資料(専)22-4

地層処分研究開発第2次取りまとめ第2ドラフト要約

平成11年4月21日
核燃料サイクル開発機構

 

まえがき
 第2次取りまとめについては,動力炉・核燃料開発事業団(現核燃料サイクル開発機構;以下,サイクル機構)が平成4年に公表した第1次取りまとめ(わが国における地層処分の技術的可能性を示したもの)を踏まえ,平成9年4月の原子力委員会原子力バックエンド対策専門部会報告書『高レベル放射性廃棄物の地層処分研究開発等の今後の進め方について』(以下,専門部会報告書)を指針として,2000年前までに技術報告書として国に提出しその評価を仰ぐこととされている。第2次取りまとめは,わが国における地層処分の技術的信頼性および,処分予定地の選定と安全基準の策定に資する技術的拠り所を示すことを目標としており,平成10年9月にはそれまでの研究開発成果に基づいて第1ドラフトを作成し,専門部会に報告するとともに一般に公開した。第1ドラフトについては,地層処分に関連する様々な領域の専門家の方々から,研究開発の内容や進捗状況について指摘や議論を頂いた。

 サイクル機構では,第1ドラフトについての指摘や議論,それ以降の研究開発の進捗に基づき,このたび第2ドラフトを取りまとめた。第2ドラフトは,第2次取りまとめの全体像を示すため,第1ドラフトの骨格を踏襲し第2次取りまとめの主要なメッセージを包括的に示す総論レポートと,その内容を技術的に支援する3つの分冊から構成した。第2ドラフトの目的は,最終的に国へ提出する報告書としてまとめていくため,第1ドラフト同様,地層処分に関連する様々な領域の専門家の方々から,研究開発の内容や進捗状況について指摘や議論を頂くとともに国際レビューを受けることである。

主要な結論
 第2ドラフトまでに得られた成果は以下のようにまとめることができる。

(1) 地質環境の安定性と深部地質環境の特性について

天然現象の活動の履歴が残されている地質や地形を対象に,年代測定や当時の環境の分析などを主体とする事例研究を進めるとともに,地球科学の分野に蓄積された文献情報を基に,各天然現象の過去から現在までの活動履歴を調査した。その結果,現象の種類や地域によって得られる情報の量や精度に違いはあるものの,約170万年前から現在に至る地質時代である第四紀,とくに最近の過去数十万年程度まで遡って活動の場所や規模及びそれらの規則性を追跡することができた。また,現象によっては,過去数十万年程度よりも古い時代における活動の特徴や傾向を推定することができた。これらから,第四紀の活動が継続すると考えられる,少なくとも将来十万年程度の期間について地層処分の場としての地質環境の長期安定性を論ずることが可能であると結論した。

わが国における火山活動や断層活動は,過去数十万年程度にわたって,限られた地域(火山地域,活断層帯)内で繰り返し起こっていること,また,断層活動によって岩盤が破砕されたり,火山活動に伴って地温の上昇や地下水の水質変化が生じるような影響範囲は,個々の活断層や火山によって異なるものの,前者については活断層から数百m程度まで,後者については火山から数十km程度までとの目安が得られた。日本列島における火山や活断層の分布およびそれらの影響に関する現状の知見によれば,火山活動や断層活動による影響を被らないような地域はわが国にも広く存在しているといえる。したがって,これらの現象については,個々の地域での調査に基づき,活動の可能性とその影響範囲を考慮して,処分サイトを適切に選定し,また,処分施設や人工バリアを設計することにより,地層処分システムに対する影響を回避することが可能である。

一方,隆起・沈降・侵食については,過去数十万年程度にわたって,地域ごとに概ね一定の速度で進行していること,およびその速度は,山岳地域などを除く多くの地域で十万年間に数十m?封Sm程度であることが示された。また,気候・海水準変動については,過去数十万年程度にわたって,氷期・間氷期サイクルの地球規模での変動が概ね十万年周期で繰り返されていること,およびそれに伴いわが国においては,10℃程度の気温の変化および百数十mの海面変化が起こったことが認められた。これらの現象については,一部の変動の激しい地域を避けたうえで,個々の地域において想定される変動の規模を考慮して処分場の深度を設計するなどの対応をとることが可能である。

人工バリアを設置する環境および天然バリアとしての機能にとって重要な岩盤と地下水の特性について,文献データの整備を行うとともに,東濃地域および釜石鉱山での地層科学研究の成果を活用することにより,実測データに基づく検討を行った。

わが国における岩盤の性質は多様であるが,地温が十分に低く地圧も均質に近いような深部岩盤が,わが国にも広く存在し得ることが,文献調査および東濃地域と釜石鉱山での実測により確認できた。また,このような岩盤の力学的,熱的性質に応じて,処分施設や人工バリアを合理的に設計・施工することができることを示した。

地下深部の地下水は,土壌や岩石中に一般的に存在する鉱物や有機物などとの反応により,深部にいくにしたがってより還元され,深度数十m~数百mで強還元性になっていることが,東濃地域および釜石鉱山などでの実測データおよび水?滑竦ホ反応試験や理論解析に基づき確認された。さらに,地下深部では,地表に比べて動水勾配が小さく,地下水の動きが遅くなることが,東濃地域での実測データにより示された。このような深部地下水の一般的な性質は,地層処分システムの性能評価を通じて,オーバーパックの腐食や核種の溶解・移動を制限するという観点から,人工バリアが長期にわたって性能を維持する上で適切な環境条件であることを示した。

天然バリアの機能にとって重要な岩盤中での物質移動については,東濃地域や釜石鉱山などでの観察・試験の結果,物質の移行経路となる岩石中の粒子間間隙や割れ目などの分布・形状は岩石の種類や場所によって異なるが,一般に,地下水を媒体として物質が移動する過程で,鉱物の表面への収着や割れ目から岩石マトリクス中への拡散が実際に生じ,物質の移動を遅延させる機能を有することが確認できた。

