1998-12-17
近藤駿介

原子力運営体制のあり方

1. はじめに
原子力運営体制の構成要素を原子力開発利用に係る行政計画の立案と推進、原子力開発利用の安全確保に係る規制行政、原子力研究開発・産業活動とし、それぞれについて、公衆が安心できる、つまり信頼される要素となるべくの課題に関して主要論点を述べる。

2. 行政計画の策定と推進
(1) 行政計画
原子力開発利用に係る行政計画には、原子力長期計画、エネルギー需要見通しの一部としての原子力供給規模見通しの策定とその推進に資する国民に対する情報提供、補助金等の制度整備による誘導、エネルギー研究開発の一部としての原子力研究開発及び原子力基礎基盤技術の研究開発の計画策定と推進、産業の新技術実用化活動の支援などが含まれる。

(2) 目に見える議会による統制
この領域の第1の課題は、国民からこうした行政事務の国会による統制が適切に行われているようには見えないのではないかということである。
行政の民主的正当化は国会を通じてなされるのが原則だが、計画・開発・環境・産業安全行政などは法律ではその内容、実体の細部まで事前に規制し難く、またそのように規定しつくすのが適切とばかりは言えない。そこで、国会はそうした場合にはその内容の策定・実施を行政機関に授権する一方、議決や予算・調査権・報告の義務づけなどを通じて統制する途をとる。例えば、核燃料サイクル機構の設置に係わる原子力基本法改正議決に際して国会は、政府に対して「整合性ある原子力開発を行うため、高速増殖炉、使用済み燃料の再処理、放射性廃棄物の処理・処分等の核燃料サイクルに係る政策については、今後とも国民的議論を継続し、その合意形成に努めること」(第3項)、「原子力の研究開発利用に際し、国民の理解と協力が不可欠であることに鑑み、学校教育等においてその適切な理解の増進が図られるよう努めること」(第7項)等に特に配慮すべしとの付帯決議を行ったが、これもそうした統制の一例である。
しかし、原子力委員会を含む関連行政機関の原子力開発利用に係る行政計画の策定・実施過程に対する議会のこのような継続的統制の実体を国民が目にする機会はほとんどない。原子力行政に関する統制を行っている両院の委員会の活動状況をマスコミがとりあげないからである。
そこで、議会、特に関連委員会はその統制活動とそれが国民に見えることの重要性に思いを致し、統制の実を一層あげるとともに、官報による議事録の公開に留まらず、各種の手段を通じて議会活動の広報を強化すべきである。

(3) 行政行為の正当化手続きの充実
第2の課題は、当該行政機関がそのような授権行為の実施に際して、それが議会機能を補完するものであることがわかる正当化努力がなお不足していると国民に見られているように思われることである。
この正当化努力は、一般には各種の情報を国民に開示し、その意見を求め、それを決定に反映させたり、さまざまな利害調整を通じてある種の合意を獲得したりしてなされる。ただ、わが国では、行政処分に係る手続きについては一般法があるが(最近成立した)、このような行政計画の策定過程についての一般的制定法がなく、授権法毎に定められている。その結果、都市計画の場合には、公聴会、計画案の縦覧、意見書の提出、さらには特定街区の計画については同意の必要性などまでが法律事項として行われるが、指針的計画の策定・実施に係る行政行為に関しては特段の定めがないことが多く、諮問機関としての審議会にマスコミ委員や学識経験者を加えるなどして国民の代理としての発言を期待するとともに、審議過程の一部に国民の意見聴取の機会を設ける方式が多い。
近年、行政情報の公開、計画策定過程の透明性確保の要求の高まりを受けて、各種委員会、審議会の審議の公開、答申原案の公表と意見募集が行われるようになり、研究開発活動に関しては研究計画の外部事前評価制度も導入されてきている。原子力関係行政機関は、このようにして議会の補完機能としての行政行為の正当性を確保することの重要性を深く認識して、この種制度を充実していくべきであろう。また、原子力委員会は議会の統制機能を補完する機能も付託されていることを踏まえて、この面において格段の努力が期待されよう。

