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原子力発電所等周辺の防災対策について



昭和55年6月
原子力安全委員会
原子力発電所等周辺防災対策専門部会

 1 序

 原子力発電所等の原子力施設については、原子炉等規制法等によって事故の発生防止、事故の拡大防止及び災害の防止について十分な安全対策が講じられており、周辺住民の健康と安全の確保が図られている。昭和54年3月に発生した米国スリーマイルアイランド原子力発電所の事故においても、結果的には、放射線被ばくの面からは周辺住民の退避等の措置は必要なかったものと評価されている。

 一方、災害対策基本法においては万一の場合に備えて放射性物質の大量の放出による影響をできる限り低減するための対策が講じられることになっている。即ち、万一の放射性物質の大量放出のような異常事態が発生した場合には、地方公共団体は原子力防災計画を含む地域防災計画に従い、原子力事業者等は防災業務計画等に従ってそれぞれ防災活動を行うこととなっている。また、国の関係行政機関においても、それぞれの防災業務計画に従い緊密な協力のもとに地方公共団体等が現地において行う防災活動に対して必要な指示、助言、専門家の派遣等を行うなどの措置を講ずることとなっている。このような原子力に関する防災計画は、これまでに遭遇してきた種々の一般災害の経験に立脚し原子力災害の特殊性を勘案して立案されているものであって、原子力防災についての正しい理解に基づいた対応が行われれば、万一の放射性物質の大量の放出という事態においても有効にその影響を軽減することができるものと考えられる。

 このような原子力防災体制に加え、スリーマイルアイランド原子力発電所の事故を契機に、我が国の原子力発電所等に係る防災対策を充実整備するとの観点から、昭和54年7月12日、中央防災会議において「原子力発電所等に係る防災対策上当面とるべき措置」が決定された。これは現地において実質的に災害応急対策を実施する地方公共団体に対して国の体制的及び技術的な支援が明らかになったという意味から既存の原子力防災計画を一層充実したものである。

 また、原子力安全委員会は、昭和54年6月28日に「緊急技術助言組織」を設置することを決定し、前述の中央防災会議決定にこの「緊急技術助言組織」が組み込まれ、万一の場合に国に対して技術的助言を行う体制の整備を行った。これに先立ち、原子力安全委員会は、昭和54年4月23日に、本専門部会を、原子力発電所等の周辺の防災活動のより円滑な実施を図るために必要な専門的事項について調査審議することを目的として設置した。

 本報告書は、本専門部会が原子力災害特有の事象に着目し原子力発電所等の周辺における防災活動のより円滑な実施が行えるように技術的、専門的事項について検討した結果をとりまとめたものである。


 2 防災対策一般

2-1 原子力防災対策の特殊性等

 放射性物質の大量の放出が生ずるか又はそのおそれのある場合の防災活動としては、施設における異常事態の検知及び関係機関への情報の連絡に始まり、災害に関する情報収集の一環としての緊急時モニタリングの開始、対応組織の確立のための災害対策本部の設置、住民への情報伝達を含む連絡体制の確立、関係諸機関の所定の行動、災害の低減化のための住民の行動に関する指示等が挙げられる。

 これらの防災活動を含む原子力防災対策には、一般防災対策に共通あるいは類似するものに加えて原子力に特有なものがある。原子力防災対策の特殊性としては、異常な自然現象又は大規模火災若しくは爆発に起因する災害に係わる対策とは異なり、放射線による被ばくが通常五感に感じられないこと、被ばくの程度が自ら判断できないこと、一般的な災害と異なり自らの判断で対処できるためには放射線等に関する概略的な知識を必要とすること等が挙げられる、

 一方、通信連絡、住民の退避措置、飲食物の摂取制限等の防災対策の実施については、一般防災対策との共通性あるいは類似性があるので、専門知識に基づく適切な指示があれば、これを活用した対応が可能である。

 従って万一、放射性物質の大量の放出が生ずるか又はそのおそれのある揚合には、前述の特殊性及び類似性等を勘案して周辺住民の心理的な動揺あるいは混乱をおさえ、異常事態による影響をできる限り低くするという目標を達成しなければならない。

 この目標を達成するためには、災害対策基本法に基づいて原子力の防災計画の整備を図り、万一の場合に備えて種々の活動を円滑かつ有効に行われるよう普段から準備が必要である。

2-2 放射性物質の放出及び被ばくの態様

 原子力防災計画の立案あるいは充実を図るに当たって基本となる放射性物質の放出及び被ばくの態様についての考え方を述べる。

 原子力発電所等に内蔵されている放射性物質としては、核分裂生成物、超ウラン核種及び誘導放射化物がある。これらの放射性物質のうち異常事態において周辺環境に大量に放出される可能性が高い物質としては、気体状の物質及び揮発性の物質が考えられる。従って広域に影響を及ぼし原子力防災計画において考慮すべき核種は、気体状の放射性物質である希ガスのクリプトン及びキセノン並びに揮発性の核種であるよう素である。

 なお、気体状の物質及び揮発性の物質に付随して粒子状の物質が放出される場合には、上記の核種に対する対策を充実しておけば、所要の対応ができるものと考える。

 放出された放射性物質は、プルームとなって風下方向に移動し、拡散によって濃度は低くなる。風下方向の空気中の放射性物質の濃度は、放出量、放出源からの距離、放出の高さ、風速及び大気安定度(大気拡散の程度を示すもの)の関数として表わされる。更に、地勢によっても影響を受けるが、これは風洞実験によって確かめることができる。

 放射性物質の通過による被ばくとしては、空気中の放射性物質による外部全身被ばく及び放射性物質の吸入による内部被ばくがある。これらの被ばくは放射性プルームの放射牲物質濃度、放射線のエネルギー及びプルームによる影響の継続時間に比例する。従って、これらの被ばくを低減する措置としては、放出源からの風下軸からなるべく遠ざかることが有効であり、ある地域のある時期における卓越した風向及び風向の変化を考慮し、風下軸からある幅を持った範囲の地域の住民に対して措置を講ずればよいこととなる。又、他

