資料(専)18-6

地層処分研究開発第2次取りまとめ第1ドラフト

要 約

 

動力炉・核燃料開発事業団

まえがき

 第2次取りまとめについては,動力炉・核燃料開発事業団(以下,動燃事業団)が平成4年に公表した第1次取りまとめに基づき,平成9年4月の原子力委員会原子力バックエンド対策専門部会報告書『高レベル放射性廃棄物の地層処分研究開発等の今後の進め方について』(以下,専門部会報告書)を指針として,西暦2000年前までに技術報告書として国に提出しその評価を仰ぐこととされている。これまでの研究開発の成果をまとめて,このたび第1ドラフトを作成した。

第1ドラフトの目的は,地層処分に関連する様々な領域の専門家の方々から,研究開発の内容や進捗状況について指摘や議論を頂き,第2次取りまとめに向けた研究開発が専門部会報告書の指針に沿って進んでいるか否かを確かめることである。

 このため,専門部会報告書に示されている第2次取りまとめの目標である「わが国における地層処分の技術的信頼性」を概括的に示すことを第2次取りまとめの最初のステップと考え,第1ドラフトは総論的なものとして構成した。

 なお,第1ドラフトは研究開発の進捗に合わせて中間的に整理したものであることから,専門部会報告書に示された課題に応え切れていない点もある。これらの箇所については,現時点における成果をもとに第2次取りまとめの目標に対しどれだけのことが言えるかということを,今後の予定とともに示すこととした。

 

主要な結論
 第1ドラフトまでに得られた成果は以下のようにまとめることができる。

(1) 地質環境の安定性と深部地質環境の特性について
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天然現象の活動の記録を顕著に観察できる地質や地形を対象に,年代測定や古環境の復元などを主体とする事例研究を進めるとともに,地球科学の分野に蓄積された文献情報を分析することにより,各天然現象の過去から現在までの活動履歴を追跡した。

その結果,わが国における火山活動や断層活動は,過去数十万年程度にわたって,限られた地域(火山地域,活断層帯)内で繰り返し起こっていること, また,断層活動によって岩盤が破砕されたり,火山活動に伴って地温の上昇や地下水の水質変化が生じるような影響範囲は,個々の活断層や火山によって異なるものの,前者については活断層から数百m,後者については火山から数十km程度との目安が得られた。したがって,これらの現象については,個々の地域での調査に基づき,活動地域とその影響範囲を考慮して処分サイトを適切に選定することにより,地層処分システムに対する影響を回避することが可能である。

一方,隆起・沈降・侵食については,過去数十万年程度にわたって,地域ごとに概ね一定の速度で進行していること,およびその速度は,山岳地域などを除く多くの地域で十万年間に数十m~百m程度であることが示された。また,気候・海水準変動については,過去数十万年程度にわたって,氷期・間氷期サイクルの地球規模での変動が概ね十万年周期で繰り返されていること,およびそれに伴いわが国においては,10℃程度の気温の変化および百数十mの海面変化が起こったことが認められた。したがって,これらの現象については,変動の速度や幅が設定できるため,その影響を考慮して処分施設の設計や性能評価を行うことが可能である。

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人工バリアを設置する環境および天然バリアとしての機能にとって重要な岩盤と地下水の特性について,文献データの整備を行うとともに,東濃地域および釜石鉱山での地層科学研究の成果を活用することにより,実測データに基づく検討を行った。

その結果,わが国における岩盤や地下水の性質は多様であるが,それらの岩盤の力学的,熱的性質に応じて,処分施設や人工バリアを合理的に設計・施工することができるとの見通しが得られた。

また,地下深部の地下水は,土壌や岩石中に一般的に存在する鉱物や有機物などとの反応により,深部にいくにしたがってより還元され,深度数十m~数百mで強還元性になっていることが実測データおよび水-岩石反応試験や理論解析に基づき確認された。さらに,地下深部では,地表に比べて動水勾配が小さく,地下水の動きが遅くなることを裏づける実測データが得られた。

