放射能調査研究成果発表会

10月28日放医研にて


 原子力委員会を中心とし、関係各省機関の協力により行なわれている放射能調査の結果については、本年4月原子力委員会から"放射能調査の展望"として取りまとめ発刊されたが、同書は主として昭和32年度末までに得られた結果によったものであり、国民一般を対象としてまとめられたものであるので、 33年度以降の結果およびその解釈あるいは測定分析法等の詳細については、別途発表の必要があると考えられた。このため本年3月の放射能調査委員会において、放射能調査研究の成果発表会を行なうことが要望され、科学技術庁原子力局においてその準備が行なわれた。

 発表会は10月28日午前9時30分から午後5時30分まで、科学技術庁放射線医学総合研究所において行なわれた。発表会次第、発表論文テーマおよび担当機関等は次のとおりである。ただし【 】印は、時間の都合上発表のみで、口答発表を行なわなかったものである。

発表会次第

イ、開会の辞

  原子力委員会放射能調査専門部会長

都 築 正 男

ロ、発表論文

(論文番号)   (題      名) (担当機関)

1 ジェット機による高層放射能観測

防衛庁技術研究本部

2 飛行機による上層放射能観測

気象庁気象研究所

3 気球による上層放射能観測

気象庁気象研究所・観測部

4 大気中の放射性粉塵測定に関する研究

厚生省国立公衆衛生院

5 空気中の放射能塵に関する研究

厚生省国立衛生試験所

6 雨水と浮遊塵中の放射能の推移

気象庁観測部

  (以上座長 理化学研究所 山 崎 文 男)

7 fall-out中の90Srの分析法

放射線医学総合研究所
厚生省国立予防衛生研究所

8 雨水およびfall-out中の90Srと137Csの定量の研究

厚生省国立予防衛生研究所
放射線医学総合研究所

9 90srの降下量について

気象庁気象研究所

10 fall-outの測定について

放射線医学総合研究所

11 放射性降下物と気団・気圧配置との関係

気象庁観測部

12 90sr降下量と気象との関係

気象庁観測部

13 核実験停止後の放射性降下物の時間変化

気象庁観測部

  (以上座長  気象庁 川 畑 幸 夫)

14 飲料用天水の放射能汚染調査

厚生省国立衛生試験所

15 飲料用水中の137Csの分析法

厚生省国立衛生試験所

16 土壌および農作物などの全放射能調査報告

農林省農業技術研究所

17 土壌および農作物中における放射性ストロンチウムの集積

農林省農業技術研究所

【18】茶に含まれるγ放射能について

海上保安庁水路部

 (以上座長  東京大学 檜 山 義 夫)

19 汚染食品のイオン交換分離法に関する研究

厚生省国立公衆衛生院

20 茨城県の放射能調査

茨城県衛生研究所

【21】北海道における上水道の放射能調査の現況について

北海道衛生研究所

【22】上水道炉過膜の放射性降下物について

宮城県衛生研究所

【23】最近のfall-outによる汚染調査について

埼玉県衛生研究所

【24】束京都における放射能調査

東京都衛生研究所

【25】名古屋市における放射能汚染
 特に雨水・上水・食品・空気について

名古屋市衛生研究所
名古屋市水道局

【26】福井県の放射能調査について

福井県衛生研究所

【27】京都府における放射能調査

京都府衛生研究所

【28】大阪市内市販食品の放射能汚染調査および分析法について

大阪市衛生研究所

【29】放射能汚染調査成績

兵庫県衛生研究所

【30】岡山県下の放射能調査結果について

岡山県衛生研究所

【31】鳥取市に降った雨の量について

鳥取県衛生研究所

【32】松江市における5年間の雨水中の放射能について

島根県衛生研究所

【33】陸水および食品の放射能調査について

福岡県衛生研究所

34 家畜骨中の放射性ストロンチウムについて

農林省家畜衛生試験場

35 人骨中のSrの測定について

放射線医学総合研究所

 (以上座長  立教大学 村 地 孝 一)

【36】液浸型シンチレーションカウンターによる海水中のγ線放射能測定

海上保安庁水路部

37 γ線スペクトロメーターによる海底土中の放射能測定

海上保安庁水路部

38 日本近海表層海水の放射能調査

気象庁海洋気象部

39 海永中の放射性物質の化学分析

海上保安庁水路部

40 海水中の90Srについて

気象庁気象研究所

     以上座長  東京大学 斎 藤 信 房

41 海洋生物、海底沈殿物の全放射能

農林省東海区水産研究所

42 海洋生物中の90srの分析

農林省東海区水産研究所

43 魚類放射能汚染の調査

厚生省国立衛生試験所

44 マグロ類の放射能調査

厚生省国立予防衛生研究所

45 ニジマスにおけるSr、 Ca差別率の研究

放射線医学総合研究所

【46】日本原子力研究所敷地内およびその周辺の放射能調査

日本原子力研究所

【47】核爆発による微気圧振動の解析

気象庁観測部

 (以上座長 立教大学 田 島 英 三)

ハ、閉会の辞

   放射線医学総合研究所長 塚 本 憲 甫

論文の概要

 論文1〜3においては、調査数はまだ十分でないので、高層における放射能塵の時期的、季節的変化あるいは落下機構等を推定するまでには至らないが、大気中の放射能が高度の上昇とともに増加する傾向のあることが報告された。

 論文8、 9では雨水および落下塵中の90Srについて報告され、裏日本側に降下量の多いこと、また1959年になって落下量が著しく増加していることが報告された。

 論文10、11ではfall-outと気団、気圧配置との関係につき調査した結果、核爆発後2ヵ月までぐらいの間には、北極圏の爆発によるものは、北からの気団により、中部太平洋のものは南からの気団により日本に運ばれ、他の気団にはあまり拡散して行かぬことが推論された。

