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放射線医学総合研究所昭和48年度業務計画


昭和48年3月

第Ⅰ章 基本方針

第1節 計画の概要と重点

 昭和48年度は、本研究所が昭和43年4月に策定した「研究5カ年計画」の最終年度にあたるので、過去4カ年における調査研究の進捗状況等を十分把握し、これにもとづき、研究所業務の計画的な推進をはかる。

 これとともに、前年度に一部予備的調査研究に着手した環境放射線に関する諸課題について、新たな観点から長期的な見とおしのもとに、調査研究を積極的にすすめることとし、研究施設等の建設、整備に着手するとともに、所内外の協力体制の確立につとめる。

 また、放射線の医学的利用に関しては、医用サイクロトロンの建設、整備をすすめるとともに、調査研究の強力な推進をはかる。

 さらに、調査研究の実施にあたっては、研究体制等の整備を行ない、本年度に新たに策定する研究所の長期計画への移行を円滑ならしめるよう努力するものとする。

 以上に関し、昭和48年度における業務の重点を各部門ごとに示すと、次のとおりである。

 研究部門においては、まず、特別研究として、昭和45年度に5カ年計画で開始した「中性子線等の医学的利用に関する調査研究」を前年度に引きつづき推進する。

 さらに、最近における原子力開発利用の大規模な進展に対処して、環境放射線の影響に関し、新たに「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」を5カ年計画で、また、「低レベル放射線の人体に対する危険度の推定に関する調査研究」をほぼ10カ年の計画で、それぞれ特別研究として本年度から開始することとし、このため、「那珂湊実験研究棟」および「晩発障害実験棟」の建設に着手するとともに、その円滑な推進をはかり得るよう、研究体制の整備につとめ、また、所外の関係諸機関との連絡を密にし、所期の目的達成につとめる。

 なお、これまで、東海支所臨海実験場を中心として実施してきた「海洋調査研究」は、前年度で、計画の第1段階を終了することとなったが、調査研究の目的、内容等にかんがみ、今後は、上記特別研究「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」の一環として、継続して推進することとした。

 指定研究としては、当面、「放射線被曝障害に対する生化学的指標に関する調査研究」を選定し,本研究所における調査研究の充実に資するよう、効面的な推進を期する。
 経常研究は、本研究所の研究活動の源泉であり、基盤をなすものであって、その学問的水準の高度化をはかって行くことは、ますます重要である。

 このため、その充実と強化に一層留意し、放射線影響および放射線の医学利用の研究分野において本研究所が果すべき使命の達成を期する。

 技術部門においては、研究業務の円滑な推進をはかり得るよう良好な研究環境の整備につとめ、とくに、医用サイクロトンに関し、次年度以降における本格的稼動に対処し、その運転体制の確立と関連設備の整備をはかる。

 養成訓練部門および診療部門においては、関連各部門との緊密な協力のもとに、効率的な運営をはかり、その業務を推進する。また、とくに、診療部門において前年度に設置した医用リニアックについては、その効果的運用につとめ、診療内容の向上を期する。

第2節 機構,予算

 本年度は、サイクロトロンの本格的な稼動に対処するため、サイクロトロン建設準備室を改組し、新たにサイクロトロン管理課を設置するとともに、臨床研究部に臨床第4研究室を新設する。また、放射線の遺伝的影響に関する調査研究の一層の発展を期するため、遺伝第3研究室を新設する。

 以上の組織の拡充にともない、関係部門の強化をはかるため、定員は13人の増がみられた。

 昭和48年度の予算は総額2,153,169千円で、前年度の1,659,641千円に比し、493,528千円の増となった。

 増額分の主なものは、特別研究63,465千円、サイクロトロン関係備品費等(単年度予算分)213,820千円、晩発障害実験棟建設費150,740千円(第1期分)、那珂湊験研究棟建設費175,981千円(敷地造成工事費25,241千円を含む)、哺乳動物実験観察棟増設改造工事費23,504千円、哺乳動物舎空調設備改造工事費11,253千円などである。このほか、放射髄調査研究費として17,332千円が計上されている。

第Ⅱ章 研究

第Ⅰ節 特別研究

 本年度は、特別研究の実施に必要な経費として、試験研究用備品費、消耗器材費など88,827千円を計上する。

 各課題の概要は次のとおりである。

 1-1 中性子線等の医学的利用に関する調査研究

  本調査研究は、わが国における放射線の医学的利用における研究開発の促進の一環として、サイクロトロンを利用し、総合的な研究体制のもとに、中性子線による悪性腫瘍の治療に関連する諸問題を解明するとともに、サイクロトロンにより生産される短寿命ラジオアイソトープの医学的利用についても研究を推進することを目的として、昭和45年度から5ヵ年計画で特別研究として、実施してきたものである。

 サイクロトロン装置は昭和48年度末に完成が予定されているので、昭和48年度においても引きつづき次の各研究グループの編成のもとに、バンデグラフ等を利用して実施する。

(1)中性子線等の測定に関する研究グループ
 速中性子線の実験的な測定法を確立するための線量計の開発および中性子線のエネルギー分布の測定等、吸収線量の評価に関連する研究を行なう。

 また、線質に依存する放射線作用の解明に役立てるため、微視的エネルギー吸収についても研究する。

(2)中性子線の生物学的効果に関する研究グループ速中性子線による悪性腫瘍の治療にあたって必要となる生物学的効果に関する基礎的知見を得るため、速中性子線の腫瘍および正常組織に対する効果を、分子レベル、細胞、組織レベルおよび個体の各レベルより検討し、障害および回復の機構を解析する。前年度に引きつづき、分子レベルでの細胞障害機構の解析、腫瘍のRBEの決定、正常細胞および組織への速中性子線の効果の解析などのほか、増感剤、防護剤の効果および作用機序についての研究をすすめる。

(3)中性子線による悪性腫瘍の治療に関する研究グループ 速中性子線の腫瘍に対する効果と周囲の健常組織に対する反応とを追求し、放射線治療効果比の面から最適の速中性子線治療法を確立する。このため、前年度に引きつづき、表在性腫瘍放射線抵抗癌につき治療を試み、治療効果比の検討を行なうほか、速中性子線治療技術の開発およびエピサーマル中性子線の利用に関連して有機ホウ素化合物の改良とその利用方法についての調査研究をすすめる。