の被ばく形態としては、地表に沈着した放射性物質による外部全身被ばく並びに放射性物質を含んだ食物及び飲料水の経口摂取による内部被ばくがある。

 液体状の放射性物質については、周辺環境に到達するまでには多数の障壁があり、周辺環境に重大な影響を及ぼすような流出の可能性は殆ど考えられない。

 以上に述べたことから、原子力防災対策の立場から重要な被ばくとして考えなげればならないのは、放射性プルームの通過にともなう希ガス及びよう素のガンマ線による外部全身被ばく並びによう素の吸入による甲状腺被ばく、食物等の摂取による甲状腺被ばくが挙

げられる。

2-3 施設内の防災対策及び異常事態の把握

 原子力施設については、原子炉等規制法等に基づき事故の発生防止、事故の拡大防止及び災害の防止について十分な安全対策が講じられている。

 しかしながら、これらの安全対策にもかかわらず、大量の放射性物質が周辺に放出されるような事態が万一生じた場合にその影響を最小限に食い止めるための施設内における対策は施設側において責任をもって実行されなければならない。従って施設側においては、この施設内の対策及び施設外への協力体制に関し計画を策定し、従業員に対する教育と訓練を実施し、万一の場合に遺漏のないように準備しておくことが必要である。特に、周辺防災対策の適切な実施のためには以下に述べる防災対策上の異常事態に関する情報を施設側から関係機関へ迅速かつ正確に提供することは、施設側の極めて重大な責務である。

 これに加えて、ある原子力発電所等に事故が生じた場合、近隣の施設がその保有する専門家と機器等を動員して防災対策に積極的に協力することが期待される。これらの施設内外の防災対策が円滑に行われるように施設側及び関係機関の連絡調整を図っておく必要がある。

(1) 防災対策上の異常事態の態様とその対応

 原子力発電所等において放射性物質の大量放出があるか又はそのおそれがあるような異常事態が瞬時に生ずることは殆ど考えられないことであり、事前になんらかの先行的な事象の発生及びその検知があると考えられる。このような先行的事象は、原子力発電所等の防護設備及び慎重な対応等によって必ずしも周辺住民に影響を与えるような事態に至るとは考えられないが、万一そのような事態になったとしても、これに至るまでにはある程度の時間的経過があるものと考えられる。

 この時間的余裕を有効に利用することは、万一の場合の災害応急対策の実施に当たって重要な因子となる。従って異常事態またはそれに先行する事象の発生が検知された場合には、その情報が施設側から防災業務関係機関のうちの重要な役割をはたす国の関係機関、地元都道府県及び地元市町村に迅速に伝えられ、その情報の内容によってこれらの機関が、災害対策本部の設置の準備を行う等放射性物質の大量の放出という事態に対して必要とされる時間的余裕を効率的に利用できるように体制を整えておく必要がある。

 敷地外における災害応急対策を実施する必要のある異常事態の原因としては、例えば原子力発電所においては原子炉の炉心の大規模な損傷が考えられる。従って炉心損傷の発生の前段階で前述の通報及び準備を行う必要があるが、この炉心の大規模な損傷の発生の前段階として想定される事象としては、例えば一次冷却材バウンダリの破損事象が挙げられる。

(2) 異常事態の把握の手段

 原子力発電所等において放射性物質の大量の放出にいたるか又はそのおそれのある場合には、災害応急対策の準備及びその異常事態の拡大の防止という面から、事態の状況把握が重要となる。このため、原子力発電所等の施設側からの状況報告が迅速かつ正確に国の関係機関、地元都道府県及び地元市町村に行われなければならない。この施設側からの状況報告の内容としては、第一に施設からの放射性物質の放出状況(量、組成及び継続時間等)と敷地境界等における線量率であり、第二に主要な地点における予測被ばく線量と事態の今後の見通しであり、第三にこれらの裏付けのための施設の状況に関する情報が必要と考えられる。

 このような情報が緊急時に迅速かつ正確に伝えられるためには、あらかじめ通報様式を定め、施設側においては通報様式のなかのデータが迅速に得られるような措置を講じておく必要がある。

 通報様式の例を付属資料に示す。この例は軽水型原子力発電所を対象としたものであるが、他の型式の原子力施設については、この通報様式を準用して定めるべきである。

2-4 周辺住民に対する知識の普及と啓蒙

 原子力災害の特殊性に鑑み、原子力発電所等の周辺の住民に対して緊急時に周辺住民が混乱と動揺を超こすことなく、現地災害対策本部の指示に従って秩序ある行動をとれるように普段から原子力防災に関する知識の普及及び啓蒙を行う必要がある。その内容としては例えば次のものか挙げられる。

(イ) 放射線及び放射性物質の特性
(ロ) 原子力発電所等施設の概要
(ハ) 原子力災害とその特殊性
(ニ) 原子力災害発生時における留意事項

 これらの知識の普及及び啓蒙に当たっては、周辺住民が理解しやすい内容として行わなければならないが、その手段についてもパンフレット、映画、スライド等の多様性を持たせる必要がある。さらに、学校、職場等のある集団毎にその集団の責任者及び構成員に対して、実態に即した知識の普及及び啓蒙を図ることが有効であると考える。

 広報の内容としては例えば、(イ)では放射性物質から発生する(あるいは有する)放射線及び放射性物質の性質等、(ロ)では施設の安全性のしくみ及び国、地方公共団体及び施設側が行う平常時あるいは緊急時の環境放射線の監視のしくみ、(ハ)では放射性物質による被ばくの様相と放射線の影響及び被ばくを避ける方法、(ニ)では緊急時の通報連絡、防災活動の手順等が考えられるが、特に周辺住民は災害対策本部の指示に従った行動をとることが肝要であることを周知徹底することが重要である。

