大強度陽子加速器施設計画

評価報告書(案)

 

 

平成12年7月

原子力委員会
学術審議会加速器科学部会
大強度陽子加速器施設計画評価専門部会


目  次

1.はじめに

2.評価の実施体制・方針
 (1)評価の実施体制
 (2)評価の観点
 (3)評価の実施方法
 (4)評価結果の扱い

3.科学技術・学術的評価について
 (1)学術・科学技術の観点から意義が高いか
 (2)国が取り組むべき分野か
 (3)緊急性はあるか
 (4)ユーザーは充分あるか
 (5)類似計画との関係(競争関係、補完関係等の分析)
 (6)設計は妥当か
 (7)建設着手の準備はてきているか

4.経済的・社会的評価について
 (1)経済的効果(社会ニーズ)はあるか
 (2)技術的・経済的波及効果はあるか
 (3)計画の規模は適当か
 (4)将来の人材育成につながるものか
 (5)周囲の環境等への配慮はなされているか

5.運営体制等について
 (1)計画の推進体制は適当か
 (2)関連研究機関との連携はとれているか
 (3)適切な人材を結集しているか
 (4)共同利用体制について

6.総合評価

参考資料


1.はじめに

 20世紀後半から急速に発展を遂げた加速器科学により、これまで未知であった微小領域のフロンティアが開拓されるとともに、物質の起源の解明が少しづつ進むなど、我々人類の知的資産の蓄積が図られてきている。加速器科学分野において、世界をリードしてきた米・欧に、現在日本が肩を並べるまでに急成長した。その勢いと確かな実績から、21世紀においては、日本が世界の主導的役割を担うことが大いに期待されている。
 1998年のOECD(経済協力開発機構)メガサイエンスフォーラム報告では、欧・米・日の三地域に先進的な中性子源を建設するよう提言された。既に米国のSNS計画はスタートしており、欧州のESS計画もかなり議論が進んでいる。
 日本においても、科学技術庁所管の特殊法人である日本原子力研究所(以下「原研」という。)の中性子科学研究計画や、文部省所管の大学共同利用機関である高エネルギー加速器研究機構(以下「高エネ機構」という。)の大型ハドロン計画に対し、メガサイエンスフォーラムにおいて重要性が強調され、同計画を推進し世界的な協力関係を築くよう勧告されている。

 このような状況において、原研の中性子科学研究計画と、高エネ機構の大型ハドロン計画との統合により、大強度陽子加速器施設計画が提案された。
 今後の大型加速器の方向性は、現在2つに分かれており、高エネルギー化を目指す方向と、高出力・高強度化を目指す方向とがある。ビームエネルギーを高めれば、粒子同士の衝突実験などにより、未知の新しい粒子を探索することが可能となる。一方、高出力のビームでは、強度の強い放射光や陽子による二次粒子の生成・衝突実験や中性子の発生による科学・工学分野への様々な応用が可能になると期待される。
 本計画は、素粒子物理、原子核物理、物質科学、生命科学、原子力工学といった様々な分野において最先端の研究を行うための世界最高レベルのビーム強度を持った陽子加速器施設を建設するものである。

 この計画に関し、原子力委員会及び学術審議会(加速器科学部会)は、平成9年8月に内閣総理大臣が決定した「国の研究開発全般に共通する評価の実施方法の在り方についての大綱的指針」(以下「大綱的指針」という。)に基づく評価を行うため、大強度陽子加速器施設計画(仮称)評価専門部会(以下「評価部会」という。)を平成11年11月に設置した。評価に当たっては、科学技術・学術的意義はもとより、経済的・社会的な意義にも踏み込んで審議検討を行い、本格的な建設に着手するにふさわしい計画かどうかについて評価を実施して、その結果をここにとりまとめた。

 

