ガンマフィールドの有用性について

原子力関係留学生報告


 本稿は昭和31年度原子力留学生として、米国のブルックヘヴン国立研究所ならびにノースカロライナ州立大学において育種的にみたガンマフィールドの有用性等に関する調査ならびに落花生の放射線感受性に関する研究等を行った農林省農業技術研究所生理遺伝部の吉田美夫氏の出張報告書の一部である。
 本誌においては原子力関係留学生の報告書を掲載してきているが、RIおよび放射線に関するものは今まで掲載されていないので、その一例として以下に紹介する。
 なお同報告書の主要部分をなす研究機告の部分は省略し、ほか若干の手を加えて表現を改めたところもあることを付記し、同氏の御了承を得たい。

1.研究題目(γ一fieldの有用性等について)を中心とした技術情報

(1)緒論

 現在わが国農業の最大の問題点は食糧の不足にあり、食糧増産の捷径は優良品種の育成にある。最近育種の行きづまりの声をしばしば聞くが、新しいすぐれた育種方法の確立こそ日本農業に課せられた一大問題点であろう。放射線遺伝学を背景とした変異性の拡大と、集団遺伝学を背景とした選抜理論の究明がこの一大問題点に答えうるための最も手近な方法であると思う。
 放射線育種の端緒は米国におけるMuller 927のショウジョウバエに始まったが、米国では雑種トウモロコシの育成に忙しくかつ突然変異はすべて有害と考えたために、スウェーデンでその有用性は100%有害ということと99.99%有害ということは異なるという形で実証された。そのことは Nilsson-Ehle およびGusta-fsson の一派の功績にまつところが多い。戦後米国においてもスウェーデンの研究に刺激され、またラジオアイソトープの入手が容易になり、放射線育種の問題が考えられ、研究が始まった。放射線による育種的成果として Gregory の落花生における約10%増収品種の育成はまさに特筆すべき輝かしき成果といえよう。

(2)育種的に見た γ-field の有用性に対する検討

① γ一field の設立の沿革と現状

 Brookhaven National Laboratory(以下BNLという)の γ一field は1948年に設立されたもので、そのほかに米国では Virginia 大学に、またノールウェー、スウェーデンにそれぞれ最近設立された。設立の目的はX線照射装置と同様に単に変異誘発の一手段、一道具として考えられたものであり、これが育種への応用の見地から発足したものではない。現在もBNLではもっぱら理学的研究を行い、γ-field の育種への応用的なことは考えていない。
 1952年に会議を開き、BNLの γ-field、γ-green house、X線照射装置、ニュートロン処理装置等の全施設を利用することが米国の東北部の大学・研究所・農試の研究者の間に行われた。これらの研究に関しては主として BNL では照射を行い、材料の準備、後代の追跡はそれぞれ当該研究者のいるところで行う。全施設を含めると60以上の研究所や大学、120名の科学者が70以上の異なった植物で研究している。そのうちγ-field 関係は14の大学や研究所、14名の科学者が研究に参加している。ただし14名中には生理学者や病理学者も含まれ、みな遺伝学者というわけではない。主として果樹で、その他タバコ、花卉、イチゴ、大麦等について研究している。BNL ではこれらの研究者の研究に関しては単にアレンジしているのみである。γ-field の設立の当初には多くの申込みが殺到したよしであるが、現在では当初に比しやや衰え気味であるという。

② γ-field の構造と他の諸施設

a)BNL の γ-field
 1948年に設立され、1949年にCo60の16キュリーの線源をもって始められたが その後次線に線源を増し、現在では1,800キュリーである。γ-field の面積は10エーカー(約4町歩)でその中に照射塔が立っていて照射する。だいたいの構造は第1図に示すようである。線源の上昇および地下への格納は操作室において照射塔と操作室を結ぶワイヤーを通じてなされる。照射塔を中心としてそれぞれの植物が植えつけられ、実験目的に応じて弱い線量、強い線量をそれぞれ植物は受けることが可能である。また果樹のごとく数年一定場所に固定される場合とか、1年生植物を全生育期間圃場におく場合とか、生育のある時期に圃場に入れる場合とかいろいろの場合がある。また冬期は線源を圃場外に持ち出して圃場は閉鎖される。圃場操作中は1日20時間照射、残りの4時間は線源は地下に格納され、その間に農作業、調査等が行われる。
 人体の安全を期する装置には多くの考慮がはらわれている。まず2重の垣根がありかつ危険の掲示が定間隔にあり、照射中は電気仕掛により内門は絶対に開かず、また線源をあげる5分前とあげつつあるときは警笛が鳴る。そのうえなんらかの関係で線源が上昇したまま下に降りないときは、照射塔の頂上でワイヤーを切り落す道具がついている。操作室にはもちろん線量計が常備してあり、そのうえ各人は必ずフィルムバッジとポケット線量計を各2個ずつ携帯せねばならず、規定の限度以上のγ線にさらされたときは、各人について Health Physics Department で被照射量を測定しているので、同 Department から本人に通達され、一定期間あらゆる放射線源に近づくことを禁止される。

