緊急被ばく特別部会報告書の内容について

 本報告書は、昭和35年2月に開催された第6回放射線審議会総会において、内閣総理大臣から放射線審議会々長あてに諮問された「一般人の緊急被ばくに関する基本的な考え方について」と題するものに対する答申の内容を詳述したものである。

I まえがき

I−1 本部会設置の経緯

 国際放射線防護委員会(ICRP)は、1958年に放射線防護に関して新しい勧告を発表した。

 放射線審議会は、この勧告をわが国にどのようにとり入れるかについて、昭和33年11月からICRP勧告特別部会を設置して、慎重に審議を行なった。その結果、昭和34年8月に開催された第5回総会において「新勧告の趣旨は、おおむね賛成であるが、国民遺伝有意線量の割当等2、3の点については、なお、わが国における実情を調査しつつ、検討する必要がある。」旨の内閣総理大臣あて意見書を提出した。さらに昭和35年2月の第6回総会に、新勧告による放射線の実際的管理について、追加の意見書を提出した。一方、ICRPは、その後1959年7月にミュンへンで第8回本委員会を開き、そのとき採沢されたステートメントを同年11月に発表したが、同ステートメント中に、従来ICRPにおいて検討されなかった項目として「原子炉事故等の緊急事態の際の周辺の公衆の被ばく」がとりあげられた。

 同項目に関するICRPの見解は「緊急事態のもとで食物またはミルクから摂取されるI−311、Sr−89、Sr−90およびCs−137の容認すべきレベルに関する基準を勧告した1959年の英国医学研究審議会(MRC)報告を、本問題の有益かつ、健全な解決への道と考える。」と述べている。

 原子炉施設周辺の公衆等一般人の緊急時被ばくの問題は、わが国が当面する緊要事の一つであり、また、原子炉の設置許可審査とも重要な関連を有するので、政府はミュンへンステートメントの意義を解明して、緊急時における放射線防護施策に資すべく、内閣総理大臣から次項I−2に述べるような諮問が本審議会に提出され、第6回総会において本部会の設置が決定した。

I−2 諮問事項

 内閣総理大臣から放射線審議会会長あてに提出された諮問は次のとおりである。

昭和35年2月4日

放射線審議会会長殿

内閣総理大臣

一般人の緊急時被ばくに関する基本的な考え方について

 一般人の緊急時被ばくに関し、1959年11月6日付ICRPステートメントが発表されているが、この問題は原子炉の設置許可に関する審議上、重要な関連を有するのでこの観点から同ステートメントに関する貴審議会の意見を求める。

I−3 審議状況

I−3−1 審議の基本方針

 諮問の中心となっている1959年(昭和34年)11月6日付のICRPステートメント(付録VIII−1)によれば、ICRPは、原子炉施設の緊急事態によって一般公衆がうける被ばくに関する問題については1959年の英国医学研究審議会(MRC)の報告(付録VIII−2およびVIII−3参照)が有益、かつ、健全な解決の途であると考えている。したがって、本部会の任務は、このMRC報告を専ら審議の対象としてこれを批判するにある。このことは、わが国の原子炉施設の緊急事態における一般公衆に対する被ばく線量を決定する上に重要な指針を与えるものとなろうが、緊急事態における被ばくの限界の基準等の具体的数値を決定することはこの諮問に対する答申とは趣を異にするであろう。

I−3−2 審議方法

 人間に対する放射線の影響に関するわれわれの科学的知識は逐年増加しているとはいえ、現在きわめて貧弱な状態にある。この困難に対処しながらも本部会は諮問に応えるために、MRC報告に対する評価を、科学的立場から行なうこととした。そのためにまず、@現在まで報告されている医学的生物学的データを文献的に調査検討することによって、放射線が人間に障害を与える線量のうち文献的に報告された最小の線量を求める一方、現在の知識から考えて安全側に立ちながら、適当と思われる線量一効果関係を仮定して、線量に対する障害の大きさを計算し、A緊急事態での被ばくの限界の基準としての緊急被ばく線量の考え方を決めた後、MRC報告の批判を行なった。

 本報告の作成に当たってIV節は、後述する資料小委員会が担当し、それ以外の各節については、第2小委員会が担当して審議を進め、審議が一応、まとまったところで本部会にはかり討議を重ねた後緊急被ばく特別部会報告書として決定をみたものである。

 いうまでもなく、その内容はあくまでも現在の学問的知識および経験に基づいているので、今後の学問の進歩に応じて常に再検討され修正されなければならない点が少なくないだろう。

I−3−3 審議の構成メンバーおよび部会の組織

(1)部会の構成メンバー

  部会長  田島 英三  立教大学教授
  委員  青木 敏男  日本原子力研究所保健物理部長
 村地 孝一  立教大学教授
 山崎 文男  理化学研究所主任研究員
  専門委員  江藤 秀雄  放射線医学総合研究所障害基礎研究部長
 岡本 十二郎  東京医科大学教授
 寛 弘毅  千葉大学教授
 西脇 安  東京工業大学教授
 山下 久雄  癌研究会付属病院分院放射線科部長
 吉岡 俊男  日本原子力発電株式会社技術部長
 脇坂 清一  東京電力株式会社原子力発電課長
 菅原 努  放射線医学総合研究所障害基礎研究部室長
 安 武四馬  癌研究会付属病院分院放射線科医員
 松本 一男  武蔵工業大学助教授
 田島 弥太郎  国立遺伝学研究所形質遺伝部長
 仲尾 善雄  放射線医学総合研究所生物研究部長
 有水 昇  千葉大学講師

(2)部会の組織

 部会の中に次の二つの小委員会をおいた。すなわち

  (a)資料小委員会

  (b)第2小委員会

(a)資料小委員会

 審議方法の(1)で述べた項目を担当して審議を行なった。その構成メンバーは、次のとおりである。

  資料小委員長  山下 久雄
  専門委員  岡本 十二郎
 寛 弘毅
 江藤 秀雄
 西脇 安
 松本 一男
 安 武四馬
 菅原 努
 有水 昇

(b)第2小委員会

 審議方法の(2)で述べた項目を担当して、審議を行なった。

 その構成メンバーは次のとおりである。

  第2小委員長  江藤 秀雄
  委員  青木 敏男
 村地 孝一
 山崎 文男
  専門委員  吉岡 俊男
 西脇 安
 脇坂 清一
 菅原 努
 田島 弥太郎
 仲尾 善雄

