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第171号 原子力委員会メールマガジン 「原子力:7つの常識と3つの非・常識」(その7)

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    @mieru(あっとみえる) 原子力委員会メールマガジン
             2015年3月27日号
   ☆★☆ めざせ! 信頼のプロフェッショナル!! ☆★☆
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┏ 目次 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┣ 委員からひとこと 「原子力:7つの常識と3つの非・常識」(その7)
┣ 会議情報 
┃  (3月23日)
┃   ・人事案件(非公開)
┃  (3月24日)
┃   ・岡原子力委員会委員長の海外出張報告について
┣ 事務局だより みかんの島
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━・・・━ 委員からひとこと ━・・・━━・・・━━・・・━━・・・

「原子力:7つの常識と3つの非・常識」(その7)

                              阿部 信泰

 前回(1月13日)に続きまして今回は常識の7について考えてみたいと思い
ます。

 常識の7番目は「東電福島原発事故の前からあった原発推進派と原発反対派
の間の溝は深まりこそすれ埋まることはなかった。」です。

 東電福島原発事故の後、緊張して事態の推移を見守りながら、私は、事故が
収まった後、それまで推進派と反対派との間で深刻な相互不信の溝があった原
発問題について、今こそ、皆で率直に突っ込んだ意見を交わして今後原子力利
用をどうするか議論が行われて相互の溝が埋まることを期待しました。しかし、
残念ながら現状ではその溝は深まりこそすれ埋まることはありませんでした。
ここには幾つか指摘したい点があります。

 まず、以前からあった溝は、原発推進派の側、特に原子力専門家の側には、
原子物理・工学・安全基準・放射能の影響などということは高度でなかなか一
般の人に説明しても分からないので、それは専門家にまかせてほしい、自分ら
が正しいと信ずることを受け入れさせればよいという考え方がありました。こ
れに対し、反対派・一般の人々の側には、専門家はお前らにはどうせ話しても
分からないという態度で、本当のことは話してくれないという不信感がまずあ
りました。また、かなりの人々は、これは専門的な話なので、専門家にまかせ
ておけばよいという考えだったのではないでしょうか。

 しかし、東電福島原発事故で分かったことは、一旦、大規模な事故が起こる
と、現場の当事者だけでなく、広い範囲の人々が深刻な被害・影響を被るとい
うことです。つまり、原発は一部専門家の問題ではなく、広範な人々の問題だ
ということが分かりました。そこには原子力工学の専門家・放射線医学の専門
家に始まって、災害対策・環境・一般医療・教育・損害賠償保険・補償制度・
エネルギー・電力・軍縮不拡散・テロ対策・経営・経済と様々な関係分野の専
門性が求められます。同時に、ほとんどすべての人が利害関係人(stakeholder)
になった結果、いろいろな人が自分の考えを言うようになりました。今から60
年前にできた原子力基本法の第2条に「原子力利用は、平和の目的に限り、安
全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、そ
の成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。」とありますが、誰が
60年前にあのような大事故が起きると予想し、「民主的に運営」することの重
要性を盛り込んだのでしょうか。

 私が見るところ、「溝」には二つの大きな問題があります。
 一つは推進派・反対派の間には深い相互不信があることです。推進派は、反
対派には何を言っても無駄で、必要なことはこれまでに確定した核燃料サイク
ル路線を確認して反対論を論破することだと考えています。逆に反対派は、推
進派の議論は原発推進を正当化するため都合のよいところだけ取り上げた、た
めにする議論で信用に値しないと考えています。電力・エネルギーの安定供給
の必要性、地球温暖化への影響、化石燃料輸入の経済的負担、電力生産コスト
など様々な資料が用意されていますが、電力会社・政府が用意したと聞いた途
端に信用してもらえなくなります。

 もう一つの問題は、放射線の影響・原発安全性など様々なタブーが出来上
がってしまって率直な議論ができなくなってしまっていることです。ある一定
以下の放射能は健康上問題ないと言った途端に大変な悪者になってしまうので、
率直な議論ができなくなっています。しかし、食品の安全性・環境除染の必要
度・高低レベル放射性廃棄物の処分・放射線の医療への利用など、どれを取っ
ても放射能の許容レベルを議論せずに真剣に議論できる問題はありません。

 ただ、ここで私は、これまでに出された研究成果・許容基準をもってすべて
満足し、疑問を提起しなくてよいと言うつもりはありません。物質が原子から
できていて、そこから放射能が出て来るということが分かってから1世紀ほど、
人類の歴史は放射能の効果に関する学習の歴史でした。学習の過程で多くの犠
牲者も出ました。原爆が登場した頃は、爆発した後、戦争を継続できるか見る
というので、爆発を目撃させ、現場に兵員を行軍させたこともあり、アメリカ・
ソ連などで犠牲者を生みました。今では考えられないことです。核爆発で運河
を掘削しようというアイデアも真面目に考えられました。その後、第五福竜丸
の被曝事故を経て、放射線の人体に及ぼす深刻な影響が知られるようになり、
現在に至っています。現在でも放射線の医療への利用などが進むと同時にその
マイナスの影響について研究・議論が続いています。私どもは、人類が知らな
いことはまだまだあるのだという謙虚な態度で新しい科学に向かいあうべきで
す。また、東電福島原発事故の後の経験でよく分かったことですが、こうした
事故、そして放射能の問題についても個々人によってその受け止め方・感受性
には様々な違いがあることです。それは非合理的だと払いのけてはいけないの
ではないでしょうか。日本はまだこうした違いを尊重するだけの豊かさを持ち、
民主的な国だと私は信じます。

●次号は中西委員からのひとことです!

