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原子力委員会ウラン濃縮懇談会報告書(1)

昭和61年10月28日
原子力委員会
ウラン濃縮懇談会



1. はじめに

 本懇談会は、原子力委員会決定に基づき、21世紀初めを見通した今後のウラン濃縮の展開、技術開発の方向付等について調査審議するため昭和60年12月17日に設置され、昭和61年1月28日に第1回会合が開催されて以来7回にわたって鋭意審議を重ねてきた。また、革新的ウラン濃縮技術として内外において注目を集めているレーザー法濃縮技術については、集中的審議を進めるため、本懇談会の下にレーザー法技術ワーキンググループが設けられ、その検討の結果については、本年4月21日に本懇談会に報告書として提出された。

 以下は、当懇談会の審議結果を、上記ワーキンググループ報告書の内容をも踏まえて取りまとめたものである。

2. 我が国のウラン濃縮をめぐる諸情勢

(1)我が国のウラン濃縮技術開発は、20年以上にわたり着実に進められ、約50トンSWU/年の能力を有する遠心分離法によるパイロットプラントが動力炉・核燃料開発事業団の手により昭和57年から全面的に運転されてきており、さらに、昭和60年度より商業プラントへの橋渡しとなる同法による原型プラント(200トンSWU/年)の建設も資金分担を含めた民間の協力を得て開始されている。この間、遠心分離機の性能の着実な向上がみられ、また、プラント建設コストの低減に必要な遠心分離機の量産製造技術も確立されつつある。

 ウラン濃縮の事業化については、昭和59年に遠心分離機製造メーカーとしてウラン濃縮機器(株)が、昭和60年にウラン濃縮事業主体として日本原燃産業(株)が各々設立されたことにより所要の体制が整備され、最終規模1500トンSWU/年の能力を有する商業プラントを青森県六ケ所村に建設する計画が地元の了解も得て進められている。

(2)世界的には、ウラン濃縮役務供給能力過剰の状況の中で、欧州諸国、ソ連の濃縮事業体はウラン濃縮役務価格の引き下げを図るなど活発な活動を展開しており、一方、以前には世界のウラン濃縮役務の供給について独占に近い地位を占めていた米国は、これらの濃縮事業体によりその競争力を失いつつある。このような情勢を受けて米国エネルギー省は、昭和60年6月に世界的な競争力再構築のための濃縮事業新戦略を発表した。

 ここで示された米国エネルギー省の新戦略は、2000年(昭和75年)頃までは既存のガス拡散工場の運用の合理化(3工場中1工場を待機状態へ移行、安価な電力の利用等)及び役務基準改訂により競争力の維持を図ることとし、一方、長期的には利用可能な最良の濃縮技術の開発をめざし、そのため米国の技術的優位性を最大限に生かすこととして、開発対象を原子レーザー法一つに絞りその研究開発及び実証を進めるとするものである。

 その後、ガス拡散工場の運用合理化措置、新役務基準案の発表は行われたものの、米国エネルギー省の濃縮事業民営化の動きとからみ、一時の米国関係者の発言等にもかかわらず、予算措置が先送りされる等、原子レーザー法の研究開発が当初の計画どおり順調に進められるか否かについては今後の動向を注目する必要がある。

 また、米国と同様にガス拡散法によりウラン濃縮事業を行っているフランスも長期的に国際競争力を維持するために原子レーザー法技術開発を積極的に推進する方針とみられる。

 一方、西ドイツにおいては将来に備えて分子レーザー法の技術開発を着実に進めており、また、イギリス、西ドイツ、オランダの共同事業体であるウレンコは遠心分離法が十分競争力を持った技術であるとして、当面は遠心分離法技術の高度化を中心に開発を進めるものと思われる。

(3)こうした内外の諸情勢に照らし、我が国の自主的核燃料サイクルの要であるウラン濃縮を、事業としてどのように展開すべきか、また、これを支える技術開発戦略はいかにあるべきかを具体的に検討することが必要となっている。

