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環境放射能安全研究年次計画


昭和51年8月11日
環境放射能安全研究専門部会

  ま え が き

 原子力開発利用の本格化に伴い、国民の健康と安全を図る見地から、原子力施設に起因する放射能の周辺環境における挙動及びその影響を把握するための調査及び研究は、益々その重要性を加えている。

 従来から、環境放射能の挙動及びその影響に関する研究については、放射線医学総合研究所をはじめとする国立試験研究機関、日本原子力研究所、大学等においてそれぞれ実施されてきたところであり、今後は原子力開発利用の進展、研究の進捗状況等をふまえ、さらに、総合的、体系的な観点にたって、有機的連携を保ちつつ、強力にこれを推進すべきである。

 原子力委員会は、このような観点から、昭和50年7月、環境放射能安全研究専門部会を設置し、環境放射能安全研究の企画立案及び調整、その成果の評価及び活用、並びに国際協力について諮問した。

 原子力委員会の諮問を受けて、当専門部会は、当面、環境放射能の影響については、先の環境・安全専門部会の「低線量分科会報告書」(昭和48年6月)の見直し、また環境放射能の挙動については、環境放射線(能)に起因する被ばく線量の推定評価に必要な調査研究課題を審議の対象として、鋭意審議を重ねてきた。この間、当専門部会には、影響分科会、環境分科会及び総合分科会を設け、それぞれの専門分野別の詳細な調査検討及び総合調整を行った。

 本報告書は、当専門部会において、上記の各分科会の調査検討を踏まえて、審議した結果を、第1部「低線量放射線の影響研究」、第2部「被ばく線量評価研究」として、それぞれの年次計画について取りまとめたものである。

 なお、本報告書に挙げられた調査研究計画は、今後の研究の進捗状況、成果等を考慮し、適宜、見直す必要があると考える。

 原子力委員会においては、報告内容にもられた事項について適切な施策を実施されることを望みたい。

第1部 低線量放射線の影響研究

  は じ め に

 低線量放射線のヒトへの影響の定量的推定について「低線量分科会報告書」に基づき実施されてきた研究について、その後の進捗状況、海外における動向を勘案し、その計画の見直しを行ってきた。審議にあたっては、低線量分科会と同様、国内における関連専門分野の研究者の数、研究能力等を考慮しながら、緊急に解決を必要とする課題の中で、低線量放射線のヒトに及ぼす影響の定量的推定に必要な資料を得るための研究のうち、わが国として実施することが適当と判断されるものに焦点をしぼることにした。その結果、「低線量放射線の影響研究の必要性と考え方」「低線量放射線のヒトへの影響の定量的推定に関する研究の問題点」については、低線量分科会報告を修正する必要はなかったので、本報告にもそのまま用いた。また研究課題のうち、今回、新たに追加、修正された点については下線を付した。なお、影響分科会の所掌事項である、「緊急時におけるヒトへの放射線被ばく対策に関する調査研究」については、今回は検討対象から除外したが、今後検討する予定である。

T 低線量放射線の影響研究の必要性と考え方※(注)

 原子力開発利用の進展に伴い、原子力施設から環境に排出される放射性物質に由来する低線量域の放射線が、長期的にみてヒトに障害を与える可能性があるか否かを総合的、定量的に推定し、その対策を講じる必要性が国際的にも大きな関心をひき起している。

 これら放射性物質によるヒトへの被ばくの様式としては、低線量もしくは低線量率の放射線による長期間被ばくが予想される。低線量放射線のヒトに与える影響は、急性障害として現れることはなく、発ガン、寿命の短縮、突然変異の発生等の晩発性障害として発現する可能性がある。しかも、発現するとしても極めて緩慢な経過をたどり、それが意識された時点では、すでに取返しのつかない状態になっている可能性がある。とくに、突然変異に起因する遺伝性障害については、これがいったん発生したのちは、突然変異遺伝子保持者の結婚により集団のなかに拡散して、集団全体としての遺伝的劣化を招来する恐れがあるので、これをどのように防ぐかは現代に生きるわれわれが将来の世代に対して負わなければならない重大な責務であると考える。

 このようなことから、原子力が今後人類の繁栄に大きな貢献を果すか否かは、いかにして放射線による障害を防ぎ得るかにかかっているといえる。

 とくにわが国においては、人口が稠密である等の特殊事情により、この問題解決の緊急度はきわめて高い。

 低線量放射線による障害は病理学的に非特異的な晩発症として現れるので、実験的にこれを明確な形でとらえ、線量と効果との間に関係づけを行うことが難しく、高線量の障害に比べて未解明の点が極めて多い状況にある。また、本分野における諸外国の調査研究の状況をみても、未だ十分な成果が得られているとはいいがたい。このためのアプローチとして低線量率効果に関する研究が米国を中心に精力的に進められ、実験生物について高線量域では、すでに、かなり豊富なデータが得られているが、低線量率で低線量域については、ようやく研究に着手されつつあるのが現状である。また、ヒトについては直接実験を行うことができないばかりでなく、実験データ等からヒトへの影響度を推定する手法等についても極めて難しい点が多い。

 従って、この問題の解決のためには、わが国の研究者だけでなく、国際協力によって各国の研究者が研究の分担を行い、効率的に調査研究を推進する必要があると考える。このため、わが国から諸外国に対し、研究の協力分担に関して積極的に提起を行う必要がある。

 また、研究遂行にあたっては多大の労力、経費、時間等を要すると予見されるのみならず、未知の分野が多いので関連専門分野の研究者の総力を結集したプロジェクトを計画する必要があると考えられる。さらに、本研究を国家的研究課題として強力に推進するためには重点的な予算措置を講ずる必要がある。原子力委員会はこのために十分な努力を払うのみならず、基礎部門に関する文部省、疫学部門に関する厚生省等の役割についても総合的な立場から研究協力が得られるよう強く働きかける必要がある。

 なお、研究効率化のためには研究開発体制の整備、確立についても改善の余地があると考える。

注) この報告では「低線量」とは、これを明確に定義することは難しいが、ここでは照射によって急性障害を現さない線量をその上限とする。

U 低線量放射線の影響研究の現状

1) わが国の現状

 低線量放射線のヒトへの影響研究は、従来より行われているが昭和48年度より低線量分科会の報告書に基づき現在、放射線医学総合研究所(放医研)、国立遺伝学研究所(遺伝研)、及び大学等において計画的に次の4つの研究分野について実施されている。

(1) 放射線による晩発障害の定量的推定に関する調査研究
(2) 放射線による遺伝障害の定量的推定に関する調査研究
(3) 内部被ばくによる障害の定量的推定に関する調査研究
(4) 低線量域における基礎的研究

 放医研においては、「低レベル放射線の人体に対する危険度の推定に関する調査研究」を特別研究として実施している。放射線の影響研究に関し、放医研の役割は極めて大きく、今後とも重要な位置を占めることと考えられる。

 遺伝研においては低線量放射線の遺伝子突然変異効果に関する研究等、放射線による遺伝障害の基礎的研究を実施している。同研究所のこの分野における基礎的研究は今後とも大きく期待される。

 昭和48年より原子力平和利用研究委託費により「放射線発がんの誘発機構の解明及び放射線障害の検出技術の確立に関する試験研究」等について大学等の協力のもとに計画的に実施している。

 放射線の影響研究の基礎的分野と人材の養成に関しては今後とも大学等に期待されるところが大きい。

 京都大学には昭和51年度に放射線の影響研究の共同利用施設として、放射線生物研究センターが設立されることとなったが、今後の研究の進展が期待される。

2) 海外の現状

 海外においては、従来からこの分野の研究は精力的に行われているが、とくに前回の分科会報告書以降における主な注目すべき動きを概観すると以下のとおりとなる。

 昭和47年、米国学士院と米国学術会議は、「低レベル放射線被ばくの集団に及ぼす影響」と題する報告書、いわゆるBEIR報告書を発表したが、これを受けて、米国学術会議核科学委員会(NAS−NRC)は昭和49年、「低線量放射線による生物学的障害を推定するための研究の必要性」についてパネル会議の見解と勧告をまとめて発表した。その勧告の概要は次の通りである。

 過去25年間にわたり実施してきたぼう大な研究の成果により、低レベル放射線のヒトに及ぼす影響について推定値の上限が得られたという見解のもとに、今後の研究の進め方について、

