原子力事業従業員災害補償専門部会報告


昭和40年5月31日

 原子力委員会は、昭和37年10月「原子力事業従業員災害補償専門部会」を設置し、原子力事業従業員の原子力災害補償に万全を期するためどのような措置をとるべきかを諮問した。
 同部会は、審議の経過において2つの小委員会を設けて、11回にわたる検討を行なった結果、昭和40年5月31日に最終報告書を作成し、原子力委員会に提出した。
 専門部会の報告書は次のとおりである。

原子力事業従業員の原子力災害補償に必要な措置について

原子力事業従業員災害補償専門部会報告書

昭和40年5月31日

原子力委員会
    委員長 愛知揆一殿

原子力事業従業員災害補償専門部会
部会長 我妻 栄

 原子力事業従業員災害補償専門部会は、昭和37年10月以来11回にわたって、原子力事業従業員の原子力災害補償に必要な措置について検討を行なってきました。今回その結論をとりまとめましたので、ここに報告いたします。

原子力事業従業員災害補価専門部会専門委員

部会長 我妻 栄   法務省特別顧問
    青木 賢一  日本原子力発電(株)労組員
   ※青木 敏男  日本原子力研究所保健物理部長
    吾妻 光俊  一橋大学法学部教授
    天野  恕  日本原子力研究所労組員
    石井 照久  東京大学法学部教授
    石黒 拓爾  労働省労働基準局労災補償部長
    内古閑寅太郎 日本原子力事業(株)常務
    江藤 秀雄  放射線医学総合研究所障害基礎研究部長
   ※大野雄二郎  労働省労働基準局労災補償部長
    乙竹 虔三  通商産業省企業局次長
   ※尾村 偉久  厚生省公衆衛生局長
    寛  弘毅  千葉大学医学部教授
   ※片岡 文雄  中部電力(株)火力部長
    勝木 新次  明治生命厚生事業団体力医学研究所長
    金沢 良雄  北海道大学法学部教授
    坂部 弘之  労働省労働衛生研究所職業病部長
    豊島  陞  原子燃料公社副理事長
    星野 英一  東京大学法学部教授
    牧野 直文  日本原子力研究所保健物理部長
   ※馬郡  巌  通商産業省企業局参事官
   ※森  元行  関西電力(株)原子力部長
    森山  昭  三菱原子力工業(株)労組執行委員長
    山下 久雄  慶応大学医学部教授
    吉沢 康雄  東京大学医学部助教授
    吉田 正一  中部電力(株)火力部長若松 栄一 厚生省公衆衛生局長
          (※印は、最終報告書の決定までに交替した委員)

はしがき
 原子力委員会は原子力事業従業員の災害補償に係る問題を検討するため昭和36年11月「原子力事業従業員災害補償懇談会」を設置し、同懇談会は、昭和37年6月19日に報告書を提出したが、その報告書の中には、将来さらに検討する問題点も指摘されていた。原子力委員会は、この報告書から「原子事業従業員の原子力災害補償に必要な措置」についてさらに審議を行なう必要性を認め、昭和37年10月3日「原子力事業従業員災害補償専門部会」を新設してその審議を行なうこととした。
 本専門部会は、昭和37年10月3日の第1回会合以来11回にわたり、原子力事業従業員の災害補償に係る健康管理、認定、補償および法律上の問題に関する事項について活発な検討を行なってきた。特に第6回部会においては、それまでの審議結果に基づき、さらに専門的な検討を進めるために、「健康管理および認定」問題小委員会および「補償および法律」問題小委員会を設置し、それぞれの問題について検討を行なった。検討の結果は、第7回および第8回専門部会において報告された。われわれは、これらの小委員会の報告に基づき、さらに3回にわたって慎重な検討を行なった結果、諮問事項に関する結論を得たと考えるので、ここにその成果をとりまとめ、原子力委員会に対する報告書を作成した。

第1章 賠償法と労災法との関係

I 概論
 「原子力損害の賠償に関する法律」(昭和37年法律第147号、以下「賠償法」という。」では、原子力事業従業員の業務上受けた原子力損害をその賠償の対象から除外している。
 これに対し「原子力船運航者の責任に関する条約」(1962年、以下「ブラッセル条約」という。)および「原子力損害の民事責任に関するウィーン条約」(1963年、以下「ウィーン条約」という。)は、従業員の原子力損害をその対象に含めている。我々も、従業員損害を対象外とすることから生ずる次の不都合を除くため、賠償法を改正して、従業員損害を賠償の対象に含めることが適当であると考える。

①上記両条約を批准する場合に抵触する事項がある。

②第三者に比べて従業員は、労災補償の対象外の損害および労災補償額をこえる損害の賠償については、原子力事業者に対し、民法上の原則により要求しなければならないこと、賠償額の確保が図られていないことという不利益を負うことになる。

③従業員損害については、事業者への責任の集中および事業者の求償権の制限が適用されず、事業者に対して設備、燃料等の資材および役務を提供する者に対して求償権が行使されることとなるので原子力関連産業の育成の見地から適当でない。
 しかし、現在、各国とも近い将来において、ウィーン条約の批准を行なうものと思われ、それと歩調を合わせて、わが国も本条約の批准を行なうことになるものと思われる。したがって、この点についても、本条約を批准するうえにおいて必要な賠償法の改正事項の中にとり入れて現行賠償法を改正することが望ましい。
 現行賠償法の改正に当っては、従業員損害をまず労災法により補償し、労災法の対象外およびその超過額についてのみ賠償法により賠償するようにすべきである。
 また、従業員損害を含めることにより、現行の損害賠償措置額を検討する必要があろうし、さらに、その受給手続等に関する具体的な取扱い方法についても明確にする必要があろう。

II 賠償法と労災法との関係について

(1)現状
(イ)賠償法は、その対象となる「原子力損害」の定義をしている第2条第2項において、ただし書により「当該原子力事業者の従業員の業務上受けた損害を除く」旨定めている。したがって、従業員の業務上受けた原子力損害(以下「従業員損害」という。)は、賠償法の対象から除外されているわけである。
(ロ)ブラッセル条約およびウィーン条約は、「原子力損害」の定義において、従業員損害を除外する旨の条項を有していない(ブラッセル条約第1条第7号、ウィーン条約第1条第1項K号)。両条約において従業員損害をその対象にしていることは、その文理からみても、それらの起草の過程における論義からみても明らかである。両条約はさらに、締約国の労働者災害補償制度が原子力損害の賠償を含む場合においては、その制度の受益者の権利、およびその制度に基づく事業者に対する求償権、代位権は、それらの条約の規定に従う限りで、締約国の法律に定めるところによるものとしている(ブラッセル条約第6条、ウィーン条約第9条第1項)。

