[.事故調査委員会委員長所感(結言にかえて)


 株式会社ジェー・シー・オー東海事業所において起こった臨界事故は、定められた作業基準を逸脱した条件で作業者が作業を行った結果、生起したものである。従って直接の原因は全て作業者の行為にあり、責められるべきは作業者の逸脱行為である。
 この事は、今回の事故が予測のできない不可抗力によって生起したものではないことを意味し、一般に多くの事故が、予測のできなかった多数の技術的原因の重畳によって生起するのと比較すれば、特異な事故であったことが理解されるのである。
 その意味で、本事故は単純である。しかしながら、このような事故の再発を防止するという立場に立つとき、逸脱行為を責めるだけでは何も解決しないこと、すなわち問題は決して単純でないことが直ちに理解される。本調査委員会(原子力安全委員会ウラン加工工場臨界事故調査委員会)は、このような事故の再発の可能性を除去することを目的として、可能な限り広範な視点からの検討を行い、再発防止のための提案を行ったものである。
 それは、何故作業者の基準逸脱が起こったのかを直接的原因のみならず、間接的原因にまで及んで明らかにするということであり、そのためにそれぞれ異なる視点を定めた調査を別々に行い、それを素材として全体討議を行うこととしたものである。すなわち、
 ・技術と評価
 ・企業と産業
 ・社会と安全
のチームを編成し、それぞれのチームで厳密な調査、原因の究明、影響因子の分析、因子間の関係解明等を行うと同時に、改革への提案を行った。その結果は第Y章までに詳述されている。
 さらに、それらの結果を基礎として、我が国の原子力に関する行政、産業、開発、研究などの体制や運営について総合的な検討を行った。その検討結果は第Z章に述べられているが、その内容を要約すれば、原子力に直接関係するものの中で、原子力安全委員会、規制行政庁、事業者の間の関係を修正すべきこと、さらに原子力に直接関係するものと一般社会との関係にも変化が求められるべきことが明らかになった、ということである。
 以上の第U章から第Z章までの検討を通じて、多くの改善点の指摘や提案を行っているが、それを提案のリストとして本報告書に添付した。指摘や提案は燃料加工技術そのものに関するものから社会における価値観まで多岐に亘り多様である。後述するように、その一つ一つは、それを担当し実行するものにとっては重いものであり、独自の真摯な取組みが要請されるものである。一方、これらの多様な提案を通じて、本事故から学ぶべき本質的で構造的ないくつかの問題点が浮かび上がってくる。それを以下に述べることとする。

(1)原子力技術の特徴と状況−異なる成熟度の混在
 特定の技術は、生み出されてから進展を続け、やがて成熟して行き、安定な技術となる。この技術進展の過程を考えるとき、原子力技術はどの段階にあるのであろうか。

○ ここではまず一般的な技術について、進展する技術から成熟技術への移行を考えてみよう。この移行において技術開発に質的変化が起こることに留意すべきである。それは開発の途上で、その方向を定めたり、除去すべき問題点の発見等において用いる情報獲得の差異である。

○ 進展する技術においては、試作や実験等によって得られる情報が進展の主役である中心技術の進歩のために用いられる。一方、たとえば信頼性などの制約条件は一定の水準が求められているものの、開発の目的では必ずしもない。新しい技術が進展する過程では、その中心技術への開発投資は大きく、それと対応して制約条件を構成する技術への投資が十分大きい場合もあるが、一般には新しい技術は故障が多いと言われるように、中心技術の進歩が優先される。初期の計算機はその典型である。この場合、中心技術の完成度が上がるに従って制約条件であった信頼性の向上が目標となり、そこに新しい開発行為が向けられる。例えば計算機で、高速計算という中心技術がある水準に達すると、信頼性向上研究が始まり、それがある水準に達すると普及が始まる。ところで前述のように、両者の技術開発には質的差異がある。前者は、その中心技術を専門とする開発者によって行われる。しかし後者は、それを実現する技術が、中心技術以外の多様な技術的総合的成果なのであって、特定専門家による特定技術の開発でなく、その技術を成立させる全条件、一般にそれは多様で、把握するのに大きな努力を必要とするものであるが、それを同定し、求められる制約水準を満足すべく多様な技術開発を行うのである。そのために、多くの技術では、この段階は使用という場の試行錯誤によって、その制約条件を構成する技術要素を同定する方法が取られる。即ちそこでは、使用の場において観察される諸事象、すなわち成功、失敗、異常現象などが必要技術を同定するための主要な手段となり、それに依拠した技術開発により制約条件の水準が向上するのである。

