原子力委員会 動力炉開発専門部会の報告について 原子力委員会は、昭和37年8月15日、動力炉開発専門部会の設置を決定し、国産動力炉開発のための計画に必要な事項について諮問したが、去る5月20日、同専門部会(部会長荒川康夫)から原子力委員会に下記の報告書が提出された。同報告書は、国産動力炉開発の目標、開発の進め方、炉型の選定等についての専門家の見解を述べたものである。 (記) 国産動力炉開発計画について わたくし共の専門部会は、国産動力炉開発のための計画に必要な事項について諮問をうけ、昨年9月以来審議を続けております。 原子力委員会・動力炉開発専門部会構成 部会長 荒川康夫 電力中央研究所理事
I 国産動力炉開発の意義と目標 1.動力炉の開発に限らず、一般に長期にわたり多数の人材と多額の費用とを投ずべき研究開発計画を設定するときには、はじめにその計画の有する意義を十分に検討し、目標を明確に定めておくことが、非常に大切である。そうでないと、計画の中途で目標を見失い、往々にして失敗のもとになる。この意味で、本部会における審議の当初から、動力炉開発の意義ないし国産動力炉の性格範囲について、いろいろな視角から論義が交わされた。 2.わが国における動力炉の研究開発計画の進め方については原子力委員会が昭和36年2月に決定した原子力開発利用長期計画によれば、 (1)外国技術の導入による国内技術基盤の早期造成 (2)国内における創意工夫の育成による技術水準の総合的引上げという2本の柱が中心になっている。 これを同計画の原子力発電の開発計画にてらせば、(1)は、現在日本原子力発電(株)が東海村に建設中の発電1号炉や、先般敦賀地区に敷地の決定を見た同社の発電2号炉の例に見るように、海外諸国において既に高度に開発され、実際の運転経験によってその実用性が相当程度証明されたものについて、昭和36年に始まる前期10年間において、具体的に進められることになっているが、(2)については、長期計画の後期における発展段階としての将来の姿が展望されているにとどまる。すなわち後期10年間に設置される発電炉の型式の推定はきわめて困難であることを認めつつも、一応ガス冷却型と軽水冷却型が主な対象となり、これに今後新たに開発される型式の発電炉が若干は建設されるであろうとされている。 3.本部会の審議の対象とすべき国産動力炉とは、どのような性格をもったものであろうか、あるいはあるべきであろうか。これに対する本部会の了解は前記2本の柱のうち後者、換言すれば長期計画の後期10年間において建設されると見られる新たに開発される型式の発電炉を対象として、創意工夫の育成と技術水準の向上をはかるということであった。 (イ)重水減速炉 の3種が考えられている(図参照)。そして特に半均質炉に対しては、日本原子力研究所を中心として、基礎と応用の両部門を縦横両方面に総合した共同研究体制を確立し、研究開発の目標を早期に達成するために国の計画としてのプロジェクト設定が示されたのである。しかるにこのプロジェクトはその後必ずしも予期したとおりの進展を見せていない実情にある。 4.しかしながら現在時点において本部会に与えられた諮問事項である「国産動力炉開発のための計画」について考えてみるならば、とるべき途は大きくわけて二つになるであろう。すなわち一つは、プルトニウム燃料開発のプロジェクトと併行して高速増殖炉の技術開発をプロジェクト化する方向であり、他は、新しい型の熱中性子転換炉の技術開発をプロジェクト化する方向である。 原子炉研究開発プログラム 5.ところで、本部会の設置理由(昭和37年8月15日原子力委員会決定)によれば、今回設定されるべき国産動力炉開発計画に期待されていることは二つある。 (イ)これまでに培養された国内技術を基盤として、わが国の特殊事情のもとに、将来性の期待出来る型式の動力炉を自からの手で、基礎から建設まで一貫して開発すること。 (ロ)わが国の原子力開発の自主性ならびに技術的水準をさらに向上させ、その総合的開発能力を一段と強化育成すること。 である。 (1)将来商業ベースにおいて実用化される確率の高い国産動力炉を開発することに重点をおく立場と (2)開発の自主性(これはある意味で創意工夫の育成につながる)に力点をおいて、国内技術水準の向上と研究体制の強化をはかる面を重視する場。 