懇談会における論点の整理と今後の課題について

 
 
 
 
 
 
 
平成10年3月
 

ITER計画懇談会






(目 次)

  はじめに ………………………………………………………… 
1.地球環境問題とエネルギー問題の位置づけ ………………… 
2.エネルギー政策の背景 ………………………………………… 
 (1) 化石燃料 ……………………………………………………… 
 (2) 軽水炉 ………………………………………………………… 
 (3) 再生可能エネルギー ………………………………………… 
3.核融合エネルギーの位置づけ ………………………………… 
 (1) 核融合エネルギーの特徴 …………………………………… 
 (2) 核融合の安全性 ……………………………………………… 
 (3) ITERの技術と状況・今後の計画 ……………………… 
 (4) 今後必要となる投入努力・予算と技術 …………………… 
4.日本への誘致 …………………………………………………… 
 (1) 国際的役割      ……………………………………… 
 (2) 科学技術的潜在力 …………………………………………… 
 (3) 日本社会の倫理性からの評価 ……………………………… 
 (4) 投資の必然性 ………………………………………………… 
5.計画具体化にあたっての考察 ………………………………… 
6.結言と今後の検討 ……………………………………………… 
 (1) エネルギーの長期に亘る需給調査 ………………………… 
 (2) 代替エネルギーのフィージビリティースタディ ………… 
 (3) 核融合エネルギーの技術的実現性 ………………………… 
 (4) 計画の拡がりあるいは裾野としての基礎研究……………… 
 (5) 研究の資源配分 ……………………………………………… 
 (6) 国際関係 ……………………………………………………… 
 
付録Ⅰ エネルギー源の将来見通し
付録Ⅱ 核融合エネルギーの研究状況
付録Ⅲ ITERの安全性等についての取り組み
付録Ⅳ 我が国の核融合エネルギー研究開発の基盤










11
12
13
13
14
16
19
21
22
22
22
22
22
23
 
 
 
 
 





はじめに


 当懇談会は、我が国として今後の国際熱核融合実験炉(ITER)計画の進め方について、社会的・経済的側面を考慮し、長期的展望に立った国際社会の中での役割も見通した幅広い調査審議を進めるために設置された。そして、ITER計画について、1992年から進められてきている工学設計活動(EDA)が終了する予定であった1998年7月頃に建設段階への進展があるとの見通しの下に、1997年2月に調査審議を開始した。

 当懇談会では、ITERというものが所与のものであるという立場ではなく、社会・経済的視点をも含めた幅広い観点からのエネルギーとしての核融合の位置づけをはじめ、核融合研究開発のあり方まで、ITER計画の基盤をなす基本要件をも視野に入れた検討が必要であるとの認識の下で、これまでエネルギーの将来的な見通し、我が国の核融合研究開発の現状など、ITER計画を取り巻く状況等を含めて議論を進めてきたところである。しかしながら、最近になって、国際的に工学設計活動をさらに3年間延長する方向で話し合いが進められていること、また、国内的には財政構造改革を背景として、1997年6月に、今世紀中の集中改革期間内はITERの国内誘致を行わないことが政府の方針として決定されたことなどの諸情勢の変化により、建設段階への進展は、従来想定された時期より遅くなる見通しとなってきている。

 こうした状況を考慮すると、当懇談会の目的である、ITER計画に対して我が国のとるべき対応についての結論のとりまとめは、延長される予定の工学設計活動の進捗、財政構造改革等との関係をも勘案して、今後の適切な時期に行うことが適当であるとの判断に至った。

 近年、ITER計画のような極めて規模の大きな計画については、国内の幅広い賛同の下に進めていくことが必要条件になっている。当懇談会は、このような本格的な合意形成を目指すプロセスの指針を示す役割を担っていると考えられ、このような認識の下に、本年7月に現行の工学設計活動がひとつの節目を迎えることを踏まえ、現時点において、当懇談会として、これまでに議論してきた事項について論点の整理を行い、それを踏まえた懇談会としての結論のとりまとめに向けた議論の方向性と筋道とを示し、今後議論すべき課題の明確化等を行うこととした。今回の当懇談会としての中間的なとりまとめは、結論をまとめるものではないという位置づけであることから、あえて報告対象を意識しないこととし、懇談会におけるこれまでの議論の経過を可能な限り幅広く含めて、それらを論理的・客観的な流れの中に構築することに力を注いだ。


1.地球環境問題とエネルギー問題の位置付け

 全ての問題を地球の問題として考えることが必要となった。このことは現代を特徴付ける最大の課題である。間違いなく増加する地球人口のもとで、すべての人類が安全で豊かに生活できること、そのためにすべての国家や地域は、固有の文化や制度、生活習慣を護りながら、一方で地球の維持という人類全体としての目標を達成するために協調することが不可欠である。

 地球環境問題は、この協調が必要なものとして急速に浮上した代表的な課題である。各国固有の環境政策や環境問題への対処を通じ、また世界的な討議の場としてのリオデジャネイロでの地球サミット(1992年6月、環境と開発に関する国連会議)や、地球温暖化防止京都会議(1997年12月、気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3))などを経験することによって、この意味での協調が、従来の民間交流や政府間協定に基づく交流などの国際的協調とも、また経済の地球化と呼ばれる企業の国際化とも、全く異なる新しい国際的な協調でなければならないことを、私たちは理解し始めたのである。

