原子力政策円卓会議(第1回)の結果について
1.日 時 1999年6月15日(火)午後1時30分〜午後5時00分
2.場 所 東京ビッグサイト 会議棟1F レセプションホール
(東京都江東区有明)
3.テーマ 「我が国の核燃料サイクルについて」
4.出席者
○モデレーター
石川 迪夫 原子力発電技術機構特別顧問(司会)
小沢 遼子 社会評論家
茅 陽一 慶應義塾大学教授(副司会)
木村 孟 学位授与機構長
中島 篤之助 元中央大学教授
○オブザーバー
木元 教子 原子力委員会委員
○説明者
鈴木 篤之 東京大学大学院教授
○招へい者
鈴木 岑二 久留米大学教授
関本 博 東京工業大学教授
中村 融 原子力政策転換全国ネットワーク・シンクタンク
中村 政雄 科学ジャーナリスト
服部 禎男 (財)電力中央研究所特別顧問
伴 英幸 原子力資料情報室共同代表
(敬称略五十音順)
- 5.概要
- ●高速炉について
- 高速炉は、何が何でも必要不可欠な物と位置付けられるべきものではなく、経済性、資源制約、国際動向等を踏まえて検討されるべき。
- プルサーマル、再処理の問題を議論するためにも、高速炉開発の位置づけを明確にする必要がある。「もんじゅ」がだめなとき高速炉路線をどうするのか、「もんじゅ」と高速炉開発は区別して議論すべきである。
- 高速炉の開発が始まってから既に40年を経過していて、あと30年で見通しを得、2050年頃に実用化と言われている。実用化とはどのような姿か。何をもって実用化なのか。1基だけで実用化なのか。
- 従来の原型炉、実証炉、実用炉という段階を踏んだ開発のあり方は変わりつつある。高速炉開発のような時間のかかる計画が硬直化していたことが、むしろ問題である。
- ウラン需給面で余裕のある現在では、将来の選択肢を十分に考える時間がある。過去に捨てられた技術も含め、高速炉を総ざらいして議論する場が必要である。
- 目標設定は「安全性が本当に確保できる高速炉」とするべき。
- ウランは、貴重な資源として有効に利用しつくすべきである。高速炉では圧倒的によく燃やすことができる。ただ、炉型等については1〜2年をかけて十分議論するべきである。
- 高速炉が必要か否かについて、否という意見の主な理由は安全性である。高速炉が必要と考える方の理由は、主として資源論的(エネルギーセキュリティ)な理由である。また、その方々は、省エネ、新エネは高速炉の代替とならないと見ている。
- ●「もんじゅ」について
- 「もんじゅ」は実用化に向けた原型炉と位置付けられているが、資源制約、国際動向等を踏まえて、この際、見直すべきではないか。
- 「もんじゅ」には多数のコンポーネントがあり、それらのトラブルで頻繁に停止することも予想される。しかし、ナトリウムに慣れていくことは必要で、「もんじゅ」で経験を蓄積することが、工学者の道であり、やらなければいけない。
- 実用段階というのは、電力会社が2つ以上原子炉を作る段階だと思う。「もんじゅ」は早く動かした方がよい。但し、「もんじゅ」の延長線上に実用化がないのなら、途中で方向を切り替える必要がある。「もんじゅ」を動かす場合のメリットとデメリットについて、比較し、地元に示すべき。
- 6000億円かけたから動かすべきと言うが、福井では合意ができていない。メリット、デメリットの議論をすることには賛成であり、それを踏まえて地元合意を作って欲しい。
- 「もんじゅ」の再開には反対。炉心崩壊事故や蒸気発生器伝熱管の高温破断の危険性が否定できない。
- ●再処理について
- 米国で研究が進められている核兵器に転用しにくい乾式再処理について、日本で十分な議論がなされていない。
- プルトニウムは高速炉用に取っておくべき。そのため再処理は遅らすべきである。
- 再処理について「高速炉が実用化するまで待つ」という考え方では、技術は進歩しない。ABWRの開発に20年かかったことも踏まえ、技術開発を通じて経験を踏むことが必要。
- ●サイクル機構について
- 原子力安全委員会や原子力委員会では、報告書をまとめるに当たって国民の意見を聴いているのに、サイクル機構の中長期事業計画ではそれをしていない。
- 旧動燃が硬直化してしまったのは、必ずしも彼らだけの責任ではなく、開発計画そのものが硬直的であったことに責任がある。
- 国民の信頼が得られない原因は、情報の発信源が1カ所であることである。基礎的研究を大学等で広く行い、サイクル機構の主張に誤りがあれば指摘できるようにするべきである。
- 高速炉開発の停滞が旧動燃だけの責任でないことはわかるが、ナトリウム漏出の対応等を見れば、基本的に開発のために必要な能力を備えていないといえる。
- ●その他
- 日本の原子力の使い方には、世界のウラン市場など外部の状況の変化を安定させるようなものとしていくことがふさわしい。
- 核燃料サイクルについて、複数の選択肢がもっと早く国民に提示され、平易な言葉で説明されていたら、今とは変わっていたと思う。原子力がいつのまにか国民のお荷物になってしまった。この円卓会議のように、その時々で十分に議論していくべきだった。