昭和37年における中部太平洋の
放射能調査結果について



 今般、照洋丸調査団は昭和37年における中部太平洋の放射能汚染の調査結果を放射能対策本部に報告したが、その調査結果の要約は次のとおりである。

1 雨水、ちりの全ベータ放射能
 浮遊塵のベータ放射能は0.1〜0.5μμc/m3であり、クリスマス島南方西経157度20分の赤道下で最高値を示した。これらの値は当時の日本全国平均値に比較してやや低めであった。
 一方、雨水の全ベータ放射能は0.18〜7.01μμc/mlであり、クリスマス島近海の北緯2度西経157度付近で最高値を示した。
 これらの値は当時の日本全国平均値と比較してほとんど同程度であった。
 なお定時雨水と定量雨水とで顕著な差が認められなかったのは海上の降雨が一般に雨量が少なく、降雨時間も短かかったことによるものと思われる。

2 海水の放射能
 海水の全ベータ放射能は各海流域間にかなりの差が認められ、南赤道流域では大体1μμ/l以下であり反流および北赤道流域では増加して1〜3μμc/lを示している。このことは核種分析の結果においても同様であって南赤道流域では137Cs−0.1μμc/l、90sr−0.1μμc/l、144Ce−0.5μμc/lであり、北赤道流域では137Cs−0.4μμc/l、90Sr−0.2/μμc/l、144ce−1.5μμc/lであった。
 日本近海の値と比べると南赤道流ではいくぶん低く北赤道流では大体同様な値であるが144Ceのみは日本近海の2〜3倍の値を示している。
 しかし調査海域全体としてのレベルは比較的低いものと考えられる。また北赤道流では躍層の上下間に明らかな放射性物質の濃度差が認められた。
 他方東京−ホノルル間における値は調査海域よりも多少高く全放射能の測定結果は3〜4μμc/lでこれは日本近海の値(2〜5μμc/l)と大体等しい。
 また第1次、第2次による調査結果と比較すると今回の結果ははるかに低い値を示している。

3 魚類の放射能
 魚類の放射能を外部から測定した結果によると、ガンマ線シンチレーションサーベイメイターでは、その放射能をほとんど検出できなかった。1954〜1955年にはG.M サーベイメーターを用いてバックグラウンド放射能の数倍から数十倍の放射能を検出しえたが、今回の捕獲魚には1954〜1956年に認められたような放射能は存在しなかったといえる。
 魚類に含まれる放射性核種の分析は現在実施中であって未だ全部の結果は得られていない。現在までに得られた分析結果によると65Znがガンマ線スペクトロメトリーによって認められているが、その含有量は、1954〜1956の値に比べはるかに低い値を示している。また90Srについても肉で1.1〜2.2S.U.〔0.1〜0.2μμc/kg(生試料)〕(8尾について)、骨で0.08〜0.27S・U・(9尾について)であり、1954〜1956年の値に比べはるかに低い値を示している。

4 プランクトンの放射能
 プランクトンの放射能は日本近海のプランクトンと同程度であるが、第1次および第2次俊鶻丸による調査結果と比較するとはるかに低い値を示した。
 このことは今回の核実験が主として空中で行なわれ爆発の規模が1954年および1956年のものに比べて小さかったためと考えられる。
 また生物の種類および海流域による汚染の差は明瞭でなかった。
 95Zr−95Nbの存在がプランクトンでは、顕著に認められ、魚類ではえらと消化管にのみ認められたことは95Zr−95Nbの生物間転移に関して留意すべきことと考えられる。
 その他の核種についての検討およびさらに進んだ考察は今後の分析結果にまちたい。

〔参考資料〕

1962年の太平洋における核爆発実験区域

照洋丸調査点一覧図

a 海水放射能測定結果

i)各層海水の放射能


ii)海水の核種分析
 St23〜43までの9点、それぞれ0、150、300mの海水20l宛を試料とし、採水はプラスチック製北原式20l採水器を用いて採水、深度はワイヤ傾角により補正を行なった。海水は採水直後、海水1lにつき、1mlの割合で、濃塩酸を加え、試料を水路部に持ち帰り分析を行なった。分析目的核種は、90Sr、137Cs、144Ceでそれぞれ20β試料ごとに分析を行なった。

海水の採種分析結果


b 魚類の放射能調査結果

i) 魚類の内臓の核種分析結果


ii)魚類の筋肉の核種分析結果


iii)魚骨中のSr-90


c プランクトンの放射能測定結果

  プランクトンの全β放射能および95Zr+95Nb


d 空間線量および被曝線量の測定結果
 シンチレーションカウンターによる船内各部の放射線強度