第一にそれは、基本的に、対処すべき問題が地球的な拡がりを持つものであり、対処行動の効果は局地的なものに止まり得ず全地球的なものとなり、したがって各国、各地域が自らの利益を目標として立案する政策や、企業が自由競争市場で利益追求する方策によっては解決できない内容を持っている。

第二に、進行する変化が地球全域に亘るだけでなく、進行は漸進的であり、しかもほとんど不可逆的であることである。したがって、即効的、あるいは対症療法的な政策や手段によっては解決できない。

第三に、その内容が人類にとって未経験のものであり、現有の科学的知識のみでは解決できない場合が多いことが挙げられる。したがって問題への対応は科学上の基礎研究を伴うことを不可欠とすることになる。

第四に、その問題は人類が豊かになるために行動したことが、長年の蓄積を経て現出するという性格を持つことである。したがって、その解決には新技術の開発によって一気に解決されるというものでなく、人類の行動の広範囲な軌道修正が必要であると考えなければならない。

これらの特徴についての理解を背景としながら、問題の解決は企業の自由競争による市場原理のみに頼ることは出来ず、また公費負担による基礎研究の研究者間競争のみに頼ることもできず、またそれらにおける協調の適用によっても解決できず、問題の理解の共有と、全地球的な協力による有効な手段の共同開発とその実施という、新しい協調が必要であるという認識に、私たちは今到達した。そしてそれは、前述の地球環境関連の国際会議などに見られるように、次第に行動に移され始めたと言ってよいであろう。そして行動がまた新しい理解を生む。このように、理解と行動とが連動する段階へと、環境問題が前進したのは明らかである。

冒頭に、全ての問題は地球の問題であると述べた。地球環境問題がその典型であり、代表的なものであることは言うまでもないが、今や、国家の政策、企業の活動、そして個人の行動さえも、地球の問題と独立に考察することが許されない例が急増していることに注意する必要がある。そしてそれらの幾つかは、地球環境問題と同じ水準の、新しい考えに基づく協調が必要になって来たと考えるべきである。それらは資源問題であり、食糧問題であり、そしてエネルギー問題である。

むしろ、ここで問題とするエネルギー問題は、地球環境問題と同等の水準の人類の協調課題であると言ってよいであろう。しかし、エネルギー問題は、政治的には極めて過敏な性格を持ちながら、現実には自由市場経済に委ねられているという、矛盾した状況に置かれ、地球的な展望を世界的に共有するには程遠いのであって、その共有の方法すら明らかにされていないと言うべきであろう。しかしエネルギー問題は前述したような、新しい協調を必要とする課題が持つ根拠を全て持っているのであって、問題の理解を共有し、協調の方法を開発する努力を怠ってはならない課題である。たとえまだ問題が現実的に表出していないとしても、エネルギー問題が持つ決定的な不可逆性からいって、その努力の開始は早ければ早い程よいと言うべきである。


2.エネルギー政策の背景

当懇談会が議論するITERは核融合エネルギーを目指すものであるが、核融合エネルギーが未来における実用化を期待するエネルギーである以上、我が国の政策を考察する場合、前節に述べたような、未来に亘る地球的課題としてのエネルギー問題の文脈の中で論じるべきものである。しかしエネルギー問題が、世界的に理解を共有するべき取扱いを受けていない以上、共有化の努力についての展望を描きつつ、同時にその中で我が国の取るべき道を探究することが必要となる。

第一に必要なのは、各種エネルギー源の将来に亘る見通しについて、出来る限り科学的に推定し、世界的な理解を得ておくことである。それらについての詳細は付録Ⅰにゆずることとし、以下にその概略を記す。なお、以下のデータは、当懇談会で委員から説明のあった資料に基づくものであり、エネルギー量の単位として用いているゼータ・ジュールとは10の21乗ジュールのことであって、1990年の世界のエネルギー消費量は約0.4ゼータ・ジュールとされている。

(1) 化石燃料
 化石燃料には、固体燃料(石炭等)、石油、天然ガス、頁岩油等が含まれる。

 石炭を含む固体燃料については、中国、米国、ロシア等のごく限られた国(地域)に偏在する資源である。確認埋蔵量は、全世界で約1兆トンであるが、究極埋蔵量としては、約12.1兆トンと推定されており、エネルギー換算で約355ゼータ・ジュールである。

 石油については、確認埋蔵量は約0.14兆トンと推定されているが、埋蔵量の6割以上が中東地域に集中している偏在資源である。究極埋蔵量としては、約0.27兆トンと推定されており、エネルギー換算で約11ゼータ・ジュールである。

 天然ガスについては、ロシアとイランに圧倒的に多い量が存在しており、全世界の確認埋蔵量約150兆立方メートルの約半数を占めている。究極埋蔵量としては、約400兆立方メートルと推定されており、エネルギー換算で約14ゼータ・ジュールである。

 頁岩油等については、頁岩油の約4分の1がオーストラリアに、タール・サンドの約8割がナイジェリアに存在している。これら全体としての総埋蔵量としては、約0.39兆トンと推定されており、エネルギー換算で約16.5ゼータ・ジュールである。