I−3−4 審議経過の概要

 昭和35年2月5日第6回放射線審議会総会で当部会の設置が決議され、その第1回部会を同年3月7日に開催してから、本部会の審議を終了するまでの部会開催数は8回を数えたが、本部会の専門的な下部組織である資料小委員会は同年7月16日に第1回の正式の会合をもち、以後14回開催し、同じく下部組織である第2小委員会は、同年8月22日にその第1回の正式会合をもち、以後10回開催して、本報告書としてとりまとめられるに至ったものである。

 審議は専ら純粋に学術的見地に立って進められ、部会各委員は、それぞれの専門によってその意見を委員会、部会に対して報告書の形で提出し、その数は104編の多きに及んだ。

II 原子炉施設の事故による公衆の放射線被ばく

II−1 概説

 原子炉施設の事故によって公衆が受けると想定される被ばくは、その原因によって次の二つに分けて考えることができる。

(a)原子炉施設の破そんに伴って、炉室等に溢出した放射性物質から放出される放射線によって受ける被ばく。
(b)炉施設から放出される汚染空気または液体に基因する被ばく。

 (a)の被ばくは、施設上の配慮によって、公衆に障害を及ぼさないようにすることが、比較的簡単にできるから、公衆に対する障害の立場からは除外してもよい。問題となるのは炉内に蓄積された核分裂生成物が放出され、風によって施設外に拡散していく場合およびそれが地上に蓄積した場合とであろう。汚染された液体が流出する場合も考えられるが、その場合は汚染気塊が大気中に流れていく場合、およびそれが地上に蓄積した場合に比較して、施設の工夫によって、一般に地域を限定することができるし、事故後の処置も簡単であって、公衆に重大な被ばくを与えることはないであろう。

 他方、放射性物資の拡散に基因する被ばくは二つに分けて、外部被ばくと内部被ばくに二分することができる。

 外部被ばくは、放射能雲および汚染表面からくる直接の放射線による被ばくである。放射能雲の被ばくは、それが通過するときだけに限られるから、被ばく時間は短かいことが予想される。これに反し、地上に蓄積した放射性物質による被ばくは、ある程度長期にわたることになるであろう。

 内部被ばくは、汚染空気の吸入または汚染食品の摂取によって、体内に入った放射性物質からでる放射線による被ばくである。

 この2つの被ばくを比較してみると、原子炉施設のごく近くに住んでいる住民にとっては、内部被ばくとともに外部被ばくも重要となる場合がある。これに反し、施設から遠い距離にある住民にとっては、内部被ばくの方がはるかに重要となる。

II−2 問題となる被ばくおよび放射性核種

 原子炉施設の事故の場合に、被ばくに関係のある核種は数多く存在するし、また、被ばくする人間の臓器も数多い。これらのすべてを考慮して人間の障害を評価することは、ほとんど不可能であろう。しかし、それらのなかから、人間に障害を起こすいくつかの重要な核種を選び、それらと関連ある臓器に着目して、考察することは問題の本質を失わずに、取扱いを簡単にすることができる。

 その問題となる被ばくの型および核種は、次にのべるそれぞれの理由から選定した。すなわち、

(1)人間の臓器が全部被ばくするという理由で全身被ばくは最も重要である。
(2)事故の場合には、炉施設から放出される汚染空気のために、原子炉施設のごく近くに住んでいる住民および施設から遠い距離にある住民にとっては外部被ばくと同時に吸入による被ばくが重要である。
(3)I−131は、比較的揮発性であるから、事故により外部に放出されやすく、また、甲状腺に集積しやすい性質を持っているために、I−131による甲状腺の障害が重要である。
(4)Sr−89およびSr−90は、分裂性生成物の中に占める割合が多く、かつ、骨に沈積しやすいのみならず、特にSr−90は、生物学的半減期も長いので、骨および骨髄に対する障害が重要である。
(5)Cs−137は、事故時に比較的放散しやすく、かつ物理的半減期も長く、しかも生物の軟組織に吸収されやすい性質をもっているので、全身被ばくの立場から重要である。

III 放射線障害の一般的特徴

 放射線障害を分けて、身体的障害と遺伝的障害にすることができる。身体的障害とは、放射線を受けた個体に直接あらわれる障害をいい、遺伝的障害とは、放射線を受けた個体の生殖細胞における突然変異にもとづいて後代にあらわれる障害をいう。この両者は、障害のあらわれる対象を異にしている。

III−1 身体的障害

III−1−1 早期の影響と晩発性の影響

 放射線による影響には、被ばく後あまり長くない時期に現われる早期の影響と、かなり長い潜伏期の後にあらわれる晩発性の影響とがある。早期の影響は、被ばく線量、被ばくの時間的因子、被ばく部位およびその広さ等によって異なるが、全身1回被ばくの場合を例にとれば、25rem以下では、一過性の血液の軽微な変化がおこるが、臨床的には現在障害とはみとめられない程度のものである。

 50−70remになると臨床症状が発現してくる。

 人間に対する50%致死量は、400±100remと考えられているが、これは、特別の治療を受けないかぎり、被ばく後30〜60日以内に50%の人が死亡するという意味である。

 また、晩発性の影響の場合には、数年から数十年におよぶ長い潜伏期があった後に影響があらわれることがある。それには癌や白血病のような致命的なものがある一方、血管の変化等による表皮萎縮や表皮の異常増殖等による角皮形成を釆たす程度のものもある。

III−1−2 放射線に対する感受性および問題となる臓器

 同じ線量を受けても障害の程度は、臓器組織によって必ずしも一様ではない。それは放射線に対して感受性が異なるためであるといわれている。また、内部被ばくの場合には、体内に入った放射性核種が核種の種類によって特定の臓器組織に集まることがあるので、その臓器組織は集中的に被ばくをうけることになる。

 このように感受性または、線量分布の不均等なために、ある特定の被ばくに対しては、ある特定の臓器組織が問題となる。たとえば、放射性ストロンチウム体内摂取の場合の骨髄、放射性よう素体内摂取の時の甲状腺等がこれに当る。この他、年令によっても放射線に対する感受性は異なる。たとえば、子供は大人より感受性が高い。