2-5 教育及び訓練

(1) 教育

 緊急時における災害応急対策が円滑かつ有効に行われるためには、防災業務関係者が万一の場合にも沈着冷静な判断、指示及び行動をすることが肝要である。ことに住民の心理的な動揺あるいは混乱をおさえるためには防災業務関係者が原子力防災対策に習熟することが最も重要となる。このために現地対策本郡の組織のなかで種々の災害応急対策を実施する防災業務関係者に、原子力防災対策に関する教育を行うことが必要となる。

 教育の内容及び程度は、防災業務関係者の有している原子力に関する知識と防災体制のなかでの役割によって異なるが、原子力に関する基礎的な知識の他に原子力防災に関する内容として次のものが必要であると考える。

(イ) 原子力防災体制及び組織に関する知識
(ロ) 原子力発電所等の施設に関する知識
(ハ) 放射線防護に関する知識
(ニ) 放射線及び放射性物質の測定方法及び機器を含む防災対策上の諸設備に関する知識

 これらの教育については、日本原子力研究所及び放射線医学総合研究所が実施している原子力防災に係る研修コースを充実して活用すべきであると考える。

(2) 訓練

 緊急時における災害応急対策が円滑かつ有効に行われるためには、前述の周辺住民に対する知識の普及と啓蒙及び防災業務関係者に対する教育とともに、防災訓練を行い、その結果を評価検討することによって防災体制の改善を図ることが必要である。

 訓練に関しては、原子力防災の特殊性及び一般防災との共通点に着目する必要がある。即ち、原子力防災においては、周辺住民に指示する立場の防災業務関係者が沈着冷静かつ適切な対応を行い、周辺住民がこれら防災業務関係者の指示を守り秩序ある行動をとれば、一般防災と同様に実効性のある措置を講じることができる。

 従って、防災業務関係者の訓練を、前述の教育の徹底状況及び地域防災体制の整備状況に応じて行うことが必要である。

 防災業務関係者が行う訓練としては、次に掲げる順序で段階的に行うことが望ましい。

(イ) 緊急時通信連絡訓練
(ロ) 緊急時環境モニタリング訓練
(ハ) (イ)、(ロ)及び住民に対する情報伝達を組み合せた訓練
(ニ) 国の支援体制を含めた総合訓練

 これらの訓練によって防災業務関係者が原子力防災対策に習熟し、周辺住民への指導性を確立すること及び周辺住民の知識の普及と啓蒙が行われることとなれば、万一の放射性物質の大量の放出という事態に対して所要の対応ができるものと考える。

2-6 諸設備の整備

 原子力防災対策を円滑に実施するためには、あらかじめ緊急時通信連絡網、防災業務関係者が必要とする機器等、緊急時環境モニタリングに関する設備及び機器並びに緊急医療設備等の整備が必要である。


(1) 住民等に対する緊急時の情報伝達網

 緊急時において、周辺住民の行動に関する指示が迅速かつ正確に伝達されるような組織及び設備の充実が必要である。特に原子力防災対策にとっては、周辺地域の住民の混乱と動揺を避けることが肝要であって、そのためにも正確な情報の迅速な伝達が重要である。

 組織としては、地域防災計画あるいは実施細目等において、情報伝達に関する責任者及び実施者をあらかじめ定め、同様にして定めたある区域あるいは集落の責任者に迅速かつ正確な情報が伝達されるよう配慮されることが必要である。

 情報の伝達に必要な設備としては、通常の電話の他に、防災無線網、有線放送及び広報車等が挙げられる。また、緊急時においては、テレビジョン及びラジオ等のニュースメディアに対し積極的に情報伝達に関する協力を求めることも重要である。なお、周辺海域の船舶への情報伝達に関しては、漁業無線、船舶通信の活用が考えられるが、陸上における広報車の活用と同様に海上保安庁の船舶等による情報の伝達も考慮すべきである。

 住民に対する情報としては、下記の項目について単純かつ理解しやすい表現とし、心理的不安感を除去するために定期的に伝達することが必要である。

(イ) 異常事態が生じた施設名及び発生時刻
(ロ) 異常事態の状況と今後の予想
(ハ) 各区域あるいは集落別の住民のとるべき行動についての指示

(2) 防災業務関係機関相互の情報連絡設備

 緊急時においては、電話のふくそうの発生及び原子力事業者と原子力防災対策上重要な役割をはたす地方公共団体及び国の関係機関の通信回線が全使用状態となる場合等が考えられる。このためこれらの施設、機関等の情報連絡網については、専用線の設置のほか、既存の設備について再検討し緊急時に必要な通信連絡が迅速かつ的確に行えるようその整備を図っておくことが必要である。

 また、原子力発電所等の施設、地方公共団体、国の関係機関相互の情報連絡は、技術的あるいは専門的な事項が多く、口頭による連絡では迅速性及び正確性に欠ける場合があること、かつ、図面、地図及び表を用いての情報伝達が必須と予想されるところから模写電送設備の整備が必要である。

(3) 防災業務関係者が必要とする機器等

 緊急時において、環境モニタリング及び住民の避難誘導等に従事する防災業務関係者が必要とする機器等は、被ばく量を正しく把握するための機器等及び被ばくを低減するための機器等が考えられる。被ばく量を正しく把握するためには、フィルムバッジ、ポケット線量計、アラームメータ等が必要であり、被ばくの低減化のためには、防護マスク、よう素剤等が必要となる。

 また、野外活動を円滑かつ有効なものとするためトランシーバ及び輸送手段の確保が必要である。

(4) 緊急時環境モニタリングに関する設備及び機器

 緊急時において周辺環境の放射線及び放射性物質に関する情報を得るためには、緊急時の環境モニタリングに関する体制、設備及び機器の整備が必要である。詳細については、第4章で述べるが、緊急時の環境モニタリングの円滑な実施のためには、組織及び実施計画の整備のほか、設備及び機器に関して、モニタリングポストの整備、周辺各地の集積線量測定用のTLD、可搬型の計測用機器及び連絡手段としてのトランシーバの準備等が必要である。

