<資料6-4>
平成11年6月15日

核燃料サイクル開発について

電力中央研究所
特別顧問
服部禎男

はじめに

 地球環境問題は人類にとって次第に深刻な局面に向って進んでいる。空中水蒸気の増加による風雨、洪水、大災害の発生などは限りなく増大していくであろう。災害保険の対象外となる地域が増している。
 金属燃料高速炉のDOEプロジェクトに参加したグループの責任者として、その技術の特徴と、それによって登場し得る超小型の高速炉について、要点説明したい。

1.人類生存の条件

 人口増とその産業活動の活性化によるエネルギー需要の激増には、原子力の立派な活用で対応しなければ、人類の生存そのものが困難になる。人類の発展のために無限のエネルギー源として神の与えた原子力を、原爆という誤った形で登場させ、その恐怖感のために十分活用しないで苦しんでいる姿は、本末転倒の事態であり、日本は奇しくもその誤りを世界に正すべき立場にある。

原子力推進は日本の使命

(1)産業活動レベルと国内エネルギー資源の比をみれば、日本は抜群の世界一で、原子力の推進は必然
(2)世界唯一の原爆被災国であり、最も本質的なセーフティ・カルチャーを構築できる国
(3)教育普及率高く、原子力の安全性や必要性の科学的な話し合いが一般との討論で進められている国
(4)技術力と経済力において、21世紀人類の危機(トリレンマ)の打開に大きく貢献しなければならない国
(5)アジア圏の人々の電源を提供し、その発展を国民の多くが心から願うという点で、日本人の意識は高い

貧しい人々から滅亡

(1)異常気象の拡大に起因する悲惨な災害は貧しい国から発生し、実際の被災は貧しい人々を直撃していくことが明白である。  悲惨な大規模災害頻発→難民救済→食糧・経済の破局
(2)人口増によるエネルギー需要の増加は発展途上国に発生していく。その円滑な発展活動を支える電源や食糧の確保などを考えると、発展途上国用原子力こそ焦眉の急である。

2.背景

 1977年米国カーター大統領は、FBRと再処理の開発を中止しようと世界に提案した(INFCE)。FBR再処理なしには存在しないものであり、再処理は軍用に開発された技術で発電目的では経済性に無理があると共に、高純度のプルトニウムを製造する軍用技術を世界中に普及させる活動は避けるべきであるという主旨からであった。
 2年半におよぶ激論の末、米国の提案はしりぞけられ、米国のみが率先してその方向に進む形になり、大規模な民間再処理工場は完成と共に運転中止し、クリンチリバーFBR計画も、長期におよぶ投資によって設計も多くの機器の製造も既に完成していたにもかかわらず中止された。ところが、INFCE国際討論に直接参加したアルゴンヌ国立研究所は世界のニーズと米国の見解の両者に解答すべき科学者の立場から、IFR(Integral Fast Reactor)と称した革新的なプロジェクトを立ち上げて来た。
 これは、金属燃料実験炉EBR-IIの優れた実績とその金属燃料関連研究に自信を持った高速炉グループと、ロスアラモスを訪問して技術検討を深めた乾式再処理グループによって高速炉と再処理を一体化した総合計画であった。低コストの再処理と本質的な安全特性を持った高速炉を柱としていた。米国エネルギー省は1984年から毎年100億円を超える予算をあてて、研究と機器設備の建設を進め、1989年からアイダホ(アルゴンヌ西研究所)で本格的な実証試験を開始した。これには、1986年から研究交流を進めていた電力中央研究所と電気事業者として日本原子力発電㈱が参加し、メーカーの技術者もアイダホの現場に派遣された。クリントン政策でIFR計画の中止(1994)になるまでに、この技術はほぼ充分に日本に伝えられた。
 こうして知らされた金属燃料の特性から、運転員不要、燃料無交換、究極安全小型単純炉の概念が生まれた。この超小型安全炉の概念は、国内的には在来路線と基本的に異なるので、外国で反応を見ることをすすめられ、サンフランシスコで米国原子力学会に報告した。(1989)
 IAEAは、地球温暖化などで水の枯渇しているエジプト、チュニジア、アルジェリア、モロッコ、イスラエル、メキシコ、中東諸国などの要望に対応して原子炉を用いた海水淡水化の検討をしている。米国サンフランシスコで発表した単純安全炉構想に対して、IAEAから海水淡水化グループへの参加を依頼された。その後核管理の飛躍する概念として、IAEAばかりでなくNATOや米国エネルギー省から興味をもたれている。
 また、アルゴンヌ研究所から、DOEとの契約で提供された乾式再処理法は再処理のコストダウンばかりでなく、この技術によって抽出されたプルトニウムは、原爆には使えない(必ず不発弾になる)ものであることがわかった。

