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昭和49、50年原子力年報(総論)




 昭和48年10月、第4次中東戦争に端を発した産油国による石油輸出制限、あるいは、価格の引き上げは、我が国はもとより世界各国のエネルギー供給を著しく不安定なものとし石油依存からの脱却の必要性が改めて認識されるにいたった。
 とくに、狭あいな国土に極めて多くの人口をかかえながら、国内エネルギー資源に恵まれず、エネルギー供給の80%程度を海外の石油に依存している我が国において、今後とも、社会の発展と国民生活の向上を持続するためには、エネルギー使用の効率化、産業構造のエネルギー節約型への転換などにより省エネルギー化を一層促進する必要がある。しかし、これによってもなおかなりのテンポでエネルギー供給を増加して行かなければならない。現在、開発が進められている原子力発電は、経済性、安定供給の面等からみて、石油に代替し得るエネルギー源であり、その必要性は極めて高くなっているといわねばならない。
 原子力の開発利用にあっては、これまでも安全性の確保と環境保全を前提として推進してきたところである。しかしながら、近年原子力利用の安全性及び環境への影響に対する国民の潜在的不安感は、環境問題一般に対する関心の高かまりと原子力発電の実用化に伴う原子力施設と地域住民とのかかわりあいの増大の中で急速に高まり、加えて、内外における原子力発電所の故障などによって増幅され、原子力発電をとりまく環境は極めて厳しい情勢となってきた。このため、原子力発電所の立地は昭和49年6月の発電用施設周辺地域整備法などの推進方策の実施にもかかわらず極めて困難となり、加えて、最近のエネルギー需要の減退をも反映して、原子力発電の規模は原子力開発利用長期計画において昭和55年度3,200万kWと見込んでいるにもかかわらず、現実には1,600万kW程度と見込まれ、計画の大幅な遅れは必至となるに至った。
 このような中で、昭和49年8月地元の同意が得られないため延期されていた原子力船「むつ」の出力上昇試験が開始されたが、直後に起った微量な放射線漏れが原子力の安全性に対する不安感を一層かき立てることとなり、全国的規模で国の原子力安全確保体制、ひいては、原子力行政全般に対する不信を招くこととなった。
 政府は、かかる事態を深刻に受けとめ、その打開を図るため昭和49年10月以降原子力船「むつ」放射線漏れ問題調査委員会を開催する一方、原子力行政の基本的な在り方を検討するため本年2月以降原子力行政懇談会を開催し、国民の期待に応える原子力行政の確立をめざして鋭意検討を進めている。
 原子力委員会はかかる現状認識に立ち、今後、安全性の確保及び環境の保全を前提として、国民の理解と協力を得つつ原子力の開発利用を進めていくことが緊要であるとの考えのもとに、昭和47年6月策定した原子力開発利用長期計画を見直し、関係省庁と密接な連携を図りつつ所要の対策を進めることとしている。
 すなわち、原子力委員会の在り方については、原子力行政懇談会の審議の方向をも勘案しつつ、原子力委員会としても検討を行っていくとともに、原子炉施設の設置に係る安全審査体制の拡充強化を図り、原子力行政に対する国民の要望に応えることとしている。また、広く国民各層の主張を十分に受けとめられるよう公聴会の在り方を改善するなど、所要の体制の拡充強化を図って行くこととしている。さらに、原子力の安全性に対する信頼を回復するため、現在実用化されている原子力発電の安全研究及び信頼性向上のための研究を一層強力に行うとともに、使用済燃料の再処理を含む核燃料サイクルの確立、放射性廃棄物の処理処分方法の確立などの条件整備を図りながら、総合的安全確保対策を具体化することとしている。これら諸施策を実施するとともに、資料の公開、普及啓発活動を適切に行うことによって、国民の原子力開発利用に対する理解と協力が得られることを期待している。
 なお、政府においては今日のエネルギー問題の重要性にかんがみ、本年4月以降総合エネルギー対策閣僚会議を開催し、原子力を含むエネルギーに関する重要問題について総合的見地から検討を進めているところである。



