Y.事故の背景についての考察

1.企業・産業のあり方

今回の事故について、企業及び産業という視点から検討すべき課題は多岐にわたるが、ここでは原子力産業について概観した上で、重要と考えられる以下の4点を検討課題として取り上げ、整理する。

(1)原子力産業概観
 最初に原子力産業の全体を鳥瞰して、JCOが営む核燃料再転換事業について説明する。図Y−1は日本の原子力産業全体を鳥瞰する図である。原子力産業は、
(A)@原子力発電の原料としてのウランの精鉱→A転換→B濃縮→C再転換→D成型加工(AからDを「加工部門」という)→E発電→F再処理→G廃棄物貯蔵・管理の全工程を含んだ「核燃料サイクル部門」
(B)それらの部門の施設、機器、装置、容器、材料等の「製造部門」
(C)施設、機器、装置等の「設計・建設部門」
(D)輸送サービス、メンテナンス・サービス等の「サービス部門」
 を含む幅広い産業である。
 近年、一部の国を除くと、原子力発電所の新規建設が見送られる傾向にあるため、核燃料の加工部門、発電施設等の製造部門、その他の関連部門における新規需要は停滞している。このため、これらの部門では国際競争が激化しているのが実情である。
 今回、臨界事故を発生させたJCOは、「核燃料サイクル部門」のうちのC再転換事業を営む企業である。同社は住友金属鉱山株式会社の子会社である。JCOは東海事業所内において(a)主に9電力会社及び日本原子力発電の軽水炉用燃料を「第1、第2加工施設」(生産能力715トン/年)において再転換し、(b)核燃料サイクル開発機構の高速炉の実験炉「常陽」等研究炉用の燃料を「転換試験棟」(生産能力3トン/年)において再転換してきた。軽水炉用燃料の需要は、国際競争の影響を受けて近年低下傾向にあるが、年々一定の需要がある。他方、「常陽」用燃料の需要は非定常的で小規模、特殊な研究目的の需要である。今回の事故はこの「常陽」用燃料の再転換の作業中に「転換試験棟」において発生した。

(2)国際競争下での経営効率化と事故の関係
  @JCOの置かれた状況
 ここでの検討課題は、@90年代に入ってからの原子力発電の前工程部門における国際競争の進展、及びA90年代半ば以降の電力産業への中長期的なコスト低減要請、という2点がJCOの経営合理化を押し進め、今回の事故の背景(遠因)となった可能性があるかどうかである。
 軽水炉用燃料の再転換(六フッ化ウランから二酸化ウランを製造)については、国際的には低コストで再転換工程を行えるドライ法が主流である。JCOでもドライ法への設備変更の準備を進めていたが、事故時点では相対的にコスト高となるウエット法で操業していた。その結果、技術的なコスト高構造を抱えて、国際競争にさらされていた。
 JCOの経営状態をみると、売上高は平成3年には32億5千万円であったが、平成10年には17億2千万円余りであり、生産量は552tから365tへ減少している。同時期に、社員数は162名(うち大卒技術者34名)から110名(うち大卒技術者20名)に減少しており、特に直接部門の技術者等に対して大幅な人員削減が行われている。このように、国際的な価格競争により再転換した粉末ウランの売値が低下し、業績が悪化、厳しい人員削減といった経営効率化が行われていた様子がうかがえる。
 他方、今回の事故に関わる「常陽」用燃料製造事業についてみると、JCOの事業全体からみると売上高ベースで約2%(98年度)ではあるが、軽水炉用燃料と異なり価格は低下しておらず、生産量、作業員数も全体的に見れば減少していない。

  A特殊少量生産に関する品質管理・安全管理問題
 第V章でも指摘したように、特殊少量生産については、特段の注意が必要である。
 品質管理の原理は「工程で品質を作り込むこと」であり、良い成果は良い工程の結果として生みだされる。そのために工程を適切に標準化し安定させることが品質管理の第一である。
 この観点からJCOの事業をみると、その大部分を占める軽水炉用燃料製造事業の工程については、発注者の品質管理要求事項に基づく品質管理が行われ、発注者によって行われる定期的な品質監査においても問題はなかった。
 他方、特殊少量の製品の生産である「常陽」用燃料の再転換工程においても、軽水炉用燃料の場合と同じく発注者の品質管理要求に基づく品質管理は行われていた。ただし特殊少量生産の場合、定常的に流れる量産製品の生産に比較して工程が不安定であることが多く、作業者の経験が少ない場合はなおさらこうした傾向は顕著である。このような場合に品質・安全を確保できるかどうかは製造管理者の管理能力によるところが大きく、管理者は特に注意を払うべきである。
 今回の「常陽」用燃料製造は、正にこの場合に該当するものであったが、JCOにおいては、作業は現場任せになっており、これに対する品質管理・安全管理の体制が不十分であった点が大きな問題である。
 今後、特殊少量製品の生産に関しては特に慎重な品質管理・安全管理が求められる。

  B倫理問題の背景
 いずれにせよ、国際競争下での経営合理化と今回の事故の厳密な意味における因果関係を明らかにすることは困難である。
 しかしながら、経営難に起因する厳しい人員削減等の経営効率化を契機として、社員の士気・倫理、さらには企業としての社会的責任感・倫理が低下したことが今回の事故の「背景」にあったことは推論するに難くない。また、特に、保安規定違反の手順書の作成、手順書に違反する作業工程の考案・実施という一連の行為のなかで、自己制御のメカニズムが作動しなかった背景には、国際競争の激化のなかで企業の安全管理意識が鈍化したという事情があったのではないかと思われる。
 さらにこうした状況から、職場の雰囲気も原子力産業創生期の活気あふれる状況から大きく変化し、産業としての魅力が薄れていった可能性がある。
 もちろん、だからといって国際競争を阻害したり、電力産業の規制緩和を押しとどめるということが問題の解決策となるわけではない。@原子力産業における効率性と安全性、A事業者及び技術者の社会的責任と倫理、といった問題について検討する必要がある。