(4)短寿命アイソトープの医学的利用に関する研究グループ  サイクロトロンによる短寿命RIの生産およびその医学的利用についての必要な事項につき調査研究を行なう。

 前年度に引きつづき、ターゲット・システム、ホットラボの設計整備、ラジオアイソトープの分離、精製、標識等に関する調査研究をすすめるほか、前年度完成したポジトロンカメラを用いてポジトロンシンチグラムを実施し、その臨床的有用性を検討する。

(5)医用サイクロトロンの安全管理に関する研究グループ
 患者、作業従事者等に対する障害の防止および管理区域内外における安全管理に関する基礎的資料を得るため、前年度に引きつづき、生体内線量分布と決定臓器吸収線量の測定を行ない、とくに、中性子線とガンマ線の分離測定法を検討する。

 また高、エネルギー中性子線の最適遮へい、放射性エアロゾルの粒子特性、内部被曝について検討を行なう。また、TLDによる作業者の被曝線量と作業内容についての相関性を調べ、モニター の最適使用法を検討する。

 1-2 環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究

 本調査研究は、原子力発電を中心とするわが国原子力開発利用の急速な進展に対処し、原子力施設から環境に排出される放射性物質等に関し、その人体にいたるまでの環境中における一連の挙動を総合的に把握し、個人および集団の被曝線量を的確に推定し、一般公衆に対する放射線の防護と被曝の軽減に資することを目的とするもので、その重要性と今日までに本研究所において築かれた研究基盤等にかんがみ、関連する研究部門の総力を結集し、昭和48年度から5カ年計画により開始する。

 昭和48年度においては、本調査研究を実施するために必要な那珂湊実験研究棟の建設整備を促進するとともに、以下の調査研究グループを編成し、それぞれ調査研究の強力な推進をはかる。

 1. 低レベル放射性廃液の沿岸放出による人体被曝の予測に関する調査研究グループ

 本調査研究においては、海、海産生物、食品の経路を通じて放射性核種が人体にいたる移動に関するパラメータを体系的に把握することを目的として、昭和48年度においては、これまで東海支所臨海実験場を中心として実施してきたモデル実験をさらに発展させ、海産生物における放射性核種の濃縮機構のほか、その排出の機構、海水、堆積物、生物間の元素の分配機構ならびに海洋環境試料中の微量安定元素濃度に関する調査研究を実施し、他方、海洋の放射生態学的調査研究、海産生物の放射能モニタリング法の開発等、実際の海洋を対象とする調査研究を併せ推進し、室内モデル実験による結果との比較検討を行なう。

 2. 大気、土壌、水圏における放射性物質の移動に関する調査研究グループ

 本調査研究においては、原子力施設から大気中に排出される放射性物質、あるいは、陸上保管等の際に漏出する放射性廃棄物が、土壌および淡水圏で移動し、人体に達する経路、移動速度等を求め、最終的にこれらにより人体が被曝する放射線の線量を推定するために必要なパラメーターを得ることを目的として、表土より河川への放射性物質の流亡および陸水系生物、農畜産物への放射性物質の移行の二つの局面について、モデル実験、実態調査等をそれぞれ実施する。

 昭和48年度は、とくに、モデル実験系の開発、放射性ヨウ素の物理、化学的挙動等に関し、重点的に調査研究をすすめる。

 3. 標準日本人の各元素摂取量と体組織濃度の決定に関する調査研究グループ

 本調査研究においては、放射性核種の摂取による人体の体内被曝線量の推定にあたって必要な人体の組織の各元素濃度および食物からの人体の各元素摂取量について、欧米人とは異なる食性をもつ日本人に関し必要なデータを得るため、日本人の主要食品および総合食品ならびに人体各組織等の試料を収集し、各種元素の摂取量および体内化学組成等を年令差を含め検討する。
  昭和48年度は、安定同位体分析の精度および迅速性の向上を目標とした試料処理、分離、濃縮の方法について検討をすすめるほか、揮発性放射性物質のラジオガスクロマトグラフイによる基礎的検討を行なう。

 4. 体外被曝線量の推定および放射性気体のモニタリング法の開発に関する調査研究グループ


 本調査研究においては、環境中の放射性物質による人体の体外被曝線量に関し、必要なパラメータを求め、被曝線量推定モデルの開発をすすめるとともに、実際の測定精度の向上をはかるため、低レベル、低エネルギー放射線の測定法に関し、各種方法、機器等の相互比較、斉一化の検討を行なう。

 また、とくに、放射性気体については、昭和48年度は、クリプトンー85に着目し、その環境中での変動をモニターする装置の開発に関する調査研究を実施する。

 5. トリチウムの食物連鎖における動向と生物への影響に関する調査研究グループ

 本調査研究においては、トリチウムが人体にとりこまれる主要な経路である食物連鎖におけるその動向と、生体内におけるトリチウムの生物影響を解明することを目的として、トリチウム水、その他、トリチウム化合物の植物における同化作用、これら植物を飼料とする動物休内のトリチウム代謝、分布など、食物連鎖におけるパラメータの解明をすすめるとともに、その生体における発生や染色体に及ぼす影響に関し、昭和49年度までの2カ年程度を目標として、予備的に調査研究を実施する。

  昭和48年度は、動植物におけるトリチウム水中のトリチウム摂取機構や取りこまれたトリチウムのメダカ胚核酸における代謝機構、さらに、魚卵の発生やヒト末梢血における染色異常などトリチウムの生体内影響等に関し、調査究研を実施する。