(2) 人工バリアと処分場の設計・施工技術について
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人工バリアや処分施設の工学技術に関しては,動燃事業団の地層処分基盤研究施設(ENTRY)等における試験研究や,東濃地域,釜石鉱山における地層科学研究及び海外の地下研究施設での国際共同研究,並びに国内外の研究機関における試験研究等,実験室規模あるいは工学規模での実証試験を通じて,設計要件の見直し,応力変形解析モデル等の解析評価手法の開発と設計用データベースの整備が進み,わが国の幅広い地質環境に対応した岩盤物性値の幅に対して設計・施工が行えるようになった。これらの成果を用いて試算した人工バリアの仕様例では,第1次取りまとめに示された仕様例に比べ,オーバーパック,緩衝材とも,厚さを約30%低減することが可能となった。またオーバーパックの試作や実際の緩衝材を用いた施工試験等を通じて,人工バリアの製作・施工が現在の技術をもとに実施できることが示された。

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処分施設については,現実的な地質環境データに基づく坑道の力学的安定性の検討から,施工が可能な処分深度の概略的範囲が示された。また熱解析に基づき,ガラス固化体や坑道を経済的に配置するための設計の考え方が示された。また,上記人工バリアの仕様に対して,処分場の建設,廃棄体の定置(操業),坑道の埋め戻し(閉鎖)といった一連の作業は,現状技術あるいは近い将来実現可能と考えられる技術で基本的に実施可能であることが示された。

(3)地層処分システムの長期安全性について
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体系的なシナリオ作成の手法,より現象に即したモデルとより現実的なデータベースを開発することにより,ニアフィールドを中心として,地層処分システムの安全機能解析評価に関する信頼性が向上した。人工バリア中の核種移行解析については, 特にガラス溶解挙動および同位体共存下での沈殿/溶解を現象に即して扱うとともに,周辺母岩での地下水流れを境界条件として取り込むことができるモデルが開発された。また,天然バリア中の核種移行解析については,亀裂性岩盤に対して亀裂ネットワークモデルを,亀裂が少なく亀裂内の流れよりも粒子間隙内の流れが支配的となるような新第三紀堆積岩に対しては不均質連続体モデルを適用可能とした。これらのモデルやデータの妥当性については,ENTRYにおける地下深部の環境を模擬した条件での室内試験,東濃地域や釜石鉱山における地層科学研究によって確認された。

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開発された個々のモデルを接続し,線量を指標に1本のガラス固化体を対象とした地層処分システムの安全評価モデルの基本体系が整備された。構築された安全評価モデルとデータベースを用いて全ガラス固化体を対象に試算を行った結果,線量の最大値は,例えば諸外国で提案されている基準(0.1~0.3mSv/年)を下回っていることが示された。

 以上から,わが国において高レベル放射性廃棄物地層処分を実施する上での技術的な基盤が信頼性をもって示されつつあるということができる。

 

第1ドラフトの要約

1. 第I章,第II章(地層処分の考え方と研究開発の経緯)

 高レベル放射性廃棄物は,原子力を利用してエネルギーを得ることにより必然的に発生するものである。その特徴は,発生初期に高い放射能をもち,徐々に減衰するものの潜在的な危険性が長期間にわたって継続するということである。このような特徴を考えれば,高レベル放射性廃棄物管理の最終的な対策としては,人間環境から隔離して処分するという方法が必要であり,処分する場所として,鉱床や遺跡が長期間にわたって保存されているという事実などから,自然な発想として深部の地質環境が考えられた。他に,宇宙空間,海洋底下,極地の氷床が検討されてきたが,わが国も含め国際的に最も好ましい方法として地層処分が共通の考え方になっている。

