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オーストラリア、フィリッピンおよび台湾
における原子力研究開発の現状


(武藤原子力委員の視察記より)

 かねてオーストラリア原子力委員会よりの招請があったのに応じて、このたび原子力委員武藤俊之助と原子力局佐々木寿康はオーストラリアにおける原子力の研究開発の現状を視察する目的ででかけた。

 なお途中フィリッピンおよび台湾に立ち寄ったのであわせて、それぞれの国の原子力研究開発の現状を紹介するため、その視察記から抜粋した。

1 オーストラリア

(i)Australian Atomic Energy Commission(AAEC)

 この委員会は1953年に設置されたもので、国家開発省(Ministry for National Development)に属している。構成はChairman,Deputy Chairman,Members(2人以下)executive memberからなり、この内Executive Memberだけが常勤である。

 ChairmanはUniversity of South WalesのVice PresidentであるProf,Sir Philip Baxter(Chemical Engineering)であり、Executive MemberはMr.M.C.Timbsである。

 AAECのHead OfficeはSydney郊外東海岸のCoogeeにあってFinance,Information Services,International Relations,Raw Materials,Special Projects,
 Technical Policyの各Divisionからなる事務局をもっておりLondon,WashingtonへOverseas Representativesを派遣している。

 なお諮問機関としてAAEC Advisory Committee,Advisory Committee on Uranium Mining,Safety Review Committeeをもっている。

 前述の職員は約70名程度である。

 11月21日(火)午前9.00 AAEC-Head Officeを訪れ、Prof.Sir P.Baxter氏らと2時間ばかり懇談した。

 当方からTenth Annual Report 1965~1966、改訂長期計画(和文)その他の資料を進呈して次の如き主旨の説明をした次第である。

 (1)原子力研究開発上の協力について日本政府外務省と在東京オーストラリア大使館との間における最近の動きについて聞いている所を紹介し、日本原子力委員会でも前向きの姿勢でこの問題を検討中であり今回貴国を訪問したのもその現われであること。

 (2)1967年における日本の原子力研究開発上の重な進展の内とくにATRおよびFBR開発計画とその実行に踏み出した実情、食品照射の研究計画とその特定総合研究の出発、放射線化学の研究開発の近況等を紹介した。

 これに対して主としてProf.Baxterより、日本の科学技術の水準を高く評価していることおよび原子力研究開発の面の協力には熱意をもっていることが表明された後、オーストラリアにおける動力炉研究開発の近況について概略、次の如き内容の話があった。
(a)Australiaの電力事業は各Stateの公営で(Six States and One territory)StateのElectricity Generating Authorityが決定の権限をもっており AAECは中央政府機関であるがStateとは密接な連絡をとりつつ原子力発電を検討してきた。

 しかしAustraliaは石炭が安いので、原子力発電が経済性をもって火力発電と競合しうるのは1975年以後と考えている。

(b)1975年にNuclear Power Stationの運転開始を実験するためには建設に約4~5年を要すると見て今後2~3年にReactor Systemの決定が必要になる。このためAAECはStateに対してgood consultantの責務を果す必要がある。

(c)これまで約6年BeO減速、西独ペプルベッド炉に似たhigh temperature gas cooled reactor systemの評価、開発研究を実施してきたがburn upが予期程上らずまたChemical processing costも期待したよりも高いのでこの研究開発計画を変更して、もっと有望と考えられるheavy water moderated reactor systemの研究開発を昨年頃より採り上げている。

 しかしながらこれまでの研究開発によって得たBeO技術の蓄積は大きいのでこれが応用(air cooled reactor of 0.1~10MWe)に当分Limited effortを続ける方針である。

 前述のReactor systemのcoolantとしてboiling light water 又は加圧重水を採用するかはまだ決めていないが、ここ2~3年の間には決めなければならない(boiling ligllt waterに魅力を感じているようである)。

 Australiaが前述のReactor Systemを選んだ理由の一つには自国産Natural Uraniumを使用しうることがあげられる。

 従って当面の開発目標はNatural Uranium Heavy Water Moderated Reactor Systemということになる。

 もう一つの理由はオーストラリアのように電力需要があまり大きくない国(900万~1,000万kWで電力系統の連けいが十分でない)でも経済性が得られ易い圧力管型が有利であると考えたことである。

(d)以上のような基本方針にもとづいてHeavy Water Moderated Reactor Systemについて十分な経験と熟練とをうるためAAECのStaffを相当数英国に派遣してNatural Uranium Steam Generating Heavy Water ReactorのDesign Studyに参加させており、少数であるがCanadaへも派遣している。

