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環境・安全専門部会中間報告書(温排水分科会)


昭和48年5月11日
温排水分科会

  Ⅰ 温排水問題の背景と現状

 昭和47年6月に、ストックホルムで開催された国連人間環境会議に示されたように、近年、自然環境ひいては人間の環境を保全しようとする動きが世界的に高まり経済的、社会的活動を行なうにあたって、環境の保全が重要な検討事項となってきた。

 環境問題には大気汚染、水質汚濁などから、短期的には人間の健康や自然環境にも影響が認められないが、長期的には生態学的な影響が現われるような問題まであり、今日のいわゆる環境問題はこれらが混在して問題をより複雑にしているように思われる。

 現在、わが国で主として採用されている軽水炉による発電は、その熱効率が33%前後であり、原子炉で発生する熱エネルギーの約2/3を復水器を通じて外部に放熱しなければならない。

 したがって、発生電力に相当する熱量の約2倍の熱量を復水器冷却水によって環境に放出することになる。

 これが温排水といわれるものである。

 温排水問題は原子力発電固有の問題ではなく、火力発電にも共通する問題であるが、軽水炉による原子力発電では

① 火力発電にくらべて蒸気圧力、蒸気温度が低いため熱効率が劣り、10万KW当り6~7m3/秒と約1.5倍の冷却水を必要とする。

② その開発が大規模化、集中化する傾向がある。

③ 既存の工業地帯から離れた、沿岸漁業が行なわれ、自然環境が良好な状態で保存されているところに立地する傾向がある。
 ことなどから、同一容量の火力発電にくらべて環境への影響がより大きいと考えられる。

 わが国の場合、長い海岸線をもつという地理的条件から、復水器冷却水のほぼ全量を海水に依存している。

 この点、原子力発電所の多数が内陸の河岸、あるいは湖岸に立地し、河川水または湖水を冷却用水として使用している欧米諸国と事情を異にしている。

 海水を冷却水として利用する方式は、単に水量の点からいえば、海が無限ともいえる取水源であり、莫大な冷却能力を有しているので、非常に有利である。

 温排水の放出は、人の健康被害や生活環境の悪化にかかわる物質の蓄積をもたらすものではない。

 しかし、わが国の場合、ほぼ沿岸全域に漁業権が設定されており、とくに浅海漁業の盛んな地域では、温排水の放出にともなう温度上昇や流れの変化などによる海洋生物に対する影響に不安がもたれている。

 わが国では、原子力発電の急速な進展にともない、昭和60年度には原子力発電所だけで3,200m3/秒程度の温排水を放出することになると予想されているが、海岸線の長いわが国では、温排水によって昇温する範囲は、巨視的にみるとごくわずかの水域に限られる。

 しかし、微視的に個々の地点についてみると、温排水の放出が周辺海域の海洋条件や生物に何らかの影響を与えるのではないかと懸念されている。

 海の生態系では、生物相互間および生物と非生物環境の問にそれぞれ動的な平衡が保たれている。

 したがって、生態系への人為的影響を少なくしてその変化をできるだけ小さくするように万全の措置を講じて、自然環境を保全しつつ国民経済の発展を実現しなければならない。

 これまでわが国では、温排水問題について漁業権の消滅や、予想される経済的損失に対しては、主として補償によって対処してきた。

 これまで、温排水の放出によってあらかじめ予想されなかった漁業被害が発生した事例はないが、環境保全に対する今日の強い国民的要請のもとでは、従来のような経済的補償だけでは問題は解決されず、発電所立地の円滑な取得が困難となっている。

 したがって、温排水の放出によって生じる周辺環境への影響についてはいうまでもなく、地域の漁業者や住民に及ぼす社会的経済的影響をも十分考慮して、的確な対策を講じることが必要である。

 なお、近い将来、水質汚濁防止法による排水基準が設定されれば、それにもとづいた適切な排熱管理が必要となろう。

 温排水の環境に及ぼす影響、とくに海洋生物への影響は、科学的にまだ十分には解明されていない。

 海洋生物への影響については、短期間にその全貌を明らかにすることは難しく、定量的な影響の把握のため長期的かつ組織的、総合的な調査研究を実施しなければならない。

 以上のような状況を考慮して、温排水の影響に関する適切な調査研究体制をすみやかに確立するとともに、温排水に関する評価機関の設置を含む評価体制の確立など、温排水問題についてただち転積極的に取り組むべき方途を明らかにする必要がある。

