3.調査結果

3.1 21世紀社会に向けた長期計画の在り方

3.1.1 21世紀の原子力研究開発利用に求められる理念

(1)人類文明の中の原子力
 人類は、その発展の歴史において、自然からもたらされる恵みを最大限に享受することにより、今日の高度な文明を築き上げてきた。その中で、火の発見と利用は、人類が外敵から自らの身を守り、日々の生活に必要な衣食住を確保する上で大きな役割を果たし、個々人では到底成し得ない多様な活動を大規模かつ広範に展開することを可能としてきた。特に、18世紀の産業革命以降、石炭、石油等に代表される化石燃料資源を使用することにより、経済活動の急速な発展と地理的な制約の克服が可能となり、今日の豊かな生活と繁栄がもたらされるに至っている(資料3.1-1~資料3.1-3参照)。
 今日の原子力開発の直接的な契機となったエックス線、電子、放射能の発見は、いずれも19世紀の最後の10年間に起こった出来事であり、前世紀末に生を受けた原子力は、20世紀を通じてダイナミックな展開を見せた。
 物質に内在するエネルギーを開放・利用することを目指す「量子の世界」には、無限の可能性と謎が秘められており、人類がその解明に果敢に挑戦していくことにより、物質の根源を探るミクロの世界から、宇宙の創生に対する理解にも通じるマクロの世界に至るまで、人類がかつて経験したことのない新しい世界を拓く足がかりを築くことができる。人類は遠からず、世界人口の飛躍的な増加に直面し、食糧・環境・エネルギー問題の解決が、人類の存続をも左右する重要な鍵となると考えられるが、この「量子の世界」のもたらす恩恵を最大限に引き出して、人類文明が新たな段階に移行するシナリオと政策体系の構築ができるかどうか、今我々の知恵が試されている。

(2)エネルギーとしての原子力
 人類が経済社会の健全な発展を図り、豊かな生活を実現していくためには、長期にわたるエネルギーの安定確保が不可欠である。しかしながら、近年の人類の化石燃料資源の大量消費は、自然が数億年もの歳月をかけて育み、蓄えてきた遺産を高々数百年の間に消費してしまいかねない勢いとなっている。有用な資源は、本来それでなければ対応できない用途に向けられるべきであり、燃料としての消費はできる限り減少させることが望ましい。次の世代の繁栄の基礎として、貴重な天然資源をできる限り確保し、継承していくことは、現世代に課せられた我々の責務である。
 このような中で、資源に恵まれない我が国においては、一次エネルギー供給の8割以上を石油や石炭等の化石燃料に依存し、それらの大半を輸入に頼っている。今後のエネルギー需給は、当面は緩和基調で推移すると見込まれているが、最近の我が国の石油輸入における中東依存度は、1970年代のオイル・ショック当時の水準をしのぐ状態となっている(資料3.1-4参照)。輸入に頼らざるを得ない「他律的」なエネルギー源への依存を減少させ、自らが主体的にコントロールし得る「自律的」なエネルギー源を確保することは、万が一の供給途絶に備えるエネルギー安全保障の観点から重要な意義を持つ。このような我が国のエネルギー供給構造の脆弱性の克服に向けて、供給源の最適な組み合わせを実現していく上で、原子力は電力需要のベースロードを支える重要なエネルギー源としての役割を果たすことが期待される。

(3)地球環境との調和を図る原子力
 人類は、太古の昔から豊かな自然と共生し、母なる地球から惜しみない恩恵を享受してきた。しかしながら、地球環境に対する人類活動の影響は、もはや自然の回復能力を超えようとしており、人類と地球の将来に深刻な危機をもたらす恐れがあることが懸念されている。とりわけ、地球温暖化問題は、自然の生態系や人類に与える影響の大きさや深刻さから見て、人類の生存基盤に関わる最も重要な地球規模の環境問題であり、我々はその解決に向け、英知を結集しなければならない。
 地球温暖化問題に対しては、個別の対症療法的な対策だけでは不十分であり、長期的・継続的な観点から、社会を構成する全ての主体が多様な取組みを行うことによってはじめて、解決の道筋が示される。同時に、この問題は、従来の大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会経済活動や生活様式の見直しを迫り、新たなリサイクル文明の構築を促すものであり、1997年12月に京都で採択された「京都議定書」は、温室効果ガスの排出量について、法的拘束力のある数値目標を盛り込んだという意味で、歴史的な転換点となるものである。
 このような状況の中で、エネルギー需要面の対応としては、エネルギー多消費型の社会構造や生活様式を省エネルギー型の構造に変革する努力を行っていくことが必要である。他方、エネルギー供給面の対応としては、二酸化炭素等の温室効果ガスの排出を極力抑制できるエネルギー源を開発し、普及させていくことが求められる。このため、再生可能エネルギーの開発・導入促進に向けた努力とともに、エネルギー変換の過程において、二酸化炭素を発生しないエネルギー源として、原子力の果たす役割に対する期待は高く、現在の生活水準を相当程度切り下げるという国民的な選択を行うことが困難である以上、原子力の一定規模の推進なくしては、到底、温室効果ガスの排出削減目標の達成はおぼつかないことについて、幅広く国民の理解を得るための努力を払っていく必要がある(資料3.1-5参照)。

(4)総合科学技術としての原子力
 19世紀までの人間活動が原子/分子レベルまでの理解に基づくものであり、化学工業に集大成されるのに対し、19世紀から20世紀にかけて明らかにされた原子核への理解は、物質やエネルギーの根源に対する知識を人類にもたらし、従来とは質的に異なる可能性を拓いた。
 その後、20世紀の科学技術において、原子力は、基礎から応用に至るまで、幅広い分野において飛躍的な進歩を遂げ、新たな学問体系の形成を通じ、総合科学技術として人類の知的資産の創出や蓄積及び先端的な研究開発の進展において先導的牽引役を果たすとともに、国民の健康の増進や生活に密着した分野における利便性の向上に大きく貢献してきた。
 現在、我が国は、科学技術創造立国を目指して、人類の未来に立ちはだかる地球規模の諸課題の解決、安心して暮らせる潤いのある社会の構築等に資する観点から、社会的・経済的ニーズに対応した研究開発を強力に推進している。また、人類の知的資産として研究開発の成果を共有し得る基礎研究の分野において、我が国が自ら率先して未踏の科学技術分野に挑戦し、世界に先駆けて新たな分野を開拓していくことが求められている。その観点から21世紀社会においては、原子力はエネルギー技術の基盤を支えるとともに科学技術の基礎を形成する総合科学技術として、大きな役割が期待される。
 原子力の研究開発は、長期にわたる大規模な人材面・資金面における投資を必要とし、原子核物理の知見のみならず、広範な工学分野の裾野を糾合することによりはじめて、高い安全性を確保しながら、大規模・複雑なシステムを構築・運営することが可能になるという総合科学技術としての特徴を有する。例えば、軽水炉発電体系においては、実用化の中で設定された目標の達成を目指して、人材・資金を集中的に投資し、研究開発を効率的に推進することにより、世界レベルの技術水準を達成するに至った。そして、好むと好まざるとにかかわらず、原子力研究開発利用において世界のフロントランナーとなった今日、我が国には、優れた着想と提案を幅広く取り入れながら、産官学及び国際的に開かれた研究開発体制を構築し、人類の未来を拓く夢と高い志を持つ研究者・技術者のポテンシャルを結集しつつ、研究開発の活性化を図り、世界に対して成果を発信することが求められる。
 その際、達成目標を明確化し、実行に当たってのマイルストーンを設定し、着実に成果を出していくとともに、その成果に対する科学技術的及び社会的な観点から十分な評価を実施することにより、研究開発資源の効率的な配分と、成果の社会への還元を促進していくことが求められる。

(5)国際社会における原子力
 人類が行った最初の本格的な原子力の利用は、不幸にも原子爆弾としての利用であった。我々は、この事実を厳粛に受け止め、原子力の持つ「影」の側面を極小化し、その上で原子力が持つ「光」の側面を人類の福祉のために最大限に役立て、その成果を誇りを持って未来の世代に引き継いでいくことが求められている。原子爆弾の惨禍を原体験として持つ我が国国民は、国際政治の観点からの核軍縮・核不拡散という次元にとどまらず、人間の尊厳という次元、すなわち「心の底からの叫び」として核兵器の廃絶を願いつつ、我が国のあらゆる原子力活動を厳に平和目的に限定することを内外に表明し、これを誠実に実行してきている。
 東西の冷戦構造が崩壊した今日、「核兵器の究極的廃絶」と「原子力の平和利用」とは、我が国の原子力政策の基本をなすものであり、両者を両立させながら、人類の知的資産を生み出すという機軸で統合的な展開を図ることこそ、平和国家日本の使命である。我が国は、唯一の被爆国としての立場を踏まえ、この分野において世界に向けて更なる情報発信を行うとともに、原子力平和利用を率先垂範している姿勢を貫き、諸外国との信頼関係の強化と新たな国際秩序の構築を目指して、着実に国際展開を図っていくことが必要である。また、一国平和主義に安住することなく、我が国の蓄積してきた平和利用技術を国際的な核不拡散の強化のために役立て、世界平和の実現に向けて、着実な一歩を踏み出すべき時期を迎えている。
 他方、世界経済のグローバル化の進展に伴い、我が国の原子力活動においても、必然的に国際的な展開がますます重要となっている。特に、我が国は、地理的、経済的、歴史的に近隣アジア諸国とは強い結びつきを持っており、その一員として、環境保全や安全確保に配慮しながら、地域の発展と相互協力の促進に中核的な役割を果たしていくことが求められる。これらの課題に対し、国情の違いに留意しつつ、我が国の技術的蓄積や経験を活用し、制度・技術の両面から、同地域における原子力活動の定着に向けて貢献を果たしていくことが重要である。

3.1.2 長期計画の果たしてきた役割

 次期長期計画の在り方を検討する上で、従来の長期計画の変遷を整理することは有益であると考えられる。これまでの長期計画の変遷を踏まえた、次期長期計画の在り方に関する論点を以下に示す(資料3.1-6、資料3.1-7参照)。

(1)長期計画の果たしてきた役割
 長期計画は、1956年に策定されて以来、計8回にわたって作成されているが、原子力の黎明期から一貫して、原子力によるエネルギーの供給や放射線利用等を計画的に推進するための指針を示してきた。
 この長期計画に沿って、原子力発電については、1963年に、日本原子力研究所の動力試験炉JPDRが運転を開始し、我が国初の原子力発電が始まって以来、原子力発電規模は着実に増大し、現在、51基の商業用原子力発電所が稼働し、発電電力量(平成9年度)は3,185億kWh、総発電電力量(電気事業)の約35.2%を担う主要な電源となるに至っている。また、核燃料サイクルについては、民間のウラン濃縮工場の操業開始、民間再処理工場の建設、高速増殖炉「もんじゅ」の初送電、低レベル放射性廃棄物埋設事業の開始、軽水炉におけるMOX燃料利用の設置変更許可等の展開が行われている。
 さらに、放射線利用の分野においても、X線診断、放射線によるがん治療等の医学利用、品種改良、害虫防除等の農業利用、非破壊検査、医療用具の滅菌等の工業利用、プラントからの排煙脱硫、汚泥処理等の環境利用等、広範な分野に普及が進み、これら放射線及び放射性同位元素を取り扱う事業所数は五千を越えるまでになっている。また、原子力エネルギーの生産、放射線利用に関する先端的研究開発等、原子力科学技術の多様な展開と基礎的研究の強化も図られている。
 このように長期計画は、我が国における多様な原子力研究開発利用の計画的な推進のための牽引役として、重要な役割を果たしてきたと考えられる。また、安全の確保、平和利用の堅持等、原子力開発利用を進めるに当たっての基本的な考え方を示し、その確実な履行を促してきたことについても、普遍性を持ったよりどころとしての役割を果たしてきたと考えられる。