〔安全性の確保と環境保全〕

 原子力委員会は、従来から原子力の開発利用にあたって安全性の確保及び環境保全を重視し、原子炉設置許可に際しての審査にあたって専門家により構成される原子炉安全専門審査会において詳細な検討を行ってきたほか、各界の専門家を委員とする各種の専門部会において安全問題の検討を行い原子力行政に反映させてきたところである。
 しかしながら、近年における国民の原子力施設の安全性に対する不安感、環境放射線、温排水等環境保全に対する地域住民の要請等、原子力施設の立地に対する制約要件が厳しくなる一方において、エネルギー確保の観点から、原子力の開発利用を拡大する必要性が高まってきていることにかんがみ、原子力委員会は原子力開発を円滑に推進していくため、環境保全、安全性のより一層の向上を期し、国民の期待に応えるよう努力している。
 すなわち、原子力委員会は原子炉の安全規制関係の体制の強化をかねてから政府に要望してきたところであるが、昭和49年度においては、科学技術庁及び通商産業省における安全審査、検査等の関係部門の職員の増強が図られるとともに、設置許可に際しての安全審査に日本原子力研究所の能力を活用することとして関係部門の強化を行った。
 原子力委員会自体においても安全確保対策の審議機能を強化するため、その基本的事項を討議する機関として安全関係の専門家を委員とする安全会議を昭和49年2月に設置した。さらに、かねてから環境安全問題についての検討を進めてきた環境・安全専門部会における審議の結果に基づき、同年8月に原子炉施設等安全研究専門部会を、同年12月に環境放射線モニタリング中央評価専門部会を、また、昭和50年2月に原子炉安全技術専門部会をそれぞれ設置し、安全性の確保及び環境保全に係る原子力委員会の専門審議機能の強化に努めている。
 さらに、政府は昭和50年度には科学技術庁に原子力安全局を新設することとして第75通常国会に科学技術庁設置法改正案を提出したが、他の諸法案とともに審議未了となった。しかし、原子力委員会としては今後とも原子炉施設に係る安全規制はもとより、核燃料取扱施設の規制の充実、RI取扱施設の規制等安全規制行政の強化を図ることとしている。
 一方、すでに国際的に商業用原子炉として実用に供されている軽水型原子力発電については、一部機器などの故障のためたびたび運転が停止され、これが国民の原子力発電の安全性に対する不安感を増幅させることになり、また、稼動率の低下による原子力発電の経済性に対する疑問と安定した電力供給に対する不安を与える要因となっている。
 しかし、原子炉の運転については慎重な点検や改善がなされるべきことは当然であり、このため、たびたび長期にわたって運転を停止することなどによって稼動率が低くなることも現段階においてはある程度やむを得ないものと考えられる。
 したがって、原子力委員会としては今後とも機器の信頼性向上などの安全研究及び運転経験に伴い生じてくる保守点検技術などについての改善や研究を積極的に進め、安定したエネルギーの供給源としての原子力発電の地位を確立するよう、政府、原子炉設置者及び原子炉製造業者の積極的努力を要請していくこととしている。
 原子力施設から環境に放出される気体及び液体の廃棄物中に含まれる微量の放射性物質については、国際放射線防護委員会(ICRP)の勧告値に基づき、我が国では法令により施設周辺の公衆の許容被ばく線量を年間500ミリレムと定めてきた。しかし、原子力施設から環境への放射性物質の放出に伴う公衆の被ばく線量は容易に達成できる限り低く保つことが望ましいとする、いわゆる、「as low as practicable」の考え方にたって努力が払われてきた。とくに、発電用軽水型原子炉は今後における規模の増大などにより環境への放射性物質の放出量の増大が予想され、これに対処して周辺公衆の被ばく線量を低く保つための一層の努力が払われることが必要とされるとの見地から、原子力委員会は昭和50年5月、「発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針」を決定した。
 原子力発電所からの低レベル放射性固体廃棄物については、現在、発電所敷地内に安全に保管されている。しかし、原子力委員会としては、原子力発電の規模の拡大及び核燃料物質の加工、使用等の事業の拡大に伴う放射性固体廃棄物の量的増加に対処するため、最終処分の方法を確立するよう努めており、官民の責任分担範囲を明確化して海洋処分及び陸地処分の実施への道を開くこととしている。また、再処理施設などからの高レベル放射性液体廃棄物については固化処理などの処理技術の研究開発を推進してきているが、早急に、安全な処理処分の方途を確立するよう努力していくこととしている。
 さらに、原子力委員会においては、放射線の人に与える影響、温排水の環境に与える影響等についての調査研究を推進してきたが、今後の原子力発電の規模の拡大に対処するため、さらに、これら調査研究を一層拡充強化していくこととしている。
 また、放射線の利用面における安全性の確保については、放射線障害防止法のほか労働関係法、医療関係法等の関係法令で規制されているが、その取扱い管理の不備などから放射線の過剰被ばく、放射性同位元素の紛失等が発生した。このような情勢に対処して、科学技術庁は昭和49年5月、放射性同位元素などの取扱い事業所に対し、法の遵守状況などの総点検を行い、その結果に基づき「放射線障害防止対策要綱」を策定するほか、関係省庁においても所要の対策を実施してきた。原子力委員会としては、今後とも関係省庁との連携のもとに放射性同位元素などの取扱いについての安全管理の徹底を図っていくこととしている。



