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軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の安全評価指針


昭和49年5月24日
(昭和50年4月15日修正)
原子炉安全専門審査会

軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の安全評価指針


  1 目的


 この指針は、少量の酸化プルトニウムを添加したものを含む二酸化ウランペレットをジルカロイ製の被覆管に封入した燃料を用いる軽水型動力炉の、想定冷却材喪失事故時に放射性核分裂生成物が周辺に放出されることを抑制する目的で設けられる非常用炉心冷却系等の設計上の機能および性能を評価するためのものである。
 想定冷却材喪失事故の原因としては、原子炉冷却材圧力バウンダリ配管の破断による冷却材の流出を考えるものとするが、事故解析では、原子炉冷却材補給系の容量を上まわることとなる口径の配管破断から、最大口径の配管の完全両端破断に至るまで、および事故発生後かなり長期間にわたり、燃料被覆管の大破損が防止されることを確認するものとする。
 上記の目的を満足させるための以下に述べる基準および解析に当っての要求事項は、現在得られている理論と実験の結果等から厳しい判断を行って採用したものであり、これらに基づいて解析される想定冷却材喪失事故の結果は、十分な安全余裕を含むものである。



  2 基準

 想定冷却材喪失事故の結果としては、燃料棒の大破損が防止されていなければならないことは当然であるが、非常用炉心冷却系等の機能と性能については、事故想定時の運転条件との関連において、下記のことが保証されなければならない。

(1)燃料被覆管温度の計算値の最高値は、1,200℃以下でなければならない。

(2)燃料被覆管の全酸化量の計算値は、酸化前の燃料被覆管厚さの15%以下でなければならない。

(3)炉心で、燃料被覆管が水と反応して発生する水素の量は、格納容器の健全性を確保するために十分に低くなければならない。

(4)炉心形状の変化をも考慮して、長半減期核種の崩壊熱の除去が、長期間にわたって行われることが可能でなければならない。



  3 解析に当っての要求事項

 解析に当って必要とされる事項について、ブローダウン過程、再冠水過程およびヒートアップ計算に大別し、以下に示す。各要求および指定事項からはずれたものを用いて解析を行う場合には、必ず実験データとの比較等においてその妥当性を証明する必要がある。


3.1 ブローダウン過程

(1)破断口の断面積、位置、放出係数および体様:破断口の断面積、位置、放出係数および体様については、選定した条件がもっとも高い燃料被覆管温度を与えるものであることを、適切な方法により示さなければならない。ただし断面積は最大口径の配管の2倍を最大として解析することとし、また放出係数は一定で1.0と仮定しなければならない。
 破断の体様については、両端破断ならびにスプリット破断を仮定することとし、さらに破断口附近については冷却材の局所的な挙動を十分精緻に表わせるように計算しなければならない。

(2)臨界流モデル:破断口からの冷却材の流出に関する質量速度の評価方法は、実験データとの比較によりその妥当性を示さなければならない。破断口に達する冷却材のクオリティー(気相の重量流量の全重量に対する比)が2%以上と計算される場合にMoodyの式①を使用することは妥当と認める。

(3)運動量の保存則:運動量の保存則を表わす微分方程式の基本的な形は次式⑥の通りとする。

 上式にふくまれる各項のうちのいくつかを省略する場合には、その妥当性を示さなければならない。
 まさつ損失係数は実験データとの比較によりその妥当性が示しうる計算式によって求めなければならない。

(4)ブローダウン過程中の炉心における流動:炉心における冷却材の流動については、二次元的な解析を行ない、燃料被覆管の変形による流動抵抗の増大を考慮しなければならない。燃料被覆管の変形の発生の有無の判定および変形が流動抵抗に寄与する割合の評価方法については、実験データとの比較その他の適切な方法によってその妥当性を示さなければならない。

(5)主循環ポンプの挙動:主循環ポンプの挙動の評価は、ポンプの可動部分と冷却材との間の運動量交換を評価できる動的モデルによらなければならない。
 二相流領域でのポンプの挙動の評価方法については実験データとの比較によってその妥当性を示さなければならない。