 以上のことから,わが国においては,火山や断層等の活動地域とその影響範囲を除けば,地下深部の地質環境は長期間にわたって人工バリアの健全性を保ち,天然バリアとして核種の移行を遅延するという機能が期待でき,またそのような機能を有する地質環境が存在することが確認できた。

(2) 人工バリアと処分場の設計・施工技術について
人工バリアや処分施設の工学技術に関しては,サイクル機構の地層処分基盤研究施設(ENTRY)等における試験研究や,東濃地域,釜石鉱山における地層科学研究及び海外の地下研究施設での国際共同研究,並びに国内外の研究機関における試験研究等,実験室規模あるいは工学規模での試験を通じて,設計要件の見直し,応力変形解析モデル等の解析評価手法の開発と設計用データベースの整備を進めたことから,わが国の幅広い地質環境に対応できるように岩盤物性値の幅を考慮して合理的な設計・施工を可能とした。これらの成果を用いて試算した人工バリアの仕様では,第1次取りまとめに示された仕様に比べ,オーバーパック,緩衝材とも,厚さを約30%低減することが可能となった。またオーバーパックの試作や実際の緩衝材を用いた施工試験等を通じて,人工バリアの製作・施工が現在の技術をもとに実施できることを示した。 また,岩盤の長期クリープやオーバーパック腐食膨張を考慮した長期構造力学安定性,熱-水-応力連成解析による人工バリアの再冠水挙動,人工バリアの耐震安定性等について評価を行い,設計された人工バリア仕様の長期健全性を確認した。

処分施設については,処分坑道の離間距離や廃棄体の配置を処分場の性能を損なうことなく坑道掘削量が最小となるように設定する合理的な設計の考え方を示し,上記人工バリア仕様を対象として具体的に適用を試みた。

処分施設の設計にあたっては,まず,現実的な地質環境データを用いた坑道の力学的安定性の検討を行い,施工が可能と考えられる処分深度の概略的範囲を明らかにするとともに,有限要素法による詳細解析を実施し,支保工を含めたアクセス坑道,主要・連絡坑道及び処分坑道の仕様を設定した。これらの坑道仕様に対し,操業時の耐震安定性について検討し,その安定性が確保されることを確認した。次に熱解析を行い,力学的安定性の解析と合わせて処分坑道の離間距離や廃棄体の配置を設定した。

処分施設の仕様に基づいて,処分場の建設,操業の各作業手順について検討し,これらの作業について独立に並行して実施可能となるような処分場全体のレイアウトを示すとともに,それぞれの作業について基本的に現状技術あるいは近い将来実現すると考えられる技術で実現可能であること,充分品質管理を行うことができることを示した。

処分場の管理については,国際的な共通認識等も参考に,制度的管理を終了し処分場を閉鎖する判断に必要な技術的情報を整えておくことを目的として,閉鎖までに行う管理の項目を明らかにした。処分場における各作業段階に応じて,これらの管理項目ごとに具体的なモニタリングの対象と計測技術を例示した。なお,上述した方法で処分場を操業することにより,数十年にわたる操業期間中の再取出しや設計・施工方法の改善,変更が可能である。このような操業や品質管理を通じて,処分場閉鎖後に安全性の観点からモニタリングや廃棄体の再取り出しを行うことについては想定する必要がないと考えることができる。

(3) 地層処分システムの長期安全性について
体系的なシナリオ作成の手法,より現象に即したモデル及びより現実的なデータベースを開発することにより,ニアフィールドを中心として,地層処分システムの安全機能解析評価に関する信頼性が向上した。人工バリア中の核種移行解析については,同位体共存下での沈殿/溶解を現象に即して扱うとともに,周辺母岩での地下水流れを境界条件として取り込むことができるモデルを開発した。また,天然バリア中の核種移行解析については,亀裂性岩盤に対しては亀裂ネットワークモデルを,亀裂が少なく亀裂内の流れよりも粒子間隙内の流れが支配的となるような新第三紀堆積岩に対しては不均質連続体モデルを開発した。これらのモデルやデータの妥当性については,ENTRYにおける地下深部の環境を模擬した条件での室内試験や,東濃地域や釜石鉱山における地層科学研究によって確認された。個々のモデルを接続し,線量を指標に1本のガラス固化体を対象とした,地層処分システム安全評価モデル基本体系を整備した。

開発したシナリオ作成の手法を適用し,地層処分システムの安全性を論ずる上で評価上考慮すべきシナリオを明らかにするとともに,評価の方法を検討した。地層処分システムは,その安全機能を十分に発揮できるよう長期的に安定で地下水流速が小さく化学的に還元性であるといった地層処分にとって好ましい条件を有する地質環境に,適切に設計された処分場を建設するという対策によってシステム固有の性能を確保することが可能である。まずサイト選定によって長期的に安定で資源の存在しない地質環境が確保されることによって,接近シナリオについては基本的にその影響を排除できることを示した。このような地層処分システムの固有性能を確保することを基本とした上で,地下水シナリオについては,モデルやデータの不確実性とともに,わが国の幅広い地質環境を考慮することによる地質環境の多様性や処分場の設計のオプションを勘案し,地下水シナリオに対して,システム全体の安全性を評価するための解析ケースを設定した。上述した地層処分システムの安全評価モデルの基本体系を用い,40,000本のガラス固化体を埋設することを想定した処分場に対してこれらの解析を実施した結果,上述の不確実性やシステムのバリエーションを考慮しても,地層処分システムの固有性能を勘案すれば,線量の最大値は,例えば諸外国で示されている安全基準(0.1~0.3mSv/年)を下まわることを示した。

(4) 処分予定地選定と安全基準策定に資する技術的検討について
サイトの選定を,①処分候補地の選定,②処分予定地の選定,③処分地の選定,の3段階によって進められると区分し,選定にあたって考慮すべき地質環境上の要件および必要となる情報を整理するとともに,重要な地質環境情報を取得するために必要な調査技術の開発状況を整理した。

