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Z.今後の取り組みのあり方について
(取り組みの全体像)
- 本報告書では、V章からY章にわたって、各分野ごとの原因、背景等を深く分析するとともに、それに基づいた個別具体的な対策・提言について示した。それら各章の対策・課題をまとめて、あらためて全体を俯瞰的に見てみると、事故の再発防止に向けた今後の取り組みについて、新たにいくつかの視点が見出される。
本章では、上記各章の対策・提言を取りまとめ、今後の取り組みのあり方についてその要点を、重点的かつ概括的に述べるとともに、それらを包括したところに見出される対策・提言を含め、取り組みの全体像を示すこととした。
本委員会は、これらの取り組みについて、関係者において、速やか、かつ確実な実施を強く望むものである。なお、本章における記述を含め、個々の対策・提言について、本章の末尾に整理して付した。
- 1.危機認識の保持とリスク評価意識への転回
(1)危機認識
- 今回の事故の底流には、臨界事象に対する危機認識の欠如ないし風化があった。ここで危機認識とは、観念的、感情的なものではなく、具体的な危険やリスクを正当に認識することである。危機認識が的確なものでなければ、的確な事前・事後の安全確保対応や安全確保支援の対策を講じることはできない。このため的確な危機認識は、安全問題の原点となるものであり、原子力に携わる全ての組織と個人とが、その役割に応じて、これを継続的に保持することが重要である。
- (2)「絶対安全」から「リスク評価」へ
- この危機認識を社会に定着させていく上では、いわゆる原子力の「安全神話」や観念的な「絶対安全」という標語は捨てられなければならない。事故の発生防止に万全を期することは当然であるが、重要なことは、確率は低くとも事故は起こりうるものとして、それが大きな被害をもたらさないように事前に適切な手段が講じられており、それらが相まって事故の総合的リスクを許容しうるレベルにまで低減することであって、そのことが、関係者の間はもとより、国民的にも理解される必要がある。
このことは「絶対安全」から「リスクを基準とする安全の評価」への意識の転回を求めるものである。リスク評価の思考は欧米諸国において既に定着しつつあるが、我が国においても、そのことに関する理解の促進が望まれる。
- 2.原子力事業者における安全確保の徹底
(1)事業者の責任
- 原子力の安全確保に関する責任は、第一義的には事業者にあることが強調されるべきである。
今回の事故は、JCOにおける特殊少量生産における品質管理、安全管理が不十分であり、作業に伴う潜在的危険性の理解不足や違反行為に伴い事故が発生するかもしれないという危機認識の欠落により、遵守すべき規範からの逸脱行為(モラル・ハザード)がエスカレートした結果である。
その背景には、厳しい国際競争の中で作業効率向上を志向するあまり、企業の安全管理意識が鈍化するとともに、企業・技術者の責任感や倫理が低下したことがあったと推定される。
当然のことながら、安全性確保や環境保全は、企業活動の最適化において前提となる制約条件であり、こうした制約条件と効率化とを両立させられるシステムが企業内において構築・維持されなければならない。特に、いったん事故が発生した場合の影響が甚大となる可能性の高い原子力関連事業者においては、この点について十分な自覚を持つ必要があり、また事業者は、ルール違反が結果として生産性を損なうものであることを認識する必要がある。
事業者が、高度な安全管理意識を企業全体に浸透させ、企業風土として安全文化を醸成するなかで安全確保を万全なものとしていくことが、今回の事故で損なわれた原子力産業への信頼を回復する上で不可欠である。
- (2)具体的対応
- 先に「緊急提言・中間報告」として、原子力事業に対して内部監査体制の確立、安全教育の徹底等の6項目の提言を出したが、この速やかな具体化と実現を図るとともに、以下の項目について対応がなされることが望まれる。
具体的には、
・ルールを逸脱した行為が計り知れない結果を招くことを認識し、経 営者及び従業員に対し、安全管理に関する教育・訓練を具体的かつ適 切に行うとともに、安全管理に関する認識を継承するシステムを確立 すること
