原子力開発利用長期基本計画基礎となる考え方

(昭和35年7月27日内定)

 I 長期基本計画改訂の目的

 さきに昭和31年9月、原子力開発利用長期基本計画を内定したときから4年の間に、原子力をめぐる世界および国内の情勢には大きな変化があった。その第1は、海外における核原料面での見通しが好転したこと。第2は、電力需要が予測以上に増大するとともにエネルギー供給構造に大きな変化がおこり、石油が急激に伸びてきたこと。第3に、在来火力発電コストの著しい低下が予想されるに至ったこと。そして第4には、この期間中に原子力関係の技術が進展するに伴い、多くの新しい問題を解明するために必要な研究開発の量の大きさについても、広く認識されるに至ったことなどが挙げられるだろう。

 このような情勢の変化がある一方、原子力平和利用に関するわが国の科学的技術的知識もこの間に著しくたかまり、当時はほとんど明らかでなかった問題も、その後次第に数値的にはっきりしつつあり、今後の見通しについても、それだけ正確度をましたと言える状態になってきている。

 したがって、今回の長期本計画においては、上述のごとき事情を十分勘案の上、原子力発電、原子力船、核燃料および材料の開発、放射線の利用、核融合ならびにこれらすべての基盤となる研究開発のすすめ方、原子炉の安全性対策、対射線障害防止などを総合的に改めて検討するとともに、開発利用の時期および段階についても再検討を加え、さらに国際的観点に立って、わが国原子力平和利用の健全な発展に最も効果的に寄与するための長期計画をたてるものとする。

II 計画の範囲および期間

 原子力開発利用のための長期基本計画をたてるにあたっては、原子力発電および原子力船のごとき動力としての利用、アイソトープ利用および放射線化学のごとき放射線としての利用、核燃料および材料の開発利用、ならびにこれら3部門を開発するための基盤となるべき研究開発のすすめ方の四つの柱をもって計画の基本線とし、さらにIにおいて述べた諸点を十分考慮に入れ、これらを総合的見地に立って調整し策定する必要がある。

 本計画は、一応1980年までの20年間を対象とするが、特に前半10年間における原子力開発利用のすすめ方に重点を指向し、この期間についてはできるだけ具体的な計画をたて、後半の10年間については、前半の期間における開発計画が具体化するにしたがって進展すると予想される将来の姿を展望するものとする。

III 計画策定の方針

(1)原子力発電について
 原子力発電については、海外における最近の動向および在来火力発電コストの低下の見通しからみて、原子力発電が重油専焼新鋭火力発電とコストの上で真に競争可能となるのは、1970年ごろと予想されるので、このような事情を勘案し、本計画期間のうち、1970年ごろまでの前期約10年を開発段階と考え、後期約10年において本格的に商業ベースにのるものと考える。しかしながら、将来においては原子力発電の技術が在来型発電の技術に比して、はるかに大きな発展の可能性をもっていること、エネルギーの輸入依存度の高いわが国としては石油などの単一な資源に頼るより供給源の多様化をはかることが必要であること、エネルギーの輸入に際して外貨の節約という面を考慮する必要があること、さらに、原子力発電の拡大を契機として新たな産業が発展する可能性があることなどを考え、前期の約10年間において原子力発電の開発を強力に推進する方針をとる。

(イ)前期段階においては、主として原子力技術の育成発展、技術者養訓成練に資するため、発電用原子炉数基程度を建設する必要がある。この期間の努力が、後期10年あるいはそれ以後の発展を左右するものであることを考え、その推進にあたっては、政府が適切な施策を講ずるとともに、民間の製造者側、使用者側すべての協力が必要である。

(ロ)発電用原子炉型としては、天然ウラン型および濃縮ウラン型につき、経済性および安全性の考慮のもとに、それぞれの特長を生かしつつ、適当に組み合わせて開発するのがよいと考えるが、さしあたっては、黒鉛減速ガス冷却型に引き続き、軽水冷却型について適当な時期に海外技術を導入し、なるべく早くこれらの国産化をはかるものとし、さらに有機材冷却型についても、海外における開発進展とにらみ合わせ開発段階の後半において、必要に応じ技術導入を考慮する。

 なお、上記炉型の技術導入に際しては、原子力発電の将来の発電規模との関連において必要な限度の技術提携を認めることとする。

(ハ)前期段階における原子力発電の規模については、上述の理由により必ずしも固定した目標を設定することは適当ではないが、おおよその見通しとしては、1970年において合計100万kW前後と考える。また1970年以降の発電規模については、主としてエネルギーおよび電力需要の見通し、発電施設の利用率、国内原子力技術の発展速度(特にプルトニウムの開発利用)等と関連して検討されねばならないが、一応の推定としては新規火力発電設備建設容量に対し後期10年のうち前半5年間には15%〜20%、後半5年間には20%〜25%程度開発されるものと考える。(経済企画庁の日本経済の長期展望によって推算すれば1980年における原子力発電合計500万〜800万kW)

