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原子力行政体制の改革、強化に関する意見


昭和51年7月30日
原子力行政懇談会

内閣総理大臣
  三木武夫 殿
原子力行政懇談会
座長 有沢広巳
委員 青木賢一
石原周夫
円城寺次郎
大木穆彦
木村守江
田島英三
林 修三
伏見康治
松根宗一
向坊 隆
矢部知恵夫
山県昌夫

 われわれ原子力行政懇談会の13人の委員は、昨年3月18日以降、原子力行政のあり方に関し審議を重ね、昨年12月29日、中間とりまとめとして意見を提出しました。

 その後、同中間とりまとめにおいて審議未了としていた事項について引き続き審議を重ねてきましたが、以下のとおり中間とりまとめの内容も含めて最終意見としてとりまとめましたので提出します。

 政府におかれては、これらの意見を十分反映して原子力行政の改革、強化に取り組まれるよう要望します。


原子力行政体制の改革、強化に関する意見

 Ⅰ はじめに

 昭和48年、石油危機の到来によって、日本経済は強い衝撃を受けた。国民の福祉と経済の発展を期するために必要なエネルギー資源の乏しさがあらためて認識され、石油代替エネルギー開発の急務が叫ばれている。かくて、石油代替エネルギーとしてもっとも現実性の高い原子力がますます脚光をあびるに至った。

 このようにして原子力への期待が高まる一方、去る49年には、日本分析化学研究所問題にはじまり、原子力発電所の故障の続出、原子力委員の辞任など、種々の問題が発生し、それは原子力船「むつ」の漂泊によって頂点に達した。この結果、原子力行政全般に対する国民の不信感が高まって、いまだに原子力政策を軌道に乗せられないでいるのは、単に「不幸」というだけでは済まされない重大な問題である。

 このような事態を招来したことは、これら個々の問題の底流に、社会の変化に対応し得なかった原子力行政の硬直さがあったということを銘記すべきで、原子力政策及び行政の関係者は、まず自から顧みて深く反省すべきである。

 いまや原子力発電を中心とする原子力の開発利用の推進は世界の大勢であり、わが国よりもエネルギー資源に恵まれている諸国でさえ、大規模な原子力開発計画をスタートさせつつある。そもそもエネルギー問題はわが国の命運にかかわる重大問題であって、国は責任をもって明確なるエネルギー計画を策定し、その推進を図るべきであり、特に原子力については、その計画の中において位置づけを明確にしてその必要性を国民に訴え、国民的合意の下に推進することが必要である。わが国にして、今後も徒らに時を空しくし、原子力政策の確立を怠るならば、後世の国民に対する責任が厳しく問われなければならないであろう。

 本懇談会は、このような情勢を背景として、内閣総理大臣の私的懇談会として、昨年3月に第1回会合が開催され、爾来34回の審議を重ねてきた。原子力行政は複雑かつ広範にわたるが、原子力行政体制の基本的部分の改革について、われわれは以下のとおり意見を提出する。政府におかれては、この意見は部分的にではなく完全に実施し、原子力行政体制の再確立を遅くとも昭和52年度から進められるよう要望するものである。

 その際、原子力委員会及び原子力安全委員会(新設、後述)については、行政的な実務にわずらわされず、基本的な施策について運営が行われるよう配慮すべきである。


 Ⅱ 原子力行政体制の改革、強化に関する意見

 原子力行政の再確立に当たって、基本的な姿勢として、ここにあらためて確認しなければならないことは、

① 原子力基本法の精神に則り、原子力の開発利用は平和目的にのみ限定せらるべきこと。

② 国民の福祉と経済の発展を期するため必要なエネルギーの安定確保にとって、原子力は欠くべからざるものであること。

③ 原子力の開発利用に当たっては、国民の健康と安全が確保されなければならないこと。

④ 行政及び政策の実施に当たっては、その責任体制が明確にされなければならないこと。

以上4点で、これらは決してあい矛盾するものではなく各項目が十分に満たされることが必要である。

 わが国において原子力開発を進めるには、一方において安全性の確保に万全を期しつつ、他方において国民の原子力に対する不安を払拭し、国民の幅広い信頼と理解を得ることが不可欠である。このような認識に立って、原子力行政に関する上記の基本的姿勢を明確にしつつ、可能な限り民主的な手続を機能させて原子力開発の必要性、安全性について国民に十分に説明を行い、あるいは国民と粘り強い対話を続けて国民の意見を原子力行政に反映させていくことが必要である。

 以上の条件が満たされてこそはじめて原子力行政は国民の信頼と支持とをかちとり、円滑な原子力開発の推進を図ることができるのである。

 われわれは、このような考え方をふまえて、原子力行政体制の基本的部分について、次のような方向において改革が進められるべきであるという結論に達した。

 なお、原子力行政体制の改革に当たっては、後述のごとく原子炉等の安全規制体制についてはそれぞれの行政庁において一貫化を図ることとするが、例えば、保障措置、環境放射線モニタリング等それぞれの省庁において個別に対処することが適当でない行政については、科学技術庁において横断的一元的にみる必要がある。