(3)原子力産業における効率性と安全性
  @企業の効率化と安全性
 いかなる産業の企業(特にここでは私企業)も市場において成長・発展し、投資家、経営者、従業員、消費者の利益を確保するために、効率化を追求する。企業の効率化とは、投入資源の適切な選択、最新の技術に基づく投入財の適切な組合せによる生産、各工程における作業能率の向上、顧客の注文・ニーズに合った品質の確保・納期の厳守、生産された財・サービスの適切な販売方法の選択、適切な配送方法の選択等の一連の行為をいう。このため現在の企業は効率化のための多様なシステム(研究開発、情報システム等)を構築している。
 しかし、現在の企業は効率性の追求のために安全性や環境保全を軽視した行動はとり得ない。別の言い方をすれば、企業の経営は安全性確保と環境保全を前提となる制約条件として効率性追求のための最適化行動を目指すともいえよう。しかし、安全性確保と環境保全は、効率性追求上の単なる制約条件であるというよりは、むしろ安全性確保・環境保全のためのシステム(規制、内部規定、安全委員会、教育、訓練等)が企業内に構築・維持され、それと効率化システムがいわば車の両輪として位置付けられるべきである。このように現代企業は効率性と安全性確保・環境保全を両立させるべき大きな課題を負っている。
 原子力産業のようにいったん臨界事故といった大きな事故が発生すると、従業員のみならず地域住民への影響(「地域的外部性」という)や、被ばく者への長い時間・次の世代への影響(「時間的外部性」という)が大きくなる可能性がある産業においては、安全性の確保は最重視されるべきである。したがって、原子力産業における企業は効率化と安全性の両立を強く要請される。このような観点から今回事故が発生した背景をJCOの企業行動に即して更に内在的に検討し、事故再発防止策について考察する。

  A効率化行動とモラル・ハザード
 JCOにおける「常陽」用燃料の製造については、第4次キャンペーン(1986年10月〜1988年2月)までは溶解塔を用いた作業が行われていたが(なお第5次キャンペーンでは硝酸ウラニル溶液は生産されなかった)、第6次キャンペーンにおいては溶解塔を使わずにSUSバケツ(ステンレス製10?容器)が使われた。この行動は規制当局への申請書にはない作業であって、その作業についての新たな申請がなかったので、たとえ安全性は確保できたとしても、それはモラル・ハザードにあたる。
 モラル・ハザードは、この用語が使われた当初は保険契約における契約条項に違反する行為を意味したが、現在では広い意味で使われ、企業(経営者、技術者、従業員)、消費者、政府等の経済主体が遵守すべき規範(法令、内規等)に違反する行為、経済主体に期待された義務(例えば経営者、従業員の持つ能力の十分な発揮など)に対する怠慢行為等を含む。ハザードはモラル・ハザードばかりでなく、物理的・自然的現象も含み、事故の原因となる行為をいう。

 JCOは第7次キャンペーンにおいても1バッチのU3O8粉末をSUSバケツで溶解し、それを貯塔に入れて各バッチの硝酸ウラニル溶液の濃度を均一化した。さらに第9次キャンペーンではSUSバケツで溶解した溶液を沈殿槽に入れ、しかも1回あたり2.4kgUの溶液を入れる規定に違反して、16.6kgUを沈殿槽に入れたため、臨界事故を起こした。
 このようにモラル・ハザードをエスカレートさせたことが今回の事故の直接原因である。この事故の最初の契機は作業能率の向上という効率化追求行動であったが、それをエスカレートさせた結果が事故の直接原因となった。その意味では今回の事故は効率性の追求が安全性を犠牲にした結果であるといえよう。
 企業はリスクの形態、リスク発生の確率、リスク発生の複雑性の程度等を事前に評価(リスク・アセスメント)することや、リスクの予防や発生したリスクを管理すること(リスク・マネージメント)も重要である。しかし、何がハザードとなるかを詳細に検討することが不可欠である。特にモラル・ハザードは特定化の困難なものが多い。今回の事故を契機にリスク・アセスメント、リスク・マネージメントと同時にこのモラル・ハザードの形態、影響を分析する科学の発展が望まれる。

  B「非市場性財」の取引
 JCOは、なぜモラル・ハザードをエスカレートさせていったのであろうか。すでに(2)及び(3)において国際競争下での経営効率化や特殊少量生産における品質・安全管理の困難さが一定の役割を果たしたことは指摘したが、もっと内在的な原因があるのではないだろうか。
 「常陽」用燃料は、高速増殖炉開発のための「常陽」という実験炉用の燃料であって、その需要は非定常的・特殊・少量であった。
 このように特殊・少量であって市場での取引が前提とされない財を「非市場性財」と呼ぶことにしよう。この非市場性財を生産するJCOは、この非定常的な需要のためにも一定の従業員を確保し、需要時に円滑に生産するために常に生産設備を整備し、従業員を教育・訓練しておく必要があった。しかも、核燃料サイクル開発機構は「常陽」の実験・運転状況に合わせて発注の量・形態を変更してきた。また、納期を厳守する必要性に迫られていた。私企業としてのJCOはこれらのコストを回収し、利益を確保しようとしたであろう。このような状況が安全性よりは効率性を重視させた結果となって現れたと思われる。
 発注時には発注側及び受注側の契約担当者だけでなく核燃料取扱主任者等の技術関係者が参加して、安全な操業が可能か否かを検討し、さらに安全な操業が維持されているかについて発注者においても一定の注意を払っていくことが望まれる。