(2) 軽水炉
 軽水炉に代表される核分裂炉の燃料となるウラン資源については、東側諸国の状況がきちんと把握されていないため不確かさが残っているが、その確認埋蔵量は約478万トンと推定され、これにその他の資源量を加えた総埋蔵量は約1500万トンと推定されている。総埋蔵量をエネルギー換算すれば、約8ゼータ・ジュールとなる。
 なお、ウラン総埋蔵量の約6割を増殖炉で燃焼できるとすれば、そのエネルギーは約722ゼータ・ジュールとなる。さらに、海水中には約47億トンというウラン資源量が見込まれている。

(3) 再生可能エネルギー
再生可能エネルギーとしては、太陽光、風力、地熱、水力、潮汐力及び波力、バイオマスなどがその代表的なものである。総じて再生可能エネルギーは地理的要因に大きく依存するものの、永続的な供給可能性を有することから、利用用途に応じて一定の役割を果たすことが期待されている。

 太陽光については、地球に降り注ぐ太陽光のエネルギーの年間総量は、約4030ゼータ・ジュールと膨大なものであるが、エネルギー密度が希薄であり、時間的制限がある。このエネルギーの利用は局所的発電用途として有望であり、仮に我が国の全ての戸建てに導入したとすると我が国の年間総発電量の約8.4%に相当すると試算されている。

 風力については、地球全体の風のエネルギーとしては膨大な値になると推定されており、その約3割が陸上で吹いているとすれば、この風力エネルギーは、年間約0.7ゼータ・ジュールと推定される。しかしながら、風力エネルギーは地域に依存することもあり、発電用途としての利用は限られる。

 地熱については、地球表面全体で年間約1ゼータ・ジュールのエネルギーが宇宙に放出されているとの推定がある。地殻の熱エネルギーとしては、地殻中の温水を利用する方法が既に実用化されているが、利用地域が限られている。現在、地殻内部の高温岩石の熱を利用する技術開発が日米において行われている。

 水力については、技術的に開発可能な水力発電の最大エネルギーは、年間約0.05ゼータ・ジュールと推定されている。現在、世界で利用されている水力発電によるエネルギーは、年間約0.0082ゼータ・ジュール程度であり、開発可能エネルギーの約16%相当が開発、利用されている状況である。なお、我が国をはじめとして欧州や米国などにおいては、開発可能量の半数以上を既に開発、利用済みと言われている。

 潮汐力については、全世界の総量として約0.079ゼータ・ジュールになると推定されている。そのうち、約1%が経済的に利用可能であるとされており、そのエネルギーの総量は、年間約0.00074ゼータ・ジュールと推定されている。

 また、波力については、全世界の波のエネルギー量は、約0.085ゼータ・ジュールと推定されているが、そのうち約0.1%が利用できるとすれば、年間約0.000085ゼータ・ジュールとなる。

 バイオマスについては、薪炭、家畜の乾燥糞、植物性の廃棄物などを含む、植物に起因するエネルギー資源を指す。これらによる全エネルギー量は、約0.051ゼータ・ジュールと推計されているが、将来利用可能なバイオマスエネルギーの最大値については、陸上の有機物の純生産量の10分の1程度とした場合、年間約0.2ゼータ・ジュールとなる。


3.核融合エネルギーの位置付け

 前節に述べたように、現在の主要エネルギー源としての化石燃料および軽水炉は、多くの不確定性を有してはいるが、永久に依拠し得るエネルギー源でないことは確実である。したがって、その他の代替エネルギーを探る努力を払うことが不可欠である。しかし、これも前節に述べたように、あるものは実現可能性は確実であっても供給量が十分ではないと推定され、またあるものは潜在的供給量は大きいと推定されるものの実現可能性が未知であるなど、決定的に将来のエネルギー源を定めることが出来ない、というのが現在許される将来の見通しに関する考察の限界である。
 このような状況から言えば、基本的にひとつのエネルギーに人類が頼らなければならないという論理的帰結は本質的に導出し得ないのであって、核融合エネルギーについてもその例外ではなく、将来のエネルギー源の一つの選択肢(オプション)である。しかしながら、核融合エネルギーは有力な選択肢としての特長を有していると考えられることから、その実現可能性を十分検討しておくことが、今後の我が国の政策を決定する上で必要不可欠なことである。核融合エネルギーの研究状況については付録Ⅱに詳述するが、以下にその中で最も研究実績のあるものについて、その研究の歴史と、実現可能性、国際協調の代表例ともいえるITERの状況について以下に略記する。

(1) 核融合エネルギーの特徴
 核融合エネルギーに関しては、その燃料となる重水素が、海水中にほぼ無尽蔵に採取可能な量が存在する「地球上に偏在しない豊富な資源」という大きな特長を持っている。それゆえ、それが実用化されるならば、人類の安定的で恒久的なエネルギー源となる大きな可能性を有していると考えられる。

 また、核融合そのものの特質として、原理的に反応が暴走しないうえ、少量の燃料から膨大なエネルギーを取り出せることから大規模なエネルギー源として安定的に利用することが期待できること、核融合反応の過程で二酸化炭素の発生がなく地球温暖化等の原因にならないことなど、優れた特長を有している。

 なお、宇宙の星のエネルギーの発生メカニズムが核融合によるものであることから、核融合は自然界が普遍的エネルギーとして選択したものであり、人類が追求するに相応しいものであるとの意見もある。

(2) 核融合の安全性
 核融合エネルギーの優れた特長については前述のとおりであるが、それでは実際に核融合エネルギーを取り出す装置の安全性がどうなっているかということは極めて重要な点であり、この核融合の安全性の問題に関する取り組みの現状、今後の課題等を明らかにすることが必要である。