2.評価の実施体制・方針
 (1)評価の実施体制

 大綱的指針によると、多額の財政支出を伴う特に大規模かつ重要なプロジェクトについては、評価の客観性・公正さをより高めるため、研究開発を実施する主体から独立した形で、外部専門家及びその他の有識者によって構成された組織による評価を実施することが必要とされている。本計画の評価については、本計画の前身に当たる原研の「中性子科学研究計画」及び高エネ機構の「大型ハドロン計画」を含め、数回にわたる科学的・技術的な観点中心の評価が行われてきたが、本計画が施設建設着手の準備という段階にさしかかっているため、改めて大綱的指針に基づく評価を実施することとし、原子力委員会及び学術審議会加速器科学部会の合同による評価部会を設置し、審議を行うこととした。
 なお、委員の構成については、科学技術・学術的及び経済的・社会的な観点から十分な評価ができるようにバランスのとれた委員構成とした。また、審議については、全て公開で行うこととした。

 (2)評価の観点
 評価に当たっては、以下の観点から実施することとなった。
  【科学技術・学術的評価】
-学術・科学技術の観点から意義が高いか
-国が取り組むべき分野か
-緊急性はあるか
-ユーザーは十分あるか
-類似の計画との関係(競争関係、補完関係等の分析)
-設計は妥当か
-建設着手の準備はできているか

  【経済的・社会的評価等】
-社会的効果(社会的ニーズ)はあるか
-技術的・経済的波及効果はあるか
-計画の規模は適当か
-将来の人材育成につながるか
-周囲の環境への配慮はなされているか

  【運営体制等】
-計画の推進体制は適当か
-関連研究機関との連携はとれているか
-施設完成後の運営体制を視野に入れているか

  【総合評価】
(上記の観点を踏まえた評価)
 (3)評価の実施方法
 本評価部会では、まず、本計画共同推進チームより、計画についての自己評価について説明を聴取し、これに基づく議論を行うとともに、(2)評価の観点に沿った検討を実施することとした。

 (4)評価結果の扱い
 この評価結果を適切に本プロジェクトに反映させる。なお、評価結果は原子力委員会及び学術審議会に報告する。また、評価の経過等を含め、評価結果については、国民にわかりやすい形で公表するなど、積極的に情報提供を実施する。
3.科学技術・学術的評価について
 (1)学術・科学技術の観点から意義が高いか
 原研と高エネ機構が共同で進める本計画では、建設コストの合理化はもとより、両機関において蓄積されたノウハウや技術が結集され、相乗作用をもたらし、世界的に例を見ない多目的のユニークで最先端の加速器施設が建設されることになる。また、本施設の共同研究・共同利用等を通じて、異なる分野間の交流や融合が図られ、新しい科学の創出が期待されるなど、学術・科学技術にとって極めて意義の高い研究が展開される。
 本計画で構想されている50GeV陽子加速器により、21世紀の新しい原子核物理学の開拓が期待できる。例えば、原子核内の陽子や中性子の間に働く力に関する湯川博士の中間子論をさらに深め、クォークとその間に働く強い力を取り扱う量子色力学に基づく核力の描像を確立する研究が企画されている。その研究手法は、この50GeV陽子加速器による大強度K中間子ビームなどを利用して、ハイパー核等の新しい原子核を生成し、その性質及び構造を精密に分析するというものであり、これにより実証研究が推進される。
 また、素粒子物理学においても、この50GeV陽子加速器により、素粒子世代間の対称性や、クォーク・レプトンの統一的描像に迫ることが期待できる。これらニュートリノ研究に関しては、我が国は、世界に先駆けて実施したニュートリノ振動実験において既に世界をリードしているが、本計画の実現により、ニュートリノパラメータの精密決定等の実験が可能となり、さらに高度な研究が可能となる。
 一方、中性子やミュオンを用いた生命・物質科学の研究においては、現在の国内施設の数百倍となるビーム強度を実現し、量的だけでなく質的に異なる新しい研究段階が開拓される。特に、放射光(X線)に比べて水素原子への感度が高い中性子を用いた蛋白質の構造解析においては、その水素及び水和構造の決定が可能となり、その分子運動の研究により、構造ゲノム科学の進展が期待できる。また、我が国が世界をリードしている高温超伝導体、巨大磁気抵抗酸化物、高性能バッテリーなどに関する物質科学では、偏極中性子の有効利用が可能となり、磁性体の研究に画期的な手段をもたらすとともに、微少量の試料で行う極限条件下での物質の性質に関する研究の進展が期待できる。なお、加速器駆動パルス中性子源は我が国で生まれた独自の技術であり、本計画によりその技術を発展的に継承するという点でも意義深い。
 また、放射性廃棄物中の長寿命核種の加速器駆動核変換技術の研究では、超伝導加速器技術、中性子発生ターゲット技術、及び未臨界炉特性に関する基礎研究により核変換技術の成立性を評価し、次の段階への開発目標を設定できる。
 このほか、短寿命核を用いた天体核物理の研究などの重要課題についても、世界最高強度のビーム生成により飛躍的な研究展開が期待できる。