(2)長期計画の課題
 このように長期計画は、原子力研究開発利用の推進に大きな役割を果たしてきたが、一方では、原子力研究開発利用の進展と社会環境の変化に応じて、以下のような課題を解決していくことが求められている。

原子力研究開発利用が多岐にわたる分野への広がりを持ち、多面的な視点から総合的に取り組んでいく必要性が増大している中で、原子力研究開発利用の全体像と長期展望について、国民の理解を十分に得るに至っていない。
政策に対する立案責任と説明責任が問われる今日、長期計画の目的と位置付けを分かり易く提示する必要がある。
原子力活動のタイムスケジュールの遅れから政策全体の妥当性を問う向きがあるが、我が国として堅持しなければならない普遍的な理念や政策と、情勢の変化に応じて機動的に対応しなければならない具体的施策とを区別する必要がある。

3.1.3 次期長期計画の在り方に関する論点

(1)21世紀に向けての原子力研究開発利用の全体像と長期展望の提示
 原子力研究開発利用の意義は、エネルギーの安定供給から、科学技術の進歩、国民福祉の向上、地球環境の保全、国際社会の安定化等多様化してきており、また、原子力研究開発利用の可能性も広範な広がりを見せている。従来の長期計画においては、軽水炉や核燃料サイクルなどの具体的な原子力研究開発利用の進め方に焦点が当てられており、国民社会に対して、総体としての原子力の可能性を分かりやすく提示してこなかった面がある。原子力政策に対する国民の理解と信頼を確立することが求められている現在、次期長期計画において、原子力研究開発利用が人類社会に提示できる将来像と目指すべき方向性について平易な形で示していく必要がある。その際、原子力研究開発利用に当たっての基本的な理念を示すとともに、我が国全体として整合性のとれた政策体系として、原子力研究開発利用の全体像と長期展望を提示する必要がある。一方、原子力関係者においては、長期計画を受動的に捉えるだけではなく、長期計画の目指す原子力研究開発利用の全容を認識し、その実現に向けて積極的に努力することが重要である(資料3.1-8、資料3.1-9参照)。

(2)「誰のための長期計画か」の明確化
 現行長期計画においても誰のための計画かについての記述があるが、次期長期計画では、原子力関係者のための具体的な指針にとどまらず、国民や国際社会に向けたメッセージとしての役割を重視することが求められる。
(現行長期計画の記述)

国民に開かれた長期計画
 原子力研究開発利用に関する明確な理念と計画を国民に提示する。
国際的に理解される長期計画
 我が国の原子力研究開発利用に関する基本的立場を諸外国に的確に伝える。
原子力関係者の具体的指針となる長期計画
 原子力研究開発利用に携わる民間活動の指針を示す。

(3)国と民間の連携・協力の強化
 軽水炉技術の成熟化と電気事業の規制緩和の流れにより、軽水炉による原子力発電の分野においても、民間の自己責任において活動すべき領域が拡大してきているが、核不拡散や地球温暖化防止といった公共性の確保のための規範の設定や、事業者の活動を円滑化するための措置、時代に対応したバランスのとれた安全規制等、国が果たさなければならない役割も依然として重要性を有している。このような状況の中で、原子力研究開発利用における国と民間の果たすべき役割を踏まえ、両者の間で政策的な間隙が生じないようにするとともに、国全体として限られた資源・人材を最大限に活用する観点から、従来の「棲み分け」から「相互乗り入れ」への転換を図り、連携・協力を強化していくことが必要である。

(4)柔軟性に配慮した長期計画
 長期計画については、記載されているタイムスケジュールが予定どおりに達成されないことにより批判されることがある。この問題については、現行の長期計画でも認識されているように、実務の実施に当たっては柔軟性への配慮が重要である。従って、大規模かつ長期間にわたる投資を必要とする原子力研究開発利用の性質上、将来にわたって堅持し、着実に実施しなければならない理念や政策と、不確定要素のある研究開発のように情勢の変化によって機動的に対応すべきものとを区別し、後者については、具体的な課題解決のための様々な選択肢とその評価方法を示していくべきである。また、タイムスケジュールについては様々な要因によって変更され得るものであり、時間的裕度を持たせることが必要である。

(5)整合性のある核燃料サイクル計画に関する理念の明確化
 現在既に相当規模で具体的な軽水炉に係わる核燃料サイクル事業が進展している一方で、フロントランナーとして試行錯誤を行いながら進めるべき「将来の研究開発」が推進されている。これらについては、それぞれの特性を踏まえて、両者のよりどころとなる理念を改めて明確化するとともに、全体として整合が図られるよう、考え方を整理する必要がある。

(6)「将来の研究開発」に対する選択肢の提示とマイルストーンの設定
 「将来の研究開発」については、(4)項の趣旨を踏まえ様々な技術的選択肢を提示するとともに、原子力委員会が将来的に評価を行い、絞り込んでいく場合の評価の時期、方針等を明示する必要がある。

3.2 エネルギーの安定供給を支える軽水炉発電体系

 日本の商業用原子力発電は、英国からの導入により1966年7月に東海発電所(GCR)が営業運転を開始したことに始まる。その後、米国からの導入により1970年に敦賀発電所1号機(BWR)及び美浜発電所1号機(PWR)が営業運転を開始し、原子力発電の時代が本格的にスタートした。
 技術的には1970年代末頃までに国産化技術を確立するとともに、1975年以降三次にわたる軽水炉改良標準化計画を推進し、その成果は改良型BWR(ABWR)及び改良型PWR(APWR)に集約され、1996年及び1997年に柏崎刈羽原子力発電所6号機及び7号機(いずれもABWR)が営業運転を開始した。
 現在、商業用発電炉は軽水炉51基、設備容量約4,492万kW(新型転換炉原型炉「ふげん」を含めると52基、約4,508万kW)に達している。近年の原子力発電所の設備利用率は80%を達成し、軽水炉による発電は総発電電力量の3分の1以上を賄うまでに至っており、化石燃料等と競合できるレベルまで成熟してきている。この間、軽水炉発電については、1970年に米国から導入して以降、民間が主体となって自らの経験を着実に蓄積・継承することによって、現在の成熟段階を迎えている(資料3.2-1~資料3.2-4参照)。
 21世紀社会における原子力発電の役割等については、1998年9月に開催された第17回世界エネルギー会議(ヒューストン大会)にて、
とする、勧告がまとめられた。また、1999年3月に出された中央環境審議会の環境庁長官に対する答申「地球温暖化対策に関する基本方針について」では、原子力の開発利用については、原子力基本法等に基づき、放射性廃棄物の処理処分対策等を充実させつつ、安全性の確保を前提として、国民的議論を行い、国民の理解を得つつ進めるとされている。
 軽水炉発電は、21世紀社会においてもエネルギー供給の一翼を担うものであり、その利用に際しては、使用済燃料の再処理と中間貯蔵、さらには放射性廃棄物の処理・処分を含めた軽水炉発電体系として総合的にとらえるとともに、長期的な視点から計画的に進めることが必要である。

(1)成熟技術としての軽水炉発電
 21世紀社会におけるエネルギー供給システムにおいては、経済性の向上に加えて、環境への負荷低減、資源の長期にわたる安定的確保などがこれまで以上に重要になると考えられる。電力の利用側では、利用効率の向上と省エネルギーの促進が重要であり、供給側では、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーの利用等も推進しつつ、軽水炉発電の着実な推進が求められている。
 また、これまで日本で培ってきた原子力の平和利用技術を国際的に活用するためのひとつの手段として、近隣アジア諸国を中心とした諸外国への軽水炉発電プラントの輸出が考えられる。これまでに、原子力メーカーによる中国等への原子力機器の輸出実績はあるものの、原子力発電プラントとしての輸出経験はなく、今後は輸出相手国のニーズに合わせたプラント(中・小型炉を含む)を供給し得る民間体制構築に係わる条件整備等が必要と考えられる。
 さらに、電気事業の効率化など、近年の電気事業を取り巻く状況を考慮すると、軽水炉発電が本格的にスタートした1970年以降、約30年間にわたるこれまでの原子力発電プラントの建設と安全運転の実績に基づく規制の合理化等により、安全性の維持・向上を図りつつ、国際的に競争力を持った原子力供給産業が育成されることが期待される。

(2)軽水炉におけるプルトニウム利用
 日本では核燃料サイクルを確立することによって、限りあるウラン資源を有効に利用することとしており、余剰プルトニウムを持たないとの原則の下、計画的にプルトニウム利用を進めていくこととしているが、高速炉によるプルトニウムの本格的利用に先駆けて、既に成熟段階に達している軽水炉でプルトニウム(MOX燃料)を利用することが検討され、実施段階に至っている。
 従来の長期計画においても軽水炉によるプルトニウム利用の必要性がうたわれており、軽水炉による商業発電が本格的にスタートする以前の1961年に策定された長期計画において既に、熱中性子炉に対するプルトニウム燃料の実用化を図ることが示されている。
 今後は、既存の軽水炉へのMOX燃料の装荷、さらには青森県大間でのフルMOX軽水炉の建設など、軽水炉によるプルトニウム利用の本格化や高速炉開発の見通しなどを踏まえ、整合性のある核燃料サイクル体系として、軽水炉によるプルトニウム利用の意義と位置づけを改めて明確に示すことが重要である。

(3)使用済燃料の再処理と中間貯蔵
 軽水炉の使用済燃料の再処理については、使用済燃料の中間貯蔵に対する核燃料サイクル上の意義を踏まえ、改めて再処理の基本方針を明確にする必要がある。また、これまでの海外再処理により、今後返還される軽水炉用MOX燃料及び高レベル放射性廃棄物(ガラス固化体)の海上輸送について、国際的理解を得つつ進めていくことが重要と考えられる。
 発電所外における使用済燃料の中間貯蔵に関しては、関連法令の整備及び事業の在り方並びに施設の立地地域との共生などに関する考え方等についての検討が行われ、それを踏まえて法整備等の準備が進められているところであるが、今後、立地の推進等、事業の具体化に向けた努力を引き続き行っていくことが重要である。

(4)放射性廃棄物の処理・処分
 放射性廃棄物については、安全性の確保はもとより、廃棄物の容量を低減するとともに、適切な区分と処分の枠組みに基づいて合理的に処理・処分することが望まれる。
 低レベル放射性廃棄物のうち、セメント等を用いてドラム缶に固化されたもので放射能濃度の低いものについては、浅地中の埋設処分を進めることとしており、その一部については、1992年12月より青森県六ヶ所村の低レベル放射性廃棄物埋設センターにて埋設事業が開始されている。
 高レベル放射性廃棄物については、安定な形態に固化(ガラス固化)し、30年間から50年間程度冷却のため貯蔵した後、地下の深い地層中に処分することとしている。高レベル放射性廃棄物の処理・処分については、核燃料サイクルを確立するとともに、21世紀以降においても原子力エネルギーを安全かつ有効に利用していく上で解決すべき最も重要な課題のひとつであり、その基本的考え方については、1998年5月に高レベル放射性廃棄物処分懇談会の報告書「高レベル放射性廃棄物処分に向けての基本的考え方について」にとりまとめられている。
 報告書には2000年を目途に処分事業の実施主体を設立し、2030年代から遅くとも2040年代半ばまでに処分場の操業を開始することが示されており、報告書に示された基本的考え方に基づいて、地層処分に関する研究を着実に進めるとともに、最終処分に向けた体制を整備していくことが重要である。さらに、地層処分に対する社会的理解を得ることが不可欠であり、そのためには今後、処分事業の実施主体の設立や最終処分場の立地選定に係わる情報公開を促進すること等が必要と考えられる。