(ニ)増殖炉については、先進国においてもまだ研究中の段階であるが、将来、核燃料の有効利用をはかるためにも、また熱中性子炉との効果的な組合せによる原子力発電の総合的な効率を高める上にも増殖炉の開発はきわめて重要な課題であり、しかも将来開発がすすめば、他の炉型と経済的に十分競争できると予測されるのみならず、さらに発電コストを低下せしめる可能性もあると考えられるので、上記型式とは別個に適当な熱中性子増殖炉および高速中性子増殖炉につき、1970年代半ばに実用化の段階に入ることを目標として研究開発をすすめる。この場合、なるべくわが国の技術による研究開発を推進するが、同時に海外の技術情報をも積極的に取り入れ、さらには海外機関との共同研究を具体化する等の方法により、効果的に進展せしめるよう努力する。

(ホ)原子力発電が、正常な姿において計画に組み入れられるためには、原子炉安全性の確保が何よりも大切であるので、各方面における安全性に関する研究をひろく推進するとともに、原子炉安全審査体制を確立し、災害補償体制の整備とあいまって、この面における期待に十分応えられるよう措置する。

(2)原子力船について
 原子力船については、将来実用段階に入り、各国商船の原子力化が行なわれるようになれば、わが国の海運、造船業は特に直接、国際競争にさらされるという特殊性があるので、計画期間の前半の準備段階においても原子力船の研究開発を積極的にすすめる必要がある。

(イ)原子力船が経済的に引き合うようになるのは、原子炉開発の見通しと関連し、1970年代とみられる。したがって、将来の国際競争に備え、原子力船建造および運航の経験を得るため、適当規模の原子力船1隻を建造する方針を樹立する。その完成は1970年を目標として、それまでに舶用炉をふくめ原子力船国産化の体制を確立するとともに、各分野の研究開発を促進してその成果を上記の原子力船建造に結集するように努力する。

(ロ)原子力船推進用炉型としては、諸外国における経験およびわが国原子力発電用動力炉開発の成果からみて最も適切な炉型を選ぶ必要があるが、現状においては、軽水冷却型が第1船推進用として適当しているものと考えられる。しかしながら、原子力船が実用期に入るころには、上記炉型のほか、有機材冷却型等も有力な可能性をもつものとみられる。

(ハ)原子力船は陸上原子力施設とは異なる事情があるので、原子力船の安全基準、管理体制、造船および港湾施設、災害補償体制等について必要な国内的措置を講じなければならない。これらの措置は、原子力船の建造に看手する前にはっきりした見通しを得ることが必要であり、かつ、海外においても原子力商船が近々に運航される情勢にあるので、わが国としては早急に上記の体制を確立するものとする。

(ニ)さらに原子力船が実用期に入り、これが商業的に運航されるためには、国際的な管理方式、災害補償体制等が完備されている必要があるので、わが国の商業的原子力船の建造に着手すると考えられる1960年代末までには、これらの体制が確立できるように努力する。

(3)核燃料について
核燃料の開発は、一方において原子力発電および原子力船等の開発に応じてすすめる必要があるとともに、他方わが国の核燃料開発の推進という点から原子炉の型式および開発規模を検討してみる必要がある。この意味において核燃料については、探鉱、採鉱、精錬、加工、再処理にわたり、全体を通じて関連させた方針のもとに開発をすすめる。

(イ)核燃料の供給については、当分の間海外のウラン資源に依存することになろうが、国内資源の探鉱については、さらに積極的にこれをすすめ新たなウラン資源の発見に努力する。

(ロ)採鉱および粗精錬については、上記の探鉱成果および海外ウラン市場の動向とも関連するが、国産資源の活用、技術の育成等の観点から、適当規模においてすすめるものとする。

(ハ)海外から輸入する天然ウランは、できるだけ精鉱の段階で輸入し、精製錬および加工は国内で行なう方向へ推進する。この場合の生産規模については需要と見合わせて定めるが、さしあたっては年産100トンないし200トン程度の規模による開発をすすめるものとする。

(ニ)濃縮ウラン燃料については、さしあたり海外から燃料要素の形で輸入することとなろうが、漸次加工を国内で行ないうるよう努力する。

(ホ)将来、天然ウラン燃料と濃縮ウラン燃料のいずれの開発に重点をおくかは、主として開発される原子炉型式に関係するが、特に濃縮ウランについては、将来その需要が著しく伸びた場合、経済的な供給源を確保しなければならないという問題もあるので、プルトニウムの濃縮ウラン燃料への代替の可能性をなるべく早く見究め、その検討に基づいて、方針を定めるものとする。

