重水専門部会の答申


 重水専門部会は昭和33年4月4日に設置され、重水関係研究成果の検討、成果の具体化にあたっての問題点の検討、今後の研究計画等に関する検討を行い、昨年10月中間報告書(第3巻第11号7ページ参照)を原子力委員長に提出した。その後、昭和33年12月19日、34年3月25日の両日にわたり、さらに審議を行い海外の状況を考慮し、その後国内において進展した基礎研究の成果等を検討した結果一応の結論に到達したので次のごとき答申書が千谷部会長から5月21日付で高碕原子力委員長に提出された。


昭和34年5月21日

原子力委員会委員長 高碕達之助 殿

   原子力委員会重水専門部会長 千谷利三

 当部会は、昭和29年度以降政府が助成を続けてきた各種の重水製造方式およびその組合せについて、研究成果を検討し、重水製造方式の確立のための問題点を抽出することを目的として、昭和33年4月4日に設置され、同年6月11日、 8月19日の両日にわたって審議を行い、また部会の発足に先だって同年2月25日、 3月31日の両日にわたって井上参与および森専門委員を除く部会構成予定者全員で、これらの問題点の予備調査を行った結果、中間的結論を得たので先に報告した。その後昭和33年12月19日、 34年3月25日の両日にわたり、さらに審議を重ねた結果、一応の結論に達したのでこれを答申する。

ま え が き

 重水は減速材、反射材、冷却材等として原子炉に使われるが、なかんずく減速材として、他の追随を許さない特長を有する。すなわち、重水を減速材とすれば、他の物質による場合に比べ、原子燃料の臨界量は大幅に低下し、著しい原子燃料費の節約がみられる。また、熱中性子増殖炉には重水を欠くことはできない。

 したがってわが国のように原子燃料に乏しい国では、重水の効果は特に大きく、ウランよりもトリウムが手に入りやすい事情をあわせ考えると、将来その大量使用が予想される。

 さらに核融合反応の原子燃料が重水素であることはいうまでもなく、目下その平和利用の基礎研究がようやく緒についたにすぎないとはいえ、いずれその実用化の実現が予想され、その暁には重水は核分裂原子力の減速材というワキ役から核融合原子力の原子燃料というシテ役に回り、大量に必要となる。

 一方海外をながめると、重水を最も多量に生産しているのは米国であるが重水の輸出にはいろいろの条件を付けた政府間の協定が必要であり、また米国以外の供給国としてはノルウェーがあるが、その供給量はきわめて少量にすぎない。

 したがって早晩大量に必要となることが予想される重水の供給を海外のみに求めることは賢明でない。できるだけ国内で自給することが望ましい。特に重水の製造は他の原子力関係諸原料等と異なり、製造設備、原料等すべて国産に依存でき、またその製造方式のあるものはわが国に比較的よく発達している水素工業を利用できる利点がある。

重水製造技術開発の現状

 昭和29年度以降政府が研究の助成を行ってきた重水製造技術には交換反応、回収電解、水蒸留、水素液化精留、二重温度交換等の諸方式がある。このうち交換反応および回収電解の両方式の研究は国産原子炉第1号として予定された天然ウラン重水型研究用原子炉に必要な重水を国内で充足しうるよう製造技術を早急に開発する目的で始められたもので、当時もっともすみやかにこの目的を達すると考えられた低濃縮用の交換反応、高濃縮用の回収電解の両方式を選んだものである。その後研究の推移に応じ、水蒸留法を両方式との組合せに加え、また将来における大量生産に備え二重温度交換法および水素液化精留法の研究を始めた。

 当初に研究を始めて以来4年余を経過した今日、そのあるものは研究が完成し、あるものは基礎研究が終了に近づき、あるいは基礎研究の途中にあるが、その状況を方式の組合せ別に述べると次のとおりである。

(1)交換反応、水蒸留、回収電解の3法の組合せによる製造法はすでに技術が完成し、ただちに製造設備の建設に着手できる。しかも既存の水電解設備を大幅に利用でき、もしその製造設備をわが国最大の水電解工場に併設すれば最大年9トンの生産が可能で設備建設開始後約20ヵ月で最初の出荷を見るであろう。その際の総原価はグラムあたり25円(金利0、設備17年償却)ないし59円(金利1割、設備5年償却)となる見込である。(資料1参照)

