IPCC統合報告書の概要

平成13年10月
外務省科学原子力課

質問1

気候変動枠組条約第2条にある「気候システムへの危険な人為的干渉」を構成するものが何かを定める上で、科学的、技術的、社会経済的分析はどういった貢献ができるのか?

自然科学、科学技術、社会科学は、「気候システムへの危険な人為的干渉」を構成するものが何かを定める上で必要とされる本質的な情報と証拠を与えることができる。同時に、その決定は、開発、公平性、持続可能性とともに、不確実性やリスクを考慮した社会政治的プロセスを通して達せられる判断価値である。
「危険な人為的干渉」を構成するものが何かを定めるための基本的要素は地域によって異なり、局所的な自然と気候変化による影響の結果の双方に依存し、また、気候変化に対処するための適応力及び緩和力にも依存する。
第3次評価報告書は、「気候システムへの危険な人為的干渉」を構成するものが何かを政策決定者が定めるための新たな科学的情報の評価を行ったものである。
気候変化を統合的に理解するために、すべての部門における要因や影響を結びつけた完全なサイクルの動態を考慮する。
気候変化に関する政策決定は、一般に不確実性の下で行われる過程である。
気候変化の問題は、持続可能な開発に関する大きな問題の一部をなす。結果として、気候政策は、国家・地域の開発経路をより持続可能なものにするための広範な戦略に一貫して組み入れられるならば、より効果的なものとなりうる。
第3次評価報告書は、タイミング、機会、コスト、利益、及び様々な緩和・適応オプションの効果について、利用可能なすべての情報を評価したものである。

質問2

地球の気候が産業革命以降変化している証拠はあるか? その原因は、またその結果はどうなっているか?

(a)地球の気候は産業革命以降、地域、地球規模で変化しているか?そのうち、人間の影響に起因するもの、自然現象に起因するものはどの部分か?また、その証拠は何か?
(b)産業革命以降、特にここ50年に重点を置いた場合、気候変化の環境上、社会上、経済上の結果ではどのようなことが分かっているのか?