  なお、本調査究研は、以上の予備的調査究研の成果にもとづき、別途、本格的に実施するものとする。

 1-3 低レベル放射線の人休に及ぼす危険度の推定に関する調査研究

 本調査研究は、大規模原子力開発利用の進展にともなって、原子力施設から環境中に排出される放射性物質等による個人および集団の放射線被曝に関し、低線量および低線量率被曝による人体に対する身体的、遺伝的危険度を推定し、一般公衆の放射線防護のための総合的影響評価に資することを目的とするもので、すでに、本研究所では、昭和47年度に「特別指定研究」として、その一部に着手しており、上述のごとき重要性にもかんがみ、所内はもとより、所外関係機関の協力のもとに、昭和48年度からほぼ10カ年の計画のもとに強力に推進する。

 本調査研究については、当面、低線量および低線量率被曝の人に対する放射線障害の危険度を推定するうえに重要な晩発性の身体的影響および遺伝的影響、ならびに、被曝の形式の特異性からみて、とくに内部被曝の障害評価の三つの研究分野に着目して実施することとし、昭和48年度においては、まず、「放射線による晩発障害の危険度の推定に関する調査研究」に着手する。

 このため、本調査研究の実施に必要な晩発障害(発癌)実験棟の建設整備を開始するとともに調査研究を推進し、併せて、「放射線による遺伝障害の危険度の推定に関する調査研究」および「内部被曝の障害評価に関する調査研究」についても予備的な調査研究を実施する。

 1.「放射線による晩発障害の危険度の推定に関する調査研究」 

 本調査研究においては、過去に実施された特別研究「放射線障害の回復に関する調査研究」および 昭和47年度に終了する「放射線医学領域における 造血器移植に関する調査研究」によってもたらされた造血器障害の研究の成果と、現在までに得ら れた人の放射線被曝例の調査結果とからみて、 

(1)生体の調節機構と発癌 (2)実験動物系と人との相互関係の二つの観点にもとづき、これを推進することとする。

  昭和48年度においては、当面、晩発障害(発癌)実験棟の建設整備をすすめるとともに、次の調査研究グループにより、実験方法の開発と予備的諸実験に着手し、併せて、研究体制の整備、国内外の情報収集等を行なう。

(1)放射線発癌発症機構の解析に関する調査研究グループマウス白血病誘発における線量率効果を測定する。また、白血病ウイルスの関与について明らかにするため、腫瘍の無細胞濾液の腫瘍誘発能力をしらべる。

(2)血液幹細胞動態よりみた放射線誘発白血病発生症機序に関する調査研究グループフレンド・ウイルスによるマウス白血病発症の機構を幹細胞動態との関連において把握する。
  このため、Ⅹ線、サイクロフォスファマイド処置による幹細胞の分化増殖過程の詳細な解析を行なう。

(3)細網内皮系、体液性統御因子等の放射線による白血病発生に及ぼす影響に関する調査研究グループ
  白血病発症における体液性および網内系統御因子の関与をみるという観点から実験を行なう。
  副腎機能の低下、造血系機能の過負荷の状況を作り出し、幹細胞の動態および白血病発症との関係をしらべる。
(4)免疫機能に対する放射線の晩発効果に関する調査研究グループ抗体産生能、細胞免疫機能の測定法と同時に、同系マウスに誘発された腫瘍細胞拒否能の測定法の開発を行なう。また、被曝後の免疫機能の変化を調べるため、放射線被曝動物を長期飼育し、観察する。
(5)放射線による染色体異常クローンの生成と進展に関する調査研究グループ近交系ラット(スプラグ・ドゥリーなど)を用い、放射線による染色体異常の生成頻度、クローンの成立過程、組織内におけるその後の進展の過程を追求する。他方、螢光分染法による染色体の微細な変化を検出するシステムを確立する。
(6)放射線による白血病プローン疾病の細胞のDNA損傷に関する調査研究グループダウン症、フアンコーニ症などの白血病プローン疾病の細胞の性状をしらべる。まず、細胞のDNAの放射線損傷と修復力を測定する。
 
 2.「放射線による遺伝障害の危険度推定に関する調査研究」

 本調査研究においては、遺伝障害のうち、とくに染色体異常に着目し、人に近縁な霊長類を用い、体細胞と生殖細包について、低線量域における線量効果関係を明らかにし、これと人類体細胞の結果とを比較することによって、人についての遺伝障事の危険度の推定を行なう。

  このため、昭和48年度においては、まず、霊長類における染色体異常の研究を実施するための実験条件の設定に必要な基礎的研究をすすめることとし、体細胞染色体異常検出のための未梢リンパ球の培養、固定、前処理等の条件決定に関する調査研究、外部被曝と体内線量評価に関する調査研究、カニクーザルの飼育、健康管理、交雑技術の確立とその能率化に関する調査研究をそれぞれ実施する。

 3.「内部被曝の障害評価に関する調査研究」

  内部被曝の障害評価の研究は、大別すると、放射性核種の投与量、または、それにもとづく線量と効果の関係に関するものと、その効果を支配し、修飾する諸要因に関するものとに分類される。これらの研究は、すべて実験動物を用いて行なわれるので、これら実験動物から得られた結果を人にあてはめることが必要である。このため、本調査研究の基本的方向としてはイヌ、サル等の中型動物による定量的な動物種間の関連性の追究に中心をおくこととする。
   以上のような観点から、昭和48年度においては、予備的調査研究として、実験動物の自家繁殖技術の開発、飼育管理方式、動物排泄物の完全処理システムの検討、アイソトープ実験のための代謝ケージ等の試作検討等を行ない、多頭数飼育実験のための調査研究を行なう。

第2節 指定研究

 指定研究としては、本年度は次の課題を設定し、これを積極的に推進する。

 「放射線障害に対する生化学的指標の検索に関する調査研究」 本調査研究は、前年度に指定研究として実施し、イリジウムー192事故被曝者の尿中における各種代謝物質(とくにタウリン、β-アミノ酪酸、5一ハイドロキシインドール酢酸、キサントレン酸、クレアチニン、デイシュー反応陽性物質、11一オキシー17一ケドステロイド等)の変動を長期間測定し、被曝との関連性を追求し、これらの物資の変動が被曝との関連において考えられる結果を得た。