処分予定地やその候補地の選定においては,地層処分にとって不適切な地質環境を除外する観点から,①断層活動による岩盤の破壊,火山活動に伴うマグマの貫入や熱水の侵入および急激な隆起,侵食等を被らない地域であること,②対象とすべき岩盤が,必要な規模の処分施設を建設する上で十分な空間的な広がりを有すること,③将来における人間侵入の動機となるような地下資源が存在しない地域であること,を重要な地質環境上の要件として明らかにした。これらの要件については,処分候補地の選定段階に主に文献調査による検討を行った上で,処分予定地の選定段階に,ボーリングや物理探査などの現地調査によって実際に確認することが可能である。

地質環境の特性(地質・地質構造,地下水の流動,地下水の地球化学,岩盤の熱・力学,岩盤中での物質移動)については,これらの各段階を通じて予備的な情報の取得・収集を進めるとともに,処分地の選定段階における地下施設等を利用したサイト特性調査によって,処分システムの設計と性能評価に必要なデータを包括的に整える。

このような調査に対応するため,ボーリング孔を利用して深度1,000mまでの岩盤の透水係数や地下水の酸化還元電位などを高精度で計測するための装置,地下坑道における地質構造調査やトレーサー試験あるいは掘削影響評価の手法など,基盤となる要素技術を,東濃地域や釜石鉱山での調査試験を通じて整備することができた。

わが国の幅広い地質環境を対象として人工バリア及び処分施設の設計・施工要件を示し,このような要件を満たすような仕様例を明らかにしたことによって,処分サイトの地質環境条件に応じて適切に設計を行うための手法や必要なデータを明らかにすることができた。処分予定地においては,サイト特性調査による地質環境条件の把握,これに基づく処分場の設計,設計された処分場を含む地層処分システム全体の性能評価による安全性の確認という作業をくり返すことによって最適な処分システムの構築を行うことが可能である。

処分場の管理等を通じて実施される処分場の建設,操業,埋め戻しに関する品質管理の考え方を明らかにし,これらが基本的には既存の手法やモニタリング技術によって実施可能であることを示した。

わが国の幅広い地質環境を考慮して構築された地層処分システムの安全評価を行うために開発されたシナリオ作成のための方法論やシナリオに沿って影響を評価するためのモデル,データは,実際の処分予定地の地質環境に対応して具体化される地層処分システムの安全評価の基盤を与えることができる。この際,安全評価のためのシナリオ,モデル及びデータは,サイトの選定による地層処分にとって好ましい地質環境条件の確保と設計に基づく工学的対策によって実現される地層処分システムの固有の性能に充分留意し,現実的な範囲で保守性をもつように設定することが重要である。

安全指標の基本となる線量あるいはリスクについては,人間の生活様式に関する長期的な予測に大きな不確実性を伴うことから,これを補完する指標について,比較対象とする基準の明確化,時間的・空間的不確実性および放射線学的影響の尺度への近接性の観点から検討した。その結果,河川,海,土壌あるいは岩石中の放射性核種濃度を指標とすることが可能であり,性能評価モデルによる推定値と天然に存在する放射性核種濃度の実測値との比較によってシステムの安全性の判断に資することについての可能性を示した。このような評価は,サイトの条件やシステムの性能評価の枠組みに合わせて天然の放射性核種濃度の測定をサイト特性調査項目に加えることにより,実際のサイトにおいて行うことが可能である。

安全評価の時間スケールを考察するうえで重要な因子は,地質環境の長期安定性,人間環境の長期的な変化および廃棄物の潜在的危険性の変化であり,地質環境の安定性については将来十万年程度,人間環境については次の氷期が到来するまでの一万年程度の期間については,ある程度の信頼性をもって予測することが可能である。廃棄物の潜在的危険性の放射性崩壊による時間的減少については,どの程度のレベルまでの低減を考慮するかを決定する必要がある。一つの考え方として,その廃棄物を発生させるもととなるウラン鉱石総量の潜在的な危険性と同レベルを目安とすることができ,そのようなレベルとなるまでの時間は数万年程度である。これらを勘案すれば,少なくとも地質環境の安定性に関する予測が可能と考えられる十万年程度までは,線量の評価と補完的な安全指標を適切に組み合わせて評価を行うべきと考えられる。それ以降の期間については,評価の不確実性は大きくなるが,廃棄物の潜在的な危険性も小さくなることによって緩和されると考えられる。

(5) わが国における地層処分の技術的信頼性について
以上に述べた研究開発の成果によって,わが国においても,地層処分に適切な地質環境を選定し,その地質環境に適合した処分場を設計・施工することにより,長期間安全性を維持できる地層処分システムを構築することが可能であることが示された。このようにして構築されたシステムの長期的安全性は,最新の科学技術的知見に基づいて開発された方法論による評価を通じて確認された。これらのことから,わが国において高レベル放射性廃棄物地層処分を安全に実施する上での技術的な基盤が信頼性をもって示されたと結論できる。

(6) 第2次取りまとめ以降の研究開発について
第2次取りまとめ以降の研究開発では地層処分の事業化に向け,国内外の地下研究施設,ENTRY,地層処分放射化学研究施設(QUALITY)等を利用することによって,これまでの研究開発成果の実用化,体系化によってさらに信頼性の向上を図っていく段階と位置づけることができる。具体的には,地質環境の長期安定性や特性に関する調査解析手法や処分場の工学技術の検証,処分場の詳細設計手法やシステムの安全評価手法の高度化を進め,「地層処分事業化技術」として確立するとともに,これらの成果を最新の計算機技術を利用することによって数値情報化を行っていくことが重要と考えられる。また,わが国における地層処分技術に対する信頼性をより高めるという観点からも,火山,断層活動等の影響を評価するための手法の確立,地層処分システム全体や人工バリア構成材についての天然類似現象(ナチュラルアナログ)の研究が重要である。