 このような技術一般に見られる進展のパターンを一切取り得ない原子力技術は、その点で特異なものである。すなわち安全性という制約条件は絶対守られるという前提に立って独自の展開を行って来たものである。言いかえれば、原子力技術の開発は、中心技術と制約条件としての安全技術とを、同時に進展させるというものである。前述のように、制約条件としての安全技術を、使用の場における安全性を完全に守りつつ進展させることは、失敗や異常などの情報源を使えないという意味で中心技術の進展に比べて異質の難しさを伴うものである。
 さて、現在の軽水炉技術は、このような条件を満たしつつ、成熟過程に至ったと考えることができる。成熟技術においては、作業の定常化によって安定性を増し、結果として安全性を向上する。この段階に到達すれば、制約条件としての安全性のための技術の一部は、暗黙的に作業体系の中に着実に埋め込まれることになる。
 しかし成熟に至る過程においては、安全技術のすべては、前述のようにそれがいかに多様であっても、すべてを明示的に把握するための努力が常に払われ、そのための技術開発投資が常に行われ、それが前述の異質の難しさを持つことを十分に認識しつつ行われてきたのであることを理解する必要がある。
 このように考えると、原子力技術の中に成熟状態の技術とともに、新型の炉の開発のような進展する段階にある技術が混在することに問題があることに気付く。このことは、使用という場で故障情報を利用しながら技術の新しい部分を進展させる場合には問題とならない。しかし今回の事故が、原子力技術の中の成熟度の異なる部分の接点で起こったことを考えると、この混在の持つ問題をより深く考察することが必要である。本来は分離が必要なのではないかとも考えられるのである。
 しかし本報告ではこのことを提案とはしていない。提案は確実に安全性向上に有効であると考えるものについて行っているものであるが、本項で述べたことは技術の本質に関わりはするが、厳密な結論を下すためにはより深い検討が必要である。それは、原子力技術の技術上の特徴を、成熟度のみならず、より多角的に検討すべきことを要請している。たとえば、起こりうる事故の論理的解明などは不可欠の仕事であろう。我々は、自ら作った技術であっても、未知の内容を多く含むものであることを謙虚に認めるとともに、その技術をより深く解明する責務を負っていることを自覚すべきである。

(2)方法的未成熟−二律背反
 今回の事故の検討において、原因を除去する方法を考察する際にいくつかの矛盾、あるいは二律背反に遭遇した。それは安全性を向上するための方策が、他の事項を犠牲にするというもので、以下のようなものである。
 A.安全性を向上させると効率が低下する。
 B.規則を強化すると創意工夫がなくなる。
 C.監視を強化すると士気が低下する。
 D.マニュアル化すると自主性を失う。
 E.フールプルーフは技能低下を招く。
 F.責任をキーパーソンに集中すると、集団はばらばらとなる。
 G.責任を厳密にすると事故隠しが起こる。
 H.情報公開すると過度に保守的となる。
 などである。本調査委員会の基本的な立場は、たとえ他の事項が犠牲になっても、安全を第一義的に考えるべきである、というものであるから、上述の右側の項目について深刻に議論することはなかった。したがって、本報告における多くの提案は、当面の安全性向上に必要な項目を、上記の関係は関係する人々の努力によって生起させないことを前提にして、提起している。そして、提案の実施によって間違いなく安全性が向上することを確信しているのである。
 しかし、長期的視野に立って原子力行政を考えるとき、これらの矛盾ないし二律背反を解決することは重要なことである。ことに、A項の、安全性と効率性の矛盾を解決しない限り原子力の将来性はないというべきであろう。既に技術の成熟度の向上とともに、その内容が定常的となり、安定度を増すことによって、安全のための付加的技術が中心技術に内包される可能性も示唆し、それが品質管理の重要な視点であることも述べたところである。したがって、前項に述べたような原子力技術の持つ技術的固有性を明らかにしつつ、原子力技術固有の品質管理を開発することによって、この矛盾は十分に解決可能性を持つと考えて良い。
 同様に、他の項目も、創意工夫が活性化するような規制、士気が向上するような監視なども十分あり得るのであって、各項目は解決不可能な矛盾ではないと思われる。したがって、上記の各項目は、原子力技術の発展のための解決すべき目標群を明らかにしているものととらえるべきであって、本報告ではその解決を示すことはできないが、今後の原子力技術進展のための条件を抽出したものと考えられるのである。