  C安全性の確保
 安全確保に万全を期すためには、関係する組織・体制の整備と企業風土としての安全文化の醸成が必要とされる。
 事業者自らが行う自主保安活動の実効性を高めるよう組織・体制を整備するとともに、これを補完するものとしての国の安全規制の実効性を高めるべきである。また、安全確保活動が機能する上で、企業風土としての安全文化が重要な役割を担っている。安全文化の醸成には、経営者が率先して取り組み、従業員全体に自覚を促すとともに、安全性向上に向けた不断の活動が保障される基盤整備が必要となる。それ無しに、仮に国の規制だけを強化してみても、事業者の受動的な姿勢を固定化するだけとなっては、実効は挙がらないであろう。
 安全性の確保には、事業者と規制当局との間の適度な緊張関係の形成と両者の間で緊密なコミュニケーションを確保することが不可欠である。
 原子力産業界は、自らが持つべき使命感や自己向上意欲を堅持し、常に最新の安全確保技術の把握と自らのレベルアップに努めるとともに、安全確保にかかわる判断力を的確に発揮していくことが求められる。このためにも、総合力を発揮できるよう原子力産業界は体制整備に努めるとともに、積極的に技術革新に取り組み、国際競争力を維持することが求められる。我が国の原子力産業界が、魅力ある産業としての自立と発展を遂げる上で、我が国が進めている核燃料サイクル技術の産業としての確立は必要であり、これは国際社会への貢献としても極めて大きなものがあるが、これを実現するためにも、上述の如く、安全確保が何よりも優先されるべきである。

(4)原子力産業における事業者・技術者の社会的責任・倫理
  @原子力事業者の社会的責任・倫理

  (原子力利用と安全確保の責任)

 我が国におけるエネルギーの安定供給を図るというエネルギー政策の観点からみた場合、原子力利用の推進は極めて重要な政策である。こうした原子力利用の推進は、原子力基本法第2条に定められているとおり、「安全の確保を旨として」行われるべきことはいうまでもない。
 この安全確保に関する責任は、第一義的には事業者にある。国は、事業者による安全確保を規制等を通じて補完する。こうした責任のあり方を変更し、例えば規制強化のみによって安全確保を図ることは有効ではない。この基本的な責任分担を念頭において、それぞれが果たすべき責任を明確化することが重要である。

  (事業者の責任)
 事業推進に伴う安全性の確保の第一義的な責任が事業者にあることは、国際社会における共通認識である。また、本来国民一般に禁止されている事業について、特に許可を受けて事業を行う以上、事業者に期待される責任は大きいといわざるを得ない。ここにいう「責任」とは、法的な責任のみならず、社会全体に大きな影響を有するエネルギー政策を担う者として求められる社会的責任を含む。
 いやしくも原子力事業に携わる事業者は、安全確保を第一として事業を展開すべきであるとの哲学を持ち、その考えが全従業員に浸透するようにあらゆる機会を捉えて自覚を促す努力を続ける責任がある。
 一般的には、事業者は規制当局から要求されている安全水準(あるいはルール)を守ることは当然として、これを更に実行可能な限り高めたより厳しい安全目標を事業者において自主的に具体化して、自主保安活動を能動的に展開するよう企業組織を運営すべきである。  このようなより厳しい安全目標に対応できる高度な安全管理意識が企業全体に浸透するよう従業員を教育・訓練していくシステムや、危機管理に関する行動指針の制定等を通じたマネージメント体制の確立が求められる。さらに、企業が組織として確実に責任を履行していくために、適切なコーポレート・ガバナンス(企業統治)を確立しておくことが求められる。この観点からは、十分な情報公開等を通じた透明性の高い企業経営等も重要である。
 もちろん、以上のような取組を真摯に行っている事業者も多い。しかしながら、実際には、事業者の社会的責任・倫理の欠如を感じざるを得ない不祥事がここ数年多く発生している。1995年には、高速増殖炉「もんじゅ」のナトリウム漏えい事故の際の虚偽報告等が厳しい批判を受けた。1997年には、発生した再処理施設アスファルト固化処理施設の火災・爆発事故の際の虚偽報告や不適切な対応について厳しい批判がなされた。さらに沸騰水型原子力発電所の配管溶接工事に関する熱処理温度記録用紙の改ざん(1997年)、使用済燃料等輸送容器の中性子遮へい材の成分分析データのねつ造・改ざん(1997年)等、こうした事例は少なくない。
 我々は、事業者の社会的責任・倫理を今一度確認する必要がある。「緊急提言・中間報告」で求めた「原子力関係事業者における安全確保の徹底等」の重要性を再度強調したい。

  (住友金属鉱山株式会社の原子力事業への取り組み姿勢)
 原子力産業は、安全確保に関する責任を十全に果たしながら推進するためには、高い技術力及び安定した資本力が必要な分野である。したがって、原子力関係事業に携わる企業の取り組み姿勢は安全確保上重要な問題となる。今回事故を起こしたJCOの親会社である住友金属鉱山株式会社についてはどうであっただろうか。
 JCOの前身である日本核燃料コンバージョン株式会社は住友金属鉱山株式会社の100%子会社として発足し、事業に参入した。
 企業が事業の展開に際して、当該事業を子会社に担わせることはしばしばあるが、それは@当該事業が成功するか否かのリスク(事業リスクという)を見極めようとする要因、A当該事業が事故・災害等のリスクを伴う場合に、そのリスクの負担を親会社に及ぼさないようにする要因(リスク回避)、という企業行動のためである。
 どちらの要因を重視するかは事業ごとに異なる。しかし、原子力産業のようにリスクの大きな産業ではリスク回避行動は厳に慎むことが望まれよう。
 さらに、親会社としての住友金属鉱山株式会社は、子会社であるJCOの経営や安全管理を監督・指導する社会的責務があったと思われるが、この責任が十分果たされていたかどうかについても慎重な反省が必要であろう。