(2)問題点
 賠償法が、従業員損害をその対象にしていないということは、より具体的には、つぎの2つの事項を意味する。

(イ)第1は、従業員損害に対する原子力事業者の責任の要件、賠償の額およびその支払いの確保に関する。 まず、責任の要件については、賠償法(第3条第1項)((および両条約(ブラッセル条約第2条第1項、ウィーン条約第4条第1項))は原子力事業者の無過失責任を定めている。従業員損害が賠償法から除外された場合には、まず労働災害補償制度(以下「労災法」という。)の対象となる損害に関する限り、同制度によることになるが、これにおいては、使用者の無過失責任を定めているので(たとえば、労働基準法第75条)、その給付額の範囲内では、賠償法(および両条約)と変らないわけである。
 しかし、賠償法は、賠償の対象となる損害の種類も賠償の額も限定していない(したがって民法の一般原則により、限定されない。)のに対して、労災法によると、第2章で詳しく述べるように、補償の対象とならない損害があることおよび労災法の補償が定額給付であることから問題が生ずる。これは、賠償額とその支払いの確保に関する問題であるが、労災法による補償の対象とならない損害、または労災法による補償の額を超える額(以下「超過額」という。)の損害を被った従業員は、その部分につき、一般原則に従った原子力事業者に対して賠償を請求することになる。
 この場合の事業者の責任を不法行為責任(民法第709条)と解するか、債務不履行責任(民法第415条)と解するかは、なお説の分れるところであるが、いずれにしても、過失責任であることは、ほぼ一致して認められているところである。したがって、従業員は、事業者の故意過失を証明する場合か(不法行為責任と解するとき)、少なくとも事業者が自己に故意過失のないことの証明ができない場合(債務不履行責任と解するとき)に始めて、これらの損害の賠償を得ることができるわけである。
 また、このようにして従業員が賠償を得るための法律上の要件をみたしても、現実にどの程度の賠償を得られるかは、また別個の問題である。これが先に賠償の支払の確保と呼んだ問題である。すなわち、賠償法(および両条約)によれば、原子力損害の賠償に充てるため一定の額の支払いが必ず得られるように措置(「損害賠償措置」と呼ばれる。)が講じられている(賠償法第6条以下、ブラッセル条約第3条第2項、ウィーン条約第2条)。ところが、その損害が賠償法の対象でないということは、被害者である従業員が他の債権者と全く同列において支払を受けることを意味する。
 したがって、原子力事業者が支払不能になれば、従業員は、あるいは賠償額の全額、あるいはその一部の支払を得られなくなるに至るのである。
 もっとも、現実に得られるべき賠償額については、賠償法(および条約)によらないと、必ずしも常に従業員が不利になるわけではない。何故ならば、賠償法(および条約)による損害賠償措置額は、一事故について一定である(ウィーン条約によれば、さらに、原子力事業者の一事故あたり責任額を500万米ドルを下らない額まで制限することができる(第5条)。)から大きな事故が発生した場合には、賠償法の損害賠償措置額から従業員1人の受け得るであろう賠償額が労災法によって同じ従業員の受け得るであろう給付額よりも少ないことがあり得るのである。もっとも、賠償法には、国の援助規定もあり(第16条)、また、賠償法によればそもそも原子力事業者の責任は無限であるから、従業員は、さらに多くを受けることも可能ではある。
 しかし、労災法によっても、超過額について事業者が無限責任を負うこと(前述した故意過失の要件をみたす限り)は全く同じであり、そこで述べたように法律上無限責任を負うということが必ずしも現実に全額の賠償を支払い得ることを意味しないので、このことは実際上あまり意味をもたない(なお、賠償法によると、政令で定める原子炉の運転等については、より少額の賠償措置額でよいことになっており、これを超える国の援助が国の義務でないこととあいまって、条約を批准する場合の問題となるが、ここでは扱わない。)。
 以上を要約すると、賠償法(または条約)によるのと労災法によるのとでは、ある特定の事故において、従業員が現実に得られる額に関する限り、従業員にとってどちらがより有利とは必ずしもいい難いのであるが、一般論としては、労災法による補償の対象とならない損害および超過額については、労災法によると、原子力事業者の責任の要件および賠償額の支払の確保という見地から、従業員にとって不利であるということがいえる(したがって、条約を批准するに当っては、この点で条約と抵触することができない。)。

(ロ)第2には、原子力損害に対する賠償責任の原子力事業者への集中、および第三者が原子力事故の発生に関与している場合これに対する原子力事業者の求償権の制限に関する。
 賠償法(第4条)(および条約(ブラッセル条約第2条第2項、ウィーン条約第2条第5項))によると原子力損害の賠償責任は、原子力事業者のみが負うものとしている(「責任集中の原則」と呼ばれる。)。
 もし、その損害が第三者の過失によって生じたものであっても、原子力事業者は、一定の限られた場合においてのみ、求償権を有するにすぎない(賠償法第5条、ブラッセル条約第2条第6項、ウィーン条約第10条。ただし、両条約と賠償法との間には差異があり、条約批准のさいにはこの点についても問題が生ずる。)。
 このことを従業員損害についてみるならば、これを賠償法(または条約)の対象とすることは、第三者の過失によって原子力損害が生じた場合につき、従業員も原子力事業に対しては賠償を請求できないこと、賠償した原子力事業者は、法律(または条約)の定める限られた範囲においてのみ求償権を有するにすぎないことを意味するのである。これに対し、従業員損害を賠償法の対象から除くということは、第三者の過失によって原子力損害が生じた場合につき、従業員は、責任集中の原則の適用を受けないから、一般原則に従って過失ある第三者に対し賠償を請求することができ(民法第709条)、従業員に対して賠償した原子力事業者は、過失ある第三者に対して求償することができ(民法第709条、第415条)、労災保険給付をした国は過失ある第三者に対して求償することができる(労災法第20条第1項)ことを意味する。
 これは、従業員損害を賠償法の対象にするとしないとによる大きな差異である。
 もっとも、この点は、第三者の利害に関することであるが、賠償法および両条約は、第三者、特に原子力事業者に対して設備、燃料等の資材および役務を供給する、いわゆる原子力関連産業の発達をもその目的の一つとして制定されたものであるから、欠くことのできない重要な点であり、このさい併せて改めることが望ましい(したがって、条約を批准する場合には、この点でも条約と抵触することができない。)。