 しかし、この結果が、放射線障害の定量化に真に役立ち得るかどうかは今後の課題として残されている。

 尿中における各種代謝物質の変動を放射線障害の指標とするためには、正常人および医療被曝患者について、十分な調査を行なうことが重要である。

 このため、本年度においては、これらの基礎的データの集積を第一次の目標とし、併せて、イリジウム事故被曝患者の生化学的診断に関し、最終的結論に達し得るよう、調査研究を実施する。

第3節 経常研究

 本年度は、経常研究に必要な経費として、研究員当積算庁費176,000千円および試験研究用備品費44,818千円をそれぞれ計上する。

 経常研究に関する各研究部の本年度における方針および計画の大要は、以下のとおりである。

 3-1 物理研究部


 本研究部は、放射線障害の予防および放射線の医学的利用に必要な放射線の適切な計量と防護方法について研究をすすめるとともに、放射線障害の解明に必要な人体組織に対する巨視的、微視的な吸収線量を評価するための物理的基礎資料を得ることを目的としている。

 人体内放射能測定においては、新型NaI(Tl)+NaI検出器の使用による性能向上とその実用化をはかる。

 人体内の放射能分布の測定法に関しては、RIの三次元的な情報をうるために、大型シンチカメラを用いて断層シソチグラフの研究を行なうとともに、前年度試作した多結晶横断シンチグラフ装置を用いた基礎的研究を開始する。

 さらに、RIイメージの情報処理として電子計算機による各種のシミュレーション研究を継続するとともに、横断シンチグラフ断層シンチグラム第三次元的な画像処理に重点をおいて研究をすすめる。

 高エネルギー・エックス線、電子線の吸収線量評価については、高線量率電子線に対する電離箱の再結合損失に関する研究、電子線について電離箱およびフリツケ線量計と熱量計との相互比較を行なう。

 また、電子線の吸収線量の実際的測定法を確立する。他方、電子線の阻止能に関する研究においては、単一エネルギー電子線の物質通過によるエネルギー損失および空間角度分布を検討する。

 TSEE測定装置を試作する一方、熱螢光線量計の低レベルの線量測定への応用を究研する。また、体内RIによる線量分布、とくに決定臓器の吸収線量の評価方法を検討するほか、職業人の生涯被曝線量の実態を調査する。

 医学生物学用原子炉の調査も引きつづき行なう。

 3-2 化学研究部

  研究所における多くの研究調査が特別研究、その他のかたちでプロジェクト化されていくなかにあって、当然のことながら、それらをささえる基盤となる基礎的な研究の一層の発展が期待される。
  化学研究部においては、従来どおり、研究所における研究調査のうち、最も基礎的な一分野を担当しているとの自覚のもとに、研究者各自の独創性を十分に生かした研究をつづけていく。
  具体的には、別項にかかげる9つの課題を、前年度に引きつづいて発展させていきたい。すなわち、デオキシリボ核酸、リボ核酸、蛋白質などの生体の重要構成物質、および、それらの複合物に対する放射線の作用、これらに起った変化が生物学的事象に発展していく過程の機構などを物理化学的、生物学的、ないしは、分子生物学的な手法と思考方法によって究研していく。一方、無機、分析化学の分野では、主としてイオン交換法と錯体の応用の面から、有用な放射化学的分析方法を見出すべく研究を行なう。
  とくに、今日までに得た諸成果をもとに、これらを総合的にみなおして、今後の研究の方向をみさだめるべく努力したい。

 3-3 生物研究部

 本研究部は、生体における放射線障害発現の機構を生物学的初期効果から最終効果にいたる過程について、それらが互いにどのように関達し合い、また、それらの過程のどの部分が障害の拡大、あるいは、逆に回復に最も大きく関与しているかを究明する。

 このため、細胞内微細構造から個体にいたる種々のレベルでの一連の研究を引きつづき推進する。

 放射線感受性の異なるいくつかの種類の動物細胞を用い、照射による細胞核、DNAの傷者およびその修復の機構、照射によって生じるSH反応性活性物質の細胞障害作用の本態等を引きつづき検討し、さらに被照射細胞のエネルギー代謝障害と細胞死との関係を把握する。

 一方、細胞の障害発現における生体膜の役割を明らかにするため、とくに放射線感受性の高い胎児あるいは幼児期に少線量の照射を受けた動物の出生から生体にいたる過程における小胞体、糸粒体および他の膜系の構造的、機能的変化を引きつづき検討し、細胞の発生、分化過程における放射線障害の特徴をとらえる。

 なお、従来から実施してきた魚類の卵についてのトリチウム化合物の細胞内分布、代謝等のトリチウム水による細胞障害の基礎的調査研究に関しては、特別研究「環境放射線による人体の被曝線量の推定に関する調査研究」に参加させ、その発展をはかる。

 これらの結果を基盤としてさらに組織、個体レベルで急性あるいは晩発性の障害が発現する機構を主として細胞集団動力学の立場から解析する。

 すなわち、放射線照射と発癌剤との併用による哺乳類皮膚細胞の動態の変化をしらべ、発癌機作の基礎的知見の入手につとめる。

 魚類について低線量率照射後の決定器官の細胞動態の変化をしらべ、従来の高線率照射の結果と比較する。

 また、電子線などの照射をうけたアルテミア卵にみられる発生異常を細胞動態の変化として追求する。

 低線量放射線による晩発性効果について、魚類の姙性低下を指標として、放射線による加令促進現象を解析するための手技を開発する。

 また、被放射細胞に細胞分裂を誘起させることによる細胞の放射線障害、とくに発癌効果のmodificationについての研究をすすめる。

 3-4 遺伝研究部

 本研究部は、放射線の遺伝的障害について、その機構を解明し、危険度を評価するのに必要な科学的資料を得ることを目的として調査研究をすすめている。

 このため、分子、細胞、個体、集団の各レベルにおける研究が必要であり、これを統一的に推しすすめねばならない。

 また、人体の遺伝的障害を推定するために、人に近縁実験動物を用いて研究を行うことがとくに必要とされる。このような観点のもとに、本年度は引きつづき分子、集団レベルの研究を推進するとともに、霊長類を用いる細胞遺伝学的研究に着手する。