  A原子力産業全体の倫理向上
 原子力事業者が高い倫理を保持し、その社会的責任を適切に果たしていくためには、原子力産業全体としての倫理向上が重要である。そのためには、原子力関連の産業が、産業としての活気にあふれ魅力に富む存在である必要があろう。
 こうした観点からも積極的な技術革新等が重要であり、原子力産業として大学・大学院との研究者・技術者の相互交流の促進や技術的な先導分野での共同研究の実施といった取組を行うことが重要であろう。
 さらに、原子力及び原子力産業に関する一般の理解を促進するよう、学校教育や社会人向け教育等を通じた努力を行うことも有益である。

  B技術者の倫理
 今回の事故については、意図的に法令に違反した手順書の作成や、国の許認可を受けた設備及び方法とは全く異なる作業の実施といった事実が明らかになっている。こうした行為による事故を防ぐためには、最終的な拠り所となるという意味で技術者各人の自覚、倫理の確立が重要である。
 いうまでもなく、我々は多くの面で技術に支えられており、その恩恵は計り知れない。しかしながら、他方、こうした技術の利用が適切でない場合には、その悪弊もまた甚大なものとなる可能性が常に存在する。特に原子力関連の技術においては、こうした性格が顕著である。
 いわば「諸刃の剣」ともいうべき技術を担う技術者には、一般人の道徳の規範となる倫理とは別の、専門職としての高い倫理が求められる。今一度、技術者は自らの担う社会的責任を自覚し、その矜持を正す必要がある。
 なお、米国プロフェッショナル・エンジニア協会の倫理規定は、公衆の安全、健康、及び福利を最優先するという視点に立って、違反に応じた懲罰が規定されており、実効的なものである。日本技術士会の倫理規定も本質的には同じ内容を規定している。
我が国でも、原子力分野において倫理規定を有効に機能させる方策を検討することが望まれる。
 また、高専、大学等の教育の場においても、科学技術に携わる者の専門職としての倫理教育を充実させることが検討されるべきである。
 原子力分野では、現に多くの技術者が従事しており、技術者に専門職としての倫理教育を行うことが急務である。関係者による早急な実施を求める。

(5)原子力産業全体の安全管理のあり方

 従来の原子力産業における安全確保のための施策(公的規制及び企業間・企業内の情報交換・教育訓練)が、大量の放射性物質を内蔵し潜在的リスクが高いことから注目されてきた原子力発電所・再処理施設に集中して、他の核燃料サイクル事業には製造設備などのハード面の規制は厳しいものの、安全に関する情報交換及び教育訓練に関する公的規制・関与は弱かったのが今回の事故の大きな反省点である。
 原子力エネルギーを生み出す核燃料サイクル・システムは、我が国のエネルギー安全保障の観点から国内において十分に機能することが求められるが、そのために同時に、システム全体として整合性を持って安全性が確保されていることを確認することが極めて重要である。
 サイクルのどの部分で安全性の破綻があっても、原子力エネルギーへの理解は得られなくなる。この意味で、核燃料サイクルを担っている企業全体が、一つの運命共同体に属している。この観点から、下請け等の系列企業や外部労働者が広範に利用されているメンテナンス部門等について、利用している事業者側において、責任ある管理のあり方について検討する必要があろう。
 また、我が国の電力産業においては、第一次石油危機以降にエネルギー安全保障の観点から、火力、水力及び原子力の電源構成をバランスさせることを官民一体となって推進してきた結果、原子力は3分の1程度の割合を占めるようになり、さらに、今後、地球温暖化対策において担う役割の重要性や、火力電源に比べ長期的な発電コストの安定が期待されることなどから、原子力発電の重要性が指摘されている。
 しかし、原子力産業における安全性が確保されない限り、この認識は崩れさることになる。原子力産業全体においては、新たに襟を正し安全性の確保に取り組むよう要請したい。 先般設立されたニュークリアセイフティー・ネットワークの運用に当たっては、国との適切な連携を含めて、積極的な相互啓発等を通じてシステム全体で実質的にバランスの取れた安全対策となるよう強く要望する。また、参加企業がさらに拡大していくことを期待する。

 

2.社会と安全

(1)社会と安全をめぐる基本問題

 科学技術の飛躍的な発展に支えられた20世紀の高度産業社会の形成は、その一面として、@人類社会が保全すべき自然資源に大きな負の波及効果を及ぼし得ること(地球環境問題の例)、A克服すべき安全問題を内包する多くの新技術の開発によって支えられていること(原子力技術や遺伝子技術の例)、B保存・保全すべき新たな産業文明的資源の蓄積が増大し、災害時の被害規模が著しく増大してきたこと(大都市災害の例)、という現実を社会に突きつけることになった。
 こうして「安全」という価値は、いまや人間の種々の価値の一つという一般的な位置づけを超えて、20世紀を代表する「開発・発展」という価値に並置・対置されるような文明史的意義を担うものになりつつある。「安全」を来る21世紀に固有の価値の一つとして位置づけ、その認識と合意を国民的規模で浸透させるとともに、社会の責任として「安全」という価値に対する適正なコストを負担していく必要がある。
 とりわけ先進国においては、高度産業化の成熟に伴って、「開発・発展」よりも「生活・福祉・環境」を優先させる価値観が台頭してきており、今後は「安全」価値が「開発」価値に比べて優位ないし等価とされるという価値意識が主流になるであろうことにも留意すべきである。開発コストには積極的であるが、安全コストには消極的であるといった風潮は、克服されなければならない。
 今回の事故は、今日の日本人と日本社会が科学技術の発展に支えられて享受してきた繁栄が、いかに危うい点を含んでいるかについての一つの強い警鐘であると受けとめることができる。
 単純な手順違反という人的因子がいかに大きな影響を及ぼしうるかを目の当たりにし、科学技術の発展が支えてきた安全がある種の限界性を示す中で、結局は人間の行為にまで遡って対応することが、問題を乗り越える最も重要な道であると考えざるを得ない。
原子力の安全問題は、安全問題一般の中でも特に象徴的な意味をもっており、今回の事故は、文明史的な「安全」価値一般の我が国社会への浸透を図る一つの好機と捉えることもできる。チェルノブイリ事故の直後に国際原子力機関(IAEA)の安全諮問グループ(INSAG)が導入した原子力をめぐる「安全文化」の概念は、端的に「安全最優先」をうたっている。原子力に携わる者は、これが最重要の原則であることを改めて確認する必要がある。