 核融合の研究開発にあたっては、必要な要素技術開発とならんで、一般公衆や作業従事者の安全を確保するとともに環境に影響を及ぼさないことに配慮して設計することが最重要課題である。一般に核分裂の場合は、「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」が安全の原則と言われているが、核融合の場合には、このうち、「止める」、「冷やす」については、核融合炉に備わっている原理的な安全上の特長により容易に達成可能であるといえる。

 現在、設計が進められているITERにおいては、反応が暴走しないという原理的な安全上の特長を踏まえつつ、機器は本質的には故障するものであるとの前提に立って、これまでの原子力施設で培われた深層防護の考え方を取り入れるとともに、施設の耐震性についてもその設計の妥当性を評価することが必要であり、鋭意検討が行われている。特に、放射性物質であるトリチウム(三重水素)を燃料として利用することから、適切な「閉じ込め」を実現できる設計とされている。また、核融合反応により高いエネルギーの中性子等が発生することから、その遮蔽のための炉構造材が脆化したり放射化したりするが、その結果として発生する放射化金属等の廃棄物の処分方策についての検討が必要であり、ITER計画においても、ITER以降の原型炉等に必要な低放射化等のための最適な材料開発を目指して中性子照射試験等が行われることになっている。その他にも、強力磁場の使用による安全上の検討などが行われている。なお、ITERの安全性等についての取り組みの状況については付録Ⅲに詳述する。

 さらに、将来的には、重水素-トリチウムに換えて、中性子の発生の少ない重水素-重水素や重水素-ヘリウム3による核融合反応に発展していくことが期待されている。

(3) ITERの技術と状況・今後の計画
 1960年代から世界的に行われ始めた核融合炉の研究開発は、磁場を利用してプラズマを閉じ込めるトカマク方式の発明により、プラズマ制御技術が飛躍的に向上し、欧州のJET(Joint European Torus)と日本原子力研究所の臨界プラズマ試験装置(JT-60)が、ともに入力と同規模の出力を得る臨界プラズマ条件を達成するまでに至っている。この結果、核融合炉を実現させるための最も重要な要件である自己点火条件の達成が十分に見通せる状況となってきている。

 また、これらの研究と並行して、国内外の大型トカマク装置や大型ヘリカル装置の製作等で培われた技術的知見を基盤として、核融合炉の製作に必要となる超伝導コイル技術、真空容器・ダイバータ関連技術、加熱・電流駆動技術、トリチウム取扱技術等の炉工学技術開発が行われている状況である。なお、将来の原型炉以降の炉壁材料に用いるような材料の開発についても鋭意研究が進められている。

 ITERの技術目標は、こうした研究開発の進展を踏まえて設定されており、現在、我が国、米国、欧州連合(EU)及びロシアの四極の国際協力により、1992年から工学設計活動が実施されている。工学設計活動は、均等貢献の原則に基づいて、我が国、米国及びEUの3ケ所に設置された共同中央チームによる設計作業並びに各極のホームチームによる工学的な研究開発(工学R&D)が順調に進められているところである。

 なお、はじめにで述べたとおり、現状では建設段階への移行を判断できないとの各国の状況を踏まえ、現行の工学設計活動の期間を3年間延長し、建設段階への円滑な移行を目的として、仮想的なサイトを想定したサイト対応設計等を行う方向で国際的な協議が進められているが、延長される期間における工学設計活動が着実に推進されるよう、工学設計活動の基本原則に基づいて、各極がそれぞれの役割を着実に果たしていくことが重要である。
 また、延長される工学設計活動の期間に実施される予定のサイト対応設計活動において、我が国として工学設計活動への参画の中で、必要となる情報を積極的に提供する等の対応をとることとされているが、懇談会としては、建設段階移行に向けての設計の具体化に資するとともに、将来における我が国への立地の是非を判断する際の重要かつ貴重な判断材料を与えることになることを期待したい。

 人類全体の安定的なエネルギーを目指すという、核融合エネルギーの目的にも鑑み、今後ともITER計画が国際協力によって進められていくことが重要であり、我が国として主体的に参画していくことを期待する。なお、工学設計活動の後の段階においては、必ずしも、現時点で先進的な核融合技術を有するものとしてITER工学設計活動に参加している四極に閉じた枠組みを前提にすべきではなく、将来、エネルギー消費量の大幅な増大が見込まれるアジア諸国を積極的に取り込んでいくというような考え方や、アジア地域の先進国として核融合の分野で我が国の果たすべき役割などについても十分検討しておくことが必要であろう。

(4) 今後必要となる投入努力・予算と技術
 核融合炉の実用化にあたっては、核融合炉発電システムとしての技術を確立するとともに、実用システムとして他の実用エネルギーシステムと市場で競合できるような経済性を有する必要がある。しかしながら、これらの課題の解決を一度に行おうとすることは、技術的にも極めて大きなリスクがあり、従来から、段階的な開発ステップを設けて、目標の達成を目指すという開発手法がとられてきている。