とに分けるならば、そのいずれをとるかによって、計画の内容や実施の手順がかなり異なったものになる。 6.そこで仮りにこのような見解が是認されたとして、前記の二つの途のいずれか、すなわち高速中性子増殖炉か熱中性子転換炉かを考えて見る。 7.このようにして今回の動力炉開発計画の対象としては、熱中性子転換炉が残ることになるが、これは大きく分けて次の二つになる。 (イ)既成型の転換炉の改良型 (ロ)まだ実験開発段階にある新型転換炉 前者はたとえば英国のGCRの改良型、米国の軽水炉の高温化を狙う核過熱炉などである。これらはそれぞれの国で実用の域に達した既成転換炉の基盤の上に、既にかなり高い水準にまで開発が進められており、余り遠くない将来に商業的なルートで実現に移されると思われる。そうだとすれば、わが国の国産増殖炉開発計画の対象領域は、上記(ロ)のカテゴリに属する新型熱中性子転換炉ということになる。 II 開発計画設定における基本的問題 8.新型熱中性子転換炉と一口に称しても、背景となる設計理念や境界条件によって多種多様な炉型が考えられる。したがって、炉型選定の技術的細目比較を行なう以前に、選択基準をある程度限定すべき基本路線があらかじめ与えられることが望ましい。しかしながら、それは必然的にわが国の原子力政策に関連し、依存するものであるから、本部会の審議のらち外の問題だとも考えられる。にもかかわらず、本部会は、審議を進める上に必要な範囲で計画設定の基本路線につき、以下に述べるような考案を行なった。 9.第1は核燃料政策に関する問題である。すなわちわが国の将来における核燃料の供給源を安定に確保するという見地から、天然ウラン、トリウム、濃縮ウランおよびプルトニウムの入手をどのように判断し、これらの間の燃料サイクルの姿をどのように予測するかということである。 10.以上の結果は、わが国の将来の燃料サイクルにおいて、トリウム−ウラン233系よりもまず、ウラン−プルトニウム系をとるということになる。そこで次にわが国のプルトニウム政策如何という問題に直面するわけであるが、これについては、本部会は、昨年秋、米国に派遣されたプルトニウム調査団の調査に特に大きな関心をもち、その報告書から教えられるところが多かった。 11.しかしながら、仮にプルトニウムの製造を兼ねた新しい型の転換炉と高速炉との組合せによって、プルトニウム燃料の将来の需給がバランスするとしても、そこに経済性の裏付けがなければ実用にはならない。ところが、これから開発され、10数年後に実用される新しい型の動力炉を用いる原子力発電所の経済性すなわち、在来の汽力発電所や既成動力炉を用いる原子力発電所に対して経済的に太刀打ちできるかどうかを評価し、判定することは、現在の時点では不確定要素が余りにも多いので如何に検討を加えてもほとんど不可能に近い。ただこの場合、原子力発電に特有の経済特性からして、資本費の低減に重大な関係をもつ発電ユニットの規模が特に重要な意義を有することは疑いない。化石燃料を使用する在来汽力発電所で現在計画中のもののユニット容量は、わが国ですでに500MW、米国では1,000MWしかも将来に向って更に大規模化が進められる形勢にある。また既成転換炉を用いる原子力発電所についても、米英共にすでに500MWないし700MWの容量で設計されている。したがって、今後10〜15年後の実用化を目指して新たに開発を計画する熱中性子転換炉は、これらと経済的に対抗しえるために少なくとも1基1,000〜1,500MWの容量を前提としなければならない。そして、このユニット容量の大規模化とともに、高温高圧の蒸気を発生しうる動力炉を要求する傾向となろう。 12. 上記のユニット容量の大規模化は、また発送電系統の構成上の要請からも必至である。すなわちわが国における電力需用の急速な上昇傾向から見て、将来の電力系統のピーク時総電力は今後10年を出でずして優に1,000MWのユニット容量をその系統構成要素として選定しうるほどに拡大されるであろう。他方発電所の立地はますます困難の度を加えつつある。したがって一つの発電所への発電力の集中は避けられない傾向にある。この事はまた国産動力炉開発計画の実施手帳に大きな影響を及ぼす。