3. 我が国におけるウラン濃縮事業確立の意義と今後の基本方策

(1)昭和57年決定の原子力開発利用長期計画によれば、①「単に濃縮ウランの安定供給を確保する見地ばかりでなく、プルトニウム利用等を含め核燃料サイクル全体の自主性を確保する観点から濃縮ウランの国産化を進め」ることとし、②「1995年頃に1000トンSWU/年、2000年頃に3000トンSWU/年程度の規模とすることが妥当」であるとした上で、③「この国産化の目標を達成するため、遠心分離法について信頼性、経済性の向上に努め、国際競争力を持ったウラン濃縮事業の確立を図ること」との方針を明らかにしている。

(2)上記(1)①の「核燃料サイクル全体の自主性を確保する観点」の意義については、現在進捗を見ている日米原子力協議によって、日米原子力平和利用協定が再処理に関する包括同意方式等へと改訂された場合に事情が変化する可能性を期待する向きもあるが、これによっても濃縮ウランに係る規制権の存在自体は基本的に変わるものではなく、したがって、上記の意義に変りはないものと考える。

(3)また、我が国におけるウラン濃縮事業の確立は、国際市場における濃縮投務価格に対する抑制効果を持ち、かつ、結果的に我が国の国際的立場の強化につながり、また、関連する濃縮技術開発及びその実用化が全く新しい高度技術分野に刺激を与え、産業基盤の活性化あるいは新しい分野への拡大に貢献するというような側面も期待される。

(4)一方、世界的には濃縮役務供給能力過剰の状況がしばらくは続く見込みであること、濃縮役務供給能力は比較的偏在することなく複数の先進国に分布すること、何らかの異常によって濃縮役務の供給が停止されるような事態に至ったと仮定しても、再転換や燃料加工の工程における在庫等を勘案すればこれに対処する時間的余裕が1年以上あることなどから、濃縮役務供給の安定的確保については、直ちに問題となるような状況にはない。したがって濃縮事業拡大のテンポについては、市場競争力についての彼我の状況を踏まえつつ慎重に検討することが望ましいとの指摘がなされた。

(5)以上を踏まえ、我が国において健全な濃縮事業を確立する基本方策としては、まず第一に濃縮事業主体及び遠心分離機製造メーカーが自立しうるのに必要な規模の濃縮事業をまず立ち上げ、その立ち上げを通じて濃縮事業者側の事業拡大努力とメーカー側の低コスト化努力との間に拡大的に呼応しあう有機的関係の成立を期待することが妥当と考えられる。

(6)こうした考えに立てば、2000年頃に3000トンSWU/年程度の規模とするという目標は、我が国濃縮事業確立の指標と考えられるものであり、経済性の向上を図りつつ、その達成のため関係者の一致した努力が払われる必要がある。さらに、事業主体による国際競争力強化の努力によっては、我が国の濃縮事業規模がこの目標を上回って発展することも期待される。

(7)経済性の向上を図るためには、新技術を適切に導入することが肝要である。
 新技術の採用は濃縮事業者の責任において行うべきものではあるが、研究開発の状況、メーカー体制整備等との整合性を図る観点から、開発の進捗に応じて、新技術の採用に至るまでの推進方策について関係者間での基本的合意を得て進める必要がある。

4. 今後の技術開発戦略

(1)遠心分離法ウラン濃縮技術の高度化
 在来材料を用いた集合型遠心機については、数百台規模の信頼性試験も順調に進んでおり、量産技術、周辺プラント技術の開発成果も含めて、原型プラント及び商業プラントに採用できる段階に至っている。

