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原子力事業従業員災害補償専門部会報告書


昭和50年7月21日

原子力委員会委員長
  佐々木 義武 殿

原子力事業従業員災害補償専門部会
部会長 金沢 良雄   


原子力事業従業員災害補償専門部会は、昭和46年12月1日以来16回にわたって、原子力事業従業員の原子力災害補償のために当面講ずべき施策について検討を行ってきました。今回その結果をとりまとめましたので、ここに報告いたします。


原子力事業従業員災害補償専門部会専門委員

部会長 金沢 良雄 成蹊大学法学部教授
五十嵐 一戌 理化学研究所労働組合員
石黒 秀治 動力炉・核燃料開発事業団労働組合員
石田 芳穂 日本原子力発電(株)常務取締役
岩波 千春 電気事業連合会専務理
(第1回~第15回)
藤本 得 電気事業連合会専務理事
(第16回)
甲元 二郎 全国電力労働組合連合会
竹下 守夫 一橋大学法学部教授
(第5回~第16回)
中井 斌 放射線医学総合研究所遺伝研究部長
長崎 正造 東京海上火災保険(株)副社長
野沢 喜平 日本ニュクリア・フュエル(株)常務取締役
萩沢 清彦 成蹊大学法学部教授
萩原 荘五 日本原子力保険プール運営委員長(第1回~第5回)
真崎 勝 日本原子力保険プール専務理事
(第6回~第16回)
村田 浩 日本原子力研究所副理事長
山下 久雄 慶応義塾大学医学部教授
吉沢 康雄 東京大学医学部教授
我妻 栄 東京大学名誉教授
(第1回~第13回)
茂串 俊 内閣法制局第三部長
成田 寿治 科学技術庁原子力局長
(第1回~第12回)
田宮 茂文 科学技術庁原子力局長
(第13回~第14回)
生田 豊朗 科学技術庁原子力局長
(第15回~第16回)
相沢 英之 大蔵省主計局長
(第1回~第12回)
橋口 収 大蔵省主計局長
(第13回~第14回)
竹内 道雄 大蔵省主計局長
(第15回~第16回)
近藤 道生 大蔵省銀行局長
(第1回~第5回)
吉田 太郎一 大蔵省銀行局長
(第6回~第14回)
高橋 英明 大蔵省銀行局長
(第15回~第16回)
高木 玄 厚生省官房長
(第1回~第5回)
曾根田 郁夫 厚生省官房長
(第6回~第14回)
石野 清治 厚生省官房長
(第15回~第16回)
小松 勇五郎 通商産業省官房長
(第1回~第5回)
和田 敏信 通商産業省官房長
(第6回~第12回)
井上 力 通商産業省資源エネルギー庁官房審議官
(第13回~第16回)
岡部 実夫 労働省労働基準局長
(第1回~第5回)
渡辺 健二 労働省労働基準局長
(第6回~第14回)
東村 金之助 労働省労働基準局長
(第15回~第16回)



はしがき


 原子力事業従業員が業務上被った原子力損害の賠償については、昭和37年10月に専門部会が設置され、昭和40年5月には講ずべき施策につき報告(以下「40年報告」という。)が出されているが、現況を考察すると残念ながらその趣旨が十分活かされているとは言いがたい。
 当専門部会は、40年報告を議論の前提として検討を進めたが、その結果、40年報告の内容は特に改める必要はなく、実行に移されるべきものであると考える。従って、関係各方面においても現時点の状況に即して40年報告の実現のため一層の努力を続けられることを希望するが、当面早急に講じられることが望ましい施策について結論を得たので報告する。



Ⅰ 認定に関する問題


1 現状

(1) 因果関係の推定
 因果関係の推定制、すなわち医学的に見て蓋然性が高い場合には業務と疾病の発生との間の因果関係を推定する制度(40年度報告ではみなし認定制と称し、その確立が望ましいとしている。)については、要は、医学的に見てどのような要件があれば必然性があるとみるかということであり、実際上の取扱いとしては、労働基準法施行規則第35条第4号に掲げる疾病の認定基準について定めた労働基準局長通達(いわゆる12症例)が制定され、認定権者はこれに準拠して判断しており、事実上12の症例については、業務起因性の判断の円滑をはかっている。

(2) 認定補助機関
 40年報告では、認定権者を補佐するため、専門家により構成された認定補助機関を設ける必要があるとしている。現在のところ、常設の認定補助機関は設けられていないが、業務上疾病の認定に当たっては、各都道府県労働基準局に非常勤医員として医師を配置し、これら医師の意見を聴くとともに、随時必要に応じ専門医の意見を聴いて処理することとし、さらにむずかしい事案については、本省へりん伺させ、本省においては斯界の専門家よりなる専門家会議を設け、事案の統一的な処理を行うこととしている。


2 問題点

(1) 因果関係の推定
 因果関係の推定は、現在、昭和38年の労働基準局長通達(いわゆる12症例)により運用されており、また12症例は、昭和38年以来改正されておらず、その後の医学の進歩に照らして現状では放射線被ばくに起因する業務上の疾病についての準拠すべき基準としては再検討を要すると考えられる。また、現実には12症例に入っていないものは申請し難いという意見もある。

(2) 認定補助機関
 次に認定補助機関についても現在までのところ常設の機関は設置されていない。このため、継続的な資料の収集、調査活動に欠ける点があり、また臨時に招集される専門家会議において認定に必要な作業を行うことは、迅速性の確保等という点で問題がある。