(ヘ)ウラン濃縮については、さしあたって遠心分離法を中心に研究をすすめるものとする。濃縮ウランの国内生産を実規模にまで発展させるかどうかは、プルトニウム燃料利用の可能性の解明、さらに濃縮ウラン燃料の将来の需要および海外からの輸入可能性の見通し等との関連において定める。

(ト)燃料の再処理は、プルトニウム燃料の研究開発の進展と見合った時期に実施するものとし、そのため日本原子力研究所および原子燃料公社が共同して研究をすすめる。上記の研究と見合って適当な時期に原子燃料公社に再処理パイロット工場を建設することを考える。

(チ)トリウムに関しては、日本原子力研究所を中心とする熱中性子増殖炉の研究開発の進展と関連しつつその開発をすすめる。

(4)放射線の利用について
(イ)アイソトープの医学・生物学、農業および工業への利用については、引き続き大学および民間、公立、国立の試験研究機関における研究の発展に期待するとともに、特に産業への利用については、さらにいっそう進展をはかるよう措置する。

(ロ)アイソトープの生産については、海外価格の低下傾向と見合わせ、経済性を考慮しつつ国産化をすすめることとし、さしあたっては短寿命核種および特殊なアイソトープの国産に重点を置く。

(ハ)放射線化学は、将来急速に発展することが予想されるので、主として民間の自主的開発に期待するが、新しい分野であるので必要と認めるものについては助成策を講じ民間の研究開発を促進する。

(ニ)さらに多額な資金を要する大規模線源施設を備え、これを利用する研究を強力に推進するために、なるべく早い時期に放射線化学センターを日本原子力研究所に設ける必要があると考える。

 放射線化学センターには、大量線源のコバルト60照射装置のほか、使用済み燃料による方法、特殊な加速器を利用する方法を合わせて取り入れることとし、さらに将来、新しい方法、たとえば原子炉を利用する方法の研究がすすめば、化学用原子炉の設置をも考慮する。

(5)研究開発のすすめ方
(イ)全般的方針
 研究開発の推進にあたっては、まず国内の研究開発について関係各機関の連絡をより緊密にして効率的な発展が行なわれるよう努力する必要がある。

 さらに将来にわたり、原子力の研究開発を有効に進展させるためには国際間の協力がますます必要と考えられるので、既存の双務協定および国際原子力機関を通ずる政府間協力をいっそう推進するほか、必要な場合には他の諸国との間の双務協定の拡大を考慮し、さらに欧州原子力機関あるいはユーラトムのごとき地域機関と新たに協力関係を結び、原子力技術開発のための情報交換を強化し、すすんではこれらとの間の共同研究の推進を考える。

(ロ)将来の発展のためにわが国としては、原子力の平和利用の各分野にわたって研究開発をすすめる必要があるが、特に重点的に推進すべき課題としては、次のごときものが挙げられる。

(i)わが国の原子力開発利用が最も有効に発展するために不可欠な基礎的研究については、引き続き大学、日本原子力研究所、その他関係機関において積極的に推進するとともに、相互の連絡をよりいっそう強化する必要がある。

(ii)将来、使用済み燃料から得られるプルトニウムが原子炉燃料として有効に利用できるか否かは、本計画の重要課題であるので、プルトニウムの基礎的研究および取扱訓練に引き続き、早急に冶金学的研究を行ない、燃料としての実効性を1960年代末までに見究めるよう努力する。
 なおプルトニウムの取扱いおよび再処理技術を習得するため海外機関との提携連絡を促進する。

(iii)原子炉の研究開発については、黒鉛減速ガス冷却型、軽水冷却型および有機材冷却型については、海外技術を導入しその国産化をはかるため必要な研究開発を主として民間において行なうものとするが、なお今後の開発動向によっては、これら炉型とは別に重水減速型が発展する可能性も考えられるので、その場合にそなえ必要な研究を民間、その他関係機関においてすすめておく必要があろう。他方、半均質炉については、日本原子力研究所において原型炉の段階まで開発を推進することとし、さらにその他の熱中性子増殖炉および将来有望とみられる高速中性子増殖炉についても、日本原子力研究所を中心に積極的に研究開発をすすめる。

(iv)核融合については、プラズマ研究所をはじめ、大学等における研究成果に期待するとともに、関連技術は民間における開発を助成することとし、なおさしあたっては日本原子力研究所においてプラズマによる直接発電方式(M.H.D.)に関する研究を推進するが、将来は、プラズマ研究所等の研究と関連せしめつつ、核融合の実験および研究開発を、日本原子力研究所においてすすめるものとする。

