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国際放射線防護委員会勧告について


昭和51年5月27日
放審議第16号

内閣総理大臣 三木武夫 殿
放射線審議会会長 御園生圭輔

 本審議会は、放射線障害の防止に関する技術的基準に関して重要な意義を有する国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告について基本部会において検討し、今般別紙の結果を得たので、これに提案された指摘事項を参考として所要の措置を講ぜられるよう具申する。


(別紙)

ICRP勧告に関する検討の結果

Ⅰ 全般的事項

1. ICRP勧告に関する基本的考え方について

 ICRPの勧告は、ICRPが、適切な放射線防護の基礎となる根本原則を考察し、各国における放射線防護の関係機関・専門家に指針を与えるべく作成したもので、助言的性格のものである(1965年勧告2項参照)。

 放射線防護に関しては、ICRPのほか、UNSCEAR、ILO、IAEA、OECD・NEA等の国際機関においても検討がなされているが、これらの国際機関並びに各国においても、ICRPの勧告及び報告は権威あるものとして認められており、我が国においても、基本的にICRPの勧告を尊重して法令その他の諸基準が定められている。

 そして、現行法令は、基本的にICRPの1958年勧告(1959年修正・1962年改定-Publ.-6)までを取り入れて定められているものであるがICRPにおいては、その後1965年の勧告(Publ.-9)等を作成しており現行法令との間に若干の相違が生じているものもある。これらの主な事項及びこれらに対する考え方については、Ⅱにおいて事項別に述べるが、ICRPにおいては、現在更に1965年勧告の見直し・新しい勧告の検討が進められており、遠からず新勧告が出されるものと見込まれているので、その動向に留意しつつ、現行法令の検討等所要の措置を講じていくことが望ましい。

2. ICRP勧告の取入れとその検討機関について

(1) ICRPの勧告及び諸報告に述べられている事項は、我が国において法令に取り入れて法的基準とすることが適当なもの、行政指導の指針とすることが適当なもの、あるいは各事業所において放射線管理の参考とすることが適当なもの等が混在しており、ICRP自身も、その実施については各国に委ねているところである(1965年勧告2項参照)。

 また、放射線防護に関する諸問題は、現在なお種々研究、検討が進められているものを含み、ICRPの勧告等に述べられている事項も、その時点における見解を示しているものであって、研究の進捗や知見の獲得に応じて従来の見解が改められ、あるいは新たな見解が打ち出させる等決して固定的なものではない。

 したがって、我が国においてICRPの勧告等を取り入れるについては細部にわたって法令で画一的に規定するというようなことは行うべきでなく、勧告等に述べられている事項の内容、性格に応じ、我が国の法制等の実情に適した形で行うよう特に配意すべきである。

(2) また、ICRPの勧告等に関して学問的に検討する場と、その成果を含めICRPの勧告等を法令等に取り入れ、具体的な実施に移すことを検討する機関とが必要であると考えられるが、前者については、関係学会・協会等における検討が適当であり、後者については、当面、放射線審議会の中に、常時専門的にICRPの勧告等を検討していくための特別の委員会を設置することが適当であると考えられる。


3. 関係法令の用語等の斉一について

 我が国の法令における放射線障害の防止に関する技術的基準については、本審議会としても、これらを定めるに当たっての関係行政機関の長からの諮問に対する答申や意見の具申を通じて、その斉一に努めてきたところであるが、今回のICRP勧告及び国内法令との関係の検討を通じて、諸法令間に、放射線作業従事者の定義、許容される被ばく線量及び集積線量を表す用語、放射線量率又は汚染の状況に関する測定の場所、被ばく線量の記録の項目及び保存期間、健康診断の項目及び記録の保存期間、使用等に係る帳簿の保存期間等に関し、用語等細部において若干の相違のあることが認められた。これらの相違は、各法令の目的、対象等の相違に基づくものが多いと思われるが、放射線障害の防止に関する技術的基準の斉一を図る観点からできるだけ統一することが望ましいと考えるので、今後政府・関係行政機関において法令の制定、改正を行う際には、用語等の斉一につき特段の配意をされるよう要望したい。


Ⅱ 主要事項

1. 被ばくする個人のカテゴリーについて

 ICRPは、個人の被ばくに関する被ばくのカテゴリーについて、1958年勧告では三つのカテゴリーを規定していたが、1965年勧告では、これを改め、「作業中に被ばくする成人」と「公衆の構成員」の二つのカテゴリーとするよう勧告している(1965年勧告41項)。なお、「作業中に被ばくする成人」のカテゴリーについては、その被ばくの可能性等に応じ健康診断等の措置に関して更に二つに区別する考え方を示している。