 (2)国が取り組むべき分野か
 本計画は、その規模の大きさ、対象とする研究分野の多様さ、見込まれる研究者層の広がり等、科学技術・学術的意義や波及効果の面からみても国として取り組むべき重要なものである。
 本計画は、欧州ESS計画及び米国SNS計画と並ぶ世界3大中性子源計画の一つであり、広範な研究分野による新技術・新産業の創出と応用を生み出す基盤研究施設として、各国とも科学技術の国際競争として計画に取り組んでいるものであり、我が国としても積極的に推進する必要がある。また、生命科学の推進については、国民的課題である医療・健康に貢献し、安全・安心な生活ができる国の実現という目標に合致し、国が取り組むべき分野であると言える。
 加速器を用いる原子核・素粒子物理学の研究は、小規模なものは除き、先進諸国において、国立大学・研究所、あるいは国際機関がこれを担当している。先進諸国の一翼を担う我が国としては、世界的にも極めて高いこの分野の研究水準を維持・向上させるとともに、人類への知的貢献、新しい世界観の創出等が期待されることから、この分野の研究を積極的に推進する必要がある。
 さらに、高レベル放射性廃棄物中の長寿命核種を短寿命核種に変換する加速器駆動核変換システムは、原子力の重要課題の解決策の一つとして考えられる次世代技術であり、その基礎的技術開発は、我が国のみならず、国際貢献に資する分野である。

 (3)緊急性はあるか
 本計画においては、ハドロンの質量の起源の究明、ニュートリノ振動の検証等原子核・素粒子物理の分野における最も重要な研究課題を掲げている。現在、この分野では、ニュートリノビームやK中間子ビームを利用した研究を高度に展開し、最先端の研究成果を挙げるために、この計画の早期実現を待ち望んでいる国内外の研究者が多数存在している。また、ニュートリノに関しては、世界に対する我が国のニュートリノ研究の優位性を維持することにも配慮する必要がある。
 また、中性子計画に関しては、世界3大中性子源計画の内、米国SNS計画は既に1998年に建設が認められて予算化され、2006年には完成する予定である。我が国においても、本施設の建設に早急に着手することにより、中性子利用研究における世界のフロントランナーとしての地位を保持するとともに、先端的な研究成果を生み出していくことが必要である。