3 対策

 原子力損害、特に放射線障害は、その性質として症状の非特異性、潜伏性等を有するため、放射線被ばくと疾病との間の因果関係の立証が極めて困難な場合が多い。
 従って、当面次の施策によって対処することを提案する。

(1) 因果関係の推定
 因果関係の推定については、前述のように現在は認定権者の判断基準として、いわゆる12症例(認定基準)によって運用されているが、労働省に設置されている専門家会議で今日の医学の知見に基づきこの12症例の見直しを行っており、その速やかな結論を期待する。さらに、その後も認定基準を医学の進歩等に即応し内容のものとすることが必要である。

(2) 認定補助機関
 40年報告において述べられている常設の認定補助機関については、その位置づけ、構成及び行政との関係について種々検討すべき問題があり、今後とも引き続いて検討を要するが、問題は、基本的には既存の行政体制の充実整備に係るものである。当面、放射線医学総合研究所等において、調査研究をさらに推進することとし、その成果の活用をはかるべきである。



Ⅱ 被ばく線量の記録の問題


1 現状

 40年報告では、事業主の負担を軽くし、また労働者の健康管理を図る上からも、健康管理の記録の中央登録制度を適切な公的機関内に確立し、労働者の離職後は同機関においてその記録を保存させることが必要である旨述べられている。
 その後、昭和44年度に科学技術庁原子力局内に個人被曝線量等の登録管理調査検討会を設置し、中央登録の必要性並びにその方法及び内容についての基本的考え方を検討し、昭和45年3月一応の大綱をとりまとめた。
 その後、測定マニュアル策定検討会によるマニュアルの策定を経て、昭和47年2月に原子力局に中央管理に係る具体策を検討するために個人被曝登録管理調査検討会を設置し、中央管理の目的、効果、実施方法等につき検討を行い、昭和48年2月14日報告が提出されている等検討が進められてきているが、未だ制度そのものの実現をみていない。


2 問題点

 上記のとおり検討は進められてきているが制度が発足していないため、従業員が離職、転職した場合の一貫した被ばく線量の把握に困難さがある一方、現行の原子力関係法令上の取扱いとしては事業主が健康診断記録を永久保存しなくてはならないなどの問題点が未解決のまま残されている。


3 対策

 放射線被ばく線量等のデータは疾病の業務起因性の認定に際しての基本的要件であり、全国的規模で統一的に放射線被ばくを伴う業務に従事する者の被ばく線量が登録管理されることが理想であると考える。
 このための中央登録管理制度については、先の個人被曝登録管理調査検討会の報告によって、その基本的考え方、管理対象、処理方法等について一応の方向付けがなされているが、放射線被ばく線量等のデータの的確な把握については、被ばくの可能性のある全生活関係を網らしなければ実効を欠くおそれもあるので、行政的にも実効あるシステムの具体的な可能性を十分検討の上、できるだけ速やかに結論を得るべきである。



Ⅲ 補償体系について


1 現状

 40年報告では、原子力損害の賠償に関する法律(昭和36年法律第147号。以下「賠償法」という。)を改正して従業員損害を対象とすることが適当でありその際にはまず労災保険の対象外及び超過額についてのみ賠償法で賠償するようにすべきである旨述べられている。しかし、昭和44年に設置された原子力損害賠償制度検討専門部会(注)は、労災保険制度が充実されてきているとともに原子力事業において労災保険上積みの労働協約等が行われる傾向にあること、また同一事業体内の他部門従業員とのバランス上の問題があること等の理由により、今後引き続き検討を進めることとし、当面賠償法を改正する必要はない旨答申で述べており、現在までこの点について賠償法の改正は行われていない。


(注) この専門部会には、専門委員として、労働者側委員は入っていない。



2 問題点

 従業員損害が賠償法に含まれていないことの問題点は、40年報告に述べられているので重複をさけるが、その後、労災保険制度の充実化及び労働協約による上積み補償の普及等前進がみられるものの、労働協約による上積み補償等は事業者自身の経済的基盤に依存するものであり、保険等の経済的裏付けが無く、協約等の内容も事者業により差がある等の問題がある。


3 対策

 上記の問題点の解決のため、賠償法を改正し従業員損害も対象に含めることを基本的方針とすべきであると考える。その場合、労災保険制度による補償との関係は、他の民事賠償制度と労災保険との関係に準ずるものとするが、その運用に当たっては、労災保険の補償を超える部分について補償を行うようにするべきである。
 その理由は次のとおりである。

① 一般的に労災保険によって補償を受けられない損害、例えば物的損害等については労働者の場合も民法等の私法に委ねられており、その点に関しては労働者も一般人と同様の保護を受けているわけである。従って、原子力損害の特殊性に鑑み、原子力損害の賠償に関して私法上特別の法制度が設けられている以上、従業員についてのみその適用を排除することは必ずしも妥当ではないと考える。

② 労災保険によって補償を受けられない損害についてのみ賠償法を適用することにより、一般第三者に対する損害賠償措置額の減少を最小限におさえることが出来る。

③ 昭和46年10月に原子力賠償責任保険について従業員災害賠償責任担保特約が任意保険の形で付しうるようになったが、同特約は、労災保険の補償対象となる疾病について金額的な上積みを行うものであり、労災保険の補償対象とならない疾病は免責としている。従って補償体系として必ずしも十分といえない。




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