  第2ドラフトの要約
1. 第I章,第II章(地層処分の考え方と研究開発の経緯)
 高レベル放射性廃棄物は,原子力を利用してエネルギーを得ることにより必然的に発生するものである。その特徴は,発生初期に高い放射能をもち,徐々に減衰するもののそれが長期間にわたって継続するということである。このような特徴を考えれば,高レベル放射性廃棄物管理の最終的な対策としては,人間環境から隔離して処分するという方法が必要であり,処分する場所として,鉱床や遺跡が長期間にわたって保存されているという事実などから,自然な発想として深部の地質環境が考えられた。他に,宇宙空間,海洋底下,極地の氷床が検討されてきたが,わが国も含め国際的に最も好ましい方法として地層処分が共通の考え方になっている。

 高レベル放射性廃棄物の対策については,昭和51年に原子力委員会により地層処分に重点を置く旨の目標と所要の研究開発方針が示され,動力炉・核燃料開発事業団(現サイクル機構)などの機関はこの方針に沿って研究開発を進めた。原子力委員会はその成果に基づき,昭和55年に,高レベル放射性廃棄物対策専門部会報告書においてわが国の地層処分の基本となるべき考え方として,多重バリアシステムによる処分の概念を示した。次いで昭和59年には,地層処分を実施するための地層について,岩石の種類を特定することなく,幅広い視野から研究開発を進めていくべきであるとする考え方を高レベル放射性廃棄物対策専門部会報告書に示した。昭和62年には,改訂した原子力開発利用長期計画において,再処理施設で使用済燃料から分離された高レベル放射性廃棄物は,ガラス固化により安定な形態にしたうえで30年から50年程度冷却のために貯蔵した後,地下の深い地層中に処分するという基本方針を明らかにしている。

 平成元年,原子力委員会放射性廃棄物対策専門部会は「高レベル放射性廃棄物の地層処分研究開発の重点項目とその進め方」と題されたガイドラインを策定した。地層処分の研究開発の進め方については,多重バリアシステムによる地層処分の長期的な性能を予測的に評価することが中心的な課題であること,現段階では地層処分がわが国においても技術的に可能な対策であることを確認していくことを目標に,わが国に存在する多様な地質の状況に適合しうる多重バリアシステムが構築できる見通しを示していくという方針が明らかにされた。さらに,このような研究開発が全体として所要の成果を得るまでには十数年以上の時間が必要と見込まれること,研究開発が着実に進んでいることを国民に報告しその理解と支援を得ていくために,研究開発の進捗状況と見通しを一旦取りまとめるべき時期にあることなどが示された。

 このような考えを受けて,動力炉・核燃料開発事業団(現サイクル機構)は平成4年にそれまでの研究開発の成果に基き,わが国における地層処分の有効性に関する総合的な取りまとめを行った(第1次取りまとめ)。第1次取りまとめによって,以下のようなわが国の地層処分概念と安全確保の考え方が示された。

 わが国の地層処分概念は,諸外国と同様,天然の地質環境に,その地質環境の条件を考慮にいれて適切に設計した工学的な対策を組み合わせる多重バリアの概念に基づくものであるが,特に変動帯に位置するという地質学的条件を念頭に置いて,地質環境の長期的な安定性に配慮している。また,わが国の幅広い地質環境を考慮した概念を検討の対象としており,これに関しては地質環境の幅に対応して性能に余裕を持たせた人工バリアを考えておくことが合理的である。これらのことから,わが国の地層処分概念とは,図1に示すように「安定な地質環境に,性能に余裕を持たせた人工バリアを含む多重バリアシステムを構築すること」であるということができる。

図1 わが国における地層処分の基本的考え方
(第1次取りまとめの成果)

 上記地層処分概念では,地層処分システムは基本的に長期にわたって安定な深地層中に構築される。地下深部に設置される多重バリアシステムは,人工バリアとなるガラス固化体,オーバーパック,緩衝材と,周辺の岩盤による天然バリアからなり,以下のような安全機能が期待される。

 このような安全機能が確保されれば,放射性核種が生物圏に到達するまでには長い時間を要し,この間に放射能は減衰,希釈されて,人間とその環境に有意な影響が及ばないように安全に廃棄物を処分することができる。

 平成5年7月,原子力委員会放射性廃棄物対策専門部会は,第1次取りまとめについてわが国の地層処分の安全確保を図っていく上での技術的可能性が明らかにされていると評価した上で,その後の研究開発のあるべき姿を示した。

 平成9年4月の専門部会報告書において,わが国における地層処分の技術的信頼性を示すとともに,事業化の段階で必要な処分予定地の選定や安全基準の策定にとっての技術的拠り所を与えること,さらには2000年以降に必要となる研究開発の見通しを示すことが第2次取りまとめの主要な課題として示された。

 同報告書にはさらに,今後の研究開発の進め方及び第2次取りまとめの透明性の確保及び評価の考え方について示している。

 第2次取りまとめの包括的な目標である「わが国における地層処分の技術的信頼性を示すこと」について,サイクル機構では「高レベル放射性廃棄物を地層処分するための,実用可能かつ合理性を備えた技術の存在を明らかにすること,さらにそのような技術と適切な地質環境によって長期にわたる地層処分の安全性が保たれることを,科学的な根拠に基づいて示すこと」と認識し,これに応えるため,「地質環境条件の調査研究」,「処分技術の研究開発」,「性能評価研究」という3つの研究開発分野の成果を取りまとめることとした。

 「地質環境条件の調査研究」によって,地層処分の観点から重要な地質環境条件を明らかにし,処分場の設計や性能評価研究への入力情報として整備することとした。

「処分技術の研究開発」によって,わが国の幅広い地質環境を考慮した人工バリアの仕様や処分場のレイアウトを検討し,地層処分の工学的実現性を示すこととし,さらに,「性能評価研究」によって,与えられた地質環境条件や人工バリア仕様,処分場レイアウトに基づいて構築される地層処分システムについて,その性能を評価する手法の確立とそれを用いた評価によって地層処分システムの長期安全性を示すこととした。