・リスク・アセスメント(リスク予測)やリスク・マネージメント (リスク管理)を日常的かつ適切に行うこと
・契約に際しては、受注者において製造工程、使用する設備等も考慮 し、安全性を確認すること。また発注者においては、安全性の確認に 関し、一定の注意を払うこと
・企業が、組織として確実に責任を履行しうる適切なコーポレート・ ガバナンス(企業統治)を確立する観点から、十分な情報公開を通じ た透明性の高い企業経営を行うこと
・積極的な技術革新努力(最新の安全技術の取り入れを含む)を行う こと
・下請け等を含めた責任ある管理を行うこと
また安全管理の技術面に関しては、
・特殊少量生産における特に慎重な安全管理
・機器等による、安全工学的な設計による徹底的な安全確保
・事故後の被害の最小化のための措置の徹底
・事業展開中における技術進歩の設計への反映など、変化への適切な 対応と新方式の導入や変更の際の特に慎重な安全性確認
・事業者の自主保安活動として、主要な核燃料関係施設において、安 全確保活動が適切に行われているかどうかを定期的に評価し、必要に 応じ安全性向上のための対策を摘出するため、定期安全レビューを導 入・実施
さらには、
・安全主管者、核燃料取扱主任者等の安全管理上枢要な者の位置づけ の明確化と、それらの者による安全管理文書の確認など社内の自主保 安体制の充実化
・事業者の内部評価制度や通報制度及びISO9000シリーズの取 得などを含め、外部評価制度の導入による、安全確保の全体機能の維 持と向上
・人間の心理面に着目した社会科学的手法(指揮命令系統の適切な設 計や申し送り書への署名の徹底による匿名性の排除などの社会心理学 的装置)による安全確保策
等である。
- (3)技術者の倫理
- もちろん、安全確保のためには事業者の取り組みのみではなく、最終的な拠り所となる技術者各人の自覚と倫理の確立も重要である。今回の事故にかんがみ、技術者が自らの社会的責任を自覚し、その襟を今一度正す必要がある。
さらに各人の自覚を待つのみならず、倫理規定を有効に機能させる方策や、教育の場における技術者の倫理教育の充実が図られるべきである。
- (4)システム全体としての取り組み
- また、各事業者ごとのみならず、原子力産業全体として安全管理に取り組むことが必要である。原子力産業が構成する核燃料サイクル・システムは、どの部分で安全の破綻があっても、原子力エネルギーへの理解を損なうこととなる。システム全体として、整合性を持って安全性が確保されることが重要である。
先般設立されたニュークリア・セィフティ・ネットワークが、国との適切な連携を含めて、システムとして包括的で、実質的にバランスのとれた安全対策となるよう期待する。
- 3.国の取り組みのあり方
【事業・施設の安全確保】
- 事業者の安全確保を支援・補完し、国民の安全を守るために、これを確実なものとするのが、国の役割である。
全ての段階の安全規制は、規制当局により厳格になされるとともに、少なくとも運転段階においては、事業者の自己責任に基づく安全管理の徹底に主眼を置きつつ、国の安全規制はこれを助長する方向で充実を図ることが重要である。
この場合、事業者と規制当局の健全な緊張関係の維持と相互の信頼関係と意思疎通が不可欠であり、この関係があってはじめて自己責任の安全原則が効力を発揮する。一方的な規制の強化は、場合によっては事業者の自主的努力や提案権を奪うものになりかねず、また際限なき規制緩和が、安全規律の低下を招きやすいことは、明らかである。
事業者と規制当局との間の健全な緊張関係とは、申請・報告と審査・検査という行為を通して、状況が常に改善され、進歩していくという関係を含むべきものであることを認識すべきである。
- (1)原子炉等規制法の改正とその実効的な運用
- 今回の事故を契機として行われた、原子炉等規制法の改正により、国の安全規制における制度的措置として、
・加工事業の規制項目の追加と定期検査の義務づけ
・保安規定の遵守状況の検査制度の導入