 そしてLucas Heightsでは前述のReactor System componentのEngineering Researeh,Nuclear Date等のPhysics Research,fuel material,cladding materialに関するMaterial Researeh等が実施されている。

(e)オーストラリアのウラン資源については、これまでに発見された鉱量は、多くなく(もち帰った資料にその計数が出ているし神山理事の報告にも詳しいデータが出ている)オーストラリアの原子力発電計画を過少に見積っても不十分である。

 このため探鉱奨励の意味から政府は1967年4月、禁輸政策を改め、今後発見されるウラン鉱山については埋ぞう量により5段階にわけ平均50%程度までは輸出できるようにした。
 以上が主な話の概要である。

 なお雑談の中に種々質疑応答があったがこれは省略する。

(ii)The Research Establishment at Lucas Eeights

 これはAAECに属する唯一の原子力研究開発機関であってSydney中心部より自動車で1時間半余、西南方向の海岸に近く位置している。

 ここを訪れたのは11月20日(月)であったが先ずDirectorのAlderから研究所全般について説明を受けた。

 彼は冶金学者であり、たたみかけるように活気にあふれた話しかたをする人である。

 談話中彼はBasic Research(オーストラリア発音でバイシックリサーチと言う)の重要性を強調して、これをつみかさねて開発に及ぶべきであると主張する。

 例えばZralloyおよびZrのcreep mechanismとかcorrosion mechanismについては世界中誰も知っていない、これを究明して解決方法を見出すことは根本問題ではないかと言う(私はscientistとして全く賛成であり当然のことだと合づちをうっておいた)。

 Lunchは研究所の中の快適な食堂で馳走になりDivision Chief 10数名と会食したがこの折にも種種有益な話を聞くことができた。

 Pbysics Division ChiefのDr.Symondsは英国のUniversity of BirminghamでProf.Peierlsの講義を聞いたと言うのでProf.Peierlsは日本に来たこともあり、また先年私が渡英した折、彼の自宅に招かれた話をした所、共通の話題に花が咲き大変愉快であったことを思い出す。

 ここのDivision Chiefは全て研究者が多く私は古巣にもどったような感じで甚だ気楽な気持ちに浸ることができた。

 時間の都合で研究所の全部を拝見することはできなかったが前述の話し合いを通してこの研究所の特色を理解することができたように思う。

 次に強い印象を受けた事柄の二三を列記しておく。
(a)この研究所の職員は約1,000人、下記のようなDivision構成である。

Research Establishment at Lucas Heights,N.S.W.

 日本で言えば大型の理工学研究所とでも言うべき印象を受けた。

 全般的特徴としては開発上の諸問題の解決を目指した基礎研究にあるように思われる。

 甚だ好ましい特色でありこれはDirector Alderのphilosophyが多分に好影響を与えているためでもあろう。

 AAECのResearch Establishmentの構成図から明かなようにRadioisotope and its ApplicationとReactor Researchが2本の柱となっており而も後者はReactor ComponentsのEngineering and Basic Researchesに主力を注ぐことが形の上によく現われている。

 研究所としては甚だ好ましい構成であると私は考える。

 まだAustraliaではPrototype Reactorを製作開発する計画はないようであるがもしこうしたSystem Engineering Developmentを実施する場合には当然別の研究開発機関を設立する必要があろうしまたそうすべきであると私は考える。

(b)次に見聞した内で強く印象に残った研究項目だけを列記しておこう。

 勿論これらが全てではない。

 詳しいことは持ち帰ったFifteenth Annual Report 1966~1967(AAEC)に記述してあるので興味をもたれる方は参照していただきたい。

 Eingineering Research;two phase flow coolant loop中に生ずるvibrating instabilityの条件を解明するために設備の準備が始められていた。

 Reactorの故障が案外こうした問題の無知に根ざすことを思えば着眼は面白いと私には思われる。

 Reactor Physics;研究炉MOATA(出力=10kw、軽水減速)を用いてboiling light waterを模擬するため発泡スチロールの錬炭状のものを利用して研究が行われている。

 Material Research;Neutron lossを減少させるためにhigh strength alloy例えばZr-Nb alloyの研究、oxide fuel即ちUO2粉末製造の新しいより経済的processの開発研究High density uranium fuelを目指してU3Si(uranium silicide)研究(私はこうしたfuel materialを知らなかったので強い印象を受けた)、Zr alloyおよびZrのcreepとかcorrosionに及ぼすneutron irradiationの影響およびmechanismの研究(Lucas Heightsではこの研究を重要視しているが私も全く同感である。こうした現象を究明しないでReactorを作り上げ故障を起すと騒ぎ出し当座的手当で処理するのが一般であるからである。)

