平成14年2月19日

原研・サイクル機構の統合に際して

永宮 正治

1.原子力の将来と新しい法人
  • 平成12年に策定された「我が国の原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」にも述べられているが、今後の原子力の研究開発は、一方では原子力発電や廃棄物処理処分と燃料サイクルといった核分裂によるエネルギー生成とそれに伴う諸々の研究開発が必要であり、もう一方では核融合・加速器・レーザーの研究開発やそれらを利用した研究開発を含む基礎基盤的科学技術の研究開発が必要である。原子力研究開発は、この両者が総合的に推進されるべきものであり、整合性よくかつバランスをもって進めていくことが、今後の原子力研究開発における最重要課題であると考えている。
  • 原研とサイクル機構の統合は、原子力分野における大きな節目であり、関係者に多大な努力が強いられている。しかしながら、両機関の統合は、まさに上記の二つの側面を一つの新しい法人の中で実現できることに繋がり、今後の原子力研究開発の健全な発展のためには絶好のチャンスを与えると考えられる。
  • したがって、新法人に求めることは、この統合を21世紀の日本の原子力研究開発の健全なる方向性を切り拓く好機だと捉え、今後どのようにすれば「エネルギー生成とそれに伴う諸々の研究開発」と「基礎的科学技術の研究開発」を総合的にバランスよく育成することができるかという視点を中心に据えて統合の作業を進めるべきであろう。

2.基礎的科学技術の推進
  • 戦後の日本の原子力研究開発はエネルギー生産の側面に重きが置かれて進展してきた。近年、原研は基礎的科学技術の方向を伸展させ始めたが、現在の原研においてもエネルギー生産とそれに伴う諸々の研究開発は、依然として主要研究課題の一つとなっている。サイクル機構の主方向は、核燃料サイクルの確立を目指した高速炉や廃棄物処理処分の研究開発などである。したがって、今回の統合作業において「基礎的科学技術の研究開発」を意識的に大きく伸ばす努力をしない限り、日本の原子力研究開発における両方向のバランス良い発展は望めない。
  • 「基礎的科学技術の研究開発」には多くの領域があるが、原研が進めている領域としては核融合・加速器・レーザー・研究炉がある。これらをいかに伸ばしていくかは基本的には平成12年の長計に詳しく述べられている通りである。したがって、この長計をまずは指針とすべきであろう。
  • この中で、私の深く関わっている分野は「加速器」分野である。この分野において原研が抱える最大プロジェクトは「大強度陽子加速器」である。今回の統合においてこのプロジェクトをいかに健全に発展させるかは、原研の一課題に留まらず、原子力研究開発の健全な発展をはかる上で大きな課題でもある。