等が講じられることとなった。これは本委員会の「緊急提言・中間報告」を受けて、対応整備されたものであり、評価する。国は、強化された安全規制体制において、抜き打ち検査の効果的な実施などを通じて、その実効的な運用を行うとともに、事業者の自己責任による安全確保策の充実を強く指導することが求められる。
- (2)具体的要求事項等
- 今回の事故を踏まえて、具体的な安全規制上の要求ないし考慮事項としては、上記に加え、以下の点が重要である。
・ヒューマンファクターへの一層の配慮
・従事者の行動に関する適切な制限事項の設定
・使用条件に関し、その特定、安全審査等における明示、目的外使用 の困難な設計の考慮、禁止事項の設定等が必要
・多重防護・フェールセーフの一層の導入
・制限事項の多重化
・物理的な安全確保策の導入の強化
・使用条件逸脱の可能性に対する安全設計と安全評価
・運転管理をより重視すべき施設については、安全規制のあり方に関 し、早急に専門的検討が必要
なお事業者が、技術進歩の取り入れについて適切に対応する必要がある場合、規制当局においてもそのような事項に柔軟に対応することが必要である。
また、前記3.で述べた安全確保の徹底の観点から事業者に求められる事項について、その実現に国は十分な指導をすべきである。
- (3)安全管理情報の統合化とシステム化
- また、今回の事故が衝撃的だった理由のひとつは、臨界事故という原子力特有の事故が、運転規則の逸脱といういわば単純な行為によっていとも簡単に起きてしまったという事実にある。しかも、濃縮度20%のウランという核物質管理上は特に留意を要する核燃料物質を取扱っているときに起きたことは、国際的信頼も損なうこととなった。このような事故の再発を防止するため、次のような安全管理情報の統合化とシステム化を図ることを提言する。
@臨界事故の原因には、必ず核燃料物質の取扱いが係わることから、 核燃料物質の管理をより徹底する必要があることである。核燃料物質 の所在や移動についてリアルタイムでその情報を管理するシステムが 構築されれば、この種の事故の防止にきわめて有効である。原子力発 電所や通常の加工施設のような施設にまでそれを求めるべきか否かは 専門的検討を要しようが、人的管理に依存し易い今回の施設のような 場合には、そのような核物質管理情報のシステム化が検討されるべき である。
A核物質管理上特に機微な核燃料物質を取扱う施設においては、核物 質防護上のセキュリティ対応もより重要になる。その点からの情報の 統合化とシステム化も検討されるべきである。
我が国では、核物質管理や核物質防護については、原子力安全委員 会ではなく原子力委員会が所掌している。核物質管理や核物質防護の 観点からの技術的手段が今回のような事故を未然に防ぐという効果を 間接的に持ち得ることに着目し、原子力委員会においても国の広義の 意味での安全行政として核燃料物質の安全管理体制の充実化を図るべ きである。
- 【原子力防災対策】
- 防災活動の目的は、そもそも一般住民を被害から守ることであり、出来るだけ先手先手を打つ(プロアクティヴ)との原則を前提に、迅速かつ的確に対応することが必要である。
今回の事故は、防災関係者の危機認識の保持と国の緊急時対応、危機管理の実行力に大きな問題を投げかけた。とりわけ情報の不足と伝達の混乱は、事態への迅速な対応の妨げとなり、また加工施設での臨界事故を想定していないなど事前の対応にも今後改善が求められるべき問題があった。これらのことから以下の諸点が重要となる。
- (1)危機管理のキーパーソン等
- 防災対策を有効に講じるには、危機管理の専門的能力を有するキーパーソンの設定とその人を中心とした緊急時対応体制の確立の中で、関係者が、危機認識を常時保ちつつそれぞれの分野でプロとしての自分の役割を自覚して機敏に対応することが必要である。
- (2)危機管理下における情報の適正な管理
- 危機管理下の情報に関しては、事故直後の情報収集、迅速な伝達、提供される情報の専門的な分析が的確になされるよう予め準備されることが重要であり、以下のような適切な情報管理体制を整備する必要がある。