(5) 緊急時医療設備等

 緊急時医療設備等については、第6章に詳細に述べるが、整備すべきものとして、一般的救急医療に対する適切な施設及び設備の確保のほかに、人体内・外の汚染の状態を迅速、適切に検出・測定するための放射線測定機器、例えば、表面汚染計、ヒューマンカウンタ等の設備があり、また、中心的な緊急医療機関においては、人体の除染設備を備えた救急処置室等を整備することが必要である。

2-7 防災対策資料の整備

 緊急時における災害応急対策の円滑かつ有効な実施のため、防災業務関係機関はそれぞれの業務に関する防災計画及び実施細目を有していなければならない。更に原子力発電所等の施設、地方公共団体及び国の関係機関においては、あらかじめ定められた場所に原子力防災対策上必要とされる共通の資料を常備しておくことが必要である。この資料としては、組織及び体制に関する資料、社会環境に関する資料及び放射能影響推定に関する資料等が挙げられる。

① 組織及び体制に関する資料

(イ) 原子力発電所等施設を含む防災業務関係機関の緊急時対応組織資料(人員、配置、指揮命令系統、関係者リストを含む。)
(ロ) 緊急時通信連絡体制資料

② 社会環境に関する資料

(イ) 種々の縮尺の周辺の地図
(ロ) 周辺地域の人口、世帯数等に関する資料(原子力発電所等からの方位、距離別、季節的な人口変動に関する資料を含む。)
(ハ) 周辺の道路、鉄道、ヘリポート及び空港等輸送交通手段に関する資料(道路の幅員、路面状況及び交通状況、時刻表、滑走路の長さ等のデータを含む。)
(ニ) 避難場所及び屋内退避に適するコンクリート建物に関する資料(位置、収容能力等のデータを含む。)
(ホ) 周辺地域の特殊施設(幼稚園、学校、診療所、病院、刑務所等)に関する資料(原子力発電所等からの方位、距離についてのデータを含む。)
(ヘ) 緊急医療施設に関する資料(位置、対応能力、収容能力等のデータを含む。)

③ 放射能影響推定に関する資料

(イ) 原子力施設関係資料
(ロ) 周辺地域の気象資料(施設及び周辺測点における風向、風速及び大気安定度の季節別及び日変化のデータ)
(ハ) 被ばく線量推定計算に関する資料
(ニ) 平常時環境モニタリング資料
(ホ) 緊急時環境モニタリング資料
(ヘ) 飲食物に関する資料(飲料水、農畜水産物に関するデータ)

 3 防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲

3-1 地域の範囲の考え方

 放射性物質の周辺環境への大量の放出があった場合に、周辺住民に対して緊急に応急対策を取らなければならないのは、施設から風下方向に拡散する放射性プルームによる被ばくに対してである。

 施設において異常事態が発生し放射性プルームが住民の居住区域にまで達する時間は、異常事態の様相、気象条件、居住区域までの距離等により異なり、予め特定することはできない。いずれにしても限られた時間を有効に利用し、周辺住民の被ばくを低減するための応急対策を適切に行うためには、あらかじめある地域の範囲を選定し、そこに重点を置いた原子力防災に特有な対策を講じておくことが必要である。この対策としては、住民への迅速な情報連絡手段の確立、緊急時環境モニタリング体制の整備、避難等の場所及び経路の明示等が挙げられる。

 放射性物質は放出源からの距離が増大するにつれ拡散によってその濃度は著るしく減少する事から、ある程度の範囲から、さらに範囲を拡大しても重点的な対策を講ずることによって得られる効果は僅かなものとなる。また、災害応急対策の実施に当たっては、異常事態の様々な態様に対応して弾力的な運用が必要なため、この地域の範囲は地域に特有の諸条件を考慮することが重要である。なお、この地域の範囲内で講ずべき対策としては、原子力発電所等に近い区域に重点を置いて整備するのが重要である。

 放射性物質によって汚染された飲食物の摂取による被ばくの影響については、飲食物の流通形態によってはかなりの広範囲に及ぶ可能性も考えられるが、飲食物の摂取制限等の措置は、放射性プルームによる被ばくへの対応措置とは異なってかなりの時間的余裕をもって講ずることができるものと考えられる。更に、代替飲食物の供給措置は、一般防災分野の措置の応用により対応が可能である。

3-2 地域の範囲の選定

 3-1に述べた考え方に基づき、放射性プルームに対応する防災対策を重点的に充実すべき地域の範囲を選定するに当たっては、現段階における施設の状況に対する技術的側面に加え、人口分布、行政区画、地勢等地域に固有の特徴、災害応急対策実施上の実効性等を総合的に考慮する必要がある。

 本専門部会としては、これらの要件を総合的に検討した結果、この地域の範囲を選定する揚合に、原子力発電所等を中心として半径約8~10kmの距離をめやすとして用いることを提案する。

 このめやすは、一般的に提案したものであり、地元の防災計画に実際に適用するに当たっては、画一的に採用する必要はなく、各サイト毎に、その自然的、社会的周辺状況を勘案して増減されるべきものである。特に、防災対策を円滑に実施するためには、地元都道府県及び市町村の行政区画は、考慮すべき重要な要因である。なお、現在、原子力発電所等が設置されている地元都道府県及び市町村において、原子力防災計画の地域の範囲として採用されている距離は、技術的側面からの検討によれば、おおむね妥当なものと考える。

 事故の態様によっては、この地域の範囲の外側にも影響が及ぶような場合も全くないとはいえないが、その揚合にも、この地域の範囲内における対策を充実しておくことによって、その応用で対応できるものと考える。

 この範囲の選定に当たっての技術的側面からの検討内容を、付属資料に示す。


 4 緊急時の環境モニタリング

4-1 目的

 原子力発電所等に異常状態が生じ、放射性物質の大量の放出がある揚合には、周辺環境の放射線及び放射性物質に関する情報を得るために特別に計画された環境モニタリングが必要である。このモニタリングを緊急時の環境モニタリングという。

