Ⅳ.事故に係る防災上の対応

1.防災対策全般
 我が国の原子力防災体制は、災害対策基本法に基づく防災基本計画(第10編・原子力災害対策編)、原子力安全委員会が定めている「原子力発電所等周辺の防災対策について」(防災指針)等に基づいて整備されている。
 しかしながら、これらの体制は、原子力発電所、再処理施設等からの放射性物質の大量の放出に備えた対応を想定して整備されており、今回のような加工施設における臨界事故については想定されておらず、JCOの施設を対象とした防災計画も策定されていなかった。また、これに関連して、同施設境界近傍には、モニタリングポストは設置されておらず、SPEEDIネットワークシステムの放射能拡散・線量予測の対象にもなっていなかった。
 今回の防災対応においては、結果的に東海村に所在する原子力発電所、再処理施設を前提として整備されていた防災体制によりできる限りの対応がなされたが、JCOの施設が防災対象となっていなかったという点は、初動段階での現地における事故状況の迅速かつ正確な把握並びに的確な防護対策の検討及び決定を行う上で、大きな制約となった。
 今回の臨界事故を踏まえれば、原子力防災の対象となる施設について、加工施設等も対象とするなどの見直しが必要であり、加工施設等の臨界事故等を考慮した指標が必要であると考えられる。

2.初動対応
(1)事故の対応
 原子力防災上の初動対応という面から見ると、JCOから科学技術庁等への第1報の発信は、事故発生後40分を経過した午前11時15分、最初の周辺の放射線量率(最大0.68mSv)に関する情報については、事故発生後1時間20分が経過した午前11時55分であり、時間を要している。また、JCOから消防機関に対する連絡では、原子力事故であることを伝えなかったため、消防士がそのような認識をもたず救助活動を行うことになったなど、適切さを欠いていた面があった。
 科学技術庁は、第1報を受け取ってから、現地の運転管理専門官に直ちにJCOに向うよう指示、午後12時半頃以降、官邸への連絡、SPEEDIによるモニタリングポストデータの監視開始、関係機関へのモニタリング支援要請を行っている。また、午後1時頃には、原子力安全局次長を現地に派遣、午後2時、原子力安全委員会への説明、午後2時30分、科学技術庁の災害対策本部設置、午後3時には、防災基本計画に基づく関係省庁を構成員とする事故対策本部の設置を決定し、関係省庁及び茨城県に連絡、午後4時50分には、事故対策本部第1回会合を開催するなど、状況の把握及び政府としての対応を取るための体制を整えている。
 また、原子力安全委員会は、午後2時に科学技術庁からの事故の説明を受け、午後3時30分には、緊急技術助言組織の召集を決定し、午後6時には同助言組織の会合を開催している。同会合では、原子力安全委員、緊急技術助言組織専門家の現地への派遣を決定している。
 しかしながら、科学技術庁の初動段階での状況把握、関係者への連絡については、十分ではなかった面があると考えられる。第1報の連絡を受けた当初から臨界事故の可能性については認識していたが、午後5時頃のJCO敷地境界での中性子線量率の連絡を受けるまで、臨界が継続していると確認するには至らなかった。また、原研那珂研究所に設置されていた中性子モニタリングポストにおいては、事故発生からの中性子線量率が測定されており、午後1時22分には「那珂研で中性子が検出(未確認)」との連絡が原研から科学技術庁になされていたが、その後「ノイズである可能性が高い」との連絡があったことや、その後有意な値と判断された後も、バースト時のピーク値が臨界の瞬間を捉えたものであることは認識されていたが、ピークの前後における低いレベルの値については差異を認めることが困難であったことから、臨界継続の認識には至らなかった。
 また、現地からの情報不足、状況把握が十分でない中で、関係省庁、茨城県への連絡も十分できなかった面もあった。
 この背景として、前述のように、まず事業者からの情報連絡が遅く、不十分であったこと、誤操作があったとしても臨界事故は起こり得ないとされており、臨界事故に対する認識が薄く、それに備えた中性子線モニターがなかったこと、情報の収集・分析体制が十分でなかったこと等が挙げられる。このため、結果として臨界が継続していることの把握が遅れ、初動に遅れが生じ、茨城県、東海村に対して必ずしも十分な助言ができなかった。