 本年度、分子レベルについては、細菌ファージBF23の特異蛋白質の生物機能を遺伝的、生化学的手法で解明することによって、遺伝子DNAの複製阻害の機構を明らかにする。

 また、酵母の組換欠損株を用い、分割照射によって検出される放射線の障害の回復機構に染色体組換が関与するか否かを明らかにする。

 細胞レベルにおいては、実験動物で得られた遺伝障害に関するデータを人に外挿することを目的として、霊長類における染色休異常の線量効果を明らかにするための予備的な調査研究に着手し、特別研究「低レベル放射線の人体に及ぼす危険度の推定に関する調査研究」の一環として推進する。

 集団レベルにおいては、ショウジョウバエを用い、前年度に引きつづきガンマ線照射停止後の致死遺伝子頻度の世代変化を追求し、ヘテローシスの効果の有無を明らかにする。

 また、日本人集団の近親婚、夫婦分布など危険度の推定に必要な集団構造のパラメータを、三島、その他中小都市について明らかにする。

 3-5 生理痛理研究部

 本研究部は、人体の放射線証の機構を研究し、その病理像を樹立することを目指している。それゆえ、生体を構成する細胞、組織、器官のレベルでの放射線効果の研究を行なう。

 また、二次的には腫瘍に対する放射線治療の細胞生物学的、病理学的基礎にも貢献する。

 生理研究部門では、放射線症における免疫機能の重要性の観点から、とくに免疫機能の回復動態を追究する。他方、加令現象の主要な成分としても、今後、一層免疫生物学的アプローチを推進する。

 また、培養細胞を用いて放射線による細胞致死の研究を継続する。第1はDNA分子損傷の定量的把握。

 第2はDNA複製障害、第3は細胞周期依存性、感受性変動の因子としてのSH物質の動向を調べる。

 病理部門は、従来きわめて概念的にしか理解されなかった急性放射線症における死因の病理学的把握を推しすすめる。

 他方、造血器障害の面では、昨年度来開発した新しい造血細胞の定量法(セルローズ・アセテート膜法)を用い、網内系の造血統御機構の研究を継続する。

 3-6 障害基礎研究部

 本研究部は、放射線の人体に対する障害、許容量、障害予防等に関連する調査研究を行ない、とくに身体的障害予防対策上必要な問題に関しての基礎的資料を得ることを目的として、以下の諸研究を行なう。

 障害の進展ならびにその修飾の機序に関しては、本年度は放射線による代謝降害に重点をおき、(a)動物の血中、尿中諸物質の照射後の変化を、とくにセロトニンとその代謝産物、栓球造血促進を示唆する因子などに着目して研究を行ない、また、昨年度に引きつづき、(b)正常人ならびに医療被曝者についての検査成績に関して検討を加える。

 放射線の晩発効果に関しては、本年度も引きつづき造血免疫系の変化に着目して検討を行なう。

 また、中枢神経系に及ぼす放射線の影響については、それが非再生系組織であること、および、その障害の発生と血管系の変化との関連性を考慮し、一回および分割照射による長期効果の比較を脳内での血管系の変化との相互関係について研究を行なう。

 内部被曝に関する研究については、被曝の影響評価の基礎となる生物学的根拠を得ることを目的としているが、本年度は、放射性物質のリンパ系を通しての移行に関する実験について技術的に再検討するとともに、小動物スキャナーの完成を企画している。

 また、とくにプルトニウムー239については肝機能および網内系機能への影響に関し研究を行なう。

 各種照射様式による放射線障害の評価については、本年度も引きつづき、主として全身および部分照射による障害との関係に対し、できる限り定量的観点からデータの解析を試み、放射線の影響評価に対するアプローチの一端に資する目的で研究を行なう。

 また、放射線影響推定のための実験動物より人類へのデータの外挿法に関する調査研究をも行なう。

 3-7 薬学研究部

 本研究部は、放射線障害防護物質の合成、物理化学的および薬理学的諸性質の検討ならびに生殖腺の放射線障害に関する生理、生化学的な解明などに重点をおき研究を実施してきた。

 防護物質の合成化学的研究は、ヘテロ原子(酸素、窒素、イオウ)を含む5、6環状化合物数十種類の新規化合物の合成に成功し、これら化合物の反応性の検討をほぼ完了し、防護効果につき検討を行ない、数種の新化合物に強い防護作用のあることを確認することができた。本年度は、窒素またはイオウを含む、構造の複雑なビシクロ化合物の合成を行ない、これら新しい形の化合物の諸性質の検討を行なう。

 アミノチオール類の放射線防護作用に関する物理化学的研究については、前年度の成果にもとづき、化学構造と反応性、分子状酸素による酸化反応、とくに2価の鋼イオンを触媒とする自動酸化に関する動力学的研究を実施する。

 生殖腺の放射線障害に関する生理化学的研究については、生殖腺系を支配する脳下垂体、性腺、付属性腺の内分泌系に対する放射線障害の発現に関する機序と修復の促進に関する研究を行なう。

 すなわち、未成熟および成熟時における放射線障害、ステロイド合成機能の相異を比較検討し、本研究に必要なペプタイド、ステロイドなどの微量定量法として、放射免疫学的測定法を実施する。

 防護物質の薬理学的研究に関しては、新規合成化合物の防護効果を検討すると同時に、防護作用の本質を解明する目的で、細胞レベルでの各種物質による研究を行なう。

 また、放射線障害を回復させる作用をもつ天然物質(生体成分)を原点として、障害治療に役立つ物質の研究を実施する。

 3-8 環境衛生研究部

 本研究部は、一般環境における自然放射線、人工放射線からの外部ならびに内部被曝、放射線をともなう職業環境における被曝につき、被曝の機構、個人および集団の被曝線量の算定、算定に必要なパラメーター等に関する研究、職業環境の放射線安全管理、被曝管理等を目的とした調査研究を行なってきた。

 本年度は、これらの調査研究のうち、外部被曝、放射性気体のモニタリング法、トリチウムの食物連鎖における動向とその生物への影響等に関する調査研究については、特別研究「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」にそれぞれ参加させ、その強力な推進をはかるとともに、以下の研究を経常研究として実施する。