 (1) 放射線によって誘発されるヒトの突然変異率についての推定値の信頼限界をせばめることを目的として、哺乳動物を使って新たに大規模な低線量または低線量率についての研究を計画することは勧められない。
 (2) マウスの未熟卵母細胞では低線量率条件下で突然変異反応が低いが、ヒトでも同様かどうか確認すること。
 (3) マウスにおける染色体不分離の誘発率を正確に決定する研究を重点的に進めること。
 (4) 注意して選定した人間集団について、ガン発生率と線量との関係に関し、追跡調査研究を進めること。
 (5) 哺乳動物及び適当なモデルシステムを用いて放射線発ガンの機構の解明、及び線量−発ガン率の関係を明らかにすること。
 (6) 発ガンに関しては急性照射で低線量の範囲まで延長した大規模な動物実験に期待するよりも、むしろ線量率、線量の分割、及びLET(線エネルギー付与)等の効果の研究を行うこと。
 (7) 今後ともin vivo(生体内)、in vitro(試験管内)の精密な遺伝実験系の開発を図り、他の生物とヒトとの間のかけ橋を作っていく必要がある。
 (8) 放射線発ガンに関し、細胞及び分子レベルでの情報を得るためin vivo、in vitroシステムの一層広汎な実験が望ましい。
 (9) 低線量及び低線量率の問題に対するアプローチの方法として新しいモデルシステムを開発すること。

 勧告の概要は以上であるが、この報告ではマウスについて得られたぼう大なデータをヒトに外挿するために、異なった生物種における突然変異率と核当りのDNA(デオキシリボ核酸=遺伝物質)量との間に直線関係があることを指摘し、大量の哺乳動物を用いる実験よりも各種実験生物について、精密な線量−効果関係を求め核当りDNA量に関しプロットする方法をとる方が効果的であることを強調している。この点、わが国は「低線量分科会報告書」で霊長類を用いた細胞遺伝学的方法からヒトへの外挿を勧告しているのと、各種実験生物を用いる点において著しい対照を示している。この勧告については米国内においてすら批判的意見も多く、まだ大方の支持をうるに至っていない。

 一方、OECD−NEA(経済開発協力機構−原子力機関)は昭和49年、疫学的研究、とくにダウン氏症候群についての国際協同研究の勧告を行ったが、結局実らず、スエーデンが独自にスカンジナビア諸国内で調査する旨の意志表示をしたにとどまっている。

 国連科学委員会は昭和30年以来、10数カ国の専門家を集めて放射線に関する最新の資料について討議し、その成果をまとめて報告書を発表した。現在、昭和51年報告書についての検討が行われている。

 IAEA−WHO(国際原子力機関−世界保健機構)は昭和50年、シカゴにおいて「低線量放射線の生物への影響」についてのシンポジウムを開催した。

 なお、低線量の定義について、前記NAS−NRC報告書には次のように述べている。

 「生物学的考察によれば、低いLETの放射線の場合には、広汎な多くの生物学的効果に関し同じような線量または線量率と効果の関係がみられた。それは低線量または低線量率の場合には、線量に直線的であるがある線量または線量率の範囲で勾配が変化(屈曲点)し、それより高い線量または線量率になるとより高次の関係になる。その曲線の屈曲点が高線量と低線量の間の生物学的境界である。

 そしていかなる効果に関しても、反応曲線が屈曲点以下で直線性を示す範囲は、低線量領域ということができよう。

 生物種により屈曲点の位置は非常に異なっているが、直線性を示す領域での研究を行うことは、重要かつ有益であり、ヒトへの危険度の推定をこの領域について行うことが有意義といえよう。」

V 低線量放射線のヒトへの影響の定量的推定に関する研究の問題点

 環境からヒトが受ける放射線量は、一般に極めて低いものであるが、かなり高い精度で測定することが可能である。これに対し、このような線量の放射線のヒトへの影響を定量的に推定することは極めて難しい。しかも、この種の放射線被ばくは、線量は低いが長期間にわたることが予想されるので、このような場合の線量と効果との間に、はたして直線関係が存在するか否か、とくに低線量域でこの関係に、しきい値が存在するか否かを知ることがもっとも重要である。

 このような推定を行うためには、適当な放射線被ばく者集団について疫学的な調査研究を行う方法と、ヒト以外の生物で実験研究を行い、そのデータをヒトに外挿する方法との二つが考えられる。疫学的調査研究は、放射線のヒトへの影響を直接評価することのできる唯一の方法であるが、このためには、統計的に有意と判定しうるに十分な大きさの被ばく者集団と、長期間にわたる追跡調査が必要である。一方、実験研究においては、実験生物についてのデータからヒトへの影響を推定する場合に、@実験生物からヒトへの外挿と、A高線量と低線量への外挿との二つが問題である。

 遺伝的影響については、米国及び英国でマウスを用いて大規模の実験研究が行われ、その結果放射線による突然変異率については数十ラド程度までのデータ、低線量率についてのデータ及び機構もある程度明らかになっている。しかし、マウスで得られた線量と効果の関係を、いかにしてヒトに外挿するかという点については、種々の提案がなされてはいるが、まだ解決されていないので、この解明がもっとも重要な課題と考える。

 低線量の放射線による身体的影響は、外部被ばく、内部被ばくの様式のいかんを問わず、晩発障害として現れる。このため、障害の推定には長期にわたる辛棒強い研究を行う必要がある等、急性障害の場合に比べてはるかに困難が予想されるが、社会的重要性からみて早急に解明しなければならない問題である。そのうえ、晩発障害のうち放射線による発ガン、寿命の短縮及び老化については、それらの発生機構そのものが未だ明らかにされていないので、まず、この機構を解明するための研究を、とくに低線量に限定することなく進める必要がある。

 内部被ばくにおける線量と効果の関係については、米国でアルファ核種についてビーグル犬を用いた、数十ラド程度までの豊富なデータがあるが、このデータに基づいてヒトへの影響を推定するためには、なお外挿方法に関して問題がある。

 内部被ばくを比べると、前者は関与する放射線の種類がアルファ、ベータ線が中心であるのに対し、後者はエックス線、ガンマ線を主とするという相違がある。このほか、前者の場合には、線源となる放射性核種そのものの人体内における代謝という、極めて複雑な要因を伴う。従って、ヒトにおける放射線の影響の研究に当たり、内部被ばくについては特殊な研究が必要である。

W 低線量放射線のヒトへの影響の定量的推定に関する研究課題

1 晩発障害の定量的推定に関する研究

 この研究では、晩発障害に関与する低線量放射線の影響を、定量的に求めることが最終的に要請されるが、しかしこのことは実際には必ずしも容易ではない。従って、ある線量以下では、その機序を仮定しての外挿によらざるをえないことに留意しておく必要がある。

 晩発障害に関する研究課題としては、発ガン、非特異的寿命短縮及び胎児被ばくの影響が考えられる。このほか、特殊な組織に限定されるものとして、白内障、不妊、皮膚障害、甲状腺腫、骨壊死なども可能なかぎり研究課題として取りあげることが望ましい。

A 実験的研究

 晩発障害についての実験的研究は、急性障害のそれに比し設備と経費をより多く必要とし、これがわが国でこの方面の研究が十分に行われなかった最大の原因である、とくに、実験動物の長期飼育施設とその維持、管理の充実は極めて重要で、現在計画されている放医研とそのほかに、全国に数か所新設する必要がある。

1) 放射線発ガンに関する研究

 放医研ではマウス(一部ラットも使用)を材料として、放射線白血病に主眼をおいた放射線発ガンの研究が計画されている。そこでの第一の主題は、「放射線発ガンの諸過程における生体内調節機構の関与(免疫、内分泌、網内系また個体の年令及び遺伝的背景などの関係を含む)」の解析である。第二の主題は、「マウスのデータをヒトへ外挿する」という問題であり、そこでは、a)トランスフーマント(ガン細胞)の誘発、b)上記発ガンの諸過程についてのマウスとヒトの比較検討が主な研究対象となる。

 ことに低線量の場合の発ガンの動物実験には、発生率の再現性は極めて大切である。そのためには、環境の諸因子としての化学物質と放射線とを併用するなどの試みを必要であろう。また、マウスはウイルスの関与が少なくないので、マウスのほかにラットを材料として研究を進めることが適切と考えられる。さらにげっ歯類以外の動物についても、発ガンの実験を進める必要がある。

 従来の実験によって得られた情報は主として、低LET放射線の、中、大線量域における中等度線量率による単一照射の結果に基づいており、高LET放射線、低線量域並びに低線量率などの効果に関するデータは明らかに不足している。従って、今後これら諸因子の影響の解明についても研究を進める必要がある。

 in vitroにおける細胞レベルでの研究は各種生物、ことに人の細胞、組織が扱い得るという便宜があり、益々その重要性が認識されつつある。放射線による発ガンも腫瘍ウイルス、あるいは化学発ガン剤によると同じ細胞性変化(トランスフォーメーション)が基礎になるとするならば、その検出と線量−効果関係の決定は、人における影響の定量的推定にとって有用と考えられる。