 これに対し、我が国の現行法令においては、おおむね1958年勧告に沿った区分がなされ、放射線障害防止法、原子炉等規制法、労働安全衛生法、その他の労働保護法等法令により表現に若干の相違はあるが、「作業中に被ばくする成人」に対応するものとしては、「放射線作業従事者」、「管理区域随時立入者」、「運搬従事者」及び「管理区域一時的立入者」等の区分が規定されており、一方、「公衆の構成員」に関しては、原子炉等規制法関係において、「周辺監視区域」の定義に関連して、周辺監視区域の外側の「場所における人」という用語はあるが(原子炉運転規則1条7号、他)、一般に「公衆の構成員」、という区分を設けて特別に規定する方式はとられていない。

 この被ばくする個人のカテゴリーの問題は、まず、「作業中に被ばくする成人」のカテゴリーについては、被ばく線量測定、健康診断等の実際の管理においてどのように区分するかという実質的な取扱いの問題と関連するので、当該項目(6 作業者の放射線防護について)において述べるが上記勧告の趣旨に沿って、実際に予想される被ばく線量のレベルに応じて、これらの管理の対象者を区分する方向に整備を行っていくことが望ましい。また、「公衆の構成員」のカテゴリーについては、その被ばくの線量限度についてどのように規制するかの問題と関連するので、当該項目(9 公衆の構成員の線量限度について)において述べるが、当面は、現行法令の規制方式の下において後述の問題点について検討を加えることとし、法令上「公衆の構成員」のカテゴリーをどう取り扱うかについては、全体の法体系との関連を含め将来の問題として検討していくことが適当であろう。


2. 測定される量から線量当量への換算について

 ICRPは、1958年勧告では「線量当量」について特に言及することなく許容線量について「レム」を用いて勧告していたが、1959年修正・1962年改定の勧告においては、「委員会の勧告中に規定されているすべての線量はレムで表される。このことは吸収線量(ラド)に適切な荷重因子を乗ずべきことを意味する。以前はこの荷重因子を“RBE”と名づけたが、用語RBEは放射線生物学だけに使用すること及び吸収線量と掛けあわすべき線エネルギー付与(LET)に依存する係数は別の名称を使用すべきことを勧告する。この係数に対し勧告される名称は線質係数(QF)である。」との国際放射線単位及び測定委員会(ICRU)の報告を認めるとしている(1959年修正・1962年改定の勧告の3章)。

 上記報告は、更に、体内に沈着した放射性同位元素の不均等分布に基づく生物効果の修正を表すのに分布係数(DF)を用い、線量当量(DE)を吸収線量(D)とその他の必要な修正係数の積として
(DE)=D(QF)・(DF)……

と定義し、ICRPは、このQFについて具体的な数値を示した。

 1965年勧告では、同様に線質係数(QF)を使用するとともに、更にある場合にはこれ以外の修正係数が必要であるとし、「骨がそこに沈着した放射性核種によって照射されるときは、吸収線量の不均等分布、損傷を受けた組織の重要性及び照射された細胞のうちの特定の型のものの放射線感受性の三つにとりわけ関係すると思われる修正係数“n”の使用」(12項)を勧告している。また、眼の水晶体が照射されるときには、QFのほかにもう一つの修正係数を用いることが必要となることがあるとし、この修正係数については、具体的な数値を示している(12項、16項)。(注1、2)

(注1)その後、ICRPの1969年会議においては、1965年勧告を一部修正し、「現在QFが1より大きいときに用いているもう一つの修正係数は必要としない。」としている。

(注2)1971年のICRU Report No.19「Radiation Quantities and Units」においては、記号「DE」は「H」に、「QF」は「Q」に、「n」は「N」に改められている。

 これに対し、我が国の現行法令は、前記1958年勧告に準拠して現在に至っている。

 なお、計量法においては、かつてレムについて規定していたが、昭和41年の同法の改正及び43年の計量単位規則の改正により削除され、現在定められていない。ただし、実務においては、ICRP勧告のQFに従った計算方法によっている。

 この「線量当量」及び単位「レム」については、学問的にも更に検討を加えなければならない内容を含んでおり、現にICRUにおいて再検討が行われているところであるので、法令上の取扱いについては、ICRU更にICRPの検討結果をまって再検討することとし、当面は、実務上ICRP勧告の示す線質係数等の数値に準拠して法の運用等が行われることが適当であると考える。

 なお、中性子の粒子フルエンスから線量当量への換算の係数については現行法令の数値とICRP Publ.-21に基づく数値との間に次の表のような相違があるので、関係法令の改正の際に同勧告に準拠して改正すべきであると考える。