 高レベル放射性廃棄物の対策については,昭和51年に原子力委員会により地層処分に重点を置く旨の目標と所要の研究開発方針が示され,動燃事業団などの機関はこの方針に沿って研究開発を進めた。原子力委員会はその成果に基づき,昭和55年に,高レベル放射性廃棄物対策専門部会報告書においてわが国の地層処分の基本となるべき考え方として,多重バリアシステムによる処分の概念を示した。次いで昭和59年には,地層処分を実施するための地層について,岩石の種類を特定することなく,幅広い視野から研究開発を進めていくべきであるとする考え方を高レベル放射性廃棄物対策専門部会報告書に示した。昭和62年には,改訂した原子力開発利用長期計画において,再処理施設で使用済燃料から分離された高レベル放射性廃棄物は,ガラス固化により安定な形態にしたうえで30年から50年程度冷却のために貯蔵した後,地下の深い地層中に処分するという基本方針を明らかにしている。

 平成元年,原子力委員会放射性廃棄物対策専門部会は「高レベル放射性廃棄物の地層処分研究開発の重点項目とその進め方」と題されたガイドラインを策定した。地層処分の研究開発の進め方については,多重バリアシステムによる地層処分の長期的な性能を予測的に評価することが中心的な課題であること,現段階では地層処分がわが国においても技術的に可能な対策であることを確認していくことを目標に,わが国に存在する多様な地質の状況に適合しうる多重バリアシステムが構築できる見通しを示していくという方針が明らかにされた。さらに,このような研究開発が全体として所要の成果を得るまでには十数年以上の時間が必要と見込まれること,研究開発が着実に進んでいることを国民に報告しその理解と支援を得ていくために,研究開発の進捗状況と見通しを一旦取りまとめるべき時期にあることなどが示された。

 このような考えを受けて,動燃事業団は平成4年にそれまでの研究開発の成果に基き,わが国における地層処分の有効性に関する総合的な取りまとめを行った(第1次取りまとめ)。第1次取りまとめによって,以下のようなわが国の地層処分概念と安全確保の考え方が示された。

 わが国の地層処分概念は,諸外国と同様,天然の地質環境に,その地質環境の条件を考慮にいれて適切に設計した工学的な対策を組み合わせる多重バリアの概念に基づくものであるが,特に変動帯に位置するという地質学的条件を念頭に置いて,地質環境の長期的な安定性に配慮している。また,わが国の幅広い地質環境を考慮した概念を検討の対象としており,これに関しては地質環境の幅に対応して性能に余裕を持たせた人工バリアを考えておくことが合理的である。これらのことから,わが国の地層処分概念とは,図1に示すように「安定な地質環境に,性能に余裕を持たせた人工バリアを含む多重バリアシステムを構築すること」であるということができる。

図1 わが国における地層処分の基本的考え方
(第1次取りまとめの成果)

 上記地層処分概念では,地層処分システムは基本的に長期にわたって安定な深地層中に構築される。地下深部に設置される多重バリアシステムは,人工バリアとなるガラス固化体,オーバーパック,緩衝材と,周辺の岩盤の有する天然バリアの機能からなり,以下のような安全機能が期待される。

 このような安全機能が確保されれば,放射性核種が生物圏に到達するまでには長い時間を要し,この間に放射能は減衰,希釈されて,人間とその環境に有意な影響が及ばないように安全に廃棄物を処分することができる。

 平成5年7月,原子力委員会放射性廃棄物対策専門部会は,第1次取りまとめについてわが国の地層処分の安全確保を図っていく上での技術的可能性が明らかにされていると評価した上で,その後の研究開発のあるべき姿を示した。

 平成9年4月の専門部会報告書において,わが国における地層処分の技術的信頼性を示すとともに,事業化の段階で必要な処分予定地の選定や安全基準の策定にとっての技術的拠り所を与えること,さらには2000年以降に必要となる研究開発の見通しを示すことが第2次取りまとめの主要な課題として示された。

