高エネルギー化。
4)詳細な変異部位の解析のために重イオンビームのマイクロ化が必要。
5)陽電子放出RIの高エネルギービーム化
6)スピン偏極をしたRIを作り、種々の材料に植え込み、材料の物性を評価し、材料開発 に役立てる
3.放射線医学総合研究所
(1)現在までの研究開発の状況
〈主な分野の研究開発状況と主な研究開発成果〉
【医療分野】
・高度診断研究
PET等による高度診断技術に用する研究は当研究所で推進している重粒子線がん治療研究の他各種疾病の診断治療予防にとっても重要であり、これまで以下の研究を推進。
- (1)
- PET、SPECT用放射性薬剤の高純度・高比放射能化と自動合成法の開発。
- (2)
- 新たな放射性薬剤と生体機能測定法の開発、特に脳機能測定のための脳内コリンエステラーゼ活性を測定するための放射性薬剤の開発、動物実験による有効性、安全性評価、痴呆性疾患診断を視野に入れたPET応用研究。
- (3)
- 放射性薬剤を用いた、生体内ラジカル産生と動態に関する研究、有害物質の毒性試験への応用。
- (4)
- PET等の、精神神経疾患における脳内神経伝達系の機能測定(ドーパミン受容体測定)と機能異常の診断への応用、中枢神経作動薬(抗うつ剤)の効果の測定及びその脳機能の修飾メカニズムの解明(脳研究)。
- (5)
- 心臓・脈管系疾患の診断、動脈硬化の病態解析等のための臨床応用技術開発。
- (6)
- 3次元立体計測PETの開発。
- (7)
- らせんCT肺がん検診車(従来の方式では見逃す可能性のある小型肺がんを効率よく発見)を開発、肺がん集団検診の公衆衛生学的評価。
(主な研究開発成果)
- 我が国初のPETの製作(昭和54年;頭部用、昭和57年;全身用)
- PET用放射薬剤(11C-MP4A(痴呆性疾患の病態解明)等の開発。
- 加齢による神経伝達機能の変化を明らかにした。
- 精神分裂病の大脳皮質ドーパミンD1受容体機能と臨床症状との関連を明らかにした。
- 放射薬剤の高比放射能化(11C、13N等において200GBq/mmol以上を達成)
- らせんCT肺がん検診車は、平成7年1月の阪神・淡路大震災医療支援活動において現地で被災車の診断に活用。
【環境分野】
・制御実験生態系による環境汚染物質と放射性物質の比較影響研究
チェルノブイリ原子炉事故により、環境中に放出された放射性物質の環境への負荷、特に生態系への影響について社会的な関心が高まっている一方、人間の活動に伴って環境に放出される微量毒性物質の環境への負荷が懸念されるようになってきており、平成8年度より、これらを比較・相対化するため以下のとおり比較環境影響研究を推進。
- (1)
- 数学的モデルによる環境動態・生物影響シミュレーション研究
- (2)
- 微量毒性物質の環境挙動解析研究
- (3)
- 制御実験生態系(マイクロコズム)*構築による各種有害物質の動態解析と生物群集への影響評価研究
- (4)
- 放射性物質と各種有害物質の生体内挙動・影響解析および毒性評価法に関する研究
*制御実験生態系(マイクロコズム):動物性、植物性の3種の微生物を準閉鎖系試験管 内で相互に共生させて、安定した共生生物群集を構築する技術であり、実際の環境生態 系を単純化したモデル生態系(実験生態系)。
【基礎研究分野】
・放射線生物学研究
当研究所における放射線生物学研究は、総じて高度にRIを利用した研究開発であり、その研究開発分野は多岐にわたっている。
【その他の分野】
・放射線計測の標準化・定量化
医療放射線被ばく線量評価や、放射性物質の人体摂取量評価(ヒューマン・カウンタによる全身計測)、電子スピン共鳴法等の遡及的線量評価等、環境・医学分野での放射線計測における標準化や定量化を図るための、研究技術開発を推進。これらは、自然(環境)放射線や医療放射線、チェルノブイリ原子炉事故等による国民線量評価の信頼性を支えるとともに、国際原子力機関アジア地域研究協力協定に基づく国際共同研究や、チェルノブイリ事故を契機とした日ソ国際共同研究等にも寄与。
(2)今後の研究開発の方向性
〈主な分野の研究開発課題〉
【医療分野】
- (1)
- 新しい放射性標識薬剤の開発、多様な放射性薬剤の製造を可能にする小型合成ロボット の開発、超高比放射能薬剤の製造技術の開発
- (2)
- アルツハイマー症等、痴呆を伴う疾患やがん等の診断、治療、予防にPET等診断技術 を応用するための生体機能測定用新規放射性薬剤と診断技術の開発
- (3)
- 放射性薬剤を用いた生体内ラジカル産生と動態測定・有害物質の毒性評価技術の確立、 バイオイメージングアナライザ等との比較による先導的なバイオサイエンス研究への応用
- (4)
- PET等による自精神薬の薬理作用の定量的な測定および精神神経疾患の臨床診断にお ける弊害、脳機能(神経伝達系)の解明
- (5)
- 高齢化社会に伴う動脈硬化の予防・診断・治療に貢献する心臓・脈管系診断技術の確立
- (6)
- 3次元立体PET等の物理工学的な技術開発による画質向上と定量性向上
- (7)
- らせんCT肺がん検診車を用いた集団検診の実用化に必要な診断情報システム構築や、 コンピュータによる自動診断(読影)支援システム等の要素技術の開発
- (8)
- 超高磁場の磁気共鳴映像法の要素技術の開発及びそれを用いた診断、機能解明研究
- (9)
- 大視野3次元画像構築技術を用いたコーンビームCT装置の開発
- 【環境分野】
- (1)
- 安定した制御実験生態系への微量毒性物質(ガドリニウム)や放射性物質等の投与によ る影響観察による各因子の環境生態系への影響評価手法の確立
- (2)
- 自然生態系が示す様々な特徴を模擬し、目的に応じた制御操作実験に対応する先端的な 制御実験生態系構築技術の開発
- (3)
- 自然生態系の構造・機能の総合的な解析および各種有害因子による生態系への負荷の多 角的評価
- 〈研究開発を進めるにあたっての課題〉
- 【医療分野】
- (1)
- 最先端のコンピュータ画像処理技術、高度情報処理技術の導入
- (2)
- 民間のソフトウェア技術と、当研究所の標識薬剤合成技術と臨床研究との有機的かつ効 果的な研究協力体制の確立
- 【環境分野】
- (1)
- 地球環境科学研究プロジェクトにおける位置づけ
- (2)
- 国内外の関連研究所、大学等との有機的かつ効率的な研究協力体制の確立