 ITERの目標のひとつは、核融合炉システムとして工学的に実現可能であることを実証することであり、核融合炉実現に向けての大変重要なステップであるが、一方、核融合炉への開発ステップにおけるひとつのステップでしかない。このような観点から、ITER以降において、核融合炉の発電プラントとしての工学的実証を目的とする原型炉の開発及び実用炉として市場競争力を有するものとするための経済実証を目的とする実証炉の開発を行う必要があるとされている。
 核融合炉の場合、その物理的特性から実験炉であるITERが既に実用炉規模のプラントとなっていることから、発電システムの違いを除き炉としての大幅な変更はないと考えられる。このため、ITER以降の原型炉等の開発段階においては、プラズマに直接面し、高いエネルギーの中性子の照射や高い熱入力に耐える新材料の開発や、運転・保守作業を容易にするとともに、部品交換や施設解体時の廃棄物処理を容易にする低放射化材料の開発や建設費の低減につながるような、新しい高温超伝導材料の開発が重要である。この他、プラズマ加熱、電流駆動等の様々な関連装置の経済性向上も今後の技術課題である。

 また、これらに加えて、従来の性能を飛躍的に向上させる可能性の追求のため、新しいプラズマの制御方法の開発や先進的な炉方式の開発を引き続き行うこととしている。

 なお、これら諸段階において必要とされる経費については、今後の諸技術の開発・実用化の進展とも深く関わることであるが、従来の科学技術分野、特に原子力関連分野の開発期間に鑑みれば、今後、中長期的かつ継続的に相当な投資を必要とするものであると考えられる。また、核融合炉の建設から運転段階を経て、廃棄物処分も含めた廃止に至るまでのライフサイクルコストも視野に入れておくことも必要であろう。


4.日本への誘致

上述のように、各種エネルギー源の将来性と、核融合エネルギーの持つ実現可能性の程度とを勘案することにより、核融合エネルギーは、人類にとって無視することのできない、一つの有望な選択肢であることが確実である。すなわち、現在に生きる我々が、これから生まれてくる人類のために果たすべき一つの責任を考えるとき、核融合エネルギー開発を推進することに十分な意義があることが示された、というのが現在の結論である。

したがって、このことを前提としつつ、我が国が設置国として名乗りを挙げるためには、そのための根拠を別に検討することが必要となる。検討の結果を以下に列記する。

(1) 国際的役割
我が国が国際貢献により大きな努力を投入すべきであることが指摘されてからかなりの時が経過した。しかし、貢献の理念的検討は必ずしも十分に行われてこなかったことから、実績は醵金などの経済的なものに止まっているという意見がある。

そのような意見は、我が国の経済的成長が、欧米諸国が先陣をきって多大な投資と研究開発努力を行ってきたことによる恩恵を受けつつ、高品質低価格の工業製品の製造能力を半ば保護経済の中で育成し、タイミングよく経済を開放して輸出を開始し、その後も市場における競争力を向上しつつ長期に亘って工業製品の市場を拡大して来たことを中心的な根拠としている。

 現在、世界が国際的に抱える問題を自ら発掘し、日本固有の潜在力と方策とをもって寄与するという能動的指向の道を見出すことは、国際社会に対する我が国の責務とでもいうべきものであり、また、それは、恐らく大多数の日本人が支持、と言うより期待していることでもある。

 すなわち、我が国が今日目指すべき国際的役割とは、単なる経済的な貢献というものであってはならず、知識・知見の創造、国際的な問題解決のための積極的な技術の提供といった、新しい姿に脱皮していくことが求められている。

 この観点が、最近の科学技術基本法の制定や、科学技術研究費の増加の背景の一つともなっていることは、当然のことであり、また高く評価されるべきことである。そして、核融合エネルギー研究開発をこの観点から見るとき、日本がその中で主要な役割を果たすことの意義は十分に大きい、と理解されるのである。

(2) 科学技術的潜在力
 前項に述べたように、広い意味での国際貢献は我が国にとって固有の意義を持っている。その中で科学技術的貢献は単なる経済的醵金を超える大きな重要性を持ち、したがって、そのような考え方の延長線上において核融合エネルギー研究開発への積極的参加が、日本にとって大きな意義を持つ可能性が十分にある、と言える。

 しかし、それが可能性を超えて現実のものとなるためには、条件がある。それは、この技術が、科学的にも未知のものを含み、しかも多くの未開拓技術の集合体であることから言って、我が国がそれを推進する主役として相応しいかどうか、という点である。

 この検討の詳細は付録Ⅳで述べるが、その結論は、我が国は核融合エネルギー研究開発において、国際的に十分高い条件を備えているということである。すなわち、プラズマ物理学、超伝導工学、核安全工学、機械工学、システム工学、品質工学などの研究水準は高く、またそれに応じた教育も行われている。核融合研究そのものについては付録Ⅱで述べたように高い水準にある。

 さらに重要なことは、これら研究及び教育の水準のみならず、それらに支えられた産業技術が高い水準にあることである。この点については二重の意味で意義がある。第一は、核融合エネルギー技術は、数々の装置産業が提供するシステムによる電力供給産業を構成するのであるが、それが安全で低価格で可能になるためには、我が国が経済成長を成し遂げる上で重要であった製造業の高水準化と類似の技術体系および産業経営が必要なのである。したがって我が国の製造業における実績は、核融合エネルギーを実用化するための貴重な財産であると言うことができる。

