核融合エネルギーの実現に向けた総合的な開発戦略について

平成12年5月17日
核融合会議

 核融合は、太陽をはじめとする宇宙の恒星のエネルギー源である。これが実用化された場合には、人類にとって究極的なエネルギー源となり、世界のエネルギー問題の解決に大きく貢献するものと期待されている。この核融合の実用化に向けて、我が国をはじめ世界各国において多くの研究開発が進められてきた。その結果、今後取り組むべき重要課題は、核融合反応により燃焼するプラズマを制御する技術を確立することであるとの認識に至っている。この課題の解決を目的として、国際協力の下で「国際熱核融合実験炉(ITER)」の建設が計画されている。
 原子力委員会ITER計画懇談会は、平成10年3月に取りまとめた「懇談会の論点の整理と今後の課題」において、「我が国がITER計画における実験炉の設置国になることの意義が非常に大きいことを理解した。」としている。同時に、「我が国が、ITER計画における実験炉の建設への移行も含め、設置国に名乗りを挙げるか挙げないかを決断するために明らかにしなければならない課題が示された。」とも述べている。
 本会議は、核融合エネルギーの実現に向けての総合的な開発戦略を検討することを目的として「開発戦略検討分科会」を設置し、ITER計画懇談会により指摘されている課題について検討を行うとともに、同分科会より提出された報告書を踏まえてさらに検討を行った。この結果、同懇談会において、明らかにしなければならない課題として示された「核融合エネルギーの技術的実現性」及び「計画の拡がりあるいは裾野としての基礎研究」に関し、以下のような結論を得た。

1.核融合エネルギーの技術的実現性
 核融合エネルギーの技術的実現性を検討するに当たって、その実現される将来像とそれに至る道筋を明らかにし、技術的実現性を検証する。

(1)核融合エネルギーの将来像
 現在想定されている核融合炉は、重水素とトリチウムの核融合反応で発生する中性子及びアルファ粒子の運動エネルギーをブランケット及びダイバータと呼ばれる機器を通して熱に変換し、この熱を冷却材を媒体にして外部に取り出して利用しようとするものである。
 今後のエネルギー供給源に要求される重要な要件は、①資源が豊富で広く存在すること、②環境に対して出来る限りクリーンであること、③コストが合理的な範囲内にあること、④基幹システムとして十分なエネルギーを安定して供給できること、⑤安全性が高いこと、であろう。核融合システムは、以下に述べるように、資源量、地球温暖化防止への効果、安定供給性、優れた安全性等の特長が認められるので、これらの特長を生かしつつ、技術的成立性と合理的なコストを達成し得る場合には、他のエネルギー供給技術と競合できる有力なエネルギー源として実用化されるものと考える。
 分科会では、現在最も研究開発が進んでいるトカマク方式の核融合炉概念に関して、定量的な評価を行い以下の結論を得ている。
 ①資源量については、燃料となる重水素及びトリチウムの原料であるリチウム、並びに核融合炉に用いられる特殊材料は十分であると見込まれる。②環境影響については、核融合反応によって二酸化炭素を発生させることはなく、プラント製造過程を含めた排出原単位で比較しても化石燃料エネルギー源の数十分の1に止まり、脱炭素化・地球温暖化防止効果が期待される。放射性廃棄物については、高レベル放射性廃棄物の発生がなく、放射線被ばくに関する長期リスクや、処分費用の観点で優位性がある。一方、低レベル放射性廃棄物は、核融合発電炉の廃止措置に伴って現行の軽水炉より多く発生することが予想され、低放射化材料の開発などにより低減化することが望まれる。③コストについては、核融合の実用化時期は経済の時間軸で言えばかなり未来であることからその予測には大きな不確定性があるものの、将来のエネルギー源として競争力を持ちうる範囲内にある。④安定供給性については、設備利用率、出力安定性等のプラント特性から現行の軽水炉に匹敵することが目標となる。⑤安全性については、核融合反応の暴走はなく、放射性物質である燃料のトリチウムをプラント内で数kg保有することが予想されるものの、存在する放射性物質の潜在的放射線リスクは核分裂炉の約1/1000以下である等の特長を有している。