地球の気候システムは、産業革命以降、地球規模でも地域規模でも変化していることが実証されており、これらの変化の一部は人間活動に起因する(表1参照)。
人間活動により、大気中の温室効果ガスやエアロゾルの濃度は、産業革命以降増加してきた。主要な温室効果ガス[二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、対流圏オゾン(O3)]の大気中濃度は1990年代に最も高い値を記録した。これは主に化石燃料の燃焼、農業、土地利用変化によるものである。
観測成果が増えたことによって、世界的な温暖化及び気候システムにおけるその他の変化についての全体像が明らかになっている。
地球規模でみると、測定機器による観測が行われて以降(1861-2000年)、1990年代が最も温暖な10年で、1998年が最も温暖な年であったことについての可能性はかなり高い。
過去50年に観測された温暖化の大部分は人間活動に起因するという新たなかつより強力な証拠がある。
海面水位、積雪面積、氷結面積、降水量の変化は、地球表面近傍の気候の温暖化と合致する。
地域気候の観測された変化により、多くの物理・生物システムに影響が出ており、いくつかの社会・経済システムにも影響が出ているという指摘もある。
近年の地域気候変化、特に気温の上昇により、世界の多くの地域における水文学的システムや陸上・海洋生態系に既に影響が出ている。
気象による損害や気候の地域的変動に伴う社会経済コストの上昇により、気候変化に対する脆弱性が大きくなる。
表1:20世紀における地球の大気、気候及び生態系の変化
指  標観測された変化
濃度 
大気中CO2濃度280ppm(1000-1750年)→368ppm(2000年)(31±4%の増加)
陸上生物圏におけるCO2の交換1800-2000年の累積排出量は約30GtCである;しかしながら、1990年代における正味吸収量は約14GtCである
大気中CH4濃度700ppb(1000-1750年)→1750ppb(2000年)(151±25%の増加)
大気中N2O濃度270ppb(1000-1750年)→316ppb(2000年)(17±5%の増加)
対流圏O3濃度1750-2000年にかけて35±15%増加している。地域によって異なる。
成層圏O3濃度1970-2000年にかけて減少している。高度や緯度によって異なる。
大気中 HFC,PFC,SF6濃度過去50年間において地球規模で増加した
気候 
地球の平均表面気温20世紀にわたって0.6±0.2℃上昇;陸域は海洋よりも温暖化の割合が大きい(可能性が非常に高い)
北半球の表面気温20世紀は、過去1000年のいかなる世紀と比べても気温の上昇率は最も大きい;1990年代はここ1000年で最も温暖な10年であった(可能性が高い)
表面気温の日較差陸域では1950-2000年にわたって減少:夜間の最低気温の上昇率は、日中の最高気温の上昇率の2倍の大きさである(可能性が高い)
暑い日/熱指数増加(可能性が高い)
寒い日/霜が降りる日ほとんどすべての陸域で20世紀にわたって減少(可能性が非常に高い)
大陸の降水量北半球では20世紀にわたって5-10%の増加(可能性が非常に高い);北及び西アフリカ、地中海沿岸の一部といった地域では減少している
豪雨北半球中-高緯度で増加(可能性が高い)
干ばつの頻度及び深刻度いくつかの地域において、夏季の乾燥とそれに関連した干ばつのリスクが増加(可能性が高い)ここ数十年間、アジアの一部地域及びアフリカなどの地域において、干ばつの頻度及び強度が増加してきている。
生物及び物理 
地球の平均海面水位20世紀の間に1~2mm年平均上昇率で上昇
河川や湖が氷に覆われる期間北半球中-高緯度において20世紀の間に約2週間短縮(可能性が非常に高い)
北極の海氷面積と厚さ晩夏や早秋における厚さはここ数十年で40%減少(可能性が高い);春~夏の面積は1950年代に比べて10-15%の減少
極域以外の氷河20世紀にわたり広範囲で後退
積雪面積衛星による地球規模での観測が可能となった1960年代以降10%減少(可能性が非常に高い)
永久凍土極域、亜極域、及び山岳地帯の一部で、融解、温暖化、後退
エルニーニョ現象この100年でみると、過去20-30年の間に頻度、永続性、強度が増大している
生長季節北半球、特に高緯度で、ここ40年の間、10年当たり約1-4日長くなった
植物及び動物の生息範囲植物、昆虫、鳥類、魚類に関しては極方向、高々度にシフト
繁殖、開花及び移動北半球における植物の開花、渡り鳥、繁殖季節、昆虫の出現の早期化
珊瑚の白化特にエルニーニョ現象発生期間における白化頻度の増加
経済 
天候に関連した経済的損失過去40年にわたり、インフレ傾向を調節した状態での地球全体の損失は増加観測された傾向の一部は社会経済的要素と結びついており、一部は気候要素と結びついている。

質問3

第3次評価報告書で用いたシナリオ(気候政策による干渉を含まない予測)における温室効果ガス排出の範囲において、今後25年、50年、及び100年の地域規模・地球規模の気候、環境、社会経済に与える影響について、どのようなことが分かっているのか?