2) 晩発障害一般に関する研究

 発ガンに限定せず、非特異的寿命短縮を含め、全身または部分照射による晩発障害を種々の動物について追求する。これには問題のとりあげ方から2つの型の研究が考えられる。

a) 主として現象面から追求するもの

 発ガンと寿命短縮との関係、免疫機能、生体調節機構などの変化、組織の機能、細胞増殖能、細胞数などの変化に関する研究等

b) 主として機構面から追求するもの

 DNA損傷、体細胞突然変異の誘発とその消長(トランスフォーメーションの研究を含む)酵素活性、生体高分子などの変化、血管系障害の本態とその影響に関する研究等

3) 子宮内被ばくに関する研究

 放射線障害における子宮内被ばくの重要性は早くから認められ、現実に被ばく量制限のもっとも直接的な指標の一つとなっている。

 これは発生、または発育の障害として形態、または機能上に障害を示すものと、腫瘍の誘発とがある。従来の研究は、前者については、マウスにおける骨格異常、あるいは大脳神経細胞の発生、発育に及ぼす低線量の効果などを対象としたものが主であり、後者については、主として疫学的研究が行われてきた。今後の研究課題としては動物とヒトとの胎児組織の放射線感受性の比較(組織培養法による)、及び腫瘍誘発に関する実験的研究などが考えられる。

B 疫学的研究

 前述のように、放射線のヒトへの影響を直接評価することのできる唯一の方法は疫学的研究方法である。ただし、疫学的研究には統計的に有意と判定しうるに十分な大きさの被ばく者集団の存在が必要であり、とくに低線量の影響を明らかにするためには、さらに大きい集団の調査が必要となる。このためにはプライバシーの尊重等に関し、法規等の整備も今後の問題として検討する必要がある。

 研究対象としては、次のような被ばく者集団が考えられる。

1) 原爆被ばく調査

 原爆被ばく者については、米国の原爆傷害調査委員会(ABCC)と、わが国の国立予防衛生研究所(予研)が昭和25年に共同で基本集団を設定し、一定の方式に従って調査を続け、その結果、白血病の発生が受けた放射線量に比例して増加し、また、甲状腺ガン、その他若干の新生物が被ばく者に増加してきた事実が明らかにされた。この長期にわたる疫学的調査研究は世界的にも重要であり、特筆に値する。

 昭和50年4月より、上記ABCCは改組され、財団法人「放射線影響研究所」(放影研、RERF)となり、その運営は日米対等の立場で行われているが、従来からABCC−予研で実施されていた疫学調査は、日米双方の科学者が検討を加えて、より合理的、効果的な方法で継続されるべきである。

 被ばく者の記録の収集については、広島大学では昭和21年、35年及び40年に実施された被ばく者実態調査をもとにして被ばく者集団の記録を作り、これをデータバンクに蓄積しているほか、被ばく者の診療記録の整理、保管、その他の疫学的調査試料の収集、整理を行っている。また、長崎大学においても同様の作業を進めている。今後ともこれらの調査研究を進める必要がある。

2) 医療被ばく者を対象とする晩発障害の研究

 全国的にみて医療被ばく者の数は多く、ことにガン治療患者の長期生存例が増えつつあるので、診断用も含めて医療被ばくの登録制度ができれば、疫学的研究の好対象となるものと考えられる。

 放射線治療患者についての予後調査的な研究及び白血病などの悪性腫瘍患者についての既往調査的な研究などは、現在、文部省科学研究費などでごく小規模に行われているにすぎないが、この程度では不十分なので、大規模に計画的な調査を行うことが効果的である。

 また、特殊な対象として、戦時中の戦傷に対するトロトラスト診療患者があり、その概数は3,000〜4,000と推定され、すでに50〜80才に達し年々死亡等により減少しつつあるので、早急に登録センターなどを作り、投与者の健康管理を実施しつつ、その経過を観察し、研究する必要がある。

3) ヒトについての集団細胞遺伝学的研究

 放射線被ばく者に末梢リンパ球の染色体異常頻度が増加し、被ばく後、長年月にわたって保持されていることが認められているが、その変化と疫病との関係等、生物学的意義については未だ解明されていない。一方、染色体異常は生物学的線量推定には現在最も重要な指標である。

 以上の点から考えて、末梢リンパ球染色体異常の実態を、年令別、各種集団別にサンプルして、経年的変化について調査することは意義があり、実施することが望ましい。

2 遺伝的障害の定量的推定に関する研究

 放射線による遺伝的障害は、被ばくした個人のみの問題ではなく、それが遠い将来の子孫にまで及ぶという点で、国民全般の問題として受けとめなければならない。これが前述の身体的障害の場合と決定的に異なる点である。しかも、遺伝障害は、被ばく様式のいかんに係わらず、受けた全線量の影響が集積するものと考えなければならない点に十分注意しておく必要がある。

 遺伝的障害は遺伝子突然変異と染色体異常とに区分される。これらによって表現される遺伝的欠陥には、目立たない程度のものから致死的なものに至るまで、あらゆる程度のものがあり、軽度のものは多くの世代にわたって子孫にも引き継がれていくのに対し、重大な遺伝的欠陥を示すものは、その異常をもつ個体が早期に死亡することによって比較的早く集団のなかから失われる。放射線によって新たに加えられた遺伝的影響が長い世代にわたって、人間社会にどのような損失を与えるかは重要な問題であるが、その大きさを見積ることは極めて困難なことで、国際的にも未だ十分に信頼できる推定は行われていない。

 一方遺伝的障害のなかには、被ばく次代に、すぐ影響を現すようなものがある。優性遺伝子突然変異や染色体異常の大部分はもちろん、劣性遺伝子突然変化のなかにも次代に部分的にその影響を現すものがある。このようなものについては、遺伝的障害のおよその大きさを推定することが可能である。

 放射線によるヒトの突然変異率の大きさを推定するためには、晩発障害の場合と同様、実験的研究と疫学的研究の二つの手法が考えられる。実験的研究については、従来マウスを用いて研究が行われてきた。これは突然変異の研究には、極めて多数の実験個体を必要とするからである。すでに米国や英国においては、マウスについて放射線による突然変異発生に関し、ぼう大なデータが得られているが、それをいかにしてヒトに外挿するかという点になると、まだ問題は解決していない。また、得られたマウスの突然変異がヒトではどのような遺伝的欠陥に相当するかも明らかでない。さらに、従来マウスの遺伝子突然変異研究に用いられてきた方法を用いて低線量の問題に取組むとなると、数100万匹の個体数を必要とするものとみられる。従って、低線量域の問題に本格的に取組むためには、十分に感度がよく、障害の程度についても、ヒトに類推でき、しかもヒトへの外挿が可能な実験系を選ぶ必要がある。このような条件にかなうものとして、ヒトに近縁な霊長類を取り上げ、かつ、細胞単位で検出することが可能な染色体異常を指標に研究を進めることが、適当であるとの結論に到達した。

 しかし、この研究方法では遺伝子突然変異による影響の定量的推定については、何ら言及できないことをあらかじめ注意しておく必要がある。このためには、霊長類の研究とは別途に、必要な研究を進めるようにしなければならない。一方、疫学的研究は、被ばく者集団の大きさが十分にないと信頼できる数値を得ることは難しく、被ばく者集団の把握に困難があり、調査研究の成果を期待するには長い年月を必要とするなどの欠点があるが、ヒトに及ぼす影響を直接評価できるという点で極めて重要であり、この研究も実験的研究に合わせて推進する必要がある。

A 霊長類の染色体異常に関する実験的研究

1) 霊長類の染色体異常に関する比較遺伝学的研究

 近年、細胞学的技法によって、哺乳類はもちろんヒトについても末梢血中のリンパ球の染色体をたやすく観察できる方法が開発され、これを用いて放射線の影響の研究を進めることが可能になった。しかも、哺乳類の染色体は放射線に対して感度が高いので低線量の影響研究の材料としても好適である。問題は、これらの細胞は体細胞であって直接子孫には関係しない点である。遺伝的影響を調べるためには生殖細胞を対象としなければならない。ところが生殖細胞では、ヒトについての実験は不可能である。しかし、その場合でも、実験動物については細胞単位で染色体異常を検出することは可能であるので、同じ照射条件下で誘発される両種の細胞における染色体異常の比を知っておけば、ヒトのリンパ球の異常頻度を指標として、ヒトの生殖細胞に起る異常を推定することは可能である。