(ハ)しかし、従業員損害を賠償法の対象とする場合においては、さらに、従業員損害についても一般第三者の受けた損害と全く同様に扱い、労災法上の給付を得させないものとするか、労災法上の給付は全く労災法の原則に従って得させることととし、賠償法上の賠償もこれと無関係に得ることができるようにするかなど、両法による補償の関係をどうするかが問題となる。
 ここにおいて考慮さるべき点は、賠償措置額に従業員損害に対する賠償分がくいこむことから生ずる被害者である従業員と、被害者である一般第三者との利害の調整、および原子力事業従業員を特に保護することにより他産業の従業員との均衡を失するのではないかという問題である。
 前者については、賠償措置額に対して従業員損害がくいこむことをできるだけ少なくするよう考慮すべきであるが、といって、従業員を(イ)に述べたように被害者である第三者よりも不利な地位においておくことは妥当でないから、一般第三者もある程度のくいこみは忍ぷべきである。後者については、賠償法が特に原子力損害について被害者の保護を図っている趣旨、および原子力事業の健全な発達を目的としている趣旨(第1条)から原子力事業の従業員に対し、この程度の取扱いをすることは妥当であるといえる。

(3)対策
(イ)(2)(イ)、(ロ)に掲げた2点は、実質的にみて原子力損害の被害者である従業員の保護という見地、および第三者、特に原子力事業者に対して資材、役務を供給するいわゆる原子力関連事業の健全な発達という見地から、現行法を改めることの望ましい点である。(さらに、条約を批准するためには、条約の保護しようとする利益を少なくとも、これと同程度以上に保護する内容をもった国内法を有しなければならないから、この観点からもわが国内法を改める必要がある。)。
 もっとも、その形式はいずれかの法律において、実質的に(2)(イ)、(ロ)に述べた事項が規定されればよく、必ずしも、賠償法の対象である「原子力損害」に従業員損害を含めるという形をとらなければならないものではない(条約との関連においても、これと実質的に同内容の規定が国内法のどこかにあればよいものと解される。)。
 しかし、上に掲げた内容を、他の法律の制定ないし現行法の修正によって盛りこむことは、立法技術上きわめて困難である。そしてこの目的は「原子力損害」に従業員損害を含ませること、換言すれば「原子力損害」の定義から、従業員損害を除外する旨のただし書を削除するという簡単な方法によって達成しうるから、これに越したことはなく、この方法によるべきである。

(ロ)(2)(ハ)に掲げた点については、現在労災法による補償の道が開かれ、かつ、その補償の資金確保の方法として、労災保険制度が存在する以上、原子力事業の従業員のみその利益から排除する必要もない。
 さらに、賠償法による損害賠償措置分にできるだけくいこまないようにするためにも、従業員は、まず労災法による補償な受けるべきものとし、労災法によって補償を受けられない損害(前述したように2種のものを含む。)についてのみ、賠償法による損害賠償措置から賠償を請求することができるものとすべきである。
 このためには、賠償法中に、その趣旨を定めた規定を設けることが必要であるが、このさい(2)の(ロ)で述べた要請をもみたすことを忘れないように注意する必要がある。例えば、「①原子力事業者の従業員の業務上受けた原子力損害については、原子力事業者は、労働基準法第75条以下による補償の責任を負うものとする。その支払のために、労働者災害補償保険法・・・・・・による保険が付せられているときは、原子力事業者はこれをもって補償にあてなければならない。②原子力事業の従業員は、業務上原子力損害を受けた場合においては、前項の規定によって填補されない損害にかぎり、第3条第1項によって原子力事業者に対し賠償を請求することができる。③前2項に定めるものを除き、原子力事業者の従業員の業務上受けた原子力損害についても、この法律の規定を適用する。」といったような規定が考えられよう。
 なお、労災法による補償の中に、賠償法(すなわち民法の一般原則)によっては得られない性質のもの、すなわち、労災法特有の補償を含むか否かは、判定するのが困難な問題である。もしこれを含むとすれば、労災法による補償のうち労災法特有のものを除いた部分で、賠償法(すなわち民法)上の損害額にみたないものにつき、賠償法による損害賠償措置から賠償を得られることとなる。しかし、この点は、判例、学説も一致せず、そもそもは労災法の解釈の問題であるので、ここで現在いずれかの立場をとり、賠償法でこれに触れることは妥当でない。
 また、厚生年金保険法(昭和29年法律第115号〕による厚生年金は、恩給的性格をもち、賠償ないし補償的性格をもたないと考えられるけれども、労災保険との間で使用者(および国庫)の二重負担をさけるため併給調整を行なっているので、この点で賠償法と厚生年金保険との関係についてもさらに詳細な検討を要しよう。

(ハ)賠償法による損害賠償措置からの一般第三者に対する賠償金は、従業員損害を含めることによりそれだけ減少することになるが、(ロ)の措置をとることにより、それ程大きくはならないものと考える。
 しかし、現行の措置額は、従業員損害を含めないことを前提として定められたものであるから、従業員損害を含める場合には、従業員数等を考慮に入れて若干増額を行なうことについても考慮の余地があろう。