3. 内部被ばくについて

 ICRPは、内部被ばくについては、1958年勧告で一定の作業従事者の検査、モニタリングの必要性等を示していたが(86項)、1959年修正・1962年改定の勧告及び1965年勧告では線量当量の算定に関しての線質係数(QF)の考えを導入している(1965年勧告17~20項)。そして、その後Publ.-10及び10Aにおいて、それぞれ32及び8の核種について具体的なデータに基づいた「体内汚染からの身体組織への線量の評価」及び「反覆取込み又は長期の取組みに由来する体内汚染の算定」の方法を示している。

 これに対し、我が国の現行法令においては、体内汚染状況の測定及び内部被ばくの場合における被ばく線量の計算についての規定があるが、ICRPのPubl.-10及び10Aのように詳細な規定ではない。

 内部被ばくの算定は、今日の研究成果をもってしてもなお極めて難しい問題であり、我が国においても、実際にその測定・算定を実施しているのは、比較的大規模な専門的事業所のみという実情にある。この問題についてのPubl.-10及び10Aの報告は、貴重な参考資料であると考えられるが、評価できる核種・化合物が限られており、更に日本人に関する特殊ファクターについても検討する必要もある。

 また、細かい算定方法のような事項は、研究の進展につれ変っていくであろうから、このままの形で直ちに法令に定めることは、好ましくないものと考える。

 今後、更に簡便かつ経済的で正確な測定の機器及び方法の研究開発を進めこれらの進展をみつつ検討を行っていくべきものと考える。


4. 皮膚の不均等被ばくについて

 ICRPは、皮膚の不均等被ばくに対する計算方法について、1959年修正・1962年改定の勧告において、「皮膚が放射性物質によって汚染したときには、有意面積は30㎝位にとるべきことを勧告する。体外被ばくの場合特に線源との距離が非常に近いか、被ばく面積が非常に小さい場合には、1㎝を有意面積とすることを勧告する。」としており(28c、28d項)、更に、1965年勧告において、「皮膚の体外被ばくの場合、特に線源までの距離が非常に短いか、又は被ばく面積が非常に小さいときには、線量を皮膚全体にわたって平均することは適切ではないであろう。その代りに、最も高い線量を受ける部位の1㎝の面績について線量を平均すること」(28項)としているが、我が国の現行法令においては、直接対応する規定は置かれていない。

 この不均等被ばくに対する計算方法は、法令で規制する問題ではなく、法の運用における指針とすることが適当であると考える。


5. 職業上の被ばくの最大許容線量について

(1) 職業上の被ばくの最大許容線量については、ICRPの1958年勧告は、

イ① 生殖腺、造血臓器及び水晶体中に蓄積される最大許容集積線量について、「D=5(N-18)」(Dはレムで表した組織線量、Nは年で表した年令)という関係式で示している(47項)。

② また、この公式の許す限りでは、いずれの引き続いた13週の期間においても3レムを超えない率で最大許容線量を蓄積してよい(13週において3レムを超えてはならない。)としている(49項)。

ロ 生殖腺、造血臓器及び水晶体を除く身体のある部分、又は個々の臓器に限定されている被ばくについては、上記公式から導かれるより高い線量が許されるとして、次の線量を勧告している。

① 皮膚に対する最大線量は8レム/13週及び30レム/年(甲状腺にもあてはまる。)(52a項)
② 手及び前腕、足及びくるぶしに対する最大線量は20レム/13週及び75レム/年(52b項)

③ 甲状腺、生殖腺及び造血臓器以外の内部臓器に対する限定された被ばくの最大線量は4レム/13週及び15レム/年(52c項)。

ハ また、「管理区域の近隣で働くが、放射線に被ばくするような仕事には従事していない成人」及び「その職務上ときどき管理区域に立ち入るが、放射線従業員とはみなされない成人」に関しては、管理区域内作業に起因する最大年線量は、生殖腺、造血臓器及び水晶体については1.5レム/年、皮膚及び甲状腺については例外として3レム/年としている(54項)。

(2) 1959年修正・1962年改定の勧告では、上記1958年勧告の内容に加えて、新たに、骨に対しても、皮膚と同じく8レム/13週、30レム/年の最大線量を示している(52a項)。

 更に婦人に関して、
① 生殖可能年令の女子の被ばくについて1.3レム/13週に制限し(49a項)、

② 妊娠中の女子の被ばくについて、妊娠と診断されたら残りの妊娠期間中に胎児の線量が1レムを超えないように母体の被ばくを制限するような方策を確実に講ずべきであるとしている(49b項)。

 そのほか(1)ハの成人従業員について、生殖腺及び造血臓器以外の臓器等についてそれぞれに対応する職業上の年線量の1/10に制限しなければならないとしている(55項)。