 このためには、実験動物として霊長類を用いることが適当と考えられる。理由は生殖細胞と体細胞の両者の研究が可能で、しかも、できるだけヒトに近い動物が望ましいという考えに基づいている。要するに、「ヒトに類似(Human analogue)」の霊長類を用い、マウスの生殖細胞、霊長類の体細胞と生殖細胞、ヒトの体細胞について厳密な比較を行なって信頼できるヒトへの外挿値を得ようということである。この際、対象とする染色体異常(遺伝的影響の立場からは相互転座がもっとも重要である。)の後代への伝達割合、障害発生の実態なども合わせて研究する必要がある。

 最近、放射線による染色体異常の誘発の動物種差に関する研究から、染色体異常の誘発頻度は染色体の有効腕数に比較するという仮説が提出されている。しかしわが国と英国、オランダの研究結果はこれに否定的である。また体細胞染色体異常については、ヒトとサルに有意差がないという予備的な結果がわが国で得られた。従って、染色体異常誘発に関する霊長類に関する研究を進める必要がある。また、さらに、放射線による染色体不分離の誘発の研究は染色体の異常による遺伝病のリスク推定上重要であり、今後適当な動物材料、進歩した技術を用いてこの問題の接近を試みる必要がある。

2) 染色体異常に関与する低線量域の効果に関する研究

 本研究の目的は、遺伝障害の研究において問題となる範囲の低線量域での、線量−効果関係を求めることにあり、しきい値の存在の有無が重要な点となる。本研究における重要な因子は線量と線量率の両者にあり、前者のためには実験の規模を十分大きくする必要があり、後者のためには長期の実験が必要となる。前項に述べた染色体異常を指標とした場合においても、これらのことを考慮しなければならない。本研究の実施に際しては、まず線量率を十分小さくして照射する実験から着手するのが適当であろう。

 低線量の研究を染色体異常を指標として行うには、統計的に意味のある精度の高い線量−効果関係を求めるために、染色分体切断など有効な指標の選択、及びこれと他の型の染色体異常との関係を研究する必要がある。また、この研究においても、生殖期間の長い霊長類を用い、よりヒトに類似した条件下での実験データを得る必要がある。

B 遺伝子突然変異率に関する実験手法の開発

 放射線による遺伝子突然変異の誘発に関する、線量−効果関係についての実験的研究には、「人に類似している。(Human anologue)」としてこれまでマウスが用いられ、英米においてはすでにぼう大なデータの蓄積がある。しかし、前にも述べたとおり、この方法ではヒトへの外挿が困難なほか、実験のために莫大な数のマウスを必要とする。今後、研究を推進していくためには、これらの欠点を除いた新しい実験系の開発が必要である。

 低線量放射線の遺伝的影響を研究するためには、高等動物での遺伝子突然変異率を検出する、より感度の高いモデルシステムを開発する必要がある。このために培養細胞などを用いる突然変異の検出の科学的基礎を固めること及びこれを用いたシステム開発の研究を一層強力に推進せねばならない。

 なお、本研究は生物種間における遺伝子突然変異率とゲノム(遺伝子を含む染色体からなる基本単位)当りのDNA量との間に、直線関係が成立するという仮説の当否の検定する意味においても具体的な重要性をもっている。

C ヒトにおける突然変異の有害度に関する研究

 ヒトにおける遺伝的影響の総合的評価のためには、放射線による突然変異誘発についての線量−効果関係の研究とともに、誘発された各種突然変異形質の有害度を明らかにする必要がある。このため、各種遺伝病の頻度、遺伝様式、適応度、生化学的変異型の臨床的意義などの研究を進めておく必要がある。この研究がないと、たとえ、マウスで得られた突然変異発生に関する詳細な線量−効果関係のデータをヒトに外挿する方法が完成したとしても、それを用いてヒトに起る障害の実態を推定することは難しい。

D 日本人集団の遺伝疫学的研究

 被ばく者集団はもちろん、非被ばく者集団についての遺伝疫学的研究及び日本人集団の遺伝構造の研究は、実験的研究とは別の角度から、放射線の遺伝的影響の定量的推定に必要な材料を提供するものとみられる。ことに、日本人の障害推定のために必要な資料は、日本人自らが働き出す以外、外国の研究に期待するわけにはいかない。

1) 非被ばく者集団の遺伝学的調査

 この研究は、将来、果して人間の遺伝的資質が環境の中に放出された放射性物質、化学物質等によって障害を受け、劣悪化されるかどうかを推定し、監視するうえで決定的重要性を持つものである。この研究では、適当な非被ばく者集団について体細胞の細胞遺伝学的調査を行い、その平常値を把握することはもちろん、各種遺伝性疫病の発生率、各種蛋白酵素の生化学的特性を支配する遺伝子の頻度、近親婚その他集団の遺伝構造のパラメータなどが主要な調査対象として考えられる。

2) 原爆被ばく者集団の遺伝疫学的研究

 現在広島、長崎において、放影研によってABCC時代から引き続き広汎な疫学的研究が行われている。

 ABCCは被ばく後の早い時期から流死産、新生児死亡、子供の性比などを指標として遺伝的障害を推定するための大規模な研究を行ったが、必ずしも明確な結論を得るには至らなかった。しかし、被ばく31年後の今なお、被ばく者の体細胞に染色体異常が認められる事実から染色体異常に着目すれば、放射線のヒトに及ぼす遺伝的影響についての手がかりを握むことができるかもしれないという考え方で、被ばく者子孫の染色体異常についての研究が進められている。

 また、生化学的遺伝調査についても予備調査を終って本格的調査を始める段階になっている。

 これらの研究は単に原爆の影響としてのみならず、低線量放射線の障害を評価する上で重要な手がかりを与えてくれることも考えられる。

 この分野の研究には多くの困難が伴うが、その問題の将来における重要性に鑑み、慎重な計画の下に研究を一層推進する必要がある。

E トリチウム、その他の放射性同位元素による突然変異の誘発効果に関する研究

 トリチウムなどの内部被ばくによる遺伝効果の研究を新たに推進することが重要である。このため動物、植物、水生動物、昆虫、微生物等を用いた突然変異及び染色体異常の研究、特に低線量率による突然変異発生効果の研究を推進させる必要があり、またこれに関連し重要な放射性同位元素の生物への吸着、生体内代謝についての研究も進める必要がある。

 以上の目的達成のため、従来行われた研究の強力な推進を図るとともに、とくに、このために必要な霊長類を含む哺乳動物の遺伝研究のための実験施設が不可欠であり、また、ラジオアイソトープ使用施設整備を進めることが重要である。また、これとともに、新しい研究システムの開発のために必要な基盤となる研究の助成並びに国際協力による情報交換の強化等、必要な措置を施すことが必要である。

3 内部被ばくによる影響の定量的推定に関する研究

 内部被ばくによる人体への障害の推定のための研究は外部被ばくによっては得ることのできない情報を得ることを目的としたものである。このような観点から内部被ばくの研究範囲は次の三つに区分できる。

@ 体内における放射性物質の挙動に関する研究(代謝研究)
A 体内における被ばく線量の評価に関する研究(線量の推定、評価研究)
B 内部被ばく放射線による生物学的効果に関する研究(影響研究)

 内部被ばくの研究を検討する場合、とくにプルトニウム等の超ウラン元素による内部被ばくの障害評価が大きな問題になっている。

 プルトニウムを中心とする代表核種の基準となる線量−効果関係については、米国がイヌについて過去25年以上の歳月と、莫大な費用をかけて求めたデータがある。

 従って内部被ばくの影響という点で、今後、わが国が研究の面で果たし得る国際的な役割は、直接低線量域での効果を求めることではなく、これらのデータをヒトに適用するため、イヌからヒトへ外挿するためのパラメータを求めることに重点をおくことが適当である。内部被ばくの影響は外部被ばくの場合に比べて動物差が著じるしく大きいので、イヌからヒトへの外挿は現在なお、非常に困難な状態にある。このため研究の手法としては、小動物から中型動物までの多種類動物の同時使用による研究(マルチスピーシズアプローチ)が実験動物の数や費用の点でもっとも効率的なもののひとつであると考えられる。わが国には現在、放医研に小規模のプルトニウムをとり扱える実験施設があるが、先進諸国のようにプルトニウムのような超ウラン元素を中型動物に投与して実験できる施設はない。

 現在、放医研では内部被ばく実験施設の設置が計画されているが、これは、将来わが国における本格的施設として、重要な位置を占めることになるであろう。

 日本原子力研究所(原研)におけるこの種の研究の現状は、線量単位の観点から眺めると、吸収エネルギー単位としての“ラド”までであり、生物学的要因を加味した線量評価の研究は含まれていないが、この点は今後、改善する必要がある。