全てのIPCC排出シナリオは、21世紀中に二酸化炭素濃度、表面気温、海面水位が、地球規模で上昇すると予測している。
6つの代表的なSRES排出シナリオにおいて、2100年に予測されるCO2濃度は、産業革命前の約280ppmや2000年の約368ppmに対して、540~970ppmの範囲である。様々な社会経済的仮定(人口、社会、経済、及び技術)により、将来予測される温室効果ガス及びエアロゾルの濃度レベルも異なる。特に、陸域生態系からの気候フィードバックの規模及び現在の吸収過程(炭素吸収源)の持続性に関する不確実性により、各シナリオにおいて2100年の濃度に約-10~+30%の変動があるため、これを加味した濃度範囲は490~1260ppm(産業革命以前の1750年の濃度に比べて75~350%増加)である。2100年までのCO2以外の主要な温室効果ガス濃度は、6通りあるSRESシナリオの間でそれぞれ異なる予測がなされている。これまでに土地利用の変化に伴って放出された炭素のすべてが、(例えば再植林によって)21世紀中に陸域生態系に貯蔵されると仮定すると、CO2濃度は40~70ppm減少すると考えられる。
いくつかの気候モデルによる、SRES排出シナリオを用いた地球の平均表面気温は、1990~2100年の間に、1.4~5.8℃上昇すると予測されている。これは20世紀に観測された温暖化の中央値に比べて約2~10倍の大きさである。予測された気温上昇率は、古気候のデータから、少なくとも過去10,000年の間にも観測されたことがないほどの大きさである可能性がかなり高い。予想される気温の上昇量は、6通りあるIS92シナリオに基づく第2次評価報告書の時の上昇量(1.0~3.5℃)よりも大きくなっている。予測された気温の上昇量が大きくなり、また、その予測の幅が広がったのは、主として、SRESシナリオでは、二酸化硫黄の排出量予測がIS92シナリオに比べて下方修正されていることによる。1990~2025年の期間と、1990~2050年の期間で予測される気温の上昇はそれぞれ0.4~1.1℃、0.8~2.6℃である。
21世紀中の地域規模での降水量は5~20%の範囲で増加・減少の双方が予測されているものの、地球全体の年間平均降水量は増加することが予測される。
氷河は、21世紀を通じて広範囲で後退を続けると予測されている。
SRESシナリオの全範囲に対して、地域により違いがあるが、1990~2100年の間に地球の平均海面水位は0.09~0.88m上昇することが予測されている。この上昇は主に海洋の熱膨張と氷河や万年雪の融解によるものである。1990~2025年の期間と、1990~2050年の期間で予測される海面水位の上昇はそれぞれ0.03~0.14m、0.05~0.32mである。
予測される気候変化は環境・社会経済システム双方に好影響・悪影響を与えるが、気候変化の強度及びその速さがより大きくなるほど、悪影響の割合が大きくなる。
悪影響の深刻度は、温室効果ガスの排出量が多くなればなるほど大きくなり、気候も変化する。
とりわけ、気候変化により、特に主として熱帯・亜熱帯諸国に居住する低収入の人々の健康に悪影響が出ることが予測される。
気候変化や海面水位の上昇により、生態学的生産性は変化し、生物多様性は低下するであろう。そして、一部の脆弱な種の絶滅のリスクが増大することが予測される。
穀物モデルによれば、温帯地域の一部地域では気温の小さな上昇では生産量増加の可能性が予測されているが、それ以上の気温変化では減少することを示している。大部分の熱帯・亜熱帯地域では、ほとんどの予測される気温上昇で生産量減少の可能性が予測されている。
気候変化により、多くの水の十分でない地域の水不足が悪化することが予測される。
市場部門に対する総影響は、国内総生産(GDP)の変化として見積もられ、研究が行われている全ての大きさの地球の平均気温の上昇に対して、多くの開発途上国ではマイナスと予測される。一方、先進国では、数℃の温暖化に対してはプラスマイナス双方が予測され、それ以上の温暖化ではマイナスとなる。
小島嶼・低地沿岸域に居住する人々には、海面水位の上昇や高潮に対して、特に深刻な社会・経済的影響のリスクがある。
気候変化の影響は、最も開発の進んでいない国々、及びすべての国々に居住する貧困層で最も深刻なものとなり、このことにより、健康状況や適切な食糧、清潔な水、他の資源へのアクセスに関する不公平性が悪化する。
適応は部分的に気候変化による悪影響を低減する可能性があり、時として副次的な利益をも生み出すことがある。しかしながら、適応によりすべての損害を回避することはできない。
これまでに確認された、気候変化に対応する数多くの可能な適応オプションは、気候変化による悪影響を低減し、好影響を増進させることができる。
大規模で急速な気候変化の場合には、小規模で緩やかな気候変化の場合よりも、適応の困難性と損害のリスクが増す。

質問4

温室効果ガス及びエアロゾルの大気中濃度増加の影響と、地域及び地球規模の気候に関し予測されている人為起源の変化について、どのようなことが分かっているのか?

