原子力委員会

原子炉安全解析のための気象手引

-原子炉安全基準専門部会報告書-


 原子力委員会は、昭和39年7月原子炉安全基準専門部会を改組して気象に関する事項を審議することとした。(第9巻第7号参照)
 同専門部会では、昭和40年2月第1回の部会を開催し、従来行なわれてきた気象関係の研究調査の成果、安全解析の際の取り扱いの経験などから、気象に関する基準をまとめる方針を決め、気象小委員会、ワーキング・グループを設けて検討を始めた。以来小委員会を8回、部会を5回開催して審議を重ねてきたが、別項3のとおり「原子炉安全解析のための気象手引」をまとめ、昭和40年11月2日原子力委員会に報告した。
 原子力委員会では、同報告について、昭和40年11月11日別項1のとおり決定を行ない、また同12日付で別項2のとおり原子炉安全専門審査会会長あて、安全審査の際の参考とするよう送付した。

〔別項1〕

 原子炉安全解析のための気象手引について

昭和40年11月11日
原子力委員会

 原子力委員会は、昭和40年11月2日原子炉安全基準専門部会から同専門部会報告書として「原子炉安全解析のための気象手引」の提出を受けた。
 当委員会は同手引が原子炉の安全解析を行なう場合に有益な指針となるものと考える。
 なお、気象観測、気象解析が原子炉の安全解析上重要な役割を果たすことにかんがみ、当委員会としては、今後も引続きその研究調査を推進するものとする。

〔別項2〕

昭和40年11月12日

原子炉安全専門審査会会長 殿

原子力委員会委員長

原子炉安全解析のための気象手引について

 標記手引は、原子炉安全基準専門部会において、気象に関する事項についてまとめたものであって、今後貴審査会において安全審査を行なう際の参考になると考えるので送付する。

〔別項3〕

昭和40年11月2日

原子力委員会委員長 上原 正吉 殿

原子炉安全基準専門部会
部会長 伏見 康治

気象に関する報告について

 昭和39年7月8日の原子力委員会において、原子炉安全基準専門部会の審議事項を「気象に関する事項」とすることに決定された。
 わが国には、すでに20基近くの原子炉や臨界実験装置が運転または建設中である。その中で特に大型の研究炉および動力炉の安全解析においては、いずれも気象が重要な因子の1つであった。このような事情にかんがみ基準部会では、新しく研究するのではなく、従来行なわれた安全解析における気象の取り扱いの経験に徴し、「原子炉安全解析のための気象手引」としてまとめることとした。
 基準部会は、本年2月以来審議を重ね、別添のとおり手引を作成したので報告する。
 なお、これに関連して、さらに研究調査すべき項目を別紙に掲げておいた。これらについて、原子力委員会の善処を期待するものである。

〔別紙〕   研究調査すべき項目

(1)拡散の検討
 i)拡散実験による検討
 ii)坂上の式等の検討および実用化
 iii)沈着の検討
 iv)吹上げ効果の検討
(2)静穏時の検討
 i)拡散の検討
 ii)被ばくの検討
(3)局地性の検討
 i)拡散パラメタの検討
 ii)流線の検討
 iii)海陸風、山谷風等の影響の検討
 iv)模型実験による検討
(4)測定方法、測器等の開発
 i)風向変動幅
 ii)温度の鉛直分布
 iii)微風時の風向、風速
 iv)拡散実験用トレーサ

〔別添〕

原子炉安全解析のための気象手引

-原子炉安全基準専門部会報告書-

 原子炉を設置する際に行なう安全解析では、周辺に対する放射線の影響を評価することが最も重要なことである。安全解析は、通常、想定事故時と平常運転時について行なわれる。評価に当って、気体状放射性物質の放散状態を推定するには、いずれも気象に関する事項が重要である。
 この手引は、今後の参考とするため、大型原子炉の安全解析で従来取り扱った経験に徴して、気象に関する事項をとりまとめたものである。

1.想定事故時用の気象

 安全解析のために想定した事故による影響の評価は、おそらくこれより悪いことにはならないという考え方で行なうものである。これに用いる気象条件は、次の諸点を考慮して選ぶべきである。
(1)想定事故による放射性物質放出の様相、たとえば、放出の高さ、放出の継続時間等を考慮すること。
(2)想定事故時の評価は、公衆を対象とするものであるので、公衆の居住する地域に着目すること。
(3)原子力委員会が決定した原子炉立地審査指針によれば、想定事故として重大事故および仮想事故の発生を仮定し、両者の場合について評価することになっている。重大事故の場合には、従来用いられた気象状態の出現度を参考とすること。また、仮定事故の場合には、出現度がこれと同等以上のものを用いること。
 なお、拡散の計算には、従来Pasquillの式(英国気象局法)を採用している。これを採用して当分差し支えないと考える。