 Physics Research;HIFARの水平実験孔を用いて中性子散乱の実験、3MevのVan de Graaf型加速器を用いてpulse neutronの減速材中での挙動の研究等であるがnuclear data を検討してweak regichのdataを改善してゆこうとしているように思われる。

 以上がHeavy water Moderated Reactor Systemに関連した研究の一部であるが研究項目から明かなように全てbasic researchからつみ重ねてゆこうとする傾向が著しい。

 こうしたbasic researchを主として、外国の成果に頼り物を作るのを主とするか或は自からbasic researchからつみ重ねて開発に進むかは科学技術推進上の方法論として意見の分れる所であり、また国情にも左右されることではあるが少くとも後者が正道であると私は考える。

 Radioisotope Production;RIFAR(出力=11MW、max.thermal neutron flux~1.4×1014)を用いて多種類の放射性同位元素を生産している。

 そして多方面に供給している。

 照射線源Co60の生産は国内需要を満たして英国、日本へ輸出している。

 生産核種は前述したFifteenth Annual Reportに記述してある。

 なお約250Ci/grの比放射能の線源も生産できるとのことであった。

 Application of Radio-isotope伝統的にこの方面の活動はさかんで食品照射の研究も行われている。

 最近の研究として紹介されたものにradioisotopeよりの軟γ線を利用したγ-ray excited X-ray fluoresceneeによる物質中の元素の分析法がある。

 従来X-rays又はcathode raysによってcharacteristic X-rayを発生せしめ後者が元素固有のスペクトルを示すことを利用する分析法が行われてきたが、Radioisotopeのγ-rayを用いると甚だ簡便になる点に特色がある。

 己に具体的に応用されて実際役に立つということであった。

 これに関する論文別刷をもってきたので関心のある方々は参照されたい。

 以上がResearch Establishmentについての印象である。
(iii)Australian Institute of Nuclear Science and Technology

 これは日本で言えば原子力研究開発の分野に限った学術振興会的機関である。

 Lucas Heightsの研究所の正門前にHead Officeがあり20日にLucas Heightsを訪れた折、立ち寄ってSecretaryから説明を聞いた。

 1958年に設立されAustraliaの14の大学から各1名宛、AAECからは4人の代表者で構成されるCouncilによって運営されている。

 仕事は大学における研究者に選定した研究題目についてGrantsを与えて、Research Establishmentの設備の利用の世話をしたり旅費を与えたり、またSpecial TopicsのConferenceを主催するのが主なものである。

 丁度私達が訪ねた時Radioisotopes関係のSymposiumが開かれていた。

 一口に言えばAustraliaの諸大学とResearch Establisllmentとの協力の仲介をするということである。

 因みにAustraliaの大学にはReactorはない。

 なおAAECに属するScientific Advisory Committeeには大学教授が加わりScientific Policyの面で協力している。

 Grantsが与えられた研究題目のリストをもらったがここには省略する。

 要するに大学とResearch Establishmentとの協力方式の一つであり、日本の現状を省みて私には参考になった。

(iv)University of Sydney

 大学を視察した目的はおよそ原子力研究開発の基盤としての基礎研究および人員養成はどこの国でも大学が担当しておることと私自身の個人的関心のためとである。

 これまで欧米の名の知れた大学は国際会議に出席の折訪ねているがAustraliaの大学については全く未知であったからでもある。

 大学の組織はどの国も大同小異であるから詳しいことは省略して目立った点だけを紹介することにする。

 Australiaの大学特に物理教室の研究は一つの教室内で、日本のように多岐にわたる研究が行われているということはなく、研究指向が比較的少数であってそれぞれその特色が明確である。

 例えばUniversity of Sydneyの物理教室の主な研究指向はPlasma Physics,Cosmic Rays,Astrophysics等に重点があるし次に述べるAustralian National Universityの物理教室はNuclear Physics,メルボルンのMonash Universityの物理教室はSolid State Phpsics-Magnetismといった工合である。

 そして大型の実験機器は大学間で重複しないようになっているとのことである。

 University of SydneyではProf.C.N.Watson-Munro(Plasma Physics)とProf.C.B.A.McCusker(Cosmic Rays)の研究室を主として拝見した。