 我が国が経済成長を遂げたことの根拠としての技術を活かすことによって国際的に役割を果たすことができるとすれば、そのこと自体が第二の意義となる。

(3) 日本社会の倫理性からの評価
 核融合エネルギーのような巨大技術の研究開発の主役に、ある国がなるためには、国としての倫理性が問われるのは当然である。宇宙開発にしても、原子力開発にしても、我々は国家の倫理性と切り放せないことを経験的に知っている。そして、この倫理性は二つの側面を持つ。ひとつは、国の内部に関わることであり、もう一方は国際的なものである。
 我が国が抱える困難な問題の多くは、我が国の国家としての目標が曖昧になったことと関係があると言われる。恐らく国家としての経済的成長は、いわばどの開発途上国においても合意された目標になり得るのであって、その意味で途上国に目標喪失の悩みはない。しかし、ある程度経済成長を達成すれば、人々が持つ本来の多様性が、生活様式や思想に現れることとなり、その中で公共的なものとしての国家のアイデンティティあるいは目標を創出することは、その国の文化に根差した固有の政策的配慮を必要とすることになる。とくに東西の対立が解消した以上、その配慮は各国の固有な責任である。とくに私的利益を中心とする経済活動のみを社会の中心に据えたとき、私的関心の肥大化と公共的意識の衰退とが進行すること等により社会的問題を引き起こす例を私達は歴史的に知っているし、また現在の我が国の諸問題が、このことと関連することが既に指摘されている。

 したがって、現在の我が国にとって、経済活動の活力を殺ぐことなしに、公共的意識を社会的に顕出させることは必要なことである。巨大技術の研究開発は、多くの場合現世代の人々に直接的な利益をもたらすものではない。核融合エネルギー開発は、既に述べたようにその代表的な例である。したがって、その実施が政策として支持されるためには、私的利益を離れて未来の人類を想う公共的な理解が必要なのである。

 そこには、このような計画が社会的に受容されるか否かによって、その社会に属する人々の公共的意識が測られるという面がある。勿論、その場合支持は強制されたものであってはならず、十分に民主的な手続きを経て、人々が自発的に支持するものでなければならないのは当然である。しかもその支持と実行とは、公共的意識の計量だけでなく、その行為を通じて人々が公共的意識を社会的に発現して行く過程になることも重要である。

 このような観点からは、核融合エネルギー開発が前項に述べた国際的役割を積極的に果たすという国家的倫理感にもとづく行為であることと重なって、一人一人が有意義な公共的計画であるとの理解を示しつつその支持を判断する課題として、人々が公共的意識を発現する可能性のある場を国家が提供する有効な一つの例になり得ると考えられる。

 一方、国際的な見地からすれば、このような巨大技術に関して一国が先導することについての倫理的条件が当然問われることとなる。既に、エネルギーは、国際的には政治的過敏性を持つ技術であって、国際的セキュリティと深く関係している。その意味から言って、先導する国の倫理性は、国際社会において重大な関心事である。

 この点において、我が国は、国際的に特別の信頼感を得ていることを誇ってよいであろう。第一に、我が国の憲法は、国際的に見て我が国のどんな行動も国際緊張を引き起こさないことが基本的な条件となっている。第二に、我が国が製造技術や生命科学等の分野で、実際の活動として世界への先端技術・科学の拡散・普及・支援努力という経験を積み重ねてきている。第三に、原子力(核分裂)エネルギーの開発と利用に関わる原子力平和利用の原則を立て、それを確実に守って来た実績によって、国際的に大きな信頼感を勝ち得る結果となった。その他、我が国の民生主体の産業展開なども、国家的倫理性という見地から高く評価されるのである。これらの観点から言って、国家の倫理性に関し、国内的には必要条件として、国際的には十分条件として、我が国が核融合エネルギー研究開発を主導することには矛盾なく受容される条件が整っていると考えられるのである。

(4) 投資の必然性
 我が国にとって前述のように、国際的役割や国家的アイデンティティという点で積極的な意義があり、しかも科学技術の水準や国際的信頼感からいって条件を満たしているとしても、ITERの設置国になるためには、現在のITER工学設計活動の中間報告(1995年12月)において1兆円近くと推計されている投資が必要となることについて十分な考察を欠くことは許されない。

 まず我が国が設置国になることとは別に、絶対確実とは言えない、しかも一つの選択肢としての核融合エネルギー開発にかなりの額の投資を当てることの意義は何かを明確にしておく必要がある。結論的に言えば、その金額の妥当性について明確な定量的判断を下すことは現時点では無理である。というのは、核融合エネルギーの実験炉の建設の費用、さらにそれに続く原型炉、実証炉、実用炉の建設の費用などの定量的推定にあたっては多くの必要な開発技術が含まれることからいって、そのような推定を正確に行うことが困難であるとともに、それ以上に核融合炉の実現によって得られる利益についてはほとんど推定不可能だからである。例えば、仮に核融合炉が実用化して電力生産を開始したとき、化石燃料、原子力などによる電力がどの位の価格になっているかは全く推定不可能である。もしそれらが低価格であれば、核融合によって得られる電力に競争力はなく、利益は得られない。しかし他のエネルギーが高コストになっているとすれば競争力を持つことになる。

 結局、核融合エネルギーが、エネルギー市場で競争力を持つかどうかを、現時点で議論するのは無意味と言うことである。それは、この投資が、経済的時間軸で言えばかなり未来のことであり、現在の経済的枠組みの存続すら言及できない時期に効果が表れることを期待するものだからである。しかしエネルギーの供給という時間軸で言えば、例えば現在の化石燃料や軽水炉などが使用不可能になったときに直ちに期待される技術なのである。