 このように、温排水の環境に与える影響を重視し、原子力発電の開発が自然環境や国民生活を損うことなく推進されることが必要である。

  Ⅱ 温排水に関する調査研究の概要

 温排水の拡散と、その海洋生物などに対する影響について、敦賀、美浜、姉崎など現在運転中の発電所および設置予定地点において、国および地方公共団体その他の機関が実施した調査研究などにより、得られた知見は次のとおりである。

1 温排水の拡散範囲の予測と実測

 復水器冷却水は、取水口における水温(取水温)より一般に7℃程度の水温上昇をともなって放水口から排出される。

 海の表層部に放出されたこの温排水は、

① 温排水の放出によって生じる流れによる熱の移動(移流)

② 海の場の乱れによる周囲の冷たい海水との混合稀釈(渦動熱拡散) 

③ 大気への放熱
 などにより、次第に水温を低下しながら海面表層にひろがり、静穏で流れのない水域では平面的におおむね舌状の水温分布の場を形成する。

 温排水は、その密度流としての特性のために、水平方向の熱拡散の方が深さ方向の熱拡散(鉛直混合)よりはるかに大きいので、水平方向に海面から2~3m前後の厚さで平面的にひろがる。

 このような拡散過程によって形成される温排水の拡散範囲の大きさや形は、地形、気温、風などの気象、沿岸流、潮汐などの海象、その他のさまざまな要因によって変化する。

 例えば、放水口前面の水深が比較的大きい場合には、放水口近傍において下層からの冷たい水の連行加入による混合稀釈が行なわれ、放水口近傍での水温低減が期待される。

 温排水拡散範囲の実測例として、美浜地点および姉崎地点における現地調査の結果の例をあげれば、以下のとおりである。

 表層において放水口より十分離れた温排水の影響を受けないと考えられる水域の表層水温(以下環境水温という)より、2℃以上高い拡散範囲は、通常、美浜地点(原子力発電、電気出力34万kw、冷却水量約21m3/秒)の場合、復水器通過による水温上昇約7℃で距離にして放水口から約500m、面積にして約0.2km2である。

 また、姉崎地点(火力発電、電気出力180万kw、冷却水量約58m3/秒)の場合、復水器通過による水温上昇約7℃で前記範囲は距離にして放水口から約1,000m、面積にして約0.5km2である。

 これらの測定は、海上での調査船によるものと航空機からの赤外線温度映像装置による測定とを併用したものであるが、放水口および拡散域外の2点の温度計による測定値を用いて赤外線法によって得られた表面水温分布パターンを補正すると、環境水温との温度差が約3℃以上の範囲では、両者の等温線パターンははば良好な一致を示している。

 赤外線法は、温排水の拡散パターンを同時性のある記録として表面水温を測定できる利点をもっているが、海面下の水温分布は測定できない。

 また、高空からの測定のため、水蒸気、気象要素などによる攪乱の影響を受けるなどの欠点をもっている。

 一方、調査船による測定は海面下の水温分布の正確な測定が可能であるが、測定の同時性の点で不利である。

 したがって、現段階では、調査船による海上での水温測定と、赤外線映像装置による航空機測定を併用して実施することが望ましい。

 しかし、いずれにしても、環境水温との温度差が、2℃より小さくなると、温排水による温度変化と自然変動との判別が困難である。

 以上のような温排水拡散の調査結果を基礎として、発電所設置計画対象水域における温排水による水温の分布と流れの挙動を予測することは、冷却水取放水施設の計画、設計、運用を行なうために極めて重要である。

 前述のように、温排水の拡散範囲は、放水口周辺の海岸地形、構築物の配置、取放水方法、沿岸流や潮汐、波浪などの海況や、熱収支に関与する気象条件など種々の要因によって変化する。したがって、海での温排水の拡散現象を理論的に解析するためには、数理モデルによるシミュレーション解析手法が有効な手段とされており、現在、発電所の設置計画地点の温排水拡散予測計算に主としてこの方法が用いられている。

 この解析手法の妥当性の検討と解析結果の信頼性を向上させるために、予測計算値と実測値との比較検討が行なわれているが、これまでに得られた地形、気象、海象条件などの異なるいくつかの地点での温排水の拡散面積についてのシミュレーション計算の結果は、実測値とほぼ一致することが確められている。