3.3 高速増殖炉及び関連する核燃料サイクル技術の研究開発

 1994年6月に策定された現行長期計画では、高速増殖炉については「軽水炉などに比べてウラン資源の利用効率を飛躍的に高めることができることから、将来的に核燃料リサイクル体系の中核として位置付け、将来の原子力発電の主流にしていくべき」ことが記されており、また先進リサイクルについては「我が国が実用化を目指している現行のリサイクルシステムの他に高速増殖炉技術をベースにした新たなリサイクルシステムとして、窒化物燃料、金属燃料等の新型燃料によるリサイクルやアクチニドのリサイクルを行う先進的な核燃料リサイクル(先進リサイクル)について長期的な研究開発に取り組む」と位置付けられている。
 その後、「もんじゅ」ナトリウム漏えい事故が発生し、安全性総点検など技術的な対応が進む一方で、この事故を契機に高速増殖炉懇談会の設置、動燃改革の実施などがあった。
 高速増殖炉懇談会は原子力委員会の下に設置され、高速増殖炉研究開発の在り方について、広く我が国各界各層の有識者による検討が行われた。同懇談会報告書では、「将来の非化石エネルギーの一つの有力な選択肢として、高速増殖炉の実用化の可能性を追求するために研究開発を進めることが妥当」であることが示され、1997年12月、原子力委員会は、この報告書を尊重して高速増殖炉研究開発を継続して進める決定を行った。
 一方、海外においては、仏国実証炉スーパーフェニックスの閉鎖、消滅処理研究の一環としての原型炉フェニックス運転再開等の動きがあった。
 これらの情勢を踏まえ、今後新たな長期計画策定審議の際に、特に重要な論点の一つと考えられる高速増殖炉及び関連する核燃料サイクルについて、その研究開発の進め方についての課題、問題点などを整理した。以下に、主な論点を示す。

(1)高速増殖炉を巡る状況認識
 高速増殖炉は、発電しながら消費した以上の核燃料を生成することができる原子炉であり、関連の核燃料サイクルと相まってウラン資源の利用効率を飛躍的に高めることができ、その利用の本格化により原子力発電の核燃料の対外依存度を大きく引き下げることができる。このような資源論的観点からの高速増殖炉研究開発の必要性は今後とも変わることはない。しかしながら、現在、ウラン需給が緩和基調にあり、今後を見通しても、当面、大きな情勢変化がない限り、この観点のみからは実用化を必ずしも急ぐ必要はないとの状況判断がある。また、規制緩和・自由化により、電力会社の経営環境も現行長期計画策定以降大きく変化し、市場原理に対応可能な経済性向上が一層求められている。さらに、原子力に限らず国民の環境問題への関心はとみに高くなってきている。

(2)研究開発の進め方
①基本的考え方

実用化をいつ、どのように目指すのか、またどのような経済状況、社会状況の中で実用化するかという実用化シナリオを目指すべき将来像とともに明確にして研究開発を進める必要がある。その際、実用化時期においては、現在と比べどのような状況変化が起こり、その時に必要とする技術はどのようなものであるかを予見し、それに備える研究開発を行うことへの理解を国民に求めるという視点で検討する必要がある。
経済性、資源、環境負荷低減、核不拡散などの観点について、どのような条件を満たすべきであるかという評価基準(ターゲット)を経済、資源、環境の専門家を交えて十分に議論する必要がある。
高速増殖炉は、増殖に加えて、高次のプルトニウム及びその他の超ウラン元素を複数回リサイクルして燃焼できるなど、超ウラン元素を効率よく燃焼できるポテンシャルを有しており、このポテンシャルを活用した重要な役割を果たし得る点についても検討が必要である。

1)資源論的視点

増殖によるウラン資源の有効利用という高速増殖炉本来の位置づけは、現時点においても変わらないことから、かかる観点からの研究開発を進めていくことが重要である。また、ウラン資源の有効利用には、増殖に加えて、ウラン、プルトニウム及びその他の超ウラン元素を燃焼することができる高速増殖炉のポテンシャルを活かした高速増殖炉及び関連するリサイクルシステム(高速増殖炉システム)の研究開発に関する検討も必要である。

2)環境論的視点

高速増殖炉は、超ウラン元素の燃焼だけでなく長寿命核分裂生成物の消滅も考えられ、核不拡散性が高く、環境負荷低減を図る高速増殖炉システムが構築できると考えられるため、この視点での研究開発の進め方に関する検討が必要である。
環境負荷低減を狙った高速増殖炉システムの研究開発は、技術的課題も多いため、長期的な視点に立って、その実現可能性を十分に評価しつつ、高レベル放射性廃棄物処分計画との整合性に配慮して進める必要がある。

3)経済性

高速増殖炉システムの研究開発を行うに当たっては、安全性の確保を大前提として、ウラン資源の有効利用という高速増殖炉本来の位置付けを明らかにし、環境負荷低減効果などを考慮しつつ、その実用化には経済性が鍵になるとの認識に立って研究開発目標を総合的に設定することが重要である。
実用化をにらんだ場合には、市場原理に基づく経済性の確保が重要な要素であり、軽水炉との競合といった経済性が要求されるレベルに達しなければ、社会システムに入らないと考えられる。このため、設計作業の結果、軽水炉と競合しうる経済性を持たないことが判明した場合には、早期に次のアイデアを探すこと、基礎的研究に戻り技術的選択肢を広げることなどが重要であり、弾力的な計画とする必要がある。
今後、研究開発を進めるに当たり、実現を目指す高速増殖炉システムは経済性を重視して評価すべきといった考え方と、経済性の観点だけでなく複数の指標で評価し、総合的に判断すべきといった考え方があるが、両者について一層の検討が必要である。

②経済的・効率的な研究開発の必要性

高速増殖炉システムの研究開発を行うに当たり、研究開発そのものについての経済性・効率性も重要であり、原子力開発に固有な問題として、研究開発が抱えているコストの増加要因などを十分に分析することが重要である。
研究開発に対しても経済合理性に配慮して、実証炉を経て実用化に至るという、これまでの段階的開発に代わる新しい進め方の可能性についても検討する必要がある。
研究開発では、競争的環境に配慮するとともに、常にオープンな形で定期的に外部評価を行うことが必要である。

③具体的な進め方(資料3.3-1~資料3.3-7参照)

核燃料サイクル開発機構(JNC)と電気事業者が、協力して実施を計画している幅広い技術的選択肢の評価研究(実用化戦略調査研究)は、高速増殖炉システム全体の整合性を図りつつ、経済性の向上が期待できる革新的な技術を積極的に取り込むうえで重要である。
この研究の最初のプロセスとして、評価すべき選択肢決定の際に、なぜそれらに限定したのかについて整理する必要がある。
選択肢の具体的な評価は、それぞれの研究開発プロセス、スケジュール、研究開発費、期待される成果の比較、実用化に向けたブレークスルーのための具体的方策などの観点からの整理が必要である。
一つの研究開発テーマに硬直することなく、さまざまな選択肢について柔軟な評価が実施される必要がある。
選択肢の絞り込みでは、経済性などの評価に関して透明性のある議論が必要である。
既定(MOXペレット、Purex法再処理、ナトリウム冷却)の研究開発路線の実用化見通し(経済性展望)を早期に見極めることが必要である。
目指すべき将来像の一つとして、自ら整合性のある原子力システム(SCNES)が提案されている。このシステムは、高速増殖炉における余剰中性子を用いて超ウラン元素の燃焼と長寿命核分裂生成物の消滅を、増殖性を確保しつつ、同時に達成するシステム概念である。今後、このシステムについて、経済性の評価を含め、将来の可能性について検討を行うことが重要である。

④研究開発体制
 今後、我が国が効率的に研究開発を進めるためには、関係機関の連携が重要であり、自主性を持ちながらも協力し合うような体制を構築する必要がある。具体的には、今後、JNC大洗工学センターに産学官の専門家を集結し、緊密な連携をとりながら研究開発を進めていく必要がある。
 また、JNCにおいては、高速増殖炉システム全体として整合のとれた研究開発を効率的に行うために、最大限に各事業所の有効利用を図り、相互に緊密な連携を図りながら作業を進めることが重要である。その際、国内外の既存研究開発施設の有効利用を含め、適切な資源配分が必要である。

⑤官民の役割

高速増殖炉システムの研究開発のような大規模かつ長期にわたるプロジェクトは、資金的、人材的に官民がどのように役割分担していくかを十分に検討する必要がある。
現在、高コスト体質そのものが原子力にとって問われており、メーカも新しい概念を考慮し、国に研究開発方針を提案するといった姿勢で臨むべきであり、官民が総力を挙げて経済性の向上に取り組むことが必要である。

(3)「もんじゅ」の位置づけ(資料3.3-8参照)

今後高速増殖炉が国民に受け入れられるためには、地元の理解を得つつ「もんじゅ」をできる限り早期に運転再開し、発電プラントとしての安定・安全運転実績の蓄積を図ることが必要である。
今後、6,000億円の投資に対する成果をきちんと示して、初期の目標を果たすことが重要である。
「もんじゅ」は、当面、発電プラントとしての技術実証の場としての活用が重要である。その後については、実用化戦略調査研究の結果明らかにされる研究開発目標に応じた活用も図る必要がある。
実用化戦略調査研究などによりいかなるシステムが選択されたとしても、高速増殖炉の枢要技術の研究開発にとって「もんじゅ」は価値があると考えられ、今後その点を適切に示していく必要がある。
今後ナトリウム漏えい等の事故が起こらないよう最大限の努力を払うべきであるが、万一の場合においても、JNCは再び国民の不信感を招くことがないように、的確な対応が取れる体制作りなど、ソフト・ハード両面での危機管理体制の整備が必要である。

(4)国際協力のあり方

高速増殖炉システムの研究開発のように、大規模かつ長期にわたるプロジェクトについては、国際資源の有効活用の観点から、国際協力の基本的考え方に関する検討が重要と考えられる。
この分野の国際協力は、現在、仏国を中心に露国との協力も進展しつつあるが、今後、米国などを含め総合的に進めていく必要がある。
これらの国際協力においては、核不拡散上の国際的な懸念に対する慎重な配慮が必要である。
これからの国際協力は、フロントランナーとして日本の主体性をどこに置きながら進めていくかにポイントを置く必要がある。また、日本が狙う高速増殖炉システムのコンセプトを早期に議論をし、それが将来の姿として見た時に国際的な共通認識になり得るか、世界をリードすることができるかを評価することが重要である。
我が国の高速増殖炉システム研究開発の中で、独創性のある体系を日本から発信し、積極的に海外の関係機関、関係者との間でネットワークを結ぶなど主体性が発揮できるような仕組みが必要がある。
また、海外でこれまでフロントランナーとしてリードしてきた研究者との交流が必要である。
必要とする研究開発について、日本独自で実施すべきことと国際協力で実施し得ることの整理を行った上で、国際協力を進めることが必要である。