(2)今後の課題
 まず第一に、事業者からの迅速かつ正確な通報の確保のための対策が必要であるとともに、事業者自身が平常時から防災組織、防災計画を整備することが不可欠である。また、中性子線モニター等、防災活動に必要な資機材の整備も必要である。
 また、JCOのウラン加工施設は、原子力防災対策の準備が特に必要と認識されていなかったためもあるが、緊急時の通報先や内容が明確化されておらず、特に隣接市町村への情報の伝達が遅れた。このようなことのないよう、事業者からの通報を、国、立地自治体のみならず周辺市町村も含めて迅速的確に伝える体制の整備が必要である。
 迅速な現地の情報収集及び分析のためには、国の平常時からの現地体制の整備の他、テレビ会議システムなどの情報を双方向で確認できるシステムの整備、専門家、専門機関の迅速な動員体制の整備の必要性が挙げられる。特に専門家、専門機関の動員体制については、今回は幸いにして現地の東海村には原研、サイクル機構、日本原子力発電株式会社という原子力関係機関があり、初動時に迅速に専門家等を動員するとともに、JCO事業所に整備されていなかった中性子線モニターや放射線測定等を提供することができた。今後はどのような場所であっても初動時から関係機関を含め多数の専門的な人材を必要な資機材とともに動員できる体制を整えることが重要と考えられる。

3.本部体制
(1)事故の対応
 本部体制としては、まず事故の状況把握後午後2時30分に、科学技術庁防災業務計画に基づく科学技術庁原子力事故災害対策本部(本部長は科学技術庁長官)が設置され、その後事態を緊急時と判断して、午後3時に防災基本計画に基づく政府の事故対策本部(本部長は科学技術庁長官)が設置された。その後事態の重大さにかんがみ、午後9時に官邸を中心に設置された「東海村ウラン加工施設事故政府対策本部」(本部長は内閣総理大臣:以下「政府対策本部」)が開催された。
 一方、現地体制としては、午後1時頃に科学技術庁原子力安全局次長他が現地に派遣され、午後3時30分頃に科学技術庁東海運転管理専門官事務所内に科学技術庁現地対策本部を設置、その後、午後5時頃には同本部を原研東海研究所内に移設し、本部会合を開催するなど対応にあたっていたが、午後7時50分に科学技術政務次官が現地対策本部に到着し、関係省庁、県、村から派遣された職員等を加えて、10月1日午前1時40分に政府対策本部の第1回現地対策本部会議を開催し、現地活動の調整にあたった。
 原子力安全委員会は、午後3時30分には原子力安全委員会緊急技術助言組織の招集を決定し、午後6時に緊急技術助言組織会合を開始、その後も断続的に会合を継続しながら情報の分析、技術的助言にあたった。午後5時頃のJCO敷地境界における中性子線の測定データが入り、臨界の継続が確認されたことから、午後6時30分には原子力安全委員2名を含む緊急技術助言組織の専門家の現地派遣を決定している。
 これらの本部体制において、初動時以降の防護対策の実施、解除等に係る助言、臨界終息のための事故拡大防止措置等の調整等が行われたが、午後9時に開催された政府対策本部は官邸がリーダーシップを持った体制として、ハイレベルの調整に有効であった。しかしながら、これらの合計3本部が同時に活動を行っていたため、どの本部がどこまでの判断、調整、実施等を行うのかが明確でなかった。
 また、今回の対応においては結果的には多数の関係省庁職員、茨城県、東海村の職員、原子力関係機関、電力事業者等の専門家等の関係者が一堂に集まって、非常に強力な現地体制が実現した。しかし、初動時には十分な体制を組むことができず、また、国、県、村の関係者が集まったとはいえ、県、村に現地対策本部で検討、調整するという意識が薄く、十分な連携がとれたとは言い難かった。また設置場所についても、原研に設置されたことは沈殿槽の水抜き作業等の事故拡大防止措置の実施には、専門家の支援体制の観点から効果的であったが、住民対応の関係からは村役場に設置した方がよかったとの意見もあり、災害発生前から検討を行っておくべきであった。
 国の判断は概ね原子力安全委員会緊急技術助言組織の助言を得つつなされたが、緊急技術助言組織と事故対策本部間の情報共有、連絡、連携等が十分でなく、緊急技術助言組織は重要な情報の選別に時間を要した。