(2)実現に至る道筋
 我が国では、核融合の研究開発を段階的に推進している。これは、設定する目標の妥当性や目標達成に必要な科学技術的見通しを十分に評価してから次の段階に進もうとする方策であり、これにより、長期にわたる大規模システムの開発を、リスクを最小化しつつ着実にすすめることが可能となる。
 これまでは第二段階として、核融合出力が外部からの加熱入力に等しい、いわゆる臨界プラズマ条件領域でのプラズマの発生及び閉じ込め技術の確立を目標として研究開発が行われ、日本原子力研究所のトカマク型装置JT-60によりこの目標を達成している。
 現在は第三段階として、自己点火条件の達成、長時間燃焼の実現、炉工学技術の基礎形成を目標としており、国際協力のもとに実験炉であるITERの建設が計画されている。この計画が成功すれば、核融合炉実現への見通しは大きく開ける。
 しかしながら、第三段階では核融合エネルギーの利用技術が確立したとは言えない。本格的な核融合発電は、次の段階である核融合発電の実証を目標とする原型炉段階ではじめて実現する。ITERによる研究開発とその後の原型炉の建設が順調に進展した場合、数十万~百万kWの発電能力をもつ核融合原型炉による核融合発電の実証が技術的には2040年頃に可能になると推定される。
 これ以降の実用化段階においては、実用化に向けての経済性向上、信頼性向上等を通じて市場参入が図られることにより、核融合発電がエネルギー供給技術として社会にその地位を築くことが期待される。

(3)技術的実現性
 現在の核融合研究開発は、実験炉の建設を行おうとする段階にある。これまで行われてきた研究開発により、ITERの建設及び運転を通じて核融合炉実現に不可欠な燃焼するプラズマの制御技術が十分に実証されると確信している。例えば、ITERの設計においては、これまでに得られているプラズマに関するデータベースをもとに外挿して設計値を設定しているが、この外挿は流体力学などにおける次元解析と同様の手法によっても裏付けられており、ITERの技術目標を十分な確度をもって達成することが可能であると判断される。また、ITERにおいては、強い磁場を定常的に発生するための大型超伝導コイル、大規模なプラズマを1億度まで熱する加熱装置等これまでになかった技術や設備が必要になるが、これらに関する試作開発が着実に進められ、所要の性能が確認されている。
 ITERは、原型炉の技術的見通しをより確実なものとするために必要な研究開発を行う役割をも担っている。このため、現在のITERの設計においては、プラズマのパラメータを様々にかえた運転が可能となるよう柔軟性を持たせてある。また、ITERの建設及び運転を通じてシステム統合化の経験が得られる。このため、ITERを利用した研究開発を行うことによって、原型炉に要求されるプラズマ特性の確認や工学知見の獲得が可能であり、得られた成果は原型炉の設計、建設に利用されることとなる。また、原型炉以降の段階においては、経済的で実用に供しうる核融合発電を目指すことが必要である。このため、ITERを用いて研究を進めていくとともに核融合炉の高度化、高性能化を図る研究を進めていくことが重要である。さらに、放射線の遮蔽、トリチウムの増殖及びエネルギーの熱変換という三つの機能を果たす発電用ブランケットの技術開発を行い、ITERにおいて試験を行うことが必要である。一方、材料については、有力な候補材が既にあるものの、現状では特性に関する知見は十分ではないことから、ITERを利用して材料に関する試験を行うとともに、ITERのみでは原型炉に必要な中性子量が得られないことを踏まえ、材料に関する適切な研究開発計画を進めることが必要である。
 実用化される核融合発電炉の概念においては、現在では達成されていない条件が目標として数多く設定されているが、ITERにおいては、実用化される核融合発電炉の概念を構成する科学的知見や技術の大部分が発電炉に近い規模で実現されることから、大きなステップを超えることとなる。
 従って、核融合の実現性は、ITERの目標が達成され、さらに原型炉の設計に必要とされる研究開発を、ITER計画や他の適切な研究開発を通じて着実に実施することにより、十分見通すことができることとなる。

