目次 |次頁

原子力委員会委員長所感

原子力委員会委員長
河野 洋平




 本日、ここに内外から多数の原子力関係者をお迎えして、第19回日本原子力産業会議年次大会がかくも盛大に開催される運びとなりましたことは、誠に慶賀にたえません。有澤会長、圓城寺大会準備委員長をはじめ、今大会の開催にご尽力された皆様方に心からお祝を申し上げますとともに、原子力分野で指導的な役割を果たされている参加者の皆様方に対し、心から歓迎の意を表する次第であります。

 今大会においては、「21世紀に向かっての原子力産業の展開」という基調テーマのもとで様々な討論が行われると伺っております。わが国が原子力開発利用に本格的に着手して以来30年という一つの節目を迎え、今後の発展を目指す新しい時代を迎えている今日、今大会における討論は誠に時宜を得たものであり、実り多い成果があげられるであろうことを確信するところであります。

 皆様御高承のとおり、昭和31年の1月1日に原子力委員会が発足し、間をおかずに3月1日には日本原子力産業会議が発足いたしました。爾来、同会議は、原子力委員会の方針に沿って民間における原子力平和利用の推進に努め、これまで多くの業績を挙げてきたところであります。

 今や原子力発電が、総発電電力量の26パーセントを占め、稼働率も過去最高の76パーセントという実績を示す等、原子力は国民生活及び経済活動に不可欠な存在となっております。

 この30年の間の道のりには多くの迂余曲折があり、様々な課題を克服して今日に至ったものであります。原子力発電がスタートした昭和30年代当時は、低廉な石油の導入により、石炭から石油への転換が鋭意進められていた時代でありましたが、先見性をもって原子力発電の開発に積極的に取り組み、関係者一丸となって努力を傾注したのであります。このことが結果として後年における二度にわたる石油危機の克服にも寄与するところとなったのであります。

 また、昭和40年代後半から50年代初期にかけては、様々な原子力発電機器の故障等が発生し、稼働率も40パーセントから50パーセントに低迷する時代を経験いたしましたが、官民一体となってこれらの困難を一つずつ克服した結果、今日のわが国の原子力発電はエネルギー供給面及び技術水準の面ともに国際的にみても高く評価される水準に到達いたしました。

 わが国の原子力開発の歩みをふり返る時、初代原子力委員として16年間の長きにわたり原子力政策の舵とりに尽力され、また昭和48年以来、日本原子力産業会議会長として原子力産業の発展に大きく貢献してこられた有澤会長の御功績に対し改めて心より敬意を表する次第であります。

 わが国のエネルギー供給に主要な役割を果たしている石油需給の動向をみますと過去において石油価格の急騰による二度にわたる石油ショックにみまわれ、かつここ数カ月に石油価格が急激に下落していることからもわかるように石油市場は極めて不安定であり、その動向を長期にわたり的確に予測することは困難であります。今後の石油需給については種々の見方が存在しておりますが、エネルギー供給が国民生活に与える影響の大きさを考えるならば、短期的な石油情勢に左右されることなく、エネルギー供給の安定化を図るためには石油依存度の引き下げが必要であり、代替エネルギーの中核たる原子力について開発利用を着実に進めていくことが肝要であります。

 今後の原子力政策を進めるうえで特に重要と考えられる諸点につき基本的な考え方を申し述べたいと思います。

 第一は、原子力発電技術の高度化であります。

 原子力発電は、今日、わが国の経済社会を支える不可欠なエネルギーとなっており、今後10年の間には、石油、石炭等各種電源のなかで最大となり、主力電源としての地位を占めることが期待されております。このような原子力発電に対する期待に応えてエネルギーの安定供給の役割を担っていくためには今日の優れた稼働実績に甘んずることなく、安全の確保を大前提として、より一層の経済性の向上を図っていく必要があります。昨今、化石エネルギー価格の低下により原子力発電と火力発電との間で経済性を競う状況が具体化しはじめており、原子力発電の経済性向上が大きな課題となっております。しかしながら、経済性追求がかりにも安全性、信頼性を損うようなものであってはならないことは言うまでもありません。経済性向上のための努力は、安全性、信頼性を含めて、原子力発電の一層の技術進歩の上に立って進められるものでなければなりません。こうした技術の高度化を図っていくことが、原子力発電の長期的な展望を拓いていくうえで極めて重要であります。

 第二は、核燃料サイクルの確立であります。

 原子力発電を支える核燃料サイクルの確立は、わが国原子力政策の基本であります。現在、国内における核燃料サイクルの確立に向けて、青森県六ケ所村において、商業用のウラン濃縮施設及び再処理施設、並びに低レベル放射性廃棄物の最終貯蔵施設の建設計画が進められていることは誠に喜ばしいことであります。これら施設の立地に当たり、種々ご協力いただいている地元の方々に対し深く感謝申し上げるとともに、今後とも関係者の一層の努力を期待しているところであり、政府としては、これらの計画が円滑に進められるよう積極的に支援して参りたいと考えております。

 特に、原子力発電体系を完成する上で、現下の最大の課題は、現在事業所内に安全に保管されている放射性廃棄物の処理処分対策の確立であります。このため、放射性廃棄物の廃棄の事業に関する規制を新たに設けることを内容とする原子炉等規制法の一部を改正する法律案を今国会に提出したところであり、今国会での成立に全力を上げて取り組み、これにより、放射性廃棄物の処理処分に対する安全規制に万全を期す所存であります。