(2)安全社会システムの構築を目指して

  @安全文化の浸透と定着

 原子力をめぐる「安全文化」とは、「原子力の安全問題に、その重要性にふさわしい注意が必ず最優先で払われるようにするために、組織と個人が備えるべき一連の気風や気質」とされている。我が国においては、今回の臨界事故を契機としてこの安全確保を支える根本理念を浸透・定着させることが一層強く求められており、こうした理念をもとに「安全社会システム」の構築を目指さなければならない。

  A安全社会システムの核となる4つの要素
 「安全」価値一般を我が国社会に浸透させ、安全社会システムの実現を図っていく上で、まず安全問題の全体像を捉える必要がある。それは、安全最優先の理念の下に4つの要素から成り立っていると把握することができる。すなわち、@事故や危害に対する「危機認識」、A「事前の安全確保対応」、B「事後の安全確保対応」、C「安全確保支援」である。これらの4つの要素は、「的確性の保証」と「実現可能性の保証」という2つの課題を有している。

  (危機認識)
 ここで重要なことは、危機認識とは自分あるいは他者の行う行動や事象に対して「おそれ」を持つことではなく、自分あるいは他者がかかわっている目的の事象の意味を正しく理解し、その行動のもたらす結果を予測し、その事象の背後の「潜在的危険性」すなわちハザードを認識することである。具体的には、事故や障害等の発生確率と被害規模についての事前の認識とその認識を意識として維持することである。この被害規模の認識は、直接被害にとどまらず2次被害をも考慮する必要があることに加えて、加害者側のみならず被害を蒙る側に立つ視点が欠かせない。危機認識が的確なものでなければ、間接的なものも含めた的確な事前・事後の安全確保対応や安全確保支援の形成はあり得ない。このため、危害及びハザードの認識は、安全問題の原点となるものである。

  (事前の安全確保対応)
 「事前の安全確保対応」とは、事前に認知された事故等を未然に防止するために予め策定された機器設計、法規、制度、手順をはじめとして、慣行、倫理、命令を含む対応全体のことである。
 この事前の安全確保対応には、「ハード型の安全確保対応」と「ソフト型の安全確保対応」がある。「ハード型の安全確保対応」とは、安全工学的設計という形で形成されるものであり、フェール・セーフの設計等、事前の安全確保対応をハード化(機器化や装置化)しようという努力である。このような努力は、現下の安全確保体系において相当程度の整備がなされてきている。しかしながら、全ての安全確保対応をハード化することは不可能であり、ハード型の安全確保対応の実現にすら、安全設計に基づく施工、管理・監督の手続きといった人間の行為(ソフト型の安全確保対応)が不可欠である。

  (事後の安全確保対応)
 「事後の安全確保対応」とは、発生した事故等に対処するために予め策定された機器設計、法規、制度、手順をはじめとして、慣行、倫理、命令を含む対応全体のことである。  この事後の安全確保対応にも事前の安全確保対応と同様、「ハード型の安全確保対応」と「ソフト型の安全確保対応」があり、やはり、全ての安全確保対応をハード化することは不可能である。

  (安全確保支援)
 「安全確保支援」とは、事前・事後の安全確保対応の実現を保証するために前もって策定された支援方策のことである。事前・事後の安全確保対応は、その実現を保証するための安全確保支援を必要としており、監督、教育・研修、検査、情報公開、内部通報等の諸制度が例として挙げられる。
 以上のような安全社会システムの枠組みを前提にすると、今回のJCO臨界事故は、次のような特徴を持っていると総括することができる。

  (a)一定の危機認識に基づいて、原子炉等規制法に基づく加工施設への事業許可や変更許可に際しての科学技術庁(行政庁)及び原子力安全委員会によるダブルチェック等により、事前のハード型安全確保対応が図られていた。しかしながら、今回の事故の直接原因に見られるようにJCO側において、組織の各自がそれぞれの役割を安全性とのかかわりで具体的に意識し行動しなかったことの反省から、危機意識が風化していたと言わざるを得ず、国側もそれを検出・是正するには至らなかった。

  (b)今回は、「国の認可を受けた作業手順」の実現を保証する社内体制は存在せず、安全を無視した作業手順の変更が加えられ、国の検査等の安全確保支援も十分機能していなかった。さらに、希薄であるともいえる危機認識のために、予め策定されていた事後の安全確保対応が臨界事故を想定していたとは言えず、その結果、事故直後の対応策や情報ネットワークの形成などの事故後の対応の遅れに結びついた。

  (c)今回の臨界事故の、とりわけJCOにおける「作業手順無視」と「臨界制限量無視」といった事前の安全確保対応の原則を無視した組織的行動、それと連動した作業員の研修・訓練の不在、事後の安全確保対応の不備、情報公開や内部通報などの事前・事後に関わる安全確保支援の不足、等々は、JCOにおける危機認識の風化に起因するものが少なくない。こうした安全確保対応と安全確保支援の欠陥の下で、国際的な価格競争等の経済的圧力がJCO社内に浸透していったものと考えられる。