3.4 国民生活に貢献する放射線利用

=「人」の視点に立った、生活に「安心」をもたらす放射線利用=
 放射線・放射能の概念は、誕生から高々100年の歴史を有しているに過ぎないが、今日では物質や宇宙など自然を理解するための基礎概念として極めて重要な役割を担っている。放射線の利用は社会に既に広く浸透しており、今後もその利用がもたらす生活向上への利益は大きいものと期待されるが、放射線利用の恩恵の受け手である一般の国民には、その実態が充分に理解されていない。たとえば原子力の不幸な生い立ちから原子爆弾を連想させるような放射線に対するイメージの悪さや、放射線の健康リスクへの懸念から、常に一種の懐疑と警戒感が先行しているのが実情である。放射線利用の一層の普及を図るためには、製品などの供給者である企業や研究開発機関の努力は言うまでもないが、その成果の受け手である一般国民の抱く、このような警戒感を払拭し、安心感を醸成する努力がこれまで以上に求められている。その意味で「受益者としての人」の視点から放射線利用を捉え直すことが重要である。特に、放射線リスクの健康影響については、我が国の放射線被曝の原点でもある広島、長崎の体験にまで立ち返って考えていく必要があり、その視点に立った研究の拡充と成果の公表が切に望まれる。
 放射線利用の対象となる放射線は、初期にはX線の他には天然の放射性物質からのものが主であった。天然の放射線源は高価であり、強度の大きいものが得られないために、医療及び若干の工業利用に限られていた。その後、加速器や原子炉が開発され、安価かつ大強度の放射線が人工的に産み出し得るようになって、利用が多様化し、医療は言うに及ばず工業、農業その他の分野の産業への利用が急速に進んだ。その結果、設備と経験の蓄積が進み産業界では放射線利用が容易になり、研究開発部門では21世紀のニーズに対応した新たな利用分野の開拓が始まっている。一方、加速器からの強い1次ビームを変換して、高品質、あるいはRIビーム、中性子ビーム、ミュオン・ニュートリノビーム等の2次ビームを発生させ利用する研究開発が拡大期に入りつつある。
 これからの社会に求められる“「受益者としての人」の視点に立った、生活に「安心」をもたらす放射線利用”としては、医学・医療分野に代表される国民の健康と福祉の向上をはじめ、安全で衛生的な食品の提供、環境の保全、更には従来工業や農業に係る利用としてとらえられてきた分野においても、経済・社会の発展に大きく寄与する「社会に活力を与える放射線の利用」として、今後、益々その真価を発揮するものと期待される。

放射線利用の現状と将来の展望

(1)医学・医療分野での放射線利用
①放射線医学の役割
 放射線の医学への利用の試みは、人類が原子力をエネルギーとして利用するはるか以前から取り組まれており、レントゲンによるX線の発見にまでさかのぼる。放射線医学の包含する三つの専門分野、即ち、放射線診断学、放射線治療学及び核医学は、それぞれこうした19世紀末の物理学上の偉大な発見に端を発し、その医学応用として、特に20世紀後半に新たな技術が導入されることで、目覚しい進歩を遂げてきた。
 今日、医学全体の中で放射線診療の果たす役割は、30年前に比べて著しく増大している。例えば、海外先進国においてはがん治療のうち、50~60パーセントが放射線治療ないし、その併用により行われている。こうした状況に鑑み、病院における医療の質を、放射線診療の質が左右するといっても過言ではない状況が生じつつある。また、我が国における放射線の生物影響、環境影響等の研究成果は、医学利用においても取り上げられ、「原子放射線影響に関する国連科学委員会」(UNSCEAR)の報告書等を通じて、世界各国の研究活動や原子力行政に役立てられている。
 21世紀の医療においては、単なる病気の治癒だけでなく、治療の安全性はもとより、患者の苦痛の軽減や“生活の質”(QOL)の向上等への期待が一層高まると予想されるが、こうしたニーズに対しても、放射線診療の果たす役割は大きくなると考えられる。

②放射線医学の変遷
 今日、X線の他に核磁気共鳴現象(NMR)や放射性同位元素(RI)で標識した放射性薬剤を用いた画像診断が広く普及し、特にコンピュータ診断撮影(X線コンピューター断層撮影(X線CT)、磁気共鳴映像法(MRI)、陽電子放出断層撮影(PET)、単光子放出コンピューター断層撮影(SPECT))は、がん、痴呆、動脈硬化性疾患など成人病をはじめ、多くの疾病の診断、また精神分裂病等の病態解明等に重要な役割を担っている。一般核医学検査では、SPECT等に用いられるRIとしては、テクネチウム99(99mTc)の需要が急増しているが、99mTcは現在のところ海外からの独占的な供給に依存しており、安定供給を図る上から複線的な供給体制の整備が望まれている。
 また、核医学検査における今後の研究開発としては、これまでの臓器組織のマクロのレベルの検査にとどまらず、細胞レベルの異常を検出し、早期治療及び予防へと繋がる技術の開発が望まれている。例えば、新しいRI技術として複数の核種を同時に利用するマルチトレーサー技術の開発・利用への期待や、PET、SPECTの技術開発の進展とともに、研究施設として、動物用PET、SPECTセンターの設置についての要望も強い。また、放射光を利用したイメージング法が、従来にない細密画像を与えることから、医学分野における技術の完成が待たれており、併せて病院設置型の放射光発生装置の開発と臨床への応用の進展が望まれている。
 放射線によるがん治療は、臓器の機能を保存し、容姿にも変化を与えないなど生活の質を重視した方法として優れた特長がある。しかし、我が国ではがん患者が放射線治療を受ける率は欧米に比べて低い。放射線の特長について理解を深め、普及を図ることは、国民の医療水準の改善に極めて重要である。現在、ガンマ線、電子線、陽子線、重粒子線、中性子線など各種の放射線が利用されている。特に、陽子線、重粒子線による治療は、技術の向上と施設の地域展開により一層の普及が望まれている。さらに将来は、効率的がん治療法としてRIビームの利用が期待されている。これら新しい粒子線治療では、治療技術者(医学物理士)の養成が欠かせない。中性子利用では、病巣への集積率が高いホウ素化合物の開発による中性子捕捉療法の新たな展開が期待されている。
 病巣集積性RI内用療法(targeted therapy)としての免疫核医学治療、終末期医療(terminal care)の一環としての疼痛緩和、動脈硬化性の狭窄血管拡張後の再狭窄防止などRI利用放射線治療が注目されている。しかし、これらの用途に限らず我が国のRI供給体制は、欧米に比べ見劣りした状況にある。先端的な放射性薬剤、RI利用治療技術の研究開発にとっては大きなハンディキャップとなっている。
 レーザーの利用も診断及び治療の両面で普及が進んでいるが、今後は、新しいレーザーや分光技術の開発と生体への光作用の研究が進むことにより、がん組織のその場診断や分子レベルの治療が可能となり、試薬等による医療環境汚染や患者の苦痛の軽減に貢献することが期待される。
 その他、蛋白質の立体構造の解析が放射光を用いて進められているほか、生命科学の分野で幅広くレーザー、NMRやRIの利用が進められている。これらは将来において、新薬の開発、遺伝子治療等に貢献することが期待されている。

③これからの放射線医学
 これまで、患者に苦痛を与えず、短時間に終了し、副作用の少ない診断技術の改良と開発が進められてきたが、今後、実現すべきは、非侵襲的組織診断である。即ち、生体検査や手術により組織を採取せずに、病理組織診断を行える生体顕微鏡の開発である。現在、このための放射光装置や6~8テスラの超高磁場MR装置の開発が進められており、生体顕微鏡の実現を視野にとらえている。
 患者の求めているのは苦痛の軽減であり、病気の治癒である。一般には、正しい診断ができてこそ、効果の確実な治療を行うことができるが、たとえ診断ができても、治療を十分行うことができない事例も多く存在する。診断技術が治療計画や治療そのものに直結することが期待される。近年の画像診断技術とコンピュータの応用により、放射線治療計画は著しく精度を増し、これに照射法の開発が相まって、放射線治療効果が高まり、副作用は激減した。一方で、病巣部への適切な線量分布を達成するために、病巣部に限定して適正な線量を照射する原体照射法や、病巣部に立体的に各方向から集中して照射するための定位的放射線治療装置が普及しつつあり、これによって放射線治療の精度は向上した。脳局所病変の根治治療を行うのに必要なγナイフ装置については、既に我が国では20数台が稼動しており、これによって外科手術がむずかしい症例の治療が可能となった。また、がん治療においては、ブラッグピークを利用して線量分布を良くする陽子線治療装置やそれに加えて生物学的効果が高く、低酸素の影響を受けにくい重粒子線治療装置が建設され、世界的には既に約27,000人の人々がこうした治療を受けている。我が国においても、例えば、放射線医学総合研究所では、過去5年間に550症例余りの各種がん患者の重粒子(炭素)線治療を実施しており、現在、安全性と適切な照射線量を確認するためのI/Ⅱ相臨床試験から治療効果を確認するための第Ⅱ相臨床試験に移行しつつあるが、重篤な副作用を起こさずに腫瘍縮小効果が得られるという十分な手応えが得られている。重粒子線は、特にγ線、X線の照射で効果の期待しにくい腺がんや悪性黒色腫、肝細胞がんでの成績が期待される。21世紀には、多様化する放射線治療を、症例毎に使い分けることが可能となる。
 治療計画通りに照射されているか否かの確認も、精度の高い放射線治療を実施する上で重要である。東大病院では、X線治療ビームを用いたCTでこれを実現している。放射線医学総合研究所における重粒子線治療の場合は、照射時に核破砕反応(フラグメンテーション)で生じる11CをPETで検出して画像化している。これを自己放射化(オートアクチベーション)画像と呼び、照射された場所が描出され、さらに、2次ビームから11Cのみを抽出して治療照射に用いる試みもある。
 選択的血管造影技術を利用して、狭窄、閉塞を再開通するなど、診断と治療が一体化した放射線診療技術(IVR)は、放射線診断と治療の境界を無くした。更にカテーテルやステトンを介して、RIを導入して血管内皮を照射し、開通した血管の再狭窄、再閉塞を防止する治療法が注目を集めている。小線源を用いる腔内照射技術の拡大、手術室で随時開創照射を可能とする可動型電子線照射装置、RI標識抗体による放射免疫治療など、新しい装置と放射性薬剤の開発により、放射線治療の守備範囲は益々広がりつつある。