 わが国の原子力の開発、研究において原研の果たし得る役割は大きく、内部被ばく研究のように放射線防護の実際面に究極の目的をおいた研究では、この傾向がとくに強い、現行の機能から判断すると放医研は制度上原子力発電所、核燃料関係事業所などの原子力施設との連絡が比較的困難である。内部被ばく研究の実をあげるには、放医研及び原研等との実質的連携をさらに密にする必要があると考えられる。

 内部被ばく研究のうち影響研究、とくに、哺乳動物の長期飼育を必要とする研究は、実質的には放医研の本格的内部被ばく実験施設の発足を待つほかないであろう。そのためには同計画を推進する必要がある。従って、この間は主に代謝研究と線量評価研究、及び本格的動物実験の準備段階としての主に小動物を用いた予備実験となる。

A 予備研究

 内部被ばく実験施設における本格的実験が開始されるまでに着手し、超ウラン元素以外の代表的種核について、ある程度の成果を得ておくことが不可欠である課題は次の諸点である。

1) 内部被ばく観点からの比較動物学的研究

 実験動物で得られた障害をヒトへ外挿するため、マウス、ラット、ウサギ、サル、リス等について重要な核種の代謝に関し、同一規準で比較検討するマルチスピーシズアプローチにより外挿の基準を求める。

2) 放射性エアロゾル吸入実験法の研究

 内部被ばくに特有の被ばく形式である吸入は、障害の研究にも、またキレート剤等による体内除染の研究にも必要である。近年の世界的なこの分野の技術的進歩に対応し、また中型動物にも適用しうる実験法を早急に確立する必要がある。

3) 放射性核種の臓器内分布とマイクロドジメトリー

 放射性核種の分布について、全身、臓器、臓器局所、細胞、と線量評価のレベルが移るにつれて、また、各種臓器間における線量の評価について、各レベルでの線量をどのように考えたらよいかについて検討する。

4) 放射性核種の内部被ばくにおけるRBE(生物学的効果比)に関する研究

 内部被ばくにおいては、外部被ばくではあまり問題とならない、アルファ線、ベータ線、自発中性子線などが重要な問題となる。しかし、これらの放射線の内部被ばくの場合のRBEに関しては不明の点が多いので、全身から細胞までの各レベルでの線質効果の検討が必要である。

5) 骨中における放射性核種の分布と挙動

 とくにアルファ、ベータ両核種について骨沈着の分布の微細構造の解明が、骨細胞、骨髄の両者への照射の効果を定量的に明らかにするうえで重要であり、ヒトと実験動物の影響の差について考える重要な基礎となる。

6) 内部被ばくの線量評価上のパラメータについての調査研究

 現在のICRP(国際放射線防護委員会)のデータは必ずしも満足すべきものではないので、常時、最新の生物学的パラメータ(fa:経気直により関連臓器に達する割合、fw:同じく経口によるもの、Tb:生物学的半減期)などを広く調査、検討し、必要に応じて直ちに利用できるよう整理し、一部については実験を行い、パラメータを求める。

B 関連研究

 なお、上述の課題とともに次の課題も早期に着手し、推進する必要がある。

1) 職人業の内部被ばく事故対策

 内部被ばくの場合は外部被ばくの場合と異なり、治療的に体内の放射性核種をキレート剤(DTPA等)等の薬物で追出することができるので、この作用機序の解明と、さらに最近、明らかになったキレート剤そのものの催奇形性などの毒性をあきらかにする必要がある。

2) 超ウラン元素を含む動物廃棄物の処理処分

 とくに、超ウラン元素を用いた本格的動物実験の開始までに、現在、全くといってよいほど対策が考えられていないこの分野について、基礎的検討が必要である。

C 本格的研究

 ついで、本格的内部被ばく実験施設が完成してのち、本格的に実施すべきであると考えられる課題としては次のようなものがあげられる。

1) 放射性核種の臓器内分布の比較に関する研究

 重要臓器内の線量分布が動物によってどのように異なり、それがヒトへの外挿上どのような意味を持つかについて研究する。

2) 内部被ばく影響のヒトへの外挿に関する研究

 内部被ばく影響の発現の時間的要因の動物差及び、同効果を生じるために要する蓄積線量の動物差を比較し、ヒトへの外挿法について研究を実施する。

3) 内部被ばく影響の特殊性に関する研究

 重要核種による内部被ばくが、外部被ばくの場合とどのように異なるかを、従来検討されていない新しい指標について検討する。たとえば、免疫機能への影響が核種の沈着パターン、LETとどのような関係があるかなどである。

4) 内部被ばくの修飾因子に関する研究

 線量−効果関係を修飾する化合物の形態、投与法、年令、性別等の各種の修飾因子について検討する。

 一方、内部被ばく研究としての疫学調査と、現在、核医学診療の目的で、患者として、ラジオアイソトープを投与された者が数多くおり、その数は今後も増加する。これらの被投与者は内部被ばくに関する人間集団としては重要であるので、その疫学調査の計画及び実施方法について検討する必要がある。

 以上の研究は放医研を中核として原研、大学等においても実施されることが期待される。また、情報交換等の国際協力も不可欠の要因となる。

4 低線量域における基礎的研究

 低線量域における線量−効果の関係を明確にするためには、ヒトを対象として進めるべき(1)〜(3)の研究課題のほかに、その底辺をなす基礎的研究を同時に推進する必要がある。ことに、低線量率効果や放射線障害の回復機構の研究をヒトにとらわれることなく、基本原理の解明を指向して進めることが大切である。

 これらの研究は主として大学等において自主的に計画実施していくことが望ましいが、低線量域の問題は、たとえ適当な実験生物を材料に選んだ場合でも、研究規模をかなり大きくする必要があり、かつ、長期間、辛棒強く取組んでいかないと解決困難なものが多い。この意味で、課題によっては相当長期にわたるプロジェクト研究として強力に推進を図る必要がある。

 さし当たり実施すべき課題としては、次のものが考えられる。

1) 培養細胞における突然変異とガン化に関する研究

 動物個体やヒトにおける突然変異やガン化の研究は大きな困難をもっているので、試験管で培養した細胞に生じる突然変異やガン化を研究し、放射線のヒトへの影響の推定に役立てる基礎手法を開発する。

2) 動物個体の体細胞における突然変異と染色体異常に関する研究

 被ばくした動物個体の一般的細胞について、体細胞突然変異と染色体異常の生成とその消長、動態を研究する。

3) 高等動物における突然変異及び染色体の感受性に関する研究

 放射線感受性が高いムラサキツユクサ等にみられる突然変異や、染色体異常の放射線との関連性について研究を行う。

4) 昆虫及び微生物における突然変異に関する研究

 わが国でこれまでよく研究されているこの分野は、低線量問題を指向して、さらに発展されるべきである。

5) DNA修復と突然変異の分子機構に関する研究

 単なる線量−効果関係についての実験データの蓄積のみでは、低線量のヒトへの影響の科学的推定の信頼性は得られない。目標としては、作用機構の解明が必要であるが、とりあえず、現在若干の手がかりが得られている放射線並びに類似作用物質によるDNA障害の修復と突然変異誘発の分子機構の研究を推進する。

6) 動物胎児培養系における催奇形性に関する研究

 動物の胎児を培養し、発育させ、それを用いて放射線や類似物質による催奇形性を研究する。

7) 内部被ばく影響を支配する要因に関する研究

 臓器内の線量分布測定のための定量的オートラジオグラフィや、高LET粒子線(アルファ、自発中性子、自発核分裂生成核)のRBEについて培養細胞による検討が必要であり、さらに内部被ばく影響の指標としての免疫機能、染色体異常についても新しい角度からの基礎的検討が要求されよう。また、元素変換に関しても障害評価上の意義を明らかにする意味で、基礎的研究を推進する必要がある。

8) モデル動物に関する研究

 低線量放射線の影響研究に適すると考えられる霊長類及びそれ以外のモデル動物をいくつか選定し、その繁殖、飼育技術及び適性について比較研究する。

9) 染色体分析技術の開発

 ヒトを含めた実験生物の多数の染色体試料を迅速に観察する技術の確立を図る。

X 低線量放射線の水産生物への影響に関する研究の問題点と研究課題

 低線量放射線が、直接、ヒトにどのような障害を及ぼすかを明らかにする必要がある一方、環境問題の一環として原子力施設から排出される低レベルの放射性廃液が水産生物、さらには環境全体にどのような影響を及ぼすのかを明らかにしておく必要が近年高まっている。

 これまでに行われた淡水及び海産の生物における放射線の影響に関する研究の成果として、水産生物の生殖細胞及び初期胚の中に、極めて放射線感受性の高いものがあること、水産生物の種により放射線の感受性に大きな差がみられること、及びある種の生物に対する影響が生態学的にみて他の環境に変化を与える可能性があることなどがあげられる。しかし、これらの研究は小規模かつ断片的であり、実験手法が必ずしも斉一でないなどのため、満足すべき知見が得られているとはいいがたい。