@事故発生後の非常時においては、地域住民及び一般公衆に対し、正 確でかつわかり易い情報がタイムリーに提供されなければならない。 そのため、情報源を出来るだけ一元化し、情報の混乱を最小限にとど めるべきである。報道機関への情報提供者は、その情報源と直結し、 とくに指名された者が当たるべきである。その際、災害弱者等への情 報伝達に配慮する必要がある。
A災害防止や事故の終息に向けた迅速かつ的確な判断を可能にするた めには、提供される情報を専門的に分析する作業が必要であり、それ らの作業は、適切な場で特別にその任に当たる者によって遂行される べきである。情報の提供が優先されるあまり正確かつ迅速な判断が遅 れるようなことがあってはならず、この点に関し、報道機関の節度あ る取材活動による協力が不可欠である。
- (3)原子力災害対策特別措置法の制定と実践的で有効な対策の早急な 検討・整備
- 本委員会の「緊急提言・中間報告」を受けて、近時制定された原子力災害対策特別措置法において、
・迅速な初期動作と国、都道府県、市町村の有機的連携の確保
・原子力災害の特殊性に応じた国の緊急時対応体制の強化
・原子力防災における事業者の役割の明確化
等が図られることとなった。本法は、法的枠組みとして、評価するものであるが、具体的な諸措置が講じられて初めて、実践的で有効なものとなるものであり、関係省庁、原子力安全委員会等において、引き続きかつ早急に具体的措置について検討し、講じるよう強く求めるものである。
具体的措置としては、ハード面として、情報通信システムの整備・高度化、モニタリングポスト等の監視機器の充実、緊急輸送手段の確保等の整備及び、ソフト面として、具体的かつ実践的な防災計画・マニュアル等の作成、平常時からの情報交換や訓練、緊急時対応に熟知した人材の養成、知識の普及等の措置が必要であり、実際の事態においてその機能が十全に発揮されるよう、事前に準備される必要がある。
- 【安全規制体制の再構築】
- 今回の事故を契機として、安全規制体制のあり方にも疑問が投げかけられ、安全規制への信頼が損なわれたことを謙虚に受けとめる必要がある。その意味で、安全規制を含む今日の原子力行政は、これまでの様々な安全確保のための努力があったとしても、今回の事故を深く自省し、今後のあり方を考えるべきである。また、事故の影響に直面した地元の安全規制に対する不信感やそのあり方に対する強い思いを重く受け止める必要がある。
- (1)規制行政体制
- 現在、事業者の自主的努力を強く促しつつ、国の規制の強化などがなされつつあるが、原子力の安全確保に不安を持つ国民の安心の観点に立てば、それだけではなお不十分である。すなわち安全の確保を確実なものとするとともに、国民の立場に立って、国民の不安や疑問を代弁し、その観点から規制行政庁とは独立した立場で規制行政を監視し、指導する機能が原子力安全委員会に十分に備えられることが強く求められている。
- (2)安全規制体制の基本的な方向
- 以上の観点に立って、安全規制体制の基本的な方向を示すならば、以下のとおりであり、政府は、これらを実効性あるものとして構築する責任があり、一層の努力を求める。
@安全規制当局の陣容を強化充実する。その際、安全規制当局の果た すべき役割を、あらためて確認するべきである。同時に、安全確保の 基本が自己責任にあることを想起し、事業者と規制当局の役割の範囲 についてできるだけ明確にしておくべきである。
A原子力安全委員会は、規制行政庁からの独立性を強化し、審査指針 類の総合的な整備を含む安全規制政策の立案に一層の努力を払うとと もに、規制行政庁の安全規制に十分な監視の目を配り、事業者と規制 行政庁、規制行政庁と原子力安全委員会の間で適切な緊張感と意思疎 通が保たれ、全体として我が国独自の多重補完的安全規制体制が、最 も有効に機能するよう常に工夫すること。
もとよりこの前提として、事業者及び規制行政庁の自覚的で最善の 安全確保努力があることは当然である。
B原子力安全委員会は、事務局の抜本的な強化と、自然科学系に限ら ず、人文社会系の人材を含む幅広い分野の有能な専門家集団の確保に 努め、その機能を十全に発揮し、総合的な原子力安全確保の要として の役割を果たしつつ、国民の立場に立って、国民の代弁者たれとの期 待に応えること。
