付録Ⅲ


ITERの安全性等についての取り組み



 核融合エネルギーの開発にあたっては、必要な要素技術開発とならんで、安全確保に係る研究及び評価は、一般公衆及び作業従事者の放射線防護などの観点からも、最も重要な検討課題のひとつとなっている。

1.原理的な安全上の特徴
 核融合には原理的な安全上の特徴が幾つかあり、これらを適切に設計に生かすことによって、高い安全性を確保することが可能となる。
 一般的に核分裂炉の場合、「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」が安全の原則と言われるが、核融合炉の場合、このうちの「止める」及び「冷やす」については、原理的な安全上の特徴として既に備わっているということができる(別紙1参照)。
 核融合エネルギーを取り出すためには、1億度以上の超高温とプラズマの適切な閉じ込めという特殊な環境を作り出し、適切に外部から燃料を供給しなければならず、これらのうちのどの一つが欠けても反応は止まることになり、反応が暴走することはない。従って、反応を「止める」ことは容易である。また、核融合反応の場合、反応生成物として考えられるのはヘリウムと高速中性子、それと高速中性子による炉内機器等の放射化物である。しかしながら、炉本体の核反応停止後の発熱が少ないので、冷却機能に障害が出ても炉本体に損傷が起こり重大な事故につながるといった可能性はほとんどない。
 したがって、核融合炉においては、「閉じ込め」が留意しなければならない安全上の課題ということになる。

2.設計上の配慮
 上述した特徴を十分に考慮して、核融合炉の具体的設計が行われていくことになるが、その具体化に際し、ITERにおいては、原子力施設における安全確保の基本的考え方の一つである深層防護の考え方を取り入れている。具体的には、運転状態における様々な事象を検討し、それらについて、異常の発生防止、異常の拡大防止、異常の影響緩和というように、段階的に安全対策がとれるような設計が検討されている。
 特に、ITERでは、燃料として放射性物質であるトリチウムを使うこと、核融合反応によりアルファ粒子(ヘリウムの原子核)と高速中性子が発生すること、強力な磁場を発生させるために電磁エネルギーを使うことなどから、所要の安全対策が検討されている。

 (1)トリチウムの取扱い
 トリチウム(T)は、重水素(D)とならび水素の同位体であるが、自然界にはごくわずかしか存在しない放射性物質である。半減期は12.3年であり、崩壊の際にベータ線を放出するが、紙1枚程度で遮蔽ができる程度のエネルギーである。トリチウムの化学的な性質は水素とほとんど同じであり、物質透過性が高く、通常は気体として存在している。気体の状態では、体内に取り込まれることはほとんどない。水(HO)の中の水素(H)と入れ替わり、水(HTO:トリチウム水)として体内に取り込まれるが、この場合でも、トリチウムの半減期が10日程度であることから、水(HO)と置換して体外へ排出されやすいことが知られている。
 ITERにおいては、トリチウムが施設の広い範囲に存在することから、その「閉じ込め」管理と漏洩した際の「除去」には細心の対策が必要となっている。その閉じ込めを確実に行うため、一次閉じ込め障壁として真空容器やトリチウム燃料循環系機器を、二次閉じ込め障壁としてクライオスタットやグローブボックス・保護管等を備える設計とする。また、建屋に最終的な閉じ込め障壁としての機能を持たせ、さらに、多重閉じ込めのそれぞれについて独立なトリチウム除去系や仕切り弁を設けるなどしてトリチウムの漏洩を防止する設計となっている(別紙2参照)。

 (2)高速中性子等の遮蔽
 燃料であるトリチウムと重水素の核融合反応により、アルファ粒子や14メガ・エレクトロンボルト*1(MeV)ものエネルギーをもつ高速中性子等が発生する。アルファ粒子については、その大部分がプラズマ中を移動する過程において衝突によりエネルギーを失い、電子と結びついてヘリウムガスとして排出される。一方、高速中性子を適切に遮蔽するため、ITERにおいては、まずブランケットと呼ばれるプラズマに対向する構造体を設け、さらに、真空容器及びクライオスタットやコンクリート壁によって、更なる遮蔽を行う。
(※1:エネルギーを表す単位で、1エレクトロンボルトは、電子1個を1ボルトの電位差で加速したときのエネルギー量に等しい。14メガ・エレクトロンボルトは通常の軽水炉で発生する中性子のエネルギーの6倍程度のエネルギーである。このような高いエネルギーをもった中性子が炉内機器やブランケット等にぶつかると、軽水炉では起こらなかった核反応が起こるが、その特性については、ここ20年間の研究によって十分解明されている)