2.平常運転時用の気象
 平常運転時の気体廃棄物放出による影響の評価は、一般に、周辺監視区域外の年間積算線量について検討するものである。これに用いる気象資料は、次の諸点を考慮し、現地に関する1ヵ年以上の期間に及ぶ観測資料にもとづくべきである。
(1)気体廃棄物放出の状態、たとえば、煙突の高さ等を考慮すること。
(2)平常運転時の評価の場合にも、周辺監視区域外の公衆の居住する地域に着目すること。
(3)平常運転時の気体廃棄物放出に関し、施設側において講ずる措置、たとえば、一時貯溜等の放出管理を考慮すること。

解説

I 想定事故時用の気象

1.考え方

(1)方針
 想定事故時の評価は、おそらくこれより悪いことにはならないという考え方で、事故の過程を追って、その影響を評価するものである。過程の1つである放射性物質の放散状態を推定するのに必要な気象条件については、現地における出現度からみて、これより悪い条件にはめったに遭遇しないというものを選ぶべきである。用いる気象状態の出現度は、現地に関する気象資料にもとづき、放散された放射性物質の着目地域における濃度*について、低い方から高い方へ並べた場合、何%に位置するものであるかにより表わすことができる。

(注)*想定事故時の評価においては、後に述べるように、呼吸による甲状腺の被ばくおよびγ線による全身の被ばくが判断のめやすとなる。この手引で対象とする大型原子炉においては、一般に放射性沃素の吸入による甲状腺の被ばくが支配的であるので、気象状態の出現度は、放散された放射性物質の着目地域における濃度について考えなければならない。また、放散された放射性物質からのγ線による全身被ばくを問題とする場合にも、着目地域の濃度についての気象状態の出現度を考えれば、ほぼ近い結果が得られると推定される。

(2)事故の様相
 想定事故の様相、たとえば、放射性物質の放出源の高さ、放出の継続時間等は、想定事故時の評価を行なう際に選ぶ気象条件ときわめて重要な関係がある。地上放出の場合には、大気が安定なほど地上濃度は高く評価されるが、高所放出の場合は、距離によってはそれと異なる結果になることがある。また、放出継続時間については、普通、継続時間が長いほど風向変動により放射性物質が分散されるので、放出量が同じなら、着目する地点の積算濃度は低く評価される。したがって、想定事故時の評価に用いる気象条件は、これらの様相を考慮して決めるべきであると考える。

2.立地指針
 原子力委員会は、昭和39年5月に原子炉立地審査指針を決定し、以後の安全審査はこれに準拠することとなった(付録1参照)。立地指針を適用するに当って用いる気象条件については、次の点を考慮すべきである。

(1)対象とする地域
 立地指針を適用する際の判断のめやすは、周辺公衆の呼吸による甲状腺の被ばくおよびγ線による全身の被ばくである。このように公衆を対象としているので、気象条件を選ぶに当っては、公衆の居住する地域に着目すべきで、そこが風下となる場合を対象とし、かつ、そこまでの距離について考えるべきである。

(2)想定事故
 立地指針によれば、想定事故として重大事故および仮想事故の発生を仮定し、両者の場合について評価を行なうこととしている。
 重大事故は、技術的見地からみて、最悪の場合には起こるかも知れないものであり、仮想事故は、たとえば、重大事故を想定する際には効果を期待した安全防護施設のうちの幾つかが動作しないと仮定し、それに相当する放射性物質の放散を仮想するものである。
 重大事故の場合には、従来用いられた気象状態の出現度が参考となるであろう。また、仮想事故の場合には、出現度がこれと同等以上のものを用いるべきであろう。

(注)重大事故の場合の評価は、非居住区域の適否を判断するためのものであるので、一般に数100mの地域が対象となるが、仮想事故の場合の評価は、数km位あるであろう低人口地帯が対象となる。このような距離の場合、近距離に高い地上濃度を与える微風の中には、遠距離までそのまま到達しないものがある。すなわち、出現度で比較する場合、重大事故時には濃度の高い側に入れられる微風の一部が、仮想事故時には低い側に入れられることになる。したがって、このような場合には、重大事故の場合と同じパラメタの値を用いても、事故の様相が類似しており、かつ同一方位に着目する限り、その出現度は、重大事故の場合に用いたものより大きいといえるであろう。

 なお、仮想事故の場合に用いる気象条件について、次のような考え方もある。

 ①仮想事故の場合の評価には、現地の気象資料に関係なく、重大事故の場合に用いる気象条件よりも明らかに安全側のものを用いるのも1つの方法である。明らかに安全側の気象条件を選ぶには、放出継続時間、着目距離あるいは最高地上濃度を与えるのはいかなる気象条件であるかなどを検討しなければならない。普通の場合には、1m/secでF型相当の拡散幅を小さくとった条件程度ならば差し支えないと考える。

