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夜光時計に関する工業標準の制定について



夜光時計に関する工業標準制定について(報告)
昭和48年4月
  放射線審議会会長 御園生圭輔殿
アイソトープ部会長 伊沢 正実
夜光時計に関する工業標準の制定について(報告)

 昭和47年9月19日の第24回放射線審議会総会および昭和47年12月6日の第7回総括部会により、本部会に審議を付記された通商産業大臣からの諮問案件である「夜光時計に関する放射線障害防止の技術的基準について」に関しては、本部会において昭和47年12月6日から、昭和48年4月16日まで5回にわたって審議を重ねてきたが、下記のとおり結論をえたので報告する。
〔審議結果〕
1. 夜光携帯時計および夜光置掛時計工業標準の制定について

(1)「発光塗料」を用いた夜光時計に関する工業標準を制定することは、発光塗料に含まれる放射性物質の種類および数量を限定し、発光塗料・時計のケーシングの品質等について放射線安全性に重点をおき規格を定めることが主な目的であると解されるので放射線障害防止の観点から望ましいものと考える。

(2)「発光塗料」を用いた夜光時計に関する工業標準を制定するにあたっては、単に時計として使用状態での放射線安全性を保証するだけでなく、流通過程における安全性も考慮すべきである。

 また、夜光時計に放射性物質が用いられていることを消費者その他の関係者に十分周知させ、夜光時計について慎重なる取扱いがなされることを図ることが、放射線障害防止の観点から必要であると考える。

(3)一般国民の受ける放射線の線量をできるだけ少なくするという見地からは、工業標準を制定することが夜光時計の使用を不必要に増大することとならないように配慮すべきであると考える。

2.放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行令第1条第4号による科学技術庁長官の指定について

 諮問の工業標準(案)による夜光時計を消費者個人が使用する状態においては、放射線被ばくは容認できる程度に少ないと考えられるが、夜光時計の流通過程の一部において相当な被ばくの可能性が推定され、これを放置することは放射線障害防止の観点から適当でないと考えられる。

 したがって、同法施行令第1条第4号に基づく自発光性の塗料として指定することは適当でない。

〔審議の概要〕
 本部会は、通商産業大臣よりの諮問案件について、放射線障害防止法適用除外の観点も含めて、計5回にわたって審議を行なった。

 この間、とくに、「夜光携帯時計および夜光置掛時計日本工業標準案」による規格の夜光時計からの被曝線量等について、起草委員会を設置して2回にわたり綿密に検討するとともに、本報告書起草の段階において放射線審議会総会にはかるなど、本件の取扱いには慎重を期してきた。

 これらをふまえて今回次のような結論に達した。

1. 夜光携帯時計および夜光置掛時計日本工業標準の制定について

(1)自発光性の塗料を用いた夜光時計に関して、日本工業規格を制定して、自発光性の塗料に用いる核種の種類・数量等を規制することは、放射線障害防止上から望ましいことである。

(2)自発光性の塗料中には放射性物質が含まれていることを、消費者、その他の関係者に周知させるべきである。

(3)自発光性の塗料を用いた夜光時計の製造・販売・使用を不必要に奨励することにならないように留意すべきである。

2. 放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行令第1条第4号による科学技術庁長官の指定について

(1)夜光時計を使用する消費者個人の放射線被曝については、容認できる程度に少ないと思われる。 (別添参照)

(2)流通過程の一部とくに時計修理従事者の段階において相当の被曝をもたらす可能性があると推定される。 (別添参照)

(3)夜光時計を使用する消費者個人の放射線安全性のみならず、その流通過程のすべてにわたる関係者の被曝に関して安全であるように配慮されるべきであると考える。

(4)この工業標準案によりいわゆるJISマーク製品となった夜光時計が障害防止法の適用除外品となって流通した場合には消費者個人の放射線被曝が容認できる程度に少ないとしても、流通過程のすべてにわたる安全性が確保されているとは考えられない。

(5)諮問があった「夜光携帯時計および夜光置掛時計日本工業標準(案)」に用いられている自発光性の塗料を「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律施行令」第1条第4号による科学技術庁長官の指定する鉱工業品とすることは適当でない。