 今後は、さらに、シミュレーション解析手法を改良し、沿岸流、波浪などの外海の諸要因や放水方法などを考慮に入れた解析手法を開発して、将来の大量の温排水拡散を対象に、その拡散範囲予測手法の確立に努めることが肝要である。

 一方、拡散面積を簡便に推定する実用式がある。

これらの実用式は、シミュレーション解析手法と異なり簡単なモデルで限定された条件にもとづくものであるか、あるいは、経験式というべきものであるが、計算が簡単であるため、しばしば用いられている。

 これらの予測手法の適用にあたっては、基礎にある仮定について十分認識して、適用範囲と結果の判断を誤まらないように留意することが必要である。

2 温排水の環境に及ぼす影響

 温排水の海洋生物への影響の仕方には二つある。

 一つは取放水域の温度と流れの影響であり、他の一つは復水器通過によるものである。

 後者には機械的作用、熱作用、注入塩素などの化学的作用などがある。

 その他、温排水の海象、気象などへの影響についても考慮しなければならない。

(1)海洋生物に対する影響
 海では、バクテリヤ、動植物プランクトンから 魚類、哺乳類まできわめて多くの種類の生物が複雑な生物社会を構成している。

 これらの生物は、それぞれ再生産を営み、生物相互間および非生物環境と作用しあって生物社会としての構造と機能をもち、動的平衡が保たれている。

 一般に、環境に加えられたストレスが、生態系を構成する生物種のもつ耐忍限界を越えた場合には、個体に対する影響のみにとどまらず、種個体群にまで影響して極端な場合には生態系全体に変化がおこることも考えられる。

 したがって、海洋生物に対する影響については、生物一個体に対する影響と生態系を構成する一つの歯車としての種個体群への影響という両面から考慮することが必要である。

 また、生物の種類や生育段階、地理的条件などのちがいによって、地域ごとに、それぞれ異なる生態系を形成している。

 したがって、温排水の影響の現われ方も地域ごとに異なるものと考えられる。
1)生物の種類および生育段階による差異
 海に生息する生物は、それぞれその種類に特有の適水温の範囲と耐忍限界をもっており、温排水の影響の現われ方は生物の種類により異なる。

 一般に広温性生物にくらべて狭温性生物のほうが、うける影響はより大きい。

 また、同一魚種でも産卵期、卵稚子期などには一般に適温範囲の幅が狭いことが知られている。

 プランクトン、卵稚子については、復水器を通過する際にうける温度や機械的作用などにより損傷したり死亡することがある。

 また、植物プランクトンについては、水温が高くなり適水温の上限に近づくにつれて分裂増殖速度が低下したという観察もある。

 海藻類(ノリ、ワカメ、コンプなど)は、その生長時期別に適水温の範囲が異なっている。

 一般に、水温上昇は、その適水温範田内では生理作用を促進し、生長を促す。

 しかし、冷水を好む種類は、水温上昇が大きい場合、その生長が妨げられ小さい場合でも成熟は早められて、生長はにぶる。

 水温に対してとくに敏感なノリは、冬期、水温の順調な低下が必要であり、平均より高目に推移すると、芽イタミ、白グサレ病などが発生する。

 また、赤グサレ病が起きているときは、水温低下期に、ある温度範囲で病気がひろがり易いので、水温の上積みは好ましいことではない。

 海産植物では、基礎生産者として重要な珪藻より緑藻や藍藻の方が一般に適水温が高いので、水温の上昇により、珪藻→線藻→藍藻という置換が起ることもある。

 底生生物(貝類、甲殻類、ウニ、ナマコなど)の成体は、温排水の拡散がその特性として表層に限られるので、比較的影響をうけることが少ないといえる。

 しかし、これらの生物の初期幼生は浮遊生活をするので、プランクトンと同様の影響をうけると考えられる。

 その上、これらの幼生プランクトンは、一般に温度変化の影響をうけやすいため、普通のプランクトンよりさらに大きい影響を受けることが考えられる。

 魚類は、一般に、移動により不適環境を回遊するため、浮遊生物、底生生物に比して影響は少ないといえる。

 しかし、不適水温や流れの変化が魚の移動や回遊経路の変化をもたらし、その結果漁場の変化につながることも考えられる。

 また、卵や幼生時代には底生生物の初期幼生と同様に復水器通過時に影響をうける可能性がある。

 以上のような生物個体に対する直接的な影響の他に、先に述べたように一般に、海洋生物の生殖時における適温範囲は、生存温度範囲よりも狭いので、このような時期に熱的影響をうけると、結果として再生産の低下、個体群の減少にもとづく生態系の変化などが考えられる。