すなわち新型転換炉が長期計画の後期10年において、仮りに1,000MWの規模において実用化されることを期待するならば、従来の一般工業設備開発に関するスケールアップの経験的法則にかんがみ、少なくとも出力200MWの実証目的の発電所を数年間運転すべきであり、またこの実証目的の原子力発電所を設計し建設するためには、電気出力数万kWの原型炉を長期計画の前期10年中に開発する必要がある。そうなると、本部会に与えられた審議の前線条件の中に示されている実験炉の段階を踏むだけの時間的余裕が乏しくなる。このような考慮もあって、本部会の審議においても、実験炉(電気出力数千kW)の建設による研究の段階はむしろ省略して直ちに原型炉(電気出力数万kW)に手をつけるべきであるという意見がかなり有力であった。しかし、このような手順をとり得るためには、選定されるべき炉型式も自から限定されて来るであろう。 III 炉型式の選定 13. 今回の「国産動力炉開発計画」の対象を選択するに当って考慮すべき全般的な枠について、本部会においていろいろな角度から検討した概要を以上に述べた。 (イ)高速増殖炉の開発は別途のプロジェクト設定を期待する。 (ロ)既成転換炉の改良型の開発は先進国における進歩状況に注目する。 (ハ)有機材減速炉は、現在わが国に技術的な基盤が相当あるとは言い難く、また、発電炉としての性能改善に将来解決すべき問題が多いと予想されるので除外するということにし、残された重水減速型、ガス冷却型およびナトリウム冷却型についてさらに、作業班を設けて詳細な調査を行ない、それを本部会の審議にかけた。 14. しかしながら、上記3種の類別は、いわば便宜的な大わけであって、減速材や冷却材の組合せを変えただけでも、いろいろの新しい炉型式が考えられ、それらを比較対照した場合の長所短所について多くの議論をなし得る。その主なものとして、例えば次のような意見が出された。 (1)ナトリウム冷却型は、高速増殖炉の開発に必要な液体金属冷却技術の修得に役立つ点で魅力があるが、これは別途高速増殖炉の開発プロジェクトが推進されるならば、その中に含ませ得るので、強いて強調する必要はあるまい。 (2)ガス冷却型は、(イ)金属被覆燃料を用い、黒鉛等の固体減速材を使用するものと、(ロ)燃料炭化物を黒鉛と混合した燃料体を黒鉛さやの中に封入した燃料要素を用い、黒鉛を減速材とするものとに大別されるが、前者のうち、magnox型は、ほぼ実用化の段階に達した既成炉型で、またCO2ガスで冷却する英国のAGRもその改良型と見られるから、今回の計画の対象とする意義はうすい。しかし、その他のものの中には熱効率向上など、動力炉として相当高性能化の可能性のあるものもあり、また、時期的に見て比較的速やかに原型炉開発に進み得る利点もあるからあながち捨てさるべきではないが、冷却材としてのヘリウムの人手や漏洩に問題を生ずる懸念もある。 (3)重水減速型の中で、冷却材に重水を用いるCANDU型は、すでに、カナダでかなり開発が進められており、むしろ既成型に属すると見られるので、今回の計画の対象として取り上げる意義は少ない。 15. 以上によって当部会の炉型についての考え方の大体の方向は明らかであると思うが、しかしながら、今直ちに特定の炉型を選定することは時機尚早で、少なくとも昭和38年度においては、日本原子力研究所の中に開発準備の組織を設け、外部からの参加協力を得て、概念設計を行い、その上で「国産動力炉開発計画」の細目案を作成することが望ましい。その際には、当部会が審議した計画期間、燃料政策、実用化への見通し等の基本的事項を重視して予め作業の進め方を明らかにすべきである。 IV 開発体制、開発スケジュールおよび経費 16. 本部会に諮問された審議事項の(2)は、「開発体制と分担、開発スケジュールおよび経費の見積り等、開発のための基本的事項」となっている。本部会はこの問題を審議するに当って、作業班を設け、一応の調査を行なった。しかしながら、前述のように選定すべき炉型についても、まだ結論を得るに至っていない現在、今後10年以上にわたる長期の計画の実施予定を今全部きめてしまうことには少なからぬ無理がある。むしろ、最初の数年間についてはなるべく具体的に、将来については相当大きな弾力性をもたせて考えることが重要である。 