平成11年度
原子力に関する技術的安全と
社会的安心等に関する調査

調査結果報告の概要

 

 

 

平成12年5月

(財)若狭湾エネルギー研究センター


1技術的安全と社会的安心
 〇安全問題は将来問題である
危険(潜在的危険性)――安全(将来問題)は将来の可能性を表す
両者の関係は二者択一的(1,0)ではない、可能性の大小が問題
安全の原点は潜在的危険性の認識。(100%安全はありえない)

 〇技術的安全
技術的安全は自然の法則により支配されている将来問題
その対応は専門家が自然科学的実証主義に基づいて行う

 〇社会的安全、安心
原子力の社会への導入:人の価値観により選択する将来問題
社会的安全、安心はその選択における判断材料としての「価値」の一つ

2.技術的安全と社会的安心の乖離

 国等が行った世論調査に基づく分析

1)原子力発電の安全性及び安心感

①原子力発電の安全性の経年変化:表1

美浜2号炉蒸気発生器事故、もんじゅナトリウム漏れ事故の影響は見られず。
東海再処理工場の事故の影響あり

②原子力発電の安全性及び安心感(平成11年度):表2、3
安全:33%、安全ではない:43%
安心:25%、不安    :68%

2)安全性及び安心感の原子力発電の推進に対する影響:表4、5

「安全」と答えた人:  推進に肯定的82%  否定的 3%
「安全ではない」と答えた人: 肯定的41%、 否定的40%
「安心」と答えた人: 肯定的(増設)67%  否定的(廃止) 3%
「不安」と答えた人は:肯定的(増設)36%、 否定的(廃止)30%

社会的安全、安心は価値の一つ、(他の価値とトレードオフされる)

3)安心感と原子力発電の特性の認識:表6

安心  不安
全体25%  68%
「温暖化対策」を正しいと認識34%  64%
「原子爆弾との違い」を正しいと認識44%  54%
「チェルノブイリとの違い」を正しいと認識37%  61%
「耐震性」を正しいと認識41%  58%

「原子爆弾との違い」「耐震性」を正しいと認識する人は「安心」と思う割合が多い。

4)「原子力発電の安全性」と「原子力発電の知識を得たもの」表7、8

 情報源として、原子力施設見学政府広報企業広告電力会社パンフ国の講習会を挙げた人は「安全」と思う割合が多い。
 ただし、情報源としては「テレビ、ラジオ及び新聞の記事」が圧倒的に多いため、全体としてはこれ等マスコミを選択した人の意見が支配的になっている。

5)「安全ではない」及び「不安」の理由表9,10
「安全ではない」理由:「国内で事故あり」が挙げる人が多い。
「不安」な理由:「事故の可能性」を挙げる人が多い。

6)一般と専門家の違い表11

一般 :福井県および近畿都市部2,500名
専門家:原子力学会員名簿より無作為抽出350名

①原子力発電の推進に関しては、一般(賛成32%、反対29%)に較べ専門家は圧倒的に賛成(89%)が多い。

②原子力発電の利便性が高いと思う割合は一般(68%)に較べ専門家(95%)の方が可成多い。

③原子力発電の危険性に関する認識については一般と専門家の間に大きな違いが見られる。特に大きな差が生じているのは、

(a)死傷事故の起きる確率
   低い:一般13%、専門家79%

(b)日本国内の一年間の死亡者数
   非常に少ない:一般20%、専門家84%

(c)危険性に対する恐怖心
   恐くない:一般8%、専門家71%

運転実績は、死傷事故の起きる確率は30年に1回、日本国内の一年間の死亡者数は0、であるが、その実績の反映の有無が、危険性に関する一般と専門家の乖離の主な要因の一つ。
「危険性に対する恐怖心」については、一般と専門家の差が大きい。

3 原子力安全論理の調査

図書を対象に、原子力の安全に係わる見解、論理を調査
「安全問題で原子力を特別に扱う理由とその根拠」について検討した。

1)技術的安全

①多量な放射性物質の生産、②原子力発電と原子爆弾との違い、③放射線の健康への影響、④大事故の発生と影響、⑤事故の頻発、⑥放射線の周辺環境への影響
等を検討すると、「原子力の安全を特別に扱う理由」として示された見解は次の三つに集約される。

原子力発電所は原子爆弾のように爆発する。
原子力のつくり出す放射能は広島の原爆の1000倍。
プルトニウムは約24kgで許容量の一兆人分にあたり全人類を死滅させうる程巨大な危険性を有する。