2)地理的条件による差異(地域性)
 一般に、冷水性生物に対する影響の方が、暖水性生物より大きいとされている。

 また、外洋に面しているか、内海、内湾を形成しているか、海底地形、潮汐や沿岸流など海洋条件の違いによっても生物柏が異なる。

 したがって、温排水による影響の程度について検討するにあたっては、地域の特殊性を十分考慮することが必要である。
(2)海藻、気象に及ぼす影響
 海象については、復水器冷却水の取放水によって局所的に流れに変化を生じるが、潮流に変化を与えるまでに大きな影響があるとは考えられない。

 また気象については、立地および気象条件によって、局所的に霧が発生した事例がある。

 以上のように、温排水の拡散範囲については、ある程度の精度で把握することが可能であり、さらに、今後の予測技術の開発、調査方法の改善などによってより一層正確な把握が可能になると期待される。

 しかし、海洋生物の生態系は、海の自然条件の変化にしたがって、その構造や機能に変化があるうえに、生物活動には年周変化、日周変化など長、短期の周期性があるので、さらに問題を複雑にしている。

 したがって、温排水の海洋生物に対する影響を明らかにするためには、現場における調査研究を主として、長期的視野に立った調査研究を組織的、総合的に、ただちに実行に移すことが必要である。

  Ⅲ 温排水問題への今後の対応

 原子力発電の開発をすすめるにあたっては、近年における環境保全に対する要請に応え、実行可能な限り温排水による影響の低減に努める姿勢と実行が肝要である。

 当面の低滅対策と並行して、長期的観点にたっての十分な組織的、総合的調査研究によって、温排水に関する科学的知見の一層の充実に努め、逐次、その成果を影響の軽減方策、温排水の排水基準の策定など、温排水対策に反映させることが必要である。

 さらに、現在、環境庁において温排水の排水基準を、できるだけ早く設定すべく検討がすすめられているが、同排水基準の策定前においても、原子力発電所を設置する場合には、地域の特殊性を考慮した総合的見地から、温排水に関して評価検討を行なうことが必要である。

 また、条件が整うところでは、温排水を養魚や温室栽培などに積極的に利用して、原子力発電所の設置が可能なかぎり地域社会の発展に寄与するよう配慮が必要である。

1 温排水に関する調査研究課題


 温排水に関する科学的知見を得るために取り組むべき調査研究の対象は、大きく分けて次の2つに分類することができる。

 一つは、温排水の拡散、混合現象を水理学的な考察にもとづいて物理的に解明するとともに、温排水の拡散範囲をできるかぎり高い精度で測定、予測することである。

 他の一つは、温排水が海洋生物や周辺環境にどのような影響を及ぼすかを科学的に究明することである。

 前者については、これまでの調査研究によって、ある程度解明されているが、今後はさらに拡散範囲の予測解析手法を、確立するための調査研究を鋭意すすめるべきである。

 一方、後者については、その研究が緒についたばかりであり、今後、とくに積極的な調査研究の推進が望まれる。

 そこで、現在すでに実施に移されているものを含め、今後、さらに強力に実施すべき主要な調査研究課題を列挙すれば次のとおりである。

(1)温排水拡散の実態調査と拡散予測に関する調査研究
1)温排水の拡散機構の解明と拡散範囲の予測解析手法の開発のための研究

2)温排水拡散の実態調査、測定手法および測定結果に基づく予測解析手法の評価に関する調査研究
(2)温排水の環境に及ぼす影響に関する調査研究
1)温排水の海洋生物に及ぼす影響に関する調査研究
(i)温度(水温、温度差、温度変化速度、接触時間)による影響
(ii)生物の種類および生育段階の差異に対する影響
(iii)海域特性による影響
(iv)復水器冷却水路系通過による影響
(v)海水の物理的、化学的変化による影響
(vi)水域の海洋条件の変化、とくに流れの変化による影響
2)海象、気象に及ぼす影響に関する調査研究

