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原爆被爆者の線量推定方式の改定による癌死亡リスク推定値への影響

(財)放射線影響研究所



要約

 1986年の春、広島・長崎の原爆放射線量再評価に関する日米合同委員会により作成された新しい線量推定方式が、放射線影響研究所に対して提示された。本報告書では、新旧の線量推定方式(DS86とT65D)を用いて、白血病及び白血病以外の癌の死亡リスク推定値の比較を行った。

 解析対象者は、放影研の寿命調査集団約12万人中、T65Dの推定されている91,228人で、このうちDS86が計算できたのは83%にあたる75,991人である。

 癌死亡については、1950〜85年の35年間における死亡追跡調査の成績を用いた。

 被爆者の受けた放射線量としては、カーマ(kerma,kinetic energy released in materialの略)と臓器線量の両者を用いた、ここでいうカーマとは、建造物などの遮蔽状況を考慮して計算した、人体組織が受けるべき線量のことで、体表面の被曝線量と考えてよい。臓器線量とは、特定臓器が吸収した線量のことである。ここでは、白血病に対して骨髄線量を、白血病以外の癌に対しては大腸線量を用いた。カーマと臓器線量は共にガンマ線量と中性子線量の和であり、単位はグレイ(Gy)を用いる(1Gy=100rad)。

 死亡リスクとカーマとの関係を図1と図2に示す。


図1 白血病以外の癌の過剰相対リスク


図2 白血病の過剰リスク

 図1は、DS86とT65Dのカーマ別にみた白血病以外の癌の過剰相対リスク(非被爆者の死亡率に対する増加割合)をみたものである。

 図2は、白血病の過剰リスク(1万人年当たりの非被爆者に対する増加人数)をみたものである。

 カーマに基づいた白血病とそれ以外の癌の死亡リスク推定値は、DS86による方がT65Dよりも約75%〜85%高い。すなわち、白血病以外の癌の過剰相対リスクは、1グレイ当たり、DS86では0.5(50%増)、T65Dでは0.27(27%増)と推定され、DS86のリスクがT65Dの1.85倍となっている。白血病の過剰リスクは、1万人年当たり、1グレイ(100ラド)につきDS86で2.75人、T65Dで1.55人と推定され、DS86のリスクが1.77倍となる。

 臓器線量に基づいた死亡リスク推定値は、T65DとDS86との間で実質的にはそれほど変化しない。すなわち、白血病以外の癌の1グレイ当たりの過剰相対リスクは、DS86で0.72、T65Dで0.70と推定され、白血病は1万人年当たり1グレイにつき過剰リスクが、DS86で3.46人、T65Dで2.87人と推定される。

 DS86のもとで中性子の生物学的効果比(relative biological effectiveness,RBE−ガンマ線量と同じ生物学的効果をもたらす中性子線量のことで、例えばガンマ線量が1、中性子線量が0.5ならRBEは2)を推定するのは、中性子線量が少ないこともあって非常に困難である。上記のリスク推定はRBEを1とした場合であるが、RBEの仮定値を5、10、20、30と増加させてゆくと、ガンマ線に対するリスク推定値は、DS86のもとでT65Dよりもゆるやかに減少する。これは、DS86の場合T65Dより中性子性成分が少ないからである。(RBEを考慮した線量の単位はシーベルトSvと呼ばれる。1Sv=100rem)

 なお、T65Dでみられた線量と死亡リスクの相関関係の広島・長崎間における差異は、DS86では統計学的にもはや有意でない。


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