〔核燃料サイクルの確立〕

 ウラン資源の需要は、原子力発電の増大にともない、世界的に増大してきており、その確認埋蔵量からみて国際的需給関係は今後きゅう迫してくるものと思われる。とくに、近年、ウラン資源保有国はウラン輸出の制限、採鉱活動の制限、ウラン精鉱価格の引上げ等資源ナショナリズムの姿勢を明らかにしてきており、ウラン供給の先行きは楽観を許さない情勢となっている。
 現在、我が国が昭和60年頃までに必要とする天然ウランは、民間において諸外国から長期、短期の購入契約により一応確保されてはいるが、原子力委員会としては、昭和60年以降のウラン資源の安定確保を図るためには、供給源の多様化とともに開発輸入の比率を高めることが重要であり、資源保有国との友好、協力関係を一層深めて行く努力が必要であると考えている。
 濃縮ウランについては、我が国は日米原子力協力協定に基づき米国から供給を受けてきているが、米国の供給能力は昭和50年代後半には急増する世界の濃縮ウランの需要においつかなくなるものと見込まれている。このため、我が国においても供給源の多様化を図ることとして、フランスを中心とするユーロディフ計画からの濃縮役務の供給を受けることとしているほか、国際濃縮計画への参加について官民の密接な連携のもとに共同調査を進めている。
 また、原子力委員会としては、濃縮ウランを長期にわたり安定的に確保するために、我が国においても独自にウラン濃縮技術の開発を推進することが必要であるとの観点に立ち、昭和60年までに遠心分離法による国際競争力のある濃縮工場を稼動させることを目標として、そのパイロット・プラントの建設、運転までの研究開発を国のプロジェクトに指定し、動力炉・核燃料開発事業団を中心に民間の協力のもとに強力に推進している。
 使用済燃料の再処理については、核燃料の有効利用を図るとともに、我が国の原子力開発の自主性を確保するため、現在、動力炉・核燃料開発事業団において年間処理量210トンの再処理工場を建設しているが、今後、増大する原子力発電所からの使用済燃料の発生量を考慮すると、早急に第二再処理工場を建設することが必要である。この第二再処理工場の建設については、民間においてその準備が進められているが、原子力委員会としてはこれを早急に具体化させるために、国としてもその条件整備を行う必要があると考えている。なお、第二再処理工場が完成するまでの間は、使用済燃料の再処理を海外に委託することなどによって増大する再処理需要に対処することとしている。



〔動力炉開発と核融合研究〕

 現在、原子力発電に主として使われている軽水型原子炉は、ウラン資源の利用効率が低く、とくに、ウラン資源の大半を海外に依存している我が国としては、より利用効率の高い原子炉の実用化を図ることがエネルギー供給の安定化のために極めて重要である。
 かかる観点から、原子力委員会は高速増殖炉及び新型転換炉(重水減速沸騰軽水冷却型)の開発を国のプロジェクトに指定し、動力炉・核燃料開発事業団を中心に積極的に推進してきている。
 とくに、高速増殖炉はウラン資源を最大限に利用することが可能であり、実用化にはまだかなりの期間を要するものと思われるが、原子力委員会としてはその重要性にかんがみ、官民一体となって早期実用化を目ざし今後一層その開発に努めていくことが必要であると考えている。
 また、新型転換炉は軽水炉に比してウラン資源を有効に利用し、かつ、高速増殖炉より早期に実用化が可能なものと期待され、原型炉の開発が進められている。
 一方、民間においては高温ガス炉などの新型炉の導入を進めようとする動きもあり、原子力委員会としては最近の内外の動向をふまえて、軽水炉以降我が国の原子力発電体系に組み入れるべき最適な炉型の選択について検討を進めて行くこととし、併せて、熱源として直接利用する多目的高温ガス炉の開発についても検討を進めて行くこととして、本年7月新型動力炉開発専門部会を設置した。
 他方、究極のエネルギー源として期待されている核融合については、原子力委員会は昭和43年以来原子力特定総合研究として日本原子力研究所などを中心に研究開発を進めてきており、トカマク型試験装置による第一段階の研究成果をふまえて、昭和50年度から第二段階の臨界プラズマの達成を目ざした研究開発を推進することとしている。