第2章労災法に関する事項

I 概論
 現行の労災法による保険給付は一応整っており、その水準は相当の程度に達しているが、なお、とくに原子力損害のみの問題ではないが、年金である障害補償の範囲の拡大および遺族補償費の年金化が検討されている。
 労災法は、従来その補償の対象として「労働能力の喪失または減少」による損害を補償するという考え方に立脚してきたが、その基本的考え方を改めて「人間らしい生活を営む能力の喪失または減少」として補償の対象の拡大を図り、放射線障害による業務起因性の立証される不姙症、流(早・死)産についても補償を行なう必要があろう。
 また、放射線障害の非特異性、潜在性等から、現行の労基法施行規則第35条第4号の主旨を推めて、有害放射線にさらされる業務の内容および病名を詳細に規定し、一定期間以上その業務に従事した場合には因果関係の証明を不要とするいわゆる「みなし認定制」の確立が望ましい。
 なお、現在の規則では、一度に25rem以上の被ばくを受けた者の取扱いが明確にされていないので、早い機会にその検討を行ない、これを明確にすべきである。また、この問題に関し、障害発生の防止上何らかの措置を要するような高度の放射線被ばくを労働者が受けた場合には、当該被ばく線量の負荷に伴う当該労働者の就業上の負担に対応する手だてについてもこれを検討する必要があろう。
 さらに、労災補償上の問題ではないが、障害発生前でも高度被ばくや、内部摂取の事実に対する予防的措置を特別な法的体制のもとで行なうことを考慮する必要があろうし、また、遺伝、胎児への影響の問題等についても大きな視野で、あるいは全社会保障制度という問題の中で解決を図る必要がある。

II 保険給付の水準について

(1)現状
 現行労災法による保険給付は、次のとおりである。
 a.療養補償費-必要な療養または療養の費用を傷病の転帰まで支給する。
 b.休業補償費-療養のため休養し、賃金を受けない期間1日につき平均賃金の60%を支給する。
 c.障害補償費-傷病がなおったとき身体に障害が存する場合その程度に応じて一定の金額が支給される。
  第1種障害補償費(障害等級1級~3級)1年につき平均賃金の240日分~188日分
  第2種障害補償費(障害等級4級~14級)平均賃金の920日分~50日分
 d.遺族補償費-平均賃金の1,000日分が支給される。
 e.葬祭料-平均賃金の60日分が支給される。
 f.長期傷病補償-療養開始後3年を経過しても傷病がなおらない場合に、療養補償費および休業補償費に代えて支給する。

(a)傷病給付 第1種傷病給付 1年につき平均賃金の240日分
  第2種傷病給付 必要な療養または療養の費用および1年につき平均賃金の200日分

(b)障害給付 長期傷病者補償を受ける者の傷病がなおったとき身体に障害が存在する場合に支給する。額は障害補償費に同じ。

(c)遺族給付 長期傷病者補償を受ける者が死亡したとき支給する。額は長期傷病者補償を受けた期間に応じて平均賃金の1,000日分~140日分

(d)葬祭給付 平均賃金の60日分
  このほか、付加給付として保険施設が設けられ、外科後処理、義肢等の支給等を行なっている。

(2)問題点
 わが国の現行労災法においては、災害発生から傷病の転帰までの労働者の保護の体制は整っており、その保険給付の水準は、相当の水準に達しているが、年金である障害補償の範囲が限られていることおよび遺族補償費が一時金であることが、国際的に見て問題であるといえる。たとえば、一応の国際的水準を示すものと考えられるILOの社会保障の最低基準に関する条約(1952年第102号)は、廃疾補償(わが国の障害補償費にあたる)は軽微な障害に対するものを除き定期金とすべきこと、遺族補償費も定期金とすべきことを要求しており、先進諸国におけるこれらの補償も年金となっている。

(3)対策
 被災者およびその遺族の保護の見地からみて、労災法の体系としては、年金である障害補償費の範囲の拡大および遺族補償費の年金化を図ることも考えられる。
(労災制度全般について、その改善のための検討が労災保険審議会を中心として行なわれており、これらの問題について検討されている。)

III  補価の対象の拡大について

(1)現状
 労働者災害補害の対象は、労働災害により被った精神的または肉体的な身体のき損状態によって生じた「労働能力の喪失または減少」である。障害補償費の対象となる障害も負傷または疾病の治ゆ後身体に残された精神的または肉体的なき損状態(廃疾)であって、これらの廃疾と業務上の負傷または疾病との間の相当因果関係がなければならないこととされているので、放射線障害による不姙症および流(早・死)産に対しては補償が行なわれていない。

(2)問題点

(イ)不姙症、流(早・死)産は、労災補償の対象となる「労働能力の喪失」であるとはいえないので、これらに対して補償を行なうようにするためには、労災補償に関する基本的考え方を変更するかどうかが問題となる。

(ロ)放射線障害と不姙症、流(早・死)産との因果関係の立証が困難であり、したがってその業務起因性の認定が困難である。

(ハ)労災保険のあり方は、特定の傷病、特定の範疇の労働者に対して特別な保護をする体制にはなく、したがって、放射線障害により、不姙症、流(早・死)産を労災補償の対象とすれば、他の傷病によるこれらの障害との均衡が問題となる。

(注)諸外国における、不姙症、流(早・死)産にする補償の具体例は見当らない。

(3)対策
(イ)現行の「労働能力の喪失または減少」を補償の対象とする建前からみると、放射線障害による不姙症および流(早・死)産に対しては、補償を行なうことは困難であるが、補償の対象を「人間らしい生活を営む能力の喪失または減少」と考えてこれらに対しても補償を行なうようにすべきであろう。

(ロ)不姙症および流(早・死)産は、その発生原因が多岐に亘っているが、医学的な精密検査を行ない、適当な期間観察することにより、放射線に起因するものと判定される場合も考えられ、この場合には業務起因性の認定が可能であると思われるので、補償を行なうことが必要であろう。

(ハ)なお、これに便乗して業務との因果関係の明確にできない他の原因に基づく不姙症および流(早・死)産についても補償を行なうべき旨の要求が出てくるものと思われるが、放射線障害に基づく不姙症および流(早・死)産のように医学的に因果関係の証明可能なものに限るべきである。

IV 「みなし認定制」について

(1)現状
(イ)放射線障害を含む業務上の疾病の範囲については、労働基準法施行規則第35条に、業務と疾病との関連が密接不可分な特定の疾病が具体的に列挙されており、これらの列挙された疾病にり患した場合には、業務と因果関係を有する疾病として取り扱うこととされている。

(ロ)放射線障害の場合には、その非特異性、多様性、潜行性から放射線と疾病との間の因果関係の証明がきわめて困難な場合が多く、放射線障害であると認定されないことも多い。