3.大型加速器の特殊性
  • 大型加速器の建設には多大な資金と高度な技術力が要請される。そのため、加速器の建設自体が研究開発の大きな分野となりつつある。しかしながら、加速器は建設すること自体が目的ではなく、それを研究開発の道具としていかに有意義に利用するかが加速器施設の成否の鍵となる。特に21世紀の日本の研究開発においては、国際社会の中でリーダーシップを発揮することが要請され、大型加速器施設においてもこの点を忘れてはならない。
  • したがって、大型加速器建設においては以下の二点にまず留意すべきである。
    1)世界的な競争を十分に意識し、世界の中でリーダーシップを取ることのできる加速器機種の選択とその建設を行なうこと。別の表現では、国際公共財として日本の大型加速器施設を捉え、その建設に当たること。
    2)大型加速器がいったん建設された後は、それを国の内外を問わず、質の高い多くの利用者に積極的に解放すること、そして、そのための工夫や組織を導入すること。
    この二点は表裏一体でもある。加速器が質の高い多くの利用者を抱えるとその施設は国際的に注目されるものとなり、また、国際的に注目される加速器施設には多くの利用者が集まるからである。
  • このような国際的加速器施設は諸外国にその典型例がある。たとえば、米国ブルックヘブン国立研究所のAGS加速器からは3つのノーベル賞実験が生み出された。これら3つの実験は外部利用者が中心となって実施されたが、外部の研究者が内部の研究者と絶妙な連携協力を持つことにより実験が成功した。このことにより、AGS加速器が世界的に有名になったばかりでなく、それを押し進めたブルックヘブン国立研究所が世界の中心研究所になったのである。
  • 原研に設置される大強度陽子加速器施設においても、このように、外国人を含めた外部利用者への積極的な施設の解放が最も重要な点となる。現在の原研においては、共同利用機関ではないので原研の目的が優先されるとともに、例えば、外部利用者に対する利用料金の問題も指摘されている。また、国の方針として、原子力施設への核不拡散からの配慮も必要となっている。このような制限については、不必要なものは改善を図り、今まで以上に外部利用者を積極的に受け入れるシステムを構築しなければ、この加速器が世界的なものとは成り得ない。原研の既存加速器施設においては外部利用者に対する一定の努力はなされているが十分ではない。今回の統合を機に、これまで以上に加速器施設の外部への解放を積極的に推進する策を講ずるべきである。
  • 参考資料であるが、平成12年度の高エネルギー加速器研究機構(KEK)における外部利用者数は1年間の延べ人数で総数10万人・日(うち外国人は3割程度)となっている。実人員数では総数5千人(うち外国人は2割程度)である。原研の大強度陽子加速器施設では、現在のKEK全体より遥かに多数の利用者数を見込んでいる。このためには、KEKよりもさらに進んだ形での外部利用者の受け入れ体制の構築が望まれる。
  • 外国の大型加速器施設における外部研究者受け入れに対する措置の一例を述べよう。外部の人が実験研究を行なう場合には、研究者を自由に受け入れることに始まり、必要な研究費を現地で使えるように外部資金アカウントを研究所内部に作り外部研究者がそれを使えるようにする。さらに、必要ならば外部研究者の生活費を支給したりもする。その他、さまざまな生活上の便宜(医療、宿舎やアパート、レンタカー、等々)を受け入れ研究所が提供する場合が多い。このような種々の恩恵を蒙って外国留学された日本の先達も多いと思う。これらの措置はほんの一例であるが、大強度陽子加速器施設に外部の研究者を迎えるには、このように外部の研究者が来やすい条件を整えることが重要である。このような措置は、現在のKEKや原研でも全く不十分であり、今回の統合を機に一気に国際スタンダードにまで持っていってほしいと願っている。

4.関連諸機関との連携と教育機能の重要性
  • 幅広い研究開発を実施していくためには、新法人が産業界や関連する研究組織とより密接な連携を行なうことが肝要である。この連携は、新法人の孤立化を回避するのみならず、日本全体の科学技術の発展のために必要不可欠の措置であろう。
  • 私の関連している加速器分野では、今回の新法人の発足に当たり、高エネルギー加速器研究機構や理化学研究所との連携・協力を促進すべしと閣議決定されている。このような研究機関同士の連携も重要であるが、中性子利用に関する産業界との連携の促進や、基礎的科学技術に関する研究開発における大学等との連携が、さらに重要である。
  • また、これは加速器のみに限ったことではないが、人材の育成や教育の機能を新法人の重要な使命の一つに加えるべきである。教育には二種類あり、一つは研究を進めること自体を教育に結び付ける、たとえば大学院大学の設置である。総研大を東海地区に拡大するのも一策であろうし、他大学との連携大学院構想を積極的に進める可能性も考えられる。第二は、中高校生や大学生の教育である。数年前までKEKで実施されていた高校生サマースクールは、日本各地のみならず世界各地から高校生を夏の期間KEKに呼んで実施され大好評であった。しかし、この制度も予算削減の中で消失した。今後の原子力に関する基礎的科学技術の進展のためには、中高校生の教育活動は是非とも進めるべきで、さらに大学生に対する教育も必要である。また、欧米諸国で実施されている高校教員の研究活動への参加も、間接的には教育に大いに役立ち、今後導入したい制度である。このように、教育に対する取り組みも強化されるべきであろう。

5.まとめ
  • 今回の原研とサイクル機構の統合は、原子力研究開発にとって大きな転換期を与える。この統合において、重点化・効率化するところはすべきであるが、むしろ統合を好機と捉え、今までになかった点を導入することにより、新鮮味のある新法人像を築き上げるべきである。
  • 私はいわゆる原子力エネルギー利用の専門家ではない。したがって、新法人においてエネルギー政策をいかに展開するかは、他の専門家の意見に委ねたい。ここで述べたかった最大の点は、冒頭にも述べたように、原子力を支えるエネルギー生産の側面と基礎的科学技術の側面のバランスをこの機に正常化させることである。そのことが、新鮮味ある新法人誕生の原動力になる。
  • さらに、この重要な機会に、少なくも大型加速器施設に関しては、外部に広く解放された施設となるように議論されることを願いたい。また、産業界や大学との連携の強化や新たな教育活動の創設なども、この機会に積極的に捉えてほしい。