 論文12では90Srの落下量と降水量、降水の頻度、季節との関係が論ぜられ、90Srの落下量は、降水量補正を加えて整理すると、36°Nに極大を持つ緯度変化を示し、また季節的には春に極大、秋に極小を示すことが明らかとなった。

 論文13により核爆発実験が停止されてからのちの経過から、対流圏中のfall-outは実験後2ヵ月で落下し終り、そののちは成層圏からのfall-outに原因するものと推定されることが報告された。

 論文14では、昭和33年1月以降、わが国7ヵ所で採取した天水161検体について放射能測定を行なった結果が報告され、このうち比較的汚染度の著しかった検体数例につき、 90Sr含有量を分析した結果では、いずれも最大許容量以下であることが報告された。

 論文16では土壌および農作物の放射能の時間的推移は、降雨中の放射能の推移と密接な関連のあること、1957年から1958年と年を追って放射能が増加していることが報告された。

 論文17において土壌中の90Srの集積が裏日本に多いこと、玄米についても裏日本、東北産のものが西南日本のものより高い放射能を示すことが報告された。

 論文18においては日本の緑茶に含まれる137Csが他国のものに比して多いという測定結果が示されている。

 論文20〜33は諸都道府県所管の衛生研究所において行なわれている放射能調査の結果である。それによれば、各地域とも放射能汚染が年々増加しており、ことに天水の放射能汚染、雨水による農作物の表面汚染の著しい傾向がうかがわれる。また上水道ろ過膜をかきとり、その放射能汚染度が測定されたが、その値はろ過膜の使用日数(40日〜50日)とだいたい比例的な関係を示し、この程度の日数でも明らかにfall-outの蓄積を示すことも報告されている。

 論文34、35では家畜および人骨中の放射性Srの分析結果が報告され、家畜では一般に草食性のものほど多く集積し、人に比較して多いことが報告された。人骨については、肋骨についての若干の分析結果から、20〜30才の若年令層に集積の増加が認められ、今後この年令層の蓄積状況を観察することの必要性が報告された。

 論文37は海底土を調査した一例として、カリフォルニアのスクリップス海洋研究所での試料につき測定したもので、陸岸近いところではすでに人工放射能で汚染されていることを報告した。

 論文38、39は日本近海および北赤道海流域の表層水について核種分析を行なった結果で、 1957年から58年3月まではわずかな人工放射能による汚染を認める程度であったが1958年5月以後次第に放射能は増加し、1959年5月には1958年よりかなり多くなっていること、北方海域から南方海域に大きな放射能汚染の認められることが報告された。

 論文41は海洋生物、海底沈殿物についての調査結果で、その値は陸上の生物等に比較すればまだ弱いが、漸次増加しつつあることがうかがわれ、中でもプランクトンが高い放射能を示すこと、黒潮主流域では1957年より1958年秋のものがわずか低くなっているのに、陸水の影響を受けると思われる内湾域では高くなっていること、海底沈殿物について相模湾中央部に異常に高いものが検出されたことが報告された。

 論文42は海洋生物中の90Sr分析結果でそのレベルは陸上のものに比しかなり低いが上昇の傾向を示すこと,また32年東京湾産のモミジガイに90Srが確認されていないのに33年にはストロンチウム単位として0.11の90Srが確認されたこと等が報告された。

 論文43、 44は太平洋海域での原水爆実験による魚類の放射能汚染を調査するため、市場に入荷したマグロ、キハダ、メバチについて放射能測定、分析を行なったもので、論文43では1958年7月漁獲されたもののうち特に高い放射能を示す検体について核種分析を行ない、 65Zn, 59Fe, 55Fe, 113Cd を検出したこと、論文44では汚染魚の出現海域の推定を行ない、エニウェトック環礁の付近を西に流れる北赤道海流域に多いことを認め、また各器管別の測定を行ない、昭和29、 31年と同じ結果を得たこと等が報告された。

 論文45においてはfall-outによる環境汚染から種々の食物連鎖を経て人体に放射性核種が蓄積される量は、生物のSr、 Caの生理的差別率により影響されることが考えられるので、その手初めとして淡水魚の一例としてニジマスについて行なった差別率の研究が報告された。それによるとニジマスの魚体の持ちうる最大90Sr濃度は主として水中の90Sr濃度に支配され、0.4を乗じた値として推定できること、水中の90Srが流出して、飼料生物のみが90Srを保持しているような水域においては、魚体の90Srの最大可能濃度は餌料生物の約1/100にとどまることが推論された。

 論文46は特殊地点としての日本原子力研究所付近の松葉および地下水中の放射調査の結果で、その汚染源は原水爆実験によるものであることが推定されている。

 論文47は放射能調査の補助資料として行なわれている微気圧計による核爆発探知の結果であるが、これにより計算された爆発地点の距離と、公表された実験地点との距離はよく一致し、また観測された核爆発日と雨水中の放射能異常発生日とは非常によく対応していることが示された。

 以上は発表された論文の概要であるが、上に記されたほか、測定法、分析法についての研究もいくつか発表されている。これは調査試料が多数であるため、日常の作業においてはより簡便な、より精密な方法が要求されるためで、この方面においても相当な成果があげられているものといえる。たとえば論文40の海水中90Srの分析法は海水中に多量に含まれるマグネシウム、カルシウムのため、これまで正確な定量が困難とされていたものを解決したのである。