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原子力産業雑感



原子力委員会委員
島村 武久



原子力産業の実態

 日本原子力産業会議が本年1月公表した第21回原子力産業実態調査報告によると、昭和54年度の日本の原子力産業(電気事業及び商社を除く、いわゆる鉱工業)の概要は次の通りである。


 私なりに多少のコメントを加えてみよう。

 「売上高」は53年度比3%減で低調ではあるが、10年前に較べると約130億に達し、「企業数」「従業員数」と併せ考えても、その規模は相当なものと考えて差支えあるまい。もっとも私の推定ではあるが、この売上の6割以上は大手電機メーカーによるもので、2割は土建業が占めている。又54年は電力の設備投資が停滞した年であるが、それでも鉱工業の受注残は2兆1,117億円もあり、55年度以降の拡大が予想される。「輸出高」127億円は、主として鋼材等の材料及び機器のコンポーネント類と思われるが、売上総額に対して2%に過ぎず如何にも少ない。鉱工業分野の製品・材料の輸入額は商社扱いだけで766億円にも上っているので、この分野での一層の奮起が望まれる。

 「支出額」は52年・53年度の2年間は売上高よりも低かったが又々支出超過となり、原産報告書のコメントでは未償却資産を差引いても、累積で尚314億円の赤字を背負っているという。研究投資額は365億円で、売上対比6.46%と他産業に較べてきわ立って高い。この内には海外からの技術導入費が38億円含まれているが、これに対応する技術輸出費は見当らない。

原子力産業の歩み

 日本が原子力の研究開発を始めると間もなく、産業界ではこの未知なる原子力に取り組むため概ね旧財閥ごとに五つのグループを形成して、情報収集の効率化、グループ内の連けいを図った。今日では、この五つのグループの何れにも属さない企業も存在する。原子力開発におくれてスタートした日本、しかもエネルギー事情から原子力発電を急ぐ日本としては、やはり海外先進国から技術を導入することが早道と考えられ、多くの企業が思い思いに海外と技術援助契約を結んだ。電力会社は原子力発電所の建設に当り当初は海外の会社を主契約者に選んだため、国内のリアクター・メーカーは炉型別にそれぞれ技術導入先の会社の下請として技術の修得に努め、1970年頃からやっと主契約者としての地位を獲得した。今日、日本の原子力産業の技術水準は一部材料面の特殊の機器を除いては世界の水準に達しているのみならず、世界の水準を凌ぐものもあると言われるまでに発展している。しかし、日本の原子力産業にもいくつかの問題はある。

原子力産業と独自性

 第一には、独自性に欠けることである。上述のように他産業に比べて遥かに高率の研究費を投じているとはいえ、海外技術依存の体質からの脱却が叫ばれるようになったのは近年のことである。同じ軽水炉技術をアメリカから導入した西独では、PWRに関しては既に導入契約を打切って独自のものを生み出し、BWRについてもクロスライセンス契約に切替えている。炉型をPWRに一本化したフランスも、明年からはクロス・ライセンスに切替えることを決めているという。日本の場合、何年たったらその様な自信を持ち得るのであろうか。海外技術の追随に精一杯であったメーカーにも又需要者である電力業界にも、幸いにして近年今後は海外技術に頼れず、どうしても自主的な開発を進めねばならぬとの気運が沸き起こって来ているし、通産省主導の標準化、改良型の原子炉開発の努力も着々成果を挙げつつあるとのことであるので、大いに期待したいものである。アメリカ原子力産業界の停滞が伝えられて既に久しいが、期待されたレーガン政権となっても、電力業界には新しく原子力発電を発注する資金力も気力も見られないと言う。かつての原子力開発の模範国であった西独も住民の反対や政争で行き詰りを見せており、フランスも最近の大統領交替や社会党の総選挙での圧勝で原子力開発の前途は怪しくなって来た。これ等の国の海外市場への進出競争は激化しようが、日本は今後これ等の国から学ぶことに大きな期待は持てない。どうしても自分で研究開発を行って自らの道を切り開いて行かねばならない。