(3)1965年勧告では、

① 「1年という期間が、蓄積された被ばくを評価するための最も合理的な時間の長さであると考えるが、同時に1回に受ける被ばく線量の大きさを制限する必要もあると考える。それゆえ、いかなる1年の期間においても最大許容線量を超えるべきでないこと、ただし、四半年の期間においては、最大許容年線量の半分まで体内蓄積してもよいと勧告する。四半年の割当量の勧告値は最も近い整数になるように切り上げてよい。」としている(54項)。

② そして、最大許容線量として「生殖腺及び赤色骨髄(均等照射にあっては全身)は1年につき5レム、皮膚、甲状腺、骨は1年につき30レム、手及び前腕、足及びくるぶしは1年につき75レム、すべての他の臓器は1年につき15レムを勧告している(56項)。

③ また、「全身が関係する被ばくで、生殖腺と赤色骨髄が決定臓器である場合の最大許容線量には、年で表した年令をNとしたとき、もし18才以上のどの年令においても蓄積線量が5(N-18)レムを超えないならば、その年の四半年ごとに四半年の割当量を繰返して受けることを許してもよいものとする。」としている(57項)。

④ これらにより前記の年線量から四半年の割当量を計算すると、次のようになる。

○生殖腺及び赤色骨髄(均等照射にあっては全身)は3レム/四半年
○皮膚、甲状腺、骨は15レム/四半年
○手及び前腕、足及びくるぶしは38レム/四半年
○その他の臓器は8レム/四半年

⑤ なお、「生殖可能年令の女子」及び「妊娠中の女子」の被ばくについては、1962年勧告と同じであるが、被ばくのカテゴリーの関係で「管理区域の近隣で働くが放射線に被ばくするような仕事には従事していない成人」及び「その職務上ときどき管理区域に立ち入るが放射線従業員とはみなされない成人」に対する年線量は、削除され、職業上の被ばくに統合されている。

(4) これに対し、我が国の現行法令は、基本的に1959年修正・1962年改定の勧告までを取り入れており、放射線作業従事者の最大許容被ばく線量を3月間3レム(皮膚のみ8レム、手、前ぱく、足又は足関節のみ20レム、女子腹部1.3レム、妊娠中特例1レム)、最大許容集積線量D=5(N-18)、管理区域随時立入者及び運搬従事者の許容被ばく線量1年間1.5レム等としている。

(5) 以上に述べたICRP勧告と現行法令の職業上の許容線量を要約すると次表のとおりであり、1965年勧告と現行法令とを比較すると次のとおりである。

① 全身均等(生殖腺、赤色骨髄)被ばくに関しては、3月間の最大許容被ばく線量は、「3レム」という数値は同じであるが、現行法令は「全身均等、生殖腺、赤色骨髄」というような表現は用いず、単に「放射線作業従事者」に係る許容被ばく線量として定めている。年線量については、勧告は5レムを示しているが、現行法令においては最大許容集積線量を示しているほかには直接規定されていない。なお、勧告の場合も「最大許容集積線量」を超えないならば四半年ごとに四半年の割当量を繰返し受けることを認めているので、実質的には現行法令との間に相違はないといえよう。

② 皮膚のみの被ばく並びに手、前ぱく、足又は足関節のみの被ばくに関しては、年間の線量については、現行法令に直接規定がないので3月間の許容線量の4倍を年線量と考えると、勧告の線量に対し約7%増の数値になるが、3月間の線量については、現行法令の方が厳しい数値となっている。

③ 甲状腺又は骨のみの被ばく並びにその他の臓器の被ばくに関しては現行法令は、「放射線作業従事者」に係る許容被ばく線量の「3レム」の他には特別の数値を定めていない。

④ 管理区域随時立入者及び作業従事者以外の運搬従事者に関しては、通常現行法令の方が厳しい数値となる。

⑤ 最大許容集積線量及び女子の被ばくに関しては、同じである。

(6)以上のように、1965年勧告と現行法令との間には幾つかの点で相違が生じているが、この勧告の数値については、ICRPにおいても現在再検討が行われているところであるので、現行法令への取入れについては、その結論をまって検討することが適当であると考える。

職業上の被ばくに関する最大許容線量

6. 作業者の放射線防護について

(1) ICRPの1965年勧告は、「最大許容年線量の3/10を超えるおそれのあるような作業に従事する作業者は、特別の健康管理と職員モニタリングを受けるべき」とし(111項)、また「3/10を超えることはほとんどなりそうにない作業状況下にある作業者は、特別の健康管理、個人モニタリングは必要とされず、……通常は作業環境のモニタリングで十分であろう」とし(112項)、作業者につき現実的な被ばくの可能性により管理を区別する考え方を打ち出している。

 これに対し、我が国の現行法令は、基本的に1958年勧告等に則って、放射線障害防止法、原子炉等規制法、労働保護法等において、作業の種類、管理区域へ立ち入る回数・時間等の要素により前記1のようにカテゴリーを分け、これらのカテゴリーに応じ、健康診断、被ばく線量の測定等を義務づけている。