 同報告書にはさらに,今後の研究開発の進め方及び第2次取りまとめの透明性の確保及び評価の考え方について示している。

 第2次取りまとめの包括的な目標である「わが国における地層処分の技術的信頼性を示すこと」について,動燃事業団では「高レベル放射性廃棄物を地層処分するための,実用可能かつ合理性を備えた技術の存在を明らかにすること,さらにそのような技術と適切な地質環境によって長期にわたる地層処分の安全性が保たれることを,科学的な根拠に基づいて示すこと」と認識し,これに応えるため,「地質環境条件の調査研究」,「処分技術の研究開発」,「性能評価研究」という3つの研究開発分野の成果を取りまとめることとした。

 「地質環境条件の調査研究」によって,地層処分の観点から重要な地質環境条件を明らかにし,処分場の設計や性能評価研究への入力情報として整備することとした。

 「処分技術の研究開発」によって,与えられた地質環境に適した人工バリアの仕様や処分場のレイアウトを検討し,地層処分の工学的実現性を示すこととし,さらに,「性能評価研究」によって,与えられた地質環境条件や人工バリア仕様,処分場レイアウトに基づいて構築される地層処分システムについて,その性能を評価する手法の確立とそれを用いた評価によって地層処分システムの長期安全性を示すこととした。

 これら3分野の個々の研究開発の成果は,データ,モデル,知見などの形で,あるいは技術そのものとして各分野間で双方向にやりとりされ,その結果がそれぞれの分野の中にフィードバックされることにより,必要に応じて研究開発を反復しながら全体目標に照らして総合的な評価に耐える形で取りまとめられていくものである。

 また,「地質環境条件の調査研究」の成果に基づいて整備される処分予定地選定の要件やサイト特性調査技術,「処分技術の研究開発」の成果として得られる人工バリア及び処分施設の設計施工要件,「性能評価研究」の成果を踏まえて検討される地層処分システムの安全評価上の要件,安全評価手法とデータベースなどから,処分予定地の選定や安全基準策定の技術的拠り所が導かれる。

 第2次取りまとめに向け,関係研究機関等の協力を一層進めるため,日本原子力研究所,地質調査所,防災科学技術研究所,電力中央研究所,原子力環境整備センター,高レベル事業推進準備会,電気事業連合会,動燃事業団の各機関及び大学の専門家による「地層処分研究開発協議会」が平成9年9月に発足した。同協議会のもとに検討部会とタスクフォースが設置され,詳細な技術的検討が行われて,その成果は研究開発に反映されている。

2. 第III章「わが国の地質環境」

 地質環境が地層処分の安全確保にはたす役割を,①地層処分の場として長期にわたって十分に安定であること(地質環境の長期安定性),および②人工バリアの設置環境および天然バリアとして岩盤や地下水の性質(地質環境の特性)が適切であること,という2つの観点からとらえ,事例研究の成果や実測値に基づいて, わが国において地層処分に適切な地質環境を選定することが可能であるかどうかについて論じた。

 まず,わが国における地質環境の長期安定性に関連する重要な天然現象として,①地震・断層活動,②火山・火成活動,③隆起・沈降・侵食,④気候・海水準変動,を抽出し,地層処分システムの性能との関連で想定される影響に着目して,発生に関する特徴や発生に伴う地質環境の変化の程度などについて調査研究を行った。

 これらの天然現象を顕著に観察できる地域での事例研究の結果,現象の種類や地域によって得られる情報の量や精度に違いはあるものの,概ね過去数十万年程度まで遡って発生の場所や変動の規模及びそれらの規則性を追跡することができた。火山活動や断層活動のように偏在性が強い現象や局所的な現象については,活動の場が推定できることから,処分サイトを適切に選定することにより影響を回避することが可能であり,一方,隆起・沈降・侵食および気候・海水準変動のような緩慢な現象については,変動の速度や幅が限定できることから,それを外挿することによって将来の変化やその影響を評価することが可能である。また,現象によっては,過去数十万年程度よりも古い時代における発生の特徴や傾向を推定することができた。このことから,地層処分にとって十分に安定な地質環境を選定することができると考えられる。