 ②立地指針によれば、仮想事故の場合については、低人口地帯の評価の他に、全身被ばくの積算値(man-rem)により国民遺伝線量に対する影響を評価することとしている。前号①の考え方は、この評価の場合、特に適切なものであろう。ただし、横の拡散幅を小さくとることは必ずしも全身被ばくの積算値を適正に評価することにならない場合があるので、横の拡散幅を大きくした場合を考慮する必要がある。

3.評価の先例
 わが国で従来安全審査を行なった大型炉、たとえば、東海炉、JPDRは、ともに立地指針決定前のものである。当時の安全解析においては、1つの事故を想定し、次の気象条件を用いて解析していた。


 なお、念のため、ただ1つの想定事改による評価のおぎないとして、同じ事故について、両者とも風速0.5m/secを拡散式に用いた解析を行なっている。

4.拡散式
 拡散を取り扱う式としてSuttonの式、坂上の式、Pasquillの式(英国気象局法)等各種の式が提案されている(付録II参照)。想定事故時の評価を行なう場合、いずれの式を用いてもパラメタの値を適当に選ぶことにより大差なく濃度を推定することができる。
 通常観測の気象資料からパラメタの値を選定できること、すなわち、取り扱いが比較的簡単であるという理由で、従来わが国では原子炉の評価に英国法を採用してきた。また、この式は、英国でよく用いられ、米国でも最近しばしば用いられている。

5.拡散パラメタの選定

 拡散式には、いくつものパラメタが用いられている。たとえば英国法では、風速u、横の拡がりθ、縦の拡がりh等がある。一方、評価に用いる気象状態の出現度は、放散された放射性物質の着目地域における濃度について考えるべきものである。それ故、拡散式に用いる各パラメタの値を選定するには、着目地域の濃度に対応するパラメタの総合的な組み合わせにより、出現度を検討するのが最も望ましい。
 しかし、簡易法として次に示す方法を用いても、ほぼ所期の目的を達成できると考える。

 ① 英国法の場合、縦横の拡散幅を規定するパラメタの値は、従来の評価に用いた値を参考に決める。この場合、気象型については、東海炉、JPDRならびに英、米の敷地基準の適用例に見られるように、地上放出に対してはF型を、θについては、東海炉および英国の例に見られるように、長時間放出に対しては30°を用いてよいと考える。しかし、高所放出、短時間放出、その他特殊な場合には、それを検討して決めるべきである。

 ② 一方、風速については、現地に関する気象資料から、風向を考慮し、所期の出現度に対応して決める。この場合、風下の放射性物質の濃度は、風速に逆比例するので、方位別に放出継続時間中の風速逆数平均をとり、その出現度を考えればよい。
 なお、付録IIIに、東海炉およびJPDRに用いた気象条件が東海村の気象資料による風向、風速の出現度からみて、どの程度に相当するかを調査してある。

II 平常運転時用の気象

1.放散過程
 気体廃棄物の放出によって被ばくするまでには、次のような過程がある。

 ① 発生:原子炉の平常運転時において発生する放射性物質の核種とその量は、原子炉施設とその運転条件によって異なるものである。

 ② 放出:発生した放射性物質を含む気体廃棄物は、一般にフィルタにより濾過し、場合によっては、貯溜タンクにより一時貯溜し、減衰させる等の放出管理を行なう。この種のタンクに一応貯溜し、気象状態(風向、風速等)を考慮して放出すれば、非常に良い効果が得られると考える。これらの放出管理のいかんによって施設外へ放出される気体廃棄物中の核種とその量が決まる。

 ③ 拡散:放出される気体廃棄物の放出状態(煙突の高さ、吹上げ高さ、気体の温度等)およびそのときの気象状態(風向、風速、安定度等)により拡散状態は異なる。

 ④ 被ばく:拡散され、空間分布している放射性物質によって被ばくする。

2.基準
 平常運転時の気体廃棄物放出に関しては、法令(規制法に基づく規則、告示)によると、障害防止上支障がないようにするため、原子炉の設置者は、周辺監視区域を設定し、その外の線量および濃度が一定の期間ごとに許容値を超えないように措置しなければならない。(付録IV、V参照)
 原子炉設置前の安全解析においては、付録IVに示すように、濃度については必ずしも検討する必要がないので、線量のみについて期間は1年間で検討すればよいと考える。
 したがって、設置者が措置を講ずることにより、周辺監視区域外の年間積算線量が許容値(0.5remただし、他の施設との重畳分および内部被ばく分を含む)を超えないようにできるか否かを検討すればよい。