(v)わが国産業の発展において、従来から材料面の開発の遅れが大きな障害となっている事情にかんがみ、原子炉材料の研究開発については、特に初期段階から力を入れる必要がある。したがって、原子力に必要な金属および合金について大学、金属材料技術研究所および日本原子力研究所を中心に基礎的研究をすすめるとともに、さらにその他の炉材料についても、大学、国立試験研究機関、日本原子力研究所ならびに民間における研究開発を促進する。

(vi)放射線化学については、研究開発の新しい分野であり、化学プロセスの面において今後飛躍的な改良が期待されるのみならず、将来は新しい化学物質の合成等も開発されうる見通しにあるので、別に述べるごとき大量線源の開発のほか、国立試験研究機関、日本原子力研究所、民間共同開発施設および民間個々の研究開発を積極的にすすめる必要がある。

(vii)原子力平和利用の健全な発展を期するためには、原子炉安全性の解明および放射線障害防止の研究に今後いっそう力を入れる必要があり、さらにすすんでは放射線の生物学・医学への応用を発展させることがたいせつであるので、これらの分野の研究開発を日本原子力研究所、放射線医学総合研究所、その他関係機関において積極的に推進する。

(viii)以上のごとき研究開発を推進するためには、すでに、日本原子力研究所その他に建設または計画中の研究用原子炉の活用をはかるほか、特に材料試験のための原子炉および遮蔽研究のための原子炉各1基を、新たに日本原子力研究所に設置することを考える。

(ハ)研究開発をすすめるにあたって各機関の果たす役割は次のとおりである。

(i) 日本原子力研究所
 原子力開発利用における日本原子力研究所の役割は、日本原子力研究所法に定めるとおりであるが、特に重要と考えられるのは第1に原子力に関する基礎的研究、第2に重要な応用研究ことに民間では行ないえない応用研究、第3に原子炉の安全性に関する研究実験、第4に民間の研究開発促進へのサービス、第5に原子力に関する科学技術者の養成訓練である。このうち第1については、大学における研究との連絡をさらに緊密にするものとし、第2については、たとえば半均質炉のごときプロジェクトのほか、プルトニウム燃料の開発等を行なうものとし、第4については、たとえば放射線化学センター、材料試験炉、遮蔽研究用原子炉等が設置された場合、その研究運営にあたっては、それぞれの施設の性格に応じて民間が使いやすい形のものとすることを考える。

(ii)国立試験研究機関および原子燃料公社
 国立試験研究機関は放射線医学総合研究所もふくめて、その地域性および担当部門の特徴を生かして、それぞれ独自の分野における研究開発をすすめる。特に放射線医学総合研究所における研究開発および放射線障害防止のために必要な人員の養成訓練は、わが国の原子力平和利用を正常かつ健全に発展させるうえに重要な意義をもつものであるから、その研究成果がつねに実際の原子力開発利用面に反映するよう措置する必要がある。
 また原子燃料公社は、事業を行なうために設立されたものであるが、前にも述べたとおり前期段階における原子燃料公社の役割には燃料要素検査技術の開発研究、再処理技術の研究、プルトニウム燃料の研究等について、日本原子力研究所において行なわれる基礎的研究に続く生産ないし実用化に直結した研究および工業化試験を受け持たせる必要がある。

(iii)民間における研究開発
 原子力関連技術については、民間企業の自主的創造力による発展に期待するが、同時に長期計画との関連においてみるとき、特に開発段階における国の育成が必要と考えられるものがあるので、これらに対しては、引き続き委託費、補助金等により民間の研究開発の促進をはかる。

(6)養成訓練について
 原子力開発利用が効果的に推進されるためには、研究開発利用に従事する科学技術者の養成訓練がきわめてたいせつであるので、大学における教育計画の進展に期待するとともに、日本原子力研究所、放射線医学総合研究所等における養成訓練施設の拡充をはかるはか、引き続き海外への留学生派遣をすすめる。

 なお、必要な科学技術者数の見通しについては、原子力の開発利用計画との関連においてたてられねばならないが、この場合、原子力の研究開発に直接つながる部門のみならず、特にその基盤となるべき関連部門の科学技術者養成の重要性を十分考慮に入れる必要がある。

(7)そ の 他
 長期計画においては、さらに放射線障害防止、廃棄物処理、関連法規の整備、核燃料管理および検査方式の確立等についての政策を策定する必要があるが、これらについては、前記の基本的な柱の検討をすすめるに伴って計画をたてるものとする。