 正式の名称はWills Plasma Physics Laboratory,Falkiner Nuclear Laboratoryという。

 同行のIkenberg君からは大学の実験室に来るとAt homeの気持だろうとひやかされたが正にその通りで楽しい半日を過すことができた。

 Prof.Watson-Munroはでっぷり肥えた人で日本にも来たことがあり、名大プラズマ研の伏見さんの友人でもある。

 研究目標はプラズマの発生、診断および伝播などの基礎的研究である。

 私にとって面白く感じたのはプラズマ波動伝播の研究であったがAlfven wave attenuation,ion cyclotron resonance,microwaveとmagnetized plasmaとの相互作用の研究が特に関心を引いた。

 Plasma装置としては診断技術の研究用のSupper Ⅰ,波動伝播研究用のSupper Ⅱ,Microwaveとの相互作用の研究用のSupper Ⅲがあり,Supper Ⅳは作製中であった。

 Prof.McCuserのCosmie Rays Laboratoryは主として野外でのCosmic rays showerの測定である。

 東大の原子核研究所の乗鞍宇宙線観測所のことも話の中に出てきた。

 構内にもAir Shower Arrayがあるが本年度からcosmic rays energy apectrunの最高エネルギー粒子を観測する目的で30km2の地域をcoverするAir Shower Arrayで行なうField Experimentが開始されるとのことである。

 午後4時のTeaに物理教室のグループが集っている所へ招かれて茶を馳走になった折、若い研究者が近寄ってきて自分は原子核理論を専攻しており、1967年9月東京で開かれた原子核国際会議に出席した時、私を見たと言って話しかけてきた。

 deuteron-Strippingの理論的研究で知られているButlerであった。

(v)Australion National University

 22日午後Canberraにあるこの大学を訪れた。

 ここは設立されて十数年にしかならぬ新しい大学である。

 University of Sydneyでは英国のCambridge Universityで見たことのある古い重々しい様式の建物と近代的建物とが混在しているのに対して、ここの大学の建物はアメリカ流の近代的建物である。

 案内していただいたProf.Titterton(Nuclear Physics)は1967年9月東京で開かれた原子核国際会議に出席された折、川島国際協力課長の紹介で一夕晩さんを共にしたことがあるので懐しく迎えていただいた。

 ただ時間がなかったので猛烈なスピードで実験室を引きづりまわされたといった印象が残っている。

 ここの実験室の自慢はenergy resolutionの高いVan de Graaf型加速器である。

 現在neutron、scatteringに伴うneutron polarizationの実験をしている。

 次いで超高磁場発生装置を見せてもらった。

 失敗をかさね数年を要してここまで漕ぎつけた由である。

 大型装置で核物理の研究、また近い将来その設立が予定されている固体物理の研究に利用できる。

 Prof.Jaegerの案内でGeophysics Laboratoryを拝見した。

 東大物性研究所にある超高圧発生装置より一まわり小型の高圧発生装置を用いて高圧下の物質の変態、物性の研究が行われていた。
 地殻の構造研究では地震波や火山噴出物を通しての研究の外に実験室で高圧下の物性の研究が有力な手段となるからである。

 Argonを用いるDatingの研究も行われていた。

(vi)Uranium Mining at Rum Jungle

 Rum Jungleで働く人々の部落Batchelerの中のCottageに着いたのは26日の真夜中、床についたのは27日午前一時頃だったと思う。

 ここは熱帯地域であるが夜は寝苦しいほどの暑さではなかった。

 翌朝樹間に住む鳥の奇妙なつんざくような、さけぶような鳴声に目を覚ました時も堪えられぬ程の暑さではなかったが、探鉱、粗精錬工場の事務所に案内された頃は太陽ものぼり焼けつくような暑さである。

 たしか90°Fを越えていたと思う。

 Mt.Fitchでボーリングをしている現場へ事務所長のBaylyの案内で自動車で向う途中、野生のカンガルーが道を横切るのを見たのが強い印象として残っている。

 暑さは暑し、探鉱は専門外でもあるし、些か疲れたというのが正直な所である。

 しかしイエロー・ケーキの鮮明な黄色は忘れられない。

 Stewart氏からRum Jungleについて種々資料をいただいたし動力炉・核燃料開発事業団の神山理事が昨年(1697)始め詳しい調査報告を書いておられる。

 Rum Jungleについて何かを記そうとすれば前述の資料からの引き写しが多くなるので関心のある方は附録に記した資料を参照されたい。

 しかし、二三興味ある点を紹介することにしよう。

 ここの鉱山の全般的管理はAAECが行なっており民間企業であるTerritory Enterprises Pty.Ltdが委託運営を行なっていると言えよう。

 1954年に露天掘方式で採鉱が開始され精錬プラントも運転開始された。

 これまでに採堀が行われたのはWhite's,Dyson'sおよびRum Jungle Creek Southの3ヶ所であり、ウラン鉱石処理能力は200ton/日となっている。