チェルノブイル事故で見られるように、一旦事故が起きると、その被害は国を越えて広い範囲に及び被害者は数十万人に及ぶ。

放射線はたとえ微量でも被ばくすればがんになり、また遺伝的影響を子孫に与える。

自然科学的実証主義に基づいて得られた事実

原子力発電所は原子爆弾のように爆発することはない。
原爆による放射線障害について、放射線源を分析すると、Cs137等長半減期の核分裂生成物及びプルトニウムの寄与は無視出来る程小さい。
核実験により大気中に放出された約3トンのプルトニウムによる約50年間の個人の被爆線量は同じ期間の自然放射線の1%である。

チェルノブイリ事故では、火傷および放射線障害により31人が死亡した。これ等の犠牲者は、緊急活動に従事した人々から出た。
地域住民の健康への影響については、事故後10年間調査で白血病、がん、遺伝的影響について放射線被ばくによる発生率の上昇は見付かっていない。
ただし、一部の地域で小児の甲状腺腫瘍の発生率の上昇がみられたが、放射線被ばくによるものかどうかはわからない。
他の国の人々も被ばくしたが被ばく線量は少なく、その年の自然放射線の線量の1/4以下である。
実際に発生した被害は、放射線による二次的被害が大きい。一つは放射線被ばくに対する恐怖感等心理的な被害であり、他の一つは住民の移住による経済的、心理的被害である。

原爆の被ばく者の二世に対する40年間に渡る大規模な疫学調査に基づくと、遺伝的疾患の発生は認めらなかった。
約200ミリシーベルト以下の低レベルの放射線被ばくでがんになるという説は仮説で、実証的根拠はない。原爆で200ミリシーベルト以下の被ばくを受けた7万5000人の生存者には被ばくによるがん形成の証拠はない。

 これ等の事実から判断すると、原子力の事故の影響は他の事故(例えば航空機墜落事故)に較べ被害が大きく、影響する範囲が広いということはない。従って原子力の安全を特別に扱う理由にはならない。
 問題は低レベル(200mSv以下)の放射線被ばくによる障害の発生の可能性である。この障害は医学的には放射線に起因するか否かの見きわめは不可能である。そのような障害の発生を仮定する所に、原子力の安全(放射線に対する安全)の特異性がある。

2)社会的安全、安心

①核反応利用への不安、②科学技術への疑問、③社会における安全論理④リスク認識

について調査、検討した。その結果をまとめると、次の2点になる。

A 原子力の安全性評価における役割分担
安全性の目標設定は社会の仕事であり、一般の人のコンセンサスが必要である。
その目標に達成しているか否かの判断は専門家の仕事である。
安全性の目標設定には、原子力だけでなく、社会一般における諸々の安全性をにらんだ合理的な論理が必要である。

B 放射能の恐怖による二次的被害
住民からみた原子力の事故の影響は、実際の放射能の被害だけでなく「放射能の恐怖による二次的被害」があり、むしろ後者の方が被害者は多く、広い範囲にわたる。ここで二次的被害とは①心理的被害(放射線障害の心配)、②退避等に伴う経済的、心理的被害、③風評被害(経済、産業的被害)である。

4 今後の課題

(1)原子力の安全性評価における社会と専門家の役割分担の合意形成

以下役割分担についての合意形成
安全性の目標(リスクの許容レベル)の設定は社会の仕事
その目標に達成しているか否かの判断(リスクの推定)は専門家の仕事であり、自然科学的実証主義に基づいて行う。

(2)安全学の構築
上記の安全性目標を設定するには、原子力だけでなく、社会一般の安全問題に対して「安全の意味」「安全評価」「価値の選択」等に関して合理的な論理を提供する「安全学」の構築が必要である。

(3)学会の活性化
学会では、「個々人の技術的安全に関する見解表示及び討論の場の提供」、「科学的合理性に基づく知見の提示」、「行政への提言」、「社会的な啓発活動」等が期待される。

(4)低レベル放射線の健康への影響の研究の推進
原子力の安全評価上最大の問題である「放射線障害の発生数及び地域的広さ」の支配的因子は「低レベル放射線被ばくによる障害の可能性」である。これは自然科学的実証主義に基づいて、正しい答を追求することが必要である。
低く見積もれば、障害の発生を防止出来なくなる。高く見積もれば、放射線の恐怖による二次的被害が発生する。特に二次的被害は既に発生していることを強調したい。

(5)原子力の安全性に係わる基本的知見の共有化
原子力の安全性に係わる基本的知見を、その根拠となる事実と共に専門家と一般の間で共有化を推進することが必要である。
それ等の基本的知見としては
①安全にかかわる基本的事実
(爆弾との違い、事故時の被ばくによる障害の実態、放射線の健康への影響)
②安全論理
③科学者、技術者の姿勢
等が挙げられる。
これ等の知見の共有化は、①原子力専門家間の共有化、②原子力専門家と一般の間の共有化があり、夫々に応じた適当な推進策が必要である。