III−1−3 線量効果関係

 いろいろな放射線障害を定量的に把握するためには、線量効果関係が分らなければならない。これには大別して閾値がないと考えられる場合と、閾値があると考えられる場合とがある。ここに閾値とは、それ以下では障害が発生しないという最大の線量である。しかし、実際には放射線の作用は複雑であって閾値という概念は科学的な立場からいうと、あまりにも簡単化しすぎた概念である。すなわち、低い線量に被ばくした場合に、その影響が生物の修復または回復作用の結果、真の意味において閾値が存在するのか、あるいはその影響の発現がおくれているため、見かけ上、閾値が存在するのかを、現在の知識からでは決定することはできない。しかし、ある程度以上の線量に対してその障害の大きさが線量と近似的に直線関係をなしていることが実験的にまたは理論的にたしかめられている場合がある。

 たとえば、放射線による突然変異の発生の場合などである。このような場合に低線量についても直線関係が成立すると仮定するのは恐らく障害の大きさを実際より大きい側に推定することになるであろう。しかし、被ばく基準を作るような場合に、安全側に立つという立場をとれは線量効果関係に閾値のない直線関係を仮定することは好ましいことである。

一方、現在の医学的立場から文献的に調査すると、ある種の障害には閾値があるようにみえる場合がある。

 たとえば、甲状腺に対する放射線の障害(甲状腺腫)は、現在の医学的文献からみれば、ある一定の線量以下では発現していないか、あるいは発現するとしても、その発生率は非常に小さい。

III−1−4 放射線による晩発性の影響と自然発生のものとの関連性

 放射線による晩発性の影響の多くのものは、自然発生のものと同じ症候を呈し、その上微量放射線では、その発生頻度も低いので、被ばく集団の統計的な研究によって初めてその影響が検知されるものである。

 したがって、影響の有無の判定は、試料の大きさや対象の選択の適否などに左右されることが多い。この点、現在知られている結果を一般化する場合には、特に慎重な注意が必要である。

III−2 遺伝的障害

III−2−1 遺伝的障害における線量効果関係

 放射線による突然変異の誘発については、線量率、照射の分割方法等によらず常に個人の受けた全集積線量に比例するものと考えられていた。しかし、最近のハツカネズミについてのRusell等の研究以来、精原細胞、卵原細胞、卵母細胞等若い生殖細胞については、線量率依存性がみられることが明らかになった。

 ただし、現在のところ線量率によって線量効果関係における勾配は異なるが、なお、それぞれの場合に全集積線量に対する直線関係が成立するものとみなされている。また、この線量率による突然変異率の差は、Rusellによれば著しい場合でも4倍であろうと考えられる。

III−2−2 遺伝的障害の伝達

 遺伝的障害は、このようにして生じた突然変異遺伝子を受けついだ子孫にあらわれるものである。その発現は、流死産、ようせつ、虚弱等の身体的または精神的な重大な欠陥から軽度の機能的障害にわたっている。

 重大な障害の素因は、欠陥のある遺伝子を持った個人が早期に死ぬことによって急速に遺伝子伝達系から除かれるが、軽微な障害は多くの世代にわたって子孫の遺伝子系の中に保有されるので、緩慢ではあるが長い世代にわたって障害をあらわす可能性がある。

 遺伝的障害を軽減することに関して、主として考慮しなければならないのは、個人の保有する有害遺伝子数が増加することに原因して将来の世代に遺伝的障害による社会的負担が増加してくることである。この場合、集団としての遺伝線量がこれを評価する目安になるものと考えられる。

III−2−3 集団の被ばく線量と結婚の範囲(付録VIII−17参照)

 ここに集団というのは結婚によってそれぞれの個人の持つ遺伝子が自由にまざり合う機会を等しくする人々の集まりで、長い世代にわたってみれば一国の国民はこのような集団に相当すると考えることができる。

 上述のように問題になるのは個人の持つ有害遺伝子数の増加およびその集団における有害な遺伝子数をもつ個人の割合の増加であるので、この場合には、個人の受けた線量そのものよりもその集団中の何パーセントの人がどれだけの線量を受けたかということが問題になる。したがって緊急披はくの場合にも遺伝的障害の面からは、個人の線量とともに、被ばく人口の全国民に対する割合が問題となる。

 集団が十分に大きいと、放射線によって誘発された突然変異は、50代から100代後には、広く集団内に分散されてうすまってしまうが、集団が小さいと、生じた突然変異がうすまる機会が少なく、したがって、障害が比較的早く、しかも高い割合で現われる可能性がある。

 わが国においては、従来欧米諸国に比較して近親婚の頻度が高く、また、結婚の範囲がせまいと考えられるので、遺伝子が一様にまざり合うには欧米各国におけるよりもはるかに長い期間を要するものと考えられる。

 この傾向は次第にくずれつつあるが、集団が小さいと同じ人数の被ばくもその集団内に影響が大きくあらわれるので、一般に結婚の範囲はなるべく広い方が望ましい。

III−2−4 劣性遺伝子の表現

 放射線による突然変異は、自然突然変異と異なるという学問的根拠は明らかでない。

 したがって、ある集団が放射線に被ばくしてもその影響は、被ばく集団の子孫についての統計的な調査によって初めて明らかにすることができるものである。

 しかも、これらの突然変異の大部分は劣性のもので、相当の後代にならないと表現されてこないのが普通である。

 このことは、次の2つの点にとって重要である。第一は被ばく者に直接関係する人、すなわち、子や孫にあらわれる障害についてである。

 非常に大量の放射線を受けた時以外には、このような障害のおこる可能性はきわめて低いし、実際には、また、各人がそれぞれ何個かの劣性突然変異遺伝子を保持しているから、自然にも同様の障害例がかなり起こっているので、それを放射線と一義的にむすびつけることはできない。

 第二は劣性遺伝子の表現は、その集団の近親婚の頻度に左右されるので、わが国の現状のように近親婚頻度の比較的高いところでは、特に注意しなければならない。

 この点からみて、劣性遺伝子による障害はわが国では欧米各国に比べて比較的短い世代の後に現われることが考えられるから、前項の結婚の範囲のせまいことと相俟って、影響が特定の人々にあらわれる可能性が他の国に比して大きいと考えられる。

III−2−5 線量率と被ばく期間

 以上、放射線障害の一般的特徴として身体的障害と遺伝的障害とに分けて詳述したが、これらの障害は、多くの場合線量率と被ばく期間が問題となってくる。

 すなわち、同じ線量に被ばくしてもそれが長い期間にわたる場合には、その間に相当の回復が起こり得る。

 したがって、短時間に与えられた線量が起こすのと同じ影響をおこすには、より大きな線量を要する場合が少なくない。

 したがってその影響を問題とする場合には、その線量がどの位の期間に被ばくされるかを考慮しなければならない。しかし、一般に比較的短時間に与えられた場合を基準にとれば、それと同じ集積線量に長期間にわたって被ばくする場合には、障害の程度はそれより軽いので、安全側に立つことになろう。