3.気象と線量
 原子炉設置前に年間積算線量を推定するには、1ヵ年以上の期間に及ぶ観測にもとづいた気象資料により有風時と静穏時に区分して、それぞれの寄与分を加算すればよい。
 静穏時とは、通常、在来の計器による観測値で0.4m/sec(気象庁では現在0.2m/sec)以下のものをいっている。しかし、在来の風向風速計は、起動風速が1~1.5m/sec位であるので、静穏時といってもこの程度のものが含まれている。静穏時の風向風速をより正確に測定または推定できるならば、その内の約0.5m/sec以上のものを有風時に組み入れるのも1つの方法である。

(1)有風時
 有風時に大気拡散された気体廃棄物による任意の地点における任意の時刻の線量率は、放出状態および気象状態が与えられれば、推定することができる(付録VI参照)。年間積算線量をできるだけ正確に推定するためには、各時刻の線量率を年間にわたって積算すればよい。
 しかし、簡便法として次に示すいずれかの方法を用いても、ほぼ近い結果が得られると考える。

 ①着目地域の最高線量になる方位について、風速の年間逆数平均と、出現度の最も多い安定度等を用いて 計算する。

 ②着目地域への最大の風向頻度、方位に関係なく求めた風速逆数平均、ならびに前号と同じ安定度等を用いて計算する。

(2)静穏時
 静穏時として区分されている時間中も、吹上げ効果や微風により気体廃棄物は拡散されているはずであるが、その間に大気の流動状態を観測する適当な計器もなく、またすべての静穏発生時について発煙実験で調べることも実際上不可能である。
 しかし、静穏時において実際に放出されている気体廃棄物からの線量率は、放射線計測器により測定できる。原研の原子炉JRR-2の平常運転にともなうアルゴン-41からの線量率を測定した結果およびこれによる考察を付録VIIに掲げた。この実験結果および考察は、他の炉において評価する場合の参考となるであろう。事前に、静穏時の線量がどうなるかを、より正確に推定することは、今後の研究にまたねばならない。

4.措置
 前述の放散過程から明らかなように、平常運転時における周辺監視区域外の線量を決定する因子は、施設がどうであるか、立地による拡散状態がどうであるか、ならびに放出管理等でどういう措置を講ずるかの3つに大別される。施設および立地は、想定事故時の評価における2大因子であるが、平常運転時の評価には、この2つの他に、措置についても考慮しなければならない。
 実際に原子炉を運転している場合には、直接、間接に放射性物質の核種、量、気象状態および線量率を測定、観測できる。もし、周辺監視区域外の年間積算線量が許容値を超える恐れがあれば、測定、観測により事前に察知して、放出管理の強化、周辺監視区域の設定変更等の内で適切な措置を講じ、場合によっては、原子炉の出力低下または運転停止の措置を講ずる計画がなされていなければならない。このような計画は実際的なものであるか否かを原子炉設置前に検討する必要がある。
 原子炉を運転するときは、法令にもとづき、事前に保安規定を定めることになっている。周辺監視区域の設定、放出の管理等の措置については、それが実際的なものであれば、保安規定の中で具体的に規定し、実施することにより確保されるものである。

III 観測、調査事項
 原子炉の安全解析に直接、間接に関係があり、現地に関し、観測、調査することが必要と思われる項目をまとめた。これらの観測、調査は、原子炉設置前と原子炉運転開始後行なうものとに分けられる。 
 設置前の観測、調査の主な目的は、
(1)安全解析に用いる気象条件の妥当性を明らかにする資料(拡散気象)
(2)施設の一般的設計条件に関係のある気象資料(一般気象)
を得ることである。
 また、原子炉運転開始後の観測、調査の主な目的は、
(1)平常運転時の気体廃棄物に対する措置をとるために必要な資料
(2)万一の事故時に緊急活動を行なうために必要な資料
を得ることであり、これらを計画し、実施することは、設置前の安全解析において、運転開始後の安全性を確保できるという裏付けとなるであろう。

1.設置前



2.運転開始後

付録I 原子炉立地審査指針

〔1〕原子炉立地審査指針

(第9巻第6号p.2参照)

〔2〕原子炉立地審査指針を適用する際に必要な暫定的な判断のめやす
 この判断のめやすは、原子炉安全専門審査会が、陸上に定置する原子炉の安全審査を行なうに当り、〔1〕の指針を適用する際に使用するためのものである。