3)温排水と他の汚染物質との複合した影響に関する調査研究 

4)環境に及ぼす影響についての調査方法ならびに機器の開発これらのうち温排水の海洋生物への影響に関する調査研究は、その影響が短期間に現われるものと、ある年月を経て明らかになるものとがあるので、今後は長期的視野にたって、包括的に実施することが必要である。

 このため、暖流域、寒流域、外洋性、内海湾性など地域の特性を考慮してできるだけ多くの海域で、発電所の運転開始前後における広域にわたる事前調査、事後調査を継続的に実施して、温排水に関する影響の実態を解明しなければならない。

 これらの調査研究は国が中心となって、鋭意実行して行くものとし、その効率的な推進をはかるため、適切な調査研究体制をすみやかに確立する必要がある。

 事前調査としては、気象、海象の調査、漁業の実態、施設周辺の海洋生物の種類や量および温排水の拡散範囲、流れの変化の予測などを主な調査対象項目とする。

 また、事後には事前調査事項の追跡調査を行ない、施設設置後の環境の変化を把握し、温排水の影響を解明するものとする。

れらの調査結果は前述のとおり随時、温排水に関する評価検討や温排水に関する基準策定のための基礎資料とする。

 一方、電気事業者は、後述する(第3章第4節)温排水に関する評価に必要な資料を作成するために、発電所立地地点における温排水の拡散予測、施設周辺の海洋生物の実態、漁業の実態などについて、必要に応じ地方公共団体などの協力を得て調査を実施する必要がある。

 また、運転開始後の発電所周辺海域における主要海洋生物の種や量の組成の変化などの重要事項については、事前調査結果との比較のため、電気事業者が主体となって定期的に実態調査を実施してゆく必要がある。

2 温排水による影響の軽減方策

 わが国では、原子力発電所の設置に際して、温排水による環境への影影を小さくするため、深層取水などの影響軽減対策がすでに一部の発電所で採用されている。

 しかし、今日の環境保全に対する強い国民的要請のもとでは、さらに、地域の自然的、経済的・社会的特殊性を考慮した影響軽減の措置をとり、電源立地と環境との調和をはかるべきである。

 当面の措置としては、地域の実情に即して、実施可能な軽減手段から速やかに採用することが必要である。

 また、現時点では、わが国でその実用化が困難と思われる方法をも含めた各種影響軽波手段について、費用対効果分析を含めた先行的調査研究をすすめ、前節の温排水の環境に及ぼす影響についての調査研究の成果に対応した的確な対策を講じなければならない。

 温排水の影響軽減方法としては、大別して
① 取放水時に対策を施こす方法
② 大気へ直接排熱する方法
 が考えられる。

 ①の方法は、現在、すでに一部採用されているが、今後さらに影響を軽減するために、発電所立地地点の地形、海象、漁業形態などの諸条件に応じて、可態な限りこの方法に含まれる軽減手段を組合せて採用する必要がある。

 つぎに②の方法は気象条件、土地事情、二次的公害の可能性のあることなどからわが国では、すぐに採用されるとは考えられない。

 しかし、可能な限り温排水の影響を小さくするという基本的考え方から将来においては、この方法を取放水時に対策を施す方法と併用することも考えられるので、この方法について環境をはじめ技術的、経済的面から必要な調査研究をすすめておくべきである。

 また当該方法の欧米諸国における技術開発、採用の動向などについて常に把握しておくことが必要である。

 以上これらについてその概要をのべる。

(1)取放水時に対策を施す方法
1)深層取水
 水域によっては夏期に、海面下に水温躍層が形成され、下層の水温は表層より2~3℃低い場合がある。

 そのような地点では、深層取水設備を施し深層水塊を選択的に取水すれば相対的に温排水の温度を下げることができる。

 現在この方法は多くの発電所ですでに実施に移されている。

2)バイパス稀釈
 これは、復水器冷却水系を通らない別個のバイパス水路を設備し、温排水とバイパス水路からの低温水とを混合させて水温の低下した水を放流する方法である。

 放水口での排出水温を低下するいう点では有効であるが、水域への排出熱量は稀釈放流しない場合と等しく、また、排出水量が大となるので拡散範囲についての検討が必要である。