 この点については、1965年勧告の示している考え方は、より合理的であると考えられるので、我が国の法令においても、できるだけ同勧告の考え方に即して放射線作業従事者等のカテゴリー及びその被ばく管理等について再検討し、例えば、「放射線作業従事者」を最大許容年線量の3/10を超えるおそれのある作業に従事する作業者に限定し、そのおそれのない作業者は「管理区域随時立入者」その他とする等、所要の整備を行っていくことが望ましい。

 なお、特別の健康診断等が必要とされない作業者として区分された者については、労働者としての通常の健康管理を必要とするほか、その者の被ばく線量を確認するためにも、作業環境のモニタリングの実施、作業者の氏名、管理区域への立入時間等の記録は必要である。

(2) なお、上記の「特別な健康管理」に関しては、その細部についてICRPの1965年勧告は特に示していないが、最近の医学の進歩等を勘案し、現行法令の健康診断の項目について再検討することが望ましい。

(3) 放射線作業者の労働時間については、ICRPは、1958年勧告では特に触れておらなかったが、1959年修正・1962年改定の勧告及び1965年勧告では、「現在の最大許容被ばくレベルのもとでは、労働時間と休暇の長さに関して放射線作業者を特別に扱う必要はないと考える。」(1959年修正・1962年改定の勧告84a項、1965年勧告123項)としている。これに対し、我が国の現行法令においては、「健康上特に有害な業務の労働時間の延長は、1日について2時間を超えてはならない。」(労基法36条ただし書)とする業務に「有害放射線に曝される業務」を含めている(労基法施行規則18条)。

 この現行法令の規定は、労働時間制度の一環として規定されているものであるが、放射線防護の観点からは、被ばく線量が問題であって、これを抑えることが基本である。


7. 計画特別被ばくについて

 ICRPは、1958年勧告(1959年修正・1962年改定の勧告でも同じ。)において、職業上の被ばくの最大許容線量の特例的措置として、緊急作業の場合につき12レムまでの被ばくを認めていたが(51e項)、1965年勧告では、新しく「計画特別被ばく」として、一定の場合に限り通常の作業中に計画的に1回につき年間の線量限度の2倍(10レム)、一生につき年間の線量限度の5倍(25レム)までの被ばくを認めている(66項)。

 これに対し、我が国の現行法令は、1958年勧告に準拠して緊急作業の場合に12レムまでの被ばくを認める規定を置いているのみであるので、1965年勧告との間に相違が生じている。

 しかしながら、この計画特別被ばくの問題については、最大許容被ばく線量の数値等との関連もあり、かつ、現在ICRPにおいて再検討が行われているので、その結論をまって検討することが適当である。


8. 18才未満の者の職業上の被ばくについて

 ICRPは、1965年勧告で、「あるいくつかの国では、職業上被ばくすることが法律的に許される最低年令は18才よりも低い。ある人が18才未満で職業上被ばくし始める場合には、生殖腺及び赤色骨髄に対する線量当量は18才未満のどの1年間においても5レムを超えるべきでなく、30才までに蓄積される線量は60レムを超えるべきではない。」(61項)としており、これは、1958年勧告及び1959年修正・1962年改定の勧告と基本的に同じである。なお、我が国も批准しているILOの「電離放射線からの労働者の保護に関する条約」(115号・1960年)では、16才未満の労働者は電離放射線を伴う作業に従事させてはならないとしている(7条2項)。

 これに対し、我が国の現行法令においては、放射線障害防止法31条で18才未満の者(労働者に限らない。)に同法上の放射性同位元素の取扱いをさせることを禁止しており、また、労働基準法63条2項、国家公務員法に基づく人事院規則10-7でも同様の趣旨を規定している。

 このように、我が国の現行法令は、18才未満の者に関しては、ICRP勧告等より規制が厳しく、放射線作業への就業禁止をたてまえとしており、このことからICRP勧告のように18才未満の者の職業上の被ばく線量の規制がないが、これを改めなければならない特段の理由は認められない。

 なお、高校の理科の実験において、18才未満の生徒が放射線障害防止法の規制対象とならない数量のアイソトープを取り扱う場合があり、これに関しては、ICRPは「18才までの生徒に対しての学校における放射線防護」(1968年、Publ.-13)という報告を出しており、我が国においては、文部省の学習指導要領等によりこれに沿った指導が行われている。今後ともこの指導を充実させていくことが適当であろう。