 緊急時の環境モニタリングの目的は、次の二点である。

① 周辺環境における放射線及び放射性物質に関する情報を迅速に得て、他の情報から得られる住民の予測被ばく線量とともに必要な防護対策を決定する。

② 周辺住民及び環境への放射線の影響を評価し、確定する。

 以下に、原子力発電所に着目し、緊急時の環境モニタリングに関する一般的な指針を述べる。その他の原子力施設において必要とされる緊急時の環境モニタリングについては、その指針を準用するのが妥当である。

4-2 段階

 緊急時の環境モニタリングは、前述の目的から二つの段階に区別することができる。

① 第1段階のモニタリング

 第1段階のモニタリングは、周辺環境に影響を及ぼすような放射性物質の放出の直後から速やかに開始されるべきものであり、この結果は、放出源の情報、気象条件等から得られる情報とともに予測被ばく線量の算定に用いられ、これに基づいて防護対策に関する判断がなされることとなる。従ってこの段階においては、何よりも迅速性が必要であり、第2段階で行われる精密測定ほどの精度は要求されない。第1段階のモニタリングの主要な対象核種は放射性の希ガス及びよう素であり、測定は原子力発電所の施設に近接した地域を主体として行われる。

② 第2段階のモニタリング

 第2段階のモニタリングは、第1段階のモニタリングより更により広い地域につき、放射線及び放射性物質の周辺環境に対する全般的影響を評価し、確認するために行われる。第2段階のモニタリングの主要な対象は、積算線量ならびに環境に対する蓄積放射能及びその時間的経過である。

4-3 モニタリング体制

 事故が発生した原子力発電所の周辺に対して、緊急時の環境モニタリングを行うために、現地災害対策本部のもとに、モニタリング・センターとその指揮下の複数のモニタリング・チームから成るモニタリング実施組織を設置するとともに、センター長の任命、チームの役割等をあらかじめ定めておく必要がある。モニタリング・センター及びモニタリング・チームの備えるべき主な機能は次の通りである。

(1) モニタリング・センターの主要な機能

① モニタリング・センター長をおき、そのもとで緊急時環境モニタリングの計画・立案をするとともに環境モニタリング作業の指揮及び総括を行う。

② 環境モニタリングに参加する人員の配置、機材の分配等を行う。

③ 情報を収集し、環境放射能及び住民の放射線被ばくにつき予測推定、評価を行い、その結果を現地災害対策本部に適時適確に報告する。

(2) モニタリング・チームの機能

① 空間ガンマ線量の測定、空気中のよう素濃度の測定、環境試料の採取、測定等の環境モニタリング作業を実施する。

② モニタリングにより得られたデータをモニタリング・センターに報告する。

4-4 準備事項

(1) 既設モニタリング施設の整備

平常時の放射線監視体制を緊急時にも対応できるようTLDの増配備及び既設モニタリングポスト等の増設又は改造の検討を行う必要がある。

(2) 環境モニタリングについての情報連絡が正確かつ迅速に行われるために次の地点等の位置をあらかじめ、符号を定めておく。

① 空間ガンマ線量及び大気中よう素濃度のモニタリング地点
② 環境試料のサンプリング地点
③ 積算線量の測定地点
④ 測定経路

(3) 飲料水の供給システム(水源、水道の系統、井戸等)を明らかにしておく。

(4) 環境試料の分析又は精密測定を行う施設を予め定めておく。

(5) 人員、測定機器等の運搬手段及び各モニタリング・チーム等との通信連絡手段を確立しておく。

4-5 モニタリング地点の決定

 緊急時の環境モニタリングを行うべき地域又は地点を迅速に選定するための予測作業の内容は、次の通りである。

(1) 予測の内容

① ガンマ線最大線量率とその出現地点
② 大気中よう素最大濃度とその出現地点
③ 大気中よう素濃度及びガンマ線量率の地域分布
④ 被ばく線量の分布とその時間的変化

(2) 予測に必要な(又は参考とすべき)情報

① 放出源情報とその時間的変化
② 気象情報と予想される変
③ モニタリング・ポスト等の情報

4-6 第1段階のモニタリング

 第1段階のモニタリングにおける測定項目、測定又は試料採取の地点ならびに選定方法は、次の通りである。

(1) 測定項目

① 空間ガンマ線量
② 大気中のよう素濃度
③ 環境試料(飲料水、葉菜、原乳)中のよう素濃度

(2) 測定・採取の地点

① 大気中よう素最大濃度及びガンマ線最大線量率の出現予測地点  数点
② 予測される大気中よう素最大濃度地点を中心として約60°セクター内 数点
③ 風下方向の人口密集地帯集落(地点数は大きさにより適宜きめる。)

(3) 測定方法

① 空間ガンマ線量の測定

(イ) 臨時モニタリングポスト等による測定

 常設のモニタリングポストに加えて予測される最大濃度地点以内の約60°セクター内に記録計を装備したポータブル・ガンマ線測定器を設置して連続測定する。

(ロ) サーベイメータによる測定
a) 測定器(例)電離箱式サーベイメータ
GM管式サーベイメータ
シンチレーションサーベイメータ

b) 測定範囲 数10μR/hr~数100mR/hr

c) 測定間隔 0.5hr~1hr

② 大気中よう素濃度の測定

よう素については迅速性を重視し、次の順位により測定を行う。

(イ) 空間ガンマ線量を測定し、よう素濃度を推定する。

(ロ) 試料採取による測定

a) 活性炭カートリッジ又は活性炭入りろ紙等を装備した可搬型集塵器により大気試料の採取を行いGM管式サーベイメータ又はNaⅠシンチレーション式サーベイメータにより測定する。

b) 上記試料の一部をガンマ線スペクトロメータで測定し、さらに正確な濃度を求める。

c) b)の方法で得られたよう素濃度の値をもとに、a)の方法による値を補正する。

③ 環境試料の測定

 環境試料の測定としてはNaⅠシンチレーション検出器又はゲルマニウム検出器を用いたガンマ線スペクトロメータにより測定を行う。

4-7 第2段階のモニタリング

 第2段階のモニタリングにおける測定項目、測定又は試料採取の地点ならびに測定方法等は次の通りである。

(1) 測定項目

① 空間ガンマ線量
② 大気中の放射性物質濃度
③ 環境試料中の放射性物質濃度
④ 積算線量

(2) 測定・採取の地点

 第一段階のモニタリングの結果、必要と考えられる地域又は地点

(3) 測定方法

 平常時の環境モニタリングで使用されている測定方法を準用するほか、野外スペクトロメータを使用する。

(4) 蓄積放射能の時間経過の追跡

 環境へ蓄積した放射性物質による汚染が、時間的にどのように変化しているかを追跡するため、一定の時間間隔で、平常時のモニタリングの対象のすべての環境試料の採取、測定を行う。この場合の時間間隔は1日~1週間程度である。