3.超小型高速炉

(1)超小型炉の需要
 途上国には送電線も無く、多くの島や山間僻地に分散して人が住んでいて、貧しく、クーラーや冷蔵庫のない不便な生活をしている。こうした人達にも平等にクリーンなエネルギーを提供するという考え方こそ、破局を回避できて、人類の持続的発展を可能とする必要条件である。日本の原子力開発も、人類生存のためを基本思想としなければならない。
 1万人以下の地域には、1万Kwe以下で単独運転できる電源が適していて、単純な設計のものを標準化し、量産化すれば経済性は十分成立する。
(2)無人高信頼性電源
 エネルギー需要の激増を生じるのは発展途上国であり、そこに原子力を提供しなければ地球環境問題は解決にならない。運転技術者も大資本も要らないバッテリーのような単純な小型高信頼性電源は、技術的に十分可能である。送電網の無いところで、単独電源として負荷追従性に優れ、分散電源としてそこに原子力技術者がいなくても動くものである。どんな商品でも単純・小型・市場性大・量産化可能・したがって低コストになる条件を備えたものは、開発価値十分であり、しかも単純・小型商品の開発費は極めて小さい。
(3)燃料無交換炉
 金属燃料の特徴の一つであるが、燃料ミートが被覆管よりも柔らかく被覆管を損傷しないために、アイダホにおけるEBR-II(2万Kweの実験炉)の実績から、激しい負荷追従運転をしても金属燃料は30年程度の燃料の耐用性に問題ないことが判った。






 拡散性の強い高速中性子炉の直径を1m以下にすると、それを囲む環状反射体の効果が強く、上下に細長い炉心で反応度を維持する反射体リングを少しずつ上に動かすことによって燃料無交換炉が実現する。

4.核不拡散

 カーター大統領は、原爆につながるため、FBR開発と再処理を中止しようと世界に呼びかけたが、人口爆発による膨大なエネルギー需要に対して、高速増殖炉と再処理によって得られるエネルギー量は、ワンススルーの軽水路の100倍以上にもなり、これこそ原子力開発の目的ではないかと、各国の同意が得られなかった。
 このあと、米国で生じた考え方に次のふたつがあった。
(1)プルトニウムを使うFBRこそ、毎年炉容器を開いて燃料ハンドリングする従来の設計では、世界に普及させられない。世界の各地で利用するには、核管理を飛躍させるために燃料無交換炉とする必要がある。
(2)原爆生産のために開発された高純度プルトニウムを得る再処理技術を世界に普及させるわけにはいかない。原爆製造に役立たない再処理を開発しなければならない。
(1)に対して、燃料無交換炉は超小型炉で実現し得るもので、低速度反射体移動によって反応度が維持出来るために、燃料交換作業が無く、核燃料を30年間無交換で燃焼させる炉が成立する。
IAEAの核不拡散のための管理業務の質的および量的な大幅改善が実現する。世界各国に対する原子力の平等な普及を目指し得る。
(2)に対して、米国科学者にはその責務があると、アルゴンヌ研究所はロスアラモス研究所と連携して乾式電解精錬再処理法を開発した。これはキュリウムが分離できないために、得られたプルトニウムは原爆に使えない。中性子源元素であるキュリウムが微量でも混在していると、爆縮の途中で早期から連鎖反応が開始してその発生エネルギーでその後の爆縮が進行不可能になり、すべて不発弾になってしまうのである。この再処理は極めて低コストで、非核の日本でまず役立てるのが当然であるとして、1986年から1995年の10年間、米国エネルギー省協力のもとで、日本に技術移転された。
 小容量でも経済的に再処理設備が順次設置出来るため、まず2ユニット程度から始めて毎年増設していくモジュール式開発が容易であり、この開発には大きな資金を要しない。