気候の変動性や一部の異常現象の増加が予測されている(表2参照)。
大気中温室効果ガス濃度の上昇により、日、季節、年、10年単位の気候変動性の変化がモデルにより予測されている。
大気中温室効果ガス濃度の上昇により、暑い日、熱波、豪雨が増加し、寒い日が減少するといった、異常現象の頻度、強度、期間の変化がモデルにより予測されている。
21世紀における温室効果ガスの強制力は、今後数十年から1千年にわたり、物理・生物システムに対して、大規模で、影響が大きく、不連続で急激な変化をもたらすことが、広範な可能性をもって予測される。
  • 気候による土壌及び植生の大きな変化が予測され、植物や土壌からの温室効果ガスの放出の増加と表面特性(アルベドなど)の変化を通じて、さらなる気候変化を引き起こす可能性がある
  • 多くのモデルは、ヨーロッパ高緯度への熱輸送の減少を引き起こす海洋の熱塩循環の減衰を予測しているが、21世紀の終わりまでに急激に停止するという予測結果は出ていない。しかしながら、一部のモデルによれば、2100年以降、放射強制力の変化がかなり大きく、長期にわたって継続するならば、南北両半球において熱塩循環が完全に、かつ、おそらく不可逆的に停止する可能性を示している。
  • 南極の氷床は、21世紀には質量が増加する可能性があるが、温暖化が続くと質量が大きく減少し、今後1000年で数メートルの海面水位の上昇に寄与することが予測される。
  • 南極の氷床と異なり、グリーンランドの氷床は21世紀中にも質量が減少し、数cmの海面水位上昇に寄与する可能性がある。氷床は、気候の温暖化に反応し続け、気候が安定化したのち数千年間にわたって海面水位上昇の一因となり続けると見込まれる。気候モデルによると、グリーンランドでの局地的な気温上昇の程度は、地球全体の平均の1~3倍になる可能性が高い。氷床モデルによると、もし、グリーンランドで気温が3℃以上高い状態が数千年続けば、グリーンランドの氷床は完全に融けて、海面水位が約7m上昇すると予測される。またグリーンランドで気温が5.5℃高い状態が1000年続けば、グリーンランドの氷床融解により、約3mの海面水位の上昇がもたらされる可能性が高い。
  • 温暖化の継続により極域、亜極域、山岳地帯の永久凍土の融解が増加し、永久凍土地帯の大部分が、インフラや水流、湿地生態系に影響を及ぼす地盤沈下や地滑りに対して脆弱となる。
気候の変化は多くの生態系に急激、かつ不連続な変化を引き起こすリスクを増大させる可能性があり、その機能、生物多様性、生産性に影響が出ることが予測される。
  • 攪乱要因の変化や、気候により規定されている生息に適した場所の移動により、構成や機能の大きな変化、絶滅のリスクの増加の可能性を伴う、生態系の急激な崩壊が起こる可能性がある。
  • 1.0℃程度の水温上昇が継続した場合、いくつかのストレス(例:極度の汚染や沈泥固定化)それ自体もしくはその組み合わせにより、珊瑚が白化したり、一部の珊瑚が次第に死滅する可能性がある。
  • 農作物ごとに異なるある閾値以上の気温上昇では、一部の農作物の生育に影響を与える可能性がある。これら農作物の生産量の減少は、気温が短期間に閾値を越えると深刻なものとなる。

表2:気候変動性及び異常気候現象とその影響の例
21世紀に予測される異常気候現象の
変化とその確信度
予測される影響の代表的な事例(一部地域で起こる可能性はすべて高い)
ほぼすべての陸域における最高気温の上昇、暑い日や熱波の増加(可能性が非常に高い)
  • 高齢者や都市の貧困者の死亡や重病発生の増加
  • 家畜や野生生物の熱ストレスの増加
  • 観光目的地の変更
  • 多くの農作物の被害のリスクの増大
  • 冷房による電力需要の増大とエネルギー供給の信頼性の低下
ほぼすべての陸域における最低気温の上昇[増加]、寒い日、霜日、寒波の減少(可能性が非常に高い)
  • 寒さに関連した人間の罹病率や死亡数の減少
  • 多くの農作物の損害のリスクの減少、及び他の農作物のリスクの増加
  • 一部の害虫や媒介生物の範囲や活動の拡大
  • 暖房エネルギー需要の減少
降水現象の強度の増大(多くの地域にわたって可能性が非常に高い)
  • 洪水、地滑り、雪崩、泥流といった損害の増加
  • 土壌侵食の増加
  • 洪水流量の増加とそれによる一部の氾濫原帯水層の涵養の増加
  • 政府や民間の洪水保険システムや災害救援への圧力の増大
中緯度大陸内部のほぼ全域における夏季の乾燥とそれに関連した干ばつのリスクの増加(可能性が高い)
  • 農作物生産の減少
  • 地面の収縮による建築物基礎への損害の増大
  • 水資源量の減少や水質の低下
  • 森林火災のリスクの増加
熱帯低気圧の最大風力、平均・最大降雨強度の増大(一部地域で可能性が高い)
  • 人命へのリスク、伝染病の流行のリスク、その他、数多くのリスクの増大
  • 沿岸侵食や、沿岸の建築物やインフラへの損害の増加
  • 珊瑚礁やマングローブのような沿岸生態系への損害の増加
多くの異なる地域におけるエルニーニョ現象に関連した干ばつや洪水の強度の増大(可能性が高い)(干ばつと降水現象の強度に関する項も参照のこと)
  • 干ばつや洪水の多い地域における農業及び放牧地生産の減少
  • 干ばつの多い地域における水力発電ポテンシャルの減少
アジアの夏季モンスーン降水変動性の増大(可能性が高い)
  • 温帯・熱帯アジアにおける洪水や干ばつの大きさと損害の増加
中緯度の暴風雨の強度の増大(現在のモデル間での一致はほとんどない)
  • 人命や健康へのリスクの増加
  • 財産やインフラの損失の増加
  • 沿岸生態系への損害の増加