IV 問題となる放射線被ばくおよび放射性核種の最小限界(線)量

 われわれは、II−2で既述したごとく、問題となる放射線被ばくとは何であるかを検討したが、その結果全身被ばくおよび内部被ばくのうち、放射性ヨウ素、放射性ストロンチウム、放射性セシウムであるという結論を得た。これに基づき現在までに入手しうる内外の文献データから、それぞれの核種の最小限界(線)量を求めた。ここにいう最小限界(線)量とは、現在の医学的見地から人間に対する放射線障害を検知しえたと文献的に報告された最小の線量である。また、人間に対する症例がない場合は、動物実験およびその他の知識から類推して現在の医学的見地から検知しうると考えられる最小線量をもいう。

IV−1 全身被ばくの最小限界(線)量(付録VIII−4参照)

IV−1−1 概説

 全身被ばくとは、全身または躯幹の大部分に放射線がほぼ一様に被ばくされた場合の被ばくのことで、身体のある一部分だけに局限した被ばくと異なって、比較的小線量でも強い全身的障害を起こすことがある。局所的に見ても部分被ばくと同じかあるいはそれ以上強い反応を呈する。

 内部被ばくについてもほとんど全身に均等に分布する核種は勿論、Cs-137のごとく筋肉等に多く蓄積するものは、その影響はほとんど全身被ばくに等しい影響を及ぼすことになる。したがって、まず第1に考慮しなければならないことは、このような人体に対する全身被ばくによる影響およびその最小限界(線)量の決定である。

IV−1−2 全身被ばくによる早期の影響

 全身被ばく線量が多いと、短時間内に死亡するが、致死率は被ばく線量、動物の種類、年令、被ばく条件等によって異なる。

 また、致死量以下の少ない被ばくでも、嘔吐、食欲減退、疲労感等の全身症状を呈し、血液像等に変化を生ずる。急性被ばくの場合、最も著明に認められるのは、白血球数の変動で、白血球の増加または減少、特にリンパ球の減少が見られ、それは25rem、またはそれ以下でも認められる場合がある。

 25〜100rem程度の全身一回被ばくまたは連続長期被ばくでは、これらの血液変化等は一過性で数日後に現われ、数ヵ月で正常値に回復する。 100rem以上の全身被ばくでは回復に長期を要し、さらに線量を増して致死量近くに達すると回復不能となる。

 生殖腺も放射線に対して敏感で、女子の場合では、300remの一回照射、男子では30remの線量で、一時的不妊症となることがある。(国連科学委員会報告1958年)この程度の被ばくでは、このような変化は一過性であるが、さらに大量の被ばくになると永久的不妊症に陥る。

 全身被ばく線量がある程度以下の場合は、症状が一進一退するか、あるいはほとんど無症状の期間があって、晩発生の影響がみられることがある。

IV−1−3 全身被ばくによる晩発性の影響

 全身被ばくによって死亡することなく、早期の影響が消失するかまたは、一進一退して数年を経過してから起こる変化が晩発性の影響で、そのうち最も注目しなければならないのは、悪性貧血、白血病、真性多血症および発癌である。

 悪性貧血は、造血臓器に数百rem以上の被ばくを受けたときに起こり、造血臓器の著しい荒廃を生じ、流血中のあらゆる血液成分が減少して死に至る場合である。

 白血病は、悪性貧血より少ない被ばく量でも低率ながら発生する。

IV−1−3−1 全身被ばくによる白血病(付録VIII−5およびVIII−6参照)

 白血病の本態は現在も未だ明らかでないが、放射線が白血病発生の誘因の一つであることは、今日一般に認められ、かつ、重視されており、その誘因に関する臨床的事実として

(1)放射線科医師の白血病死亡率が一般医師に比較して多いという報告
(2)放射線治寮を受けた患者の白血病発生率が多いという報告
(3)妊娠中に腹部X線診断をうけた母から、生まれた小児の白血病発生率が多いという報告
(4)広島および長崎の原爆被ばく生存者からの自血病死亡率が高率であるという報告等があげられる。

 以上の臨床的事実のほかに放射線による実験的白血病の研究報告もある。

 一方、白血病発生と放射線量との関係については、線量の多い揮発生率が一般に大である事は多くの報告で述べられているが、低線量の範囲における発生率如何は、臨床的には決定が困難で正確な値は不明である。

 また、資料が不十分なため、白血病誘発の閾値があるかどうかは未だ明らかにされていない。しかしLewisおよび国連科学委員会報告には、白血病誘発率の推定値があげられている。

IV−1−3−2 全身被ばくによる発癌

 発癌が、放射線の全身被ばくによって起こったかどうかの判定は、白血病よりもさらに難かしい。Sr-90に関する項で後述するように、局所被ばくの場合は、その線量に応じて、発癌の誘発率は、増減することがほぼ証明されているので、それから類推して放射線による全身被ばくも発癌の誘因となり得るものと推定される。

IV−1−3−3 全身被ばくによる寿命短縮(付録VIII−7参照)

 放射線に全身一回被ばくすると、平均寿命が短縮し、しかもその短縮率が、ほぼ線量に比例することがハツカネズミ、ダイコクネズミ等の哺乳動物についての実験で知られている。また、1日当たりの線量をいろいろにかえて、長期被ばくをした場合も哺乳動物では、平均寿命がほぼ1日当たりの線量に比例して短かくなることが知られている。これらの結果を、実験で行なわれたより低い線量にまで外挿し、かつ、人間に適用することが正しいとするならば、緊急被ばくの場合に考慮すべき重要な事項の一つとなるであろう。

 しかし、現在人間の寿命についての研究結果は、被ばく者群が統計的に有意な短縮を示しているかどうかについて、意見が一致していない。すなわち、S.Warren(1956年)は、1930年から1954年の間の医師の死亡報告のうち、記録の確かなもの65,545例について、専門別の寿命、ならびに死因の分析を行なった。