 製品は1963年6月まではCombined Development Agency;the joint United States-United Kingdom purchasing agencyが購入していたがオーストラリア政府は購入契約が切れた後も生産をつづけることを決定したという。

 それはRum Jungle地域の鉱山がオーストラリア北部の開発にとって重要な最大企業であると考えたためである。

 このため現在でも貯ぞうされた鉱石の精錬を行なっており生産されたイエロー・ケーキは将来の需要に備えて貯ぞうされている。

 将来需要の増大とともに価格の上昇が期待されるからである。

 オーストラリアにおける確認理ぞう量は将来予想される国内需要をみたすのには不十分であるため、さらに多くのウラン鉱石が発見され精錬プラントの運転が引きつづき行えるよう期待されている。

 なおウラン探鉱についてはAAECはMinistry for National Developmentに属するBureau of Mineral Resourcesと協同して進める建前になっている。

2 フィリッピン

 これまで、日本では一部の人々を除きフィリッピンの原子力研究開発の実情については余り知られていなかったように思われる。

 われわれのマニラ滞在はわずか2日だったがDr.Salcedo Jr.(Chairman of Philippine National Science Development Board and Chairman of Philippine Atomic Energy Commission)と Mr.Afable(Acting Commissioner of Philippine Atomic Energy Commission)に面接してフィリッピンの原子力研究開発についてその輪廓だけは把握することができたように思う。

 Dr.Salcedo Jrは物静かな人で明瞭な英語を話されるのに対してMr.Afableはpassionateな人柄のように見受けられspanish発音まじりの英語を早口に話すといった調子で全く対蹠的印象を受けた。

 とくにMr.Afableは日本にも数回来られたとかで日本の事情に比較的詳しいように見受けられた。

 11月28日午後4時から約1時間Mr.P.G.AfableをPAECの本部に訪ね、翌29日午前11時約30分Dr.J.Salcedojr.をNationalScience Development Boardの本部に訪ねた。

 両者の話を総合して会談の概要を次に紹介する。

 先ず当方から「今回オーストラリア原子力委員会からの招請に応じて約10日間その原子力研究開発状況を視察することができた。

 わが国としては今後はアジア・太平洋諸国との協力が重要であると考えておるのでこの機会を利用して貴国およびこのあと台湾を訪問して原子力研究開発状況を視察させていただきたいと考えている」という主旨を申し述べた。

 これに対して先方からは「われわれは日本の科学技術水準の高いことはかなり知っているし、また、その協力を期待している。

 どうか十分にフィリッピンの原子力研究開発の状況を見ていってもらいたい」といった主旨の発言があった。

 この後両国の原子力開発現状について当方より持参した資料を進呈して互に紹介し合ったが先方の話の要旨は大体下記のような内容であった。
(a)フィリッピンの原子力研究開発現状は、とくにRadioisotopeとその放射線利用に強い関心をもっており農業、医学および工業への利用を推進することが最大の目的となっている。

 このためPhilippine Atomic Research Centerにおいて利用方法の研究およびradioisotopeの生産を進めている。

 現在Short lifeの核種を年間約3,300mci、金額で16,310peso(約150万円)がAtomie Research Centerで生産され、農業、医学の治療、訓練、化学、保健物理および産業の分野での研究に利用されている。