━・・・━━ 会議情報 ━━・・・━━・・・━━・・・━━・・・━━・
●原子力委員会の会議を傍聴にいらっしゃいませんか。会議は原則として霞ヶ
関にある合同庁舎8号館で開催しており、どなたでも傍聴できます。開催案内
や配布資料は、すべて原子力委員会ウェブサイト(以下URL)で御覧いただけ
ます。
 http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/index.htm

●3月23日(月)の会議の概要は以下のとおりでした。

【議題1】人事案件(非公開)
<主なやりとり等>
 人事案件を審議することから非公開とした上で、文部科学大臣より、独立行
政法人日本原子力研究開発機構法第12条の規定に基づき、国立研究開発法人
日本原子力研究開発機構理事長の人事について原子力委員会の意見を求められ
た件について審議を行い、異存の無い旨回答することとしました。

●3月24日(火)の会議の概要は以下のとおりでした。詳しくはウェブサイト
に掲載される議事録を御覧ください。

【議題1】岡原子力委員会委員長の海外出張報告について
<主なやりとり等>
 岡原子力委員会委員長は、3月18日(水)から22日(日)にかけて、米国・
ワシントンDCを訪問し、原子力関係者と核不拡散、核燃料サイクル、日本の原
子力政策等について意見交換を行いました。

●次回は3月31日(火)に会議を開催する予定です。詳しくは、以下の開催案内
を御覧ください。
 http://www.aec.go.jp/jicst/NC/topic/kaisai.htm

━・・・━ 事務局だより ━━・・・━━・・・━━・・・━━・・・━━

みかんの島

 昨年の11月に、四国に帰省をしたついでに、山口県の周防大島に行ってき
ました。

 既にメールマガジンの第168号(前々回)の事務局だよりで周防大島が紹
介されているので、重複してしまいますが、御容赦ください。

 まず、なぜ周防大島に行ってみようと思ったかですが、この島では、ここ数
年、都市部から島への移住者の増加し、転入者が転出者を上回る「社会増」と
なっていて、最近よく聞くようになった「地方創成」に先行する事例として島
を見てみたかったのが理由です。

 レンタカーを借り、島を一周してみましたが、想像していた以上に、観光客
も多く、島の方もフレンドリーでとても好印象でした。この島の特徴をひとつ
挙げるとすると、「みかんの島」です。私が訪問したときは、「耕して天に至
る」とも形容される段々畑が、収穫を待つみかんの色に染まっていました。

 この段々畑ですが、これだけ山の斜面を開墾するのだから、昔から農業をす
る人たちは勤勉だったんだなあと思いながら見ていましたが、地元の資料館で
話しを聞くと、そう単純なものではないようです。

 この島出身の民俗学者の宮本常一によると、段々畑は、当初、サツマイモを
植えるために作られたようです。時期は1700年代前半、江戸では甘藷先生
こと青木昆陽が救荒作物としてサツマイモの栽培を広めたころのことです。お
そらくは、海に近い一枚の畑から始まり、飢饉が無くなったことにより人口が
急増、新たな耕作地を求めて山腹を登っていきました。

 やがて、時代は明治時代に移ると、「富国強兵」「殖産興業」を旗印に、明
治政府が製糸業を促進、商品価値の高くなかったサツマイモの作付けは減り、
桑畑に姿を変え、養蚕が島の主要産業になります。しかし、昭和初期からは、
ナイロンなどの化学繊維が普及、製糸・養蚕が廃れ、桑のかわりにみかんの木
が植えられ、昭和中期頃には、今の景色が完成しました。

 以後は、よく知られているとおり、日本は高度経済成長の時代を迎えます。
他の農村部と同様、都市部への人口移動により、島の人口減少が始まります。
その背景には、高度経済成長による日本の急激な変化に、農村部の産業構造の
変化がついていけず、雇用の受皿を失ったということがあります。

 それから約60年、依然として人口減少は続くものの、島へのUターン、I
ターンが増え、冒頭で言ったように「社会増」を達成しました。
 農村部において、社会の変化に合わせて生産物や産業を変えていった時代は
人口が増加あるいは均衡し、そういった変化ができなくなって人口が流出して
いったということを考えると、この社会増は、島で新しい商品を作るとか、外
来者を受け入れるといった、変化を許容する風土が培われてきた結果であるよ
うに思います。

 今後、全国で「地方創成」に取り組むのではないかと思いますが、変化を許
容するという意識を持てるかどうかが、成功するかどうかの分岐点になるよう
に感じました。

(宮本)

●次号配信は、平成27年4月10日(金)午後の予定です。

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発行者:内閣府原子力政策担当室(原子力委員会事務局)
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