(2)今後の課題
 原子力防災対策においては、初動時から複数の関係省庁の密接な連携や高度な調整が必要とされるため、初動時から内閣がリーダーシップを取る形式は有効であると考えられる。一方で、初動時における事故対応体制については、特に迅速性を要求されるものであり、一定の事象が生じた場合直ちに対応体制がとれるよう、迅速な初動と密接な連携体制を確保し得る強力な危機管理体制の実現を検討すべきである。
 現地本部については、今回は臨界事故という性質から、時間的余裕なしで周辺環境への放射線の影響が現れたこともあり、初動に遅れがあったが、関係者が現地に一堂に集まる対策本部という考え方は、既に原子力安全委員会原子力発電所等周辺防災対策専門部会が本年4月にとりまとめた報告書「原子力防災対策の実効性向上を目指して」において、「オフサイトセンター構想」として提言されており、その原型が実現された意味は大きい。今後は、今回の教訓を踏まえ、情報の共有、活動の調整、判断・実施の責任の明確化のあり方など、さらに検討を進め、より実効性のある方法で具体化を図るべきである。また、現地本部が立ち上がるまでの現地対応、特に初動時に切れ目無く地方自治体への助言や活動の調整を行う体制の検討も必要である。
 原子力安全委員会緊急技術助言組織は技術的な問題に係る重要な助言を行う機関であり、政府の対策本部と情報が共有され、現地対策本部も含め、緊密な連携が可能となるシステムを検討すべきである。これについては、緊急技術助言組織を適切な場所に設置することや、国、地方自治体との間のテレビ会議システム等の整備が考えられる。

4.避難・屋内退避の指導助言
(1)事故の対応
 今回の事故対応における避難及び屋内退避の措置については、まず午後12時30分に東海村が事故現場付近の住民に対して屋内退避の要請を開始し、次いで午後3時に、東海村が事故現場周辺約350mの範囲の住民に対して避難の要請を開始した。一方、茨城県は午後10時30分に施設を中心に半径10kmの範囲の住民に対して屋内退避を勧告した。
 これらの対応のうち、避難措置については、事故後午後2時8分にJCO職員が村に対して避難を要請したのを受けて、東海村が事故現場付近のガンマ線量計測データが高いこと等を踏まえて決定したものである。この判断は国や県の指導助言なしに東海村の判断で行われたが、国は午後5時以降測定された中性子線量率から、東海村の判断は結果的に妥当であったと判断している。
 屋内退避措置については、午後8時30分に茨城県が半径10km圏内の屋内退避を立案し、科学技術庁に協議があり、午後10時20分に科学技術庁から茨城県に措置は適当と助言し、実施されたものであり、原子力安全委員会緊急技術助言組織も午後10時45分に10km圏内の屋内退避は適切と判断している。これは、施設で臨界が継続しており、事態が終息していなかったこと、即座に屋内退避措置を必要とするようなレベルではなかったが、現場から約7km離れたモニタリングステーションを含め、空間ガンマ線量が上昇下降する傾向が続いていたこと及び政府対策本部の方針として住民の安全確保に念には念を入れる方針が決定されたことから判断されたものである。
 これらの措置の解除については、屋内退避措置については、10月1日未明の沈殿槽水抜き作業等の成功により臨界が終息し、同日午前9時20分に原子力安全委員長が臨界状態の終息を判断、その後10km圏内の環境モニタリング結果が平常の範囲内にあることを確認して、午後2時25分に緊急技術助言組織が屋内退避措置の解除は妥当と判断し、午後3時5分、官房長官が屋内退避解除には問題ない旨の政府見解を発表、午後4時30分に県が屋内退避解除を発表した。
 避難措置については、10月2日朝からJCOが原研、サイクル機構、日本原子力発電株式会社などの多くの機関の協力を得て、袋詰めフッ化アルミニウム、土のう等による遮へいの配置を開始し、350m圏内の詳細モニタリングの結果、午後4時30分に緊急技術助言組織が350m圏内の避難解除を助言、官房長官が避難解除に問題ない旨の政府見解を発表し、午後6時30分に東海村長が避難解除を発表した。