(6)ECCS注入水のバイパス:ブローダウン過程中にECCSにより1次冷却系に注入される冷却材の挙動については、1次冷却系内の冷却材の挙動やECCSの作動条件、注入口や破断口の位置等を考慮して、最高燃料被覆管温度の計算値を高く与えるように評価しなければならない。
 1次冷却系内の圧力分布の計算結果を、破断口と注入口とをむすぶすべての流路について比較して計算した結果から炉心を通過する流動が可能であることを示されれば、冷却水が下部プレナムないし炉心に到達できるとする評価方法は妥当であると認める。
 1次冷却系内の圧力の分布から、冷却水の下部プレナムないし炉心への到達を以上のべた方法により示しえない場合には、実験データとの比較により妥当性を示しうる評価方法によって冷却水の挙動を評価しなければならない。
 注入口がコールド・レッグ(主循環ポンプ吐出口と圧力容器入口ノズルをむすぶ配管)に設けられているPWRのコールド・レッグ配管破断に対して次のような評価方法は妥当なものと認められる。(ⅰ)ブローダウン過程中に1次冷却系に注入された冷却水の総重量の計算値を、ブローダウン終了時において圧力容器内の残留水量の計算値からひくこととする。(ⅱ)ブローダウン過程の終了は、配管破断発生以降、最初に流出流量がゼロと計算される事をもって判定する。(ⅲ)ブローダウン過程に続くリフィル過程の間は、燃料棒からの対流伝熱量をゼロと仮定する。

(7)構造物、2次冷却系との伝熱:1次冷却系の構造物から冷却材に対する熱の移動ならびにPWRの場合、蒸気発生器をかいしての1次、2次冷却系間の熱の授受の効果を考慮しなければならない。

(8)燃料棒と冷却材の間の熱伝達:燃料棒から冷却材への熱伝達に関する熱伝達係数および限界熱流束の評価については、非定常状態についての実験データとの比較により、評価方法の妥当性を示すことがのぞましい。しかし定常状態について行われた実験データも評価方法の妥当性の裏づけとして認めることがありうる。いずれの場合でも実験条件の範囲をこえて実験データを評価方法の妥当性の裏づけに使用してはならない。
 限界熱流束を与える式として、W-3 correlation②、GE transient CHF correlation③を、噴霧流領域における熱伝達係数を与える式としてGroeneveldのcorrelation④を、また過熱蒸気による乱流熱伝達係数を与える式として、Mc Eligotの式⑤を、それぞれ使用する事は妥当と認める。ただし、これらの式を使用するとき、あらかじめ指定された各変数の変域をこえて使用することは、認められない。
 また、データによる裏づけがあれば、膜沸騰から核沸騰への遷移(rewetting)を再冠水過程と同じくブローダウン過程についても認めることがある。
 限界熱流束あるいは熱伝達係数の計算に使用する冷却材の流量の計算値は、きわめて短い周期の振動を、最高燃料被覆管温度の計算値を高く与えるよう、平滑化しなければならない。


3.2 再冠水過程

(1)単一故障指針:ECCSを構成する動的機器の事故時の作動については単一故障を考慮して評価しなければならない。また外部電源は喪失したと仮定しなければならない。

(2)格納容器内圧:再冠水過程におけるECCSの冷却性能の評価にあたって、格納容器の内圧は、各減圧装置の作動を見こんで低く評価しなければならない。

(3)リフィルないし再冠水過程の計算:再冠水速度の評価にあたっては、炉心のみならず、1次冷却系全体にわたる冷却材の熱水力学的な挙動を考慮しなければならない。
 主循環ポンプは、可動部分が固着の場合も考慮しなければならない。
 炉心の出口および入口における冷却材の流量の比は、実験データにもとづいた計算式を使用して評価しなければならない。
 またPWRの蓄圧系によって注入される冷却水の流量の評価にあたっては、タンク内圧力の時間的変化および蓄圧ガスの影響を考慮しなければならない。さらに蓄圧系から冷却水が放出されているリフィルないし再冠水過程については、注入水と蒸気との相互作用を実験データにもとづいて評価しなければならない。もし実験による立証がない場合には、この期間中の健全ループ内の蒸気の流量はゼロと仮定しなければならない。

(4)PWRの再冠水過程における熱伝達:PWRの再冠水過程における燃料棒と冷却材の間の熱伝達については、実験データとの比較によってその評価方法の妥当性を示さなければならない。PWR-FLECHT計画⑧のデータを使用することは再冠水速度が2.6cm/s以上に計算される場合には妥当と認められる。再冠水速度が2.6cm/s未満と計算される場合には、蒸気のみによる単相の熱伝達を仮定し、さらに燃料被覆管の変形が発生すると計算される場合には、流動抵抗の増大の影響を考慮しなければならない。