〔1〕原子力委員会のあり方について

 これまでの原子力委員会は、開発と安全規制の両面の機能を併せ持ち、両者を有機的に結合することにより、原子力行政を進めてきた。

 しかし、最近の原子力行政は、多くの深刻な問題に直面し、他方、国民の間では、安全規制面に比して開発面にウエイトをかけすぎているという不信が生じており、原子力委員会は、今までのような進め方では、このような情勢に対応できなくなったと考える。

 このような情勢をふまえ、わが国のエネルギー政策面から、わが国の原子力開発を一層推進しなければならない立場からすると、一方には整合性ある原子力開発体制を築くとともに、他方安全確保については別途の体制を設け、両者を機能的に分離する必要がある。よって、現在の原子力委員会を、(新)原子力委員会と、原子力安全委員会の二つに分割し、それぞれ独立して、企画・審議・決定・答申・勧告等の業務を行わしめることが適当と考える。


(1) 両委員会の所掌の範囲
「原子力委員会」
○平和利用の担保
○原子力基本政策の策定
○総合調整(計画・予算)
○その他原子力安全委員会所掌以外の原子力開発の重要事項

「原子力安全委員会」
○安全規制に関する政策(安全研究の計画も含む。)
○安全規制基準及びガイドライン等の策定((注)放射線審議会の所掌範囲は、従来どおりとする。)
○行政機関の安全規制のダブルチェック
○その他原子力安全規制に関する重要事項

 なお、必要に応じ、両委員会は連絡会議を開催するものとするが、原子力政策は、安全規制と不可分のものであることにかんがみ、政策等の決定に当たっては、相互に意見を尊重し、かつ、連絡を密にすることによって、かりそめにも所掌の範囲に間隙、空間の生ずるがごときことは絶対に避けなければならない。


(2) 委員の数及び委員長

 委員の数は、両委員会とも若干名とする。

 委員の選任については、両委員会の任務の重要性にかんがみ、専門的かつ大局的な見地から政策判断を行いうる人材をあてるべきであり、その選任方法については、慎重に検討する必要があろう。

 原子力安全委員会の委員長については、専門知識を要し、長期間にわたって在職することが好ましく、かつ、行政庁と一線を画した姿勢の明示が望ましいことなどの理由により、学識経験者から選任することが適当である。

 原子力委員会の委員長については、学識経験者から選任すべきであるとする意見と国務大臣をあてるべきであるとする意見がある。


(3) 行政庁との関係

 両委員会に対しては、内閣総理大臣のほか、原子力行政を担当する各省大臣も諮問し、答申を受けることができるように改めることが適当と考える。また、両委員会の意見は、当然のことながら内閣総理大臣及び関係各省大臣によって尊重せられなければならない。


(4) 両委員会の事務局

 諮問、答申等が関係各省によってそれぞれ個別に行われることになるので、事務局のあり方としては、無用の混乱が起きないように、かつまた各省庁と十分に意思の疎通が図られるように配慮することが肝要である。このため、両委員会の事務局は、一般行政から機能的に分離し、各省庁に対し中立、平等の立場を保持すべきである、と同時に、他方両委員会の機能と行政実務との関係を円滑に維持することも必要である。

 以上の理由から、原子力委員会の事務局については、従来の経緯、経験が今後の円滑な運営に寄与すると思われるので、各省庁に中立的な立場を保障(庶務の協力処理など)して、科学技術庁原子力局に置くことが適当と考える。

 また、原子力安全委員会の事務局については同委員会が行政庁の規制をダブルチェックするという機能を持つことからして、そのあるべき姿としては独立の事務局を設けることが望ましいが、その体制整備には期間を要すること等の事情を考慮し、当面は、各省庁から中立的な立場を保障(庶務の協力処理など)して、科学技術庁原子力安全局に置き、委員を補佐する相当数のスタッフを置くものとする。


〔2〕安全審査、許認可等の行政のあり方について

 原子力安全行政に関する批判の多くが、基本的な安全審査から運転管理に至る一連の規制行政に一貫性が欠けている点に向けられていることにかんがみ、今後のあるべき姿としては、安全規制行政の一貫化を図るよう進めるべきである。そのためには、実用段階に達した発電所等事業に関するものは通商産業省、船については運輸省、研究開発段階にあるもの及び研究施設については科学技術庁がそれぞれ一貫して担当する方式が適当である。この場合、担当の省庁については、原子力委員会が原子力安全委員会の同意を得て行う決定を尊重するものとする。

 次に、安全規制は、それぞれの行政庁が一貫して責任をもって実施するが、それぞれの行政庁が開発促進という責任も有していることから、安全性確保についての不信感が生ずるおそれがある。また、それぞれの行政庁の安全規制について統一的な評価がなされる必要がある。