9. 公衆の構成員の線量限度について

 ICRPは、1958年勧告においては、被ばくのカテゴリーとして「管理区域の周辺に住む一般人」及び「集団全般(職業上被ばくする者その他一部の者を除く。)」という区分を設け(36項)、これらに対する最大許容線量として、生殖腺、造血臓器又は水晶体について0.5レム/年を示していたが(55項等)、1959年修正・1962年改定の勧告においては、これら2種類の被ばくのカテゴリーを統合して、集団全般の個々の構成員(管理区域の周辺に住む人々を含む。)とし(36項)、これに対する線量の限度を生殖腺又は造血臓器及び全身被ばくについて0.5レム/年とするとともに、すべての他の臓器及び組織、手と前腕、足とくるぶしに対する年線量は、それぞれに対応する職業上の年線量の1/10に制限しなければならないと改め(57、57a項)、更に1965年勧告においては、Ⅱ.1に述べたように被ばくのカテゴリーを「公衆の構成員」とし区分し(41~44項)、その被ばくの制限に関しては「線量限度(Dose Limit)」という用語を用いるべきこと(70項)、この線量限度は対応する職業上の最大許容年線量の1/10とすること(72項)、例外として16才未満の子供の甲状腺の被ばくについては、年線量を1.5レムに制限すべきこと(73項)とされた。

 これに対し、我が国の現行法令においては、Ⅱ.1で述べたように「公衆の構成員」というカテゴリーについては直接規定していない。原子炉等規制法関係においては、「周辺監視区域」の定義に関連して「(周辺監視区域の外側の)場所における人」という規定があり、この線量に関し「周辺監視区域外の許容被ばく線量は、1年間につき0.5レムとする。」(昭和35年科学技術庁告示21号2条)と規定されているほかは、排気、排水中の濃度を規制(使用済燃料の再処理の事業における放射性廃棄物の海洋放出については、被ばく線量を規制)する方式をとり、また、放射線障害防止法、医療法関係では、事業所境界における放射線の許容線量を10ミリレム/週と規定するほか、排気、排水中の濃度を規制する方式をとっている。

 この点については、国内において、実質的にICRPの勧告を満たすような規制を行えばよく、法令の条文については、必ずしもICRP勧告どおり規定する必要はないものであるが、放射線障害の防止においては被ばく線量が基本であり、濃度のみの規制では必ずしも合理的でない面もあるので、被ばく線量がICRPの定める線量限度を超えることのないように規制することを基本とし、施設の種類、被ばくの部位等に対応して適切な規制を行うことが必要であろう。


10. 集団の被ばくについて

 ICRPは、集団の被ばくに関し、1958年勧告において、集団に対する遺伝線量及び身体線量について言及し、そのうち身体線量については、具体的な勧告としての数値を示していないが、遺伝線量については、「自然バックグラウンドのほかに加えられるあらゆる線源からの全集団に対する遺伝線量は、医療上の被ばくからのできるだけ最低の寄与を別にして、5レムを超えるべきでない。」と“最大許容遺伝線量”を示唆していたが(64項)、1965年勧告においては、「集団に対する遺伝線量は、必要性と両立する最低限にとどめるべきこと、そして、自然バックグラウンド放射線及び医療行為からの線量以外に、その他のすべての線源から5レムを決して超えるべきではない」と「遺伝線量限度」を勧告している(86項)。

 これに対し、我が国の現行法令においては、作業従事者の被ばく線量及び事業所の境界における線量を規制する体系をとっており、国民全体の被ばくないし遺伝線量限度について直接規制するような特段の規定はない。

 この点に関し、我が国では、原子力施設、放射性同位元素使用施設等の現状及び放射線作業従事者、施設周辺住民の数等の現状からみて、上記ICRP勧告の示す遺伝線量限度を大幅に下回っているものとみられ、また、上記勧告は、法令による規制にはなじまないものと考えるが、我が国における原子力施設や放射線利用の増大の傾向及び勧告の趣旨にも鑑み、集団全体としての被ばく線量についても十分な関心を払いながら遺伝線量の推計等につき調査研究を進めていくことが望ましい。

 なお、微量のアイソトープに係るものではあるが、各種のコンシューマ・プロダクツの増大がみられるので、これらにつき実情を把握し、要すれば何らかの措置を講ずることも検討すべきであろう。