5.究極安全の実現

A.原子炉事故によって周辺公衆に全く危害をもたらさないことが、原子力開発の第1条件である。
 核暴走、冷却系異常など、極端なことを考えると、原子炉事故では必ず炉心燃料の温度上昇を生じる。金属燃料を使用すると、原子炉系バウンダリーが温度・圧力の上昇でその健全性が害われるよりも充分余裕をもって先に、燃料ミートが溶けて、順次泡状になって冷却材中にスプレーアウトしてしまう。このために炉心は直ちに臨界喪失して発熱は維持されない。臨界形状を基本とする原子炉の炉心飛散は、この原子炉が高エネルギーを出して周辺に危害を及ぼす可能性が本質的にないことを意味する。
B.また、バッテリーのような、すぐ隣にいてもいかなる障害も無いエネルギー源は、核分裂エネルギーで十分作成可能である。
(1)小さな炉心は負の温度係数が強く、通常より少し温度が上がると原理的に核分裂連鎖反応が急降下して発熱は停止する。
(2)内容に対して表面積が大きいため、停止後の余熱は表面放熱で十分冷却される。
(3)過去の大事故には全て運転員のミスが関係している。原子炉ユニットを超単純化すれば、通常の運転(出力増減)にもまた異常時の対応や緊急停止などのすべてに運転員は必要ない。

6.信頼性

 原子力、特にナトリウムを用いるFBRに対する現時点での人々の不安感は激しい。FBR開発が人類にとって決定的に重要なものであればあるほど、これが社会に受け入れられるためにどの様な道を進めばよいかを、何よりも優先して考えなければならない。以前米国で突然小型炉の提案が登場した時、大型炉開発を先導した国が何故ですかと強く質問した。米国電力研究所(EPRI)に呼ばれリスク解析の専門家会合になり、要点は次のようであった。
 単純で可働部のないものの信頼性が高いことは、常識である。複雑で膨大な数の機器によって動いている100万Kwe級の大型炉に比べて10万Kwe以下の小型炉では、機器の数ばかりでなく動的機器の無い静的設計が実現するため、トラブルの発生確率が100分の1以下になる。発生した事故によって生じる物理現象の規模も10分の1以下になる。原子炉からのリスクは発生確率と災害規模の積であるから、出力を10分の1にして単純設計にするなら、公衆の受けるリスクは1,000分の1以下になる。実社会のリスクに比べて十分低いリスクだから、リスクの絶対値で評価すれば、大型炉でも十分安全であるが、新しく不安なものの登場に対しては、極端に安全なものから始めなければ、社会の安心を得ることは難しいのである。

 以上は、設計面から信頼性の比較をしたが、商品の信頼性構築で基本的な条件は、単純・量産・経験・改良・規格化の5つの要素が必要であり、この要素を満たして立派に商品化されたものの信頼性は高い。

7.小型単純炉の経済性

1950年代から開始された原子力発電が、ちょうど火力発電の10万Kw級から70万Kw級さらに100万Kw級へのスケールアップ期と時を同じくしたために、プラント建設費は出力の0.65乗に比例するといった在来工学をベースとしたスケールメリット論が常識になってしまった。これには、現時点では次のふたつの疑問がある。
(1)原子力には火力と違ってリスクがあり、これは、計画推進、安全性確認、設計、製作、据付、運転、保守点検、修理などすべての面で、大きく複雑な原子炉ほど大幅にコストに影響する状況になっている。
(軽水炉は大変な努力で実現したが、その道程は厳しかった。)
(2)R&Dと十分な実用化までの総開発費は、新たな冷却材に習熟しなければならないFBRの場合、大型複雑系の実用化を急ぐほど膨大なものとなる。

