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放射線照射による玉ねぎの発芽防止に関する研究成果報告書



昭和55年7月10日
食品照射研究運営会議

はしがき

 近年、原子力の開発利用の進展に伴い、放射線の工業、農業、医療等への利用分野が拡大されつつある。特に、放射線照射による食品保存技術は、世界的な注目を浴び、諸外国においても研究開発が進められている。

 原子力委員会は、昭和42年9月、食品照射の研究開発は食品の損失防止、流通の安定化等国民の食生活の合理化に寄与するところが大きいとして、これを原子力特定総合研究に指定するとともに、食品照射研究開発基本計画を策定した。同計画においては、対象品目として、馬鈴薯、玉ねぎ及び米が選定されるとともに(その後、小麦、ウィンナーソーセージ、水産ねり製品及びみかんが追加された。)、食品照射研究を円滑に実施するために食品照射研究運営会議を設置することが定められている。

 本運営会議は、上記計画に基づき、研究の総合的推進を図ってきており、既に、馬鈴薯については、昭和46年に研究成果を取りまとめ報告しているが、玉ねぎについても、当初の目標を達成したので、ここにその成果をとりまとめ、報告する。

1. 玉ねぎの発芽防止研究計画

(1) 背景及び目的

 我が国における玉ねぎの主産地は、北海道、兵庫、佐賀、和歌山、大阪であるが、このうち全生産量110万トン(昭和53年)の3割を占める北海道産玉ねぎの収穫期は8月~10月、その他の産地の玉ねぎの収穫期は4月~6月である。

 玉ねぎは収穫後1~3か月で発芽を開始するが、発芽した玉ねぎは商品価値が下がるため、冷蔵によって発芽を抑制することによって供給の安定化が図られているが、冷蔵に多大な費用を要する。また、冷蔵では発芽を防止することはできないため、冷蔵庫より出荷されると直ちに発芽してしまうという流通上の問題もある。

 このため、1月~4月にかけて玉ねぎの価格が高騰する。最近は、台湾、ニュージーランド、米国等からの輸入(年間4~10万トン(昭和51年~昭和54年)、1月~4月の間に多い。)によって価格の高騰が押えられているものの、収穫期に比して、卸売価格で二倍程度まで価格が上昇する。

 収穫された玉ねぎを、放射線処理によって発芽防止し、翌年の4月まで貯蔵することができるようになれば、周年安定供給が図れるものと考えられ、本研究計画が発案された。

 本研究は、玉ねぎの発芽防止に対する60Co・γ線照射の効果を明らかにし、実用的な照射技術を開発するとともに、照射によって玉ねぎの健全性が損われているかどうかを確認することを目的としている。

(2) 研究計画の概要

 本研究は、当初、昭和42年度からの3か年計画でスタートしたが、研究の進捗状況に応じ計画の見直しを行いつつ研究を推進し、昭和53年度に終了した。

 研究は、次の2つの項目について実施された。

① 照射研究に関する研究

 発芽防止に必要なγ線の適正線量、照射時期、貯蔵条件、その他実用化に当たって必要な技術的検討を、農林水産省食品総合研究所、日本原子力研究所及び社団法人日本アイソトープ協会において実施した。

 また、照射玉ねぎを判別する方法についての検討を、厚生省国立予防衛生研究所において実施した。

② 健全性に関する研究

 照射玉ねぎについて、誘導放射能、栄養価の変化、衛生化学的影響及び毒性という観点から検討した。

 誘導放射能については、理論的には無いものと考えられたが、念のため、厚生省国立衛生試験所において、確認実験を行った。

 栄養価の変化については、主要栄養成分についての化学実験及びラットを用いた動物実験を厚生省国立栄養研究所において実施した。

 衛生化学的影響については、厚生省国立衛生試験所において、クロマトグラフィー等を用いて臭気成分その他異常物質の生成の有無を分析した。

 毒性については、慢性毒性試験、世代試験(催奇形性試験を含む。)及び変異原性試験を厚生省国立衛生試験所及び財団法人食品薬品安全センターにおいて実施した。

2. 玉ねぎの発芽防止研究の成果

(1) 照射効果
① 適正照射条件

 玉ねぎは、収穫後しばらくすると発芽する。この発芽までの期間を休眠期間と呼んでいるが、休眠期間の後期は、外観的には発芽していなくても、玉ねぎ内部では内芽(萌芽葉)が伸長し始める(「休眠覚醒期」という。)。