C規制行政庁及び原子力安全委員会は、安全確保施策に関し、原子力 研究開発利用各分野を俯瞰し、変動する時代や社会の要請に適応する とともに、自己点検のための仕組みを確立すること。
- (3)新たな安全規制体制の構築
- 現在政府が検討を進めている安全確保体制の再構築の動きは、
・規制行政庁に関し、法改正による安全規制の強化に対応した人員充実
・原子力安全委員会に関し、設置(または事業)許可時の安全審査以降の建設・運転段階における規制行政庁の規制活動の監視(規制調査)や政策企画など機能強化、強力な事務局の独立性の早期確保
などであり、平成13年1月の省庁再編時に原子力安全委員会の内閣府への移行と経済産業省の原子力安全・保安院の新設により、新たな安全規制体制が整うこととなるものと考えられる。
今回の事故に直面した地元を含む関係者から、米国NRCのような行政委員会としての安全確保体制の完全な一元化による規制と推進の完全な分離という根本的な変革を求める声も強く、それだけ安全確保の信頼性に対する切なる思いに関係者が総力を挙げて応えていくことが必要である。
この意味において、上に述べた、新たな安全規制体制の構築に向けての当面の課題が的確に実施され、国民が期待する安全確保の実効性が得られることが、極めて重要である。
- 4.原子力安全文化の定着と21世紀の安全社会システムを目指して
- 今回の臨界事故を契機として、原子力安全確保を支える基本理念である「安全文化」の定着・浸透に努めることが、一層強く求められており、こうした理念の下、「安全社会システム」の構築を目指さなければならない。
- (1)自己責任による安全確保の向上を不断に目指す社会システムの構築
- 今回の事故に限らず原子力の安全確保の基本は自己責任にある。今回の事故を契機に、そのことがより広く再認識され、かつ前記2.などに示された新たな取り組みによってより一層徹底され、安全確保が向上することが強く望まれる。
自らの申請において約束し、法律に基づく許認可において決められた守るべき「当たり前のこと」(事業者の基本ルール)を守らなかったことにより、この事故が生じた責任は大きい。
- (2)安全社会システム
- 安全社会システムは、安全文化の理念を前提として、危機認識、事前の安全確保対応、事後の安全確保対応、安全確保支援の4つの要素より構成され、人間的要素まで含めたソフト面まで拡大された総合技術として安全工学あるいはシステム構築を目指すとともに、その的確性の保証と、実現可能性の保証を図る必要がある。この場合、一般的な危機感ではなく、正しいリスク認識をもつことが、全ての基本にある。
- (3)安全社会システムの総合設計
- 安全社会システムを総合的に設計していくためには、事業者、国、自治体、地元住民などのそれぞれの視点からの検討が重要であり、責任を分担して進めていく必要がある。また原子力分野では、システム全体の総合設計に責任を持つ役割は、原子力安全委員会を中心に、国が果たしていくことが求められる。また住民の立場を十分考慮した安全対策の視点が重要である。
- (4)安全社会システムのコスト
- 安全社会システムの実現には、コストがかかるという当然のことを認識すべきである。原子力の「安全文化」という概念は、チェルノブイリ事故という厳粛な経験の上に自覚され、明確化されてきたものである。「安全」という社会の基本的な価値に対する認識と合意を国民の間に浸透させることが重要である。このことは、原子力分野に限ったことでなく、あらゆる分野において共通に必要なことである。
このため、原子力の「安全」確保という価値とその獲得にはコストがかかることをあらためて自覚し、必要な資金、人員、サービス等のコストを、政府、企業、自治体等が適切に負担していく必要があり、安全社会システムの総合設計とその実現に責任を果たさねばならない。
さらに、原子力の安全に係わる業務が開発推進と同等の重要性があることに対応して、安全の業務に携わる研究者、技術者、作業者の価値が尊重される社会でなければならない。
- (5)安全にかかるインフラ・ストラクチャー整備と人材の確保・養成
