資料(専)7-5

原子力バックエンド対策専門部会報告書案のとりまとめにあたって

                                                   平成8年11月15日
                                                   原子力バックエンド対策専門部会
                                                   高レベル放射性廃棄物対策分科会主査

1.わが国における高レベル放射性廃棄物の地層処分については、処分事業の実施主体を2000年頃を目途に設立し、同主体が処分予定地の選定に具体的に取り組むことになっている。一方、研究開 発の中核機関である動力炉・核燃料開発事業団は、それまでの研究開発の成果に関し、平成3年度の「第1次取りまとめ」(平成4年9月公表)に引き続く「第2次取りまとめ」として、2000年前までに報告書を作成する予定になっている。

2.本専門部会分科会においては、地層処分という処分方法をわが国で適用して行くにあたって基本 となる技術的考え方に関し、最近の国の内外の技術開発の動向を踏まえつつ検討するとともに、その基本的考え方に基づき、「第2次取りまとめ」に盛り込まれるべき技術的内容について検討し、専門部会報告の原案を作成した。

3.地層処分とは、廃棄物を地下深部の安定した地質媒体中に埋設して処分する方法で、高レベル放射性廃棄物のように潜在的危険性がもともと高くまたそれが長期に継続する場合に、その環境安全性を確保する上で技術的に最も適切な処分方法として世界的に共通して考えられているものである。原子力発電を行っている国々では、この点において一致した考え方がとられている。なお、諸外国の例をみても、対象となる地下深部の地質媒体には、堆積岩系のいわゆる地層に限らず、花崗岩などの結晶質岩系も含まれている。したがって、地層処分という用語は必ずしも適切でないところがあるが、わが国ではすでにこの用語が慣用化していることから、本報告案においてもそれを用いている。

4.地層処分の環境安全性においては、処分を実施している期間中はもとより処分の終了した後の遠い将来についても対象としている点に特徴があり、処分された廃棄物による環境安全上の影響が、将来的にもとくに顕在化しないようにしておくことがその基本となっている。そのため、遠い将来のことについても、現在の科学的知見に照らして最も適切と考えられる方法にもとづいて、その環境安全上の影響の可能性を解析しておくことが重要とされている。

5.そのような環境安全性は、科学的にみて、地下深部の地質媒体が地表近くの浅いところに比べて比較的に長期に安定的であることをその前提としている。本報告案では、この前提が地震国であり変動帯に位置するというわが国の地質的特徴に照らしても妥当であるかどうかについて、まず検討している。

6.地質の長期安定性に関連する事象は、断層活動や火成活動のように比較的に急激な事象と隆起・沈降や海水準の変動のように比較的に緩慢な事象とに大別される。急激な事象に関しては、現象が比較的に局所的地域に限られ、その地域性を科学的に推論することが可能である。また、緩慢な事象については、地質学的な時間スケールでその現象に規則性がみられ、その規則性から将来を科学的に推論することが可能である。したがって、変動帯に位置する日本の地質的特質を考慮しても、地層処分の適地を選定することは可能と考えられ、そのことを一層明らかに示す上から深部地質環境に関する基盤的研究を継続的に進めて行くことが望ましい。

7.地層処分においては、適地を選定するとともに、併せて、それに対応して適切な処分場システムを構築する必要がある。処分場システムの具体的仕様は実際の地点の地質環境に応じて決められるべきであるが、地下深部の地質に共通的かつ特有な性質に着目すれば、そのシステムの構築に必要な工学技術を研究開発によって予め準備しておくことが可能であり、また重要である。

8.そのような工学技術としてとくに重要な技術は、還元雰囲気中にある深部地下水の地球化学的特性及び高圧下にある深部地下岩盤の特性に対応した工学バリア技術である。ここで、工学バリアとは、主として、処分するために廃棄物を収納するオーバーパックとよばれる容器と、それを地下に埋設したときにできる周囲の空間に充填する緩衝材とを意味し、それらが放射性廃棄物と処分場の外の地下深部の地質媒体との間の防護壁すなわちバリアになっている。処分地が特定されない段階においては、地下深部の地質特性について広く想定し、実際の地質環境に柔軟かつ適切に対応できるように工学バリア技術を開発しておくことが肝要である。

9.とくにわが国の場合、地下深部の地質環境は、割れ目や亀裂が比較的に多く存在し、その空隙中には地下水が飽和しているものと予測される。このため、遠い将来においては工学バリアの特性が劣化し処分された廃棄物が地下水中に溶出することによる環境への影響の可能性、すなわち環境安全評価上のいわゆる地下水シナリオについてとくに留意して技術開発を行う必要がある。