 したがって、今回のJCO臨界事故から得られる教訓として、@的確な危機認識の形成とその維持の重要性、A的確な事前・事後の安全確保対応の策定、B安全確保対応のハード化(フェール・セーフ)の徹底、Cハード化が困難な部分について、ソフト型の安全確保対応の実現を保障するための安全確保支援(人文社会科学的な技術・技能という発想)の導入とその開発、D危機認識の形成と維持にはじまり、安全確保対応及び安全確保支援の策定・実現、並びにこれに要するコストの負担に至るまで、安全社会システムの総合設計の重要性、の5つが認識された。
 技術開発の初期には、多くの事故が安全工学的な開発・改良に貢献した。しかしながら、飽和した技術領域では、安全工学的設計の開発・改良自体が技術的・コスト的に頭打ちとなり、それに応じて安全工学的設計の範囲を超えた事故が目立つようになり、事故の教訓が必ずしも安全工学的設計の開発・改良に結びつかないものとなってきている。
 今回の事故は、ハード型の安全確保対応の開発・改良が飽和するにつれて、ソフト型の安全確保対応や安全確保支援の形成と実現が重要な課題になってきたということを示したものと言うことができる。
 また、当初は的確な安全確保のために計画されたものでも、その、しばしば良かれとして加えられる部分的な変更が、全体システムに重大な、場合によっては致命的なマイナスの波及効果を及ぼすことが多い。部分的変更は全体的最適化を損ないうるというシステム論的な認識が不可欠であり、常に全体的把握に基づく十分注意深い対応が必要である。
 安全社会システムの核となる、安全文化の確立と4つの要素については、全てが政府によって担われるのではなく、むしろ事業者や自治体や地域住民や第三者機関を含めて責任を分担していくシステムづくりが望ましい。しかも安全価値や危機管理に関する情報は、分野を越えて共有され、次世代に伝承される必要がある。また、それぞれの領域やレベルでの「自己責任」という発想が必要である。さらに、上記の4つの要素の実現は、最終的には、安全確保のための個人の知識や技能、動機づけやメンタリティに結びつくものでなければならず、政府の過剰な介入が、安全確保のための個人の知識や技能や動機づけやメンタリティの改善・強化に逆行しうることにも注意すべきである。

  B危機認識
 今回のJCOの事故についても、危機認識の欠如が底流にあったと言える。危機の程度の尺度としてはリスクの概念が用いられている。一般的に、リスク(危険の可能性)は個人や集団が危害を受ける確率と、その危害から生じる影響度の積として定義されている。安全対策は、表面に現れないリスクの潜在を十分に認識し、洗い出し、その上で必要な予防対策、すなわち、ここでいう各安全確保対応・支援を講ずることである。

  (a)安全管理のキーパーソンの配置
 原子力の分野においては、経営トップの明確な危機認識の下に、日常の安全管理とリスク教育を効果的に行うための、職場環境を熟知した安全管理のキーパーソン、すなわち危機認識のプロでもあるリスク・マネージャーを配置することが重要である。今後、国をはじめとする関係行政機関や事業者においては、リスク・マネージャーに必要とされる能力、養成方法、権限、配置についての検討を進めることが求められる。なお、適正なリスク管理には専門的知識が必要であるとともに、生産効率の圧力から独立した権限が付与されるべきである。
 今回のJCO事故からも分かるように、核燃料加工技術のようにある程度技術上の工夫が飽和点に達した作業においては、単なるマニュアル踏襲行為であればあるほどリスク防除に責任を持つ人間の存在が必要である。

  (b)リスクの心理的な常在
 リスクに対する危機意識は、恒常的に維持されなければならない。ある確率のリスクをその確率のものとして扱っている限り、そのリスクの万全な予防はできない。
もちろんリスクの認識「危機認識」は特定の者にだけ委ねられるものではなく、関係するすべての者がリスクを認識し、適切な緊張感を持続させることが重要となる。関係者の心理に常に適切なリスク感が存在し得る(心理的な常在)工夫を施し、その効果を維持・向上させる努力の継続が求められる。

  C事前の安全確保対応
 的確な危機認識に基づく的確な事前の安全確保対応は、安全社会システムにおいて中核をなすものであり、予め認知された事故はもとより、誤操作、機器の誤動作等による事故を未然に防止するハード・ソフトの対策を施す必要がある。

  (a)フェールセーフ・多重防護の設計思想
 機器・装置の設計においては、事故の原因となる誤操作が生じないよう作業性等にも配慮した設計を行うとともに、仮に誤操作があったとしても安全が確保できるようハードの設計がなされる。このような安全工学的設計に、フェールセーフや多重防護などの思想をより一層浸透させる必要がある。

  (b)手順書・マニュアル
 事故を未然に防ぐためには、ハードの安全確保対応のみならず、安全設計に基づく、作業手順の定型化(マニュアル化)や施工、管理・監督の手続きの整備等が必要となる。
 その整備にあたっては、当該施設、装置の担当者のみならず、安全管理の責任者、許認可申請に携わった者等も参加し、許認可条件との整合性、安全確保の観点から検討を加えることが重要である。
 なお、機器や装置を形作ることのみが設計ではなく、マニュアルの作成も設計行為の一つであり、その設計通りに物事を進行させることを要求するものであることを再度認識すべきである。

  (c)運転管理の充実
 各機器・装置に対する許認可条件をそれぞれ現場に表示し、運転員に絶えず注意を喚起することも重要である。また、安全管理上重要な物質、部品等の受け渡しにおいては、伝票の授受を義務づけることも考えられる。

  D事後の安全確保対応
 事後の安全確保対応としては、事故を早期に発見し、それを速やかに終息させるとともに、放射性物質の環境への放出及び放射線による周辺住民への影響を抑制することや、影響が及んだ場合の医療対応等が挙げられる。また、これらを実効あるものとするための重要な要素として情報伝達がある。

  (a)事故検知システムの充実
 事後の安全確保対応は事故を認識した時点から始まる。対応を実効あるものにするためには、的確かつ迅速に事故を検知することが重要である。この検知機能の機器化・装置化および検知情報の伝達等を含めた検知システムの整備にあたっては、検知すべき情報、機関、伝達方法等について多面的な検討がなされるべきである。