(2)今後の課題
 今回の事故においては国の初動対応が必ずしも十分でなかったため、結果的には非常に適切な措置であった避難は国や県の指導助言なしに東海村長の判断で行われた。また、9月30日夕刻以降は、国、地方自治体の連携が改善され、緊急技術助言組織の助言に基づき政府本部、事故対策本部が判断して県に助言を行うという概ね事前のマニュアルに則った形で判断が行われた。
 今後の課題としては、まず国の初動時の情報把握体制や助言体制については前述のとおり検討が必要である。また、テレビ等のマスコミによって国の発表がリアルタイムで報道される一方、住民に実際にどの本部のどの決定が防護措置を決定しているのか十分理解されたか疑わしく、防護措置の円滑な実施の観点からは、一元的に住民の防護対策の判断、実施が可能となるような体制を検討することが必要と考えられる。
 また、今回の事故は我が国において初めて住民に対して屋内退避や避難等の防護対策が実施された事故であったが、乳幼児、児童、高齢者、障害者、外国人等の災害弱者に対する対応を含めて、今後事故時の住民行動や広報の実態を検証し、住民に対する防護措置のあり方について更に検討を行うことが必要である。

5.専門的支援
(1)事故の対応
 今回の事故において、現地に所在する原研、サイクル機構に情報が入ったのは午後12時過ぎであり、その後直ちに対策本部の設置を行うとともに、科学技術庁の要請を受けて、村への専門家派遣、モニタリング等への協力、資機材の提供等を行った。
 また、電力事業者も迅速な対応を行い、事故当日から現地の日本原子力発電株式会社が避難支援、放射線サーベイ等を行ったほか、その後全国の電力各社、日本原燃株式会社から専門家が動員され、最大で709名が環境モニタリングやサーベイ検査等の活動にあたった。

(2)今後の課題
 今回は幸いにも現地に多数の専門機関等が存在したために多数の専門家や装備等を動員できたが、今回の経験を踏まえ、緊急技術助言組織や技術的な支援を行う専門家の能力を迅速に投入できる体制の整備が必要である。また支援に必要な情報の迅速な提供、資機材の確保、後方支援の充実が必要である。
 今回、現地派遣された専門家は原研の臨界シミュレーションを活用して事故拡大防止措置の検討を行ったが、こうした現地で事故対応にあたる専門家を支援する資機材や臨界シミュレーションシステム、避難シミュレーション、SPEEDIネットワークシステム等の緊急時対策支援システムの整備が重要である。また、資機材の配備にあたっては、メンテナンスや管理者の設定、取扱いの訓練、配備場所の検討が必要である。こうした専門家の能力を緊急時に活かすためには、さらに平常時から訓練等を行うことが重要である。

6.報道対応
(1)事故の対応
 科学技術庁では、事故対策本部会合の開催後、その都度内容についてプレス発表を行った。また政府対策本部も会合の後、その内容についてプレス発表を行った。緊急技術助言組織は助言内容の決定等の後、その内容についてプレス発表を行った。その他関係省庁においてもそれぞれ対応の実施状況等に応じて適宜プレス発表を行った。このようにプレスへの情報発信は適宜行われていたが、常時の問い合わせ等に係る対応窓口が不明確であり、東京におけるプレスへの情報発信が不十分との指摘があった。また、国、県、市町村間の広報面での連携が十分ではない等、国と自治体間の情報伝達体制に問題があった。さらに海外に対する情報発信が遅れ、誤った情報が流布されたこともあり、国際的対応についても課題を残した。

(2)今後の課題
 事故発生後の非常時においては、地域住民及び一般公衆に対して正確でかつわかりやすい情報がタイムリーに提供されなければならない。そのため、情報源をできるだけ一元化し、情報の混乱を最小限に止めるべきであり、国及び現地においてプレス対応をより適切に実施するために、常時対応が可能な専任の報道担当官を設置する等の体制について検討すべきである。また、事故の際には事故そのものの情報だけでなく、原子力や放射線に関する基礎的な情報も発信することが重要である。
 今回の事故について週刊誌やテレビ等のマスコミで多数の報道がなされたが、「報道内容のチェック体制も必要であり、あまりに誤りの多いものや流言飛語の類は、科学技術庁、原子力安全委員会で訂正等の措置をすべき」との指摘もあった。