(2)環境保全、福祉の向上に貢献する放射線利用
 放射線の産業利用では、工業分野でのRI利用がいち早く進んだ。今日では、厚さ計、レベル計、水分計、非破壊検査などを中心に各種製造業での利用が普及している。放射線の照射利用では、現代基幹産業の材料・部品製造プロセスへの利用が普及している。それらの最終製品は自動車、家電製品、半導体製品などとして、身近かな分野で我々の生活を支えている。また、印刷・塗装・接着、医療用具の殺菌などにおいても、クリーンで省エネルギーを特徴とする放射線プロセス利用が一層の拡大期に入っている。
 今後の応用分野としては、宇宙や核融合炉のような放射線環境で用いられる放射線に強い半導体素子や有機絶縁材料の開発、優れた光・電子機能を有する表面機能材料の開発、海水中の有用金属を選択的に捕集できる金属吸着材の開発等、先端的材料開発への利用が進んでいる。また、最近は、社会の関心が高い環境保全への放射線利用研究が活性化しており、モニタリング等の測定技術、環境浄化等の対策技術の両面で様々な成果が挙がりつつある。例えば、モニタリング技術としては粒子線励起X線放出分析法(PIXE)による大気中エアロゾルの成分分析、また対策技術としては国産技術である電子ビーム排煙処理技術が国外も含めて既に普及の段階にある。
 測定技術の新たな展開としては、植物内物質移行のその場観測を可能にした植物用PET技術の開発がトレーサー技術の新展開として注目される。公害物質や環境ホルモンに起因する環境ストレス下での植物の機能応答をその場観測し、植物による有害物質の代謝機構を解明して実用的な環境浄化植物を作出しようという研究が始まっている。またRI製造と検出法の先進的な技術の開発により、水や大気の循環に伴う環境物質の移行機構や、新しい重金属有機化合物の探査と生物濃縮機構の解明が進むものと期待されている。環境への有害物質の放出に対する対策技術では、工場の換気ガスからの芳香族炭化水素化合物や有機塩素化合物(トリクレン、ダイオキシン等)の除去、工場排水からの有害重金属の除去など大気、水質保全への利用が期待されている。プラスチックによる環境汚染も古くから課題とされているが、生分解性プラスチック加工への放射線利用が注目されている。さらに、高齢化社会を迎えつつある我が国では、創傷被覆材、脱臭クロスなど医療・福祉のための材料の需要が増加しており、これらの製造に放射線のクリーンな特性を生かした利用が期待されている。

(3)安全で衛生的な食品流通と食糧の確保に貢献する放射線利用
 地球規模の環境悪化と人口増加のために、21世紀における食糧不足が懸念されている。また、新たな病原微生物の出現等により食中毒も増加傾向にある。このような背景のもと、食糧の損耗防止と衛生化のための技術開発は緊要であり、殺菌、殺虫の新たな技術が要望されている。このようなニーズに応える技術が食品照射であり、世界の約30か国で実用化され、許可品目も100を超えている。ただし、我が国では馬鈴薯1品目が許可されているに過ぎない。放射線照射は香辛料等の品質をほとんど変化させることなく殺菌できる技術であり、企業における殺菌技術としての食品照射への期待が高まっている。また、オゾン層破壊を理由に臭化メチルの使用が禁止されようとする中で、その代替の殺虫技術としての食品照射への関心が高まっている。しかし、食品照射については安全性に関する消費者の理解が十分に得られていないという問題があり、理解増進活動の強化が求められている。また、行政の積極的な関与も不可欠で、国際的な食品照射会議には正式メンバーとして参加し、我が国の考え方、動向を述べるとともに、国内に向けては世界の状況を伝える情報伝達者の役割を担い、国際的な調和を図る努力が必要である。
 作物の品種改良手段として、放射線誘発による突然変異が広く利用されている。放射線としては、実用的にはX線、ガンマ線が使われており、研究用としては原子炉中性子も利用されてきた。我が国は品種改良の実績において世界の上位にあり、これを広く国民に知ってもらうことが大切である。最近は、農薬等による環境汚染を避けるため、イオンビーム利用による遺伝子の改変、遺伝子導入、非対称細胞融合の技術と分子レベルでの育種手法を併用することで、無農薬作物や多収穫作物を作出しようとする技術開発が展開されている。

(4)人類の将来のための放射線技術の利用
 そもそも放射線は宇宙の進化を通じて生じたものであり、その中に浮かぶ地球上で人類は生存してきた。人類の活動範囲が宇宙へと拡大する中で、宇宙環境の特異な放射線の把握、その人体影響及び防護は21世紀の重要な課題である。宇宙にある複雑な成分構成と広いエネルギー範囲を持つ放射線を扱うには、地上で蓄積した放射線利用技術を集約する必要があるため、宇宙への応用を通じて確認された放射線測定等の技術と知見は、地上にフィードバックして役立てることができる。また、宇宙のような低線量率の放射線環境下における人体影響の知見は生物・医学分野においても有益である。

(5)放射線利用に係る国際貢献
 医療・福祉の向上、食糧・エネルギーの確保、環境保全が国際的に大きな関心を集めている中で、原子力は、これらの課題の解決手段として大きな可能性を秘めている。一方、原子力は高度な技術によって利用が可能になるものであり、これからこれを利用しようとする国に対しては、先進国が必要な技術を移転し、安全な利用に向けた技術の国際的調和を図っていく必要がある。技術移転の基本は人材養成である。また、共同研究、情報交換、さらには施設の共同利用を通じてお互いに補完し合うことは、原子力平和利用の開かれた国際環境を築く上で大きな意義がある。
 従来、放射線の工業利用や医学利用の分野では国際原子力機関(IAEA)の地域協力協定(RCA)活動を中心に、東南アジア諸国への技術移転や人材養成が進められた。我が国は技術提供国の一員として、人的にも資金的にも積極的な支援を行ってきた。インドネシアにはガンマ線照射施設がUNDP(国連開発プログラム)の資金により建設され、天然ゴムラテックスの架橋技術などの研究開発が行われた。RI利用では、厚さ計のデモンストレーション、非破壊検査技術を始めとしてトレーニングコースが数多く開催された。その後、域内の自立的な協力活動が奨励され、IAEAの支援は、かつてのようなプロジェクト推進からCRP(研究調整会議)による研究協力が主体になっている。その他、我が国独自の取り組みとして、インドネシアには研究炉利用支援、マレーシアには電子線利用支援などが進められた。また、科学技術交流制度による研究者の受け入れが行われている。
 以上の活動を通じて東南アジア地域には多くの研究者、技術者が養成された。しかし、現今の経済状況を反映して活動は低迷したままである。一方、IAEAの活動にも、資金上の困難から行き詰まりの状況が生まれつつある。活動の再生には我が国の資金提供が依然として不可欠であるが、これからは技術提供国であっても一方的な支援に終始することなく、国益に照らした主体的、継続的取り組みが望まれる。共同研究の推進、定期的な域内情報交換会議の主催、さらには施設の共同利用などを相互利益を原則として進める必要がある。施設の共同利用に関しては、インドネシア(可能ならば韓国も)の研究炉の共同利用事業を提案したい。先に99mTcの複線的供給体制の必要性を述べたが、現在の核分裂(n,f)法と並んで、原研が開発した技術によれば原子炉を用いた(n,γ)法によっても供給できる。現地における放射線利用産業の振興策としても有効であり、我が国からのベンチャー資本の投入の可能性と併せて検討してみる必要があると考える。
 宇宙放射線のような高エネルギー放射線の測定器開発、放射線影響研究等を地上で行うには、加速器利用が不可欠である。特に重粒子の人体影響が大きいため、国際的にもNASA等から重粒子加速器装置の利用に大きな期待が寄せられており、重粒子加速器利用研究は国際貢献の推進に役立つ。
 研究者の受け入れ制度については、人選、受け入れの時期その他について受け入れ現場の裁量が入り易い形での制度の拡充が望まれる。

放射線理解の増進に向けて

(1)放射線の生物影響と防護方法
 ラジウムの発見者であるキュリー夫妻も、がん治療に対する放射線の有効性を認識していながら、放射線による障害について十分認識していたとは思えない。当時においては、放射線の効果に注目が集まり、障害については知識そのものが少なかった。原爆という不幸な歴史によって、更に、その後の経験の蓄積と科学的研究により、放射線障害や健康影響に関する知識は格段に増大し、安全に放射線利用を進めるために不可欠なものとなった。
 しかし、今日、放射線の有用性と有害性に関する理解は、広く社会に浸透しているとは言いがたく、放射線の生物影響に関する科学知識を、21世紀には人々の常識として普及させていく必要がある。人間を含め、生物に対して、放射線はどのように働いてどのような障害をどの程度もたらすのかについて、知識の普及を図ることは、放射線に対する人々の安心感の醸成とその利用を進める上で重要である。
 現在、環境ホルモン、ダイオキシンをはじめとする非常に多くの因子による健康影響が連日のように報道されているが、健康影響の科学的な因果関係、予防、対策などはほとんど解明されていない。その点、放射線の健康影響については、広島・長崎の原爆被爆者の献身的な協力により、その他の因子とは比較にならないほど科学的に因果関係が証明され、防護基準が国際的に確立されるに至っている。放射線のこうした健康影響、さらにその防護に関する科学的知識を正確に社会に普及させることが重要である。
 具体的には、生活環境における自然放射線による健康影響の研究、放射線利用に係る健康リスクと疫学調査、生物影響の基礎である遺伝子の損傷や損傷修復の研究、熱・紫外線・化学物質と放射線の効果の比較並びに低線量放射線の生物影響に関する実証的な研究などの調査・研究を進め、研究活動全体についての情報公開・情報提供に力を入れる必要がある。放射線影響研究所において、1947年から広島・長崎における被爆者の協力のもとに行われている疫学調査は、国際的に評価の高い研究であり、今後も被爆二世を含めた長期的なフォローアップにより、放射線についての新しい知見が期待されている。また、近年、低線量放射線の生体刺激効果の確認研究が進められており、それらの知見も含め、放射線安全利用のデータベースを整備することが重要である。
 これらの基礎的研究に基づいた社会的対策としては、国として放射線による健康影響を真正面から取り上げ、関係機関と真摯に討論することが重要である。人類と放射線の関わりは、食品への放射線照射から原発事故まで様々なレベルが考えられるが、放射線影響について学ぶ機会の提供とともに、予期しない被曝に対する対策は非常に重要であり、法規制の合理化、廃棄物の処理・処分法の確立、原子力災害も念頭に入れた緊急医療体制の整備などが望まれる。我が国ではこれまで、放射線事故に対する緊急医療対応について全国レベルで討論する場がなかったが、医療関係者からの熱心な提案によって科学技術庁、厚生省、地方自治体、電力会社などの関係諸機関が相互に乗り入れ、あるいは協力して緊急医療体制を討論できる体制が整いつつある。さらに国際的に見ると、放射線分野での我が国の国際協力は、民間レベルから政府レベルまで多くの形態があるものの、必ずしも奏効しているとはいえず、今後の組織的な協力体制の充実が望まれる。

(2)放射線教育
 我が国には、国民の中に放射線に対する正しい知識が充分に浸透していないという事情がある。若干の課外活動を除いて初等教育における取り組みが極めて低調であることが一因であるが、放射線・放射能の基底にある概念の複雑さのため、興味を引く授業が行い難いことが大きく原因していると考えられる。授業への易しい導入法を考案する必要がある。
 天地創造の物語は多くの人の興味をかき立てる。例えば、宇宙は放射線と密接な関係があることから、放射線教育における非常によい題材となる。宇宙の進化の大まかな理解は、無限に小さな容積の爆発(ビッグバン)で始まる。エネルギーと放射線の分別できない混合物のなかで、素粒子が現われ、水素、重陽子、ヘリウムの原子核ができる。ビッグバンから30万年間は放射線が支配していた。その後に最初の物質である水素原子が現われ、引き続く核合成により各種の元素が作られ、物質が支配する年代になった。それでも、放射線・放射能は各所に残り、宇宙に浮かぶ地球になお様々な影響を及ぼしている。このような宇宙の成り立ちをわかり易く様々な形で述べ、自然の放射線を取り上げることにより、小学校レベルからでも放射線教育は可能と考える。中学校レベルでは、実験を主体にした教育が有効である。毎年行われるサイエンスキャンプは大好評を博している。高校レベルでは、若干の原理と共に、社会における実用例として原子力発電や放射線利用が日常の暮らしに役立っていることを教える。先生に対する教育・研修、教育現場への実験器材の供給を進めることも欠かせない。
 一般社会では、医療現場での患者、家族への放射線教育、科学技術展への出展と専門家の講師派遣などをこまめに行う必要がある。また、地域のPR担当者を育成し、地域の事情に合った活動も求められている。さらに、放射線の産業利用に関する統計整備、照射製品のマスコミ広告、放射線利用工場の見学などについて企業の積極的な取り組みが望まれる。また、教育の場や一般社会において、放射線の健康影響に対する正しい知識についても教えることが必要である。