 これは一部の発電所で冬期に実施している例がある。

3)エアベブルカーテン法
 放水口の前面海底に配置した多孔給気管からコンプレッサーによって空気抱を噴出させエアバブルカーテンを形成する。

 これによって、表層温排水と底層の冷水と混合させ、冷却効果を促進して水温の低減化をはかることができる。

 この方法によると、水域条件によっては、エアバブルカーテンで囲まれた放水口周辺の限られた水域内に温排水を固定化したり、導流効果をもたせることも期待できよう。

 現在、基礎的な水理実験による研究と、発電所サイトにおける実現規模試験が実施されている。

4)深層放流
 放水管で水域の条件に応じた海中まで導びき、噴流状に放流し、噴流拡散と重力拡散によって混合稀釈効果を高め、海表面へ浮上するまで水温の低減をはかる方法である。

 この方法によると水温上昇の範囲が沖合の噴出口周辺部に限られるので、岸寄りの浅海部の海洋生物に対する影響を少なくすることができる場合がある。

対象海域の漁業形態によっては地元漁業者との合意のもとに適用可能な方法と考えられる。

5)せきによる方法
 放水路出口あるいはその前面に、段落ち、もぐり越流せき、ブロック積み透過せきなどを設けて温排水の放出による流れの速さを低減、均等化し、あわせて熱の移流逸散の効果を高める方法である。

 せき前面の水深が深ければ、下層冷水との混合冷却も期待される。

 すでに一部の発電所で採用されている。
(2)大気へ排熱する方法
1)自然冷却池
 自然冷却池としては、電気出力100万kW当り約6~10km2程度が必要と推定され、国土の狭いわが国では用地の確保が困難であるが、湾の一部を仕切ることが許されれば、貫流方法と組み合せた冷却池として使用することも考えられる。

2)噴霧冷却池
 スプレーノズルを備えた冷却池であり、自然冷却池より必要面積を1/10~1/15にすることができるが、噴霧装置に技術的に解決を要する問題があり、また塩寄などの二次的公害の可能性もある。

3)湿式冷却塔
 この方法では広大な敷地と大規模な設備を必要とするうえに、蒸発飛散する微細水滴(ドリフト)による霧の誘発、可視蒸気による景観への影響、塩分飛散などによる周辺環境への二次的公害の可能性がある。

 このような技術的問題を解決するために、今後は、ドリフト除去装置の改良などの技術開発をすすめることが必要である。

4)乾式冷却塔
 この方法では、可視蒸気やドリフトは発生しないが、効率が低いうえに温風の放出や塔の大型化による自然景観上の問題があり、また強制通風の場合には通風機による騒音も問題となってくると思われる。

5)並流乾湿冷却塔
 この方法は乾式冷却塔で使用する空冷熱交換器を湿式冷却塔に組みこんだもので、可視蒸気やドリフトを滅少させることが可能である。
3 温排水の利用

 原子力発電所の温排水は、自然海水温にくらべて平均して7℃程度しか高くないので、その利用範囲はおのずから限られる。

 このような温排水の利用対象のひとつとして、水産増養殖がある。

 近年「獲る漁業」に加えて「つくる漁業」が重視されており条件の許すところでは、発電所の温排水を魚介藻類の増養殖に利用することによって、冬期における成長を促し、生産性を高めるとともに、人工種苗生産に重要な親魚の養成を可能とすることも期待される。

 わが国では、現在各地で、主として火力発電所の温排水を利用して、チダイ、ハマチ、クルマエビ、アワビなどの魚介類を対象とした養殖試験研究が実施されているが、原子力発電所の温排水を利用した試験研究は、まだ始まったばかりである。

 原子力発電所は、水のきれいな地域に立地される傾向にあるので、積極的な試験研究をすすめるとともに、その成果をもとにして温排水の利用をはかっていく必要 がある。

 また、将来においては、冷却池やエアバブルカーテンなどの温排水による影響の軽減方策と組み合せた魚介藻類の増養殖の可能性についても検討する必要があろう。

 海水を冷却水として使用するわが国においては、水産業以外の利用分野はかなり限定されてくるが、農業における温室栽培利用や、地域特性と結びついた多角的な温排水の利用などについて、今後積極的な研究開発をすすめる必要がある。