質問5

気候システム、生態系、社会経済部門及びこれらの相互作用の変化についての慣性や時間スケールについて何が分かっているのか?

慣性は、気候システム、生態系、社会経済システムの相互作用において広範囲かつ付随的にみられる。人為的な気候変化の影響の一部は、その出現がゆっくりしたものであり、気候変化の速さや大きさが、その(詳しくわかっていない)閾値を越えてしまう前に制限されなければ、一部は不可逆的なものになり得る。
 気候システムにおける慣性
CO2排出を現在に近いレベルで安定化させても、大気中のCO2濃度の安定化にはつながらない。一方、メタンのような短寿命の温室効果ガスについては、その排出の安定化により、数十年以内で大気中濃度を安定化することが可能である。大気中CO2濃度の安定化には、地球全体のCO2排出を現在の排出レベルに比べかなり低い割合までに削減する必要がある。より低い安定化レベルの数値を選択すればするほど、より早くCO2正味排出量を引き下げ始めなくてはならない。
大気中のCO2及びその他の温室効果ガス濃度が安定化した後、表面気温は、一世紀またはそれ以上の期間、一世紀当たり0.2~0.3℃上昇し続ける。一方、海面水位は数世紀上昇し続けることが予測されている。
気候システムにおける一部の変化は、今世紀を超え長期にわたり、不可逆的であると考えられる。
 生態系における慣性
気候変化による影響が急速に現れる生態系もあるが、一方では非常にゆっくりと影響が出るものもある。
いくつかの炭素循環モデルによると、地球の陸域炭素の正味の吸収は21世紀中に最大になると予測されており、その後一定のレベルのままか、減衰していくものと思われる。
 社会経済システムにおける慣性
気候システムや生態系とは異なり、人間システムにおける慣性は固定されたものではなく、政策や選択が個々に実行されることによって変化させることが可能である。
新技術の開発や適用は、技術移転や財政・研究支援政策によって加速化が可能である。
 政策の実施に関する慣性
気候・生態系・社会経済システムにおける慣性と不確実性のため、「気候システムへの危険な干渉」を回避するための戦略、目標及びタイムテーブルを設定する際には、安全幅を考慮すべきである。
気候・生態系・社会経済システムにおける慣性のため、適応は不可避であり、既にいくつかのケースにおいて必要となってきている。また、この慣性は適応及び緩和戦略の最適な組み合わせにも影響を与える。
相互に影響し合う気候・生態系・社会経済システムにおいて、慣性が広く存在し、かつ不可逆性の可能性があることが、先行的な適応・緩和行動の有用性を支持する主要な根拠である。

質問6

(a)過去及び現在の排出量を考慮すると、広範な排出削減行動の程度と導入時期が、気候変化の率、程度、影響をどのように決定し、影響を与えるのか?また世界経済、地域経済にどのように影響を与えるのか?
(b)現在のレベルからその2倍もしくはそれ以上の範囲で、大気中の温室効果ガス濃度を安定化することによる、地域規模・地球規模での気候、環境、社会経済上の影響についての感度研究から分かることは何か?