  (b)事故時対応マニュアルの整備
 事業者においては、予め認知される様々な事故に対応できる事故時対応マニュアルの策定はもとより、実際の事故時には迅速かつ的確な対応が求められることから、訓練等を通じてマニュアルを体得し、実効性の維持に努めるべきである。

  (c)防災計画の充実
 国及び地方自治体には、周辺住民へ事故の著しい影響が及ぶことも想定し、住民等の避難を含めた防災計画が策定されているが、特に、国、地方自治体、事業者等が有機的に連携しつつ対応できるよう、各々の役割を明確にするとともに、連絡体制を充実させることが望まれる。また、このような防災計画を実効あるものとするためには、関係者が防災訓練等を効果的に行うことが必要である。

  E安全確保支援
 事前・事後の安全確保対応の実行を保証するために必要な支援措置は、ハードの安全工学的設計を安全社会システムの一方の極とすれば、その他方の極であり、社会との関わりが最も深い部分である。これには次のようなものが含まれるが、事業者の内部において直接、安全確保対応の実行を保証するものと、事業者を含む社会全体として安全確保を保証するものがある。

  (a)徹底した研修・訓練
 今回の事故の原因は様々な要因が重なっているとはいえ、その直接原因が人為的なものであることを踏まえると、最も重視すべきは、原子力事業に関わる者に対する徹底した研修・訓練の実施である。
 この研修・訓練は、経営者、管理者、現場の責任者、現場の作業従事者等、すべての関係者に対して実施されるべきものであり、事業者そして国に対し、安全の観点から、この研修・訓練の実施に最大限の努力を行うことを強く求める。
 まず、各事業所では、核燃料取扱主任者や原子炉主任技術者等が現場の責任者の役割を果たしているが、安全確保の面から、これらの主任者に対する定期的な研修の機会の充実、さらには国が行っている各主任者試験の充実が必要である。
 また、現場の作業従事者の意欲を高め、安全を含めた知識への関心を惹起させるため、知識検定制度の実施は有効と考える。たとえば、段階的な検定システムの導入は、それが処遇と結びつけば、向上心を高め知識獲得が促進される等、作業従事者の資質向上に大いに寄与するものである。このような検定システムが、事業者や産業レベルでの共通の努力として計画・実施されることが望まれる。

  (b)社会心理学的装置の導入
 各種の安全確保対応や支援の健全な作用をより確実にするためには、その担い手である人間の心理面に着目した工夫が随所に凝らされるべきであろう。
 匿名性の排除(公的団体への従事者の登録制度、手順・作業申し送りの署名励行等)や作業環境の整備による責任感・自己知覚の向上など、心理学的に実証されている様々な効果をハード・ソフト両面から加える(社会心理学的装置)ことにより、人間が潜在的に有する責任感、向上心に適度な刺激を常に与えつづけることが望まれる。

  (c)内部及び外部評価システムの充実
 的確に計画された安全確保対応も、状況の変化によりその効果が変化し、また、危機認識の風化等により、その機能が失われるものである。その防止のため従来より、@自主点検や監査等の事業者自身の内部評価システム及びA定期点検や立入調査等の規制による外部評価システムを組合せてモニタ・チェックする評価システムがある。しかしながら、規制による外部評価機能だけでは、事業者側のモラル低下等を原因とした内部評価機能の低下を防ぐことは難しい。
 そのため、B内部評価の機能低下を抑止する内部通報制度やCNSネットの動きに代表される同業他事業者(あるいはその枠を更に広げ、住民や自治体の代表、地元有識者等までを含める)との相互評価など内部と外部を繋ぐシステムを導入するとともに、それらを組合せた全体機能の調整、維持、向上に常に努めることが望まれる。
 なお、硬直化した規則や過重な評価システムは、事業者の活き活きとした企業活動を押さえ込み、従事者の創意工夫や向上心、意欲といったものも失わせ、結局は手を抜くことしか頭に浮かばないような作業現場をつくり出してしまう。このような状態が、安全確保にとって、最も好ましくないものであることにも留意する必要がある。

  (d)情報公開・透明性の確保
 国民の生活と安全に大きな影響を及ぼす原子力分野において、関係企業はもとより、国・地方自治体を含め、原子力の開発、利用に携わる者にとって、情報の公開と透明性の確保は存立の条件といえる。情報の公開は、事業者・行政が相手方からの請求に応じて情報を開示するものと、事業者・行政が情報を加工し分かりやすい形で提供していくものとに分けられ、透明性の確保は両方が有効に機能して初めて達成される。的確な情報の提供のためには、日頃から安全やリスクに関わる情報を収集し、科学的に検討する組織や機関が必要で、安全に関わる学際的専門領域の確立が望まれる。
 提供すべき情報内容としては、原子力や放射線についての基礎知識、環境・健康影響、事業・規制等の活動内容があり、受け手に応じて分かりやすく正確であることが基本である。特に、環境情報・健康影響情報は、国民・住民がもっとも渇望するものであり、重視する必要がある。基本的に、一次情報の提供者である事業者、自治体、国及び国民を最も広くカバーしうる加工者・選別者・伝達者であるマスメディアの役割が最も大きい。
 また、時間が情報の価値を決定する。今回の事故にあっても、事故直後に事業者から提供された情報が、全体の動向を決定した。緊急時においての迅速な対応はもとより、日常においてもタイムリーであることが必須である。またその確実な実現のための体制が伴うべきことは当然である。
 また今回の事故では、多くの人は「JCOとは何か?」から始めざるを得なかった。緊急時の情報が意味あるものとなるためには、常日頃から、当事者が施設公開や情報公開を通じて住民との間で意思疎通することが重要である。住民から見られることは、原子力事業者としての自覚を高め、引いては安全確保の向上にも寄与する。近傍の住民においてさえ必ずしもJCOの事業内容が十分に知られていなかったことの問題は大きい。