3.5 未来を拓く先端的研究開発

(1)長期計画検討の留意点
 21世紀を迎え、人類社会と自然環境との調和が求められる中で、先端科学技術として、原子力の貢献への期待が高まっている。例えば、健康や生活の質的向上(QOL)が国民の大きな関心事となる中で、21世紀においてはライフサイエンス等の発展に対する期待が益々高まると予測されるが、原子力における先端的・基盤的研究開発は、こうした分野に新しい科学の手法を提供し、知的フロンティアを拡大していくための基礎であることは、20世紀の自然科学や文明の発展の過程からも明らかである。こうした先端的研究開発の発展による他の分野の研究や社会での実用化に向けたシーズの提供、及び新しいニーズの開拓の役割(テクノロジー・プッシュ)を十分認識し、ニーズ先行型の研究開発(ディマンド・プル)との関係をよく整理しながら21世紀の研究開発を展望していくことは重要である。そのため、独創性を最大限に引き出し、成果の先駆性を正当に評価できる環境の中で研究開発を進めることが、人類社会の持続的発展を効率的に実現していく上で重要である。一方、ニーズ先行型の研究開発は、マイルストーンを設定し、研究開発を進めることが重要である。
 行政改革により、原子力委員会が内閣府に移行することを踏まえ、現状と将来を展望しつつ、原子力の先端的研究開発について、長期計画の策定に向けて議論する枠組みを構築することが重要である。
 これまでの長期計画では、大学は、人材養成と学術研究機関としての役割が期待されていたが、省庁再編後を想定した場合、大学における原子力の研究も含めた産官学の連携、分担等、国全体として整合性のとれるように注意し、また研究開発の効率化を目指し、21世紀にあるべき科学技術をスコープに取り入れる方向で検討することが必要である。
 更に、今後の原子力研究開発プロジェクトにおいては、国際的分担において我が国が担当すべきテーマを整理することが重要である。原子力研究開発には大規模かつ重要なプロジェクト(いわゆる「メガサイエンス」)が少なくないので、国際的な分担・協力のもとに我が国が積極的に貢献できる領域を見極め、先進諸国の一極を担う責任をもって取り組むことが重要である。このためには、国際的な環境の整備や世界に開かれた研究体制の構築等を進めていく努力が重要である。

(2)先端的研究開発についての検討範囲
 原子力は、原子の中のミクロな世界が持つ機能を基礎とした、「粒子や原子核の反応に根ざした幅広い科学技術」として捉えることが重要である。光・荷電粒子・中性粒子は、この宇宙を作り上げている基本物質であり、ミクロな世界の機能を人類にもたらす有用なツールである。20世紀の科学技術において、原子力研究開発とは、光、荷電粒子、中性粒子を理解し、さらに、それらを使ってミクロな世界が持つ機能、即ち、原子核や原子によって構成された物質とその機能を活用する方法を見出すことである。
 一方で、例えば量子力学の例に見られるように、原子力の先端技術研究開発の進展は、単に物質的な側面のみならず、科学的なものの考え方の革命という精神的な面からも、大きく人類に貢献してきた。
 21世紀を迎えて、人間社会と地球環境の調和を図り、人類の持続的発展に貢献することが求められている今日、改めて原子力分野の先端技術研究開発を、

1)物質の根源を理解すること(物質)、
2)物質そのものの創製とその性質・機能の理解を進めること(情報)、及び
3)それらの知的及び物質的情報をもとに人間生活に寄与する新しい利用法、
4)例えばそれらの集大成としてのエネルギー生産の新方法、新システム、及び高度計算科学などの新技術を開発すること(技術、エネルギー)、
と位置づけてこれを推進し、原子力の多様な可能性を広げるとともに、それを活用する総合科学技術として、エネルギー技術開発等の基礎を築く必要がある。また、国民への説明、提示方法は、これらを正確に分かりやすくするために工夫することが必要である。

(3)現状と展望
 原子力の先端的研究開発においては、光、荷電粒子、中性粒子源の開発等の連携により、新たな研究の展開が可能となる。このための手段として、放射光、レーザー、加速器、原子炉、核融合炉等の装置を開発する必要がある(資料3.5-1参照)。

①光
1)レーザー
 レーザーは自然界にはない、単色で指向性がよい光であり、光が持つ「力」を極限まで利用する技術である。このため、光の諸特質を生かして、物質の加工や情報通信、医療分野等に広く利用されている。
 今後、宇宙物理現象の解明やレーザー加速器(レーザーを用いて粒子を加速する小型加速器)の実現のためには、レーザーの短波長化、極短パルス化、大出力化等が重要である。また、遺伝子やタンパク質の理解、細胞の内部加工、材料の加工のためには、高輝度なX線レーザーによるホログラフィ(3次元立体写真)、短波長・短パルスレーザーによる微細加工(アブレーション)技術の実用化を図る必要がある。また、レーザーは、遠隔操作での加工技術や新しい情報通信技術としても期待されており、そのためのレーザーによるロボット制御技術、光通信技術の開発の促進が必要である。
 更に、レーザー核融合科学、レーザーにより雷を誘導する誘雷技術、レーザー光のエネルギーで人工衛星や飛行体を推進させる技術への応用を図る上で、大出力化、エネルギー変換技術、レーザー推進の技術開発を進めることが重要である。特に高出力レーザーの開発は、レーザー核融合における点火燃焼研究とともに、レーザー生成プラズマによる高輝度X線発生の研究、同位体・群分離技術の研究、及びレーザーによる廃炉処理技術の開発等、原子力分野での応用研究の展開に大いに貢献するものである。

2)放射光
 放射光とは高速の電子が軌道を曲げられたときに出る光であり、たんぱく質や生体物質など微細な構造を探るのに適している。原子核をクオークのレベルで理解するためには、エネルギーの高いガンマ線の生成、電子分光、自由電子レーザーの研究開発を進める必要がある。また、酵素反応の理解、物質表面界面の構造・機能の理解、及び新物質創製研究のため、構造解析技術、光の吸収と分光、X線による励起化学反応と結晶成長技術の開発が必要である。
 放射光の利用分野として、微小がんの発見や血管造影、微少・貴重試料の非破壊分析、地殻の構造変化の把握のためには、屈折・位相イメージング、X線CT、元素分析技術、構造解析技術の開発が不可欠であり、さらに、同位体分離、超ウラン元素分析を行うためには、重元素構造解析、吸収分光・電子分光の研究を進める必要がある。

②荷電粒子
1)重イオン・放射性同位元素(RI)
 重イオンとは、電荷をもった重い原子核である。また、放射性同位元素(RI)は、放射線を発生する元素であり、古くからトレーサーとして用いられてきた。近年の加速器技術の進歩は、様々な重イオンやRIの生成を可能としており、これらに対する新たなニーズと適用の範囲を急速に拡大しつつある。さらに、今後、物質の起源、元素の起源の解明、原子核の存在限界と新構造創成とその理解に向けて、こうした重イオンを役立てていくためには、大強度加速技術、ビーム高機能化技術、超高感度検出技術、大量データ処理技術の開発等、加速器技術の高度化を進める必要がある。
 また、重イオン・RIは、新物質の内部情報、生体物質の情報、遺伝子交信情報、環境中における元素の移行機構の解明などの情報を得るため有用な手段である。即ち、効率的ながん治療や新機能植物の創成のためのRIビーム照射およびオンラインイメージング、複数のRIを同時にトレーサーとして用いるためのマルチトレーサー技術、マイクロビーム技術の開発が必要である。
 さらに、重イオン加速器の応用としては、新機能材料の開発、高感度環境測定法の開発、不安定な原子核のデータベース整備などがあるが、それらを発展させるためには、重イオン・RIビームの高機能化を進める必要がある。
 一方、不安定な原子核の基本的性質を体系的に理解することは長半減期の放射性各種の消滅処理技術に貢献し、また、慣性核融合の実現のためにも必要である。このため、大強度加速技術、ビーム高機能化技術、重イオン・RIビームと光・電子ビームの衝突技術、超高感度検出技術、大量データ処理技術の開発が不可欠である。
 この他、重イオン・RIは、がん治療や医療用トレーサーへの応用が注目されており、ビーム照射・打込み技術の開発を引き続き進めていくことが重要である。

2)陽子・K中間子・π中間子・反陽子
 これらの粒子は強い相互作用を有する素粒子(ハドロン)としてまとめることができる。これらを用いた研究は、主に素粒子科学等、人類の知的フロンティアの拡大に寄与すると考えられる。陽子スピン構造の理解、ハドロン質量生成機構の解明、CP対称性破れに関する基本パラメータ決定や、物質と反物質の理解の促進等、核物理学の発展に寄与するためには、大強度高エネルギービーム発生技術、ビーム衝突技術、反応検出測定技術、大容量データ処理保存技術の開発を行う必要がある。

3)電子・陽電子
 電子線は、医療や工学・物理学等の分野で既に広く使われている。新粒子の発見、素粒子の基本的対称性の検証等、基礎物理学から、生体機能の解明や材料表面の解析、さらには機能性材料の開発、半導体の検査・改質、磁気媒体の開発など幅広い応用が期待されている。また、環境・資源分野では、有害物質除去やウランの捕集材料開発などが期待されており、そのための大強度照射技術や架橋技術の開発が求められている。陽電子は、生体機能の解明や材料表面の解析、半導体の検査等幅広い応用が期待されている。

4)ミュオン
 ミュオンとはπ中間子が崩壊してできる素粒子で、電子とほぼ同じ性質を持つ重い粒子である。レプトン(軽粒子)の基本的性質の解明を目指して、大強度高効率ミュオンビーム発生技術・衝突技術の開発を行う。また、物質内部の磁気的性質の把握、生体内部の微量元素や電子情報伝達の理解を進めるため、ミュオンの自転と磁気的性質を利用したミュオン・スピン共鳴法、非破壊元素分析法の研究開発を進める必要がある。先端機能材料の創製と評価のためには、高強度、高品質ミュオンビームの開発が必要となる。
 さらにミュオンは核融合分野でも期待されており、ミュオン触媒核融合の研究として、大強度高効率ミュオンビーム発生・衝突技術の開発及び連鎖融合反応の向上化を進める必要がある。