3. 以上の結論のほか本部会での審議の過程において次のような意見が述べられた。

(1)「夜光携帯時計および夜光置掛時計日本工業標準案」の内容について、次の諸点が話題となった。
1 異種RIの混用の当否
2 検査法の当否
3 Ra.を指定核種とすることの当否
4 夜光時計にRI使用製品であることを表示する方法
5 置掛時計の密封性
6 包装、表示、注意書等の方法
7 電気式置掛時計でのRI使用の当否
8 子供用時計の製造・使用の当否
9 夜光時計の奨励防止方法の検討
10 自発光性塗料中のRIの純度の規定
11 トリチウムの漏えい防止
12 ケーシングの規定(耐火性等)
13 塗料の接着性・固着性
(2)一般消費材中に放射性同位元素が応用されつつある現状に対応して、放射線障害 防止法の規制をうける密封された放射性同位元素の定義量および密封の考え方を検討する必要がある。

〔アイソトープ部会の委員および専門委員〕

委 員
(部会長)  伊沢 正実  放射線医学総合研究所化学研究部
 川越 邦雄 ※1  建設省建築研究所
 斉藤 信房  東京大学理学部
 佐伯 誠道  放射線医学総合研究所 東海支所臨海実験場
 浜田 連二  理化学研究所
 浜田 政彦  国立がんセンター診療部放射線科
 宮永 一郎  日本原子力研究所東海研究所保健物理安全管理部
 吉沢 康雄  東京大学医学部
 小泉 安則 ※2  建設省建築研究所
     ※1 建設省退職のため、昭和47年12月16日付けで委員を解任された。
     ※2 昭和48年2月14日付で選任された。

専門委員
 板倉 哲郎  日本原子力発電株式会社技術部
 梅垣洋一郎  放射線医学総合研究所臨床研究部
 浦久保五郎  国立衛生試験所放射線化学部
 笠井  筒  日本原子力研究所東海研究所保健物理安全管理部
 白山 和久  建築研究所第2研究部
 団野  日本原子力研究所ラジオアイソトープ研修所
 守屋 忠雄  消防庁消防研究所第1研究部
 山高 章夫  厚生省医務局総務課

〔別 添〕

夜光時計の流通過程における放射線被曝線量の推定

 夜光時計が製造された段階から最終的に廃棄物として処分されるまでの間において、関係者のうける外部および内部被曝線量について、正常な使用、流通時だけでなく、異常事態の場合についても検討を行なった。

 使用される核種としては3Hおよび147Pmを対象とし、226Raについては、次の理由で検討しなかった。

 すなわち、γ線の漏洩があり、Rnを気敬し、α放射体であること、などから国際的に禁止の方向にあり、国内においても全く製造されておらず、さらに、IAEA Safety Series No.23においてじゅうぶんに検討が行なわれているためである。

 なお、この2核種のうち、国内で生産されている3H夜光時計はすべて輸出にむけられ、流通しているのは輸入品のみである。

 また、夜光塗料の製造、塗布および夜光時計の製造過程については、「放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律」において現に規制されているので、ここでは検討の対象としなかった。

  1. 線量推定に用いた主な仮定
(1)3Hについて
i)時計1個につき3H 7.5m Ciを含むものとする。
  (JIS案ではWatch7.5mCi、clock 10mCi)
ii)塗料に含まれる3H化合物の分解により気散する低分子量3H化合物からの内部被曝と脱落した夜光塗料(不溶性)の摂取による内部被曝を考える。
(2)147Pmについて
i)時計1個につき147Pm 150μCiを含むものとする。
  (JIS案ではWatch150μCi、Clock 200μCi)
ii)脱落した夜光塗料(不溶性)の摂取による内部被曝、ならびに制動Ⅹ線およびβ線による外部被曝を考える。
(3)摂取量1μCiあたりの線量預託は次の通りとする。
  (IAEA 報告書による)

3H含有気体の吸入(全身) 2.4×10-4レム
不溶性3H化合物の吸入(肺) 1.0×10-2レム
不溶性aH化合物の経口摂取(胃腸管)    1.3×10-3レム
不溶性147Pm化合物の吸入(肺)    7.0×10-2レム
不溶性147Pm化合物の経口摂取(胃腸管)    8.8×10-3レム

  2.夜光時計使用者のうける線量使用者1人につき1個使用するものとする。

(1)3Hについて
i)気散3Hの吸入による線量
 4%/年の割合で気散し、そのうち1%が吸入されるものとし、同一時計を10年間使用すると仮定する。
 吸入(全身)10年間に5.9×10-3レム

ii)脱落した3H化合物の摂取による線量使用期間中に20%が脱落し、そのうち10-2%(Watch)または10-1%(clock)が摂取されるものとする。
使用期間の線量(レム)
(2)147Pmについて
i)脱落した147Pm化合物の摂取による線量
 使用期間中に20%が脱落し、そのうち10-2% (Watch)または10-1%(clock)が 摂取されるものとする。
使用期間の線量(レム)
ii)制動Ⅹ線からの線量
 1日12時間着用するものとし、時計表面から10cmにおける線量および深部線量を、実測値から推定
    皮膚線量  0.6レム/年
    深部(10cm)線量  6×10-2レム/年
 3. 時計修理従事者のうける線量