 その結果、放射線科医師の平均寿命は一般内科医師に比べて5年も短かく、これは、過去に大量の放射線を受けたためであると断定した。これに対しSeltzer等(1958年)は、放射線科医師群の年令構成が他のものと異なることに着目し、一般内科医師の年令別死亡率を用いて放射線科医師の年令構成に基づいて平均寿命を計算したところ、矢張り5年以上の差が出たので、Warrenの見た差は、見かけのものにすぎないとした。イギリスでもCourt-BrownおよびDoll.(1958年)が、放射線科医師1400名について調査を行ない、年令分布を考慮して他の医師または同様の社会的階級の人と比較したが、平均寿命について、有意な差は得られなかった。ただし、これは、英国では放射線防護が古くからよく行なわれていたことおよび調査例数が少ないことも否定的な結果をもたらす一因をなしているのかも知れない。

 実際に個々の人の寿命は予測できないものであり、そのひろがりも大きいので、たとえ影響があっても、それを証明することは、白血病の発生などよりさらに難かしいであろう。しかし、動物実験の結果からも、知らずして影響を受けていることが推測されるので、この点からも被ばく量をできるだけ低くおさえることが望まれる。ただ、人類について定量的に線量と寿命短縮率の関係を示すものが知られていないので、直接許容量をきめる根拠になるような数字を示すことができない。

IV−1−4 全身被ばくのまとめ

 一般には25rem以下の小線量の全身被ばくでは検知されるような症状を認めないのが普通である。また、この場合、晩発性の障害の発生の確率もきわめて少ないとされている。

 25remの一回被ばくの場合は、血液細胞に一過性の軽微な変化がみとめられる程度であり、長期にわたる被ばくでは影響はさらに少ない。

 100remの一回被ばくの場合は、定性的にも定量的にも明らかな血液変化が発現し、レントゲン宿酔および嘔吐がみとめられる。またかかる被ばくの場合に、受精能力の一時的減退を来たした男女の少数例がある。晩発性の影響としては、白血病および貧血症の発生率がきわめてわずかに増加する可能性がある。

 したがって、人体の全身被ばくの最小限界(線)量は、25remが適当であると考えられる。

IV−2 甲状腺に対する最小限界(線)量(付録VIII−8およびVIII−9参照)

 甲状腺は、大線量に被ばくした場合はもとより、比較的小線量に被ばくした場合でも急性ないし亜急性の組織学的変化が起こり、機能的の変化も認められる。

また、晩発性の影響として腫瘍発生の危険性がある。

 最小限界(線)量の算出については、まず文献的に考察し、人体に対して、外部被ばくおよび内部被ばくによって起こった甲状腺の諸変化に着目して検討し、甲状線に対する最小限界(線)量を推定した。

IV−2−1 甲状腺に対する外部被ばく

 外部被ばくで、しかも比較的短期間内に甲状腺に組織学的変化を来たした報告は少ないが、頚部にX線治療を受けた者が相当の期間を経過して甲状腺腫瘍を発生したという症例が(Simpson等)によって報告されているが、その時の総線量は2,000〜4,000rと推定されている。成人における最小の線量は2,000rと考えてよかろう。これに反して、小児期に甲状腺部に被ばくをうけて後年に甲状腺腫瘍あるいは癌が発生したという報告例によると、その被ばく線量は150rとされている。

IV−2−2 甲状腺に対する内部被ばく

 I-131による甲状腺組織の被ばくは、組織内被ばくで、しかも長期連続不均等被ばくであるから、外部被ばくとは線量分布が異なるものである。甲状腺の吸収線量が同一であっても、内部被ばくと外部被ばくとは、必ずしも同一の生物学的効果を生ずるものとは考えられない。したがって、授与したI-131のmc量で表示されているものをremに換算する場合には、I-131の線量推定における生物学的係数の誤差の限界について慎重に検討した。

 I-131を甲状腺機能亢進症患者の治療等に用いた場合の組織学的変化を検討すると、摂取量1mc程度の少量でも一時的の変化は認められるが、長期に及ぶ変化は、7mc以上を投与した場合である。

 20才以下の中毒性びまん性甲状腺腫患者にI-131 2〜5mcを授与した場合には、投与後5〜10年で結節性甲状腺腫の発生をみ、その中には、悪性度が低いながらも甲状腺癌であったものもある。

 したがって、小児については、甲状腺に障害をおこした最小のI-131の量は、2mcとしてよかろう。(Sheline等)。

 一方、20才以上の成人では、I-131 15mcを投与して治療したあと、4〜6ヵ月で、結節性甲状腺腫の発生をみたものがある。

 以上に述べたことから、甲状腺に障害をおこした最小の(線)量を表に示すと次のようになる。

第1表

 第1表によると内部線量の計算値と外部被ばくの線量とが著しく異なっているが、その理由としては次の諸点があげられる。

(1)計算値に関しては線量計算に含まれる個々の生物学的係数の変動範囲は大きいが、付録(VIII−8)VI項に述べたごとく、これらの間にある程度の相関関係が認められるので生物学的係数全体としての値につき平均値をとりICRP勧告(1958年)の定数を基準としてこれに対する確率誤差および信頼限界を推定したものである。

(2)I-131の人体投与による障害の報告は未だその症例数が非常に少ないうえに、観察期間も短かいので、症例の追加および観察期間の延長によりさらに確実な数値に修正されるであろう。

(3)内部被ばくと外部被ばくとでは被ばくの幾何学的および時間的線量分布が非常に異なるので、平均線量が同じでも、その効果には相当の差異を生ずる可能性がある。

(4)文献上に見られる報告例には、個体の相違がある。

(5)研究者によって障害および組織学的変化に対する判断の基準が必ずしも同一でない。

IV−2−3 放射性ヨウ素の最小限界(線)量

 I-131の甲状腺に対する最小限界(線)量を考える場合は当然内部被ばくであって、I-131の投与の場合の値をとるべきであるが、投与の場合の資料は前にも述べたごとくその数も少なく、信頼性もとぼしいと考えられる。また、外部被ばくの場合の方が投与の場合の線量よりかなり低いことをも考えあわせて安全の立場からここでは外部被ばくに対する最小の線量をもって、I-131の甲状腺に対する最小限界(線)量と考えたい。したがって、本部会はI-131の甲状腺障害に対する最小限界線量を150remと考える。

IV−3 放射性ストロンチウムの最小限界(線)量(付録VIII−10およびVIII−11参照)