 従って、次の事項についていくつかの研究機関の協力によって計画的、かつ組織的に調査研究を進める必要がある。

(1) 施設周辺の生物相の変遷に関する研究

 原子炉またはその周辺の地域について、その近傍における各種生物(代表的プランクトン、底棲生物等)の分布の現況を記録しておき、さらにこれらの生物相の経時的変化を明らかにする。

(2) 放射性核種の有用魚介類に対する影響に関する研究

 代表的で移動性の少ない魚類(たとえば、カレイ、ヒラメ、タイ等水産上価値の高いもの)や甲殻類の生殖及び発生に対し、主な放射性核種の影響を実験的に明らかにする。

(3) 低線量放射線の水産生物に対する影響に関する基礎的研究

 より基礎的にウニ、ホヤ、浮遊性及び定着性の甲殻類、藻類、魚類等の代表種を選び、配偶子形成及び初期胚発生に対する3H、90Srその他の重要核種の影響を定量的に明らかにする。

Y 今後の推進方策

 放射線の影響研究については、高線量による急性及び晩発障害に関する知見はかなり蓄積されているが、低線量による影響に関する研究については、哺乳類はもとより、実験小生物に関する基本的データでさえ満足とはいいがたい。

 原子力施設から環境中に排出される放射性物質に由来する低線量域の放射線が、長期的にみてヒトにいかなる影響を与えるのか、人口が稠密であるわが国では、とくにこの問題に真剣かつ、緊急に取組む必要がある。

 このためには、大規模な施設と多くの研究者の長期間にわたる地味な努力を要するが、問題の重要、かつ、緊急性にかんがみ、国は次の点に関し、特別の考慮をはらう必要がある。

1) 晩発障害、遺伝障害、内部被ばくによる影響等とくに緊急、かつ、応用的な研究については国立試験研究機関を中心とし、基礎研究等については大学を中心として組織的、総合的、重点的に実施することが望ましい。また、疫学的研究についても国家的見地から推進していく必要がある。

2) 本分野の関係研究者が極めて少ない現状にかんがみ、人材の養成にはとくに意を払う必要がある。なかでも、内部被ばくに関する線量評価の研究は経験が少なく、専門家も極めて少ない。また、内部被ばくでとくに問題となる超ウラン元素に関しても同様の事情にある。これら専門領域の専門家を育成するためにも有能な若い研究者を研修、または研究のために海外に派遣する等、特段の考慮を払う必要がある。また、低線量放射線の生物効果に関する情報を収集し、検討するための組織の確立を図る必要がある。

3) 放射線の影響研究には多くの設備を必要とするが、とくに本分野の中核である放医研の晩発障害研究棟は当初の計画より遅延している。また、遺伝及び内部被ばくに関する本格的実験施設も計画中であるが、これらの早期の完成と実現が強く望まれる。

4) 昭和51年度に放射線影響研究の共同利用施設として京都大学に、「放射線生物研究センター」が設置されることとなったが、放射線の影響研究で基礎的分野は今後とも、大学に大きく期待されるので、国としても施設の充実に積極的に取くむ必要がある。

5) 本研究を推進するにあたっては大量の実験動物の飼育、観察が必要である。このため、実験動物の供給体制等を含め、研究に必要な施設の整備をはかる必要がある。

6) 低線量放射線のヒトへの被ばくについては、わが国のみならず、世界的な問題であるので、研究課題によっては、国際協力を推進することにより解決を図るのが効果的である。このため、各国との間に研究協力の取りきめ等を締結し、積極的に情報の交換を図ることが望ましい。

Z 研究年次計画


第2部 被ばく線量評価研究

  は じ め に

 原子力開発利用に伴う環境放射能に関して「As Low As Practicable」の原則の取入れ方、及び環境放射線モニタリングのあり方については、先の環境・安全専門部会の環境放射能分科会において取りまとめられたが、環境放射能に係る研究開発のあり方については、検討事項も広汎にわたるため、取りまとめるにはいたらず、原子力委員会において適切な場を設け、引き続き、検討することが要望されていた。当専門部会においては、このような経緯を踏まえて、所要の研究開発を環境放射線(能)に起因する被ばく線量の推定評価に必要な調査研究(以下、被ばく線量評価研究という)としてとらえ、昭和52年度から5カ年間に実施すべき調査研究課題を挙げ、成果の得られる時期等を考慮した年次計画、今後の推進方策等について取りまとめた。なお、ここでは、放射性廃棄物の処分に伴う環境放射能及び医療用放射線については、検討対象から除外した。

T 被ばく線量評価研究の考え方

 原子力施設の設置、運転にあたっては、通常、(1)設計及び運転管理の事前評価、及び、(2)運転に伴う放射能監視(環境モニタリング)、の各段階において、原子力施設周辺の被ばく線量が法令に定められた、「許容被ばく線量」を超えていないことを確認し、また、発電用軽水炉施設に対するALAP(As Low As Practicable)の努力目標を定量的に表わすために定められた、「線量目標値」に対応した被ばく線量を推定評価することにより、施設の安全性が判断されている。

 被ばく線量評価においては、放射性物質の放出量、環境中での移行、蓄積傾向などについて、現在における知識と経験をもとに現実的観点にたって定められた計算モデルとパラメーターが用いられている。しかしながら、これらのモデル、パラメーターは永久不変のものではなく、今後の経験の蓄積と新たな情報を得ることにより、常時、見直す努力が必要であり、このための調査研究を、なお一層、強力に推進することが必要である。

 さらに、わが国においては、特に環境放射能に対する国民の関心が高いことにかんがみ、原子力施設に起因する環境放射能に加え、自然放射線、フォールアウト等からの被ばく線量をも推定評価し、これら全てについて、広域的、長期的観点から総合的な評価結果を取りまとめることにより、正しい国民的理解を得、原子力開発利用の円滑な推進を図る必要がある。

U 研究計画策定の手順

 被ばく線量評価研究の年次計画の策定にあたっては、必要な研究課題の見落しを防ぎ、総合的計画的な研究計画とするため、以下の手順で行った。

(1) 前章の研究の考え方により、被ばく線量評価研究の当面の成果の目標を
 @ 原子力施設周辺の被ばく線量推定評価法の整備
 A 集団被ばく線量推定評価法の確立
 B 環境モニタリングシステムの整備
 においた。

(2) 研究の対象を明らかにするため、現在考えられている被ばく線量評価の要件を挙げ、各要件の関連を図−1のように分類した。

(3) 上記成果目標の研究対象として図−1に示すように人間、線源、環境、情報解析を主要因として、それぞれについて関連する事項を網羅的に列挙した。

(4) 列挙した事項について、諸外国を含めた情報知見の現状を調べ、被ばく線量評価の方法をさらに充実させるために必要な事項を摘出し、これを研究課題として策定した。

(5) 研究課題別に前記成果の目標を考慮して、期待される成果、研究実施体制の現状、その成果の得られるべき時期なども考えて緩急順序をつけ、当面、昭和52年度から5カ年間に行うべき研究課題を年次計画として整理した。

図−1 被ばく線量推定評価の条件

V 今後実施すべき調査研究課題
(1) 概  要

 原子力施設周辺の被ばく線量評価を行うには、放出放射能の種類と量、放出モード、大気拡散(注)に関する事項を把握するのみならず、その沈着と挙動、また陸上食品、海産食品等に含まれる放射能、さらには住民の生活行動様式及び人体特性に関する事項の把握も必要となる。

 また、昭和50年5月、原子力委員会が発電用軽水炉に対して定めた線量目標は、極めて低いレベルであり、被ばく線量評価には、新らしい技術の開発が必要とされる。すなわち評価技術に関していえば、環境からの被ばくをもたらす経路のモデル並びにパラメータについて、より現実的で信頼性の高いものを確立することが必要であり、このためには、たとえばモデル実験の実施、できれば、野外実験場等、現実環境をできるだけ再現しうる研究方法も必要となろう。

 また、放出情報源からの被ばく計算モデルによる線量評価ばかりでなく、実際の環境モニタリングデータから被ばく線量を求めることは計算によるものとの比較、及びその検証という意味からも重要である。

 全国民的レベルについてのモニタリングは、国民の被ばく線量を推定する直接の基礎がモニタリングに置かれている以上、平常時、異常時、あるいは、放射線源の種類を問わず、サンプリング方式、低線量放射線の測定法、放射性核種の分析、測定法、これらの方法の基準化等を含め、全国的に統一されたシステムの確立が必要とされる。