 腐食生成物の食物連鎖における動向について、前年度からの研究を継続するとともに、新たにマンガンー54、亜鉛-65の核種につき魚介類の取り込み、体内代射の研究を行なう。

 また、哺乳動物を用いて中程度の吸収性を有する亜鉛、コバルト、鉄、マンガンなどの核種の代謝につき、年令依存性、母体から胎仔への移行等、内部被曝の機構解明に関する研究を継続する。

 職業環境における放射性物質の吸入被曝は、被曝 管理面から重要な問題であるアルファ放射体の摂取経路の違いによる代謝、分布、排泄の測定、混合摂取核種の分離測定につき、人体試料の測定および実験による研究を継続する。

 また、原子力施設における放射線管理の向上を目的として、とくに放射性粉塵の性質、測定、吸入被曝評価の研究を実態調査、実験により継続する。

 さらに、放射線の医学利用として、最近、環境公害の医学的基礎である微量金属の代謝および障害機序の研究に対し、放射化分析、RI利用につき研究を継続する。

 3-9 環境汚染研究部

 本研究部は、自然環境における人工放射性物質によって公衆の構成員が受ける放射線被曝を的確に把握し、また、推定するための諸因子を究明し、環境の安全管理への寄与をめざして放射生態学的に研究をすすめている。

 また、環境放射能モニタリング技術の向上に資するため、サンプリング法、試料前処理法、放射化学分析法に関する開発研究を実施している。

 本年度は、環境から人間への放射性核種の挙動ならびに放射性核種の人体内著積を推定するための生体内の安定無機成分定量に関しては、新たに開始される特別研究「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」に参加して、昭和49年度以降の本格的実験の開始をめざしての予備実験を積力的に実施することとし、経常研究は4課題につき、以下のとおり行なう。

 環境モニタリング試料のベータ、ガンマ放射性核種の簡易定量法については、(粉塵、土壌など)環境試料中のストロンチウム-90、-89のベータ線スペクトロメトリやジルコン-95、ニオブ-95、のGe(Li)検出器による定量に関し、コンピュータを用いての迅速定量法を確立してきたが、新たにカリウム-40、ルビジウム-87、セシウム-134、-135、-137などの放射性アルカリ金属の同時ベータ線スペクトロメトリを検討し、ヨウ素-129、-131などの同時ベータ線スペクトロメトリについても簡易定量法の開発につとめる。

 バイオアッセイによる放射物質の人体負荷量の推定に関する研究では、セシウム-137の人体負荷量のヒューマン・カウンタによる計測ならびに胎盤、粉乳の放射性物質の測定を行ない、また、放射能調査としての人骨中ストロンチウム-90測定値整理し、これらのデータを用いての線量算定法につき検討する。

 海洋に関する研究としては、深海の海水を深度別に採集し海水および懸濁物中の安定ストロンチウムなどとストロンチウム-90、セシウム-137、セリウム-144の定量値から海洋における放射性壊種の移動につき知見を求める。また、海水、懸濁物、堆積物、生物(海藻)の放射性核種の存在状況を把握するためのRIトレーサ実験も併せて実施する。

 3-10 臨床研究部

 本研究部は病院および関連研究部との協力のもとに、放射線の医学利用およびこれに関連する研究を行なうことを目的としている。

 サイクロトンの医学利用は、特別研究を中心として推進されており、臨床研究部はこれに重点をおき、各研究室が分担して調査研究をすすめている。

 とくに、48年度には、これに関連して、新たに臨床第4研究室が設置されることとなったので、同研究室を中心として調査研究の一層の推進をはかるとともに、従来からその必要が認められていたサイクロトロンによるアイソトープの生産と放射性医薬品の開発に関する研究をも同研究室の業務に含め、研究体制の整備をはかることとする。

 放射線の診断への利用のなかで最も重要な分野はⅩ線診断であり、本研究部においても、TVを主とするME技術の応用と診断情報のコンピュータ処理の研究を行ない、診断の精度向上、自動化、検索方法の確立等臨床への応用をはかっている。

 生体内放射能測定とその臨床的解析については、本研究所で開発された大型シンチカメラ、横断シソチカメラ等のハードウェアと、種々の目的のために作製したソフトウェアを駆使して臨床研究をすすめる。

 研究の重点は、①3次元像処理、②機能的解析、③人体内代謝の解析においている。

 放射線の治療への応用は、現時点では、悪性腫瘍の治療がその主な対象であり、放射線による腫瘍の治療機転についての定量的研究をつづけるとともに、免疫現象の関与、その他の腫瘍選択的効果の解明とその利用について研究をすすめる。

 速中性子線治療の価値を評価するためには、その腫瘍に対する効果のみならず、正常組織、器官に対する影響を定量的に調査する必要があるので、これを系統的に研究する予定である。

 中性子線、陽子線等の粒子線の特徴を発揮し、治療効果を挙げるためには、ビーム 制御、診断機器との情報交換等の情報処理技術の導入が必要となるので、これについても研究をすすめる。

 病院の診療記録はきわめて重要な資料であり、これを診療および研究に役立てるために、病歴情報処理システムを病院部およびデータ処理室との協力により整備したが、さらにこれを推進拡大する計画である。

 3-11 障害臨床研究部

 本研究部は放射線による人体の障害の診断および治療に関する調査研究を業務とし、臨床的ならびに必要な実験的研究を行なっている。

 まず、ビキニ被災者を中心とする各種被曝者について追跡研究を続行し、生物学的な被曝線量推定に関する資料を求め、また、放射線被曝による晩発障害の発生機構、推展様式の解明に資するデータの集積を行なう。とくに末梢リンパ球および骨髄細胞の細胞遺伝学的研究を重視し、新しい染色体観察法(螢光法、分染法)を用いて従来よりも詳細な染色体分析を行ない、染色体異常の意義を明らかにする。

 なお、放射線による晩発障害としての白血病誘発機構の解明のため、できるだけ多数の白血病症例についての血液学的、細胞遺伝学的研究を実施する。

 従来から放射線照射後の血液幹細胞の動態や回復について実験的研究をすすめてきたが、今後in vitro骨髄培養法を確立し、ヒトの血液幹細胞の放射線障害機構の解明や、放射線障害の程度の推定ならびに回復状況を判断するうえに資するよう研究する。