 発芽防止に必要なγ線の線量は、完全な休眠期間中であれば2kradで十分であるが、休眠覚醒期に入いると内芽の伸長に伴って高くなり、内芽が2~3cmになる頃には、7~15kradが必要となる。内芽がそれ以上長くなると、60kradでも発芽を防止できない。

 この結果は、品種及び照射後の貯蔵条件によって左右されない。また、通常、玉ねぎは、収穫後2週間位風乾して外皮(保護葉)を形成させるが、風乾前、風乾途中、風乾後のいずれの時期に照射を行っても、発芽防止効果に差異は認められなかった。ただ、玉ねぎの成熟度は、発芽防止効果に影響を与え、収穫適期以前に収穫した玉ねぎに対する発芽防止効果は完全ではなかった。

 以上の結果から、収穫適期以後に玉ねぎを収穫し、内芽が2~3cmに達するまでに、2~15kradのγ線照射を行えば、発芽を防止できることが明らかとなった。

② 照射による影響と実用化技術

 照射が玉ねぎに与える影響について検討した結果、「玉ねぎの成分」「玉ねぎに附着している微生物」及び「腐敗菌に対する玉ねぎの組織の耐性」については、照射処理を実用化する上で問題となる影響は認められなかった。

 照射処理を実用化する上で問題となる可能性のある影響としては、照射後、貯蔵期間が長くなると腐敗個数が多くなる可能性があること及び照射後室温貯蔵すると内芽が褐変することが挙げられる。前者については、照射前の玉ねぎの乾燥と照射後の貯蔵中の換気をよくすることで解決できるものと考えられる(仮に、換気をしないとしても、8か月貯蔵後の健全な玉ねぎの割合は、非照射の場合に比し、4~5倍高く、70%以上である。)。後者については、玉ねぎの内芽以外の部分に影響を与える訳ではなく問題はないが、商品価値を下げる可能性があるため、その防止策を検討した結果、照射後3~5℃の低温貯蔵を行えば解決することが明らかとなった。

 照射による影響以外に、照射処理を実用化するためにポイントとなる技術は、照射至適期間を延長する技術である。①に述べたように、発芽を防止するためには、内芽が2~3cmに達するまでに照射をする必要があるが、収穫後内芽が2~3cmに達するまでの期間は、品種、産地によって異なり、短いものでは1か月程度である。大量に照射処理を行うためには、この期間を延長することが必要であり、その可能性について検討した結果、収穫後3~5℃の低温貯蔵を行えば、照射至適期間を3か月程度まで延長できることが明らかとなった。

 以上の結果及び実際の玉ねぎを大型コンテナに詰めた場合の線量分布についての検討結果を踏まえて、実用規模の照射設備の設計を行った。最低線量3krad、最大線量10krad、1日24時間照射、月産1万トンとした場合200kCi程度の線源が必要である。

③ 照射玉ねぎの判別法

照射玉ねぎと非照射玉ねぎを区別する方法として、成分、酵素活性及び静菌力に着目して検討したが、2~15krad照射玉ねぎと非照射玉ねぎを区別する有効な方法は見当たらなかった。

(2) 健全性
① 誇導放射能

 食品に通常含まれている核種が誘導放射能を帯びるためには、炭素、窒素、酸素等主要な成分核種で10MeV以上、最も低い重水素でも2.2MeVのγ線エネルギーが必要である。

 60Coのγ線エネルギーは、1.17MeV及び1.33MeVであるため、発芽防止のための照射処理によって、玉ねぎに誘導放射能が生じることは考えられないが、これを実験的に確認するため、玉ねぎに60Co・γ線照射を行い、その放射能を非照射玉ねぎの放射能と比較した。