 これら3分野の個々の研究開発の成果は,データ,モデル,知見などの形で,あるいは技術そのものとして各分野間で双方向にやりとりされ,その結果がそれぞれの分野の中にフィードバックされることにより,必要に応じて研究開発を反復しながら全体目標に照らして総合的な評価に耐える形で取りまとめられていくものである。

 また,「地質環境条件の調査研究」の成果に基づいて整備される処分予定地選定の要件やサイト特性調査技術,「処分技術の研究開発」の成果として得られる人工バリア及び処分施設の設計施工要件,「性能評価研究」の成果を踏まえて検討される地層処分システムの安全評価上の要件,安全評価手法とデータベースなどから,処分予定地の選定や安全基準策定の技術的拠り所が導かれる。

 第2次取りまとめに向け,関係研究機関等の協力を一層進めるため,日本原子力研究所,地質調査所,防災科学技術研究所,電力中央研究所,原子力環境整備センター,高レベル事業推進準備会,電気事業連合会,動力炉・核燃料開発事業団(現サイクル機構)の各機関及び大学の専門家による「地層処分研究開発協議会」が平成9年9月に発足した。同協議会のもとに検討部会とタスクフォースが設置され,詳細な技術的検討が行われて,その成果は研究開発に反映されている。

 

2. 第III章「わが国の地質環境」
 地質環境が地層処分の安全確保にはたす役割を,①地層処分の場として長期にわたって十分に安定であること(地質環境の長期安定性),および②人工バリアの設置環境および天然バリアとして岩盤や地下水の性質(地質環境の特性)が適切であること,という2つの観点からとらえ,事例研究の成果や実測値に基づいて,わが国において地層処分に適切な地質環境を選定することが可能であるかどうかについて論じた。

 まず,わが国における地質環境の長期安定性に関連する重要な天然現象として,①地震・断層活動,②火山・火成活動,③隆起・沈降・侵食,④気候・海水準変動,を抽出し,地層処分システムの性能との関連で想定される影響に着目して,活動の特徴や影響範囲などについて調査研究を行った。  これらの天然現象を顕著に観察できる地域での事例研究の結果,現象の種類や地域によって得られる情報の量や精度に違いはあるものの,概ね過去数十万年程度まで遡って活動の場所や規模及びそれらの規則性を追跡することができた。また,現象によっては,過去数十万年程度よりも古い時代における活動の特徴や傾向を推定することができた。これらから,将来十万年程度の期間について地層処分の場としての地質環境の長期安定性を論ずることが可能であると結論した。火山活動や断層活動のように偏在性が強い現象や局所的な現象については,活動の場が推定できることから,処分サイトを適切に選定することにより影響を回避することが可能であり,一方,隆起・沈降・侵食および気候・海水準変動のような緩慢な現象については,変動の速度や幅が限定できることから,それを外挿することによって将来の変化やその影響を評価することが可能である。これらのことから,地層処分にとって十分に安定な地質環境を選定することができると考えられる。

 わが国における火山活動や断層活動は,過去数十万年程度にわたって,限られた地域(火山地域,活断層帯)内で繰り返し起こっていること,また,断層活動によって岩盤が破砕されたり,火山活動に伴って地温の上昇や地下水の水質変化が生じるような影響範囲は,個々の活断層や火山によって異なるものの,最大でも前者については活断層から数百m,後者については火山の中心から数十km程度との目安が得られた。これらの現象については,個々の地域において想定される影響の程度や範囲を人工バリアの性能との関係で把握し,そこから十分に離す,あるいは,それを考慮して処分施設や人工バリアを設計をすることにより,地層処分システムの安全性に支障を及ぼすような影響を回避することが可能である。また,日本列島における火山や活断層の分布およびそれらの影響に関する現状の知見によれば,火山活動や断層活動による影響を被らないような地域はわが国にも広く存在しているといえる。

 一方,隆起・沈降・侵食については,過去数十万年程度にわたって,地域ごとに概ね一定の速度で進行していること,およびその速度は,山岳地域などを除く多くの地域で十万年間に数十m程度であることが示された。また,気候・海水準変動については,過去数十万年程度にわたって,氷期・間氷期サイクルの地球規模での変動が概ね十万年周期で繰り返されていること,およびそれに伴いわが国においては,10℃程度の気温の変化および百数十mの海面変化が起こったことが認められた。これらの現象については,変動の速度や幅が設定できることから,一部の変動の著しい地域を避けた上で,個々の地域において想定される変動の規模を考慮して処分場の深度を設定するなどの対応をとることが可能である。

 また,地質環境の特性として重要な地下水の流動,地下水の地球化学,岩盤の熱・力学及び物質移動に関与する地質構造要素については,特に東濃地域および釜石鉱山における地層科学研究により得られた実測値に基づいて,地下深部におけるこれらの一般的な性質に関する情報の蓄積が進んだ。

 地下深部の動水勾配については,地表付近の動水勾配が地形勾配に強く支配されていることが確認された。一方,東濃地域における地下水流動解析及び2本の1000mボーリングでの実測データから,地下深部の動水勾配は地形の影響を受けにくく地表付近に比べて1/2程度となるという結果が得られた。

 岩盤の透水性については,主に土木工学等の分野に蓄積されている文献データを岩種ごとに整理するとともに,東濃地域及び釜石鉱山で得られた地下深部についての実測データ数百件と比較・検討した。これによって,地層処分概念の検討にあたり,割れ目集中帯や破砕帯を除く地下深部の岩盤の透水係数として概ね10-10~10-7 m/の範囲を考慮しておけばよいという結果を得た。