(3)権限と責任の乖離
 成熟した民主的な社会においては、社会の諸機能は細分化された分業の上に成り立っており、各分業の区分においては、その使命、すなわち決定や執行の権限についての領域と、各領域に正しく対応する責任とが明示的に定められていることが、円滑な機能発現のための必要条件である。ことに、安全を第一義とする原子力技術の場合は、この必要条件を侵さぬことが、最重要な課題である。
 その見地からみて、原子力に関係するいくつかの主体の、それぞれの権限と責任の区分状況が必ずしも明確ではないことが、本委員会の検討の途上で示されたのであった。その内容については第Z章に詳述されているが、その基本は原子力安全委員会、規制行政庁、事業者の関係であり、この三者と一般社会との関係である。この四者の間の関係が持つ問題点をここに再び述べることはしないが、その関係の重要さについて、ここで指摘しておこう。
 今回の臨界事故は、重大な事故の潜在的可能性を、この四者の関係のもとでは認識し得なかった結果だと考えるべきである。最初に述べたように、事故の直接的原因という見方をすれば、事故の原因となった行為の実施に関する権限は事業者のみにあり、したがって責任は事業者にある。しかし、このような事故も含め、あらゆる事故を未然に防止することを目的として四者が独自の構造を作っているはずである。その意味では、この構造が万全のものでなかったという点も看過することの許されない重要な点である。
 すなわち、事故の防止という立場に立つとき、この四者の作る構造は、事故の可能性を予知できない特異点を持っていたという点が重要なのである。と同時に、この四者の構造におけるどの点を修正すれば、今回の事故が防げたかを簡単に言えないという事実もまた深刻である。
 実は、本調査委員会の全ての努力は、その修正点を明らかにすることに向けられていたのであって、多数の提案を含む調査分析がその成果である。
 それが多様で複雑な様相を見せているのは、実は前記四者の権限と責任の区分が明瞭でないことに起因している。
 特に、前述のように予知できない点(これは「すき間」とも「被覆欠陥」とも呼ばれた)が存在したのに、それを発見できなかったのは、この区分の明瞭でないことも大きな原因の一つであると考えられる。
 発見できなかったことのもう一つの原因は、既に(1)項に述べたように、開発から成熟へと常に変化する原子力技術の全てを十分に把握していないという状況にある。すなわち、対象についての知識の不完全さである。
 視点のすき間と、対象知識の不足とが重畳する状況を、できるだけ速やかに脱却しなければならない。そのためには、四者の責任と権限の明確化と、原子力技術の全体を描出する専門的研究及び現場の事象についての完全な情報公開が必要であることを述べておきたい。
 これらは将来にわたり、継続的な努力を払うべき課題である。一方、本報告書で述べた諸提案の多くは、その実施すべき主体が明示されていることから明らかなように、直ちに取りかかるべきことを要請しているのである。そしてまた、諸提案は現時点での安全確保のために緊急に必要なことであることに加え、それらは本項で述べた構造的な問題と同じ方向を持ち、したがってその実施が構造的な問題の解決に向けて少なくともその第一歩を踏み出すという意味でも有効であることを本調査委員会は確信するものである。