 一例をあげれば,マグマの発生に関わるプレートの配置やその沈み込み角度等が変化しない限り,火山活動が起こる場所が大きく変わるとは考え難い。第四紀(約170万年前から現在まで)の火山を対象に活動履歴を追跡した結果でも,火山活動の場は特定の地域内に限られており,その移動はわずかである。また,火山活動による影響の範囲は,概ね中心から数十km程度までと考えられる。したがって,これらを考慮して処分サイトを現在の火山から離すことにより,十万年程度の将来にわたって,火山活動による影響は十分に避け得ると考えられる。

 第2の観点から重要となる地質環境の特性は,地下水の流動,地下水の地球化学,岩盤の熱・力学及び物質移動に関与する地質構造要素であり,特に東濃地域および釜石鉱山における地層科学研究により得られた地下深部での実測値に基づいて,地下深部におけるこれらの特性に関する情報の蓄積が進んだ。

 地下深部の動水勾配については,地表付近の動水勾配が地形勾配に強く支配されているのに比して, 東濃地域における地下水流動解析及び2本の1000mボーリングでの実測データから,地下深部の動水勾配は地形の影響を受けにくく地表付近に比べて1/2程度となるという結果が得られている。

 岩盤の透水性については,主に土木工学等の分野に蓄積されている文献データを岩種ごとに整理するとともに,東濃地域及び釜石鉱山で得られた地下深部についての実測データ数百件と比較・検討した。これによって,文献データは実測値に比べて1桁以上大きく,また実測値に基づけば割れ目集中帯や破砕帯を除く地下深部の岩盤の透水係数は,10-9~10-8 m/sオーダーを中心に,10-12~10-6 m/sの範囲に分布するという結果が得られた。

 降水を起源とする地下水に関し東濃地域や釜石鉱山で得られた実測データは,地下深部で強い還元状態にあることを示しており,この結果が,種々の岩石に一般的に認められる主要な造岩鉱物,粘土鉱物および微生物や有機物との反応によって説明できることを明らかした。

 岩盤の初期応力に関しては,文献データによる傾向を東濃地域あるいは釜石鉱山における地層科学研究で得られた実測値によって確認し,一般に地下深部では鉛直応力と水平面内応力の比が1に近いことを示した。また地下坑道の掘削によって岩盤特性が変化する範囲は,坑道壁面から1m程度であることが確認された。

 地下での物質の移行については,これまでに多くの鉱山やトンネル坑道において観察されている間隙構造について,結晶質岩や古い堆積岩のように緻密な岩盤では岩盤中に発達した割れ目のネットワーク構造が,一方,新しい堆積岩では粒子間隙や粒子中の微小割れ目などが主要な移行経路となることを,釜石鉱山や東濃地域での観察,試験によって確認した。移行経路に存在する鉱物のうち,粘土鉱物および雲母や黄鉄鉱などの鉄含有鉱物は,石英,長石類,方解石などに比べて物質を収着する能力が高いことが確かめられた。

 これらの知見から,深部地質環境は長期間にわたって人工バリアの健全性を保ち,また地層自体に天然バリア性能があることを確認できた。

 以上の成果については,今後継続して,事例研究による知見や深部の地質環境に関する実測値を蓄積し,より信頼性の高いものとしていく予定である。さらに,深地層の研究施設計画においても,その信頼性を確認しておくことが必要であり,同計画によって深部地質環境に関する調査解析技術や予測手法等の総合的な実証を行って,別途進められる処分予定地の選定やサイト特性調査に役立てていくことにしている。