降水を起源とする地下水に関し東濃地域や釜石鉱山で得られた実測データは,地下深部で強い還元状態にあることを示しており,この結果が,種々の岩石に一般的に認められる主要な造岩鉱物,粘土鉱物および微生物や有機物との反応によって説明できることを明らかした。

 岩盤の初期応力に関しては,文献データによる傾向を東濃地域あるいは釜石鉱山における地層科学研究で得られた実測値によって確認し,一般に地下深部では鉛直方向の応力と水平方向の応力がほぼ同じ大きさで作用していることを示した。また地下坑道の掘削によって岩盤特性が変化する範囲は,坑道壁面から1m程度までであることが確認された。

 地下での物質の移行については,これまでに多くの鉱山やトンネル坑道において観察されている間隙構造について,結晶質岩や古い堆積岩のように緻密な岩盤では岩盤中に発達した割れ目のネットワーク構造が,一方,固結度の低い新しい堆積岩では粒子間隙や粒子中の微小割れ目などが主要な移行経路となることを,釜石鉱山や東濃地域での観察,試験によって確認した。移行経路に存在する鉱物のうち,粘土鉱物および雲母や黄鉄鉱などの鉄含有鉱物は,石英,長石類,方解石などに比べて物質を収着する能力が高いことが確かめられた。

 これらの知見から,わが国においては,火山や断層等の活動地域とその影響範囲を除けば,地下深部の地質環境は長期間にわたって人工バリアの健全性を保ち,天然バリアとして核種の移行を遅延するという機能が期待でき,またそのような機能を有する地質環境が存在することが確認できた。 以上の成果については,今後継続して,事例研究による知見や実測による情報を蓄積し,より信頼性の高いものとしていく予定である。さらに,深地層の研究施設計画においても,深部地質環境に関する調査解析技術や予測手法等の総合的な検証を行って,処分予定地の選定やサイト特性調査に役立てていくことにしている。

 

3. 第IV章「地層処分の工学技術」
 人工バリアや処分施設の工学技術に関しては,わが国の幅広い地質環境を考慮しつつ,現状の技術に基づいて人工バリアや処分施設について設計要件を明らかにし,現実的なデータや信頼性の高い解析評価手法を適用するとともに経済性も勘案した合理的な設計を行って,人工バリアと処分施設の仕様例を示した。

 第1次取りまとめ以降,サイクル機構の地層処分基盤研究施設(ENTRY)等における試験研究や,東濃地域,釜石鉱山における地層科学研究及び海外の地下研究施設での国際共同研究,並びに国内外の研究機関における試験研究等,実験室規模あるいは工学規模での試験を通じて,実測によるデータや知見が蓄積され,これらに基づいて設計要件の見直し,設計のツールである解析評価手法の改良と設計用データベースの整備を進めてきた。

 特に,わが国の幅広い地質環境を考慮するため,文献などを中心に幅広く収集したデータについて東濃地域や釜石鉱山での地層科学研究で得られた知見による確認を行ったうえで,設計・施工検討で必要となる岩盤物性値を幅で表し,この幅に対して現実的に設計・施工が可能であることを示した。これにより,将来選定される処分場サイトについてもその特徴に応じてそれらの設計,施工を行うことが基本的に可能であり,そのための基盤を与えることができた。

 人工バリアについては,上記のような検討を経て明らかとなった設計要件,開発された設計手法やデータベースに基づく合理的な設計によって,オーバーパックと緩衝材の材料,厚さ等の仕様を検討し,試算例を提示した(図2)。この例では, 第1次取りまとめの段階での知見に基づいて示された仕様例に比べ,安全性能を損なうことなくオーバーパック,緩衝材とも,厚さを約30 %低減することが可能となった。緩衝材の材料については,必要な性能を維持しつつベントナイトにケイ砂を混合することによって,より経済的なものとすることができた。

図2 人工バリアの仕様例

 処分施設の設計にあたっては,まず現実的な地質環境データに基づく坑道の力学的安定性の検討から,施工が可能と考えられる処分深度の概略的範囲を示すとともに,有限要素法による詳細解析を実施し,支保工を含めた各坑道の仕様を設定した。これら坑道仕様に対し,操業時の耐震安定性について検討しその安定性が確保されることを確認した。また処分坑道の離間距離や廃棄体の配置に関しては,処分場の性能を損なうことなく合理的にそれらを設計するための考え方を示すとともに,この考え方に従って具体的に熱解析等を行い,合理的な処分坑道の離間距離や廃棄体の配置を設定した。これらの検討結果に基づいて処分施設の仕様を例示した(図3)。さらに,岩盤の長期クリープやオーバーパック腐食膨張を考慮した人工バリアの長期構造力学安定性,熱-水-応力連成解析による人工バリアの再冠水挙動等の人工バリアの長期健全性についても評価した。

図3 処分施設の仕様例(軟岩系岩盤,処分孔竪置き方式)

 処分施設の仕様例に基づいて,処分場の建設,操業の各作業手順について検討し,これらの作業が独立に並行して実施可能となるような処分場全体のレイアウトを示すとともに,それぞれの仕事について基本的に現状技術あるいは近い将来実現すると考えられる技術で実現可能であること,充分品質管理を行うことができることを示した(図4)。

図4 処分場全体レイアウトの例(軟岩系岩盤,処分孔竪置き方式)

 処分場の建設,廃棄体等の定置,坑道等の埋め戻し作業に関しては,人工バリアや処分施設の仕様例に対して,現状技術あるいは近い将来実現可能と考えられる技術で基本的に実施可能であることを示した。また,それぞれの作業において必要となる品質管理方法について概略を示した。

処分場の管理については,国際的な共通認識等も参考に,制度的管理を解いて処分場を閉鎖する判断に必要な技術的情報を整えておくことを目的として,閉鎖までに行う管理の項目を明らかにした。処分場における各作業段階に応じて,これらの管理項目ごとに具体的なモニタリングの対象と計測技術を例示した。なお,このような管理を通じて,処分場閉鎖後に安全性の観点からモニタリングや廃棄体の再取り出しを行うことについては想定する必要がないと考えることができる。