 1人が年間250個の夜光時計を修理し、取扱う放射能の0.1%が摂取されるものとする。

(1)3H(取扱量約2Ci/年)
    吸入(肺)  19レム/年
    経口摂取(胃腸管)  2.4レム/年
(2)147Pm(取扱量約40mCi/年)
i)脱落した147Pm化合物の摂取による線量
     吸入(肺)  2.7レム/年
     経口摂取(胃腸管)  0.3レム/年
ii)β線による外部被曝
 塗料表面より20cmの位置で年間延25時間作業するものとし、実測値より推定5.6×10-2レム/年
 4. 販売業者(卸商、小売業者)のうける線量

 卸商では年間を通じて2,000個、小売業者では149Pm時計100個または3H時計20個を保有しているものとする。

(1)3H
i)気散3Hの吸入による線量
 4%/年の割合で気敬し、そのうち1%が吸入されるものと仮定する。
    卸  商  吸入(全身)1.4レム/年
    小売業者  吸入(全身)1.4×10-2レム/年

ii)脱落した3H化合物の摂取による線量
 時計がこわれ、塗料が脱落する割合を10-2%/年、そのうち10-2%(Watch)または10-1%(Clock)が摂取されたものとする
使用期間の線量(レム)
 5. 保管場所における安全性

 4%/年の割合で3Hは気散するものと仮定すれば3Hの気散による保管場所の空気中濃度は、換気割合0.5回/時間、10時間の作業を考えると/m3あたり約3,700個以下であれば一般人の許容濃度をこえない。すなわち被ばくは0.5レム/年をこえない。

 6. 火災時、消防従事者のうける線量

 開口部の高さ2m幅2mの部展で2,000個の夜光時計が火災にあい、燃焼により発生した気体中に3Hが均一に分布し、その1.8×10-6を消火作業中に吸入するものとする。

(1)3H
 100%気散するものとする。
 吸  入(全身)     6.5×10-3レム

(2)147Pm
 147Pmの10-1%が空気中に飛散し、吸入されるものとする。
 吸  入(肺)      3.8×10-5レム

 7. 運送中の事故による線量

 2000個の夜光時計を運搬中、事故により、その1%がこわれて塗料が脱落し、そのうち10-2%が摂取されるものとする。

(1)3H
 吸  入(肺)  1.5×10-3レム
 経口摂取(胃腸管)  2.0×10-3レム

(2)147Pm
 吸  入(肺)  2.1×10-2レム
 経口摂取(胃腸管)  2.6×10-3レム

 8. 廃棄物としての数量とこれにもとづく線量

(1)3H
 現在国内で製造されている3H含有夜光時計(約100万個/年)1個あたり7.5mCiがすべて国内に出まわるものとし、時計の寿命を5年として平衡状態における年間廃棄量(正しくは不使用状態になる量)を計算すると約2,000Ci/年

(2)147Pm
 国内での年間販売数が今後変らぬものとし(ただし約600万個/年、1個あたり150/JCi)時計の寿命を5年として平衡状態における年間廃棄量を計算すると約1,000Ci/年廃棄による被曝を推定することはきわめて困難である。ここでは、かりに、東京部における一般家庭廃棄物の処理方式を例に考察した。

 東京都では家庭廃棄物のうち2/3は埋立てられ、1/3は焼却される。焼却量は約4,000t/日である。

 人口からみて、全国で使用されている時計のうち10%が東京にあるものとする。

 また、不用になったものの10%が家庭廃棄物とともにすてられ残りは家庭内に保存されるものと仮定すると、1日あたり焼却にまわる放射能は上記廃棄量の10-5倍(3H、20mCi、147Pm、10mCi)となる。

 3Hは全部気体となるが、この燃焼に要する空気量(標準状態で約5m3/kg)からみて3H濃度はきわめて低く被ばくもしたがって極めて小さい。

 147Pmは大部分、灰(20%)中にのこる。比放射能は10mCi/8×108m≒310-5μCi/m3で、きわめてひくく、この取扱による被ばくはきわめて小さい。しかもこの灰は埋立てられる。
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