 (4)ユーザーは十分あるか
 本計画においては、本計画の50GeV陽子加速器が、21世紀における世界で随一の大強度ハドロン加速器となることを考慮すると、国内の研究者数約300人に加えて、海外から参集する研究者数はさらに膨らみ、1,000人規模となることが示されている。特に、アジア・オセアニア地区からの若手研究者が増加することが示されている。また、中性子実験施設の利用についても、現在、原研のJRR-3や高エネ機構のKENSを利用しているユーザーは年間延べ1,000人以上おり、それらの年間増加傾向から本計画完成時の6年後には年間延べ2,000~3,000人規模の利用者があると予想されている。
 また、大型放射光施設(SPring-8)の例に見られるように、世界的規模の施設が実現すると、それを利用した研究を求めて、利用者は飛躍的に増大することも期待され、産業界からの中性子やミュオン施設の利用も、今後増大すると考えられる。
 本計画は、国際的にも高い期待が寄せられており、世界各国の優れた研究者との共同研究の推進や若手研究者の育成を通じて国際競争力のある社会の実現に貢献するものである。また、アジア・オセアニア地域における研究の拠点として、当該地域の研究の進展にこれまで以上に大きな役割を果たすことが期待される。

 (5)類似計画との関係(競争関係、補完関係等の分析)
 本計画の50GeV陽子加速器と類似するものは、米国ブルックヘブン研究所のAGS加速器、欧州のCERNのPS加速器などがあるが、両者とも既に建設後20年以上経過している。本計画で世界最高強度の陽子を用いた本加速器が完成すれば、最先端のニュートリノ実験も含めた実験が可能となる。これにより、この分野の世界的な研究センターとして大きな役割を担うことが期待される。
 中性子散乱研究について、本計画の1MW中性子源では、平均中性子強度では原研のJRR-3の数倍であるが、パルスピーク強度では数百倍の中性子ビームが得られる。本計画と原子炉との比較では、時間的に連続ビームを供給する原子炉は、ラジオグラフィのような積分型の測定や中性子入射エネルギー固定の高分解能中性子散乱測定に適している。一方、本計画の時間的にパルス状の中性子ビームを供給する核破砕中性子源は、一度に入射エネルギーと散乱運動量の広範囲の空間をカバーできる利点がある。また、高いパルスピーク強度は生命物質中の分子の運動と機能や、バッテリー中のイオン運動と性能の解明等のダイナミクス研究を可能にする。従って、本計画では、加速器中性子源の利点を活かしたこれらの研究のフロンティアを切り拓いていくという点で最先端の成果が創出されることが期待される。
 ミュオン科学については、現在、理化学研究所が英国ラザフォード・アップルトン研究所(RAL)の陽子加速器を用い、大規模な研究を行っているところである。このため、本計画のミュオン実験部分と理研の計画を整理することが必要である。
 また、短寿命核実験については、理化学研究所で建設が進んでいるRIビームファクトリー計画がある。RIの発生技術には相違があるものの、国際競争力のある点が明確になっておらず、具体的な研究項目については類似する点も多い。従ってこれらの点を整理した上で、重複投資が起こらないように、施設建設の時期等について再検討すべきである。
 これらの点については、本評価部会における審議の過程において、RALにおける理研ミュオン施設の拡充を中止すること、また短寿命核実験施設については、実験計画を他の加速器施設に分散(移す)し、施設建設を第Ⅱ期計画へ繰り延べる提案をしたことは、適切なものであると判断する。
 さらに、ニュートリノ実験については、現在も高エネ機構独自の計画が進められているところであり、最先端の成果を挙げていると聞いている。今後、国際競争や国際協調などの観点から、本計画におけるニュートリノ実験施設の建設計画については、再検討することが望まれる。

 (6)設計は妥当か
 本計画の国際レビューが平成11年4月に行われ、21世紀科学技術の最先端プロジェクトとして妥当な設計であり、早急に着工すべきであるとの評価を受けている。
 本評価部会においても、全体設計の妥当性について一定の評価をすることとする。

 (7)建設着手の準備はできているか
 これまでの国際レビューにおいては、原研と高エネ機構の加速器技術のレベルの高さは高く評価され、建設着手の準備は整っていると評価されている。しかしながら、建設のための人材確保については、今後両機関において十分考慮する必要があり、大学関係者や国内の他の研究機関、あるいはアジア諸国を含む国外の研究者との協力を含めて検討されるべきであろう。