(5)BWRのスプレイ冷却および再冠水過程における熱伝達:BWRのスプレイ冷却および再冠水過程における燃料棒、チャンネル・ボックスと冷却材の間の熱伝達については実験データとの比較によって、評価方法の妥当性を示さなければならない。
 BWR-FLECHT計画の結論⑦をジェット・ポンプつきBWRに7×7型燃料集合体が装荷されている場合の評価に使用することは妥当と認める。


3.3 ヒート・アップ計算

(1)熱源の大きさの評価:ヒート・アップ計算における熱源の大きさの評価については、次のように仮定すること。

(ⅰ)原子炉は少なくとも定格出力の102%で運転されているものとし、その値の妥当性は計器誤差等の関連において明らかにされなければならない。

(ⅱ)アクチニド以外の放射性分裂生成物の崩壊熱については、無限大の運転時間を仮定して生成量を求めたANS Standard⑨の与える値の1.2倍の値を用いるのは妥当である。
 また、GE社が実験データを整理して得た式⑪を用いる場合は、適切な安全余裕を見込まなければならない。
 なお、アクチニドの崩壊熱については、いずれの場合でも別に評価すること。

(ⅲ)被覆管の金属-水反応による発熱量とこれによって生ずる酸化皮膜の厚さの評価については、Baker-Justの式⑩を使用し、燃料被覆管の破裂が計算されたのちは内外表面における反応とも、蒸気の供給不足により制限されることはないと仮定しなければならない。また、燃料被覆管が破裂したと計算された場合、内側の表面で酸化をうける部分の軸方向の拡がりは7.6cmとする。

(ⅳ)燃料棒内の蓄積エネルギーの評価にあたっては、線出力密度、燃焼度などを考慮し、最高燃料被覆管温度の計算値が最も高く与えられるよう燃料ペレットの熱伝導率ならびに燃料被覆管と燃料ペレットの間のギャップ熱伝達率の値を選ばなければならない。

(ⅴ)炉心における核反応は妥当な方法によって評価しなければならない。温度上昇によるドップラー効果、蒸気泡の発生による負の反応度印加ならびにスクラム条件が満たされた場合の制御棒挿入の効果は考慮してさしつかえない。

(ⅵ)ガンマ・スミヤリングを評価する場合には、評価方法の妥当性を明かにしなければならない。


(2)燃料被覆管のふくれと破裂による変形:燃料被覆管の温度の計算には、燃料被覆管のふくれおよび破裂による変形の影響を考慮しなければならない。燃料被覆管の変形の有無の判定の方法は実験データとの比較によりその妥当性を示さなければならない。また変形が発生すると計算された場合、燃料被覆管と燃料ペレットの間のギャップ熱伝達率、燃料被覆管の表面積の増大、厚みの減少等を考慮し、かつ、破裂と計算された場合には内側の表面も蒸気による酸化をうけると仮定しなければならない。さらにBWRについては燃料棒相互ないし燃料棒とチャンネル・ボックスの角関係の変化をみこまなければならない。
 なお、これらの事象の評価にあたって、変形の発生の有無の判定は、最高燃料被覆管温度の計算値を高く与えるよう選ばなければならない。


3.4 引用文献
①Moodyの式

 Moody, F. J., “Maximum Flow Rate of a Single Component, Two-Phase Flow”. Trans.
 A. S. M. E., Ser. C, 87, Feb. 1969(Eqs.19, 22, 23, 24)

② W-3 correlation

 Tong, L.S., “Prediction of Departure from Nucleate Boiling for Axially Non-Uniform Heat Flux Distribution.”Jour. of Nucl. Energy, 21,1967 

③ GE Transient CHF Correlation

 Slifer, B.C., “LOCA and ECC Models for GE BWRs.” NEDO-10329,App. C Apr.1971

④ Groeneveldの式

 Groeneveld, D.C., “An Investigation of Heat Transfer in Liquid Difficient Regime.” AECL-3281, Rev., Dec. 1969

⑤ McEligotの式

 McEligot, D.M.et al., “Effect of Large Temperature Gradients on Convective Heat Transfer”.
 Ser. C, Trans. A.S.M.E., 87, Feb. 1965

⑥ Bird, R.B. et al., “Transport Phenomena”. John Wiley and Sons, 1960(Eq. 3.28. p78)

⑦ Slifer, B.C. and A. E. Rogers, “LOCA and ECC Models for GE BWRs”. NEDO-10329, Suppl. 1,Apr. 1971