 今後,上述した処分施設に関する検討結果に基づき,深部地質環境特性に関する実測値の蓄積に応じて人工バリア及び処分施設に関する設計手法等の見直しを行い,より信頼性の高い技術体系として整えていくことにしている。またこれらの工学技術の適用性については,計画中の深地層の研究施設においてさらに確かなものとすることが期待される。

 

4.第V章「地層処分システムの長期安全性」
 わが国の地質環境において,ニアフィールドを中心とした地層処分システムの安全機能を十分な信頼性をもって評価する手法を構築するとともに,それを用いた地層処分システムに対する評価解析を実施した。

 安全評価手法については,体系的なシナリオ開発を進め,シナリオに従って,より現象に即したモデルの開発とより現実的なデータの整備を行った。シナリオについては,まず地層処分において考慮すべき現象をすべて抽出することとして,包括的なFEP(特質(Feature),事象(Event),プロセス(Process))リストを作成した後,これに基づいて安全評価解析で考慮するFEPの選別とこれらを組み合わせたシナリオを検討し,地下水シナリオについて標準として設定するレファレンスケースを選定した。レファレンスケースでは,わが国の地層処分概念に基づいて構築される地層処分システムを,現実的な地質環境のデータ(2.に記述)と,それを踏まえて合理的に設計された人工バリア仕様(3.に記述)によって特徴づけ安全評価の対象とした(図3参照)。

 レファレンスケースに対応して多重バリアシステムの性能評価を行うため,特に緩衝材中の放射性核種の移行を同位体存在下で沈澱/溶解を考慮して扱うとともに,周辺母岩での地下水流れを境界条件として取り込むことができるモデルを開発した。また,人工バリア周辺の岩盤中での放射性核種の移行について,場の不均質性を考慮して扱うことが可能な,より現象に即したモデルを開発した。併せて地下深部の環境における信頼性の高いデータを整備した。これらのモデルやデータベースの開発にあたっては,ENTRYでの工学規模の試験研究や釜石鉱山における原位置試験等による妥当性の確認を行い,信頼性の向上を図っている。特に,安全評価上重要な人工バリアや岩盤中での放射性核種の移行特性に関するデータについては,平成11年に運用が開始されることになっているサイクル機構の地層処分放射化学研究施設(QUALITY)における実際の放射性同位元素を用いた試験によって,その信頼性をさらに充実させることにしている。

図5 地下水シナリオレファレンスケースとモデル概念

 開発された個々のモデルを接続し,線量を指標として地層処分システム全体の安全性能を評価するための安全評価モデルの基本体系を整えた。構築した安全評価手法を用いて1本のガラス固化体を対象としたレファレンスケースの解析を試行するとともに,他機関や外国で開発された解析コードと比較を行い,その手法が正しく機能することを確認した。

 1本のガラス固化体に対して計算を行う上記基本モデル体系は,地層処分の全体的な安全性を考える際には,処分場全体での地下水の動きや,個々のガラス固化体から溶出した放射性核種を含む地下水が相互に干渉することにより放射性核種の溶出・移行が抑制されるという効果などを考慮して現実的に適用されなければならない。例えば,人工バリアから断層破砕帯までの放射性核種の移行距離は,処分場全体での地下水の動きを考慮するとそれぞれのガラス固化体に対して一律同じものではなく,流れの上流側に位置するガラス固化体に対しては,移行距離が長くなり岩盤によるより大きなバリア効果を期待できる。このようなバリア効果を評価上考慮せず, 40,000本のガラス固化体を埋設することを想定した処分場に対して,1本のガラス固化体についての結果を単に40,000倍するという過度に保守的な計算により,処分システム全体性能を評価した場合(図6参照)においても,線量の最大値は年間0.01μSv程度となる。

図6 処分システムの全体性能評価の結果

 また,モデルやデータの不確実性とともに,わが国の幅広い地質環境を考慮することによる地質環境の多様性や処分場の設計のオプションを勘案して,地下水シナリオに対して,システム全体の安全性を評価するための解析ケースを設定した。上述した地層処分システムの安全評価モデルの基本体系を用い,40,000本のガラス固化体を埋設することを想定した処分場に対してこれらの解析を実施した結果,上述の不確実性やシステムのバリエーションを考慮しても,線量の最大値は,例えば諸外国で示されている安全基準(0.1~0.3mSv/年)を下まわっていることが示された(図7参照)。

図7 地層処分システムの全体性能の解析
地下水シナリオ(基本シナリオ)に対する最大線量の分布
(40,000本の廃棄体を処分する場合を想定)

5. 第VI章「処分予定地選定と安全基準策定に資する技術的検討」
 処分予定地選定と安全基準策定に資するための技術的拠り所に関する検討にあたり,まずわが国の地層処分概念に基づく安全確保のしくみを具体的に論証していくための視点と,それぞれに必要な項目を整理した。視点となるのは,サイト選定,工学的な対策,安全評価である。安全評価において必要となる評価期間,安全指標,目標とする安全性のレベルについては,専門部会報告書に沿って諸外国の例を参照しつつ,特に期間を限らず,補完的安全指標の検討を加えながら線量を指標として用いることを前提に評価を行うこととした。

 サイトの選定は,①処分候補地の選定,②処分予定地の選定,③処分地の選定,の3段階によって進められると想定し,選定にあたって考慮すべき地質環境上の要件および着目すべき地質環境情報を整理するとともに,重要な地質環境情報を取得するために必要な調査技術の開発状況を整理した。