 高レベル放射性廃棄物については、今回の法改正案では地層処分に至る前段階としての貯蔵が適切に実施できるように致しておりますが、その最終処分については、実際に行う時期は相当先になるにしても、その見通しを得ることが現在の原子力政策上の重要課題と認識しており、この観点から、深地層試験を行うなどにより、処分技術を確立するとともに、処分地選定のための調査の推進に最大の努力を傾注し、できる限り早い時期に処分地の見通しを得ていきたいと考えております。

 第三は核分裂による究極の炉と言われる高速増殖炉の開発であります。

 高速増殖炉の開発については、経済性、ウラン資源の状況等の観点から種々議論されておりますが、国内にウラン資源を持たないわが国においては、ウラン資源を軽水炉に比し、およそ60倍にも活用しうる高速増殖炉において使用済燃料から回収される国内エネルギー資源とも言えるプルトニウムを積極的に利用していくことが極めて重要であり、軽水炉から高速増殖炉へ移行することを原子力開発の基本路線として推進しております。

 今後、高速増殖炉を本格的に導入していくためには、経済性が重要なポイントであることは論を待ちません。従って、軽水炉に拮抗しうる経済性を達成していくという高い目標を掲げ、関係者一丸となって努力を傾注していくことが肝要であります。さらに、言いかえれば、開発に取組む基本的姿勢として、例えばウラン価格の上昇により経済的に優位な状況が出てくるのを待つといった受動的な考え方ではなくて、安全性、経済性を含め軽水炉利用に勝る技術体系として高速増殖炉を軸としたプルトニウム利用体系を確立していくことを目指すという考え方で臨むべきであるとの意見があり、傾聴に値すると考えております。

 いずれにしても、高速増殖炉の開発については、既に、実証炉であるスーパーフェニックスを運転開始させているフランスに対して立ち遅れており、また、実用化には、長期間の研究開発努力と技術蓄積を必要としていることから、実証炉計画についても、積極的に取り組んでいく必要があります。

 第四は先端的な研究開発であります。

 従来より、わが国は自主開発を基本として原子力研究開発を進めてきたところでありますが、本格的な原子力研究開発の着手が先進諸国より遅れたこともあり、先進諸国の技術体系をモデルとして、先進諸国に追いつくことを目指したいわば「キャッチアップ型」の研究開発の色彩が濃かったところであります。これまでの研究開発努力による技術の蓄積の結果、今やわが国の技術レベルは軽水炉技術などかなりの分野で世界の原子力先進国のレベルに遜色のないところまで到達していると認識しております。こうした技術蓄積を踏まえてわが国独自の独創的なアイデアを生み出すような体制を整備するとともに先駆的な研究開発に、より積極的に取り組んでいく時期が到来していると考えております。

 先端的な研究開発として核融合研究開発を例にあげれば、大型超電導磁石を世界に先がけて完成した他、JT−60開発の過程においてプラズマ中の不純物を除去するダイパーターを実用化するなどの世界のトップレベルの研究成果を上げております。今後、これらの分野のみならず、多くの分野において積極的に先端的な研究開発に取り組むことにより、わが国の原子力利用の幅を広げていくことが必要であります。また、これらの成果について他分野への波及効果についてもこれを向上させていくことが重要と考えております。

 第五に、国際的な視点に立った原子力開発利用についてであります。

 わが国は、厳に平和利用に限り原子力開発利用を進めており、今後ともこの方針を堅持していくこととし、かかる観点から、全世界的な原子力平和利用の推進に大きく貢献していくことは、わが国の責務と考えております。

 また、わが国が21世紀に向けて、わが国経済の国際的地位にふさわしい役割を果たしていくためには、科学技術の面から国際社会の発展に貢献していくことが重要であります。

 原子力技術は、世界の共通課題であるエネルギー問題の解決に役立ち得るという性格を有しております。

 わが国としては、今後とも原子力利用に係る新しい技術の開発を積極的に進め、国際的な原子力平和利用のためにそれを提供していく役割を果たしていくことが重要と考えております。特に高速増殖炉、核融合の如き21世紀に向けて長期的かつ大型のプロジェクトについては、先進国との連携に努め、今後の研究開発推進の牽引車としての役割を分担していくべきものと認識しております。今後、わが国が世界の原子力平和利用の有力な担い手としての責務を果たしていくためには、わが国が国際的に評価される先進的・独創的な計画を推進していくことが重要であり、このような努力により国際的な原子力研究のメッカの一つとなることを目指していくべきと考えております。

 原子力委員会におきましては、以上申し述べた課題に対応し、今後の原子力開発利用の目指すべき方向と推進のための具体的指針を明らかにするため、昭和57年に策定した現行の「原子力開発利用長期計画」の改定作業に今月から着手することを予定しており、現在その準備を進めているところであります。

 最後に、本大会におきましては、多数ご参加の内外の有識者、専門家の方々の間で活発な意見の交換、忌憚のない提言がなされ、本大会が盛況のうちに成功を収められんことを祈念いたしまして私の所感を締め括らせていただきます。

(昭和61年4月8日、第19回日本原子力産業会議年次大会講演より)


目次 |次頁