 放射線被ばくによるリスクは放射線の発生源のいかんに係わらず、あるいはまた、放射線利用に伴う利益の種類いかんに係わらず、被ばく線量に基づいて同一の方法で評価することができる。従って、リスクとさまざまな利益との間のバランスを全体的に評価するためには、被ばくをもたらす発生源の種類、すなわち、自然放射線、フォールアウト、RI利用、電子力施設に由来する放射線等のそれぞれにつき、国民ないしは地域住民レベルの被ばく線量を正しく推定する方策を検討し、早急に必要な調査研究を実施する必要がある。

 以上のように、被ばく線量評価研究の対象は広範多岐にわたるので、次項以下、各研究課題の概要を記述するにあたり、日本人の特性に関するものとして、1.日本人の人体特性に関する調査研究、2.日本人の生活行動様式に関する調査研究、に分類し、ついで原子力施設周辺の被ばく線量評価に関するものとして、3.原子力施設に起因する放射線の挙動に関する調査研究、4.原子力施設から放出される放射性核種の挙動に関する調査研究、に分類し、広域的、長期的観点からの集団被ばく線量推定評価に関するものとして、5.環境放射線の線質に関する調査研究、6.環境放射能の分布と挙動に関する調査研究、に分類し、さらにモニタリングに関するものとして、7.平常時のモニタリング技術に関する調査研究、8.異常放出時のモニタリングに関する調査研究、9.モニタリングシステムの整備強化に関する調査研究、に分類することとする。

(注) 大気拡散に関する気象解析についての研究計画については、先に原子炉施設等安全研究専門部会の定めた年次計画があり、当分科会では検討の対象から除外した。

(2) 被ばく線量評価研究年次計画

 被ばく線量評価について、昭和52年度から5カ年間に実施すべき調査研究計画を、第Y章の年次計画表にまとめた。

 以下に各調査研究課題の内容について述べる。

1. 日本人の人体特性に関する調査研究

 内部被ばくによる線量を推定する際に必要な生物学的情報として、決定臓器の質量と有効半径及び元素濃度の臓器内での放射能の空間分布、経時変化、経口摂取における吸収率などについて研究する。これらのパラメータのなかには、ICRPの標準人に関するデータを、日本人に適用しても大きな誤差を生じないと思われるものもあるが、日本人の生活慣習との違いから誤差が無視できないものもあり、また、ICRPのデータ自身の不確かなもの、未知のものがある。

 これら未知あるいは不確実なパラメータについて、日本人の対象とするデータの取得が必要であるが、人体実験、あるいは人体試料の入手の困難さ、研究者層の薄さからして、既存資料の活用を図りつつ研究方法の開発を行うものとする。なお、これと平行して安定同位体を指標とした研究も行う。

2. 日本人の生活行動様式に関する調査研究

 外部被ばく線量の推定には住居、職場、野外環境における各種放射線源との係わりあいのパターンを知ること、また内部被ばくについては飲食物の構成、国産輸入の状況、乳児については母乳、人工栄養の別等を知るための調査研究を行う。

 全国的に見て、この種の情報は、外部被ばくに関するものは、従来ほとんどなく、食習慣については関連の調査(国民栄養調査など)から得られた情報を入手し活用する方策がたてられなければならない。

 原子力施設周辺についても、決定経路や決定住民などを知る上で、食品生産、流通、消費の構造並びに住民の日常行動の様式の実態を把握するための調査方法を確立するものとする。

3. 原子力施設に起因する、放射線の挙動に関する調査研究

 放射線はその種類及びエネルギーにおいて複雑な組成をもつばかりでなく、発生源から人に達する間に衝突、散乱をくり返して、そのエネルギー及び方向を変える。このため、被ばく評価のパラメータとして家屋、身体組織によるしゃへい能について調査を行う。

 また、ベータ線外部被ばく線量の評価方式及びスカイシャイン(原子力施設からの直達放射線)の評価方法の確立を図るための調査研究を行う。

 さらに、線量目標値のような低い線量を測定するには、気象条件や地形の変化によるバックグランド放射線の変化を無視することができないため、空間線量の短期的、地域的変動についての調査研究を行う。

4. 原子力施設から放出される放射性核種の挙動に関する調査研究

 発電用軽水炉、再処理工場、核燃料工場等から放出される放射性核種による被ばく線量評価に用いられるモデルについて、131I、3H、などの物理化学形態とその変化や大気中における拡散、植物への沈着メカニズム、長半減期核種の陸上並びに海洋生態系における移行と蓄積のモデル化、海水中での拡散、沈着の実用的定式化などを図る。

 また、この種のモデル化に際して安定同位体の分布と挙動を加えることが有効となる場合もあり、さらに情報がほとんど知られていない超ウラン元素についての調査研究を実施する。

 環境条件の多様さから、これをできるだけシミュレートする実験施設を用いることがモデル化への近道となるので、この種の環境模擬実験施設等の設置が望まれる。

5. 環境放射線の特性に関する調査研究

 3にも述べたごとく、環境放射線はその種類及びエネルギーにおいて複雑な組成を持つばかりでなく、発生源から人に達するあいだに衝突、散乱をくりかえして、そのエネルギー及び方向を変える。その様相は、ガンマ線については、最近、比較的よくわかってきたが、ベータ線および宇宙線中性子についての情報は極めて少ない。ガンマ線についても現実的な被ばく評価に必要な建築材料に含まれる放射性物質の家屋及び身体組織のしゃへい能に関する調査研究を行う。

6. 環境放射能の分布と挙動に関する調査研究

 核実験を対象としての全国的放射能調査によるデータは、ぼう大な量に達しているが、現在では自然放射能と核実験による放射能を加えたものが、原子力平和利用によるものに対する、いわゆるバックグラウンドとしての意味を持ち、ときには原子力施設から放出される核種と同一のものについて、弁別する必要性も生じている。

 これら既存のデータから被ばく線量推定や将来予測を行うための計算プログラムの作製や、長半減期、とくに超ウラン元素を含む放射性核種についての環境における拡散・沈着及び分布、挙動を知ることとし、これらの核種の安定同位体の地球化学的研究により、将来予測に資するための調査研究を行う。さらに、畜産動物や農産物による移行モデルの確立に関する調査研究を行う。

7. 平常時のモニタリング技術に関する調査研究

 現在、軽水炉及びフォールアウトを対象としたモニタリングの指針について、今後の課題としては、低く設定された線量目標値との関連において低レベルの測定法、測定機器の開発、さらにはそれらの基準化が必要である。このためにはバックグラウンド放射線の影響を排除した場が必要である。また、施設由来の放射線(能)とバックグラウンド放射線(能)との弁別法について研究を行う。

 種々の核種の分析・測定法は一応多くのものについてあるが、モニタリングのための方法の開発と基準化が必要で、とくに超ウラン元素等については開発が急がれる。

 また、モニタリング結果からの被ばく線量推定方法を確立することも望まれる。

8. 異常放出時のモニタリングに関する調査研究

 異常時モニタリングでもっとも重要なのは迅速性であり、技術を含めた行動指針が十分に検討されていることが必要である。このためモニタリング対象域としての影響範囲の推定、迅速な線量評価(計算コード)、ガンマ線サーベイ法、核種迅速分析法及びサンプリング方法について、所要の調査研究を行う。

9. モニタリングシステムの整備・強化に関する調査研究

 国民全般及び原子力施設周辺住民の平常時および異常時における被ばく線量を、評価するために必要とされる、人及び環境に関する各種情報を系統的に収集、評価するシステムの確立が目標となる。このため、自然放射線(能)、フォールアウト、原子力施設に起因する放射線(能)のそれぞれについて、線量推定の方法から始まって、サンプリング網、サンプリング方法、分析測定法などにつき、最適方法の確立と基準化を図り、さらに得られたデータの集中管理について検討する。このため、総合システムとしての体制について、その機構整備が急がれるので、微弱放射線(能)標準や、サンプリング方法の確立など個々の部分についての調査研究を行う。

W 今後の推進方策

 被ばく線量評価研究は、今後、本報告書の研究計画に従って、放射線医学総合研究所をはじめとして、その他の国立試験研究機関、並びに日本原子力研究所等において、有機的分担関係の下で、目的指向的に一層強力に推進する必要がある。また、さらに大学等における基礎研究、地方自治体における地域的特色を活かした調査研究等の積極的な推進が期待される。

 これらの調査研究を推進するにあたっては、その範囲が広範、多岐にわたるものであるため、それぞれが長期的見通しの上で全体として「被ばく線量評価」という目標に向い、有効に推進されるようそれぞれの合理的な分担関係を確立し、位置づけを明らかにする必要がある。また、それぞれの研究者レベルのみならず、行政段階においても密接な連携を保ちつつ、さらに国内のみならず、国際的に連携も含めた、総合的な推進が図られるよう留意するとともに、必要な予算の確保を図ることが必要である。