  (e)国民への正確な知識の普及
 原子力や放射線に関する正確な知識の普及は、社会の安全を確保し、事故時に社会が適切な対応をする上で極めて重要である。今回の事故への対応あるいは反応を見る限り、国民一般はもとより、原子力の最先進地といわれる東海村はじめ茨城県の住民においても、放射線や放射能の知識が必ずしも十分であったとは言えない。住民は絶えず流動し、理解度は様々であり、絶えず基礎的知識を普及する必要がある。
 国民への基礎的知識の普及は、広範かつあらゆる機会に行う必要があるが、今回の事故を振り返れば、政府や自治体による従来からの取組みでは不十分である。特に、広い意味で安全に対する正確な理解を得ることを考える場合、政府等のこれまでの取組みの充実拡大はもとより、学校教育の場でのより積極的な取組みが望まれる。その際、原子力に係る知識の普及が、広く科学一般の教育や倫理観の醸成とともに行われることが重要である。
 さらに、地元で住民と接して活動する関係自治体の職員への教育や、冷静かつ正確な報道のため報道関係者一人ひとりが十分な基礎的知識を身につけることが必要である。
原子力災害の特徴として、放射線等による直接被害に加え、住民不安や風評被害などの二次被害を伴うことが挙げられる。二次被害は、時には、被害を蒙る側にとっては極めて深刻な実害となることもあり、これは放射線に関する過度の恐怖に由来すると考えられることから、放射線やその影響に関する正しい知識の普及は特に重要である。知識の普及により、正確な情報を正確な知識に基づき判断することが国民レベルで可能となり、不安の程度に応じて限りなく拡大しうる二次被害の軽減にもつながる。

  (f)住民・地域の参加
 事業者は、原子力事業者としての自覚を高め、常に安全確保に対する適切な緊張感を維持する観点から、施設公開や情報公開を通じた住民・地域との意思疎通に努める必要がある。また、住民・地域の安全確保への関わりとしては、地域の代表である地方自治体を通じた立入調査や相互評価などの評価システムへの参画などがある。このような取り組みを実効あるものにするためには、地域住民の安全を確保する地方自治の観点から、関連する諸制度の整備に努めることが挙げられる。
 これらを支える基盤として求められるのは、基本となる知識の共有とシステム運用にかかるコストの認識であるが、これらについては、地域差が生じることのないよう、国民全体でリスクを分担できるより良い仕組みづくりに取り組むべきであることは言うまでもない。

  F安全社会システムの総合設計
 原子力の安全確保の第一義的責任は事業者にあり、事業者の自覚的かつ最善の努力なしに、安全確保はあり得ない。事業者のこのような努力を前提に、国の安全規制は成り立っているが、国が事業者の活動にガイドラインを示し、かつ事業者の安全確保努力を厳格に監視し、確実なものとすることに国の安全規制の本質的な意味がある。
 また一方で国民の安心という観点がある。事業者の安全確保活動や国による規制、さらには自治体、第三者機関等の活動が適切に行われていることを国民が安心して信用できるような体制が必要である。その意味で今回の事故は大きな問題を投げかけた。国の危機管理のあり方、安全規制のあり方に疑問が呈され、現在事業者の自主的努力を促しつつ、国の規制の強化がなされようとしている。しかし、国民の安心の観点に立てば、それだけではなお不十分である。すなわち安全の確保を確実なものとするとともに、国民の不安や疑問を代弁し、その観点から政府と事業者を監視し、指導する機能が強く求められている。
 安全社会システムの総合設計においては、このように国民の安心をも視野に入れてシステム全体を捉え、事故の際の直接の加害者たる事業者や事故防止のための規制を担う国側の視点だけでなく、事故の結果被害を受ける地元住民やそれをケアする自治体行政といった被害システムの視点を重視し、事業者や国のみならず自治体や地域住民等を含めて責任を分担していくなど、安全問題に関わる様々な要素・要因を隙間なく考慮した学際的な設計とその実現が必要である。この安全社会システムの総合設計には、責任を持つものの存在が重要であり、国がその役割を果たしていくことが求められる。その際、自然科学系のみならず、人文社会科学系の専門家を含めた体制が必要である。

  G社会の責任としての安全コストの適正な負担
 冒頭に述べたように、21世紀には、「安全」価値に対する認識と合意を国民的規模で浸透させることが重要である。我が国が安全社会システムを実現していくためには、こうした国民的規模での認識と合意が不可欠であるが、それには、社会の責任として「安全」という価値に対する適正なコストを負担をしていく必要があることを忘れてはならない。ここで、コストとは、単なる財政的側面のみならず、これまで述べてきた危機認識、事前・事後の安全確保対応、安全確保支援を実現するために必要となるリスク情報の収集と整理、人員、サービス、活動等、あらゆる負担を指すが、このような「安全コスト」については、政府、企業、自治体等が適切に負担し、安全社会システムの総合設計の中で、その責任と役割を果たしていくことが重要である。

(3)未来に向けた我が国の役割
 これまで、日本は、科学技術先進国として、エネルギー、医療、農業、建築、交通など広い範囲で指導的役割を果たしてきた。今後の世界の平和と安定、人類の明るい未来のためにも、科学技術領域で、その責任を果たし続けることが求められている。
今回の事故は、先進国・途上国双方からの日本に対する信頼を失墜せしめたが、日本社会が、この事故を契機として、改めて社会を俯瞰して先端科学技術のリスク軽減のための社会的インフラストラクチュアを構築し、安全の国日本を取り戻すことができれば、ひとり日本国民のみならず、人類の未来へ明るい展望を開くことができ、ひいては、資源や食糧の有限性を背景とする国際的社会の他の重要問題の解決にも大きく貢献する役割を果たしうるものと考える。