第1図 BNLのγ-field

第2図 Virginia大学の γ-field


b)Virginia 大学の γ-field
 γ-room のように γ-field を使おうとする目的をもって Dr.Singleton によって設立されたものである。同氏によると植物のための換気装置や光源が不必要で安価であるしかつγ-room と同様な目的を達しうるという。植物をポット等に栽培して植物の放射線感受性の高い時期に圃場内に搬入し、一時照射後圃場外に搬出する。線源としては125キュリーのCo60を用いる。簡単にその構造を示すと第2図のようである。
 この圃場面積は1エーカー(約4反歩)である。直接ポットを置ける場所は30フィートの直径の円内である。中央の線源を中心として同心円がかいてあり、そのうえにポットを置く。線源を上下することは操作室からワイヤーによって行う。

c)BNL のその他の施設

イ) γ-green house:大小二つのγ-green houseがあり、大きいはうは35坪、線源は7.5キュリーで、小さいほうは0.2キュリーである。構造は普通の温室と大差ないが上記線源のあることとそれにともなった防護設備のあるだけである。使用目的は小規模の実験

のために用いられ、目下Dr.Sparrowは極徴弱な線量の場合の突然変異発現率の研究等を行っている。

ロ) Portable Irradiation Machine:P32等のβ線を出すラジオアイソトープをベークライトでとりつけ、アルミニウムの管にとじこめて移動して植物の生長点等を処理する構想のもとにつくられた。現在はほとんど使われていない。

ハ) Neutron 処理装置:原子炉の中心部近くに防護壁の上から種子や接穂等を入れた9インチ立方のガラスの箱をおろし、neutron 処理をする装置である。ガラス箱の中には金箔が入っていて照射された neutronの量の計算に用いられる。その他X線照射装置や恒温恒湿室等がある。

d)経費の問題
 X線照射装置 750kV、30mA の購入費は20,000ドルで、125kVの場合は5,000ドルである。これに比し γ-field の場合は土地代、維持費を除き、設立費のみで20,000~23,000ドルぐらいで750kV、30mAのX線照射装置とほぼ等しい。γ-green house は7.5キュリーのほうで18,000ドル、0.2キュリーの場合は15,900ドルを要する。

③ γ-field の有用性の検討
 当初この問題の調査にあたり a)線質の相違の問題と、b)一時照射と長期照射の比較の問題の2点から調査すればよいとの方針を定めた。

a)線質の相違の問題
 物質的にみて波長の点を除けばX線とγ線はたがいに類似し、neutron は非常に異なっている。Dr.Steinの研究によると Kolanchoe なる植物においてX線とγ線処理の間には生理的および形態的な差は認められないという。またDr.Gregoryによれば育種的見地から落花生で5ヵ年間にわたりγ線とX線の比較を行ったところ量的形質において有意差を認めえなかったが、線量と線質の交互作用には有意差を認めた。
 Dr.FreyによるとX線とγ線の作物に対する働きは非常に似ているが、ただ燕麦でX1・R1の生存個体数においてX線処理よりもγ線のすこし高い線量で処理したほうがよい結果を示したという。Dr.Singletonによると体組織(Somatic tissue)に対しX緑とγ線はほとんど同線に働くがγ線のほうがやや効果的のようで、neutron はより効果的に働くという。
 Dr.Coldecott らの研究によると、大麦の幼苗の草丈でX1よりN1はよくそろいかつ正規分布する。かつまたこのことが後代の遺伝的なものと相関があるという。なおまた Dr.Bishop のリンゴにおける接穂の処理の研究によると thermal neutron のほうがX線よりも遺伝子突然変異を作り出すことにおいてより効率的である。また Dr.Martins らのトマトの研究によれば calcium nitrate,sodium chloride 等の化学薬品の前処理後に thermal neutron 処理をすると、N3で突然変異体の数が3倍になったが、同様な前処理後のX線処理でほそれほどでなかった。また Dr.Gregory の実験を統計分析した結果によれば、落花生ではX線処理と fast neutron 処理の間には放射線感受性において有意差を認めえなかった。
 要するに、線質の相違の問題は研究の段階たるの域を脱しえず、資料も少ないが、概してX線とγ線処理の間には差がないかまたもし差が存在するとしてもきわめて微々たるものであろう。そしてX線とneutron処理の間の差は概してより大きいと目される。