⑧ Cermak, L.O. et al,. “PWR FLECHT, Final Report”. WCAP, -7665, Apr. 1971.
”PWR FLECHT Group I Tests”. WCAP-7435, Jan. 1970, “PWR FLECHT Final Report Supplement”. WCAP-7931, Oct.1972

⑨ ANS Standard (Shureの式)-無限時間

 Proposed ANS Standard. “Decay Energy Release Rates Following Shutdown of Uranium-Fueled Thermal Reactors” .
 Subcommittee ANS-5, ANS Standards Committee, Oct. 1971

⑩ Baker-Justの式

 Baker. L. Jr., and L.C. Just, “Studies of Metal-Water Reactions at High Temperatures-Ⅲ” ANL-6548. May 1962

⑪ Scatena. G.J. and Upham, G.L., “Power Generation in a BWR following Normal Shutdown or Loss of Coolant Accident Conditions”. NEDO-10625, March 1973



  4 安全評価のための必要資料

 想定冷却材喪失事故の非常用炉心冷却系の設計上の機能と性能を評価するに当っては、前記の要求事項を満足していることを確認する必要がある。このほか解析に用いられた解析手法、計算機プログラム構成およびそのプログラムに用いられている入力値の妥当性をも検討する必要がある。このため解析結果の提出に当っては、次の資料が必要である。

(1)技術的な検討を行うのに十分な解析手法および解析に用いられる入力値を記載した解析モデルの詳細説明書

(2)解析に用いられた計算機プログラムおよび各種の入力値



  5 基準および解析に当っての要求事項の解説


5.1 基準について
 基準(1)および(2)に示される温度制限および酸化量制限の目的は、配管破断想定後の冷却材の喪失およびその後の非常用炉心冷却系の水の注入による冷却過程において、燃料被覆管が酸化によってその延性を極度に失うことなく、炉心の冷却可能形状を保持し続けることを保証するためのものである。
 想定事故の過程でみられるように、燃料被覆管が蒸気中である温度(約900℃)以上にさらされると著るしい酸化が始り、その後の再冠水過程での冷却でこのような酸化の進展は終結する。この過程において燃料被覆管は、表層から順次二酸化ジルコニウム、α相ジルコニウムおよびβ相ジルコニウムとなっている。
 燃料被覆管の健全性の確保は、高温でβ相であった部分の延性に期待されるものであるため、このβ相の割合およびその中での酸素濃度を限定するためこの基準(1)および(2)を定めたものである。
 これまでに得られている実験結果では、高温で酸化した燃料被覆管の延性は、酸化した温度およびある温度以上にさらされている時間に関係する。従って基準値決定に当っては、燃料被覆管試料を高温水蒸気で酸化させその後種々の検査を行ったORNLのHobsonらの報告などおよびこれまでに行ってきた冷却材喪失事故と非常用炉心冷却系の解析結果から示される燃料被覆管の温度と時間との関係を考慮して、燃料被覆管の温度および酸化割合をそれぞれ1200℃以下および15%以下と制限すれば、事故期間中燃料被覆管は延性を極度に失うことがないと判断したものである。
 なお、基準(2)にいう全酸化量とは、局所的に燃料被覆管と水蒸気の反応により定量比二酸化ジルコニウムが生成するとしたときに、その場所で酸化物に変換した燃料被覆管の厚さをいう。もし燃料被覆管が破裂すると計算される場合には、その内面の酸化も考慮しなければならない。
 また、酸化前の燃料被覆管の厚さとは、著るしい酸化が生じる前の値であって燃料被覆管のふくれまたは破裂が起ると計算される場合には、燃料被覆管の断面積を開口部を除いた平均周長で割ったものとする。
 この基準における全酸化量は、Baker-Justの式によって計算される値である。