 また、放射線照射後の体液性変化による障害の程度の推定法を検討する。

 一方、リンパ球培養法を用いて免疫能の放射線障害の研究をすすめる。

 晩発障害研究の一環としての実験白血病(フレンド白血病)の研究は新しく始まる特別研究「低レベル放射線の人体に及ぼす危険度の推定に関する調査研究」との関係を考慮しつつ実施する。

 胸腺リンパ球を用いて行なってきた放射線による細胞死の研究を基にして、種々の条件下の未梢リンパ球や、種々の方法で分離した未梢リンパ球について同様にエネルギー代謝の面から検索する。

 3-12 東海支所


 東海支所は、まず外部関係機関の利用をも含め、原子力諸施設との関係を密にして行なう研究を推進する。

 東海研究室および臨海研究室は関連部門との協力のもとに、海洋調査研究を実施するが、さらに新たに開始される特別研究「環境放射線による被曝線量の推定に関する調査研究」に全面的に参加する。

 したがって、経常研究は海洋調査研究の質的向上をはかるための、水棲生物の無機物代謝生理の機構を引きつづき究明していくとともに、新たにGe(Li)検出器を設置して海産生物、淡水生物に加えて土壌、河川水などの陸上資料についても安定微量元素の原子炉を用いての放射化分析法の開発につとめる。

第4節 放射能調査研究

 放射能調査研究には従来から本研究所は積極的に参加し、関係機関と協力してその一部を分担してきたが、本年度は放射能調査研究費として、17,382千円を計上し、放射能レベル調査、被曝線量調査およびデータセンター業務の項目について、環境汚染研究部、環境衛生研究部および管理部企画課においてそれぞれ次のとおり実施する。

(1)前年度に引きつづき、外洋海水と海水懸濁物、海底堆積物を放射化学分析し、海洋における放射性物質の鉛直分布をもとめ、また、千葉市における大気浮遊塵の放射能測定、環境中のトリチウムと炭素-14の測定、人骨中のストロンチウム-90、人体臓器のセシウム-137などの濃度の調査を継続実施し、放射能水準を究明する。

 一方、福井、茨城の両地区の調査に関しては、本年度は総合的な試料採集を計画的に行ない、雨水落下塵、河川水、河底堆積物、土壌ならびに海水、海底堆積物、魚類、貝類、海藻類および9食品区分からなる標準食を採集し、これら試料のストロンチウム-90、セシウム-137、ルテニウム-106、セリウム-144、コバルト-60などの濃度を放射化学分析によって分析測定し、環境汚染機構の解明に資する。

(2)自然および核実験による人工放射線源から国民が被曝している線量を明らかにすることは、きわめて重要である。

 このため、線量測定方法に関する研究的調査として、大気中の放射性浮遊塵による内部被曝に関する調査、自然放射性物質および核爆発実験による放射性降下物の地表への蓄積による外部被曝に関する調査を継続実施する。

 また、核爆発実験による放射能汚染に関し、航空機によってわが国高空における放射能の測定調査を行なう。

(3)放射能データセンター業務としては、下記の業務を引きつづき行なう。
  1)内外の放射能調査資料の収集、整理、保存
  2)海外との放射能関係情報交換
  3)放射能調査資料の解析

 また、これらの資料の一部をとりまとめて放射能調査資料として刊行する。

第5節 実態調査

 本研究所においては、研究に関連する問題のうち、必要な事項について実態調査を行ない、その結果を活用して研究の促進をはかっている。

 本年度における実態調査の概要ほ以下のとおりであり、これに必要な経費としては、509千円を計上する。

(1)ビキニ被災者調査(障害臨床研究部)
 昭和29年3月、南太平洋ビキニ海域において核爆発実験による放射性降下物に被曝した元第5福竜丸乗組員について、従来から、体内残留放射能の測定および臨床的諸検査を実施してきたが、本年度においても引きつづき被災者を入院させて、血液学的検査、皮膚科的検査、肝機能検査、眼科的検査のほか、必要に応じて体内放射能の測定などを行なう。

(2)放射線作業者の生涯線量の実態調査(物理研究部)
 放射線作業者が職業上被曝する生涯線量を推定し、今後の個人管理の資料を得ることを目的とする。

 医療、工業、研究教育、原子力等の作業種について、被曝線量記録台帳等に記載された線量を調査集計し、作業者個人の生涯に被曝した、あるいは、被曝すると思われる線量を推定する。

①各種の個人管理センターに出向き、または依頼して、フィルムバッジ等による被曝線量を各作業者(作業経験10年以上)について年度別に集計する。

②各作業種別に技術の改良等による作業内容の変化と作業者の被曝線量の相関関係を推定する。

③作業者の年令と作業内容の変化について調査する。

④最近盛んになってきた作業種についても被曝線量を調査して、将来をも予想した生涯線量の推定を試みる。

⑤生涯線量は線質別に推定するとともに、記録された線量から決定臓器の生涯線量をも推定する。

第6節 外来研究員

 外来研究員制度は、本研究所における調査研究に関し、広く所外における関連分野の専門研究者を招き、その協力を得て相互知見の交流と研究成果の一層の向上をはかることを目的としている。

 本年度はこれに必要な経費として2,554千円を計上し、以下の研究課題について、それぞれ該当する研究部に外来研究員を配属し、研究を実施する。

(1)短寿命アイソトープの生産およびその医学利用に関する研究
(2)速中性子の腫瘍に対する効果に関する基礎研究
(3)細胞増殖と分化に対する放射線と発癌剤等の併用効果
(4)放射線治療における至適線量分布計算法の開発と放射線治療の自動化に関する研究
(5)トランスホームした細胞の膜性状の研究
(6)放射線障害のための中型動物の実験遺伝学的基礎研究
(7)ビーグル犬の繁殖技術に関する研究
(8)土壌中における放射性物質の移動に関する研究
(9)日本人における安定微量元素の体組織濃度標準化のための解剖学、病理学的研究