 このように温排水を魚介藻類の増養殖、農業における温室栽培などへ利用することによって、沿岸漁業、農業などの振興に役立て、地域社会の発展に寄与するようにすすめられることが必要である。

 以上の観点から、温排水利用を積極的に推進するにあたっては、電気事業と地域漁業、農業との密接な連係をはかることはもとより、国としても温排水利用に関する基礎的な調査研究をすすめることが必要である。

4 温排水に関する評価

 前述のように、温排水の海洋生物に及ぼす影響については、現在十分には解明されていないので、今後強力に調査研究をすすめるとともに、現時点では、できる限り良好な水域環境を維持するという基本的な考え方に立って、温排水の環境への影響をできるだけ小さくするという姿勢が必要である。

 このような観点から、個々の発電所周辺海域の海洋生物、水産業、海象、気象などに与える影響を環境保全の立場から総合的に検討し、計画地点の原子力発電所の設備計画が適当かどうかを既住の科学的知見および今後推進する調査研究の成果に基づいて評価検討することが必要である。

 このような温排水に関する評価検討を行なうため、生態学、水産学、海洋学、水理学など関係分野の専門家などからなる常設の専門委員会の設置について早急に検討する必要がある。

 この場合、つぎのような基本的観点にたって評価を行なうことが適当である。

① 環境保全の立場から当該取放水海域における水温上昇の範囲が、実行可能な限り小さく限られたものであること。

② 水産業について十分配慮されたものであること。
 なお、生態系の変化については、定性的な変化は別として定量的に把握することは、現在のところ困難であるので、今後、緊急に調査研究をすすめることによって、その評価方法を確立していくものとする。

 その評価にあたっては少なくとも次の事項について検討されることが望ましい。
① 取放水水域における気象、海象など温排水の拡散および海洋生物、自然環境への影響に関係する物理的化学的因子について十分調査検討する。

② 取放水海域において漁業上、また生態学的に重要な海洋生物の種類、分布、数量などを把握し、温排水との関係を検討する。

③ 発電所の立地条件に応じて、採用可能と考えられる各種の取放水方法に関し対象水域における温排水の拡散範囲の予測およびそれらの比較考察を行なう。

 なお、この拡散範囲の予測は数理模型による海域特性を考慮したシミュレーション解析手法、実用的解析手法または水理模型実験などによるものとする。

④ 各種取放水方法について、それらを実施する場合の重要海洋生物に与える影響を検討する。

 なお、その際、当該海域に産卵域、卵稚子の生育域、索餌域、移動、回遊域などがある場合にはとくに十分な配慮が必要である。

 また、当該海域における漁業形態、海洋条件など考慮して温排水放出海域における混合水域(ミキシング・ゾーン)の形成についても検討する必要がある。

⑤ 上記③④の検計にもとづき冷却水取放水設備の設置場所、取放水の方法、設備の構造が適当かどうかについて前述の基本的観点に照らして評価を行なう。

⑥ 発電所が運転を開始する以前と以後の海洋条件および生物相についての調査計画が準備されていることを確認する。
 以上のように温排水に関する評価をするにあたっては、温排水による影響の現われ方が地域ごとに異なると考えられることから、各発電所立地地点における温排水の拡散予測、施設周辺の海洋生物の実態、漁業の実態、影響低減のために計画された各種手段とその選択理由などの資料が必要であり、これら資料については必要に応じ地方公共団体などの協力を得て可能な限り電気事業者から提出を求めることとする。

   環境・安全専門部会温排水分科会構成員

 主査  能勢 幸雄 東京大字教授
池尻 文二 全国漁業協同組合連合会常務理事
伊藤 俊夫 電気事業連合会公害対策委員長
岩下 光夫 東海大学教授
小林 節夫 朝日新聞社論説委員
向坂 正男 日本エネルギー経済研究所長
千秋 信一 電力中央研究所技術第2研究所主任研究員
田中 二良 東海区水産研究所荒崎分室主任研究員
谷井  潔 日本水産資源保護協会参与
津田 鉄禰 三菱原子力工業(株)常務取締役    
丹羽 正一 福井県水産試験場長    
松下 友成 水産庁調査研究部長    
山本護太郎 東京大学海洋研究所教授    
鷲巣 英策 環境庁長官官房審議官    
和田 文夫 通商産業省公益事業局技術長
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