 (3)電磁エネルギーの取扱い
 磁場核融合炉においては、プラズマを磁場の力で閉じ込めるため、例えば、ITERでは、超伝導磁石によって、150ギガ・ジュール*2という非常に大きな電磁エネルギーが必要となる。この磁場による生体影響については、現時点で明確な結論があるわけではないが、磁場のエネルギーは距離が離れるに従って急速に減少するため、特にITERにおいては、敷地外では地磁気よりも弱くなり問題にならない。
 また、電磁エネルギーに対する安全対策として、万が一、超伝導磁石が常伝導状態になった場合(クエンチ時)、コイルに抵抗が発生するためこれにより発熱するが、これを出来る限り防止するため、多重の保護回路を設けてエネルギーの大部分を速やかに外部に安全に放出するとともに、発熱に伴う液化ヘリウムの蒸発によるコイル容器内圧力の上昇を防止する開放弁等を設置することとしている。
 さらに、運転中に急にプラズマが消滅し、プラズマの熱エネルギーやプラズマ対向壁に誘起される電流による電磁力が加わった場合を想定しても、対向壁の健全性が維持されるように設計されている。
(※2:エネルギーを表す単位で、1ジュールは1ワットの電力を1秒間流した時に発生するエネルギー量に等しい。150ギガ・ジュールは、ITERで使用する超伝導磁石に蓄えられるエネルギーの総量であり、25mプールの水を沸騰させる程度のエネルギーに相当する。)

 (4)施設の耐震性
 核融合炉施設の耐震対策については、設置国により状況は変わる。ITERの耐震設計については、米国の原子力施設の耐震設計の考え方に準じて定められた地震動(1万年に1回起こるような地震の揺れ)から、設計作業上設定された地盤条件などを考慮して定めた設計用の地震力に耐えるような設計が施されている。さらにそれを越える大きな地震に対しては免震の考え方を設計に取り入れている。免震の採用については、一般建造物について種々の実績があるが、さらに要素試験等を通じて実証データの蓄積を図っている。

3.安全評価
 装置の運転中(保守点検時等も含む)に異常が発生した場合にも、これらの設計によって作られた機器の機能によって、システムとして安全の目標を達成できるかどうかを確認することが、一つの重要な要件となる。これが安全評価と呼ばれるものであるが、原子力分野では一般的になっており、ITERにおいても採用されているものである。
 具体的には、運転中に起こりうる異常事象の全てについて事象の進展をも含めて検討し、その中から、事象の包絡性、設定した評価項目の観点から結果の最も厳しくなる事象等を考慮して代表事象を選定し、これらの事象が起こった場合にもシステムとして所期の目標が達成されることを、数多くの実証データを基にして作成される評価コードや評価手法を用いて確認することである。このため、評価コード、評価手法データ取得のために各種の安全研究が行われている。
 ITERにおいては、詳細設計段階において評価項目と発生頻度を考慮して選定された11種類、25の代表事象について評価が進められているが、いずれも所期目標を達成することが確認されている。(別紙3参照)

4.廃棄物の処分
 運転に伴い機器の交換等が必要となるが、その結果、交換された機器は廃棄物として処分されることとなる。なお、核融合炉において発生する廃棄物としては、核分裂炉から発生する使用済燃料のような高レベル放射性廃棄物(核分裂生成物)はなく、主として中性子によって放射化された固体放射化物であり、環境中に拡散するおそれが少ないなどの特徴を有する。
 ITERにおいては、最初の10年間(基本性能運転期間)に定期的な部品交換によって発生する放射化物が約700トン、後半の8年間(高性能運転期間)に定期的な部品交換によって発生する放射化物は基本性能運転中に発生する量と同程度と見積もられている。また、基本性能運転から高性能運転への移行時に交換される放射化した部品は約2、800トンと見積もられている。これらの放射化した部品については、一般的には、鉄製容器等に密封された状態で廃棄物保管建屋に管理・貯蔵されることになると考えられる。
 また、運転終了に際して発生する廃棄物としては、ITER本体の構造物が約52、000トン、コンクリートが約15、000トンと見積もられている。これらの廃棄物については、一般的には、トリチウムや放射化したダストを除去した後、移動可能な真空容器内/外機器については廃棄物保管建屋に移動し、大型機器については、そのままトカマクピット中に保管することになるものと考えられる。これらの廃棄物は、十分に管理された状態で放射能レベルが低下するまで保管され、その後処分されることになると考えられる。
 なお、中性子にさらされることによって材料は脆化するため、機器交換等の必要性が生じることとなるが、その交換頻度によっては放射化した廃棄物の量が増大し、廃棄物の処分に大きく影響することから、耐中性子材料や低放射化材料などの開発が急がれている。