(2)問題点
 労基法施行規則第35条に列挙された疾病にり患した場合には「業務上の疾病」と推定されているが、実際の取扱いとしては、労働者を診察した医師が同条に列挙された疾病であると診断しても、医学上の診断の前提となる災害の発生状況、有害作業条件、作業期間、有害(毒)物の被ばくの程度その他に関する事実認定が明確でないこと、あるいは必要と認められる医学上の臨床諸検査、他の疾病との鑑別診断が、適切、かつ、十分に行なわれていないこと等の理由により、労働官署において慎重に再検討を行なう場合もあり、その検討に長期間を要し、また、「業務上の疾病」と認定されないこともある。

(3)対策
 労基法施行規則第35条第4項では「ラジウム放射線、紫外線、エックス線およびその他の有害放射線に因る疾病」は「業務上の疾病」とされていても、実際の取扱いとしては、労働官署により診断医師の診断結果について再検討を行なう場合もあり、その際は直ちには「業務上の疾病」と推定されていないので、放射線障害の非特異性、潜行性等からこのような取扱いをすることをやめ、有害放射線にさらされる業務の内容および病名を詳細に規定し、一定期間以上有害業務に従事した場合には、放射線被ばくと疾病、および疾病と業務との因果関係の認定を不要とする。いわゆる、「みなし認定制」(ただし、事業主が反証を挙げれば、「業務上の疾病」であるとの認定を取消すことができるので、実際は「推定」である。)が確立されることが望ましい。
 なお、この場合には、有害放射線にさらされる業務と病名の範囲について、今後、専門的技術的立場から検討を加える必要があり、また、この制度を確立するに当っては、「その要件に該当しない条件のもとで障害を被った労働者に対して、業務上の疾病であるかどうかの認定が不利に行なわれることのないように配慮すべきである。」と改める。

第3章 認定

I 概論
 従業者に発生した疾病または障害を放射線に起因するものと判定し、補償すべきものと認定することは、放射線障害の特殊性から困難な場合が多い。
 放射線障害の判定には、障害そのものの臨床医学的資料およびその他の放射線管理上の資料は勿論のこと、過去長期間にわたる健康管理の記録が欠くことのできないものである。したがって、日常の健康診断、被ばく線量等の測定を徹底させ、これらの記録が正しく保存されていなければならない。
 また、これらの資料があっても、正しい放射線障害の判定を行なうことは必ずしも容易ではないので、放射線障害に関する専門家を主体とする認定補助機関を設け、専門的視野からの意見に基づいて判定し、補償の認定を行なわなければならない。
 放射線障害の判定が困難である主な理由は、次のとおりである。

(1)放射線に起因する各種の徴候は原則として、非特異的性格をもっており、ある徴候により診断されても、これを放射線に起因していると判定するには、少なくとも被ばく状況の詳細が把握されていなければならない。

(2)放射線障害のうち、晩発性障害に属するものは潜伏期が長く、特に、数十年に及ぶものもある。

(3)放射線障害の臨床経過は複雑であり、同一疾病の再発、異なる疾病の続発、併発または再発等多岐にわたっている。したがって、放射線障害による疾病は、治癒状態を永久的なものと判定することは困難である。

(4)寿命の短縮、遺伝的影響等のように個々の事例についての放射線との因果関係の判定が実際上困難なものもある。

II 認定の方法

(1)現状
(イ)労働基準法施行規則第35条第4号(資料1)を参照

(ロ)同上に掲げる疾病の認定基準の改定について(基発第239号:38.3.12.)(資料3)参照

(2)問題点
(イ)放射線障害を臨床医学的な資料および知見のみで判定することは、困難な場合が多いので、認定にあたっては、医学および放射線管理の分野における学識経験者の意見をきく必要がある。

(ロ)放射線との因果関係を判定するには、健康診断が確実に行なわれているとともに、放射線被ばくについての十分な記録がなければならない。

(ハ)上記のことがらが満たされている場合であっても、因果関係の判定は困難な場合があり、その者の職業歴によって認定する方法を加えなければならない場合が生ずる。

(ニ)以上のような新しい見地に立った場合は、現行の認定基準を適用することには問題がある。

(3)対策
(イ)認定機関の改善を行なう。(第3章Vの3参照)

(ロ)健康管理の改善を行なう。(第4章参照)

(ハ)放射線に起因する疾患は、急性、慢性にかかわらず、中央の認定補助機関の学識経験者の意見に基づいて、認定を行なう。

(ニ)認定基準は、認定にあたって学識経験者の意見が十分に反映できるようにし、画一的なものとしない。なお、因果関係が明確にできない場合であっても、一定の疾病に関しては患者がある種の職業歴を持つ者で あれば、放射線に起因するものと認定できるような制度を確立する必要がある。(第2章のIII参照)

(ホ)現行の認定者が認定にあたって斉一を期するためのものであるから、中央に認定補助機関を設置することとなれば、認定基準の改訂も行なわれると思われるので、現在その批判を行なうことはあまり意味がないであろう。

III 認定に必要な資料

(1)現状
 被災労働者が労働災害補償保険法(以下「労災法」という。)に基づき「補償費」の支給を受けようとする場合には、次の事項を記載した請求書を所轄の労働基準監督署長に提出しなければならないことになっている。

(イ)労働者の氏名、生年月日および住所

(ロ)請求人が労働者以外の者であるときは、その氏名および住所ならびにその労働者との関係

(ハ)事業の名称および事業場の所在地

(ニ)負傷の原因および発生状況(事業主の証明が必要)

(ホ)災害の原因および発生状況(事業主の証明が必要)

(ヘ)傷病名および療養の内容(医師の証明が必要)

(卜)請求金額

(2)問題点
(イ)実際に認定を行なう場合には、このほか健康管理の記録等が参照されるであろうが、現行の労災補償は 災害事故等による一般傷病に重点がおかれているため、放射線障害の場合にはこのほかに資料を必要とする 場合がある。

(ロ)(1)の(ホ)のように事業主に「災害の原因」を証明させることは、事業主にその疾病の業務起因性の判断まで要求しているように受取られ易い。

(ハ)(1)の(ヘ)のように最初に診断する医師に「傷病名および療養の内容」を証明させることになっているが、放射線障害について知識経験の少ない医師の診断を受けた結果誤った証明が行なわれることも考え られる。この場合、その証明が後の認定に当って大きな影響を与える可能性がある。