 放射性ストロンチウムが生体内に入ると、いわゆる親骨性元素として骨などに沈着し、その線量が少なく、しかも長期間にわたると、晩発性の影響として骨腫瘍および白血病が発生してくることが知られている。文献上では、人体についてのこのような症例の報告はないが、動物実験においては、組織学的変化および骨腫瘍発生の報告例があるので、これらの報告をもとにして、人体における放射性ストロンチウムの最小限界(線)量を類推することとした。

IV−3−1 骨組織の組織学的変化ならびに骨腫瘍に対する最小限界(線)量

 放射性ストロンチウムの骨への沈着は、不均等分布であり、一定の高濃度の部位がある。

 また、放射性ストロンチウムといっても、Sr-89とSr-90とでは、半減期や放射線のエネルギーが異なるので、生体に及ぼす作用にも差異があると考えられるが、ハツカネズミ等の動物実験においては、その差異は定性的にも定量的にもほとんど認められない。これは観察期間が短かいためであって、人体で長期間にわたる場合には勿論差異を生ずる。

 放射性ストロンチウムは、親骨性元素であるから、Ra-226と比較し、人体における骨および骨髄組織の組織学的変化を与える放射性ストロンチウムの最小限界量を求めれば8mcとなる。また、放射性ストロンチウムを人体に投与して、骨腫瘍の発生したという報告はないが、X線外部被ばくおよびラジウムの内部被ばくによる骨腫瘍発生の症例がある。これに基づいて動物の実験結果を勘案し、かつ、人体と動物との観察期間および骨組織の構造の相違を考慮に入れて、計算しても人体における放射性ストロンチウムの最小限界(線)量は、ほぼ上の値と一致する。

IV−3−2 Sr-90による白血病の発生(付録VIII−12参照)

 放射線の全身被ばくによって白血病の発生が見られることは前にも述べたが、英国における強直性脊椎炎に対するX線腐射の結果、1750r以上の照射で、被ばく線量が増加する程白血病が多発するという報告がある。

 Sr-90は、ほとんど全身の骨に沈着するので、骨髄に対する被ばくも相当量に達し、白血病誘発の危険性が大きい。Sr-90による人体に対する白血病発生の報告はないが、動物実験の結果ハツカネズミでSr-89を0.1μc/gあて週2回8〜17回投与して4.4%に白血病の発生を見たという報告がある(渡辺等)。

 動物と人間とでは、いろいろな条件も異なり同一とは思われないが、いま、この投与量を体重70kgの標準人の場合に換算し、骨線量と白血病誘発の確率との直線的関係を仮定して、上記の場合に対応する白血病誘発の確率を推定すると約4%の程度となり、動物実験により得られた発生の割合4.4%と誤差の範囲内でよく一致することが認められる。

IV−4 放射性セシウムの最小限界(線)量(付録VIII−14、15、16参照)

 Cs-137の生体内分布は、カリウムとほぼ等しく、投与されたCs-137のほとんど100%が吸収され、軟部組織殊に筋に高濃度に沈着する。筋組織その他の軟部組織は、放射線感受性がきわめて低く、かつ、障害されにくく、また、これ等は全身に広く分布しているので、その影響は全身被ばくによる影響と見さなれる。したがって、最小限界線量は、全身被ばくと同様、25remと考えられる。

V 緊急被ばく線量の考え方

V−1 概説

 原子炉施設の事故に関連して、一般公衆およびその子孫を、IIIで述べたような放射線障害から守るために、被ばく線量の基準を設定する必要がある。この基準は、次のような条件を満足することが望ましい。すなわち

(1)公衆の一個人が当該線量の被ばくにより身体的障害を生じないこと
(2)被ばくした集団の遺伝的形質に変化が生じないこと

 しかし、かような意味の基準線量を科学的にきめるには、線量効果関係に関する明らかな知識がなければできない。一方、これに関する現在の知識は、すでに述べたように未だ十分とはいえない。したがって、原子炉施設の事故によって放射線に被ばくした個人の身体的障害および被ばく集団の遺伝的障害が生じないことを確実に保証できる限界の線量を設定することは不可能であろう。安全側の考えに立てば、いかに少量の被ばくであってもその線量に比例した低い確率で影響の発生する可能性があるといえよう。したがって、放射線障害だけの立場からいうと、緊急被ばく線量を少なくすればするほど安全であるということになる。しかし、想定された事故時の被ばくを少なくしようとすればするほど、原子炉施設の経済的負担が加速度的に増大することもきわめて明らかである。その度がすぎると原子力の研究開発および平和利用に大きな支障をきたし、かえって、国民の利益は失われることになる。したがって緊急被ばく線量とは、想定された事故時における大衆がうける放射線障害の起こる確率と国民の利益とを考えた上で、慎重にきめるべき基準である。

V−2 緊急被ばく線量をきめる手がかり

V−2−1 線量効果関係

 緊急被ばく線量をきめるには次にのべるような科学的知識を手がかりとすることができるであろう。まず線量効果関係は直線的であると仮定し、線量に対して障害の大きさを計算することである。この仮定は放射線の遺伝的影響などの場合には正しいとされているし、かなり数値的にもわかっているので、計算も可能である。また、白血病と寿命短縮についても、いろいろな説があるが、安全側に立つという意味で閾値のない直線的線量効果関係を仮定して計算した結果を手がかりとすることができる。

V−2−2 最小限界(線)量

 すでに述べた最小限界(線)量はわれわれの経験が進むにつれてその値は変動するものであろうが、現在の医学生物学的立場に立つ限り、この線量より低い線量ならば、実際に障害が生ずる頻度は、かなり小さくなることが期待できるであろう。したがって、この最小限界(線)量は、緊急被ばく線量をきめる有力な足場となるであろう。

V−2−3 職業人と一般人との相違

 職業人に対する緊急被ばく線量というものがきまっているならば、この値も参考とすることができよう。

 現在ICRPの勧告には、日常作業の場合の職業人の最大許容量とPlanned Emergency Doseが与えられているにすぎない。なお、職業人の事故による高度の被ばくの場合には、25rem以下の被ばくについての処置および25rem以上の被ばくを受けた場合の処置についてふれている。これらのうち、後者については、潜在的に重大な結果をはらむものとみなさなければならないので、適切な治療処置および以後の職業上の被ばくについての助言を求めるために専門医に委ねるように勧告している。

 現在の医学的知識の段階において専門医が診療を必要と認めるような身体的影響を与える線量を与えるとき、理論的には身体の諸臓器組織に障害を生ずるような放射線量に関しては、職業人でも一般人(ここでは正常成人)でも区別はないと思われる。しかし、次にのべる理由から職業人に対する緊急被ばく線量と全く同じものを、一般人に適用することは適当ではない。