 このような問題に対処するため、行政庁の行う規制を国民の健康と安全を守るという観点から原子力安全委員会がチェック(いわゆるダブルチェックシステム)する必要がある。

 また、原子炉等の設置許可等の行政処分についても安全の確保は必要条件ではあっても十分条件ではなく、そのほかに、平和利用の担保、原子力全体の政策との関連における計画的遂行性等の諸条件を勘案して総合的に判断せらるべきものであるから、許認可等に際し、予め原子力委員会に諮問することを所管大臣に義務づけることが必要である。なお、許認可のあり方、手続き等については、本改革の趣旨を尊重して慎重に対処されたい。


〔3〕審査報告書の作成について

 審査担当省庁は、原子炉安全審査報告書案及び温排水等の環境審査報告書を作成し、公表する。なお、環境審査報告書については、その作成に当たって環境庁、水産庁等の同意を求め、それぞれの省庁の責任関係を明確にしたうえで電源開発基本計画決定前に公表するものとする。


〔4〕環境放射線モニタリング業務のあり方について

 原子力施設周辺の環境放射線モニタリングについては、安全確保の立場から国が全面的に責任を負っているが、その実施については、現在、原子炉等規制法に基づいて、施設者が実施することとなっている。

 しかしながら、本来、モニタリングは客観性、信頼性の高いことが重要であることにかんがみ、施設者のモニタリングに対し、第三者的立場からのチェックが行われることが望ましい。

 現実の問題としては、住民の不安を解消し、周辺環境の安全を確認する立場から、地方自治体においても環境放射線モニタリングを実施せざるを得ない実情にある。

 このような実情をふまえ、国は、環境放射線モニタリング業務について、測定・分析法及び評価の基準の整備、技術者の教育訓練、科学的技術的諸問題の指導等の施策を講ずるとともに、所要の財政措置を講ずるものとする。


〔5〕公開ヒアリング等のあり方について

 原子力開発を推進するに当たっては、原子力の安全性及び必要性について、国民と十分なる意思疎通を行い、国民の意見を原子力行政に反映させることにより、国民の安全性に対する不安を払拭し、原子力開発に対する理解と協力を得ていくことが不可欠である。

 このような考え方に立って、次のような施策を講ずる必要があると考える。


(1) 公開ヒアリング

① 原子力発電所の設置に際しては、次のとおり公開ヒアリングを実施する。

 電源開発基本計画案を電源開発調整審議会において決定する前に、原子力発電所設置に係る諸問題について、公開ヒアリングを通商産業省が関係省庁と共に実施する。(説明者は原子炉設置者)
 原子力安全委員会は、原子炉安全審査報告書案をダブルチェックするに当たり、原子炉の安全性の問題について公開ヒアリングを実施する。(説明者は通商産業省)

② 公開ヒアリングは、関係者が出席して説明及び見解表明ができるような対話の方式をとり入れると共に、できるだけ多くの意見聴取ができるような運営を行うことが必要であり、地元住民の理解を得るという観点から、知事の協力を得て、できる限り地元において開催することが適当である。

③ 公開ヒアリングは、当面は、原則として原子力発電所を設置する際には全て実施することによりその定着化を図り、その成果をふまえて制度化、開催条件等の諸問題について検討を行うことが必要である。


(2) シンポジウム

 原子力全般に共通する安全性に関する問題、エネルギー政策との関連、重要な安全基準の作成・変更等について専門家による公開のシンポジウムを開催する。


(3) 説明会等

 上記のほか、政府は、地元において説明会を開催する等積極的に国民の理解を得るための施策を講ずるとともに、地方自治体等が行う説明会等にできる限りの援助を行うことが必要である。

 原子力発電所以外の主要原子力施設についても上記の手続きに準じて公開ヒアリング等を実施する。


〔6〕大学との関係について

 わが国の原子力研究開発の発足期において行われた矢内原忠雄(当時の東大総長)氏による申し入れは、その趣旨において今日も十分意義があり、その考え方は変えるべきでないと考える。

 しかしながら、この申し入れの運用において、大学における原子力に関する研究と外部との連絡が必ずしも緊密かつ円滑に行われなかったきらいがあるので、大学における研究開発と、その他の原子力委員会及び原子力安全委員会が調整権限を有する機関の研究開発との円滑な連絡については一層の配慮を必要とする。

 特に、原子力委員会及び原子力安全委員会は、原子力のように高度かつ最新の科学技術の推進に当っては基礎研究と人材養成の比重が非常に大きいことにかんがみ、大学の協力を積極的に求めることが必要であると考える。


〔7〕放射線障害防止行政のあり方について

(1) 放射性同位元素等に関する規制については、関係庁省が密接な連絡を維持して規制に関し間隙がないようにするとともに、事業所の増加等に対応しうるよう規制体制の充実を図ることが必要である。

(2) 国民全体の健康と安全を確保するという観点から、国民の被曝の状況を総体としては握するとともに、放射線の影響に関する諸問題について学問的判断を下し、必要に応じて政府に提言を行いうる仕組みを検討する必要があると考える。

(3) 原子力関係事業従事者の放射線被曝に係る安全衛生問題に対処する体制を整備する必要がある。


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