重粒子線がん治療臨床試行の状況について

平成9年 3月18日
放射線医学総合研究所


1.概要
 放射線医学総合研究所では、平成6年6月から「重粒子線がん治療臨床試行」を開始し、これまでの約3年に230症例の治療を終了した。
 このうち臨床試行開始から平成8年8月までに治療を終了し、治療後6ヶ月を経過した150例の患者さんの正常組織への副作用と腫瘍に対する効果が、3月4日に開催されたネットワーク会議評価部会(部会長:磯野 可一 千葉大学医学部教授)及び本日開催されたネットワーク会議(委員長:阿部 薫 国立がんセンター総長)で検討された。 以下に、本研究所における重粒子線治療に関する全般的な状況及び同部会・会議における検討結果を示す。

2.全般的な状況
 (1)これまでに治療を終了した230症例の部位別・照射期別患者数は表1に示すとおりである。

表1. 重粒子線治療患者数(平成6年6月~平成9年2月)
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プロトコール(注1)  第1期 第2期 第3期 第4期 第5期   (小計) 第6期    合 計
 部 位
頭頸部     3名  4名  5名  5名       (17名)        17名
中枢神経        6名  4名  4名  1名   (15名)  9名    24名
肺           6名  7名  4名 11名+1 (28名) 16名    44名+1
舌           2名                (2名)         2名
肝               5名  7名  6名   (18名)  7名+1  25名+1
前立腺             2名  7名  8名   (17名) 10名    27名
子宮頸部            3名  6名  3名   (12名) 10名    22名
総合(注2)          8名 16名  7名   (31名)  9名+1  40名+1
骨・軟部                    2名    (2名)  7名     9名
消化管(食道)                             1名     1名
頭頸部II(注3)               8名    (8名) 11名    19名
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合  計    3名 18名 34名 49名 46名+1(150名) 80名+2 230名+3

    <注:+ は、同一患者の2病巣治療。従って、総治療病巣数は「233」>
 (第1期:平成6年6~8月、第2期:9月~平成7年2月、第3期:4月~8月、
  第4期:9月~平成8年2月、第5期:4月~8月、第6期:9月~平成9年2月)

(注1)プロトコールとは、臨床試行を実施するに当たり定められた試験計画書
(注2)総合:すでに臨床試行プロトコールが作成された対象以外に、重粒子線の適応領域を見いだ
       して、当該領域のプロトコールを作成するための基礎を作ることを目的としたプロト
       コール(例えば、平成8年9月に制定された「頭蓋底・傍頸髄腫瘍」)。
(注3)頭頸部Ⅱ(頭頸部プロトコールの分割照射法を6週間・18回照射から4週間・16回照射に変更したもの。)

(2)この約3年、重粒子線がん治療装置(HIMAC)は安定して稼働しており、臨床試行は順調に経過している。治療室も第4期からは3室全部を運用しており、1日25人程度の患者さんを照射できるようになった。医療スタッフも治療技術に熟練してきており、また本年3月には新病院への移転も完了していることから、今後はさらに質の高い治療をより多くの患者さんに提供できる見込みである。

(3)平成8年度にはこれまでの部位に加えて、新しく「骨・軟部組織」「消化管(食道)」「頭蓋底・傍頸髄腫瘍」の3部位のプロトコールを追加している。

(4)これまでに開始されたプロトコールのうち「頭頸部Ⅱ」は目標症例数を達成し、来年度からは、新たな「頭頸部Ⅲ」プロトコール(フェイズⅡ)として臨床試行を開始する予定である。また「肝癌」プロトコールも目的を達成し、新たに短期小分割照射法の可  能性を探る「肝癌Ⅱ」プロトコール(フェイズⅠ/Ⅱ)を開始する予定。

3.重粒子線がん治療に対する評価

これまで治療を終了し、治療後6ヶ月を経過した150例の患者さんの正常組織への副作用と腫瘍に対する効果は以下のとおりである。

(1)正常組織への副作用

・皮膚:150例(151照射部位)中3例が照射後早期(3ヶ月以内)に第3度皮膚炎(慢性皮膚炎)を認めたが、いずれも軟膏治療で回復し後に重篤な障害を残さなかった。これ以外の症例ではいずれも第2度以内の反応でおさまり、問題となるものはなかった。

・口腔粘膜:照射が行われた31例についてみると、口腔粘膜反応は比較的軽微で、問題となるような反応は1例も見られなかった。

・肺:肺がんの2例は治療後間もなく肺炎症状を併発しステロイド治療を余儀なくされたが、経過良好で6ヶ月後には症状は消失した。この2例の経験をもとに照射法の改善を行った結果、その後に治療した患者さんでは副作用は全く生じていない。

・消化管・膀胱:前立腺がん患者において線量増加に伴い、治療後6~12ヶ月経ってから、4例が第2度直腸炎(直腸出血)、2例が第2度膀胱炎(頻尿)を来した。これは腫瘍に接している直腸前壁と膀胱後壁が腫瘍と同じ線量が照射された結果によるものと思われるが、いずれも保存的治療で改善しているがなお経過を見ているところである。今後照射される患者は、直腸線量を50~55GyE以下に抑えることにより改善することとしている。

  ◎以上の部位以外で問題となる副作用を認めたものはなかった。

(2)腫瘍に対する効果

・表2に腫瘍に対する一次効果(治療後6ヶ月)を、また表3に6ヶ月後、12ヶ月後、18ヶ月後の局所制御率(腫瘍の再増殖がみられない割合)を示す。

・一部例外はあるものの、多くの部位においては、投与する線量の増加とともに腫瘍の縮小、局所制御率、症状の緩和等、治療効果が良くなる傾向が認められる。全症例の局所制御率は、6ヶ月84.8%、12ヶ月73.0%、18ヶ月67.4%であった。

・頭頸部がんでは、これまでのところ91.3%(23例中21例)で局所制御が得られているが、特に、これまでX線だけでは効果がないと思われていた腫瘍(腺がん、腺様嚢胞腫、悪性黒色腫等)に有効のようであった。

・一方で、中枢神経系の悪性度の強い腫瘍(悪性神経膠腫)は放射線に対する抵抗性が強く、まだ線量が不足しているとも考えられた。


   ◎いずれにせよ、まだ症例数も少なく、治療後の経過も短いので、今後とも症例数を増
    やして更に検討を進めることが必要である。

4.今後の方針

・頭頸部がんは、本格的な治癒を目指して新しい「頭頸部Ⅲ」プロトコール(第Ⅱ相)  を開始する。(主に副作用を見る第Ⅰ/Ⅱ相試行から治療効果を見る第Ⅱ相試行に移  項する。)

・肝がんは、短期小分割照射法の有用性を探る「肝細胞癌Ⅱ」プロトコール(第Ⅰ/Ⅱ  相)を開始する。

・前立腺、子宮、肺については、10月から新プロトコールを開始する予定。