7.原子力災害時における医療対策
 臨界事故発生時に事故現場で作業に従事していた3人の作業者が大量の急性かつ全身の放射線被ばくをし、急性放射線症として治療された。また、臨界の発生とその継続及び臨界終息の作業のために、JCO職員、近隣住民等の人々が放射線被ばくをした。その結果、多くの住民等が健康への影響に対する不安感を持った。人々の心身への影響とそれに対する対応の実態を報告するとともに、今後に備えて提言を行う。

(1)原子力災害等緊急被ばく医療への準備状況
 国の防災基本計画原子力災害対策編において、放医研は、「外部専門医療機関との緊急被ばく医療に関する協力のためのネットワークを構築し、このネットワークによる情報交換、研究協力、人的交流を通じて平常時から緊急時医療体制の充実を図る」とされており、これに基づき、放医研は、緊急被ばく医療ネットワーク会議を昨年7月に設立し、事故や災害における緊急被ばくについての研究と準備活動を行ってきた。

(2)高線量被ばく患者への対応
 ① 緊急被ばく医療
 (a)患者輸送と初期対応
 9月30日午前10時43分、JCOから東海村消防本部に救急車要請の電話があった。3人の患者は、まず、午後12時7分、国立水戸病院に搬送され、ここで応急措置を受けた。この際、JCOから消防及び国立水戸病院には、3人の患者の被ばくに関する情報が伝えられず、また、JCOから放射線管理者が医療機関に随行していなかったため、当初、汚染や被ばくの程度がわからなかった。国立水戸病院は、3人の患者が放射能による汚染があるので、同病院において対応することは不可能と判断し、患者3人を放医研に搬送することを決定したようである。搬送には、茨城県の防災ヘリコプターが利用され、午後2時16分、水戸市のヘリポートを離陸し、同45分千葉市防災局のヘリポートに着陸した。同ヘリポートから救急車で搬送され、午後3時25分に放医研に到着した。国立水戸病院からは医師が同乗した。なお、ヘリコプター及び救急車の乗員並びにそれらの内部について放射能による汚染の無いことが放医研により確認された。
 患者受け入れと同時に放医研所長から、緊急被ばく医療ネットワーク会議委員長に概要を連絡するとともに、千葉大学学長、日本赤十字中央血液センター長、国立がんセンター病院長などに支援を要請した。
 事故翌日の10月1日、緊急拡大ネットワーク会議が招集され、3人の患者の治療方針等について専門家によって検討された。

 (b)医療の実際
 患者を受け入れた放医研は、被ばくの種類、線量評価を迅速に進め、治療方針を立てることにより原子力防災における放射線障害専門病院としての役割を果たしたと考えられる。
 最も高い線量を被ばくした患者(A)は、放射線による強い骨髄抑制に対して骨髄幹細胞の移植が必要になると考えられたこと、集中治療の設備とそれに習熟したスタッフが必要であることから、第3病日(10月2日)に東京大学医学部附属病院に転院し、末梢血幹細胞の移植を受けた。その後も治療に全力を尽くしたが、12月21日午後11時21分に東京大学医学部付属病院にて亡くなられた。
 また、次に高い線量を被ばくした患者(B)については、やはり幹細胞移植が必要になると考えられることから、第5病日(10月4日)に幹細胞移植治療に習熟している東京大学医科学研究所附属病院に転院し、臍帯血幹細胞移植を受けた。これらの病院における集中治療については、初療の急性期の段階から長期にわたり杏林大学の救急医療チームが大きな役割を担い、これに日本医科大学の救急医療チームが支援する体制をとった。
 最も低い線量を被ばくした患者(C)については、放医研の病院において、無菌室で骨髄抑制時期の治療を受け、自家骨髄機能の回復を確認した後、一般病室において引き続き治療を受けた。その後12月20日放医研から退院したが、引き続き療養が必要である。
 放医研とこれらの医療機関とが円滑に協力をすることができたのは、緊急被ばく医療ネットワーク会議が効果的に機能したためである。これらの患者の治療は、同ネットワーク会議を通じて、複数の医療機関から、多分野の専門家の協力を得て行われた。
 また、今回の緊急被ばく医療の実施に当たって、看護婦及び薬剤師についても、厚生省及び文部省の協力により、応援を得ることができた。