(a)職業人の場合、特殊の組織的な健康管理が行なわれやすい。
(b)職業人のグループは正常成人だけであるが、一般人の中には病人や放射線感受性の高いと考えられる幼児、胎児(妊婦)などが含まれる。
(c)事故が起きた場合には、一般公衆の数の方が職業人よりもはるかに多い。
(d)原子炉施設関係の職場で働らいている職業人は、本人の自由意志、契約等の下で働いており、また職場における教育訓練等により被ばくの性質をある程度予測しうるものである。

V−2−4 遺伝的障害の国民線量

 緊急被ばく線量として遺伝的障害を考慮しなければならないのは、原子炉事故が大きな人口集団を包含する場合である。この場合には、被ばくの国民線量に対する寄与を考慮しなければならない。その寄与は、被ばく集団の全国民に対する割合およびその被ばく線量から求められる。わが国においては、医療および自然放射線による以外のあらゆる原因による被ばくを含めた国民線量としては、国際放射線防護委員会の勧告に従って5remという値をとるべきであることを当審議会は、さきに政府に勧告している。しかし、このうち被ばくの原因による割当は未だ決定していない。緊急被ばくの線量の国民線量への寄与を考えるならば、それは当然この国民線量の割当の中に考慮すべきもので、この間の検討を一日も早く開始することが必要である。したがって、個人が受ける線量だけからは、国民線量への寄与を云々することはできない。

VI MRC報告に対する意見

VI−1 問題となる放射性核種と被ばくの形態

 MRC報告は、原子炉施設の事故の場合に、一般公衆が摂取する食物の、一日当たりの最大許容摂取量(Maximum Permissible Daily intake)を勧告しているが、事故の際に問題となる核種としてI-131、Sr-89、Sr-90およびCs-137の4核種をとりあげ、それぞれの決定臓器として甲状腺(I-131)、骨または骨髄(Sr-89、Sr-90)および全身(Cs-137)としてとりあげたことは妥当と考える。しかし、事故時に起こると予想される重要な被ばくとしては上記の他に汚染空気の吸入による肺胞の被ばくおよび吸入空気から体内に吸収された放射性核種による被ばくならびに放射能雲および大地汚染による外部被ばくとがあるので、これらの被ばくについても考慮を払わなければならないであろう。しかし吸入によって、体内臓器組織にとり入れられる機構は、現在のところでは、経口摂取の場合よりさらに多くの未知の要素があることを強調しておきたい。粒子の大きさ、その化学的性質、特に可溶性か否かということなどが、体内摂取量に大きく影響するであろう。

VI−2 MRC報告の基礎となる線量

 上記4核種の最大許容摂取量をきめる基本になったものは、次表に示す緊急被ばく線量である。

第2表

VI−3 英国とわが国の食習慣の相違

 原子炉施設の事故の際のSr-89およびSr-90の骨または骨髄に対する作用については、MRC報告は、Sr-90をSr-89よりも重くみているが、事故直後ではSr-89はSr-90に比較して放出量が多いので、必ずしもそうでない場合がある。しかし、一般的にいえば、Sr-90はSr-89よりはるかに重要である。したがってI-131とSr-90のいずれかの食物中の濃度が食物の適否を決定することになる。これを英国の食物習慣の立場からいうと、ミルクがCs-137とともに、これらの2つの核種の最も重要な供給源となるので特に体重の割に沢山の牛乳をのむ幼児が最も危険である。この点は、日本の場合も同じであるが、幼児の哺育の仕方は、必ずしも同一でないし、また、一般には日本の食生活は欧米のそれと甚だしく異なっているので飲料水、葉菜類、事故発生後に収獲された米穀類等が、ミルクと相並んで重視されるべきものと考える。

 なお、放射性ヨウ素の最大許容摂取量をきめる場合には、わが国では、海産物を比較的多くとっているという事実を考慮しなければならない。

VI−4 線量評価の単位

 VI−2の第2表に示した重要な4核種の最大許容摂取量をきめるためにMRC報告が基礎とした緊急被ばく線量は、Sr-90については、年間線量率をとり、その他の場合には、集積線量を基としている。

 これについて、次の理由をあげている。すなわち、体内に沈着したSr-90は、長年月にわたり骨中にとどまるので、放射線の線量率を基として許容量を論じたが、他の放射性核種については、わずか数ヵ月間組織中で放射線を放出するのみであるから、その間における集積線量を基礎とした。また一方、低線量で発生する晩発性障害に関する潜伏期が不明であるので、Sr-90に対する評価は、線量率で行なう方が集積線量で行なうより、現在の段階では、より合理的と考えられる。これに反し障害、潜伏期に対して短かいような核種による放射線障害の評価は、積分線量による方がよいと考える。

VI−5 I-131

 I-131の甲状腺障害に対する最小限界(線)量は、成人と小児を含む公衆に対して150remである。

 しかしこれは、症例数も少なく、その上追跡した期間も十分長くないので、この数値に絶対の信頼をおくことができない。この理由から、われわれは甲状腺に対して緊急被ばく線量を考える場合は安全側に立って考える必要がある。

 したがって、I-131の最大許容摂取量をきめるためにMRC報告が甲状腺に対して25remを、緊急被ばく線量としていることは、障害の立場から考えると安全側にあるものと考える。

VI−6 放射性ストロンチウム

 放射性ストロンチウムの最小限界量は、組織学的変化および骨腫瘍発生に対していずれも8μcである。

 MRC報告の勧告値は、この値よりも、はるかに低い値であるから、われわれがきめた骨腫瘍および組織学的変化の最小限界量の立場からいえば、十分安全側にあるといえる。しかし白血病の誘発については直線、かつ、安全側に立って、これらの障害に対して直線的な効果関係を、仮定すべきであると考えるのでLewisおよび国連科学委員会による白血病誘発の確率を基礎に、平均余命35年の集団に対する1年当たりの平均の白血病誘発の確率を推定した。すなわち、MRC報告においてはSr-90の年間線量1.5rem/yrに対する推定値は、2.6〜3.4×10-5/yrとなり、またSr-89の集積線量15remに対する白血病誘発の推定値は、2.2〜3.0×10-5/yrの程度となる。一方、自然に発生する白血病誘発の割合は、1952年から1957年にわたる5ヵ年間の25ヵ国の統計によると1年当たり人口10万につき4.62であり、その誤差の確率1%に相当する変動限界は、士3.46と推定きれる。したがって、Sr-89およびSr-90のいずれの場合も自然に発生する白血病の誘発の割合の誤差の確率1%に対応する変動範囲内に含まれる。この推定は安全側に立って、閾値がないと仮定しているので、MRC報告に採用されている許容線量による危険性の確率はきわめて低いと思われる。(付録VIII−12参照)