(3)対策
(イ)前記の資料に加えて、認定補助機関に対して次の資料を提出させる。
 (a)日常の健康診断記録
 (b)職業歴、被ばく歴等
 (c)作業の環境、内容、期間等
 (d)医師の診断書および意見書
 (e)その他、上記機関により、特に要求されたもの

(ロ)「災害の原因」については、労災法も事業主に労働者が災害を受けたという「事実」を記載させることを意図しており、業務起因性の判断までさせることは、意図していないので、この点は、法令上の表現の改正もしくは実務の行政指導によって明確にすべきである。

(ハ)医師による「傷病名および療養の内容」の証明および診断書には、症状の診断のみを記載することとし、その疾病と放射線との因果関係は認定に当って認定補助機関の判断にまかせるようにすべきである。

IV 現在補償対象と考えられない障害の問題

 次にのべる各種の障害は、いずれも認定困難であり、またある点では、補償の対象と考えることが困難と思われる。したがって、健康管理を厳重にして、できうる限りこれらの障害をおこさないよう措置すべきである。

(1)遺伝的障害および寿命の短縮が、放射線の影響として現われる可能性がある。しかし、現在のところこれらの影響に関しては、個人について放射線との因果関係を証明することは不可能である。

(2)姙娠中、母体が放射線を被ばくした場合に胎児または新生児に障害が現われる可能性がある。しかし、これらについても放射線以外の要因がきわめて多く、現在のところ、その認定が困難であると思われる。

(3)不姙症および流(早・死)産は、その原因が多岐にわたっているが、詳細な検討を行なえば、症例によっては、放射線に起因すると推定できるものもありうると考えられる。この場合は補償について検討する必要がある。(第2章のII参照)

V 認定機関

1.認定に関しての考え方
 前述のとおり労災法による補償費の支給申請に関し、「傷病名および療養の内容」についての医師の証明が必要とされているが、その医師は、特定されていないので、放射線障害について知識経験の少ない医師が診断した結果、その影響によって誤った認定がなされることも考えられる。
 したがって、認定の前段階として、英国のように国が指定した医師による診断ないし証明を要することとすることも考えられる。しかし、わが国の場合には、当該医師の量的確保の困難性等からこの制度を採用することは、適当でないものと思われる。
 しかしながら、その疾病と放射線障害との因果関係については、その判定が極めて難しいので、認定権者が認定するに当り、放射線関係の専門家により構成される「認定補助機関」を設置することが必要と考えられる。

2.認定機関

(1)現状
 認定権者は、所轄の労働基準監督署長である。しかし、当分の間は、放射線障害のうち一部のものについては、認定の統一を期するために、労働本省において認定することとされている。(未発足ではあるが、労働本省に認定補助機関を設置することとしている。)

(2)問題点
 署長が認定を行なう場合には、国立または大学病院の医師や所轄労働基準局の意見をきいて、また、労働本省が認定を行なう場合には、数名の専門家から成る「認定補助機関」を設置して行なうこととしているが、その構成メンバー等は必ずしも一定の者に依頼するのではなく、一部の者は案件により変更される予定である。

(3)対策
 認定権者を補佐するために、英独のように専門家により構成された特別の「認定補助機関」を設ける必要がある。その機構としては、放射線障害および放射線の生物学的作用に十分な知識と経験を有する医師と、放射線障害の衛生問題、防護技術に十分な知識と経験を有する専門家を、少なくとも1人ずつ含んだものとすべきである。
 この機関は、法律上の認定のための補助機関であってそれ自身認定権を持たないが、認定権者は、ある程度その決定に拘束されるべきで、また、この機関またはその委員は必要に応じ、事実関係について調査し、あるいは資料を要求できる権限が与えられることが必要であろう。
 なお、機関は、差しあたり中央に1つ設置することとし、後、状況に応じて全国を数ブロックに分けて設置することも考えられる。

第4章 健康管理

I 概論
 放射線障害の特殊性から放射線作業従業者または管理区域随時立入者「以下「従業者」という。)に対する健康管理を徹底させる必要があり、医学的な健康診断のほか、放射線被ばく線量の測定評価等の要素を加えなければならない。
 就業前の健康診断においては、従業者となる適性を確かめるとともに、後日放射線障害を判断する基礎となるような個人の正常な状態を把握することに重点がある。
 就業後の健康診断においては、定期的または臨時的な検査により、放射線障害の予測あるいは障害の早期発見を行ない、同時に障害のある場合にはその因果関係を判定して、事後の措置を講じうることとすることに重点がある。
 放射線に起因する疾病の特殊性に鑑み検査または記録保存の上で十分な措置がとられなければならない。

II 就業前の健康診断

(1)現状
 事業主は、従業者に対し放射線施設に立入る前に健康診断を行なうこととなっているが、その健康診断の方法は、次のとおりである。

(イ)問診
 (a)放射線(1MeV未満のX線を含む。)の被ばく歴の有無
 (b)被ばく歴を有する者については、作業の場所、内容、期間、集積線量、放射線障害の有無、その他被ばくの状況

(ロ)検査、検診
 (a)皮ふ
 (b)末しょう血液中の白血球および赤血球の数ならびに血球素量(または全血比重)
 (c)末しょう血液像
 (d)眼(中性子線、α線等の被ばくのおそれのある場合に限る。)

(2)就業前における健康診断は、この種の作業に対する適性の確認と個人の正常状態の把握を目的とし、身体的および精神的状態を検査し、就業後放射線障害と混同されやすい身体状況について、病歴等により体質的な特徴も推定しておく必要がある。

(3)対策
 現在行なっている健康診断の項目を再検討する。特に、問診による家族歴、姙娠歴(被検者が男子であれば配偶者の姙娠歴)、既往歴、被ばく歴の聴取、記録の完全実施を義務づけるとともに、検査、検診に当っては必要に応じて精神医学的検査を含めた適性検査を実施する。

III 就業後の健康診断

(1)現状
 就業後は、次のとおり物理的な測定と医学的な健康診断を行なっている。

(イ)放射線量および粒子束密度の時間積分量の測定
 (a)放射線測定器または用具を用いて測定する。ただし、30mrem/週をこえるおそれのないとき、または 、器具を用いて測定することが困難な場合は、計算によって算出する。
 (b)測定部位は、最も大量に被ばくするおそれのある人体部位としている。