3. 第IV章「地層処分の工学技術」

 人工バリアや処分施設の工学技術に関しては,わが国の幅広い地質環境を考慮しつつ,現状の技術に基づいて人工バリアや処分施設について設計要件を明らかにし,現実的なデータや信頼性の高い解析評価手法を適用するとともに経済性も勘案した合理的な設計を行って,人工バリアと処分施設の仕様例を示した。

 第1次取りまとめ以降,動燃事業団の地層処分基盤研究施設(ENTRY)等における試験研究や,東濃地域,釜石鉱山における地層科学研究及び海外の地下研究施設での国際共同研究,並びに国内外の研究機関における試験研究等,実験室規模あるいは工学規模での実証試験を通じて,信頼性の高いデータや知見が蓄積され,これらに基づいて設計要件の見直し,設計のツールである解析評価手法の改良と設計用データベースの整備を進めてきた。

 特に,わが国の幅広い地質環境を考慮するため,文献などを中心に幅広く収集したデータについて東濃地域や釜石鉱山での地層科学研究で得られた知見による確認を行ったうえで,設計・施工検討で必要となる岩盤物性値を幅で表し,この幅に対して現実的に設計・施工が可能であることを示した。これにより,将来選定される処分場サイトについてもその特徴に応じてそれらの設計,施工を行うことが基本的に可能であり,そのための基盤を与えることができた。

図2 人工バリアの仕様例

 人工バリアについては,上記のような検討を経て明らかとなった設計要件,開発された設計手法やデータベースに基づく合理的な設計によって,オーバーパックと緩衝材の材料,厚さ等の仕様を検討し,試算例を提示した(図2)。この例では, 第1次取りまとめに示された仕様例に比べ,オーバーパック,緩衝材とも,厚さを約30 %低減することが可能となった。緩衝材の材料については,必要な性能を維持しつつベントナイトにケイ砂を混合することによって,より経済的なものとすることができた。

 処分施設については,現実的な地質環境データに基づく坑道の力学的安定性の検討から,施工が可能な処分深度の概略的範囲を示した。また熱解析に基づき,ガラス固化体や坑道を経済的に配置するための設計の考え方を示した。また,上記人工バリアの仕様に対して,処分場の建設,廃棄体の定置(操業),坑道の埋め戻し(閉鎖)といった一連の作業が,現状技術あるいは近い将来実現可能と考えられる技術で基本的に実施可能であることを示した。

 今後,上述した処分施設に関する検討結果に基づき,処分場全体のレイアウトについて設計を試みるとともに,深部地質環境特性に関する実測値の蓄積に応じて人工バリア及び処分施設に関する設計手法等の見直しを行い,第2ドラフトまでに,より信頼性の高い技術体系として整えていくことにしている。またこれらの工学技術の適用性については,計画中の深地層の研究施設においてさらに確かなものとすることが期待される。

 処分場の管理については,どのような条件が満たされれば,人間の監視を解き,処分場を受動的なシステムに移行することができるかという技術的な観点から,取得すべき情報と計測の基本的考え方について概略の検討に着手した。今後,地質環境の調査技術の体系化や処分場のレイアウトについての検討に合わせて,第2ドラフトまでに具体的な計測方法やそれを終了するための判断の拠り所,所要の措置等について検討を行う予定である。

4.第V章「地層処分システムの長期安全性」

 わが国の地質環境において,ニアフィールドを中心とした地層処分システムの安全機能を十分な信頼性をもって評価する手法を構築するとともに,それを用いた地層処分システムに対する評価解析を実施した。

 安全評価手法については,体系的なシナリオ開発を進め,シナリオに従って,より現象に即したモデルの開発とより現実的なデータの整備を行った。シナリオについては,まず地層処分において考慮すべき現象をすべて抽出することとして,包括的なFEP(特質(Feature),事象(Event),プロセス(Process))リストを作成した後,これに基づいて安全評価解析で考慮するFEPの選別とこれらを組み合わせたシナリオを検討し,地下水シナリオについて標準として設定するレファレンスケースを選定した。レファレンスケースでは,わが国の地層処分概念に基づいて構築される地層処分システムを,現実的な地質環境のデータ(4.に記述)と,それを踏まえて合理的に設計された人工バリア仕様(5.に記述)によって特徴づけ安全評価の対象とした(図3参照)。