1.指針2.1にいう「ある距離の範囲」を判断するためのめやすとして、次の線量を用いること。

 甲状腺(小児)に対して 150レム

 全身に対して       25レム

2.指針2.2にいう「ある距離の範囲」を判断するためのおよそのめやすとして、次の線量を考えること。

  甲状腺(成人)に対して 300レム

  全身に対して       25レム

3.指針2.3にいう「ある距離だけ離れていること」を判断するためのめやすとして、外国の例(たとえば、200万人レム)を参考とすること。

付記

(i)上記めやすは、現時点における放射線の影響に関する知識、事故時における原子炉からの放射性物質の放散の型と種類、およびこの種の諸外国における例等を比較検討して、行政的見地から定めたものであるが、とくに放射線の生体効果、国民遺伝線量等については、まだ明確でない点もあるので、今後ともわが国におけるこの方面の研究の促進をはかり、世界のすう勢をも考慮して再検討を行なうこととする。

(ii)上記めやすは、実際に原子炉事故が生じた場合にとられる緊急時の措置に関連するめやす(たとえば飲食物制限、退避措置等のための線量等)とは異なった考え方のもとに定めたものである。

(iii)上記めやすは、原子炉の設置に先立って行なう安全審査の際、万一の事故に関連して、その立地条件の適否を判断するためのものであって、原子炉の平常運転時における公衆に対する放射線障害の防止に関連しての判断の基準は、核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和32年法律第166号)および同法律に基づく総理府令ならびに科学技術庁告示に規定している。

(iv)上記めやすのうち1および2は、通常のウラン燃料の原子炉を対象として考えたものである。甲状腺およ び全身以外のものが障害の見地から重要となる場合には、別途考慮することが必要である。

付録II 拡散式について

 大気拡散を推定するための理論および実験式は数多く提唱されている。その主なものについて概要を紹介する。

1.Suttonの式

 拡散式では水平および鉛直方向の濃度分布がGauss分布であると仮定したものが多い。Suttonの式もこの1つで、連続点源の式として


を提唱した。このnは風速分布から決定されるものであるが、実際の風速の分布を用いて与えることに難点があり、むしろCy、Czとともに実験的に決められる係数とみた方がよいであろう。この式では、水平および鉛直方向の標準偏差σy、σzが風下距離xのべき数で表現されている。

2.坂上の式
 SuttonやPasquillの各式では、拡散係数が鉛直方向に対して一定という概念にもとづいて取り扱われているが、接地気層の理論から考えて、合理的に取り扱った点で注目されるのは坂上氏の拡散式である。すなわち、鉛直方向の拡散係数は地表面からの高さに比例するとして、


 を得ている。δ>0は安定、δ≒0は中立、δ<0は不安定である。

 この式を裏付けるような実験は、戦時中坂上氏自身によって行なわれた。またPrairie Grassの実験、東海村の実験、Windscale事故時の測定結果、その他の実験結果に適用して、よい一致を示している。しかしながら現在のところ、この式に必要なパラメタの値を既存の気象資料からすぐ求められないという困難さがある。

3.Pasquillの式
 Suttonの式と同じく、水平、鉛直方向とも拡散による濃度分布は、Gauss分布と仮定している。この式のパラメタはA、B、C、D、E、Fに分類した安定度ごとに、実験結果を参考にして図的に与えられており、近距離の範囲は主としてCramerの実験にもとづいて作られたものである。Cramerの実験では鉛直方向の濃度分布の詳しい測定を行なわず、Gauss分布を仮定して、放出率と地表分布から逆算して決められた。このような点に疑問はあるが、地表濃度を問題にする場合には、大きな誤りはないであろう。この式の特長は、パラメタが図で与えられているので、比較的簡単な気象観測値を用いてパラメタの値を決定し、地表濃度を推定できる点にある。いま、Qc/minの割合で放射性物質が放出されるとき、地上の濃度分布は次式により与えられる。


上式に使用した各記号はそれぞれ次の意味をもつ。

X:濃度(c/m3

d:風下距離(km)

y:風下垂直方向距離(m)

u:風速(m/sec)

θ:地表濃度が風下軸上溝度の1/10になる2点が放出点をはさむ角(deg)

y0:同上の点までの風向軸からの距離(m)

h:地表濃度の1/10になる高さ

Fi:煙突係数

θとhは、安定度とdの関数として与えられ、Fiは煙突の高さHの関数として与えられている。

(表II-1、図II-1~3参照、出典The Estimation of The Dis-persion of Windborne Material,by F.Pasquill,D Sc.,Meteorological Magazine,Vol,90,1961.p.33-49)

  表II-1 大気安定度分類表(英国法)

図II-1 短時間放出の場合のθ(deg)

図II-2 地上濃度の1/10になる高さh(m)

図II-3 煙突係数 Fi

付録III 東海村のデータ調査

解説Iの5に述べた簡易法にならない、東海炉およびJPDRに用いた気象条件が、東海村の毎時観測による風向、風速の出現度からみて、どの程度に相当するかを調査したものである。