(ロ)汚染状況の測定
 (a)前記(イ)の(a)に同じ
 (b)測定部位は、最も汚染される作業衣、はき物、保護具、人体部位等としている。
 (c)人体内部汚染の測定は、空気中の模様を計算すること等により行なっている。

(ハ)従業者の線量測定等は、作業中継続して行ない、汚染の測定は、作業終了時に行なう。一時立入者については、10mrem以上被ばくしたおそれのある場合に測定している。

(ニ)健康診断は、放射線作業従事者にあっては、次のとおりである。また管理区域随時立入者は各項目について6ヵ月をこえない期間ごとに行なうことになっている。
 (a)皮ふ(3ヵ月をこえない期間ごと)。
 (b)末しょう血液中の白血球および赤血球の数ならびに血液素量(また全血比重)(6ヵ月をこえない期間ごと。)
 (c)末しょう血液像(6ヵ月をこえない期間ごと。)
 (d)眼(中性子、α線等で被ばくしたおそれのある場合に限る。)

(ホ)従業者が次の一に該当するときは、遅滞なく健康診断を行なうこととなっている。
 (a)RIを誤って飲みこみまたは吸いこんだとき。
 (b)RIにより最大許容表面密度をこえて皮ふが汚染されたとき。
 (c)RIにより皮ふの創傷面が汚染され、またはそのおそれがあるとき。
 (d)放射線作業従業者にあっては、最大許容被ばく線量または集積量を、管理区域随時立入者にあっては、15rem/年(皮ふでは3rem/年)をこえて被ばくしたおそれがあるとき。

(2)問題点
 就業後の健康診断は、従業者の健康状態を把握し健康管理の資料とするとともに、放射線障害または障害のおこる可能性を早期に発見することが主な目的である。したがって、その結果得られた異常所見と放射線との因果関係を明らかにするため、更に精密な検診を必要とする場合があることを配慮する必要がある。

(3)対策

(イ)定期の健康診断
 定期の健康診断は年2回以上実施することを原則とするとともに、作業の実体に応じてその回数を適当にふやすこととし、事業所毎に実施する。
 人体内部汚染の測定、評価について特殊な検査設備を必要とする場合には、特殊の医療施設を利用することとする。
 (a)問診
 現在の一般健康状態および自覚症状について問診し、同時に被ばく線量に関する記録を調査検討する。
 (b)検査、検診
 人体内部汚染のおそれがある場合には、空気中または水中の放射能濃度を測定するほか、被検者の糞、尿および呼気等の検査を行なう。

(ロ)臨時の健康診断
 臨時の健康診断は、前記(1)、現状(ホ)に該当するような事故等が発生した場合、定期の健康診断等で放射線障害と疑われる症状が発見された場合、または作業の種類等により必要と認められた場合に、個別的に行なうこととし、必要に必じて定期の健康診断における検査および検査項目以外の項目についても行なう。
 さらに必要に応じて、被ばく線量の評価を目的として精密測定を行なう。

lV 健康診断後の措置

(1)現状
 健康診断の結果、放射線障害が疑われまたは発見された場合は、次の措置をとる。

(イ)従業者については、必要により放射線施設への立入時間の短縮、立入禁止または配置転換のいずれかの措置をとるほか、保健指導を行なう。

(ロ)一時立入者に対しては、すみやかに医師の診断を受けさせ、保健指導等を行なう。

(2)問題点
 保健指導の内容を明確にし、適切にこれを行なえるよう措置する必要がある。

(3)対策
 保健指導の内容としては、定期的に医師による診察を行ない、保健上の注意を与えるとともに、医師の指示に基づき、保健婦、看護婦等により医学的な注意を与え、生活面の規則、栄養摂取の指導を行なう。また休養している場合は、特に保健婦等による家庭訪問を行なって、健康管理が徹底するよう指導する。

V 離職後の健康管理

(1)現状
 離職後、再び放射線業務に従事する場合を除いては、健康管理は全く行なわれていない。

(2)問題点
 放射線障害は、それが遅発性影響として発現する場合があるので、健康管理のため必要な措置をとる必要がある。

(3)対策

 離職後は、その記録を適当な機関(VI参照)、に保存し、必要があると認められる者に対しては、健康診断が容易に受けられるよう措置する。

VI 健康管理の記録およびその保存

(1)現状
(イ)放射線の測定記録
 放射線量および粒子束密度の時間積分量ならびに汚染状況の測定結果も記録する。この場合、その測定がRIによる汚染の測定であるときは、汚染の状況および測定方法をあわせて記録する。これらが放射線作業従事者についての記録である場合は、3ヵ月ごとに、3ヵ月間の被ばく放射線量の集計および集積線量をあわせて記録する。

(ロ)医学的な健康診断記録
 問診および検査または健康診断の結果は記録する。

(ハ)記録の保存
 これらの記録は、科学技術庁長官が指定する機関に引き渡さない限り、事業主においては永年にわたり保存する。

(2)問題点
 これらの記録の保存については、3年間の保存では放射線障害の特殊性からみて短かすぎ、また事業主に永久保存させることも適当でなく、事業主ごとに個々に保存することは労働者が他の職場に転出または離職した場合にその追跡が困難になる。

(3)対策
(イ)事業主の過重な負担を軽くし、また労働者の健康管理を図る上からも、健康管理の記録の中央登録管理制度を適切な公的機関(たとえば放射線医学総合研究所)内に確立し、労働者の離職後は、同機関においてその記録を保存させることが必要である。
 同記録の閲覧については、当該労働者の利益を考慮してある程度制限を設けるべきであり、たとえば放射線業務者以外の事業主が労働者を雇傭するに当り、当該労働者の記録の閲覧を求めてもその要求に応ずべきではない。

(ロ)離職後においても、診断医師により引き続き健康診断を受けることが必要であると認められた労働者のために、容易に健康診断を受けることができる診療機関を放射線業務を営む事業主から支出された基金および国からの補助金により設置することが望ましい。
 この場合、中央登録管理機関に登録している労働者は、同診療機関において健康診断を無料で受けられるようにすべきである。

(ハ)診療医師に対する同機関への診断結果の報告
 義務の賦課および労働者による診断の結果、自発的登録(健康管理記録の重要性の知識普及による。)により記録の完備を図ることが望ましい。