(2)二重温度交換法は硫化水素と水の交換反応を利用する方式と水素と水の交換反応を利用する方式の2方式が研究されている。前方式は硫化水素による腐食を中心に研究が行われ、さらに熱平衡、質量平衡等についても研究が進められているが、これが終了すれば一応この方式に対する見通しが明らかとなろう。製造技術の完成にはなお相当の研究を必要とするが、この完成を見れば見込総原価グラムあたり19円(年産30トン、金利0、設備17年償却)ないし50円(年産10トン、金利1割、設備5年償却)で生産が行えるであろう。(資料2参照)また水素一水の交換反応を利用する方式は触媒の研究に引き続き、加圧、触媒の懸濁等による反応の促進に関する基礎研究が実施されている。

(3)水素液化精留法は目下原料水素30m3/hrの規模の液化精留装置により基礎研究を行っており、その結果この方式を高濃度における回収電解法に組み合わせ工業的生産を行うためには、水と水素の交換反応によって天然水から重水素を水素に補給し、この水素を循環して使用するのが最も有効であるとの見通しを得た。この方式の組合せによる製造技術を完成させるためにはなお相当の研究を必要とするが、その完成をみれば見込総原価グラムあたり20円(年産100トン、金利0、設備17年償却)ないし66円(年産25トン、金利1割、設備5年償却)で生産が行えるであろう。(資料3参照)

重水需要の見通し

 一方わが国の重水の需要をながめると、需要のほぼ確定したものとしては日本原子力研究所が近く海外から輸入または国内から購入する原子炉、すなわちC P- 5および天然ウラン重水炉に必要な初期装備および補給用のものならびに同研究所が研究用に使うものがある。しかしながらその所要量は昭和33年度10トン、35年度24トン、同年度以降年2トンという比較的少量で、かつ数量が安定しない。

 むしろ本格的需要は将来設置される発電用、船舶用等の実用原子炉によって喚起されるものであるが、その量がきわめて多量になることもありうるというほか数量の見通しを立てがたい。極端にいうと実用炉の大半に重水が使われれば10年後の需要が年数百トンにも及びうるが重水型が全く採用されることがなければ、年数トンにも及ばないかも知れない。

重水の製造に対し今後採るべき措置

 以上のような技術開発ならびに需要の現状から、今後採るべき措置としては次のことが考えられよう。

 まず当面の需要に必要な重水についても海外からの輸入が協定を必要とすること、また国内生産がひとり重水製造技術だけでなく関連産業技術の向上に役だち、国内の付加価値を増すことをあわせ考えると国内で生産するのが望ましい。

 国内で生産するとすれば現段階においてはすでに技術が完成した交換反応、水蒸留、回収電解の3法の組合せによって製造を始めるのほかない。製造の規模は国内の需要の見通し難と電力の効率的使用をあわせ考えれば年産3ないし4トンの規模が適当といえよう。

 しかしながら、この製造方式では国内の最大工場1工場あたり年産最大9トン、全国をあわせたとしても年産10数トンをこえることは困難で、将来予想される多量の需要には応じきれない。大量生産は諸外国の状況をもあわせ考えるに、二重温度交換反応法または水素液化精留法のいずれかを主体とする方式によらなければならない。

 二重温度交換反応法のうち硫化水素と水の交換反応による方式を主体とするものは現在米国が採用している方法で、この方式で製造された重水の販売価格から推定すると米国におけるその総原価はグラムあたり22円をこえないものと見込まれている。しかしながら、その技術は全く公開されていない。また水素と水の交換反応方式による二重温度交換法は諸外国では盛んにその研究が行われ、将来への発展が大いに期待されるがまだ研究段階の域を脱していない。

 水素液化精留法を主体とした方法は諸外国では本格的生産が行われ始めてきており、わが国でもこの技術が完成すればこの方法でもすでに述べたように二重温度交換法とほぼ同程度の総原価で生産を行いうる見込がある。

 これらのことを考えると、この両方法ともそれぞれ長短があり、そのいずれが将来の大量生産に備えて適切であるか速断しがたいが、両方法とも将来の需要に備えて、少なくとも現在実施している基礎研究は十分に遂行しておくことが望ましい。重水の工業的製造技術に際してはいずれの方法を選ぶにしてもさらに中間プラントによる製造研究を行う必要があるが、その製造研究には次に述べるように相当多額の費用が必要であるので,その製造研究を開始する時期は将来の重水の大量需要が生ずるときとあわせ考え、適当に選ぶことが必要である。