原子力産業と人材

 原産の報告書では原子力産業界で、人材特に研究者・技術者の不足を訴える企業が多いことを指摘している。そして又稼動率について見ると、加重平均して年間平均55%という数字も出ている。私自身の感じでは特にソフトの面の人材が不足しているという気がする。

 企業にとって人件費は馬鹿にならない。極力人員を抑えようとする。受注がはっきりすれば又考えようもあるが、需要は時期その他で不安定性が多いので勢い抑え勝ちになる。その上原研・動燃その他からの出向要請もある。高速炉だとかATRだとかになって来ると、コンベンショナルなものよりも人手が要るということもあろう。稼働率が55%位でも尚人材の不足を訴える位だと、稼動率を上げたくてもそうは上げられないかも知れない。世界的水準に達したと言うのに、何故ドイツやフランスのように炉の輸出に乗り出さないのかと言う疑問には燃料の供給保障が出来ないとか、核不拡散上の制約が多いとか色々理由はあるが、忙しすぎてその余裕がない、特にソフトのエンジニアが足りないということも一つの理由の様である。一日も早く人材の充実が図られるような客観情勢となることを祈りたい。

国の原子力産業政策

 私は本来産業行政と称して国が産業あるいは企業に介入することを好まない。又国に頼ることのみを考える企業を意気地がないとさえ思う者である。しかし、国の施策如何が産業の振興に影響することの大きいことも充分承知しているつもりである。翻って考えるに、今日まで国が原子力産業に対し特別の政策らしい構想を持って臨んだことは余りなかったのではなかろうか。もちろん税制、財政面での配慮は為されてはいるが、他産業に対してとられている考え方の適用に過ぎない。原産報告書では企業が国に対して要望している事項が列挙されている。その一例である研究開発に対する国の助成についても、原子力開発初期の段階では重水や黒鉛の製造とかバルブの研究等にも補助金が計上されていたが、何時の頃からか原子力局の予算から民間企業に対する補助金の項目は一切無くなって、現在では電源特会から化学法によるウラン濃縮に対して支出されているのが目につく位である。残念ながら財政再建、補助金整理が国民的願望となっている今日、新しい補助金制度の創設は余程の理由がない限り困難であろう。

 もちろん国の原子力予算は充分でないにせよ、額においてはヨーロッパ各国に対しても見劣りのない程度の額にまで増え、エネルギー対策という点から他費目よりは優遇もされて来た。そしてこれ等の予算はその大部分が研究開発機関に向けられている。研究開発機関に割り振られた予算の大部は産業界に対し購入という形で流れて行く。それは単なる需要の創造というにとどまらず、研究委託の形で、或は研究開発費込みの購入として産業界に流入して行くものと考えられている。原産報告書に報ぜられている鉱工業研究費支出328億円の内、どの位が国から還元されているかは残念ながら調べようがない。私は国の予算を執行する研究開発機関が本当の購入費と研究費とを区分して処理することが単に経理の明瞭化のみならず、発注先の特定化を防ぐことにも貢献すると信じている。

 その他機器の標準化等は企業側からも期待を持たれているので、ぜひ推進したいし、諸規制の簡素化、効率化等は当然のこととして行政当局を促したいし、原研にも門戸の開放を求めたい考えである。

 原子力行政初期の頃、原子力委員会内部で五グループは日本として多すぎるから統合出来ないかとか、日本として目指す炉型をしぼってはどうかとかの議論がなされたことを想起して感慨がある。他国ではその後そのようなことを行った所もある。それはそれなりに

当然としての産業政策議論であった。原子力産業の実態がここまで来た今日それにふさわしい産業政策論議があってもよいのではないかと思う。私自身、現在は国の開発機関の成果を産業に移して行く為の政策に腐心している。




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