 なお国立研究所とか慈善的治療などには無料配布している。

(b)原子力発電についてはとくに関心を示していない。

 それは国全体の発電設備容量が小さい(120万~130万kW)上に多くの島に分れているために電力系統が統一されていないためである。

 ルソン島は全体の約75%の電力需要があり、この内約85%がマニラ周辺に集中している。

 しかもマニラの電力需要は80万kW程度であるから、現在はもちもん近い将来においてもこの国では原子力発電が経済性をもつことは考えられないと云う印象を受けた。

(注)上述のように原子力発電については特に先方からの積極的な説明がなかったために、消極的な印象をうけた。

 しかし、1966~67年報によれば下記のような積極的な姿勢が見受けられる。

 原子力発電も含めたpre-investment study on powerに対する援助をUNSF(国連特別基金)に要請し、1964年これが採択された。

 その主な目的は1965~75年のルソン島における電力開発計画の立案にある。

 この解析の結果、今後の年間電力需要の伸び率は12.7%程度で、電力需要は1965年の70万kWから1975年には270万kWに増加すると見込まれる。

 これに対する在来のエネルギーとして石炭、地熱、天然ガスは今後の需要増を満たすには不十分である。

 また、水力資源はかなりあると考えられるが調査が不十分なうえに、需要地との距離が遠くなること、その開発には技術的、経済的及び管理上の問題があることからそれ程多くを期待できない。

 これに対して、1971~75年においては単基容量30~40万kWの発電プラントを電力網に吸収できると考えられるので、原子力発電はその時期に経済性を持つと考えられている。

(i)Philippine Atomic Energy Commission
 次にPhilippine Atomic Energy Commission の機構を記しておこう。

 下図が示すようにNational Science Development Boardに所属していて本部はマニラ市内にある。

 このCommissionに所属する部局は図に示すような構成であって職員は約100名とのことである。

(ii)Philippine National Science Developmeet Board
 これはPhilippineの科学技術政策立案の最高機関であって、わが国で言えば科学技術会議に対応するように思われる。

 勿論機能の詳しい点は相違する所が多い。

 即ちその主な業務は国の機関と民間企業における科学技術開発活動との連けいをはかること、科学技術政策の立案とプロジェクトの設定をすること、科学技術者の養成訓練計画の作成をすること等である。

 さらにかかる業務を推進するために次のような実施機構を管轄している。
National Institute of Science and Technology(NIST)
Philippine Atomic Energy Commission(PAEC)
Philippine Coconut Research Institute
Philippine Inventors Commission
Textile Research Institute
 Boardの構成はChairman,Vice-Chairman,NISTおよびPAECのCommissioners,National Research CouncilのChairman,National Planning Office of National Economic CouncilのDirector,Philippine Universityの代表者、産業、農業、教育、科学技術関係諸団体の代表者達である。

 計11名とのことである。

(iii)Philippine Atomic Research Center
 これを訪れたのは11月29日午後3時であった。

 Philippineは冬とはいえ相当にむし暑い。

 ここの構内にある研究炉の建物が遠くからでも眺められるし、この研究所に行く道の両側に散在する小さな家々は日本の田舎で見かけるようなものと似ている。

 そう言えば冬のむし暑さを除けばこの辺の風景は日本のどこかの田舎に似ているようだ。

 Atomic Research Centerの副所長から概略説明を聞いた後、施設を見せてもらった。

 若い研究者の中には日本の原研で勉強した人もあり、また原研の天野氏が研究指導のためここにしばらく滞在したこともあって、日本の実情を割合によく知っているように見受けられた。

 次にその概賂を紹介する。

 なお詳しいことは持ち帰った資料を参照されたい。

 まず、この研究所の組織は次のようなDepartmentからなっている。

 Bio-Medieal Research Dept.,Physics Dept.,Agricultural Sciences Dept.,Chemistry Dept.,Nuclear Engineering Dept.,Reactor Operations Dept.,Health Physics Dept., Experimental Services Dept.,

 職員総数は約190人である。

 研究の重点は、前述したようにRadioisotopeとその放射線の利用の研究開発におかれているが、Philippineは農業国であることが反映して農業分野への利用の研究が多い、とくに印象に残ったものを次に列記する。
(a)とうもろこし、米、まんご、野菜などの照射による品質改良と米、小麦の殺虫の研究
(b)ココナッツの病害と土壌の性質との関係をトレーサーにより解明する研究
(c)照射による低品質木材の改質の研究
(d)照射による脂肪酸重合を用いてココナッツ油の悪臭を減少させる研究
(e)南部諸島のカタツムリに起因する病気に対してトレーサーを利用した研究
(f)制御棒落下方式による反応度の測定、メスバウアー効果とか中性子回折の実験は準備中である
 なおここの研究炉PRR-1(出力=1MW,max.thermal neutron flux~1.4×1013)は今のところRadioisotopeの生産が主であるが訓練その他にも用いられており、この外照射線源のCo60が600キュリー設けられている。
3 台湾
 フィリッピンから台北に来たのは11月30日の午後だったが台北上空は深い雨雲がおおっていた。