b)一時照射と長期照射の比較の問題
 Dr.Sparrow によれば、一般に弱い線量を長期にわたって照射しても生育障害は起ったが、例外として金魚草では起らなかった。また植物が大きくなって照射した場合には、放射線量が少ない場合は無処理に近く、多い場合には枯死したが、このことは一時照射でも長期照射でも同様であったという。Dr.Singletonによると種子処理では効果があがらず、放射線感受性の高い時期を探せば一時照射で十分間に合うといっている。ただし育種的見地から一時照射と長期照射を比較した完全な資料はないもののようである。
 要するに、γ-field に関して線質の相違の問題も一時照射と長期照射の問題もよくわかっているわけでなく、“Future will tell”との Dr.Sparrow の言が妥当な結論であると考えられる。それならば払 future とは何年後のことかと反問したところ、おそらく1961年にはこれらの問題が解明されるだろうと答えた。

④ γ-field の実際の育種的成果
 今まで γ-field で処理された作物は大麦、タバコ、大豆、菊、カーネーション、オランダイチゴ、ライラック、バラ、サクラ、ブドウ、リンゴ、桃、キイチゴ、サクランポ、スモモ、カエデ、カシ、マツでその他多数の有用植物でない植物も処理された。これらのうち今までにわかった4ヵ年間の成績では次の三つのものが実際の成果である。これらはいずれも BNL の研究施設を利用した他の研究機関に属する人々のやった仕事である。

a)Dr.Hough et al.は桃で、9日ほど早生の枝変りをした個体と3週間晩生の枝変りをした個体を各1個体ずつ500個体中からえたという。標準区はおいたというが確率論的な計算はなされていない。

b)ブドウで果形の大きい房がでてきた。そしてこれはおそらく倍数体であろうという。c)Dr.Vlitos は生理学者であるが、同氏はタバコを γ-field で1ヵ月間照射し、日長反応の異なる生育が旺盛で、長くかつ多数の葉を着生し、太い茎であった個体を50個体中1個体得た。

(3)結論
 γ-field で大規模に変異の誘発が可能であるという考え方には二つの意義がある。一つは集団として取り扱えるという考えであり、他の一つは果樹のごとき大作物を対象としうるという考えである。前者に対しては種子処理も同じ意義を有し、後者の場合には長期照射が一時照射にまさる場合には γ-field への植えつけを必要とするであろう。少なくとも γ-field の主目的としては体細胞突然変異をねらい、栄養繁殖植物(asexually propagated plant)におくべきであると考えられる。物理的にX線やγ線と著しく異なった性質を有する neutron は生物学的にも有望かのごとく、わが国においても原子炉造成にあたっては、このため莫大な費用を要するとも考えられず、付属装置としてneutron 処理のための設備を造っておけば、生物関係研究者に将来多大の便宜を与えるであろう。
 要するに、現段階において γ-room に関しては広い敷地を要せず、設立および維持に多額の費用を要しないから、わが国の国情に比し身分不相応でなくかつまたこれが育種への応用のための研究は必要であると考えられ、これが付帯設備も完備さるべきであろう。しかしながら帰国後府県の農業試験場において γ-room 設立の機運があると聞くが、府県農試の性格からして、慎重に検討されたうえで決定されることが望まれる。