5.2 解析に当っての要求事項

5.2.1 ブローダウン過程

(1)破断口の位置、断面積、放出係数および体様:最高燃料被覆管温度の計算値が、破断口の位置や断面積、放出係数によって変化すると云う事は、すでに広く知られているところである。
 解析にあたって、破断口の位置がとくに問題になるのは位置によってブローダウン過程における炉心内の冷却材の流れ、従って燃料棒と冷却材の間の熱伝達が、異ってくると云う計算の結果が知られているからである。従ってただ単に1つの破断口の位置について計算した結果だけを示しただけではそれが最悪の条件を与えているかどうかは判断できない。適当な説明を加える事により選んだ条件が最もきびしいものであることを示すか、あるいはいくつかの異った条件に対する結果を比較する事により、最もきびしい結果を選び出すことが行われなければならない。
 また破断口の断面積と放出係数は、大きな値が、必ずしも最高燃料被覆管温度を高く与えると云う事ではない。また放出係数については変化範囲を示す事はできても与えられた条件に対し値を決定する事はきわめて困難である。従っていくつかの異った条件に対する結果を比較する事により、最もきびしい結果を選定しなければならない。ただし2つの量について別々に影響を評価する事は不要である。何となればこれらの量は、いずれも流出流量を求めるために臨界流モデルが与える質量速度に乗ぜられる量であり、最高燃料被覆管温度に与える影響は全く等しいからである。破断口の断面積の変化範囲については最大配管口径の2倍を上限として解析する事が妥当と考えられる。放出係数は少くとも大きな口径の破断については、Moodyの式が使用される場合は1.0より大きい値をとる事はない。
 また、とくにPWRについては、流出流量の計算値が、破断口附近に関する計算のいかんによって変化すると云う指摘があり、また最大断面積の破断については両端破断、スプリット破断のいずれを仮定するかについて議論がある。以上の点を考慮して流出流量の評価が安全側の結果を与えるよう計算が行われなければならない。

(2)臨界流モデル:破断口からの流出流量は大きく見積るほど、最高燃料被覆管温度の計算値が高く求まると云う感度解析の結果はよく知られているところである。
 Moodyの式はきわめて広範囲にわたる実験結果との比較が行われており、この意味でクォリティー2%以上の飽和領域については十分安全側の結果を与える式であると云う事ができる。
 Moodyの式以外の臨界流モデルとして小笠原の式やFauskeの式がある事はよく知られている。これらの式はMoodyの式と比較してより小さな流出流量を与える事が知られているが、仮にこれらの式の使用を妥当としたいならば、申請者は実験データと比較して計算値がつねに実測値を上まわり、安全側の結果が、えられる事を示さなければならない。
 Moody,Fauske,小笠原等の式が理論的にみていずれが正しいかを判定する事は困難である。従ってMoodyの式を理論式と実験式を通じて、最も安全側の結果を与えるモデルとして使用しておくことにした。

(3)運動量の保存則:冷却材喪失事故の際の冷却材の熱水力学的な挙動を解析する評価モデルは一般に質量、エネルギー、運動量の保存則を表わす微分方程式を連立させてとき、圧力や流量の時間的変化を計算する方法をとっている。
 運動量の保存則を表わす微分方程式は評価モデルが多くの場合1次冷却系を有限の拡がりをもつノードと云う部分にわけて扱っている関係で本文の方程式をノードに関して体積々分した形になっている事が多い。体積々分を行う際に本文に引用した式の右辺第1項が妥当な理由を示す事なくたびたび省略されている。本指針は妥当な理由を示す事なく省略してはならないとしているのであって、この点は体積々分を行う事なく微分形のまゝ計算する場合も変らない。

(4)ブローダウン過程中の炉心における流動:炉心における出力分布が不均一で、ブローダウン過程中の蒸気泡ないし燃料被覆管のふくれおよび破裂の発生が一様でない事情を考慮すれば、冷却材の流動について二次元的な計算を行うことがより実際に近いということがいえる。炉心内の局所的な流量を求めるに当っては、どの程度小さな領域をとるのが妥当であるかについて、燃料被覆管の温度を高めに与えるという見地から説明が必要である。しかし、BWRの炉心における冷却材の通路は、チャンネル・ボックスによってしきられており、しかも、ブローダウン過程中の燃料被覆管の温度がふくれや破裂が発生するまで上昇しないと説明することができれば、本項はBWRは適用を除外できるものと考える。

(5)主循環ポンプの挙動:従来はブローダウン過程における主循環ポンプの挙動について、ポンプ吸こみ口の冷却材の状態が、ポンプ内にキャビテーションをおこすような範囲にあれば、揚程をゼロと仮定していた。しかしながら実際にはたとえそのような状況になっても、冷却材とポンプの可動部分の間に運動量の交換は行われるわけであるから、事故発生前と比較して著しく低いとは云え、なにがしか認められるはずである。
 このような考え方により本指針では、十分な実験データの裏づけがあれば、吸こみ口の冷却材の状態がほぼ飽和ないし飽和である場合にも、ある程度の吐出圧を認める方向で、申請者側からの提案を検討することにした。