VI−7 Cs-137

 Cs-137の場合は、骨線量以外に全身被ばくの影響を考慮しなければならない。このためMRC報告は、全身に対する平均集積線量が10remを越えないよう勧告しているが、本部分の全身被ばくの最小限界線量は25remである。

 この数値は、比較的信頼のおけるデータから導かれたものであるから、MRCの勧告値の10remは十分安全側にあるといえる。この全身被ばく線量に対応するCs-137の量は、年令により体重が異なるので年令により異なるが、ICRP法により推定すると骨線量は全身に対する平均線量の約1/3となる。これにより白血病の誘発される確率はSr-90の1.5rem/yrまたはSr-89の15remの約1/5程度となる。

 なお、MRC報告の中では、全身被ばくによる寿命の短縮についてはふれていないが、本報告においては、晩発性の影響として重視すべき問題としてVI−1−3−3でとりあげた。しかし、人間について線量と寿命短絡との関係を定性的にも定量的にも明かにした研究はないので今後の研究をまたなければならない。

 実際に個々の人の寿命は予測できないものであり、そのひろがりも大きいので、たとえ、放射線科医師に影響があっても、それを証明することは、白血病の発生などより、さらに難しいであろう。

 そこで仮にBruesの動物実験結果から全身被ばくによる寿命の短縮効果を仮定して、その影響を推定してみると平均寿命に対して0.17〜0.35%の程度となる。

 これは平均寿命の誤差の変動範囲を表わす標準偏差8.5〜10%と較ベると、たとえそのような影響があるとしても、その程度はきわめて小さいものと思われる。(付録VIII−7参照)

VI−8 混合被ばく

 I-131は甲状腺に選択的に集積して、放射性ストロンチウムは主として骨に集積するので、この2核種が同時に同じ組織に対して障害をひきおこす程度に、被ばくすることはない。したがって、I-131および放射性ストロンチウムの混合被ばくによって緊急被ばく線量を変える必要はない。ただし、Sr-89およびSr-90についてはいずれも骨および骨髄被ばくが問題となるので、それらの割合に応じて個々の被ばく線量を減少すべきであるというMRC報告の考え方は、ICRP勧告(1958年)の考え方に合致するので妥当と考える。また、Cs-137については全身被ばくが問題となるので、Cs-137のかなりの程度の汚染がある場合には、I-131と放射性ストロンチウムの許容摂取量をへらすことをMRCは勧告しているがその計算方法は明らかでない。本部会は、この場合もICRP勧告(1958年)と同じような考え方に従って行なうべきものと考える。

VI−9 国民線量

 原子炉事故のために被ばくする人口の大きさが大きくなると、国民の遺伝的立場から被ばく線量を規制しなければならない。

 MRC報告は、被ばく対象人口を、全人口の1/50よりも小さい人口で、かつ、住民の一生のうちで、二度被ばくすることがない場合に限定して緊急被ばく線量を考察しているが、1/50の人口がすべて10remずつ生殖腺に被ばくするということは、まず起こりそうもない。全人口が結婚の範囲内にあるとすれば、そのときの国民線量への寄与は0.2remである。

VII 総  括

 本報告の目的は1959年11月のICRPステートメントに対して意見を述べることであり、ひいてはMRC報告の批判を行なうことにある。そこで本部会は、この目的に沿うために本部会が設置されるに至った経緯を概説し、本報告が提出されるまでの審議状況を説明した。次に原子炉施設の事故が起こった場合に、公衆はどのような放射線被ばくを受けるかを概説し、学問的に考察を加えた。さらに身体的障害ならびに遺伝的障害の一般的特徴に言及し、ついで問題となる放射線被ばくおよび放射性核種の最小限界(線)量を広く医学生物学的に文献助考察を加えたのち求めた。

 以上の考察を基礎として、緊急被ばく線量の概念を総合的に検討し、現在のわれわれの知識で求められる範囲の緊急被ばく線量の手がかりを選び出して論及した。このような予備的考察を経て、われわれは、本報告の本来の目的であるMRC報告の批判を行なったが、その結果を総括すれば次のごとくである。

VII−1 原子炉施設の事故時に放出される放射性物質で、特に考慮しなければならない放射性核種としてI-131、Sr-89、Sr-90およびCs-137の4つをあげ、それぞれに関連して、決定臓器をとりあげたことは妥当と考える。なお、事故時に起こる可能性のある被ばくの形態にも言及した。

VII−2 MRC報告が出された英国とわが国の食習慣が著しく異なっているので、わが国としては飲料水葉菜類、事故発生後に収獲された米穀類等が、ミルクと相並んで重視されることおよび放射性ヨウ素の最大許容摂取量をきめる場合にはわが国としては、海産物を多く摂取していることを考慮に入れる必要があることを強調した。

VII−3 Sr-90については、年間線量率をとり、その他の3核種については積分線量を、線量の評価の単位としたMRC報告の考え方は合理的であると考えた。

VII−4 MRC報告は、成人と小児を含む公衆に対してI-131の最大許容摂取量を決めたるために甲状腺に対して25remを基礎としたことは、安全側にあるものと考えた。

VII−5 親骨性元素としての放射性ストロンチウムについては、白血病が一番問題となるが、MRC報告に採用されている許容線量による白血病発生の確率は、安全側に立った計算によってもきわめて低いものであった。

VII−6 Cs-137に対するMRCの勧告値は、われわれの求めた最小限界(線)量よりも下回る値であるので安全側にあるものと考えた。

 一方、全身被ばくによる人間の寿命の短縮については現在信頼のおける資料がないが動物実験による結果から推定すると、その程度はきわめて小さいものと考えた。

VII−7 MRC報告のI-131と放射性ストロンチウムとの混合被ばくについての考え方は、ICRP勧告(1958年)の考え方を採っているので、妥当であると考えるが、さらに以上の種類の他にCs-137との混合の場合にも、ICRPと同じ考え方をとるべきであると考えた。(付録省略)