 レファレンスケースに対応して多重バリアシステムの性能評価を行うため,特に緩衝材や人工バリア周辺の岩盤中での放射性核種の移行について,より現象に即したモデルを開発するとともに,地下深部の環境における信頼性の高いデータを整備した。これらのモデルやデータベースの開発にあたっては,ENTRYでの工学規模の試験研究や釜石鉱山における原位置試験等による妥当性の確認を行い,信頼性の向上を図っている。特に,安全評価上重要な人工バリアや岩盤中での放射性核種の移行特性に関するデータについては,平成11年に運用が開始されることになっている動燃事業団の地層処分放射化学研究施設(QUALITY)における実際の放射性同位元素を用いた試験によって,その信頼性をさらに充実させることにしている。

図3 地下水シナリオレファレンスケースとモデル概念

 開発された個々のモデルを接続し,線量を指標として地層処分システム全体の安全性能を評価するための安全評価モデルの基本体系を整えた。構築した安全評価手法を用いて1本のガラス固化体を対象としたレファレンスケースの解析を試行するとともに,他機関や外国で開発された解析コードと比較を行い,その手法が正しく機能することを確認した。

図4 線量評価の例(ガラス固化体1本あたり)
(人工バリアから断層破砕帯までの移行距離を100mに設定)

 1本のガラス固化体に対して計算を行う上記基本モデル体系は,地層処分の全体的な安全性を考える際には,処分場全体での地下水の動きや,個々のガラス固化体から溶出した放射性核種を含む地下水が相互に干渉することにより放射性核種の溶出・移行が抑制されるという効果などを考慮して現実的に適用されなければならない。例えば,人工バリアから断層破砕帯までの放射性核種の移行距離は,処分場全体での地下水の動きを考慮するとそれぞれのガラス固化体に対して一律同じものではなく,流れの上流側に位置するガラス固化体に対しては,移行距離が長くなり岩盤によるより大きなバリア効果を期待できる。今後,このような点を勘案してより現実的な処分システム全体性能を評価する解析フレームを示すこととするが,仮にガラス固化体を40,000本処分することを想定した処分場に対して,1本のガラス固化体についての結果(図4参照)を40,000倍するという過度に保守的な試算を行っても,線量の最大値は年間1μSvを下回る。

5 第VI章「処分予定地選定と安全基準策定に資する技術的検討」

 処分予定地選定と安全基準策定に資するための技術的拠り所に関する検討にあたり,まずわが国の地層処分概念に基づく安全確保のしくみを具体的に論証していくための視点とそれぞれに必要な項目を整理した。視点となるのは,サイト選定,工学的な対策,安全評価である。安全評価において必要となる評価期間,安全指標,目標とする安全性のレベルについては,第1ドラフトでは専門部会報告書に沿って諸外国の例を参照しつつ,特に期間を限らず線量を指標として用いることを前提に評価を行うこととした。

 次に,処分予定地選定に資するための技術的拠り所に関しては,地層処分のためのサイトの選定プロセスを想定し,選定のための要件,必要となる情報,具体的な調査技術等の検討に着手した。また,人工バリア及び処分施設の設計・施工要件に関する検討結果や,上記前提のもとに実施した地層処分システムの安全評価手法やデータの整備とこれらを用いた試解析の結果に基づいて,安全基準の策定に資する技術的拠り所についての検討を開始したところである。

今後,前述の3つの分野の研究開発の進展に合わせて,これらについてより詳細に検討を進め,第2ドラフトにおいて全体的な成果をまとめて示す予定である。