(6)ECCS注入水のバイパス:1次冷却系の流路やECCSの設計は、BWR、PWRの別、デザインの年式、製造メーカーによって一定でない。またこれらを特定しても、1次冷却系内における冷却材ならびにECCSによって注入された冷却水の挙動は、破断口の位置をどこに仮定するかによって、大きく異って来る事が考えられる。
 1次冷却系やECCSの様々の設計ないし色々な破断口の位置に対して、冷却水の炉心バイパスがおこらないかどうかをしらべるためには、ECCSの注入口と破断口をむすぶすべての流路について流動抵抗ないし圧力降下の大小を比較し、冷却水がバイパスをおこすことなく容易に炉心に到達する事を示す必要がある。
 例えば前出の注入口がコールド・レッグにあるPWRについて、コールド・レッグ破断とホット・レッグ(圧力容器出口ノズルと蒸気発生器入口をつなぐ配管)破断とを比較すると、ブローダウン過程のごく初期を除いた大部分について炉心における冷却材の流動の方向は、コールド・レッグ破断では下向き、ホット・レッグ破断では上向きであると云われている。この点が妥当な評価方法で明らかにできれば、ホット・レッグ破断については、冷却水が炉心に到達すると評価してよい。
 このような流動抵抗ないし圧力降下の大小を比較する方法では冷却水の炉心への到達を明らかにできない場合には何らかの実験を行う事によってこれにかわる評価方法を示さなければならない。
 前出のPWRのコールド・レッグ破断に対する冷却水の挙動の評価については、すでに暫定指針の適用においてブローダウン終了時点(破断口からの流出流量が事故発生後最初にゼロと計算される時点)で圧力容器のインベントリーから注入された冷却水の総重量をさし引くことを要求してきた。これはセミスケール実験の800シリーズが行われて間もない時点でとられた暫定措置として一応妥当であったと云う事ができる。しかし、同実験はLOCAの評価モデルの推算能力の検証を行うための実験であって必ずしもLOCAそのものの模擬を目的としたものではないと云うことは、当初から主張されているところである。事実その後装置の設計を一部変更してより実際のPWRに近づけた1000シリーズ実験ではデータの数こそ少いが、冷却水が下部プレナムに到達したことを示唆する結果をえている。現在この点に関して実験研究が進行している状況を考慮すると、当面は暫定指針以来の上記の評価方法によるとしても、将来にわたってこの方針によるかどうかは今後得られる各種の実験の結果から判断するのが適当であると考える。
 なお、ブローダウン過程中におけるECCSによる冷却水の注入が、前出のPWRのコールド・レッグ破断の場合、炉心における下向き流れを増大させ熱伝達をよくする効果がある事が指摘されている。もし冷却水が冷却材と十分に混合することなく破断口から流出してしまうのであれば実際にはそのような効果は期待できないかもしれない。この点について上記の評価方法では、リフィル過程を長く見積りかつその期間中燃料棒からの対流熱伝達係数をゼロとする事で十分に増大分を打ち消せるものと評価する。

(7)構造物、2次系からの伝熱:とくに破断口の断面積が小さく、ブローダウン過程が長くなる場合には、これらの熱は、1次冷却系内の冷却材に伝わりその挙動に影響をおよぼす可能性が考えられる。

(8)ブローダウン過程における炉心の熱伝達:ブローダウン過程における燃料棒から冷却材への熱伝達に関する限界熱流束をどのような方法によって評価するかは、それが最高燃料被覆管温度の計算値に与える影響が著しいので、きわめて重要である。
 評価方法の妥当性は原則として、ブローダウン過程の熱伝達過程を模擬した非定常実験の実験データとの比較によって明らかにされなければならないと考えられる。しかし現状ではこのような非定常実験があまり多くなく、かつ定常状態における実験ではつねに非定常実験にくらべて低い限界熱流束のデータがえられると云う点を考慮して、定常状態における実験の実験データでも、評価方法の妥当性の裏づけに使用してよいことにした。実験データのばらつきを統計的に分析し、実験の結果を安全側すなわち限界熱流束を低く見積るようにしなければならない。また、実験が行われた範囲をこえて評価方法の妥当性のうらづけに用いてはならない。ブローダウン過程中は冷却材の圧力や流量は広範囲に変化するので、場合によっては2つ以上の相関式が1つの目的-たとえば限界熱流束の計算-に使われることも考えられる。
 W-3 correlation, GE Transient CHF correlation, Groeneveld correlation:およびMcEligot式はいずれもすでに原子炉安全専門審査会の各部会により実験データと比較し検討された結果、妥当性が認められたものである。
 限界熱流束に達したのちもただちに膜沸騰による熱伝達に移るのではなく、しばらく遷移沸騰という状態がつづき、熱伝達係数は比較的高くなると云った指摘や、一たん膜沸騰に移っても、条件が変れば再び核沸騰にもどると云ういわゆるrewetting現象については、今後実験データによる裏づけのある評価方法を示す必要がある。