 処分予定地やその候補地の選定においては,地層処分にとって不適切な地質環境を除外する観点から,①断層活動,火山活動,隆起・侵食によって,処分システムの性能が損われるような地域でないこと,②対象とすべき岩盤が,必要な規模の処分施設を建設する上で十分な空間的な広がりを有すること,③将来における人間侵入の動機となるような地下資源が存在しない地域であること,を重要な地質環境上の要件として明らかにした。これらの要件については,処分候補地の選定段階に既存の情報に基づいて検討することが可能であり,さらに,処分予定地の選定段階に,ボーリングや物理探査などの現地調査によって確認することができる。

 地質環境の特性(地質・地質構造,地下水の流動,地下水の地球化学,岩盤の熱・力学,岩盤中での物質移動)については,これらの各段階を通じて予備的な情報の取得・収集を進めるとともに,処分地の選定段階における地下施設を利用したサイト特性調査によって,処分システムの設計と性能評価に必要なデータを包括的に整備することができる。

上述した処分の候補地や予定地での地質環境の調査に対応するため,ボーリング孔を利用して深度1,000mまでの岩盤の透水係数や地下水の酸化還元電位などを高精度で計測するための装置,地下坑道における地質構造調査やトレーサー試験あるいは掘削影響評価の手法など基盤となる要素技術に関し,東濃地域や釜石鉱山での調査試験を通じて,開発・改良および適用性の確認を行い,信頼性の高いものとして整備することができた(図8参照)。

図8 地質環境調査の進め方の検討(ボーリングや地下施設を利用した地質環境の調査)

 わが国の幅広い地質環境を対象として人工バリア及び処分施設の設計・施工要件を示し,このような要件を満たすような仕様例を明らかにしたことによって,処分サイトの地質環境条件が与えられれば,それに応じて適切に設計を行うための手法や必要なデータの種類を明らかにすることができた。実際に処分予定地においては,サイト特性調査による地質環境条件の把握,これに基づく処分場の設計,設計された処分場を含む地層処分システム全体の性能評価による安全性の確認という作業をくり返すことによって最適な処分システムの構築を行うことが可能である。

 処分場の管理等を通じて実施される処分場の建設,操業,埋め戻しに関する品質管理の考え方を明らかにし,これらが基本的には既存の手法やモニタリング技術によって実施可能であることを示した。

 わが国の幅広い地質環境を考慮して構築された地層処分システムの安全評価を行うために開発されたシナリオ作成のための方法論やシナリオに沿って影響を評価するためのモデル,データは,実際の処分予定地の地質環境に対応して具体化される地層処分システムの安全評価の基盤を与えることができる。この際,安全評価のためのシナリオ,モデル及びデータは,サイトの選定による地層処分にとって好ましい地質環境条件の確保と設計に基づく工学的対策によって実現される地層処分システムの固有の性能に充分留意し,現実的な範囲で保守性をもつように設定することが重要である。

 安全指標の基本となる線量あるいはリスクについては,人間の生活様式に関する長期的な予測に大きな不確実性を伴うことから,これを補完する指標について比較対象とする基準の明確化,時間的・空間的不確実性および放射線学的影響の尺度への近接性の観点から検討した。その結果,河川,海,土壌あるいは岩石中といったシステム要素内の放射性核種濃度を指標とすることが可能であり,性能評価モデルによる推定値と天然に存在する放射性核種濃度の実測値との比較によってシステムの安全性の判断に資することについての可能性を示した(図9参照)。このような評価は,サイトの条件やシステムの性能評価の枠組みに合わせて天然の放射性核種濃度の測定をサイト特性調査項目に加えることにより,実際のサイトにおいて行うことが可能である。

図9 天然放射性核種を利用した補完的安全指標の検討例

 安全評価の時間スケールを考察するうえで重要な因子は,地質環境の長期安定性,人間環境の長期的な変化および廃棄物の潜在的危険性の変化であり,地質環境の安定性については将来十万年程度,人間環境については次の氷期が到来するまでの一万年程度の期間については,ある程度の信頼性をもって予測することが可能である。廃棄物の潜在的危険性の放射性崩壊による時間的減少については,どの程度のレベルまでの低減を考慮するかを決定する必要がある。一つの考え方として,その廃棄物を発生させるもととなるウラン鉱石総量の潜在的な危険性と同レベルを目安とすることができ,そのようなレベルとなるまでの時間は数万年程度である。これらを勘案すれば,少なくとも地質環境の安定性に関する予測が可能と考えられる十万年程度までは,線量の評価と補完的な安全指標を適切に組み合わせて評価を行うべきと考えられる。それ以降の期間については,評価の不確実性は大きくなるが,廃棄物の潜在的な危険性も小さくなることによって緩和されると考えられる。

 

6. 第Ⅶ章「まとめ」
   以上に述べた研究開発の成果によって,わが国においても,地層処分に適切な地質環境を選定し,その地質環境に適合した処分場を設計・施工することにより,長期間安全性を維持できる地層処分システムを構築することが可能であることが示された。このようにして構築されたシステムの長期的安全性は,最新の科学技術的知見に基づいて開発された方法論による評価を通じて確認された。これらのことから,わが国において高レベル放射性廃棄物地層処分を安全に実施する上での技術的な基盤が信頼性をもって示されたと結論できる。

 第2次取りまとめ以降の研究開発では地層処分の事業化に向け,国内外の地下研究施設,ENTRY,地層処分放射化学研究施設(QUALITY)等を利用することによって,これまでの研究開発成果の実用化,体系化を図っていく段階と位置づけることができる。具体的には,地質環境の長期安定性や特性に関する調査技術や,地層処分場の工学技術の検証,地層処分場の詳細設計手法やシステムの安全評価手法の高度化を進め,「地層処分事業化技術」として確立するとともに,最新の計算機技術を利用して数値情報として体系化を図っていくことが重要と考えられる。また,わが国における地層処分技術に対する信頼性をより高めるという観点からも,火山,断層活動等の影響を評価するための手法の確立,地層処分システム全体や人工バリア構成材についての天然類似現象(ナチュラルアナログ)の研究が重要である。