 ② 被ばくした患者を適切に治療するための被ばくの種類の同定と被ばく線量評価
 (a)被ばくの種類の同定
 放医研では、患者に対する治療を開始するのと平行して体表面モニタリング、鼻腔擦過物標本(鼻スメア)の放射能測定を行い、放射性物質による汚染及び内部被ばくがないことを確認した。この結果により、患者の除染及びキレート剤の使用の必要がないことが確認され、外部被ばく中心の治療に専心することとなった。

 (b)被ばく線量評価
 患者の病状の変化を予想し、適切な治療を行うためには、被ばく線量レベルをできるだけ早い時期に推定する必要がある。このため、放医研では、臨床症状、末梢血中のリンパ球数による線量評価が行われるとともに、放医研所内の研究者が協力し、患者の血液、吐瀉物、尿中の放射能測定が行われた。吐瀉物、血液からナトリウム24(Na24)が検出されたことから、臨界事故が起き、中性子による被ばくがあったと判断された。また、患者所持の携帯電話、硬貨、患者の毛髪等の中の放射化物質の分析及びリンパ球内の染色体検査による線量評価が行われた。
 この結果、末梢リンパ球数の減少速度からの推定と、血液中のNa24の濃度により、3人の患者のおおよその被ばく線量は、ガンマ線に換算して、それぞれ、18グレイイクイバレント(GyEq)、10GyEq、2.5GyEq程度と推定された。このように早い時期に被ばく線量の推定ができたことにより、それぞれの患者の治療方針を立てることができた。その後の検討により、患者の全身平均被ばく線量は、それぞれ、16~20GyEq以上、6.0~10GyEq、1~4.5GyEq程度であると推定されている。このように幅があるのは、不均等被ばくの症例であり、また、線量推定に用いる方法による差があったためである。

 ③ 被ばく時の作業者の位置(図Ⅳ-1及び図Ⅳ-2参照)
 被ばく線量を推定するため、作業状況について患者から聴取した情報をまとめると次のとおりである。患者Bは、沈殿槽に向かって左にある階段を上り、沈殿槽上縁と同じ高さにある台の上に片足をかけ、ウラン溶液の入ったビーカーの取っ手を左手で持ち、右手で底を支えながら溶液を漏斗へ流し込んでいたと思われる。患者A(身長175cm)は床から約150cmの高さにある沈殿槽上縁の直径約5cmの孔に漏斗を挿し込み、手(両手なのか、片方の手なのかは不明)でそれを支えて、沈殿槽の側に立っていた(Bさんの大体右45度の方向)と推定される。一方、患者Cさんは、沈殿槽より約1.5m離れた壁の外で、壁面に接して置かれた奥行き約70cmの机の後ろに立っていた。壁の右に扉があり、それを開け放して、中の様子を監督していた模様である。被ばく線量の高い方の2人(A,B)については、身体部位により不均等な被ばくしたと推定され、このことも線量評価に影響していると考えられる。

 ④ 海外等からの支援
 事故直後より、海外からの医療支援や情報提供の申し出が数多くあった。医療支援については、我が国の医療水準は高いため、実際に受け入れる必要性はなかったが、経験をしたことのない症例であり、海外からの情報提供は貴重であった。事故後1ヶ月に米、露、仏、独から専門家(緊急被ばく医療経験者医師5名と線量評価専門家4名)が来日した。医療現場を視察し、緊急被ばく医療ネットワーク会議の場も利用して詳細な情報交換を行った。過去の経験に基づく助言には有益なものもあり、また、情報を共有することもでき、双方にとって有意義であった。
 また、専門医が、必要と考えるが国内に存在しないか又は治験途上にあるために入手が困難な医薬品について、専門医の判断で緊急に入手し、使用した。

 ⑤ 今後の課題
 3人の患者の病状には、過去の症例報告では予想できない種々の臓器障害が出現した。急性障害を克服した患者の場合でも、放射線の晩発影響への対応、精神面でのケアを含め、今後長期に亘り、経過観察や定期的な健康診断を行っていく必要があろう。

(3)近隣住民等への対応
 ① 被ばくの種類の同定と被ばく線量評価
 (a)放医研に搬送された3名以外のJCO職員、住友金属鉱山株式会社職員、東海村消防士(救急隊員)、付近に滞在していた者の被ばく線量は、個人線量計又はホールボディーカウンターによって評価された(具体的にはⅡ.4.(2)③個人の線量評価参照)。