 その結果、照射によって、玉ねぎに誘導放射能が生じることはないことが明らかとなった。

② 栄養学的影響

 照射によって、玉ねぎの主たる栄養成分が変化するかどうか明らかにするため、非照射玉ねぎ及び3、7、15krad照射玉ねぎ中のビタミンB1、ビタミンC及び糖の量並びにその経時的変化を調べた。その結果、ビタミンB1及び糖については、照射により変化しないことがわかった。ビタミンCについては、照射によりわずかながら減少する傾向にあるが、貯蔵期間が長くなると、非照射のものと差がなくなる。

 一方、総合的栄養価に対する照射の影響を評価するため、ラットに、非照射玉ねぎ及び、3、7、15krad照射玉ねぎを混合した飼料を投与し、ラットの成長、体成分に及ぼす影響、蛋白質及び糖の消化吸収率、血液性状並びに性ホルモン(テストステロン)の量について比較した。その結果、照射玉ねぎと非照射玉ねぎの間に差は認められず、玉ねぎの総合的栄養価に対して照射は影響を及ぼさないものと考えられる。

③ 衛生化学的影響

 照射によって、玉ねぎの成分量の異常変化又は異常成分の生成が起こるかどうか明らかにするため、非照射玉ねぎ及び、7、15、30krad照射玉ねぎを室温に6か月保存した後、各種のクロマトグラフィーを用いてその成分を比較した。その結果、照射による影響と見られる成分変化は認められなかった。

④ 毒性試験
 ア) 慢性毒性試験

 照射玉ねぎを摂取することによって生体が障害を受けるかどうかを評価するため、マウス及びラットを用いた慢性毒性試験を行った。玉ねぎ無添加飼料並びに非照射玉ねぎ及び、7、15、30krad照射玉ねぎをそれぞれ乾燥後添加(添加量は、マウスでは25%、ラットでは2%及び25%)した飼料を摂取させ、一般症状、体重等の観察を行うとともに、血液検査、病理組織学的検査等を行った。マウスを用いた試験においては、玉ねぎの添加によると考えられる赤血球の減少、脾臓の腫大等が見られたが、照射によると考えられる影響は見られなかった。

 イ) 世代試験(催奇形性試験を含む)

 照射玉ねぎを摂取することによって次世代に影響を与えるかどうかを評価するため、マウスを用いて3代目まで飼育し、繁殖生理に対する影響及び催奇形性の有無を調べた。玉ねぎ無添加飼料並びに非照射玉ねぎ及び、15、30krad照射玉ねぎをそれぞれ乾燥後添加」(添加量は2%及び4%)した飼料を摂取させて試験を行ったが、妊娠率、平均同腹仔数等繁殖生理に対する影響は認められず、また、催奇形性については、各群共通に骨格の異常が認められたが、照射の影響によると考えられる異常は認められなかった。

 ウ) 変異原性試験

 照射玉ねぎの遺伝的安全性を評価するため、微生物を用いた遺伝子突然変異試験及び宿主経由試験、ほ乳動物培養細胞(ハムスター)を用いた遺伝子突然変異試験、in vivo(マウス及びラット)及びin vitro(ヒト及びハムスターの培養細胞)の染色体異常試験並びにマウスを用いた優性致死試験を実施した。試験は、それぞれ、玉ねぎの無添加、非照射玉ねぎ添加及び15krad照射玉ねぎ添加の3群を対照として行った。

 いずれの試験においても、照射によると考えられる影響は認められなかった。

3. 結語

 放射線照射による玉ねぎの発芽防止に関する研究は、食品照射研究開発基本計画に基づいて実施され、おおむね所期の成果を達成した。

 この研究によって玉ねぎに2kradから15krad

60Co・γ線を照射することによって、品質を損うことなく、室温中で、収穫後8か月間にわたり発芽を防止し得ることがわかった。また、照射玉ねぎの健全性について、誘導放射能、栄養価の変化、衛生化学的影響及び毒性の観点から検討されたが、問題とすべき点は認められなかった。

 照射玉ねぎの健全性については、FAO、WHO及びIAEA合同の専門家会合において国際的に検討が進められつつあるので、本研究の成果がその検討に役立てられることを期待するとともに、本研究によって開発された玉ねぎの照射処理技術が玉ねぎの周年安定供給に大きく寄与することを期待する。

食品照射研究運営会議名簿

照射玉ねぎに関する研究成果報告書作成ワーキンググループ


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