17. このような考えのもとに、国産動力炉開発計画のスケジュールを考えてみると、まず、(イ)原型炉(電気出力30〜50MW)の開発プロジェクトを策定し、所要の研究を実施しつつ、設計、製作、建設、試験および運転の各過程を行なう第1段階と、ついで、(ロ)上記の原型炉開発プロジェクトの成績を評価し、その成果をとり入れて、更にこれを実用大型炉に結びつけるためにデモンストレーション炉(電気出力150〜200MW)を開発する過程からなる第2段階とに分けることができるであろう。 18. 上記の第1段階は、即刻にもこれに着手することが望ましい。すなわち、差し当って昭和38年度から日本原子力研究所内に原型炉開発の準備ならびにこれが推進の母体となる組織(以下動力炉開発室と仮称する。)を設け本部会のこれまでの審議を基盤として概念設計の作業を開始する。この作業にはなるべく外部諸機関(特に民間製造業者および電気事業者)から適格有能な人材を出向によって参加させ、あるいは必要に応じて作業の一部を契約によって外部諸機関に委託する。この作業の主たる目的は、設計研究の過程を通じて各種概念設計の第一次比較検討を行ない、国産動力炉開発計画の対象とすべき炉型を選定することにあり、おそらく約1ヵ年の期間を必要とすると予想される。したがって、この期間中作業実施の衝に直接あたる動力炉開発室とは別に、作業の方向づけに常に関与し、更に作業の結果にもとづく原型炉開発計画の細目立案を検討するため、「原型炉開発計画委員会」(仮称、以下「計画委員会」と称する。)を設置することが望ましい。この計画委員会は専門家のグループであって、日本原子力研究所内部職員のほか、原子燃料公社、学界、電力会社製造業者、関係官庁からも委員を選出して構成するものとし、日本原子力研究所理事長の諮問機関とするものとするが、それは単なる形式的の諮問機関に終わることなく、計画委員会における討議が十分活発に行なわれ、またその審議の結果が出来るだけ実施に移されるべく努力されるよう運営されることが肝要である。 19. 今回の「国産動力炉開発計画」は、いうもでもなく、国が原子力政策の一環として、国家資金により実施するものである。それ故、もしも、差当って既存の原子力開発機関を対象とするということならば、上記のように日本原子力研究所を中心とし、これに他機関が参加協力するという体制で出発するのが適当な行き方である。しかし、国の計画である以上、日本原子力研究所の内部組織である動力炉開発室によって作業され、理事長の諮問機関である計画委員会の審議を経た開発計画案は、これをさらに国の機関である原子力委員会において正式に決定し、実施に移されるべきである。 20. 昭和39年度以降は、選定された炉型につき、決定された計画細目に従って、原型炉の詳細設計に入り、かたわら必要な研究開発を実施することになる。この段階に対して日本原子力研究所としては、前記の開発室を拡充発展させて、開発実施組織を確立すると共に理事長の任命する開発実施の責任者に相当の権限を付与して、計画の促進を計る必要があろう。 21. 以上第1段階の初期における開発のスケジュールとその体制について、やや具体的な構想を、本部会における審議の途上発表された各委員の意見を総合して述べたが、その後の進め方は、計画の進展に即してそれぞれ適当な時期にとりきめるよう、弾力的に考えた方がよいと思料され、現在あまり細目まで固定してきめることは望ましくない。そのような考えから、はたまた審議の時間的制約から本部会に諮問された開発計画に要する経費および人員については、遺憾ながら数量的な答を示しえる段階に達していない。ただ諸外国の類似の計画から推察して、もし、出力数万キロワットの原型炉から出発するとすれば、デモンストレーション炉は別としても、少なくとも総経費百億円前後、さらに開発が困難な場合には、これを上まわることを予期せねばなるまい。 22. 以上のほか、たとえば研究開発に伴う特許権の帰属、外国特許と技術交流の限界など、本部会の審議の話題には上ったが、未解決のまま残されている問題がまだ少なからずある。ただ、最後に民間側委員から次の2点がかなり強く要望された事を付言しておく。 (イ)今回の「国産動力炉開発計画」に必要な経費は、全額を国庫で負担し、協力の名のもとに、参加民間会社に有形無形の経済的負担をかけぬよう配慮して欲しい。 (ロ)民間への研究開発委託は、合理的な研究契約の下に為さるべきで、その方式、制度を確立してほしい。このことは、これを裏から言えば、計画実施の責任を負う日本原子力研究所の予算計上とその運用手続において十分配慮される必要がある。 |