 また仮に、化石燃料が尽き、原子力が使用できなくなったときや環境問題等により社会的必要性が高まった時に使えるものであるとすれば、それはコストに関わらず使わざるを得ないことになるであろう。このような観点に立てば、現時点で経済効果を論じることは無意味であり、幅広い意味での環境負荷や大規模エネルギーとしての供給安定性、原理的な安全性の面などで優れる核融合エネルギー研究開発に対して行う投資は、あたかも人類の将来の自由度を保証する保険料であると見做すべきことになろう。

 すなわち、人類存続のために、未来に起こる可能性としての現有エネルギー源の枯渇を考えるとき、そこに生じる混乱の回復に必要であると予想される巨大な費用を緩和することを目的として、現代の人々が負担すべき保険料が、現時点でITERの建設費と推計されている1兆円ということである。

 したがってこの投資は、未来の人類社会をエネルギー多消費型に誘導するという意味を全く持つものではないと解釈されるのであって、他方で、人類社会は、少資源型のライフスタイルを誠意をもって希求すべきなのである。そして仮に、新たなエネルギーを必要としなくなったら、核融合エネルギーは技術的に完成していたとしても実用化されることはないであろう。その時人類は、この投資を無駄な投資で損をしたとは思わない。何故ならそれは保険料だからである。生命保険を掛けて、死ななかったから損をしたと思わないのと同様に、それは正当な投資である。言い換えれば、核融合エネルギー開発とエネルギー無消費型社会とは全く異なる選択肢であるが、それらは同時併行して追及されてよいものなのである。

 また、エネルギー資源の大半を外国に、しかも、石油についてはほとんどを中東地域に依存している我が国にとって、この保険料は、他国とは異なり、経済安全保障という観点においても重要な意味合いをもつと考えられる。

 このように未来への保険という意味での研究開発投資は、地球環境時代に特徴的なものであり、過去の民生技術にはなかったものである。この意味での投資の重要性は、今後ますます大きくなると考えられ、その重要性を広く認識するとともに、その方法、意義、定量的最適化等について、これから検討し深化すべきであるが、残念ながら現在のところ何も得られていない。

 したがって、例えばITER計画の建設費が1兆円であるとして、それが適当であるかどうかを現時点で厳密に判断することはできないというしかない。しかし未来の人類のための保険料という意味で、懇談会としては、財政構造改革の折りではあるが、価値がありかつ意義のある投資であると受け止めている。


5.計画具体化にあたっての考察

 さて、以上に述べてきたように、エネルギー問題の特徴、その中での核融合エネルギーの意義、そしてITER計画の実現可能性などの技術的側面と、日本の国際的役割、国家的アイデンティティ、日本社会の倫理性・公共的意識などの社会的側面とを勘案して、日本がITER計画の実験炉の設置国として名乗りを上げることの妥当性が認められたとしても、私たちはこの計画が成功したときと失敗したときに起きるであろう影響について、ここで言及しておく必要があるであろう。

 まず考えるべきことは、成功と失敗とのカテゴリーである。考えられる概括的な分類は以下のようになるであろう。

 (1)
技術的に完成し、エネルギー源として競争力があり実用化する。この場合、研究開発に主役を演じた日本は尊敬され、経済的には計り知れない利益を生むことになるであろう。

 (2)
技術的には完成するが、競争力がなく実用化しない。この場合は投資の回収ができないという打撃はあるが、人類がエネルギーの将来について高いセキュリティを獲得したという意味で決して無駄ではない。

 (3)
エネルギー需要が縮小し、新エネルギーは不要となり、計画の目的が消失して、技術的に完成しても意味を失う。このような状況は突然生じるものではなく、むしろ新エネルギー開発の実現との相互関係として社会のエネルギー消費傾向が決められるとすれば、やはり開発過程には意義がある。

 (4)
技術的に失敗する。現在のところ、本質的に困難な問題は指摘されていないが、どんな技術でもその実現可能性が100%であることは有り得ず、その意味で実現できない場合も考えておくべきである。これは、確かに失敗であるが、保険としての投資が必要となる地球環境時代においては、単なる失敗とは言えない。むしろ人類のあり方についての制約が、失敗の事実から導出されるという意味では、極めて大きな意義を持つ成果であると考えるべきかもしれない。

 上述のような起こり得る事例は、より詳細な検討によってもっと多くの場合に分類される可能性があり、その各々についての影響をより細部に亘って明らかにしておく必要があろう。しかし既に述べたように、現行エネルギーが枯渇する時期の、環境、経済、国際関係などを今から予測することが困難である以上、どの分類に行き着くかを議論することにはあまり意味はない。そうではなく、起こり得るどの場合においても、それが保険料として決して高価でないと認識することのできる内容を計画は持つべきなのである。おそらくそのような内容を持つとき、そしてその時に限り、このような利益の予測が本質的に不可能である計画に肯定的な判断を与えることが許されるのだと考えた方がよい。