 また、この研究分野は、既成学問体系間の境界領域に属する分野が多いため、従来から研究者層が薄く、研究推進上のひとつの隘路となっているので、この分野の人材育成問題をはじめとして、研究者が積極的に研究に参加できるような体制が作られるよう関連研究施設の充実等を含めて行政上特別の配慮が望まれる。

 なお、本調査研究の推進と相まって、環境放射線(能)モニタリングシステムの確立、モニタリング手法、分析マニュアル等の整備、環境モニタリングデータ等の収集、解析体制の整備を行う等、被ばく線量を的確、迅速に推定、評価するための総合的システムの確立を図り、環境放射線(能)に対する正しい国民的理解を得る努力をすることが必要である。


X 被ばく線量評価研究年次計画



委員等名簿及び会議開催経過

1. 環境放射能安全研究専門部会

(イ) 専門委員名簿(50音順)
青木 敏男 関西電力褐レ問
石原 豊秀 日本原子力研究所安全管理室長
江上 信雄 東京大学教授
(部会長)江藤 秀雄 日本原子力研究所理事
桂山 幸典 京都大学教授
熊取 敏之 放射線医学総合研究所障害臨床研究部長
小池 亮治 茨城県公害技術センター放射能部長
小泉 明 東京大学教授
近藤 宗平 大阪大学教授
阪上 正信 金沢大学教授(51年3月より)
澤田 徹 文部省学術国際局審議官(51年7月より)
菅原 努 京都大学教授
滝沢 行雄 秋田大学教授
竹内 清秀 気象庁総務部企画課長
田島弥太郎 国立遺伝学研究所長
寺西 英三 電子技術総合研究所量子技術部長
中井 斌 放射線医学総合研究所遺伝研究部長
長岡 昌 NHK解説委員
浜田 達二 理化学研究所主任研究員
松岡 理 放射線医学総合研究所障害基礎研究部第4研究室長
望月 勉 (財)日本分析センター理事
山県 登 国立公衆衛生院放射線衛生部長
山中 和 厚生省科学技術審議官
山本 荘毅 東京教育大学教授
横路謙次郎 広島大学教授(原爆放射能医学研究所)
横山 長之 通商産業省公害資源研究所公害第一部第一課長
吉沢 康雄 東京大学教授
渡辺 博信 放射線医学総合研究所那珂湊支所長
(旧専門委員)
犬丸 直 前文部省学術国際局審議官(51年6月まで)
佐伯 誠道 前放射線医学総合研究所海洋放射生態学研究部長

 (50年11月まで)

(ロ) 開 催 日
     第1回 昭和50年9月11日(木)
     第2回 昭和51年8月11日(水)

2. 総合分科会

(イ) 構成員

犬丸 直 (51年6月まで)
(主査) 江藤 秀雄

桂山 幸典

小泉 明

近藤 宗平

佐伯 誠道

澤田 徹 (51年7月から)

滝沢 行雄

田島弥太郎

長岡 昌

山県 登

山中 和

吉沢 康雄

渡辺 博信

(ロ) 開催日
     第1回 昭和51年2月12日(木)
     第2回 昭和51年7月8日(木)

3. 影響分科会

(イ) 構成員

江上 信雄

熊取 敏之

小泉 明

近藤 宗平

菅原 努
(主査) 田島弥太郎

中井 斌

松岡 理

横路謙次郎

吉沢 康雄

江藤 秀雄

(ロ) 開催日
     第1回 昭和50年10月9日(木)
     第2回 昭和50年11月7日(金)
     第3回 昭和50年12月15日(月)
     第4回 昭和51年2月28日(土)
     第5回 昭和51年4月17日(土)
     第6回 昭和51年5月17日(月)
     第7回 昭和51年6月10日(木)

3.1. 発ガンワーキンググループ

(イ) 構成員
(リーダー)横路謙次郎

熊取 敏之

小泉 明

菅原 努

寺島東洋三 放射線医学総合研究所科学研究官

(ロ) 開催日
     第1回 昭和51年1月13日(火)
     第2回 昭和51年2月26日(木)

3.2. 遺伝ワーキンググループ

(イ) 構成員
(リーダー)江上 信雄

田島弥太郎

中井 斌

近藤 宗平

外村 晶 東京医科歯科大学教授

山口 彦之 東京大学教授

(ロ) 開催日
     第1回 昭和51年1月8日(木)
     第2回 昭和51年2月16日(金)

3.3. 内部被ばくワーキンググループ

(イ) 構成員
(リーダー)吉沢 康雄

江上 信雄

松岡 理

織田 暢夫 東京工業大学教授

藤田 稔 日本原子力研究所保健物理安全管理部保健物理研究室長

(ロ) 開催日
     第1回 昭和51年1月19日(月)
     第2回 昭和51年2月5日(木)
     第3回 昭和51年3月2日(火)
     第4回 昭和51年4月8日(木)
     第5回 昭和51年4月26日(月)

4. 環境分科会

(イ) 構成員

青木 敏男

石原 豊秀

江藤 秀雄

桂山 幸典

小池 亮治

佐伯 誠道 (※1)

滝沢 行雄

竹内 清秀

寺西 英三

浜田 達二

望月 勉
(主査)山県 登

山本 荘毅

横山 長之

阪上 正信 (※2)

渡辺 博信

(注)(※1)第1回まで

   (※2)第3回より

(ロ) 開催日
     第1回 昭和50年10月2日(木)
     第2回 昭和51年1月27日(火)
     第3回 昭和51年3月16日(火)
     第4回 昭和51年4月16日(金)

4.1. アドホックグループ

(イ) 構成員
(リーダー)山県 登

浜田 達二

阿部 史郎 (※1)放射線医学総合研究所環境衛生研究部第1研究室長

今井 和彦 (※2)日本原子力研究所保健物理安全管理部環境放射能課長

笠井 篤 日本原子力研究所保健物理安全管理部環境放射能課


 副主任研究員

清水 誠 東京大学農学部水産学科助教授

小柳 卓 (※3)放射線医学総合研究所那珂湊支所


 海洋放射生態学研究部第2研究室長

杉村 行勇 (※3)気象研究所地球化学研究部第2研究室主任研究官

岩島 清 (※3)国立公衆衛生院放射線衛生学部放射線衛生第1室長

木下 睦 (※3)動力炉・核燃料開発事業団東海事業所安全管理部


 環境安全課長


(注)(※1)第2回より


   (※2)第4回より


   (※3)第3回より

(ロ) 開催日
     第1回 昭和50年12月19日(金)
     第2回 昭和51年2月10日(火)
     第3回 昭和51年3月5日(金)
     第4回 昭和51年3月26日(金)
     第5回 昭和51年4月9日(金)

4.2. ワーキンググループ

(イ) 構成員
(リーダー)山県 登

浜田 達二

石原 豊秀

阿部 史朗

今井 和彦

岩島 清

大桃洋一郎 放射線医学総合研究所環境放射生態学研究部第2研究室長

笠井 篤

加藤 朗 電子技術総合研究所量子技術部放射線研究室主任研究官

金田 久 中部電力(株)浜岡発電所放射能管理課長

清水 誠

杉村 行勇

藤田 稔

田中義一郎 放射線医学総合研究所那珂湊支所環境放射生態学研究部


 第3研究室長

小林 宏信 農業技術研究所化学部アイソトープ研究室長

小柳 卓

壇原 宏 畜産試験場生理部第3研究室長

木下 睦

(ロ) 開催日
     第1回 昭和50年10月31日(金)
     第2回 昭和50年12月12日(金)
     第3回 昭和50年12月26日(金)
     第4回 昭和51年1月21日(水)
     第5回 昭和51年2月27日(金)
     第6回 昭和51年4月1日(木)

4.3. 第1サブワーキンググループ

(イ) 構成員
(リーダー)山県 登

大桃洋一郎

田中義一郎

藤田 稔

(ロ) 開催日
     第1回 昭和51年1月13日(火)

4.4. 第2サブワーキンググループ

(イ) 構成員
(リーダー)浜田 達二

今井 和彦

笠井 篤

加藤 朗

阿部 史朗

(ロ) 開催日
     第1回 昭和51年1月7日(水)
     第2回 昭和51年2月3日(火)

4.5. 第3サブワーキンググループ

(イ) 構成員
(リーダー)清水 誠

岩島 清

金田 久

杉村 行勇

笠井 篤

小林 宏信

壇原 宏

(ロ) 開催日
     第1回 昭和51年1月21日(水)

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