 スケールメリット論に対する疑問は、FBRという不安感をベースにするものへの社会からの信頼性要求が厳しいほど強くなる。
 FBRは加圧しないから炉容器の肉厚が増大しないので、プラント建設費は出力の0.4乗に比例という論理が登場し、大型FBRがさらに正当化された。この論理から120万Kweのスーパーフェニックスと5万Kweの超小型炉を比較すると、単位出力あたりの建設費は、5万Kweの場合5倍以上になるというのが常識であった。
 R&Dや設計に要したソフトコストは、同一設計のものを量産する超小型炉の場合、結果的に小さな値になる。それならなぜKwe単価が5倍以上になるかといえば、Kweあたりのハードコストつまり物量が120万Kweの場合に比べて5倍を超えるということになる。
 ところが実際に5万Kweの高速炉を設計して物量比較をした結果、単位出力当たりの物量は120万Kweのスーパーフェニックスよりも小さくなった。

8.金属燃料の効果

(1)本質の安全
試運転期を過ぎると、燃料金属内のグレンバウンダリーに核分裂生成ガスの気泡が分布しているため、異常な温度上昇によって融点の直前に激しく膨張し、燃料密度が激減して炉心反応度は完全に喪失してしまう。
(2)炉心反応度
酸化物燃料に比べて熱伝導度が10倍なので、全出力時の燃料温度が低く、反応度損失が少ないため、炉心に必要な反応度保有量を極めて低く設計できる。冷却材の負の温度係数による反応度で自動的に出力増減になり、制御棒を必要としない原子炉になる。運転中の動的装置が無く運転操作を要しない原子炉が実現する。その結果として、運転信頼性が高い。
(3)燃料健全性
被覆管鋼材よりも、燃料体金属が柔軟であるために、燃料破損がなく、常時の負荷追従運転をしても30年以上燃料無交換で運転を継続できる原子炉が成立する。このことは、核燃料に関する通常業務を飛躍的に簡素化する。

結言

 アジア圏の人口激増とその活性化によるエネルギー需要の上昇は目前であり、これによって地球環境を破局的なものにしない努力は絶対必要条件である。
 米国には、国立研究所や大学に未だ多くの原子力科学技術者がいて、原子力こそ人類のエネルギー源だと信じ、それら有識者は、強く日本に期待している。上院議員や企業にも日本こそ原子力で人類の危機を救済する動きを始めるべきであり、それには米国組織も協力していくと考えている人も多い。地球環境問題など総合的に考えて、米国有識者の70%の人は原子力が解決策だとみている。
 低コストのウラン埋蔵量は限られており、その0.6%しか利用できない再処理なしの原子力では人類生存の手段にならない。ウランの90%を利用し得る核燃料サイクルの完成で、海水中のウランが有効に利用できることにもなり、これこそ人類生存の条件である。
 ただし、人類の存否を決する大仕事であるからこそ、次の条件を断じて遵守しなければならない。
(1)核燃料サイクル開発を、メーカーは当面の利益追求の手段にしてはならない。
(2)核燃料サイクル開発を、いかなる国の行政当局も権力構築の手段にしてはならない。

 核燃料サイクル開発を遅延させるほど、原子力の道は細く、21世紀の地球で、多くの貧しい人々の悲惨な死が増加する結果になる。
 その対応のために日本は適切な原子力開発に全力を盡すことによって、アジア圏ばかりではなく世界中の人々から本質的に信頼される国になる。

 最後に、停止中の“もんじゅ”について。
 ナトリウムは熱輸送媒体として極めて優れた材料であると共に地球上のアバンダンスも豊富であるため、これを適切に利用するのは当然の道である。しかし、未熟さのために多くのトラブルを経験するが、その経験こそ工学情報のすべてであり、経験を積むためにこそあのような施設を建設したのであるから、努力を中途で放棄するのでは何事も成就しない。
 先に述べたように、無限のエネルギーを得るFBR開発は人類生存の条件であり、それほど大きな仕事であることを考えると、未熟な段階にはトラブルのないリスクレベルの低い単純な小型炉をまず実用化する手段を選ぶのも当然であると共に、将来の大きな役割に向かって、ナトリウム炉に習熟する努力を続けてあらゆるナトリウム系の知見を獲得し、大型FBR発電所の先進国における実現を目指していくのも当然の道である。