2.計画の拡がりあるいは裾野としての基礎研究
(1)核融合開発の基礎研究としての側面
 プラズマは原子を構成する原子核と電子がばらばらになった状態であり、固体、液体、気体に次ぐ第四の状態である。身近な炎、蛍光灯をはじめとして、オーロラ、恒星など宇宙自然の大半は、広範な密度、温度のプラズマ状態である。特に核融合に必要とされるプラズマは完全電離した1億度を超える高温である。
 このようなプラズマに関する研究は宇宙物理学や電子工学における研究対象として始められ、力学、電磁気学、流体力学、統計力学、熱力学、相対論等を基盤として研究が進展し、プラズマ物理学として体系化されてきている。
 プラズマは、複雑、多様、かつ非線形的に振る舞う活性な媒質である。特に核融合研究においては、プラズマ中で起こる波の伝播、乱流やカオスの発生、自己組織化などの非線形現象や非平衡輸送現象は重要な現象であり、これらは同時に現代物理学の最先端課題である。また、核融合プラズマの研究は宇宙や自然界に生起されている現象の理解にも重要な学術基盤を与えるものである。
 種々のプラズマ閉じ込め方式の研究はそれ自身、それぞれ核融合概念開発を目途として研究を進めているが、一方でそれぞれのプラズマの持つ特性から抽出される現象の理解はこの複雑な高温プラズマの総合的な理解に大きな寄与をなしている。
 さらに、1億度といった高温のプラズマを制御するための炉工学は、超高温、極低温、超高真空、大電力等といった極限技術を必要とし、また、常に新しい工学領域を開拓してきた。その結果がもたらす波及効果は、半導体産業、電力技術、大型・精密機械加工などの基盤となる一般民生用技術に活用することができ、かつ、加速器技術、超伝導技術、計測診断技術、計算機シミュレーション技術など、他の先端技術開発や基礎科学研究の発展に大いに貢献し得るものである。
 なお、核融合に関しては、ITERのようなトカマク方式以外にヘリカル方式や慣性閉じ込め方式等の研究開発が進められている。ITER計画で行われる研究開発によって得られる成果、即ち燃焼プラズマに関する知見や超伝導技術、ブランケット技術などは、トカマク方式以外の核融合研究にとっても必要とされるものである。
 このように、ITERを中核とする核融合研究開発は広範な学問や技術に支えられており、調和のとれた進展が重要である。

(2)核融合開発の研究者、技術者育成における側面
 我が国では、核融合研究開発に携わる研究者は、全国の大学、核融合科学研究所、日本原子力研究所、電子技術総合研究所や金属材料技術研究所などの国立試験研究機関、企業の研究所等に広く所属し、基礎研究から工学研究、技術開発に至る極めて幅広い研究開発を協力して進めてきた。研究者は、個々がそれぞれの組織に属しており、基本的には組織毎に役割を分担するものの、共同研究や兼職などの枠組みを活用して密接な協力のもとに国際的にも高いレベルの研究を発展させてきた。これらの研究者は、プラズマ・核融合学会、日本原子力学会、日本物理学会、電気学会、機械学会、日本金属学会、レーザー学会、放射線影響学会等において活動している。その数は数千人にのぼり、年齢構成も広い。
 プラズマ・核融合関連の大学院生の人数は、これまで着実に増加してきている。その一方で、核融合界全体の研究者の伸びは、ここ数年僅かであり、鈍化傾向にある。これは、大学や企業における核融合研究者が核融合以外の分野に新たに研究を転換・発展させていることに起因していると思われる。
 プラズマや核融合に関連する多くの学会において講演数が増加している最近の傾向や、核融合プラズマ研究で培われた経験があらたな産業分野を切り拓いている事例は、今後も顕著に現れてくるものと考えられる。核融合界への定着率が伸びていないものの、プラズマ・核融合の潜在的研究者の維持・確保は現時点においてはなされていると考えてよいであろう。また、今後も関連学術分野との人事交流や学術交流・学術発信を盛んに進めることは望まれることであり、核融合界への理解と支援を得ていく上からも重要である。
 しかしながら、ITER計画は、建設に10年、研究開発に20年を要することから、長期にわたって優秀な人材を結集、育成することが必要である。プラズマ研究に必要な人材としては、プラズマについて一定レベルの理解と実験の企画立案能力、または解析能力を有する人材が必要である。また、炉工学分野の人材としては、核融合装置を熟知した高い研究開発能力を持つ人材を、大学や研究機関に確保するのみならず、産業界に多く存在している機械、電気、情報、建築、土木等それぞれの専門的経験を有する人材が必要である。
 我が国は、日本原子力研究所のJT-60や核融合科学研究所のLHDなど、世界でも有数の大型核融合研究装置を建設した経験があり、また、ITER建設に向けての工学設計活動を着実に実施するなど、世界的に見てもポテンシャルが高い。ITERの建設開始に必要な人材は確保されているものの、ITERが運転を開始するのは10年以上後と見込まれており、その時に核融合研究に携わる人材をいかに育成していくかが重要である。今後もJT-60やLHDなどの大型装置や大学等における中小規模の装置により先進的な研究を精力的に推進し、またブランケット試験を中心とした炉工学研究を推進することによって、各研究拠点からの新しい人材の流れが確保出来ると期待され、ITER完成後の研究にも主導的に貢献することができる。
 我が国がITER計画に取り組むためには、日本全体において引き続き研究活動のさらなる発展と活性化を図ることによって人材の確保に務めることが重要である。また、かねてより、大学、研究機関、産業界の連携協力の重要性が指摘されており、これに積極的に対応する動きが見られる。今後ともこのような活動を着実なものとすることによって人材の育成を図ることが必要である。