11. 「AS LOW AS」について

 ICRPは、1965年勧告で、危険(risk)の概念について「委員会の勧告は、放射線に対するいかなる被ばくにも白血病その他の悪性腫瘍を含む身体的効果及び遺伝的効果を発現させる危険がいくらかあるという慎重な仮定に基づいている。最低レベルの線量にいたるまで、病気や不具をひき起こす危険は、個人に蓄積される線量とともに増大するという仮定が行われている。この仮定は、まったく“安全な”放射線の線量というものは存在しないということを意味している。委員会は、これは控え目な仮定であり、いくつかの効果の発現には必要な最小線量、つまりしきい線量があるかもしれないことを認めている。しかし、積極的に肯定する知識がないので、低線量でも傷害の危険があると仮定するという方針が放射線防護の基礎として最も合理的であると委員会は考える。」(29項)とし、この考え方の上に立って、放射線防護の一般原則として「どんな被ばくでもある程度の危険を伴うことがあるかもしれないので、いかなる不必要な被ばくも避けるべきであること、及び、経済的及び社会的な考慮を計算に入れたうえ、すべての線量を容易に達成できる限り低く(as low as is readily achievable)保つべきである」ことを勧告している(52項)。この考え方は、ICRPが従来から表明しているものであるが、その表現は、1955年勧告では「to the lowest possible level」、1958年勧告では「as low as practicable」であったのが1965年勧告で上記の表現に変えられたものである。(なお、これを詳細に解説した1973年のPubl.-22では「as low as reasonably achievable」と変えられている。)この表現の変更については、ICRPの基本的な考え方をより明確にしようとしたものと一般に考えられている。なお、我が国が批准しているILOの「電離放射線からの労働者の保護に関する条約」(1960年)では、「労働者の電離放射線による被ばくを実行可能な限り低い水準のもの(the lowest practicable level)とするため、あらゆる努力を払うものとする。すべての関係当事者は、不必要な被ばくを避けるものとする。」(5条)としている。

 これに対し、我が国の現行法令においては、放射線障害防止の技術的基準に関する法律において、「放射線障害の防止に関する技術的基準を策定するに当っては、放射線を発生する物を取扱う従業者及び一般国民の受ける放射線の線量をこれらの者に障害を及ぼすおそれのない線量以下とすることをもって、その基本方針としなければならない。」(3条)とし、放射線障害防止法その他の関係規制法令において、ICRP勧告の放射線作業者に対する最大許容線量及び公衆の構成員に対する線量限度に則った被ばく線量規制を行っているほか、特に、労働安全衛生法に基づく電離放射線障害防止規則1条、船員法に基づく船員電離放射線障害防止規則2条、国家公務員法に基づく人事院規則10-5の2条等の労働保護法令において、「事業者は、労働者が電離放射線を受けることをできるだけ少なくするように努めなければならない。」との趣旨の規定を設けている。

 また、原子炉等規制法の運用において、原子力委員会は、昭和50年5月13日、発電用軽水型原子炉施設に関し、「as low as」の考え方に立って周辺公衆の被ばく線量を低く保つための努力目標として「線量目標値」を定めている。

 このように、我が国においては、ICRP勧告の示す最大許容線量を関係規制法令の基準として規定するほか、更に「as low as」について労働保護法令において事業者・使用者に努力義務を規定しており、基本的にICRP勧告を取り入れていると認められる。

 ただ、公衆の被ばくに関しては「as low as」を法令に直接規定しておらず、労働保護法令と同様法令中に規定を設けることの要否について検討したが、ICRPの示す「as low as」の考え方は妥当であり、既に被用者との関係において法令中に事業者等に努力義務を課する規定が設けられていることでもあるので、公衆との関係においても、将来適当な機会に法令中に同様の訓示規定として取り入れることが望ましい。

 なお、当面、発電用軽水型原子炉施設に関する「線量目標値」のように行政運用上努力し、あるいは各事業所における施設の設計・管理等の指針として各事業者が自主的な努力を払っていくこととするのが適切であろう。


12. 医療被ばくについて

 ICRPの1965年勧告は、医療被ばくについて「この報告書中に勧告されている線量制限は、医療行為の過程で患者が受ける被ばく以外の被ばくをもっぱら対象とする」として、勧告中の線量制限の対象から除外し(32項)、「医療上の理由による患者の被ばくについては、個々の患者のすべての検査に対して適切と考えられる線量制限についてそのための勧告を行うことは可能でないであろう」としているが(33項)、一方、「放射線による診療からの線量を患者の医療上の利益と両立する最小量に制限する必要があること」を強調している(33項、78項)。

 これに対し、我が国の現行法令においては、医療行為により患者が受ける線量の制限に関しては、特段の規定はないが、近年、医療における放射線の利用の著しい増大傾向の中で、医療関係者・団体等において、照射の機器、技術の両面にわたり改善への努力が払われ、著しい進展がみられつつある。

 このような実情を踏まえ、ICRPの「放射線による診療からの線量を患者の医療上の利益と両立する最小量に制限する必要がある。」旨の示唆については、その趣旨を医療関係法令に規定することも考えられるが、規定すると否とを問わず、上記趣旨の徹底を図り関係者等の努力を進めていくことが基本的、かつ重要であると考える。