VII 検査技術等

(1)現状
 別に定めていない。

(2)問題点
 前記健康診断のなかには、検査技術としてかなり高度な技術を必要とするものもあり、これらの検査が確実に行なえるよう措置する必要がある。

(3)対策
(イ)身体内部汚染の検査
 身体内部の汚染を測定する場合の排せつ物の検査は、一部の専門機関を除いては、かなり困難であると思われるので、これらの検査を委託できる機関が設けられることが必要である。
 また、人体内の放射性物質の量を外部から直接測定する装置(たとえばヒューマンカウンター等)は、特殊な機関のみ設置されているので、これらの利用の円滑化を図る。

(ロ)被ばく線量測定器具の性能の向上
 被ばく線量および集積線量の正確な測定は、健康管理上きわめて重要なので、フィルムバッジ、ポケット線量計等の測定器具については、測定結果に信頼性を持たせるため、その性能の向上を図る必要がある。

〔資料 1〕
 労働基準法施行規則第35条
 法第75条第2項の規定による業務上の疾病は次に掲げるものとする。

1~3略

4 ラジウム放射線、紫外線、エックス線及びその他の有害放射線に因る疾病

5~38略

〔資料 2〕
 労働基準法施行規則第35条第4号の認定基準

(昭和27.7.21.基準第547号)

 ラジウム放射線、X線、その他の各種の放射能物質による有害放射線に曝される業務に従事する労働者が、その放射線の作用により、左記の何れかに該当する障害をうけた場合には、労働基準法施行規則第35条第4号に該当するものとして取扱われたい。

(1)上皮癌、潰瘍等の身体障害を起こした場合

(2)末しょう血液1竓中に赤血球数が常時、男子においては400万個以下、女子においては350万個以下となった場合

(3)末しょう血液1竓中に白血球数が常時、4,000個以下(男女とも)となった場合上の(2)および(3)号中「常時」とは連続2日間に亘って採血し、1因の採血について、数回測定を行ない、その測定値の平均が、両日の間に、有意の差を認めない場合を言う。
 若し、有意の差を認めた場合には、第3日目更に同様の検査を行ない、その平均値に近い方の値をとること。
 なお、採血は食後の3時間以上を経過した空腹時に耳朶等より行なうものとすること。

〔資料3〕

基発第239号
昭和38年3月12日

各都道府県労働基準局長殿

労働省労働基準局長

労働基準法施行規則第35条第4号に掲げる疾病の認定基準の改定について

 放射線および放射性物質の利用は、近年めざましい発展をとげており、放射線障害の予防および診断に関してもおびただしい研究業績が発表されているのにかんがみ、今般、従前の認定基準(昭和27年7月21日付基発第547号通達)を下記のとおり改めたので、その取扱いに遺憾のないようにせられたい。


疾病について
 電離放射線障害防止規則(昭和34年3月31日労働省令第11号)第2条に規定する電離放射線(以下単に「電離放射線」という。)にさらされる業務に従事する労働者が電離放射線の被ばくにより発生すると考えられる疾病は次のとおりである。

1 急性のもの
 ただ1回の被ばくによっておきる急性の疾病および症候群であって、
  (1)急性放射症
  (2)急性放射線皮ふ障害
 がある。これらは、因果関係の究明が容易であるから、外傷等と同様症例ごとに業務上外の認定を行なうこと

2 慢性のもの
 電離放射線の慢性被ばくによって発生する疾病は、次のとおりである。被ばくの程度に関しては、現段階における被ばく線量測定の技術的制約にかんがみ、必ずしも、被ばく線量測定の結果にこだわらず、被ばくの可能性をも考慮することとする。もっとも、その疾病が電離放射線以外の原因によるものであることが明らかなものを除く。
 また、これらの疾病の発生については、潜在性と遅発性について考慮しなければならないので、電離放射線にさらされる業務を離れた後に発病したものを含む。

(1)白血球減少症
(2)貧血
(3)出血性素因
(4)白血病
(5)白血病様反応
(6)皮ふがん
(7)皮ふ潰瘍
(8)慢性放射線皮ふ炎
(9)白内障(限に中性子線をうけるおそれのあるものに発生する危険がとくに大きい。)
(10)骨えそ(ラジウムその他骨に沈着しやすい放射性物質の体内摂取をおこすおそれのある者に発生する危険がとくに大きい。)
(11)骨肉種
(12)肺がん(ラドンおよびその子元素等肺に沈着しやすい放射性物質を吸収するおそれるある者に発生する危険が特に大きい。)

認定について
 急性のものおよび慢性のもののうち、(1)白血球減少症、(2)貧血を除いては、取扱いの統一を期するため、当分の間本省において決定することとするので、関係資料を添えて禀但されたい。
 したがって、急性のもののほかに、地方局において認定するものは、

2.慣性のもののうち、(1)白血球減少症と(2)貧血であって、その一応の認定基準は、次のとおりである。よって、次に掲げる要件のいずれかに該当し、医学上療養が必要であると認められる場合には、労働基準法施行規則第35条第4号に掲げる疾病に該当するものとして取扱われたい。
 しかし、特にあまり顕著でない場合には、ただ一時点の所見のみで診断することは原則として配置前、被ばく作業開始前、もしくは相当期間被ばくから遠ざかっていた時の血液所見と比較した上で診断する必要がある。なお、疑問があるときは、本省に禀伺されたい。

1 末しょう血液の1立方ミリメートル中に赤血球数が常時男子においては、400万個未満、女子においては、350万個未満であるが、または、白球素量が血液1デシリットル中男子11.0グラム未満、女子10.0グラム未満であって、これらの貧血の徴候が、寄生虫症(例えば鈎虫症のごとき)もしくは出血(例えば消化管潰瘍、痔核等による)その他の事由によるものではないこと。

2 末しょう血液1立方ミリメートル中に白血球数が常時4,000個未満(男女とも)であること。
 上記1および2の「常時」とは、連続2日間にわたって採血し、1回の採血について数回測定を行ない、その測定値の平均が両日の間に有意の差を認めた場合には、3日目さらに同様の検査を行ない、その平均値に近い方の値をとることとし、採血は食後3時間以上を経過した空腹時に耳朶等より行なうものとすること。