温室効果ガス排出削減により、温暖化と海面水位上昇の予測される速度と規模を低減させることが可能である。
温室効果ガス排出削減がより進み、削減策がより早く導入されれば、予測される温暖化や海面水位上昇の進行の度合いはより軽減され、また速度はより遅延化する。
温室効果ガス及び排出削減対象のガスについて、放射強制力を安定化させることが必要である。最も重要な人為的温室効果ガスであるCO2については、炭素循環モデルによれば、大気中の濃度が450、650、1000ppmを超えないようにするためには、地球全体の人為的CO2排出を、それぞれ数十年、約一世紀、約二世紀以内に1990年レベル以下にまで削減し、その後定常的に削減する必要があるとされている。
様々な安定化した温室効果ガス濃度から予測される温暖化の大きさにおいても幅広い不確実性が存在する。
大気中CO2濃度を1000ppm以下のレベルで次第に安定化させるような排出削減により、2100年における地球の平均気温の上昇が3.5℃かそれ以下に抑えられることが予測される。
海面水位と氷床は、温室効果ガス濃度が安定化した後の数世紀にわたる温暖化に反応し続ける。
温室効果ガスを、その大気中濃度が安定化するように削減することにより、気候変化によって引き起こされる損害を遅らせたり低減させたりすることができる。
温室効果ガスの排出を削減する(緩和)方策をとることにより、自然及び人間のシステムが気候変化から受ける圧力を低減することができる。
大気中の温室効果ガス濃度をより低いレベルで安定化する緩和策によって、損害をより低減し、より大きな便益を生み出すことができる。
様々なレベルにおける温室効果ガス濃度安定化による便益についての包括的かつ定量的な推計は存在しない。
適応は、気候変化に対する緩和努力を補完するため、あらゆる規模において必要な戦略である。適応・緩和行動は、持続可能な開発目標に貢献することができる。
適応は、気候変化によるリスクを低減するためのコスト効率のよい戦略として、緩和を補完することができる。
気候変化の影響は、国ごとにまた一国内においても異なると予測される。気候変化の問題に取り組むということは、不公平性という重要な問題を扱うことにつながる。

質問7

温室効果ガス排出削減の可能性、コストと便益、時間フレームについて、何が分かっているのか?

短期的排出削減には技術オプションをはじめ多くの機会があるが、その適用には障壁も存在する。
1995年に公表された第2次評価報告書以降、温室効果ガス排出削減可能性に関連した大きな技術の進展がみられたが、これは予想されていたものよりも急速なものであった。
温室効果ガス緩和オプションの実施を成功させるには、これら緩和オプションの技術的、経済的、社会的機会の十分な利用を妨げる多くの技術上、経済上、政治上、文化上、社会上、慣習上、制度上の障壁を克服することが必要である。
気候変化に対する国家の対応は、温室効果ガスの正味排出を抑制もしくは削減する政策手段のポートフォリオとして実施されればより効果的となりうる。
コスト評価は多様な要因によりモデル及び研究毎に異なる。
緩和コストにおける特定の定量的評価には、多様な要因により、大きな違いや不確実性が存在する。これは(i)分析の手法、(ii)分析に組み込まれている基礎的な要素や仮定、が異なっているためである。
第3次評価報告書で調査された研究によれば、緩和コストを低減できる相当の機会がある。
ボトムアップ型の研究によれば、低コストの緩和策の機会が存在する。地球規模においては、2010年、2020年にそれぞれ年当たり1.9-2.6GtCeq、3.6-5.0GtCeqでの排出削減が達成可能である。排出削減可能性の半分は直接コストを上回る直接便益によって達成され、もう半分は、100/tCeqUSドル(1998年価格)までの正味直接コストによって達成される。排出シナリオにもよるが、このことは、2010-2020年における地球全体の排出をこれらの正味直接コストで2000年レベル以下に削減することを可能とする。
森林、農耕地、及びその他の陸上生態系はかなりの炭素緩和可能性を与えるものである。炭素の保存や固定は必ずしも永続的なものではないが、他のオプションがさらに開発されたり実施されたりする時間を稼ぐことが可能となる。予測される生物学的緩和オプションの可能性は2050年までに100GtC(累積)のオーダーであり、この期間に予測される化石燃料からの排出の約10~20%である。しかしながら、この見積もりには大きな不確実性も残っている。生物学的緩和に関して報告されているコスト評価によると、一部の熱帯諸国では0.1/tC USドル~約20/tC USドルまで変化し、熱帯以外の諸国では20/tC USドル~100/tCUSドルまで変化する。
附属書B国が京都議定書を実施する場合のコスト推計によれば、緩和コストには不確実性があり、研究によりまた地域により様々である。そして、国際的な排出量取引を実施することによって地域間、地域内のコストを低減することができる。
地球規模の経済モデルによれば、京都メカニズムは附属書Ⅱ国のコストを低減することが可能である。地球規模のモデル研究によれば、京都議定書に掲げる目標達成のための各国の限界コストが、取引なしの場合では20/tC USドル~600/tC USドル、附属書B国での取引有りでは、15/tC USドル~150/tC USドルの範囲となることが示されている。
附属書Ⅰ国での排出制限は、非附属書Ⅰ国に対して、形は様々であるものの「スピルオーバー」効果を持つことがよく認識されている。
技術の開発と普及は、コスト効率のよい安定化の重要な要素である。
環境関連の技術の開発と普及は、温室効果ガス濃度を安定化させるためのコスト削減に重要な役割を果たしうる。
より低い排出シナリオの達成には、高度な環境保全上健全なエネルギー技術の開発と普及の加速化を支援するための、様々なパターンのエネルギー資源開発とエネルギー研究開発の促進を必要とする。
安定化経路と安定化レベル自体がともに緩和コストの主要な決定要因である。
特定の安定化目標に向かう経路は緩和コストに影響を及ぼす。
大気中CO2濃度を安定化するためのコストは安定化濃度レベルが低下するほど増加することが研究により示されている。ベースラインの違いは、コストの絶対値に影響を及ぼしうる(図―1参照)。