 

4.経済的・社会的評価等について
 (1)社会的効果(社会的ニーズ)はあるか
 本計画によって、加速器から発生する様々なビームの活用により、新技術・新産業の創出につながることが期待される。例えば、中性子を用いた新材料の開発や、中性子を用いたドラッグデザインによる新薬剤の開発など、これまでの手法では考えられなかった新たな利用法の展開が本施設の実現によって可能になる。産業界においても、中性子の利用の可能性について注目していることから、産業界との連携を強化し、新たな利用法の開発などにも重点を置き、中性子利用を進めるべきである。
 また、このような新技術・新産業の創出により、21世紀において我が国が中性子利用における主導権を獲得することは、国際的な競争力を強化すると同時に、先端的な成果をあげていく上でも重要である。なお、同様の計画が欧米でも進んでおり、我が国が国際的な競争力を持ちうる点に集中して施設の整備を進めることが肝要である。

 (2)技術的・経済的波及効果はあるか
 本計画では、施設建設及び施設利用の効果の両面から検討を行い、建設効果については、公共投資的側面から産業連関分析を、利用効果については、マクロ経済分析等を行い、産業技術への波及効果が解析されている。
 これによれば、建設費用に対して、2.26倍の生産誘発額が、10年間の利用に対する運営経費に対して、2倍の投資効果(生産)が誘発されるとの結果がでている。一方、中性子利用の産業への寄与の度合いは、確定的な数値は得られなかったものの、全産業の約30%には中性子の応用が可能とのことであり、不確定要素は含まれるものの、現段階の見積もりでは、十分な経済効果が見込まれるとされている。
 本評価部会としては、本計画による経済効果の意義は認めるものの、今後のコスト見積もりに当たって、さらに波及効果の分析を続けていくことが必要である。

 (3)計画の規模は適当か
 本計画により建設される施設は、前述のように21世紀における我が国の科学技術を支える重要な基盤的研究施設である。また、国内のみならず海外からの研究者に対しても広く共用に供する先端的共同利用施設でもあり、完成すれば各々の実験施設を利用する国内外の研究者数は年間延べ数百人から数千人に上ると予想されている。また、アジア・オセアニア地域の科学技術の発展に対して大きく寄与するなど、本施設は国際公共財としての役割を果たす研究施設であり、公共投資の対象として適切であると評価する。
 本計画のコストは、中性子科学研究計画と大型ハドロン計画の単純な合計と比べて合理化が図られていることが示されたが、依然として、大規模予算を伴う計画であることに変わりはない。本計画を海外における同様の計画とを比較すると、その予算規模はほぼ同じではあるが、我が国全体の研究環境、特に基礎科学分野における研究環境の現状からみると、その予算総額は極めて大きいと言わざるを得ない。
 このため、計画の推進に当たって、緊急性、重要性、国内関連施設との役割分担等を考慮した上で計画の優先順位付けを行い、優先順位の高い施設から、必要な規模・性能を確保し、投資に見合うだけの成果が得られるか検討した上で、第Ⅰ期計画として重点的に施設の整備を開始していくことが必要である。
 さらに、両機関において必要な調整を行い、計画の着実な実施を可能とする適切な予算スケジュールを計画することが必要である。
 なお、本計画は国民からの税金により実行されるものであることから、計画の推進に当たっては、アカウンタビリティ(説明責任)を明確に果たす必要がある。研究者としての意欲だけでなく、国民に対して成果がどのように還元されるのかを説得力のある形で示すことが重要であるといえよう。