5.2.2 再冠水過程

(1)単一故障指針:これはECCSについてだけではなく、すべての安全防護設備の性能評価に従来から使用されて来た基準でありその妥当性についてはあらためて言及するまでもない。

(2)格納容器の内圧:格納容器内圧を高めに見積ると云うことは、ブローダウン過程の終了時点における1次冷却系の内圧を高めに見積ると云うことである。PWRにおいては再冠水過程における燃料棒と冷却材の間の熱伝達係数が圧力の上昇とともに高くなることや、蒸気の比体積の減少により健全ループ内にECCSによって注入された冷却水がたまり蒸気の流動を妨げる効果が弱まることなどが考えられ、格納容器の内圧を低目に見積ることが厳しい考え方であるということがいえる。
 従って格納容器の内圧の再冠水におよぼす影響を安全側に評価するために、単一故障指針にかかわりなくすべての減圧装置の作動を仮定することにした。

(3)リフィルないし再冠水過程の計算:再冠水速度に影響を与える因子としては、別項で議論した格納容器の内圧のほか主循環ポンプの流動抵抗、炉心の入口と出口の流量比、健全ループ内におけるECCSによって注入される冷却水と蒸気の相互作用をあげることができる。
 再冠水速度を安全側すなわち低く見積るには再冠水過程における上部プレナムの圧力を高く見積るようにすればよい。従って再冠水速度の計算にはブローダウン過程における炉心入口速度の計算と同様、1次冷却系全体にわたる考察が必要である。上部プレナムの圧力の計算値は、上部プレナムと破断口の間の流動抵抗の評価のいかんによって変化するが、なかでも主循環ポンプの抵抗の評価のしかたが重要であり、安全側の結果を与える評価方法として可動部分の固着の場合も考慮することにした。
 再冠水過程における炉心での流動は、激しい蒸気の発生とこれによる水滴のふきあげによって特長づけられ、炉心の出口と入口の流量は炉心が完全に再冠水するまでは等しくない。このような複雑な流動について、炉心の入口と出口における流量の比を求めるにはどうしても実験データにもとづいた計算式によらなければならない。
 蓄圧式注水系による冷却水の放出のドラフトは、蓄圧器の内圧が再冠水過程においては1次冷却系の内圧にくらべてきわめて高いので、かなり強いため、健全ループ内の蓋気の流動が妨げられるおそれがある。また蓄圧器から冷却水の放出は蓄圧器内圧と1次冷却系内圧の差その他の因子によって決まりポンプによる送入のように、一定の圧力または流量でおくりこまれるわけではないので,そのように評価すべきである。

(4)PWRの再冠水過程の熱伝達:PWRの再冠水過程における燃料棒からの熱伝達については、米国においてPWR-FLECHT計画とよばれる実験研究が行われかなり多くの実験データか集積されているので、この結果をどのように考えて、評価を行うかがさしあたっての問題となる。
 PWR-FLECHT計画の結果を検討する際にもっとも関心がもたれるのは、燃料被覆管の変形によってどの程度熱伝達が妨げられるかと云う点である。再冠水速度が高い場合には冷却水と蒸気の混合物は変形をおこした部分を通過するに十分な運動量をもっていると考えられるが、再冠水速度が低い場合は熱伝達が妨げられる可能性がある。PWR-FLECHT計画のデータでは再冠水速度が2.6cm/s未満のときに熱伝達係数の低下が認められる。
 2.6cm/s未満に対するFLECHTのデータではまた冷却が開始されたごく初期の時点で熱伝達係数が高くなる現象がみられる。これは供試集合体の筐体の熱容量の影響であり、実際の事故ではこのような現象は期待できないと考えられる。高い再冠水速度に対してはこのような現象はみられない。従ってこの観点からも、低い再冠水速度に対するPWR-FLECHT計画のデータを使用することは妥当でない。