13. アクション・レベルについて

(1) ICRPは、1958年勧告及び1959年修正・1962年改定の勧告では、緊急作業については12レムを超える線量を受けないように計画すべきこと(51e項)、事故による被ばく線量の25レムを境とする取扱い等を示していたが、1965年勧告では、これを改め、新たに、制御されていない線源からの計画されない被ばくに対して「アクション・レベル」という用語を勧告している(37項)。このアクション・レベルについては、「すべての場合に適切であるようなアクション・レベルを勧告することはできない。」(51項)として、具体的な数値は示していないが、救済措置をとる責任を有する国家機関への指針として、アクション・レベルを設定する際に考慮すべき問題点を示している(51項、96項~106項)。

イ その中で、放射線作業者の異常被ばくについては、「緊急時被ばく」と「事故時ばく」とに分け、前者については、事故の際の人の救出等の緊急時作業を行う場合に「計画特別被ばく」に関する限度を超える線量が容認されるとし、その場合、作業者がその危険について知らされているべきであると勧告しており(100項)、後者については、記録、事後措置等を示している(102項)。

ロ また、集団の異常被ばくについて、処置をとるべき線量レベルの存在、基本的な処置のパターン等を示している(103項~105項)。

(2) これに対し、我が国の放射線障害防止法その他の現行法令においてはICRPの1958年勧告に準拠して、放射線作業者に関し、緊急作業に係る許容被ばく線量12レム及び許容集積線量の算定における事故による25レム未満の被ばくの取扱いを規定している。また、危険時に付近にいる者の避難等応急の措置を講ずべきことを規定している。

 したがって、放射線作業者の異常被ばくに関しては、ICRPの1965年勧告の「緊急時被ばく」及び「事故被ばく」の考え方と我が国の現行法令との間に相違が認められるで、今後計画特別被ばくとの関係を含め慎重に検討する必要があると考える。

(3) 一方、ICRP勧告の「集団の異常被ばく」についてのアクション・レベルに対応するものとしては、災害対策基本法において、同法の対象とする災害に放射性物質の大量放出による被害が含められており、これに関し、同法36条1項の規定に基づく「科学技術庁防災業務計画」において、地域防災計画の作成の基準の一つとして、退避等の基準は放射線審議会が定める指標線量に基づき定めるべきことが示され、この指標線量は、同審議会の答申により全身の外部被ばくについて25ラド、よう素による甲状腺の内部被ばくについて150ラドとされている。

 この指標線量のあり方及び数値については、その後のデータや研究成果等を踏まえ、ICRP勧告のアクション・レベルの考え方を参考としつつ再検討する必要があろう。


14. 環境モニタリングについて

 ICRPは、環境モニタリングについて、1958年勧告で「管理区域内の作業が放射線による危険の観点から環境をみだすか又は重大な変更をきたす場合には、作業を始めるに先だち、空気、土壌及び水の放射能について適切なサーベイをなすべきである。」(76項)、「放射線の危険が存在する何らかの可能性が認められるときは、管理区域の近隣に対してもまたサーベイを行うべきである。」(79項)等としていたが、1965年勧告では、施設から環境への放射性物質の放出を管理することによって公衆の構成員の被ばくを制限すべきであるとするとともに(124項)、「その施設と関連のある操業によって環境が放射線の危険の点からみて大きく変えられるような場合には、環境中の放射能と、必要があれば放射線量率のサーベイを行うべきである。これらのサーベイは、国又は地域の要求する該当条件が少なくとも委員会の勧告に基づいたものである限り、これらを満たしているかどうかを調べることを主な目的とすべきである。」(125項)とした。

 なお、環境モニタリングについては、Pub1.-7の報告において実施上の諸原則を示している。

 これに対し、我が国の現行法令においては、事業所に対し、管理区域・事業所の境界における放射線量率及び排気・排液濃度の測定を義務づけているとともに、危険時に附近にいる者の避難等応急の措置を講ずべきことを規定している。なお、災害対策基本法系列で、放射性物質の大量放出に関する防災対策に係る地域防災計画においても、平常時及び災害時における施設周辺の放射能水準の調査について定めることとされている。そして、実際上、地方公共団体、事業所等により、Pub1.-7の考え方に準拠した発電用原子炉施設等の環境モニタリングが行われているほか、大半の都道府県におけるフォールアウト対策としての放射能水準の調査等も行われている。

 環境モニタリングについては、ICRPの勧告及び報告で示している方法は法令で規定するというような性格のものでなく、行政運用等において参考としていくことが望ましいものと考えるが、この場合、特に同報告に述べられているように、国、地方公共団体及び事業者のそれぞれの役割を明確にしていくことが重要であろう。なお、前述した公衆の構成員の線量限度、集団の被ばく等と直接関連するものであるので、今後それらの基準値が検討される際には、環境モニタリングの問題をも含めて検討すべきである。



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