 そのためか、ここまでくると日本の秋の始め頃の気温で日本の冬に次第に近づいていることを感じさせる。

 マニラでは、海岸に沿うたメイン・ストリートに立ち並ぶ近代的高層建築の裏側には日本の田舎に見かける汚ない小家があり、また郊外の金持ちの住む豪壮な住宅区域の近くには汚ない家々や草ぼうぼうの空地が散在するといったように、短時日の旅行者に対してマニラとその周辺は活気はあるが何かしら調和と統一に欠けているといった印象を与える。

 これに対して台北とその近郊は静かに落ちついた雰囲気を感じさせ甚だ対象的印象である。

 漢字を共通とする日本人にとって町の看板は中国語の発音は、知らなくても大体の意味は推測できるし、日本に留学したことのある年配の方々の話す日本語はくせがなくて美しい。

 しかし年配の方々でも欧米に留学された人々の中には日本語を話されぬ方もいるようで、こうした方々を交えた会合では日本語と中国語と英語とが入りまじることになる。

 台湾における原子力研究開発の骨組みについて始めの内は仲々つかみにくかったが種々の人々と話している内にその輪郭が分ってきた。

 一口に言えば内閣に原子能委員会がありこれがPlanning Boardであって実施機関としてRadioisotope productionは清華大学が中心となってやっておりPowdre Reactorの研究は台湾電力公司が受もっていると言った所である。

 12月1日に教育部長(日本の文部大臣に相当する)であり、台湾原子能委員会委員長でもあるDr.Y.C.Meiを礼訪した後、原子能委員会本部でSecretary-GeneralのMr.S.M.LeeおよびCommissionのMr.K.H.Lihと懇談した。

 前者はHarvard Univ.で物理を学びその後Engineerに変った方、後者はヨーロッパに留学したことのあるChemistであるとのことだった。

 Philippineにおける場合と同じ内容の訪問主旨を述べ日本の原子力開発状況を英語で紹介したのに対して、Philippineの場合と同様に台湾と日本とは非常に密接な関係にあるのでと前提して甚だ好意に満ちた発言があった。

 LeeおよびLih両氏の話と別の機会に聞いた台湾電力公司社長Chen氏、副社長Chu氏の話とを総合すると概略は下記の通りである。
(a)台湾における発電設備容量は現在150万kWであるが2~3年後には電力需要が多いので200万kWを越すであろう。

 エネルギー事情は石炭採掘条件悪化に伴い高価になっており、他方石油は殆んど産出せずfeasibility studyの結果によれば1974年運転開始の原子力発電が経済的であると考えられている。

 その頃には400万kWの発電設備容量が予想されるので40万kW程度が経済的である。

 しかしこの計画はまだ検討中で決定的なものではない。

(b)Radioisotopeの生産は、清華大学のSwimming Pool型研究炉THOR(出力=1MWmax.thermal neutron flux~1013)を用いて主としてShort life核種について行なっている。

 また人員の養成訓練にも利用されている。

 台湾大学農学部におけるRadioisotope Laboratoryでは農業へのradioIsotope利用の研究を行なっている。

 始めわれわれの予定では台湾電力公司の訪問だけを考えていたが、台北に着いてから以上の状況が判明したので、わずか3日の滞在ではあったが始めの予定を変えて清華大学と台湾大学とを視察することにして、Lee氏とLih氏に申出でた所、Lih氏が先方に電話して手配していただいた次第である。

(i)台湾原子能委員会(Taiwan Atomic Energy Council)
 ここで台湾原子能委員会に触れておきたい。

 1955年の設立であってその構成は関係各部長(日本の大臣に相当)、学識経験者、産業界代表計11名からなっており内閣に直属している。

 Chairmanは教育部長のDr.Y.C.Mei,Sacretary-GeheralはMr.S.M.Leeである。

 本部は台北市内にあり下図の如きSectionsをもち職員は約20名である。

 しかし委員会には専門部会のような Working Groupもなく、また予算面で積極的に動くというようなこともなく、その活動は多少弱体のように見うけられる。

 例えば原子炉の運転に伴う法規類の作成の作業は実質的に台湾電力公司が委託実施しているとのことである。

(ii)台湾電力公司(Taiwan Electric Company)
 孫文主義にもとづいて、国営であり、その電力は都会のみならず田舎の住民にまで公平に配電することが基本方針になっている。

 資本の93%が国費で他はInstitutionsおよび個人のものである。

 社長のChen氏は日本大学の電気工学科出身、副社長のChu氏は京都大学、同じくChien氏は東京工業大学の出身で日本語はベラベラであるが面接した他の幹部の方々には日本語は通ぜず英語でのやりとりである。