〔原子力船開発〕


 原子力船「むつ」は、昭和47年8月完成後、同年9月核燃料を炉心に装荷し、陸奥湾内で臨界、出力上昇試験の準備が進められていたが、地元関係者の了解が得られず、2年間定係港に係留したままにあった。この間、政府及び原子力船開発事業団は地元関係者の了解を得るよう努力を重ねた結果、試験を外洋で行うこととして、地元関係者の大方の理解と協力を得たものの、漁民による出港阻止の混乱の中で原子力船「むつ」は昭和49年8月定係港を出港し、試験海域において臨界、出力上昇試験を開始した。その際、原子炉上部より、設計値を上回る放射線漏れが発見されたため、「むつ」は試験を中止し、帰港することとなったが、地元の反対に遭遇した。政府は、地元の了解を得るよう努めた結果「むつ」の帰港に関する合意が得られ、「むつ」は出港以来約50日ぶりに定係港に入港した。
 政府においては、試験中止後直ちに「むつ放射線しゃへい」技術検討委員会を開催し、しゃへいに関する技術的専門事項を検討するとともに、同年10月「むつ」放射線漏れ問題調査委員会を開催し、放射線漏れの原因調査を行った。
 原子力船「むつ」からの放射線漏れは、極めて微量であったとはいえ、これを一つの契機として原子力行政について国民全般の信頼感を強く揺がしたことは、原子力委員会として極めて遺憾とするところである。
 原子力委員会は、本年5月「むつ」放射線漏れ問題調査委員会から出された「むつ」の研究開発計画の今後の進め方についての提言を含む調査結果を貴重な見解として尊重し、今後の施策にできる限り反映させて行くとともに、国民の信頼を回復するよう、あらゆる努力を払って行くこととしている。
 すなわち、原子力第1船「むつ」の原子炉内の放射能は、現在、極めてわずかで改修に際して危険はないと判断され、また「むつ」自体も適切な改修は不可能ではないと考えられる。このため、原子力委員会としては「むつ」の当面の措置として技術的総点検と必要な改修を原子力船開発事業団の責任において行わせることとし、その結果については、国の責任において十分審査を行うなど慎重な配慮が必要であると考えている。一方、原子力船開発の基本方針の見直しについては、本年3月原子力委員会に設置した原子力船懇談会において広く学識経験者、関係者の意見を聞きつつ検討を進めており、この懇談会の結論をまって原子力委員会としての方針を決定することとしている。



〔保障措置〕

 我が国は、核燃料物質などが軍事目的に転用されないよう政府間協定によって約束し、さらに、これらの遵守を確認するため国際原子力機関(IAEA)による保障措置を受け入れている。
一方、核兵器不拡散条約(NPT)については、我が国は、昭和45年度に署名したが未批准国となっている。
 我が国は、同条約署名の際の声明において、批准に当たっての我が国の態度を明らかにした。我が国は、この声明の趣旨を生かすため、昭和47年6月以来、同条約に基づく保障措置協定について、国際原子力機関と予備交渉を重ねてきたが、本年2月、我が国の主張を満たす内容の協定案で合意するに至った。この結果を踏まえ、政府は第75通常国会に核兵器不拡散条約の批准案件を提出したが、同批准案件は継続審議案件となった。
 なお、核兵器不拡散条約に基づく検討会議が本年5月ジュネーブにおいて開催され、我が国もオブザーバーとして参加した。
 原子力委員会としては、保障措置に関する平等性確保の見通しが得られた今日、我が国の原子力平和利用を更に進めるためには、速やかに核兵器不拡散条約の加盟の途を講ずることが望ましいと考えている。また、最近の原子力開発利用の著しい進展に伴う核物質の増大に対処するため、より合理的な核物質管理システム及び保障措置技術の開発が極めて重要であり、これらの技術開発を国際協力をも含めて一層強力に行うことが必要であると考えている。



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