(5) 積算線量の測定

 TLDによる測定を中心に他の測定方法からの結果を参考にして積算線量の推定を行う。


 5 災害応急対策の実施のための指針

5-1 防護対策の準備のためのめやす

 放射性物質の大量の放出が発生し、又は発生するおそれがある場合において、地方公共団体が、迅速かつ的確な措置をとるため、災害対策本部の設置の準備、緊急時環境モニタリングの開始等防護対策の準備を行うことは、災害応急対策を有効ならしめるという観点から重要な意義を有する。

 一般的にいって、放射性物質の大量の放出は、施設において、ある異常事態を検知することから予想できるといえる。この異常事態に対しては、施設側において当然、その事態の拡大の防止措置が講じられるとともに、2-3の防災対策上の異常事態の把握の項で述べたように、放射性物質の大量放出に至ると予想される場合には、異常事態に関する情報が、国の関係機関、地元都道府県及び市町村に通報されることとなる。

 従って、防護対策の準備開姶の判断については、多くの場合ある程度の時間的余裕があると予想されるので、原則的には、地元都道府県及び市町村に対して、必要な国の助言が行われる。

 しかしながら、放射性物質の放出が、短時間のうちに生ずるという可能性もまた否定できないため、本専門部会としては、そのような場合に備えて、地方公共団体が、独自の判断により、災害対策本部の設置の準備等、災害応急対策のうち初期活動を開始するめやすを示すことは有益と考え、そのめやすとして、周辺モニタリングポスト等で実測された空間ガンマ線量率で、1mR/hr以上の値、あるいは、住民が実際に居住するか活動する場所における予測被ばく線量で、500ミリレム以上の値を用いることを提案する。この際、災害対策本部の設置等準備活動から本格的な防護対策活動への移行に関する判断については直ちに国の関係機関の助言を求めることが妥当である。

 なお、ここに提案しためやす値は、後述する放射性物質の大量放出による住民の被ばくを軽減するための防護対策指標とは、その性質が異なることに留意する必要がある。

5-2 防護対策

 放射性物質の大量の放出が発生した場合に、公衆の被ばく線量をできるだけ低減するために講ずる措置を防護対策という。

 防護対策には、屋内退避、コンクリート屋内退避、避難、食物摂取制限等が考えられるが、ここでは、主な防護対策についての基本的な考え方を示し付属資料において詳細を述べる。

① 屋内退避について

 屋内対避は、通常の行動に近いこと、広報連絡が容易である等の利点があると同時に、建物の有する遮蔽効果及び気密性等を考慮すれば防護対策上有効な方法である。特に予測被ばく線量があまり大きくない揚合または放射性物質の拡散時間が防災関係者の動員、指示及び住民の移動の時間に比べて短い場合には、動揺、混乱等をもたらす危険性の高い避難措置よりも優先して考えるべきものである。

② コンクリート屋内退避について

 コンクリート屋内退避は、コンクリート建物の遮蔽効果による全身被ばくの低減及び建物の気密性による甲状腺被ばく等の低減が相当期待できることから防護対策として重要視されるべきである。特に、万一、退避が必要となった場合に混乱を起こすことなく有効な防護対策を講ずることができるように、地域防災計画の作成に当たり、コンクリート屋内退避について検討しておく必要がある。

③ 避難について

 防護対策の中でも、避難については、特に慎重な配慮が必要である。詳細な実施計画に従い実施したとしても、心理的な動揺、それによる混乱等の危険性が高いということが想定される。従って、一般に多数の公衆等の避難を考える場合には、対策の結果生ずる影響について十分に検討する必要がある。事故の態様によっては、原子力発電所等から放射牲物質が長期間放出されると予想されるものもあれば、比較的短時間の放出で終ると予想されるものもある。このうち避難による被ばく線量の低減化が有効であるのは十分な時間的余裕があり、長期間放出が予想され、しかも避難によらなければ相当な被ばくを避け得ない揚合である。放射性物質の放出が短時間で終ると予想される場合は、必ずしも避難が最善の方策とは考えられない。

 防護対策にあって、避難は輪送手段、経路の確保等種々の要素を考慮し、住民に適切かつ明確な指示を与えて実施すべきものである。

④ 飲食物摂取制限について

 摂取制限措置の実施に当たっては、比較的時間的な余裕があるのでこの間に代替飲食物の供給等について慎重な配慮を払う必要がある。

⑤ よう素剤について

 かなりの甲状腺被ばくが予測されるか又は発生した場合には、安定性よう素を服用することによって放射性よう素が甲状腺に取り込まれることを阻止することができる。安定性よう素であるよう素剤を使用するに当たっては、専門家の判断によって行うべきである。

⑥ 立入等の制限措置について

 放射性物質の大量の放出が発生するか、又はそのおそれ等ある場合には次のようにある地域あるいは海域について立入制限等の防護対策を講ずる必要がある。

(イ) 放射性物質による無用の被ばくを避けるために特定の地域あるいは海域への立入を制限すること。

(ロ) 住民の避難、防災業務関係者の活動及び応急対策用資機材等の輸送のために経路を確保する等、応急対策の円滑な実施のために特定の地域への無用の立入を制限すること。

⑦ 防災業務関係者の防護措置

 原子力に係る災害応急対策に関係する者であって、ある程度の被ばくが予想される防災業務関係者については、フィルムバッジ、アラームメータ等の配布及び甲状腺被ばくを低減するための防護マスク、よう素剤の配布並びに輸送手段、連絡手段の確保が必要である。