③中性粒子
1)中性子
 中性子は電荷を持たず、磁石の性質を有しており、物質中の磁場を正確に反映した挙動を取ることから、物質の磁気構造の理解、高温超伝導体の起源を解明等に大きく貢献することが期待されている。このため、大強度中性子線発生技術(陽子加速器及び重陽子加速器)の開発を進めるとともに、タンパク質立体構造の理解、磁性体材料の開発のために、散乱・回折技術を開発する必要がある。さらに加速器駆動型消滅処理システム及び核融合炉材料の開発には、大強度中性子線発生(陽子加速器等)技術の開発と不安定原子核の理解が不可欠である。
 中性子は、ホウ素中性子捕獲療法等がん治療や、高燃焼度燃料被覆管開発、耐腐食性材料等の開発において期待されており、このための医療用照射技術の開発及び高性能試験研究炉の開発を進める必要がある。
 原子力エネルギー新技術の開拓として、高温ガス炉を用いた核熱利用技術の確立と高度化(HTTR)、整合性のある新しい概念の将来型原子炉システムの開発、及び小型・超小型炉、プルトニウム利用炉などの開発を進める。

2)中性中間子
 中性中間子とは、電荷を持たないπかK中間子である。特に中性中間子は、素粒子物理のなぞの一つであるCP対称性破れに関する基本パラメータの決定に有効であり、このため大強度中間子線発生技術を開発する必要がある。

3)ニュートリノ
 ニュートリノとは弱い相互作用のみをする、自然界で最も他の物質の影響を受けない粒子であり、地球をも突き抜ける性質をもつ。この粒子は質量を持つかどうかも知られていない。もし質量を持てばニュートリノ振動という現象が起こると予言されている。このニュートリノ振動の確認とニュートリノ質量測定を行うため、ニュートリノビーム発生・検出技術の開発を進める。また、ニュートリノ通信の実用化を目指して、経済的なニュートリノビーム源、ニュートリノ検出技術を開発する。

(4)研究開発の進め方
 我が国の原子力研究開発は従来の「追いつけ追い越せ(キャッチアップ)」の時代から「世界におけるリーダーシップを発揮(フロントランナー)」する時代へと移行しつつある。我が国の研究開発体制も、こうした変化を十分に考慮していくことが今後求められる。例えば、研究開発の進め方として、計画の独自性や独創性を評価することが必要である。また、研究施設の利用等においては、従来型の共同利用方式から脱却し、広く開かれた競争的環境の下で進めていくことが必要となるであろう。国際的にも、米・欧・アジア三極構造の中で、アジア圏における我が国の責任を認識し、分担と協力の中で我が国が果たすべき役割を考慮しつつ研究開発を進めていくことが必要である。さらに、「成果を挙げてこそ研究は成功」との視点を持ち、知的成果を積極的に社会に還元していくとともに、次の世代を担う先端技術開発の芽を育むための配慮、例えば技術者の育成や教育基盤の整備等を着実に進めていくことが重要となる。
 原子力分野においては、いわゆるメガサイエンスが多いが、こうした大型計画を実現していくのためには、計画の策定から実現までのプロセスを、原子力委員会の役割・機能も含め、再構築する必要がある。即ち、計画の立案に際しては、中期的計画として研究動向を把握し、研究者コミュニティの意向も留意しつつ、優れた研究者による委員会(パネル)を設置し、研究動向の分析、複数の計画の調整と世界競争に向けた国レベルでのストラテジーの立案、及び独創的・先端的計画の推進と国際的連帯の立場から計画の比較・評価を行うことが必要である。さらに、実行計画の評価、広く人材を集める(流動的)メカニズムの構築、及び最も効率の良い整備計画を策定することが必要となる。
 フロントランナーとして、研究内容の評価の基準としては、独創的、チャレンジングな研究課題を重視すること、減点法でなく加点法とし、絶対評価よりも、むしろ世界レベルでの相対評価を行うことなどが重要である。また、研究課題の採択にあたっては、均等主義ではなく、優れた課題を優遇し、優れた専門研究者のみならず広く学問あるいは研究のわかる研究者等による評価を行うよう留意することが必要である。基礎研究を含む多くの先端的研究が、「テクノロジープッシュ」としての側面を有することを十分理解しつつ、これらの研究開発が、他の自然科学分野との競合の中で、ニーズ重視型の研究開発課題に対して不利にならないように配慮することは重要である。かかる観点から、先端的研究開発にあたっては、原子力研究開発分野として、中長期的ストラテジーに乗っ取った評価基準を設定することが必要である。

3.6 新しい視点に立った国際的展開

 本項は、国際的視点から重要と思われる論点を整理したものである。

(1)最近の国際情勢に対する認識
 国際情勢における変化として、以下の事項があげられる。

(2)基本的な視点
 国際的視点からは、従前の「国際協力」や「国際貢献」という捉え方から、一歩進んだ視点で捉えることが重要であり、我が国の主体性と国際的動向が適切に連携した新しい視点として「International Engagement」の考え方の下、国際的取組を展開していくことが重要である。

①包括的・戦略的な政策の展開
 国際的な取組は、内外の情勢の変化を踏まえ、エネルギー政策、環境政策、核不拡散政策を組み込んだ総合的な視野の下に、行われるべきものである。エネルギー政策については、化石燃料や地球温暖化問題を巡る国際情勢等に関し、最新の知見に基づくアセスメントを行い、その関連で、原子力の役割を認識していく必要がある。
 また、国際的な取組は、一方的に貢献する(ギブ)のみではなく、ギブ・アンド・テイクの形で行い、継続的に行われるべきである。
 原子力委員会は、政策の中枢機能として、普遍的な理念や政策の明確化を行い、具体的な課題解決のための選択肢を絞り込んでいく方向性を提示し、総合調整機能を発揮していくことが期待される。

②多様な政策手段の活用
 官民の役割分担、連携のあり方を明確にし、民間の活動が円滑に進められるよう、国がバックアップする体制を構築することが求められる。
 国は民間活動の実体に応じ、必要な核不拡散政策の展開に努力し、民間も国の核不拡散政策を前提に、原子力活動を進める必要がある。
 我が国の原子力政策を円滑に推進するために、その意義、必要性等について積極的な情報の発信が必要である。国際的取組を通じて、我が国の原子力平和利用政策を対外的に発信し、継続的な協力の実施を通じて、国際的な信頼関係が醸成されるべきである。情報発信は、直接的に行うのみならず、IAEA、OECD/NEAといった国際機関を活用することも考慮されるべきである。
 海外に人材を派遣するに当たっては、民間の人材登用や相手国の企画立案部門、教育機関への派遣が重要である。
 人材養成、研究交流等の分野で、大学を含めた活動の展開が期待される。

(3)主な論点の整理
 上記基本的視点に沿って、長期計画策定審議に際して、重要と思われる論点を以下に述べる。

[主要な原子力活動]
 ここに挙げた活動は、国際的な視点のみならず、様々な視点から検討を加えられるべきものであるが、ここでは、特に国際的な視点から十分に検討されるべき項目を提示したものである。

①プルトニウム利用

プルトニウム利用の透明性の向上等の施策を推進し、我が国の原子力平和利用政策に対する海外の理解を増進(International Pultonium Managementのような考え方の可能性)
国情に応じたプルトニウム利用オプションの妥当性の継続的な訴えかけ

②使用済燃料

課題解決のための時間的・地域的な制約を除いた多様な選択肢を模索する国際的動向の存在
自国内に核燃料サイクルを確立するとの大原則を踏まえた上で、今後、海外再処理を活用する可能性の有無

③放射性廃棄物処理・処分

高レベル廃棄物に関し、国際的に共通した課題への連携・協力の推進
-研究開発(深地層処分の研究開発等)
-社会的な理解の促進等の推進方策
低レベル廃棄物に関し、技術協力・支援の必要性に配慮

④国際輸送

情報発信による関係国等の理解の増進
不測の事故に対する沿岸国の不安を減少させるための方策の検討
多様な輸送ルートの確保
輸送回数を減少させる方策の検討

⑤原子力安全

原子力発電の安全は、ハード(設備、機器)とソフト(建設、運営技術)の両方が相まって確保(ワンセット供給が基本)
セーフティーカルチャーの醸成(人的協力が重要)
各国の安全規制体制の整備に協力(多国間条約、国際機関を通じた協力)

⑥研究開発

環境負荷の低減や核拡散抵抗性技術の観点からの原子力科学技術の確立
原子力科学技術を核としたベンチャーの創出
研究開発は、技術力維持の観点からも重要

[核不拡散・核軍縮]
①核不拡散に取り組む視点

核不拡散は、国際政治上の課題ともなる原子力固有の問題であるとの認識が必要
民間が原子力活動を進めるにあたって、国は核不拡散分野において、引き続き積極的役割を果たすべき
核不拡散の重要性についての社会的な認知が必要
保障措置にも前向きな対応が必要
我が国の原子力平和利用政策への理解の増進のための政策対話の努力が必要
核兵器国の核軍備の縮小に向けた努力

②余剰兵器プルトニウムの管理・処分

核不拡散・核軍縮に対する我が国のスタンスをアピールするとの理解の下、余剰兵器プルトニウムの管理、処分についての積極的、具体的取組が重要

③研究開発

核拡散抵抗性の高い技術の研究開発利用に重点を置くべき
核物質管理技術(核物質計量技術を含む)の研究開発の推進

[アジア地域]
①基本的視点論

アジア地域は、中長期的には依然として高い成長ポテンシャルを維持しており、エネルギー需要も高い伸びを示すものと予想され、原子力研究開発利用の導入拡大の機運が存在
アジア地域における活動は、各国の共通利益に係る政策と同時に、各国の国情や原子力研究開発利用の実態をベースに、個別具体的な政策の展開が必要
原子力発電を含め多様な原子力研究開発利用を展開している中国との関係は、アジア地域各国との活動を進める上で重要な先行例
原子力研究開発利用の各分野におけるバックエンドへの配慮
加速器技術等の幅広い原子力研究開発利用についての活動も重要

②意義

アジア地域のエネルギー安全保障は、地球的な環境保全と関係しているとの視点が必要
原子力平和利用技術を、核不拡散に係る国際的規範や枠組みの下で、積極的に移転していくべき
長期継続的な活動を通じて、我が国とアジア地域との信頼感の醸成
信頼感を足掛かりに、セーフティ・カルチャーを醸成

③進め方

アジア地域における活動に関係する者は、協力の視点、意義等について共通認識を醸成することが必要
原子力発電分野は、個々の国が抱えている様々な課題を考慮する必要があり、官民が適切な役割分担をした協力体制の構築が重要
安全規制体制、人材養成、コンサルティング事業など社会基盤の整備等による原子力発電導入への支援が必要
日本からのハードとソフトの供給は、地域全体の安全確保に貢献し、日本の大きな役割との理解も必要
幅広い資金調達方法についての検討
アジア地域での研究開発、人材養成に関し、ODAを活用して強化する可能性を検討

④その他考慮すべき事項

アジア地域に適した安全かつ実証された原子炉技術の開発
アジア地域における活動は、人材養成が重要。我が国としては、「学」のポテンシャルを積極的に活用するとともに、相手国の教育機関への貢献は、効果的な協力形態
我が国から人材を派遣する際には、技術的分野のみならず、相手国の政策決定への助言が重要
インド、パキスタンとの協力については、両国の核不拡散上の取組等の状況の進捗を踏まえつつ、安全確保面での協力の可能性を慎重に検討
安全分野における世界原子力発電事業者協会(WANO)等の活動に期待
アジア地域における原子力損害賠償スキームの構築について、国際機関を活用した働きかけの可能性等を検討

[欧米]