(5)BWRのスプレイ冷却および再冠水過程における熱伝達:BWRのスプレイ冷却および再冠水過程における燃料棒からの伝熱は、PWRの場合と異り、燃料要素がチャンネル・ボックスに挿入されている関係上、輻射伝熱の貢けん度が顕著になる。BWRの再冠水過程における熱伝達に関する実験は、被覆管温度の低い場合についてはわが国でも行われているが、高い場合についてはBWR-FLECHT計画のデータがあるだけである。
 BWR-FLECHT計画のデータは輻射伝熱の効果を大きく評価する事によっていちじるしく低い対流熱伝達係数を与えており、データの数も十分多く評価方法として妥当なものであると云うことができる。


5.2.3 ヒートアップ計算

(1)熱源の大きさ

(ⅰ)炉心や圧力容器の周囲には、中性子束モニターが装着されており、これらのよみと熱出力の計測値から、LOCAの際に最高燃料被覆管温度があらわれる場所における線出力密度が計算される。従って、これらの計測器の精度の良否、設置場所の粗密等により線出力密度の計算値の評価が変わってくるので少なくとも定格出力の102%をとることとした。

(ⅱ)核分裂生成物からの崩壊熱については、ANSの標準値(1971年)の与える値の1.2倍をとる方法は妥当であると考える。しかしながら、GE社が種々の実験から得られたデータを整理して求めた計算方式も特にしりぞける理由もない。実験データにおける不確定性を考慮してGE社の計算方式による場合は、安全余裕として最適値に3倍の標準偏差を加えれば妥当であると判断する。
 アクチニドからの崩壊熱は、前述の核分裂生成物からの崩壊熱と同様に運転時間と冷却時間とに依存するが、その他に濃縮度と中性子スペクトラムにも依存する。従って、アクチニドからの崩壊熱は、核分裂生成物からの放出エネルギを測定してまとめた前述のANS及びGEの式いずれを用いる場合でも別に計算して加えることとした。

(ⅲ)Baker-Justの式はとくに高温においては大きめの反応速度を与えることが指摘されている。
 しかし、少くとも発熱量の評価ついて安全側の結果を与えることは間違いない。さらに、前出の燃料被覆管の脆化の評価の際、酸化皮膜の厚さをこの式によって評価している。したがって前出の酸化皮膜の厚さに関する制限値は、Baker-Justの式と不可分のものといえる。

(ⅳ)事故の発生直前における燃料ペレットの熱伝導率および燃料被覆管と燃料ペレットの間の熱伝達率をどう評価するかは、LOCAの際の最高燃料被覆管温度の計算値に大きな影響を与えるので重要である。
 これら二つの量の測定は、実験の際完全に分離して行うことは困難で、測定結果は、一方だけとり出して評価することはできない。
 ギャップ熱伝達率は、燃料ペレットのやきしまり、スウェリング、燃料被覆管のクリープなどの複雑な現象がからんでいる。
 ギャップ熱伝達率の変化は、本指針では、これらの現象を考慮して求めることにする。

(ⅴ)核反応による評価方法は従来から行われて来た所と全く同一である。

(ⅵ)ガンマ線は自由飛行距離が長いため、ある燃料棒から発したガンマ線による熱発生は、すべてその燃料棒で生じるわけでなく、その一部は、当該燃料棒以外で生じ熱発生の再配分が起る。このことをガンマスミヤリングと呼んでいる。

(2)燃料被覆管のふくれと破裂による変形
 燃料被覆管にふくれないし破裂による変形が発生すると冷却材の流動に影響を与える他、燃料被覆管と燃料ペレットの間のギャップ熱伝達率、燃料被覆管の表面積、厚み、さらにBWRの場合は、燃料棒相互、燃料棒とチャンネル・ボックスの間の輻射伝熱に関する角関係に変化を生じる。これらの変化は、変化量が大きい方が、最高燃料被覆管温度を高く与えるかというと、必ずしもそうではなく、ギャップ熱伝達率、燃料被覆管の厚み等は変化量の小さい方が安全側である。
 また、変化の発生が低い温度でおこるとする方が安全側だとは必ずしもいえない。さらに変形が発生する温度によって変形の体様が異なるという指摘がある。
 これらの問題点を整理し、最高燃料被覆管温度の計算値を安全側に与えるような実験データとの比較により、妥当性が示しうる評価方法が開発されなければならない。




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