 防災業務関係者に係る立入制限及び避難のための指標としては、基本的にはその行為がもたらす利益と被ばく量とを比較して定めるべきである。しかしながら事故の態様、応急対策の実情に応じつつ、出来るだけ被ばく線量の低減を図ることが肝要である。この指標としては、国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告している放射線作業従事者の緊急作業についての考え方が参考になろう。

⑧ 各種防護対策の解除

 これまで述べてきた各種の防護対策の解除には慎重な配慮を要する。即ち放出源からの放出が終了したとしても影響を受けた区域は汚染されている可能性もあり、汚染物が影響を受けていない区域に搬出されるおそれ等があるからである。従って環境モニタリング等による地域の調査等の措置が行われた後、専門家の判断に従って各種対策の解除を行うことが肝要である。

5-3 防護対策のための指標

 防護対策を取るための指標は、なんらかの対策を講じなげれば個人が受けると予想される被ばく線量即ち予測被ばく線量あるいは、実測値としての飲食物中の放射性物質の濃度として表わされる。

 予測被ばく線量は、異常事態の態様、放射性物質の放出状況、気象条件等から計算されることとなるが、異常事態発生の初期において当然その予測値にはかなりの誤差が含まれると考えられる。従って放射性物質の放出が長期にわたる場合には、緊急時環境モニタリングによって得られた値を参考として計算によって得られた予測値を修正して用いることが望ましい。付属資料に予測被ばく線量の算定方法の例を示す。

(1) 屋内退避及び避難等に関する指標

 放射線審議会は、昭和42年3月の答申において、公衆の避難に関する指標線量を、全身の外部被ばくに対しては25ラド、よう素による申状腺の内部被ばくに対しては、150ラドとするのが適当であるとし、放射線被ばくは可能な限り少なくすべきであるという立場から、地域防災計画において定めるべき避難のための放射線レベルは、上記指標線量を上限値として、実情に即して可能な限り低く定められるべきものとしている。

 本専門部会としては、この趣旨に沿って、災害の未然防止のための措置としての屋内退避及び避難等に関する指標として以下の数値を提案する。

表1 屋内退避及び避難等に関する指標

(注)1. 予測被ばく線量は、災害対策本部において算定し、これに基づく住民の防護対策措置についての指示とあわせて防災業務関係者から住民に連絡される。

2. 予測被ばく線量は、放出期間中、屋外に居続け、何らの措置も講じなければ受けると予測される被ばく線量である。

3. 全身外部線量及び甲状腺量が同一レベルにないときは、いずれか高いレベルの線量に応じた防護対策をとるものとする。

 なお、上記指標を検討するに当たり参考とした資料等を付属資料に示す。

 屋内退避及び避難等に関する指標には、ある幅をもたせることとした。この理由は、被ばく線量によってのみ防護対策は決定されるべきではなく、その対策の実現の可能性、実行することよって生ずる危険、影響する人口規模及び低減されることとなる線量等を考慮して決定されるべきであり、そのためには防護対策の実施に柔軟性が必要とされるからである。また、災害対策本部が行う住民の行動についての勧告または指示は、ある地域的範囲を単位として与えられることが予想され、この地域的範囲のなかで予測被ばく線量が場所によって異なることも幅を持たせた理由である。

 なお、屋内退避もしくはコンクリート屋内退避あるいは避難という防護対策を実際に適用する場合は上記指標に応じて異常事態の規模、風向を配慮の上、風向変動を見込んで例えば放出源から3キロメートル、5キロメートル等のある距離のあるセクターについて段階的に実施されるべきものである。

(2) 飲食物の摂取制限に関する指標

 本専門部会としては、前述の考慮すべき核種に関する考え方に基づき飲食物摂取制限に関する主要な核種としてよう素を選定し、甲状腺への影響に着目して、住民の被ばくを低減するとの観点から実測による放射性物質の濃度として表2のとおり飲食物摂取制限に関する指標を提案する。

表2 飲食物摂取制限に関する指標

 なお、上記の対象物中の放射能濃度の測定に当っては、科学技術庁放射能測定法シリーズ15「緊急時における放射性ヨウ素測定法」を参照することを提案する。

 また、上記濃度の算出についての考え方を付属資料に示す。


 6 緊急時医療

6-1 緊急時医療措置の考え方

 原子力発電所等から放射性物質が大量に放出されるような異常事態の際の医療面における対応としては、現地災害対策本部の下に、直ちに緊急医療本部を結成して関連医療機関との密接な連携を図りつつ総合的な判断と統一された見解の下に周辺住民に対する医療措置を行うことが肝要である。このような事態にあっては、周辺住民は、特に医療措置を必要としない程度であっても、心理的不安から緊急医療本部及び各種医療施設に検査等を求めて多数来るであろうことを念頭において対応策を考える必要がある。これらの人々に対しては、一般的な傷病の有無をチェックするとともに、放射能汚染の程度、被ばく線量を迅速に推定し、統一された判断基準の下に必要な措置を行うことが望まれる。そのためには、環境モニタリングによる情報、住民の行動状況の聴取、身体的状態の問診や検査及び放射能汚染状況の簡易計測等が第一に重要である。その後、必要に応じて、精密な医学的診断、身体の放射能の計測及び血液、尿等のバイオアッセイにより正確な判定を行う。体表面の放射能汚染については、現在の放射能測定の技術水準からみてサーベイメータのような簡単な計測器でも検出することができる。また、体内の放射能でも、適当な測定器により、計測が可能である。この場合、放射線計測の専門家との十分な連携が必要である。

 この際、次項に述べる実質的な医療を必要とする人々の他に、身体的異常や傷病を伴わないが、放射線障害に対する漠然とした下安や危倶を強く持つ人々が多数生じる可能性がある。これらの人々に対しては、正確な事故状況及び汚染検査の結果等を説明し、心理的動揺と混乱を静めることが肝要である。この観点から、日頃から周辺住民に放射線の人体への影響について知識の普及と啓蒙を図ることも重要である。