 (4)将来の人材育成につながるものか
 本計画は、各施設の共同利用を通じて多くの分野の研究者を育成するとともに、国公私立大学の大学院生を受け入れて大学院教育に貢献するものである。また、民間との連携協力や社会教育活動の積極的な実施により、人材育成に資するものである。なお、社会教育活動の実施に当たっては、小中学生あるいは高校生に対し、施設を見、実験装置に触れながら科学の面白さを実感する機会をつくり、それに参加させるプログラムにして実行すること、また、教師については実際に研究に参加できる機会を与えるなどの工夫をすることが望ましい。若者に夢を与え、先端的科学技術分野に進もうとする意欲をもたせることは、ある意味で経済的効果よりも重要なことであることを指摘したい。

 (5)周囲の環境等への配慮はなされているか
 地域社会との共生なしに、研究開発活動の推進は困難である。本計画では、地域環境への配慮として、環境の専門家の意見を踏まえた開発計画を立案するとともに、建設に当たっては地元と一体となって意見やアイデアを広く集めるとされており、その一例として、生活環境に潤いを与える施設または場所としての「科学と自然のアメニティゾーン」の構想が提案されている。この構想は、「森の中の研究施設」や「自然の根元を探る科学館」というコンセプトで、地元住民が最先端の科学に直に触れる機会を提供するものであり、地域社会の理解を得ながら研究開発を進めていくという上でも、社会的に意義のあることと評価される。実現に当たっては、意味のある形での実現に向けた取り組みが求められる。

 

5.運営体制等について
 (1)計画の推進体制は適当か
 本計画においては、原研と高エネ機構の両者が協力して中性子科学を担当し、また、高エネ機構がニュートリノを含む原子核・素粒子物理学、ミュオン科学を、原研が核変換技術の研究開発を中心に担当している。これらの役割分担は、それぞれの得意分野を活かすという趣旨から適切であると判断される。
 両機関では、本計画を進めるに当たり、共同推進チームを設置し、検討を行っているところであるが、今後とも、この体制を有効に機能させるために、共同推進チームを強化するとともに組織の壁を超えた柔軟な運営を行って、計画を推進することが必要である。また、共同推進チームには大きな権限を与え、原研と高エネ機構が互いの機関の壁を越えて協力することが重要である。さらには、チームリーダーの強いリーダーシップの下で計画を実行することが重要である。また、加速器等の技術開発に当たっては、これまでの両機関のプロジェクト推進方法に見られた相違点を克服し、整合性のとれた効率的な推進が求められる。
 なお、共同推進チームの運営に当たっては、幅広い立場の有識者等から外部の意見を汲み上げていくシステムを構築すべきである。

 (2)関連研究機関との連携はとれているか
 本計画では、国内の関係機関との連携を実効性のあるものとすることが重要である。また、欧米の関連機関との間で、必要に応じて互いに協力を進め、共同研究や人材交流などの形で、開発を効率的に進めていくことが必要である。
 さらには、新産業・新技術の創出など、成果が目に見える形で国民に還元されることも重要であり、このために、産業界からのメンバーも加えた委員会等を設置し、施設の利用方策の検討を実施することが必要であろう。

 (3)適切な人材を結集しているか
 本計画は原研と高エネ機構の統合計画であり、両研究所から必要な人材が集まって共同推進チームを結成している。特に高エネ機構からは高エネルギー加速器、ニュートリノを含む原子核・素粒子物理学や、中性子科学、ミュオン科学等の研究者・技術者が、また原研からは、加速器を含め放射線遮蔽、大強度中性子源、中性子科学や核変換技術等に関わる研究者・技術者が参加していて、本計画推進のために適切な人材が結集していると判断する。
 なお、本計画を遂行するに当たっては、両機関の定員事情が厳しいことを踏まえつつも、適切な人材が両機関において確保できるよう、最大限の配慮を行うべきである。特に、装置の完成後、絶えざる進歩を遂げるためには、能力ある専任研究者の確保が重要である。また、若手研究者の育成を組織的に考えておくことや研究者、技術者の流動を促進する新しい仕組みを構築することが望まれる。