質問8

予測される人為起源の気候変化と他の環境問題との相互作用についてどのようなことが分かっているのか?気候変化への対応戦略を、地方・地域・地球規模で、より幅広い持続可能な開発戦略の中に公平に組み入れる場合、環境、社会、経済的なコストと便益、このような相互作用が示唆することについて、何が分かっているのか?

地方規模、地域規模、地球規模での環境問題は、分かちがたく結びついており、持続可能な開発に影響を及ぼす。そのため、これらの環境問題に対し、便益を増大させ、コストを低減し、より持続可能な方法で人間のニーズを満たすことができる、より効果的な対応オプションを開発できる相乗的な機会がある。
様々な人間のニーズは環境の劣化の原因となっており、このことは現在及び将来のニーズを充足する可能性に脅威を与える。
人為起源による気候変化の原因となっている主要な要因は、大部分の環境及び社会経済問題の要因――つまり、経済成長、広範な技術変化、生活様式の変化、人口移動(人口の大きさ、年齢構造、移住)及び管理構造――と同じものである。
気候変化は、生物多様性の損失、砂漠化、成層圏オゾンの破壊、淡水の利用可能性、大気質のような環境問題に影響を及ぼす。そして逆に気候変化はこれらの問題の多くに影響を受ける。
地方規模、地域規模、地球規模の環境問題の間のつながり、及び人間のニーズとの関係は、気候変化に対する緩和オプションを発達させ、脆弱性を低減させる上で、(相互に打ち消し合う場合もありうるが)相乗作用となる機会を提供する。
気候政策を、国内政策(経済・社会及びその他の環境政策)と統合させることによって、その国の適応力及び緩和力を高めることができる。
多国間の環境関連条約が対処する環境問題には多くの相互関係が存在し、その実施に当たっては共働を図ることができる。

質問8

以下に示すような気候変化の属性とモデル予測について、最も強力な見解と主要な不確実性は何か?

  • 温室効果ガス及びエアロゾルの将来の排出量
  • 温室効果ガス及びエアロゾルの将来の濃度
  • 地域及び地球の気候の将来変化
  • 気候変化の地域及び地球規模での影響
  • 緩和及び適応オプションのコスト・便益

この報告書で扱う、気候変化に関する「強力な見解」とは、様々なアプローチ、方法、モデル、仮定の下でも共通しており、かつ不確実性に比較的影響されにくいと期待される見解であると定義されている。また、「主要な不確実性」とは、それがもし低減されるならば、新たな「強力な見解」を導き得るものである。
第3次評価報告書では、気候変化の理解に必要な知識と、人間の気候への反応に関する多くの面において大きな進展がなされた(表3及び図―2、3参照)。しかしながら、特に以下のような、重要な事項についてさらなる作業が必要とされる。
気候変化の検出及び原因特定
地域気候変化及び異常現象の理解と予測
地球規模、地域規模、地方規模での気候変化による影響の定量化
適応・緩和策の分析
気候変化問題のあらゆる面の、持続可能な開発に関する戦略への統合
気候システムへの危険な人為的干渉を構成するものが何であるかを定めるための包括的・統合的な調査研究

表3:最も強力な見解と主要な不確実性