(4) 計画の変更と説明責任
第3の課題は、計画の実施段階における変更に対する行政の説明責任が不十分であることに対する批判があることである。 もとより、計画の実施段階において実施に係る行政効果を評価し、その結果を踏まえ、あるいは計画の前提条件を含む状況の変更に伴い、計画(目的、手段等)を見直していくことは、計画がより良き明日を実現するためのリスクを伴う多極的利益調整であるから必然的であり、これを適時・的確に行うことは行政行為者に課せられた責任であり、義務である。しかし一般に議会や国民はリスクの大きな計画に大きな税金を使うことに対しては寛大ではなく、ましてや、そうした計画が変更されることについては極めて批判的である。
そこで、計画の見直しにあたって特に大きな変更の可能性が高い場合には、上に述べた計画策定と同様の手続きに則って行えばよしとするのではなく、変更の度合いが大きければ大きいほど正当化手続きの一層の充実が必要であるとの認識に立って、定められた外部評価の方法を工夫するなどして資源配分計画の合理性を精査し、その情報を国民と共有し、あるいは国民参加の度合を大きくして行うなどの配慮が必要である。また、計画策定時に計画の見直しと変更の手続きについてあらかじめ明確に規定し、合意しておくことも透明性確保の観点から重要である。

3. 安全規制行政
(1) 使命と目標
安全規制行政の使命は、原子力活動を規制して公衆の健康と安全を確保することである。この規制活動は、これをなす行政組織が公衆を含む利害関係者から尊敬され、信頼されるようになされるべきである。公衆は基本的に規制行政主体に対して疑い深く、時に不信をもって臨み、いかに厳格に規制しているか、規制されている者がいかに優れた振る舞いを示すかにより信頼できるかどうかを考え、安心しようかどうか判断するといわれる。

(2) 規制基準と目標
そこで、第1に重要になるのは、規制性能を測る基準と目標を議会が示すことである。これにより、行政はその達成度合いを測定し、その結果を報告することによって、規制性能の良否を国民と共有することが可能となるからである。この目標設定は議会が自ら行うことが望ましいが、現行法は行政に授権しているとも解せる。しかし、わが国では、この問題意識が国会も行政も不十分であり、先の国会決議でも「政府は原子力開発利用に係る安全の確保に万全を期するよう努めること」(第一項)という精神主義的スローガンが示されているに過ぎない。
そこで、行政主体が国際常識に則って、過酷事故に至る可能性のある事故の頻度が十分低い(例えば10万分の1)という目標を国民に提示し、意見を求め、合意を形成し、その頻度をもって規制活動を制御していくことを提案したい。

(3) 透明性の確保と情報交流
第2には、国民の関心あるいは心配をもつ可能性のある規制に係る決定については、これに至る初期段階から公開し、公衆を含む利害関係者が関心を表明する機会を用意し、意見交換できるよう工夫すべきであろう。現在は原子力安全委員会やその下にある安全基準専門部会等の審議が公開され、行政指導に基づく運転者の調査報告やその評価結果も公開されているが、情報技術を効果的に利用し、新しい公開範囲あるいはモード、あるいは公衆とのインフォーマルな対話等が工夫されるべきであろう。

(4) 効果的な規制の推進の方法と体制
第3には規制は(性能目標達成に)効果的であるべきである。規制がこの観点から効果的であるためには、明確かつ首尾一貫していて分野間で整合性があり、論理的で、信頼性があり、その上、技術的に妥当でなくてはいけない。このことを担保するため、第一には規制活動に定量的リスク解析を大幅に導入し、それから得られる情報を効果的に活用していくこと、第二には首尾一貫性や整合性確保を容易にし、その責任体制を明らかにするため、規制行政事務が行政機関に分散配置されている状況を改善することを提案したい。