 (b)科学技術庁事故調査対策本部は、個人線量の評価の基礎資料として周辺環境の線量評価を11月4日に公表し、その後精度をさらに向上し見直した評価を12月11日に改めて公表した。
 この基礎資料は、建物の中や背後にいた人について、遮へいによる線量減少の効果が反映されておらず、実際より高い値となることから、個人の線量を把握するためには、事故時から臨界終息までの行動調査を実施し、適切な補正を行う必要がある。この行動調査については、科学技術庁(放医研)が茨城県、東海村、那珂町の協力を得て実施し、これに基づいた個人の被ばく線量評価が進められている。

 ② 健康管理
 (a)当面の措置
 周辺住民及び前述の3人を除くJCOの職員については、急性の臨床症状が問題になるような被ばくをしているわけではない。
 茨城県は、血液検査等を中心とする健康調査、健康調査の説明会の実施、東海村及び那珂町等の保育所の保育士、幼稚園・小学校の教諭、町村の相談担当者、保健所の保健婦等に対する「心のケア」に関する研修会の実施、事故に伴う心のトラブルの相談に対応するための相談事業の実施、「心のケア」専用電話の開設等の対応をとった。東海村は、血液検査等を中心とする健康診断の実施、放射線の健康影響に関する説明会の開催等の対応をとった。那珂町は、血液検査等を中心とする健康診断を実施した。
 科学技術庁は、原研、サイクル機構、放医研等の協力を得、10月1日から東海村に相談窓口を設けて相談に当たった。また、東海村の要請により、放医研は、10月19日から毎週火曜日及び木曜日に医師を派遣し、健康相談を実施している。これらの相談には、放射線の人体への影響についての不安の声が数多く寄せられており、このような不安への対処が極めて重要と考えられる。
 さらに、事故直後から、原研、サイクル機構、放医研等が、地元自治体の要請等により、サーベーメータを用いた一般住民の放射能汚染の測定を行った。
 
 (b)長期的対応
 周辺住民等については、行動調査の結果と周辺環境の線量評価の値を用いて個々人の線量を推定し、健康管理検討委員会の審議等を踏まえて長期的な健康管理に取り組むこととされている。

(4)今後必要な措置
 ① 高線量被ばく患者への対応
 今回の事故に学ぶことは多く、原子力防災に係る医療についての国内体制の改善強化に努める必要がある。

 (a)事故や災害の対応の上で最も優先されるべきは人命の救助であるということを認識し、緊急医療対応マニュアルを作成し、定期的に訓練を実施することが極めて重要である。特に、放射線管理の専門家の位置付けと役割を具体的に規定する必要がある。

 (b)全国的な緊急被ばく医療体制を検討する場を設ける必要がある。緊急被ばく医療体制は、高度な医療技術や先端的医療によって支えられるものであり、拠点医療機関を結ぶネットワーク型の強化が重要である。一方、被ばく医療に関しては初療及び全身管理を含む集中医療が重要であることを考慮して施設・設備の整備を図る必要がある。また、全身急性被ばくの治療に関する研究を推進する必要がある。

 (c)今回の事故に対する医療について報告書の出版、学会における発表、国際シンポジウムの開催等を通じて、今回の事故に関する我が国の経験を他の国とも共有することが必要である。WHOのREMPAN(Radiation Emergency Medical Preparedness Network)への加入が認められるように働きかけるなど、国際的連携システムを維持強化する必要がある。

 ② 低線量被ばくへの対応
 (a)事故発生直後に現地の医療、健康管理、心のケアを統括的に実施するシステムとシナリオを検討する必要がある。具体的には、一定線量以上被ばくした作業者、住民等の健康管理マニュアル、環境モニタリング、住民の線量評価についての対応マニュアルの検討が考えられる。また、関係省庁や地方自治体が連携し、全体として整合性がとれた対応をとることができるように準備しておくことが極めて重要である。

 (b)事故後の早い時期に健康影響に関する科学的な知見を分かりやすく伝える体制を整えるとともに、日頃から放射線・放射能、特に線量と生体影響、放射線防護の正しい知識を普及することが必要である。

 (c)事故は終息しても健康影響や心のケアは長期にわたり継続することを考慮して対策を立てる必要がある。そのため、必要に応じ、精神医学、心理学、社会心理学、社会学等の専門家を加えた検討を行う必要がある。