- 今回の臨界事故の終息及びその後の科学的評価には、多くの優れた研究者、技術者がお互いの専門性を発揮しつつ、協力して総合的にその力を発揮したが、優れた人材の養成や技術対応能力の涵養のためにも、安全にかかるインフラ・ストラクチャーとして、関係機関等による安全研究やリスク科学研究の実施などの安全プロジェクトの推進は、極めて重要である。
また、自己責任によって安全確保の向上を不断に目指す社会システムの構築に当たっては、専門的知識を有し安全意識の高い技術者集団の参加を必要としており、特に、それらの集団のリーダーとなる人材の育成が不可欠である。我が国におけるこれまでの原子力指導者の多くは、海外での経験を通し原子力を学んだ。半世紀を経過した今日、そのような役割をなお他国に求めることは許されない。我が国自らが指導的人材の育成に新たに取り組むとともに、課題を共有する他国との協調によって国際的に人材の養成を図っていくことも重要な課題であり、そのような国際的教育プログラムを我が国のリーダーシップの下に推進すべきことを提言する。
さらに、原子力産業界は、我が国のエネルギーの確保の上で重要な役割を担い、産業として確立している原子力分野において、優れた人材を持続的に結集することの重要性を認識し、人材確保に積極的な努力をすべきである。その際、大学研究機関における教育・研究活動を積極的に支援するとともに、安全関係の人材の確保に関し、地味に思われがちな安全確保の不断の取り組みが、開発と並ぶ価値を有するものとして評価する必要がある。
- (6)プロジェクト型技術開発のあり方
- 原子力技術のように事故による社会的影響が大きなものは、その開発計画は、外部に対し常に開かれ、その内容を説明する責任を負っているとともに、リスクを最少化するプログラムを自律的に備えていなければならない。
リスクがあるからこそ技術開発を必要としていることが、広く理解されねばならないのは当然であるが、逆に、その理解を助けるためには、事故の確率とその影響の程度を最少限に抑制する仕組みが開発プロジェクトにプログラム化されていることが必要であり、そのようなプログラムもまた、常に進化すべきものである。プロジェクトを構成する個々の分散的サブプロジェクトが、それぞれに自律化し、かつその自律分散化の過程を通して、全体として進化するよう管理運営される必要がある。
このことは、自律分散型プロジェクトの管理システムを新たに開発する必要性を提起するもので、事故の原因の自発的除去と、事故影響を予知し最少化するリスク管理システムの開発と併せて、新たな研究開発テーマとして取り組んでいくべきことを提言する。
なおその際、社会科学的手法(社会心理学的装置)による安全管理技術に関する研究も併せて取り組まれるべきである。
- (7)安全を軸として発展する世紀を目指して
- 最後に、今回の事故は、成熟しつつある我が国の原子力利用についてのみならず、科学技術の発展に支えられて享受してきた繁栄が、いかに危うい点を含んであるかについての一つの強い警鐘であると受け止め、「安全」の価値の高さに関する合意を国民的規模で図っていく必要がある。
今回の事故は、国際社会にも強い衝撃を与えたのみならず、日本という国に対する見方において、日本が原子力利用を含め高度な安全の国であるとの見方が崩れかねないほどの、大きな影響を与えた。
今我々は、原子力の開発・推進に当たり、安全に関して先導的な役割を果たすことが、国際社会に対する我が国の責務であるとの認識を持つとともに、安全社会システムの構築を目指して、社会のあらゆる面を俯瞰して隅々まで安全に十分な配慮を払う努力をすることにより、安全の国日本を回復し、21世紀において、安全を軸として発展する道を目指して歩まなければならない。
- 5.将来への展望とその確保
- 当委員会が、この事故調査を通じて指摘したことは、我が国初の臨界事故を契機とした安全改善措置であり、原子力安全に係る全てを網羅したものではないが、関係者がこれに真摯に対応し、当面する問題を乗り越えたところに、我が国の原子力の将来の展望が開けてくるものである。
従って、関係者において、今回の提言が、着実に実施されることを期待するとともに、その成果として再構築される安全確保のシステムについて、適当な期間の後に原子力安全委員会の下で、適切な評価が行われることを強く望むものである。