 しかし、在来材料を用いた遠心機では、回転胴周速の増大に伴う材料強度の制約により、これ以上の飛躍的な性能向上が期待できない状況にあるため、動燃事業団は回転胴メーカーの協力も得ながら新素材高性能遠心機の開発に取り組み、すでに単機レベルでは当面の目標性能をほぼ満足する成果を得、今後にブロック試験規模(約50台のカスケード)及びパイロット試験規模における実証を必要とするものの、技術的には実用化の見通しが得られつつある。

 今後、これらの開発実証に加えて新素材高性能遠心機量産製造技術の確立等によりコストダウンが図られれば、商業プラントの濃縮役務コストの低減に貢献し得るものと期待されるに至っている。

 新素材高性能遠心機は遠心機単機性能において大きな性能向上が図れるだけでなく、既存の遠心分離技術あるいは設備と整合性がよく、濃縮事業への導入にリスクが小さいなどの特長をもっている。このため、官民の有機的連携の下に、関係者の人的交流も含めた積極的な対応により、新素材高性能遠心機についてできるだけすみやかに実用化への見通しを得るよう開発を進めることとし、昭和65年度頃を目途に遠心機に関するブロック試験規模の実証及びそれに対応する量産製造技術開発を完了するよう計画を加速推進する必要がある。

 したがって、動燃事業団と日本原燃産業(株)、電気事業者の共同研究や、民間の行う量産製造技術開発への国の支援措置、さらにはこれら当事者による全体実施計画の策定、調整などによって、上記計画を円滑に推進する必要がある。

 また、開発の進展状況等を踏まえ、開発成果につきチェック・アンド・レビューを行うとともに、適切な時期にパイロット試験以降の開発計画の検討を行うのが妥当である。

 なお、新素材高性能遠心機の開発については、添付資料1にさらに詳細に取りまとめた。

(2)レーザー法ウラン濃縮技術開発への取り組みの強化
 本技術開発は我が国では基礎的段階にあり、十分な見通しを得るには今後の開発の成果に待たねばならない。しかしながら、我が国としては、次の理由から、これへの取り組みを強化する必要がある。

① レーザー法ウラン濃縮技術については、潜在的に大幅なコスト低下が可能と期待されるものとして既に米国及びフランスで開発が進められている。我が国としてもウラン濃縮事業が長期的にみて国際競争力を保有し続けるためには、諸外国の先進ウラン濃縮技術に匹敵する低コスト技術を保有する必要があり、このため技術開発を推進することが重要である。

② ウラン濃縮技術のような原子力開発にとって枢要かつ機微な技術については、その次世代技術として国際的に有力視されているレーザー法を積極的に開発していくことは主要原子力開発国である我が国としては当然のことであり、またナショナル・セキュリティ上からも重要である。

③ レーザー法ウラン濃縮におけるレーザー技術、とりわけ大出力で波長可変のレーザーは単に原子力技術のみならず他の科学技術分野におけるブレーク・スルーを生む大きな可能性を秘めている。また、溶融金属技術、電子ビーム技術、希薄流体技術なども発展性のある技術分野として注目されている。これらの先端技術の開発促進にも、レーザー法ウラン濃縮技術は重要な役割を果たすものである。

 レーザー法ウラン濃縮は、米国のように既にプラント規模での実証に着手しつつある国もあるが、我が国としては実用プラントに至るには内外のレーザー技術の進歩等も考慮するなど多面的な研究開発が必要とされる。また、米国と我が国とでは、再処理回収ウランの再利用の必要性や濃縮ウランの需要規模等においても、置かれている状況に差がある。

 したがって、我が国の技術開発においては、関連する技術の進歩や諸外国の技術水準を十分見極めつつ独自の立場から適時チェック・アンド・レビューを行い、段階的かつ効率的に研究開発を進めていくことが望ましい。

 このため、原子法、分子法について、当面それぞれ次の技術水準を達成することを目標とすることが妥当と考えられる。

① 原子法については、同システムの工学的、経済的評価を体系的に行うために必要不可欠なデータベースの整備を図りつつ、先行する米、仏の技術水準にできるだけ速やかに近づくことの緊要性から、技術開発努力を結集して、機器の開発を進め、年間トンSWU相当の約5%の濃縮のシステム試験を昭和65年度頃までを目途に実施し、実用化に至るまでの工学的問題点の摘出検討を行う。