 1946年~1950年は戦後の修復時期で1950年以後は拡張時期であったという。

 電力需要の伸び率は15.5%/年でこれに応ずる供給を確保するための拡張は容易でないとのことである。

 エネルギー源としては現在のところ水力70万kW、火力80万kW、計150万kWである。

 水力については今後も尖頭負荷用として開発しうる地点はかなり残っている。

 他方石炭は確認埋ぞう量が約2.4億トン、年産額約500万トンで坑道が深くなるにつれて年々コスト高になっており、新規の発電所は石油燃焼のものとなるが台湾には石油資源はないから輸入にまたなければならない。

 こうした状勢から外貨の節約が期待される原子力発電への関心が深まった次第である。

 なお天然ガスが出るがあまり多くなくこれは化学工業用原料としての利用が考えられている。

 これまでの原子力発電のfeasibility studyによれば台湾の場合出力500MWで、建設費を$180~200/kWと見て発電コスト4.5ミル/kWhとなるから、化石燃料発電と競合しうるとしている。

 他方電力が公益事業なので信頼性の高い在来型炉の導入ということになろうが具体的建設計画はまだ決定されていない。

 ただ敷地だけは人口分布、地震、冷却水の便を考えて台北西部の海岸にあるLinkouが第1候補地として予定されている。
 他方、台湾電力公司は原子炉運転に必要な法規について原子能委員会の委託を受けて検討中であるが、もっとも早急に必要になるControl of Radioisotopes,Regulations on the Safety Transportation of Radioactive Materials,Control of Radioactive Materials,Safety Standard for Radiation Protection,Licensing of Nulear Reactorsであり、その草稿が作成されているとのことである。

(iii)国立清華大学原子核科学研究所(National Tsing Hua University,Institute of Nuclear Seience)
 この大学は台北より約70milesの西南にある新竹に在る、戦後に発足した自然科学部門だけの大学である。

 構内は一寸アメリカの大学を思わせるような美しい大学である。

 ここは毎年1名外国からVisiting Professorを招く制度があり、日本の大学からも数人の人々がここを訪れている。

 われわれが訪れたのは12月2日(土)の午後だったために大学は休みであったが原子能委員Lih氏の手配によって日本の研究者に知己の多い葉教授に案内していただいた。

 同教授の話によると、ここの大学院のMCを卒えるとアメリカに行く者が多くそれが仲々帰国しないそうである。

 しかし学科の増設に伴い学問的地位の確立した台湾出身の学者を呼び寄せるようにしているとのことで、近く発足する国体物理部門の充員状況を話しておられた。

 この大学は始め大学院だけで発足し一両年前からUndergraduate studentsを入学させたとの、ことである。

 大学の構成を資料でみると日本の大学とは相違して、むしろアメリカのHarvard Universityの構成に似ている。

 さて上記のInstituteはacademic activity部門とnational laboratory activty部門に大別されていて、前者にはNuclear Physics Section,Nuclear Chemistry Section,Nuclear Engineering Sectionが所属し、後者にはNucleay Reactor Section,Radioisotop Section,Health Physics Jection,Scientific Instrument Development Sectionが所属している。

 大型装置としては前述した研究炉THOR,Van de Graaf type Acceleraterがありグローブ・ボックスの一部は建設中であった。

 この外に土こでは人員養成のためにHealth Physilc ClassおよびRadioisotope Training Courseが設けられている。

 前述の研究炉ではRadioisotopeを生産して医学および農学分野に供給しているが、ここでアイソトープ利用の研究も行なっている。

 例えば川の水量の測定、甘藷中のCuの放射化分析の定量などである。

 将来設備の充実と相俟ってこの研究所は台湾の原子力研究の中心的活動の場所として発展することであろう。

 台湾大学のRadioisotope Laboratory
 ここを訪れたのは12月1日の午後4時頃で、時間も十分ないまま葉助教授に大急ぎで実験室を案内してもらった。

 周りが古い建物であるのに、このLaboratoryの建物だけは新しい。

 開けば1961年に設立されたもので農学部のRadioisotope Laboratoryと理学部の化学教室のために用いられている。

 勿論研究の指向はRadioisotopeの農学と化学への応用である。

 新しい装置も可成り整備されている。

 研究論文を見るとJapan Conference on Radioisotopesで発表されたものがありしまた若い助手の人が日本の原研で研修を受けたと言っていた。
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