米国との関係が、原子力を巡る国際関係の基軸
-我が国の核燃料サイクル政策(プルトニウム利用政策)への理解が必要
-協力活動を再活性化し、原子力平和利用分野への前向きなモーメンタム維持のために、人材交流等を通じ、幅広い原子力科学について協力を促進
アジア地域での原子力活動において、欧米と協力していくことも重要
海外再処理を多様な選択肢の一つとする可能性の有無。その際には、輸送ルートの沿岸諸国との関係に配慮
核燃料サイクル路線を堅持する我が国としては、同様の政策を推進する仏との協力が重要

[旧ソ連、中・東欧]

余剰兵器プルトニウム管理・処分への協力が重要
原子力発電の安全性確保への協力
-国際機関を通じた協力
-産業界の、ビジネスとしてのインセンティブの活用
廃棄物処理・処分、被ばく医療に対し、非核化支援等の枠組みで協力
チェルノブイリ石棺計画への協力やセミパラチンスクの被ばく・汚染対策への協力

[国際機関の活用方法]

原子力発電の理解増進
-地球環境問題を踏まえた上での政策対策の促進
-核燃料サイクルに係る客観的データの収集
-国際機関からの情報発信による原子力研究開発利用環境を醸成、改善
バックエンド対策の推進
-各国共通の課題であるバックエンド対策に係る情報交換(技術、制度、PA)
保障措置のあり方
-普遍性の確保
-保障措置の効率化・合理化
解体核から生じる余剰兵器プルトニウムのIAEAによる検認体制の確立
国際機関の行う安全確保、原子力賠償制度整備のための活動支援
人的貢献を通じた国際機関の活用
IAEA、OECD/NEAといった原子力分野を専門に担当する国際機関に加え、原子力や放射線利用に、直接、間接に関係する他の国際機関との連携・協力の検討

3.7 原子力の社会的受容

 原子力は、原子力発電によるエネルギー供給や医療分野等での放射線利用など、我が国の経済社会の発展や豊かな国民生活を支える上で重要な役割を担っている。しかしながら、国民の間には、①原子力施設における事故やマスメディアの事故報道等による安全性に対する不安感、②一連の事故や不祥事による原子力関係機関の閉鎖体質に対する不信感、③放射性廃棄物の処理処分問題等原子力の将来に対する不安感、等が根強く存在している。また、これらの問題とは別に、原子力による恩恵は享受したいが、自分の居住地域には原子力施設は来て欲しくないという考え方もあり、原子力施設の立地地域と電力消費地域の意識の乖離の解消や原子力施設の社会的受容の促進は、原子力が将来にわたって我が国において健全に定着していく上で、極めて重要な課題である。さらに将来を担うこととなる次世代層に対して、原子力に関する教育の充実を図っていくことも重要な課題の一つである。
 これらの課題に対応するためには、原子力の意義・必要性等について、国民一人一人が自らの問題として考えてもらうことが必要であるとともに、原子力に対する国民の理解と信頼を得るための方策を講じていく必要がある。このため、情報の公開、政策決定過程への国民の参加、情報の提供・発信、原子力に関する教育の在り方、地域との共生の在り方について、検討していく必要がある。

(1)情報の公開
 原子力の研究開発利用に対する国民からの一層の信頼を得ていくためには、諸活動の展開を国民の前に明らかにし、国民一人一人がこれを吟味し、主体的に判断できるよう、より一層の情報公開に努めていくことが重要である。このため、国においては、原子力委員会等の審議会を公開で開催したり、情報公開拠点を整備するなどの取組を図るとともに、特殊法人、電気事業者等においても、それぞれの活動の状況や安全性に係わる情報等を公開している。今後、これらの取組をより一層強化し、情報に対するアクセスがより容易になるよう、改善策等について検討を行う必要がある。

(2)政策決定過程への国民参加
 原子力に対する国民の一層の理解と信頼を得ていくためには、国が決定した政策について一方的に国民を説得するという形ではなく、国民一人一人が原子力を自らの問題と認識して共に考え、理解を深めることにより主体的に判断できるような環境を整えていくことが重要である。このため、情報公開の推進や政策決定過程の透明性の確保に努めるとともに、国民各界各層の幅広い意見を聴き、国民の声を政策に反映させていくことが必要である。原子力委員会の専門部会の報告書等については、広く国民の意見を聴いた後、取りまとめを行うといった取組が行われているが、今後、これらの取組方法の改善や工夫について検討していくことが重要である。

(3)情報の提供・発信
 立地地域の方々を始め、国民全般の原子力に対する関心を高め、理解を深めていただくためには、情報公開のみならず、対象者に応じて、分かりやすく、タイムリーな情報の提供・発信を積極的に行い、国民の判断を容易とし、理解を得るためのきめ細かい対応が求められる。このため、情報の提供・発信のための体制の強化、手法の改善、内容面の工夫等、種種の段階において改善策について検討する必要がある。

①体制の強化
 情報の提供・発信を効果的に行うためには、国民との仲介役を果たす窓口として、情報の提供・発信を行う部門を組織の中で明確に位置付け、ここに各部門から情報が集約され、体系的に提供・発信される仕組みを構築することが求められる。さらに、職員全般に対し、自らの役割と使命を認識させ、情報の提供・発信の重要性を徹底させるとともに、組織内外における国民から信頼される情報発信者の育成について、検討を行う必要がある。

②手法の改善
 情報提供の手法として、これまでもパンフレット、新聞、テレビ、インターネット等、様々な媒体が用いられている。これらを効果的に活用していくためには、受け手の立場に立ち、意識の喚起、認知の向上、理解の深化、信頼感の醸成といった目的に応じて、きめ細かい対応を行っていくことが求められる。
 また、国民が参加・体験することができる機会を増やし、原子力発電所や研究機関の見学等に、幅広く応募できるような体制を整備するとともに、科学館や展示館の充実等を通じ、科学のおもしろさや発見の驚き、エネルギーの重要性を実感する中で自然に関心が高まっていくような工夫が重要である。さらに、情報提供を一方通行に終わらせず、疑問や不安に直接応える形で双方向に議論が行われるよう、講演会、シンポジウム等において、対話を重視した運営を心がけていく必要がある。

③内容面の工夫
 受け手の立場に立った情報提供を行っていくためには、情報発信者が訴えたい事項のみならず、その背景や全体像の中での位置付け、他の事項とのトレードオフといった総合的な理解に資する情報を客観的なデータに基づきながら、順序立てて提供していくことが有効である。また、意識喚起を図っていく上では、キャッチフレーズ等により注目を集める工夫を行うとともに、誠実に内容が受け手に伝わり、かつインパクトのあるメッセージが端的に伝わるよう、内容面、レイアウト面等において工夫を凝らす必要がある。さらに受け手や外部専門家等による評価を行うこと等によりフィードバックを行い、経験を蓄積・共有していくことが重要である。

(4)原子力に関する教育について
 21世紀に向けて人類の将来を展望する時、地球的規模でのエネルギー・環境問題への対応や高度な総合科学技術への理解の面から次代を担う青少年が原子力について正しい認識を持つことは極めて重要である。また、今後の原子力を支える人材の裾野を広げる観点や、人類の知的資産を確実に未来に引き継いでいく観点からも、児童・生徒の発達段階に応じた原子力に関する教育が重要である。
 現行の長期計画においても原子力を含むエネルギーに関する教育の重要性は述べられているが、現行長期計画策定以降以下のような情勢変化がある。

①学習指導要領の改訂
 平成10年12月(高等学校については平成11年3月)に改訂された学習指導要領において、理科(中学校、高等学校)、地理歴史(高等学校)等の教科・科目に原子力に関する記述が具体的に盛り込まれた。

②省庁再編に伴う文部科学省の設置
 学術研究及び科学技術としての原子力に関する技術開発と教育の双方を担う文部科学省が省庁再編後に設置される予定である。

 これらを踏まえ、長期計画の見直しに当たって検討すべき主な論点として、以下のとおり取りまとめた。

①知る教育から考える教育へ
 現在の我が国の教育では、教育課程審議会が「自ら学び、自ら考える力を育成すること」を教育課程の基準の改善のねらいの一つとするとの答申を出しているように、知識を得るという側面に比べて、自ら考える訓練が十分でない面がある。このため、原子力に関する個人の態度の決定においては、原子力に関する批判的な報道を通じて得られる知識に大きく影響を受け、環境、エネルギー、放射線等、幅広い観点から原子力の果たす役割について日常的に深く考察していく機会が十分に与えられていないという問題点がある。
 特に、感受性の強い青少年時代から、原子力の位置付けについて、正確な理解の下に正しい判断を行えるように指導していくことが、重要である。このため、自ら学び、自ら考える力を育成する方法について、例えば、教育課程の改善により、教科等の枠を超えて横断的・総合的に学習するために創設される「総合的な学習の時間」において、各学校が地域や学校、生徒の実態等に応じて原子力について多面的に取り上げられるよう、その方策を検討していくことが必要である。

②科学技術離れへの対応
 原子力は、20世紀が生み出した高度な総合科学技術であり、近年の若者の科学技術離れの傾向に対応して、原子力のもつ新たな可能性や、未来に対する明るい展望を若者に明快に提示し、魅力あふれる分野としての展開を目指していく必要がある。
 このため、実験や工作等を通じて、科学技術の面から原子力を興味深く体験できる方法について検討を行うとともに、大学と他の研究機関との密接な連携・協力の下に、優れた人材が活躍できる開かれた研究環境の整備について、検討していくことが必要である。

③教師に対する支援
 原子力については、高度な科学技術を駆使した大規模なシステムであることから、その仕組みや安全性について十分に理解するためには相当の努力が必要とされ、また、社会・経済上の位置付けについても、体系的にデータが提供され、最新の状況が容易に把握できるような環境が整備されているとは言い難い。
 このため、教師を対象とした原子力に関する研修機会の提供や、教師や学校に対し原子力に関する正確な情報を含んだ適切な教材をタイムリーに提供する方法等について検討が必要である。

④教科書、副教材
 2002年度から教育現場に適用される新たな学習指導要領においては、理科、社会等の科目において原子力について触れられることとなるが、現場の教師が効果的な原子力に関する教育を行えるよう、適切な教科書をはじめとする教材を提供していくことが重要である。このためには以下の点について検討が必要である。

教科書の執筆者の育成
原子力の役割について総合的に学習できる教材の作成
適切な教材の提供等を支援する組織等の充実
教科書に記載する内容の検討(普遍的な事柄、最新の研究成果、日本人の業績の紹介)

(5)立地地域との共生
 原子力施設の立地地域の方々の理解と信頼なくして、原子力の研究開発利用を進めることはできない。原子力施設と立地地域の共生を図っていくためには、地域の自主的なビジョンに基づき、長期的な観点から地域の発展が促進されるよう、これまでにも増して、関係機関一体となって立地地域の振興に取り組んでいくことが重要である。立地地域からは、これまでも電源三法交付金の運用の弾力化等に関し、要望が出されており、国においても対応してきているが、さらに、これらを踏まえ、より効果的で、地域住民が原子力施設の立地に伴うメリットを実感できるような地域振興が図られるよう検討を行っていく必要がある。さらに、電力生産地と電力消費地との間には、原子力に対する認識に温度差があると指摘がなされており、このギャップを埋めて相互理解を促進していくため、国民的な議論を喚起するとともに、経済活動、文化交流等の様々なレベルで双方の連携・協力を深める努力を積み重ねていくことが求められる。