 その意味で、保険料であるとは言っても、計画の費用は最大関心事の一つであることになる。したがって計画の成功、失敗に拘わらず、プラスの評価が与えられるような条件を極力設定しておくことが必要である。それは、核融合エネルギー開発過程において行われる基礎研究や要素技術開発が、より広く基礎科学一般の深化と広範な産業分野の技術進展とに寄与するという波及効果や、高度な技術開発の国際協力を通じて得られるより一般的な協力方法についての学習効果等が重要である。更に世代間を通じる協力は、人類社会にかけがえのない信頼感を生むことになろう。これらのプラスの評価を最大化する可能性を計画に内在させることは不可欠の条件である。

 一方同じ意味で、計画の費用を最小化することも最重要な条件である。ITER計画のように、目標と基本手法とが明確に定まっている場合には、計画の経営、研究開発管理などは他の一般の研究開発の経営管理とは異なる独自のものであるべきで、そのための手法開発の努力を怠ることは許されない。その点からすれば、計画は核融合エネルギーを専門とする科学技術者を中心としながらも、費用低減を使命とする経営管理の専門家も計画に参加して重要な役割を果たし、技術目標と開発リスクとコストのバランスがとれた計画として構成されることが必要である。

 このように、計画の出発を決断する際には、成功か失敗かのリスクは本質的に回避できないが、しかしその結果に依存しない意義と利益とを投入費用に対して最大化することの努力が必要なのであり、それを可能にするものとして計画が設計されていることが、決断のための重要な要件なのである。


6.結言と今後の検討

 懇談会は、我が国がITER計画における実験炉の設置国になることの意義が非常に大きいことを理解した。それはいずれ人類を襲うであろうエネルギー問題を前提とし、現在生きている世代はこれから生まれてくる世代の歩む道に対する制限を最小化する義務を負っているという理念のもとでの技術、社会等の考察を通じて、我が国が設置国になることの意義の大きいことを結論したのである。

 しかし、エネルギー問題の持つ本質的不確実性やITERを取り巻く諸情勢などにより、現時点では設置国になることを決断することができないのも避けられぬ現実である。しかし問題の検討を通じて、我が国が、ITER計画における実験炉の建設への移行も含め、設置国になることに名乗りを挙げるか挙げないかを決断するために明らかにしなければならない課題が示された。以下にそのような課題の項目を示すが、これらについては調査、研究によって明確にされる必要がある。

(1) エネルギーの長期に亘る需給調査
 特定産業分野や特定の価値観に基づく生活様式などに偏ることなく、可能な状況をできるだけ広く設定し、それぞれについて需要を調査し、一方でそれぞれについて供給の可能性を提示する。

(2) 代替エネルギーのフィージビリティスタディ
 代替エネルギーについての見通しを一歩深め、研究投資、産業振興など可能な政策を想定して、単なる予想でない政策オプションを提示する。

(3) 核融合エネルギーの技術的実現性
 安全で確実な供給源としての核融合エネルギーの実現可能性を、我が国が持つ潜在技術力、経営能力、産業構造の特性等から整理する。これを幅広く産業界の積極的参画を得て行なう。

(4) 計画の拡がりあるいは裾野としての基礎研究
 仮にITERの設置国に我が国がなったとき、ITER計画さらにはそれ以降の核融合炉開発を長期間に亘って支えることになるであろう先進炉方式や材料開発などの各種分野の基礎研究や教育、人材養成についての、大学や産業界の役割、これらとの連携体制がどのようになることが求められるかなど、核融合エネルギーの実現に向けての総合的な設計図を作成する。

 特に、以下の課題についてはITER計画のための検討に限られるものではないが、一般的な科学技術分野における大型の研究プロジェクトへの公的資金の配分に関する政策的な基本的考え方や理念が求められていること、さらに大型プロジェクトの国際協力が増大しているなかで資金面も含めた各国の責任分担の基本的な考え方の明確化を図ることが求められていることに基づくものである。

(5) 研究の資源配分
 基礎研究において公共的費用を必要とする分野は極めて多い。これに対し最終的配分を決定するのは政策決定に他ならないが、その配分の原則についての理念を構築する。とくに、前線拡大型研究と、人類存続型研究とのトレードオフが重要である。それらは決して背反ではないが、両者の基本的関係を明らかにしつつ、後者の重要性が増す現代に適応する配分理念を創出する。

(6) 国際関係
 国際協力の責任分担に関しては、そのプロジェクトの態様により、様々な選択肢がありうるが、それを実際のプロジェクトについての基本的な指針の確立を目指す。これについては、OECD・CSTP(経済協力開発機構・科学技術政策委員会)のメガサイエンスフォーラムにおける議論も参考になるであろう。

 さらに、我が国が誘致を決断するためには、国内立地と海外立地のそれぞれの場合における産業技術の進展や経済振興などへの波及効果なども含めた様々な面でのメリット・デメリットについての比較、施設完成後の運転段階までを含めて誘致国が担うべき責任や資金負担などの基本的条件の明確化、ITERプロジェクトを実施する上での実施(協力)体制や人材の確保といった国内において整備すべき課題の明確化についても、前述の(1)~(6)と併せてできるだけ速やかに解明することが望ましい。これらの調査にあたっては、既に実施されている、あるいはされつつある検討の結果を適宜活用するとともに、必要な場合には十分な費用をかけ、関係する研究者等の意見を幅広く結集して実施することが重要である。
 当懇談会では、このような検討の進捗を踏まえて、改めて審議を行い、その結論を報告書としてとりまとめ、我が国がITER計画に対する対応を決定するに当たっての提言を行うこととする。