(5) 原子力安全委員会の新しい使命を
委員会の使命は、議会の統制を補完する観点から原子力規制行政事務が効果的かつ効率的に行われるように、その実施に係る政策・基準を提示し、その実施状況を調査し、報告を求めるとともに、その手続きの正当性を向上させることを使命とすべきであり、いわゆるダブルチェックもこの観点でのチェックを基本とするべきである。そして委員会は、その使命が事故その他の発生時の駆け込み寺ではなく、そのような行政責任を有する組織であることについて国民の理解を求め、その上でその業務の遂行に関して国民の意見に耳を傾けるべきである。

4. 原子力産業活動
(1) 国民の関心・懸念
原子力技術に基づく商品(電気)の製造と販売を事業とするこの産業活動の課題は、1)その商品(電気)が人々から安心されるために何をなすべきか、2)商品の製造過程(発電過程)が人々から安心されるために何をなすべきか、に大別される。前者は当面の課題ではないと考えられるので、以下では後者のみを課題と考える。後者に関して公衆は、1)発電方式・設備の合理性、2)発電に係わる施設・設備の運転安全の確保、3)発電に係わる廃棄物の適切な管理の実施、に関心・懸念を有しているとされる。

(2) 発電方式・設備の合理性
商品の合理性は、市場における優勝劣敗で判断されるから、完全自由競争市場においては商品の背景にある諸事がことさらに買い手の関心事を呼ぶものではない。しかし、市場が制限的であるとき、買い手は合理性ある商品を手にしていると納得できる説明を業者並びに規制者に要求する。この説明は、電気事業がその自然独占性により公益事業として料金面で規制されていることから、従来より規制当局が料金改訂の機会に公聴会等でこれを国民に明らかにして説明責任を果たし、透明性を確保してきた。しかしながら、この事業分野においても規制緩和の方向にあることを踏まえれば、今後はこの説明活動は事業者の販売活動の一部として重要性を増していくと認識される。一方、これが行政計画におけるベストミックスの主要構成要素であることに関して、市場における合理的選択に係るミックスとの整合性が妨げられる要因である(温室効果ガス排出量が小さいなどの)外部性について、これをいかに内部化していくかが、計画実現のための誘導策と併せて検討課題となろう。

(3) 安全の確保と信頼される隣人を目指して
事業者は安全確保の最終責任を有していることを踏まえて、その組織に安全文化を確立、つまり、安全哲学を明確にし、安全に関係する設備、人員を整え、安全に係わる情報その他が関係者の必要な判断を経るような手続きを整備する必要があることは自明である。しかるに最近のデータ改竄事件は、この文化がなお関係組織の隅々までは徹底していないことを示している。関係者の徹底努力を期待したい。また、事業者は地域社会の良き隣人として、最近のリスクコミュニケーションの研究では科学的解析に加えて関係者の熟慮の過程が重要とされていることも踏まえて、地域社会に当該施設の安全性(リスク)に係る情報を意志決定のための熟慮・学習に資するという考え方に立って提供し、対話を重ねていく努力が重要である。

(4) 高レベル放射性廃棄物の処分
 使用済み燃料を含む高レベル放射性廃棄物の処分については、米国のように国がKWHあたり10銭程度の費用てこれを引き取って国の事業として処分する方式から民間がこれを行い国は監督に留まる方式まで多様であるが、技術としてはいずれも深地層処分方式が採用される予定である。わが国では、この方式の技術的検討は動燃を中心に行われてきているが、処分事業主体の決定が遅れ、したがってその費用を積み立てる仕組みも整備されていない。これら制度の整備については現在、原子力委員会高レベル廃棄物懇談会の提言を踏まえて総合エネルギー調査会原子力部会で審議中であるが、その結果を踏まえて速やかに制度整備が行われるべきである。同時に、この事業を実施して行くについては、この処分方式の安全性に関して国民の理解と信頼を得ていくことが処分場を立地するサイトを見出す活動の前提条件であり、今後の最重要課題である。