1.調査の方法

 この調査は、次のように行なった。

(1)放射性物質がある方位に運ばれるとき、風下の濃度は、風速に逆比例し、また他方位の風のときは、実質的に濃度0と考えられるので、風向を考慮した風速に関するパラメタとして、次式に示すΛ(ラムダ)を用いた。


ここに、

T:放出継続時間(hr)

τ:気象観測間隔(hr)
   ここではτ=1hr

ui:毎時観測の風速(m/sec)

ここでは、τすなわち1hr中一定とみなす。

δ:風向が着目方位にあるか否かを示すもので、その値は

   風向が着目方位にあるときδ=1

   風向が他方位にあるときδ=0

①想定事故の様相から、東海炉の長時間放出の場合には、*=6hrとし、JPDRの短時間放出の場合には、T=1hrとした。また放出源の高さは、地上と10mであったので、東海村の原研観測塔の高さ11mの気象資料を用いた。

②東海炉およびJPDRの評価に用いたΛの値は解説Iの3の表からそれぞれ1/2.5sec/mおよび1/2sec/mとした。

(2)出現度の表わし方として、地上濃度が低い方から高い方への累積頻度を採用した。すなわち、年間の気象資料にもとづき、Λの小さい方から大きい方への累積頻度を求め(年間の時間/T)に対する%で表わした。横軸にΛを、縦軸に%をとり、着目する方位ごとにΛの累積頻度の曲線を画き、この曲線より、前号②Λの値に対応する%を求めた。

(3)1961年度の原研観測塔の高さ11mにおける毎時観測資料によれば、年間12.2%の静穏が記録されている。しかし、原研で行なった微風計による実測例(付録VII参照)から考えて、在来の気象観測用風速計で静穏と記録されているうちのほとんどの場合、微風は存在すると思われる。そこで、静穏時については、次のように取り扱った。

①T=1hrの場合
 この静穏時における微風の風向頻度分布を、同じ観測塔の高さ60mの資料を参考にして推測を試みた。
 観測塔の高さ60mと11mにおけるそれぞれの風速階級別出現頻度は、下表のとおりである。


 また、表の60mと11mとの出現頻度が対応するように4階級に区分し、各区分の風向分布を比較すると、図III-1のようになる。
 表および図から考えて、静穏12.2%を次のように配分した。

図III-1 1961年度原研60mおよび11mの風速階級別風向頻度分布の比較


(i)11mでは静穏となっているが、60mで有風の場合は、11mにおける微風の風向きを60mのものと同一であるとみなし、図(I)点線の風向頻度分布にしたがい配分した。

(ii)60mでも静穏であった場合(3.7%)については次のように考える。いわゆる静穏時の微風の風向頻度分布は有風時のものより方向集中性が弱いと考えられる。
 したがって、安全側に考え、3.7%を図(I)点線の風向頻度分布にしたがって配分したときの最大値がどの方向にも現われると仮定した。

② T=6hrの場合

  東海村の既存資料で、連続した6時間に静穏が含まれる場合には、その静穏時の風向風速について、容易に推測のしようがなかった。しかし、他方位の風が吹いた場合の取り扱いと同様σ=0として計算すれば、次に述べるように上限を求めることができる。

たとえば

    1時 2時 3時 4時 5時 6時

 方位  N  N  E  N  静穏 N

 風速  u1  u2  u3  u4  静穏 u6

の場合、N方位について、δは次のようにとった。

  δ  1  1  0  1  0  1

 すなわち、Λの値は次式で計算した。


 しかし、静穏の場合、実際にはある程度の拡散がもたらされることがあるので、実際の値Λ6Rは、次式のようになり、計算値Λ6cより大きいことがある。


 ただし、δ’は静穏の寄与分で0≦δ’≦1

 すなわち、両者の頻度分布は、図III-2のように、Λ6Rの方がΛ6cよりも大きい側へずれるはずである。それ故、両者の累積頻度は、図III-3のようになり、Λ6Rが、Λ6cの下側となる。

 一方、実際の値Λ6RとT=1hrの場合のΛ1c

図III-2 Λの頻度分布曲線

図III-3 Λの累積頻度曲線

比較すれば、Λ6Rの方が放出時間(6hr)中の風向変動により濃度は分散されるので、図III-2のように、Λの大きい範囲では、Λ1cよりも頻度分布は少ない。それ故、累積頻度は、図III-3のようにΛの大きい範囲で、Λ6RがΛ1cの上側となる。
 したがって、以上のようにして求めたT=6hrおよびT=1hrの累積頻度曲線Λ6c、Λ1cは、Λの目盛の大きいところで、T=6hrの実際の曲線Λ6Rの上限、下限を示すことになる。

2.図の説明(図III-4、図III-5)