 なお、回収ウランの再濃縮へ応用した場合の有利性についての検討に着手する。

② 分子法については、原理実証試験を引き続き推進し、昭和62年度頃までに原理的に約5%の濃縮が可能であることを確認する。更にその成果を踏まえて、昭和65年度頃に原子法との比較評価を行いうるよう努める。

 レーザー法ウラン濃縮技術開発に当たっては、広範囲の技術力を結集することが不可欠であること及び米国エネルギー省の発表にあるように遠心分離法よりも格段に技術集約的であるとみられ従来にも増して長期にわたる効率的な研究開発勢力が必要であることから、産・学・官の協力の下に加速的に推進することが必要である。

 また、その実施に当たっては、核不拡散等国際的側面にも十分留意し、かつ、官民が有機的連携を図りつつ効率的に進められるよう、原子力委員会の下に、関係者の考え方を十分踏まえて研究の推進調整を行うとともにチェック・アンド・レビューを実施する場を設けることが妥当である。

 なお、原子法については、当面数年間は、研究組合方式による民間を中心としたターゲットを絞った集中的開発と、日本原子力研究所等による長期的・基盤的な研究開発とが、補完し合いつつ進められることが適当であるが、将来的には、成果をみた上で改めて官民の協力体制を含め推進方策について必要に応じ見直すものとする。

 また、分子法については、当面理化学研究所において六フッ化ウラン取扱経験の豊富な動力炉・核燃料開発事業団の協力を得て原理実証研究を進めるとともに、データベースの整備を図ることとし、その成果をみた上で原子法との関係も踏まえ、推進体制等を検討する必要がある。

(3)化学法ウラン濃縮技術開発の継続
 化学法は濃縮所要エネルギーが小さく、装置が簡単であるなどの利点を有することが認識されたことから、我が国では昭和47年から民間(旭化成工業(株)において鋭意開発がすすめられてきた。この間、吸着材の交換性能等に大きな技術的進展があり、現在トンSWU/年クラスのモデルプラントで実用化への見通しを得るための試験に取り組んでいる。同法については、今後の進展を見守りつつ、適切な時期に評価を行う必要がある。

添付 1. 新素材高性能遠心機の開発について
2. レーザー法技術ワーキング・グループ報告書

   ウラン濃縮懇談会の構成員(◎は座長)
氏名 現職
 向坊 隆  原子力委員長代理
 渡部 時也  (第3回まで)原子力委員
 門田 正三  (第4回より)同上
 西堀 正弘  (第3回まで)同上
 藤波 恒雄  (第4回より)同上
 向坂 正男  原子力委員
 青井   (社)日本電機工業会原子力政策委員会委員長
 飯田 孝三  関西電力(株)副社長
 石渡 鷹雄  動力炉・核燃料開発事業団副理事長
 大垣 忠雄  日本原燃産業(株)社長
 大島 惠一  東京大学名誉教授
 小川 邦夫  (第4回まで)通商産業省資源エネルギー庁次長
 見学 信敬  (第5回より)同上
 高島 洋一  埼玉大学教授
 豊田 正敏  電気事業連合会原子力開発対策会議委員長
 中村 守孝  (第4回まで)科学技術庁原子力局長
 松井 隆  (第5回より)同上
 松田 泰  (財)日本エネルギー経済研究所研究顧問
 森 一久  (社)日本原子力産業会議専務理事

      審議経過
  第1回 昭和61年 1月28日
  第2回 昭和61年 2月24日
  第3回 昭和61年 3月18日
  第4回 昭和61年 4月21日
  第5回 昭和61年 7月14日
  第6回 昭和61年 9月 2日
  第7回 昭和61年10月 6日


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