 (4)共同利用体制について
 本計画によって建設される施設は、中性子科学、原子核・素粒子科学、生命科学、物質科学等をはじめとする多分野の研究者が幅広く利用できる先端的研究施設であるため、産業界等も含めて、機会均等の原則の下で本施設を広く共用に供することが必要である。また、原研、高エネ機構のこれまでの共同研究、共同利用体制を発展させ、両機関における実施体制の利点を併せ持った新たな共同利用体制について、検討を進める必要がある。
 本施設はアジア地域において唯一の最先端の陽子加速器施設となる。このため、国内外を問わず開かれた施設にすることが必要であり、外国の研究者の利用に当たっても、広く外国からの受け入れが可能となるよう、受け入れ体制を整備する。
 なお、海外からのユーザーの受け入れや支援・教育には、組織的に対応することが不可欠であり、運営体制の中で国際化に向けた十分な配慮が必要である。また、加速器の完成当初から施設を使いこなし、世界的レベルの成果を挙げる上で忘れてならないのは、ユーザーグループの研究活力を維持しながら、既存の利用施設から新施設へスムーズに移行することであり、この点に特に配慮する必要がある。

 

6.総合評価

 これまで述べたように、本計画は、科学技術・学術的な意義、経済的・社会的な意義が双方とも十分に認められ、今後の我が国の発展に大きく寄与するものと考えられる。また本計画は、我が国はもとより全世界の研究者が利用可能な国際的に開かれた研究プロジェクトであり、本施設は国際公共財と考えられる。
 さらには、本施設における創造的研究によって生み出される新発見により、新産業・新技術の創出が促されることが期待される。また、国民の知的好奇心をかき立てて科学技術に対する関心を呼び起こすとともに、若者に夢を与え先端的科学技術分野に進もうとする意欲を持たせるきっかけをつくることにもつながる。
 以上を総合すれば、本部会としては、本計画は積極的に進めるべきものであり、早期に着手すべきであると評価する。

 しかしながら、本計画は、計画提案者の構想を全て実現しようとすると、当初の約1,500億円を超えて約1,900億円にも及ぶ大型のプロジェクトである。我が国の現下の財政状況等を踏まえれば、緊急性、重要性の高いものから実現することを考える必要がある。
 このため、現実的な資金計画を作成するとの観点から、各施設のプライオリティ付けを行った上で、必要な性能を落とすことなく、順次建設に着手することが必要であろう。また、補完できる他の施設または競合する国内類似計画が存在するものについては、当該施設の建設計画の再検討を行うことを求めるものである。

 本計画によって、科学技術・学術分野における我が国の国際的な競争力を強化するとともに、ここから得られる成果を持って国際貢献を行っていくことが重要な責務であることを認識されたい。さらに、国民に対する説明責任があることを自覚し、適時適切に情報の提供を行い、透明性の向上を図るとともに、本計画に対する理解の増進につとめるべきである。なお、本施設の有効利用の観点からも、成果の公表及びその移転等を含め、研究者だけでなく、青少年や地元住民などにも広く開かれた施設とすべく所要の措置を講ずることが求められる。また、建設段階における適切な人材の結集や施設完成後の新たな共同利用体制について、両機関において検討を進めることが求められる。

 計画の実行に当たっては、提案者において本評価部会から指摘された事項を踏まえた事前の十分な検討を行うことは当然であるが、大綱的指針に則り、中間評価による一定期間経過後の計画、進度の妥当性に関する検討、事後評価による達成度の把握や計画の妥当性に関する考察等を行った上で、次期計画へ進むか否かの判断を行うべきである。

 本計画は、科学技術庁と文部省が統合するに当たっての象徴的なものである。これまでの行政の区分によって科学技術行政と学術行政の連携が必ずしもうまくいかなかった部分も見受けられるが、この壁を打破し、夢のあるプロジェクトとして本計画が推進されることを望む。