(1)T=1hrの場合

図III-4には、Λの目盛の大きいところにおいて累積頻度(%)の小さい代表的方位ものを示した。Λ1c=1/2sec/mにおいて、最も小さいのは、96.3%である。また、1/2.5sec/mの場合は95.9%である。なお、NW方位は、東海村の場合、海への風である。また、1962年度の資料によると、それぞれ96.1%および95.6%である。

(2)T=6hrの場合
 図III-5も同様に代表的なものを示した。Λ6c=1/2.5sec/mの最も小さいものは98.7%である。しかし、これは前に述べたように実際の値の上限を示すものである。

3.調査結果

 東海炉におけるΛ=1/2.5sec/mの累積頻度の実際の値は、Λ6cの曲線から得られる98.7%より小さく、Λ1cの曲線から得られる95.9%より大きいはずである。一方、JPDRにおけるΛ=1/2sec/mの場合は96.3%である。

 したがって、東海炉およびJPDRでは、風向を考慮した風速の累積頻度で表わした場合いずれも97%程度を用いていたといえる。

(注)ここで行なった東海村のデータ調査は、東海村およびJPDRの想定事故時の評価に用いた気象条件が現地の気象資料からみて、どの程度のものであったかを調査したものである。当時の事故想定からいって、着目地域は、数100mの範囲である。数100mならば静穏の影響もあると考えて、東海村で出現率10%位の静穏時の考察をいろいろ試みたわけである。
 しかし、今後仮想事故時を評価する場合の着目地域は数kmにも及ぶことがあり得る。このように数kmという距離を問題とするときは、静穏時の取り扱いも、本調査とは変わってくるだろう。静穏時の真の風速が小さい場合、たとえば20~30cm/secのまま、1つの方向へ数kmも放散されることはまず考えられないので、Λの大きい側から統計的に除いても差し支えないと考える。

図III-4 方位別にみたT=1hrの風速累積頻度
1961年度原研11m(calm年間12.1%)

図III-5 方位別にみた風速累積頻度
1962年 原研 11m


付録lV 許容値(MPC)とSubmersion

 原子炉の平常運転時に放出される気体廃棄物の主な核種は、ほとんどの場合、Ar、Kr等の希ガスである。これらのMPCは、一様の濃度で半無限空間を満たしている場合、被ばく線量が年間5remになる濃度を根拠としたものである。しかし、煙突から放出される気体廃棄物は、風によって拡散され、不均一の濃度分布をした有限の放射線源となる。したがって、気体廃乗物中のこれらの核種に対しては、濃度よりも線量について検討するのが妥当である。
 なお、法令の規定にある濃度については、必要があれば保安規定において確保することができる。

(注)主な希ガスのMPC


付録V 周辺監視区域、管理区域について

1.周辺監視区域
 周辺監視区域とは、原子炉の平常運転に伴う公衆の放射線障害を防止するため、許容値以上になる恐れのある区域を設定し、無用の立入の制限、居住の禁止等を行なうためのものである。周辺監視区域に係る線量の許容値は、その外側において、1年間につき5remの1/10、すなわち0.5remである。
 気体廃棄物の放散を検討するとき、周辺監視区域外において、地上は許容値以下でも上空では超えることがあり得る。そのような場所に将来高層建築が建つことを仮定すれば、高い所では許容値を超えることになる。また、山岳地、水面、道路等にも特殊な例が考えられよう。しかし現実にそのような環境になる恐れがあると判断されない限り、通常公衆の居住する地域の地上付近の線量を検討すればよいと考える。なお将来特殊な事情が発生しても、そのときの措置にまてばよいと考える。

2.管理区域について
 管理区域とは、従業者の放射線管理のため、許容値以上になる恐れのある区域を設定し、立入の制限、その他所要の管理を行なうためのものである。管理区域に係る線量の許容値は、その外側において、1週間につき30mrem(1年間につき1.5rem)である。
 煙突近傍の線量が、この許容値を超えることがあったとしても、その区域は一般に周辺監視区域の内側*にあり、設置者の管理する範囲にあるので、管理区域の設定については保安規定に譲って差し支えないと考える。

(注)*1年間を通じ、一定の線量率とした場合、管理区域および周辺監視区域に係る許容値の比は、前者が   勤務時間中の従業者を対象とするのに対し、後者は常時滞在する公衆を対象とするものであることを考えると、


 一方、放散された気体廃棄物からの線量の他に、原子炉からの直接の線量等を考えると、一般に、原子炉に近いほど線量は高い。それ故、許容値の高い方の区域は狭くても十分である。したがって、管理区域は、通常周辺監視区域の内側にある。