10.この観点から、動力炉・核燃料開発事業団は、これまで、工学バリア技術を中心に研究開発を進めて来ており、「第1次取りまとめ」において、予備的検討ながらも、工学バリアを実際の地質環境に応じて適切に設計し施工することにより地下水シナリオに対する環境安全性を保持し得ることを示している。

11.原子力委員会では、平成5年7月に、放射性廃棄物対策専門部会において「第1次取りまとめ」の評価を行い、その結論を妥当なものとした上で、なお、その解析の方法や解析の前提となっている基礎的データについて技術的な信頼性をさらに向上させる必要があることを指摘し、それを「第2次取りまとめ」までに行うよう求めている。

12.今回のこの報告案は、原子力委員会のこの指摘を踏まえて、「第2次取りまとめ」に盛り込まれるべき技術的内容を詳しく検討したもので、本報告案の第2部にまとめてある。その内容のうち、主要なものを挙げれば次の通りである。
(1) 地質環境条件の調査研究;深度1,000mまでの関連する地質環境特性に関する実測例,ウラン鉱床などにおける天然現象からの類推的研究(ナチュラルアナログ研究)の成果,地下深部の長期的安定性に関する事例的調査の結果.
(2) 処分技術の研究開発;オーバーパック材料の特性比較・製作施工技術の開発の成果・溶接検査法などの品質管理手法の提示,緩衝材材料の特性比較・施工技術の開発の成果・品質管理手法の提示,人工バリアの設計例とバリア性能の評価例・耐震性を模擬した振動試験の結果,処分場施設の操業安定性に関する解析手法の確立・建設操業閉鎖技術の開発の成果・処分場施設の設計例・経済性の評価例.
(3) 性能評価研究;環境安全性の観点からみて地層処分の性能評価を行う上で考慮すべき要因の体系的抽出,処分場近傍(ニアフィールド)の地質環境に着目した性能評価に関する以下の解析モデルの開発と確立:ニアフィールド地下水の流動解析モデル・地下水の地球化学的特性の速度論的解析モデル・緩衝材の熱−水−応力連成解析モデル・オーバーパックの長期腐食解析モデル・人工バリアと地質環境の長期的相互作用解析モデル・ニアフィールド内の物質移動解析モデル・岩盤中の物質移動解析モデル・腐食生成物ガスの移動解析モデル・コロイドの生成移行解析モデル,上記解析モデルに基づく処分場システムの性能に関する総合的評価の結果.

13.「第2次取りまとめ」の成果は、2000年以降に予定されている処分予定地の選定と安全基準  等の策定に際しての技術的拠り所となるべきものである。この観点から、「第2次取りまとめ」  に おいては、地質環境の長期安定性に関する事例的研究成果を明示するとともに、人工バリアを設置するニアフィールドの地質環境に求められる重要な要件を定量的に示すことが肝要であり、また、その地質環境要件に適合した人工バリア及び処分場施設の設計例とその設計手法を具体的に示し、さらにその設計例を基に処分場システムの環境安全上からみた性能に関し出来るだけ実測値に基づいて評価することが重要である。

14.地層処分の環境安全性を判断する基準は、最終的には原子力安全委員会によって示されるべきものであり、わが国では未だ決められていない。しかし、それを決定する際に参考とすべき考え方や基準例は、各種の国際機関や諸外国の規制当局からすでに示されているものがある。「第2次取りまとめ」においても、環境安全性に関する性能を評価する際にその指標を必要とすることが考えられ、本専門部会報告案では、その場合には諸外国の基準例を参照しつつ評価することが、現時点では適当であると判断した。

15.地層処分では、「処分」という語句のもつ響きから「管理しないで放棄する」という印象を与えることがあるようだが、実際には、当然のことながら、処分場の開設から閉鎖に至る建設と操業の各段階において様々な管理を必要としている。それらの管理の過程を通して環境安全上の問題がないことを再確認しつつ処分の事業を進めていくことが重要であり、そうすることによってはじめて最終的に処分場を閉鎖することができる。本専門部会報告案は、そのような管理の技術的方法についても「第2次取りまとめ」において検討するように求めている。

16.本専門部会報告案において強調している今一つの点は、地層処分に関連する研究開発の透明性である。「第2次取りまとめ」に向けた今後の研究開発にあたっては、国民の理解と信頼を得るために、動力炉・核燃料開発事業団を中核とした関係機関が協力して総合的に進めるとともに、その成果の公表を積極的に行うことが大切である。また、「第2次取りまとめ」についても、それを国が評価するにあたって、予め国際的なレビューを受けておくべきことを、本報告の中でとくに指摘している。

17.なお、本報告案では、その性格上、技術的専門用語を多用せざるを得なかったが、その用語の意味や内容については、参考を付して分かりやすくすることに努めた。