第Ⅲ章 技術支援

 技術部では、本年度経常運営費として39,927千円、廃棄物処理費11,295千円、特定装置費58,693千円を計上し、ほかにサイクロトロン設備整備費およびサイクロトロン棟新築工事費として、国庫債務負担行為中昭和48年度現金化分、単年度予算分がそれぞれ269,000千円および213,820千円が計上された。

 サイクロトロン設備整備、共同実験施設の運営管理、実験用動植物の増殖、管理および供給、所内各施設の安全管理および放射性廃棄物の処理など、各研究部の調査研究遂行に関連した必須の技術支援を行なう。

 とくに、本年度はサイクロトロン装置の完成にともない、試運転、総合機能検査に対処し、維持運転体制の確立をはかるとともに、新設の晩発障害実験棟、那珂湊実験研究棟の建屋建設および哺乳動物舎、実験動物観察棟の空調改造工事にあたる。

 また、空調改造工事の間の実験動物の供給、管理については、研究に支障なきよう体制の整備につとめ、サイクロトロン装置の試運転等にともなう放射線安全管理体制の確立をはかる。

 なお、データ処理室では電子計算機のより一層の利用体制の拡充、研究の進展にともなう電子計算機の拡張に関する調査も行なう。

 さらに、前年度に引きつづき、共同実験施設、機器等の効果的運用、実験動物の飼育環境の改善、ラジオアイソトープ、放射線関連施設における安全管理ならびにその効率的利用をはかり、かつ、担当者の内外現場訓練の実施により、高度の技術支援体制の強化につとめる。

(1)技術業務関係では、本年度予算化された新設の晩発障害実験棟、那珂湊実験研究棟の建崖建設および哺乳動物舎、実験動物観察棟の空調整備改造工事の施工を促進する。

 また、前年度完成をみた新リニアック棟の整備、充実をはかる。

 データ処理業務では利用体制を一段と充実するとともに、研究の進展にともなう大型電子計算機への拡張に関する調査を行なう。

 なお、変電、ボイラー、空調等の基本施設については、建屋、施設の増大に対処するため、より効率的な運用をはかるとともに、各種共同機器、放射線照射装置については計画的な更新、修理をはかる。

(2)放射線安全管理業務では、サイクロトロン装置の完成にともなう安全確保について、その管理方法の検討をすすめ、サイクロトロン棟内外の安全管理の体制の確立をはかるとともに、放射線測定用機器、廃液貯留槽等所要の機器の整備を行なう。

 また、職員の専門知識の充実について、一層の努力を傾注し、業務水準の質的向上を期する。

(3)動植物管理業務関係では、前年度に引きつづき、SPF動物をはじめ、所要の種、系統の実験動植物の計画的な生産、供給ならびに動植物関連諸施設の円滑な運用をはかる。

 とくに、本年度は、哺乳動物舎および実験動物観察棟の空調設備を改善し、実験動物飼育環境の向上を期する。

 また関連機関との密接な連けいのもとに専門技術者としての資質の向上につとめ業務の充実をはかる。

(4)サイクロトロン設備整備関係では,サイクロトロン装置本体およびビームトランスポート系の建設監督、各部機能検査、試運転、総合機能検査を実施するとともに、この間、サイクロトロン装置完成後の維持運転体制を確立する。

 サイクロトロン棟の実験施設等については、関連部門、特別研究「中性子線等の医学的利用に関する調査研究」班と密接な連けいを保ち、遺漏なきよう整備につとめる。

第Ⅳ章 養成訓練

 養成訓練部は、昭和34年度から前年度までに、下表のとおり、放射線防護短期課程、放射線利用医学短期課程、放射性薬剤短期課程およびRI生物学基礎医学短期課程を実施し、各課程修了者の累計は1,472名に達した。
 本年は、運営経費として、9,529千円を計上して養成訓練内容の整備をすすめ、関係方面との緊密な連けいのもとに、効率的な運営による研修効果の向上をはかる。

 本年度は、次のとおり6回の課程を開設し、130名余の技術者を養成する予定である。

放射線防護短期課程     2回
(第28回) 昭和48年4月上旬~5月下旬
(第29回) 昭和48年10月下旬~12月中旬
放射線利用医学短期課程   2回
(第24回) (RI診断および放射線治療)
昭和48年8月下旬~10月上旬
(第25回) (RI診断)(2年以上の経験者)
昭和49年1月下旬~3月上旬
放射性薬剤短期課程    1回
(第10回) 昭和48年6月中旬~7月中旬
RI生物学基礎医学短期課程 1回
(第9回) 昭和49年1月下旬~3月上旬
  
 なお、内外の養成訓練制度についての調査をすすめるとともに、研修成果の向上をはかるために必要な研究を行なう。

第Ⅴ章 診療

 研究所における臨床的研究の場としての病院部は、開設以来、所内各部ならびに所外関連機関との連けい協力のもとに、放射線障害患者と高エネルギー放射線治療および核の医学的利用に係る患者を対象とした診療を行ない、逐年その成果を重ねてきた。

 本年度の病院部門運営費としては97,663千円が計上されたが、診療業務の遂行にあたっては臨床的研究の遂行にも支障のないよう、とくに設備の整備に重点を指向し、病院医療の近代化をすすめる。

(1)放射線障害患者の診療については、ビキニ被曝者、イリジウム事故被曝者の迫跡診療を行なうほか、その他の放射線障害およびその類似疾患患者の診療も実施する。

(2)高エネルギー放射線治療については、中性子線治療研究に協力し、リニアック装置を利用した治療をすすめるほか、その他の照射装置、器具も適時利用して放射線治療の適正化をはかる。このため、必要な設備の整備をすすめる。

(3)核医学的診療については、とくに短寿命RIの医学的利用研究に協力し、各種臓器の機能診断やその他核医学的診断一般の進歩向上を期して諸設備を整備する。

(4)適正な医療は適正な診断により始まり、その適否は患者診療録から評価される。このため、診療用機器の整備と病歴情報処理システムの確立を推進する。
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