付録VI 放射性雲による線量率

 煙突から放出された希ガスによる風下任意地点へのγ線線量率D(x,y,z)の計算式は次のようになる。



 41Arが放出率Q=1c/hrで放出されたとき、放出点の高さH=40mおよび65m、安定度CおよびF、風速1m/secにおける放射性雲からのγ線線量率を計算した結果を図VI-1に示す。

図VI-1 41Ar放射性雲によるγ線線量率

付録VII 原研JRR-2における実験

1.静穏時における微風速測定
 原研において1965年6~7月の実験のとき測定した静穏時の微風計の測定値は表VII-1に示してあるように、静穏と定義されている状態でもつねにいくらかの風速があり全く無風ということはなかった。1964年の実験においてもまた同様の結果が得られている。このような結果から静穏時においても微風により気体廃棄物の流動拡散は行なわれていると推定される。しかしその間の大気の流動状態を観測する適当な計器もなく、またすべての静穏発生時について発煙実験で調べることも実際上不可能である。

2.静穏時の線量率
 静穏時において、実際に放出される気体廃棄物からの被ばく線量率は放射線計測器により測定することができる。
 原研のJRR-2の運転に伴う実験時に41Arからの線量率を測定した。この結果を同じく表VII-1に示してある。この値は煙突から30mの円周上で連続観測を行なった3点のうちの最大値を選んだものである。表から平均値を求めると14μR/hrとなり、また同表の最大値は29.5μR/hrである。
 また、一方、有風時に測定点と風下軸とが一致したときのデータによると、風下30mにおける被ばく線量率と風速との間に次の関係が得られた。東海村における地上45mの風速の調和平均値3.3m/secを用いると、有風時の平均被ばく線量率は7.6μR/hrとなる。
 すなわち、風下30mにおいて、有風時の平均値を基準にすると、静穏時の平均値はその約2倍、最大値は約4倍である。
 なお、1964年の実験のときの風下、100mおよび300mにおける移動観測および放射線モニタリングを常時行なっている構内の非常用モニタの観測によっても、JRR-2からの41Arによる被ばく線量率が有風時はもちろん静穏時にも極端に高い値を示したことがない。このようなことからも大気が完全に静止し、気体廃棄物が拡散せずに地上に降下し、留まるというようなことはなかったと考えられる。

表VII-1 静穏時の微風速計による風速と煙突近傍におけるγ線量率測定値
(1965年の実験から)


  H=40m  Q=2.4c/h

 ただし、γ線量率はB.G.および煙突からの直射分と思われるものを引き去った値を示してある。

3.積算線量推定に関する考察

 実験期間は短期間であったので、以上の結果から正確な結論を得ることはできないが、仮に静穏時に大気がほとんど静止するというような特異な気象状態が発生し、線量率が相当高くなることがあったとしても、その出現時間は、いわゆる静穏の出現時間(東海村の場合地上45mで年間約3%)のさらに何分の1かであるので、これが年間積算線量に寄与する割合は少ないと考えられる。

 また、実験期間中、JRR-2の41Arからの静穏時の周辺監視区域外の線量率については、煙突近傍のように精度のよい測定値は得られていないが、年間積算線量への寄与はどの程度あるかについて、次のような根拠にもとづいて推定することができる。

①周辺監視区域の境界までは約300mである。有風時の風下30mと300mとの線量率の比は、付録VIの計算による と約7:10である。この比率は静穏時にも成立すると仮定する。

②いわゆる静穏時にも微風があると仮定したとき、その風向頻度分布(windrose)は、有風時のものより集 中度が弱いと推定される。したがって、静穏時の最多風向頻度として有風時のそれを用いて計算すれば一応 安全側の評価ができると考えられる。

〔試算例〕

 以上のような根拠により次の試算を行なった。

JRR-2 41Ar放出率2.4c/hrのときの年間被ばく線量の推定

あとがき

 この手引をまとめるに当っては、下記のとおり基準部会構成員の他、ワーキング・グループ各位のご協力を戴いた。

 原子炉安全基準専門部会 構成員

 部会長

  伏見 康治 名古屋大学教授

  山田太三郎 電気試験所電力部長

  江藤 秀雄 放射線医学総合研究所障害基礎研究部長

  小平 吉男 気象協会相談役

  正野 重方 東京大学教授

  坂上 治郎 お茶の水女子大学教授

  坂岸 昇吉 日本原子力研究所保健物理安全管理部次長

  吉岡 俊男 日本原子力発電株式会社技術部長ワーキング・グループ

  伊藤 直次 日本原子力研究所保健物理安全管理部

  今井 和彦    〃 

  板倉 哲郎 日本原子力発電株式会社技術部

  橋本 達也    〃

事務局

  大沢 弘之 科学技術庁原子力局原子炉規制課長

  加世田 昇 科学技術庁原子力局原子炉規制課

  米本 弘司    〃