6-2 傷病の種類及びその対応

 原子力防災対策上考慮すべき傷病は、おおよそ次の3群に分類することができるが、実際上施設周辺の住民の傷病としては殆んどが第1群及び第2群に属するものと考えられる。

① 第1群

 放射線被ばく、または放射能汚染とは直接の関係はなく、緊急時の混乱等により生じる一般的傷病、身体的異常、疾病の悪化等。

② 第2群

 急性障害は生じない程度の放射性被ばく、あるいは体表面及び体内の軽度の放射能汚染。この場合、一般的傷病等との複合がありうる。

③ 第3群

 臨床観察あるいは医療を要する程度の被ばく、あるいは放射能汚染。この場合、一般的傷病等との複合がありうる。

 傷病者に対しては、それぞれ下記の措置をとるものとする。

(1) 第1群の者に対する措置

 通常の一般的傷病、身体的異常、疾病の悪化に対する処置で十分と考えられるが、この場合であっても、傷病者の心理的動揺等について十分配慮する必要がある。

(2) 第2群の者に対する措置

 まず放射能汚染除去の措置を施し必要に応じ、甲状腺モニタリング、尿及び血液のバイオアッセイ等を行う。

 一般的傷病が複合している場合、それらの重篤度に応じて、放射能汚染が拡大しないように留意しつつ医療措置を施すことが適当と考えられる。

(3) 第3群の者に対する措置

 放射線障害の観点から、次の4つの型の障害又は放射能汚染が考えられる。

(イ) 体外被ばくによる障害(全身又は局部の外部よりの大量被ばく)
(ロ) 体内放射能汚染による障害(放射能の体内への大量取込み。)
(ハ) 体表面放射能汚染(除去の困難な体表面放射能汚染)
(ニ) 放射能汚染創傷(創傷部位に放射能汚染が確認できる時)

 この他、(イ)~(ニ)が混在し、またこれらに一般的傷病が合併している場合が考えられる。

 放射線障害が発生するか否か、放射性物質の大量の体内取込みや沈着が起るか否か、またそれらの重篤度は、放射性核種、被ばく線量や条件に著しく左右されるので、その診断や医療措置の判断については専門的知識と経験を必要とする。更に、これらと一般的傷病が合併している場合、それらをどの程度の重み付けで緊急医療措置を行うかの判断はかなり難しいことがある。そういう場合は専門医師団との相談の上対処することが望ましい。

 なお、緊急医療従事者への放射能の二次的取込み及び医療処置に伴う二次的放射能汚染の拡大防止に十分注意することが肝要である。

(4) よう素剤について

 環境中の放射性よう素量の増加により、施設周辺の住民に甲状腺被ばくによる障害が懸念される場合には、事故の状況、周辺の状況等を十分勘案し、よう素剤の適用を考慮する必要がある。このような場合に備えて周辺住民及び防災業務関係者に迅速、適確によう素剤を配布する体制を準備しておく必要がある。

 よう素剤の適用については、付属資料に詳述する。

6-3 医療体制の整備

(1) 組繊

 下図のような組織によって有機的な運営が可能であるような体制の整備が望まれる。



(2) 各機関の役割及び構成

① 緊急医療本部

 現地における医療活動を総括し、現地災害対策本部に対し医療に関する助言を行う。地域救急医療機関を代表する者、緊急被ばく医療派遣チームを代表する者等で構成される。

② 緊急被ばく医療派遣チーム

 緊急医療本部の構成員として、専門的立場から助言を行うとともに、被ばく線量評価、放射線障害の治療等について技術的援助を行う。主に、放射線障害専門病院等の職員をもって構成されることとなろう。派遣チームの有効な活動のためには必要な装備を用意する必要がある。

③ 地域救急医療機関

 第1群の傷病者の治療を行うとともに、第2、3群の傷病者に対し、緊急医療本部の下に、緊急被ばく医療派遣チームの専門家と協力して、放射能汚染の検査、除染、医療措置等を行う。本機関は、医療体制の中核をなすものであり、出来れば、地域の総合病院をこれに当て、普段から訓練、設備の整備等を図っておくことが望ましい。

④ 事業所内救急医療施設

 事業所内における傷病者の応急措置(応急医療、除染等)を行い、必要に応じ、地域救急医療機関へ移送する。

⑤ 放射線障害専門病院

 地域救急医療機関、事業所内救急医療施設で遂行の困難な放射能除染、障害治療、追跡調査等を行う。当面、放射線医学総合研究所に所要の人員、施設の整備を行い、これに当てるのが妥当と考えられる。

(3) 緊急医療活動のための要件

① 前記各機関は、その機能に応じて表面汚染計、ヒューマンカウンタ並びに人体の汚染を除去する除染室等の設備を整備するとともに、緊急医療活動に従事する要員の確保を進める。上記設備の整備に当たっては、機器の即応性を維持するため、日頃からの管理に十分配慮する必要がある。なお、医療従事者の防護措置として放射線計測器、防護衣等の準備も必要である。

② 医療に係る機関の名称、所在地等のリスト、担当者リスト、連絡方法等を常時点検維持する必要がある。担当者には必ず予備員を用意しなければならない。

③ 日頃から地域医療機関相互及び派遣チームとの連携を保つよう配慮する必要がある。

④ 医寮従事者、傷病者のための輸送力の確保について検討しておく必要がある。

⑤ 医療従事者に対し放射線緊急被ばく医療に関する養成訓練を行うとともに、医療措置についての要領等を普及する必要がある。

付属資料(略)
1 軽水型原子力発電所異常事態通報様式例
2 地域の範囲についての技術的側面からの検討
3 防護対策の準備のためのめやすについて
4 防護対策のための指標について
5 屋内退避等の有効性について
6 線量分布及び濃度分布の特徴
7 予測被ばく線量の算定方法の例
8 よう素剤について
9 原子力発電所等周辺防災対策専門部会について

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