今後における研究および製造の問題点

研究の問題点

 二重温度交換法は水と硫化水素の交換反応および水と水素の交換反応を利用する両方式について現在研究実施中であるが、研究が終了すれば、ほぼ中間プラントによる研究に移行できる段階に達する見込である。

 中間プラントによる研究の主体は、前者においては効率のよい熱交換器および廃液の処理等であり、後者においては反応速度を向上させるための装置および触媒等が問題である。またその方式の選定にあたっては水と硫化水素、水と水素のほか、他の物質による交換反応をもあわせ検討する必要がある。

 水素液化精留法による重水の製造に関する研究は先に述べたごとく原料水素30m3/hrの規模の装置で基礎研究が行われているが、まだ精留棚、原料水素の高温交換反応による濃縮等に関する基礎研究の一部が残されているのでその実施が必要である。これらの研究が終了すれば、中間プラントによる研究に移行できる段階に達する見込である。

 中間プラントによる研究の主体は寒冷の発生方法ならびに重水素濃縮の化学工学的検討および天然水から重水素を原料水素に補給する高温接触交換反応の研究等である。

 これら両方法の中間プラントでの研究は二重温度交換法においては硫化水素-水、水素-水両方式とも1トン/年の規模で、水素液化精留法においては250キログラム/年の規模で行えば将来の工業化に必要な条件はおおむね判明すると考えられるが、このいずれの方法の研究を実施するにしても、これに必要な経費は不確定ながら2-3億円以上かかると推定される。

製造の問題点

 小規模な重水製造のためには、すでに述べたように交換反応、水蒸留、回収電解の3法の組合せによる方法はその設備の建設にいつでも着手できるが、もしその容量を年産9 トンとすれば、その建設費は約13億円、 3トンとすれば6億円となる見込である。(資料1参照)

 大量生産にあたっては、二重温度交換法または水素液化精留法を主体とする方法によらねばならないが、これらの方法は近く基礎研究は終了するが、さらに中間プラントによる研究が必要である。

 これらの方法による重水製造設備の建設費は、一応現段階で見積れば資料2および3のとおりである。

 これらのいずれの方法を選定するにしても、かなりの資金を必要とするので、これを民間企業がみずから資金を出して引き受けることはおそらく困難であろう。したがって重水の国産化が必要な場合には、その製造に際しては相当強力な助成措置(たとえば国が重水製造設備を設けて、その運転を民間企業に委託する。あるいは国がその製品の買上げをその製造原価にもとづいて保証する等)を講じなければならないだろう。

〔注〕資料1、2および3の計算根拠

1)電力の単価はkWhあたり2.50円、用水はトンあたり5円、スチ-ムはトンあたり1,000円とした。
2)労務費は給与、賞与、法定福利費等を含み、 1人60,000円/月にて計算した。
3)設備にかかる租税(固定資産税、不動産取得税)は免除されるものとして考慮しなかった。
4)保険料は設備費に対し0.25%/年、修繕費は1.5%/年(料率)にて算出した。
5)開発費は昭和29年度から同33年9月(32年度)までの重水試験研究費のうち自己負担分の合計額を以って開発費とし5年定額償却とした。
6)減価償却費は償却年数(建物、機械装置ともに)17年と5年の場合とを算出した。
 なお残存価格は設備費の10%、定額償却とした。
7)管理費は製造原価(原材料費、労務費、経費の合計額)の5%とした。
8)金利は利率(年) 10%、 6.5%、0%のそれぞれの場合を算定した。なお、設備金利は設備費に対するもの、運転金利は減価償却費を除いた製造原価に対するものとし、回転期間は3ヵ月とした。

資料1 交換反応、水蒸留、回収電解による重水製造見積原価

資料2 二重温度交換、水蒸留、回収電解による重水製造見積原価
(二重温度交換法は硫化水素一水の交換反応方式によるもの、また二重温度交換法による濃縮は天然水より20%D2Oまでとする。)

資料3 交換反応、水素液化精留、回収電解による重水製造見積原価