 γ-field に関しては、現在わが国において多額の費用を投じて、γ-field をさらに造成する時期としては最も悪い時期であると考える。数年前に造成しておけば、あるいは米国に比しあえて遜色なき研究も行えたであろうが、今となってはすでに数年前に出発した米国に基礎的研究において立ちおくれたし、これが育種への応用をはからんとすればなお資料に乏しく時期尚早のそしりをまねがれまい。線質の相違の問題や一時照射と長期照射の問題も1961年ごろにはおそらくわかるだろうとのことであるから、数年後の米国やその他の国の結果を見て、γ-field を設立するか否かの態度を決定するのが賢明な策であると考えられる。

2.留学先の研究組織その他

① Brookhaven National Laboratory(BNL)の研究組織等
 BNL は米国原子力委員会傘下の原子力関係の研究機関の一つである。実際の運営は九つの米国の東北部の大学に委嘱されている。BNL の主力は Physics Department, Chemistry Department, Atomic Reactor Department, Nuclear Engineering Department 等でBiology Department 等は単なるつけたしにすぎない。Biology Department では67名の staff がいるが、permanent staff はわずかに3名で Chairman と遺伝関係に1人と生理関係に1人いるのみである。他はすべて temporary staff か visitor である。生物部門の特徴は特に優秀な学者がいるわけでもないが研究施設の完備していることである。主として米国の東北部の研究者が一時訪問して、諸施設を利用して種子の照射等を行って研究し、特に長年月を要する遺伝の研究はその研究者の当該研究機関において後代の追跡等は行われるを常とする。現在 BNL のBiology Department にいる研究者の研究方向は概して理学的であり、農学的な見地からのものではない。職員は scientist, technicianおよび作業員に分れている。研究者に雑用はなく、職能の分化にもとづいて研究上の合理的、能率的な運営がなされていることはもって学ぶべきものがある。
 特にわが国のごとく国土狭小で、経済力もまた劣る国では、ほうぼうに小規模な原子力関係の施設を作るよりも、各分野にわたって統合され完備された大規模な研究所を1ヵ所に作り、その運営にあたっては自由に利用できるようにし、自由に明るい雰囲気で研究できるようにしたほうがより効果的、能率的、経済的であると考えられる。

② North Carolina State College の研究組織等
 University of North Carolina は三つの branch から構成され、Raleigh における North Carolina State College はその一つの branch である。学長と 3 branchの各長の4名が全 University of North Carolina の top management にあたる。Raleigh にある N.C.State College は農学部、林学部、織物学部、理学部等から構成されている。そして各学部は数個以上の department からなりたっている。
 農学部について述べると、日本のそれとくらべて非常に奥なっている。日本の旧制大学全部の農学部を合わせたよりも人員構成、建物等が大規模であることもさることながら、要点は組織であり、機能である。農学部に課せられた使命は三つある。すなわち教育、研究および普及がそれである。したがって農学部の長はいわゆる農学部長であり、農業試験場長であり、普及の長である。そしてそれぞれの専門家が3部門に各1人ずついて長を補佐している。農学部の一つの Department である Field CropsDepartment の head もこれら三つの分野の同 Department の責任者である。そしてその Department の中には教育教授(TeaChing Prof.)、研究教授(ResearchProf.)および普及教授(Extention Prof.)と3種類の教授がいて、当該分野を分担している。また教授の中には各作物の研究企画官を兼任している人もおり、わが国の大学、農業試験場、県庁の専門技術員および農林本省の研究部にあたるものが1ヵ所にあり、相互に分担し協力して打って一丸として state 農業の発展のために邁進している。このことは単に N.C.State Collegeに限らず、米国内の各 State College もほぼ同様であるという。わが国における現状と対比して考えるときもって他山の石とすべきものの多きを感ずる次第である。また中央政府が state 農業上特に必要であると認めた研究に対しては、中央政府に属する研究者を State College に派遣する。そしてその研究者の人件費、旅費、研究費等は中央政府が負担し、State College としては、研究室、圃場および圃場に要する労力だけを供するのみだという。
 米国に比し研究費少なく、研究施設また貧弱で、試験圃場面積もまた少ないわが国にとってかかる研究の運営方法もまた非常に参考になるものと思われる。

3.留学環境と今後の留学生に対する注意
 わたしの留学した Brookhaven National Laboratoryと North Carolina State College との比較を試みよう。前者は終戦までは米国人でさえ知らなかった米国原子力委員会傘下の原子力の研究のセンターであり、後者は機関としては米国原子力委員会に属してないが、わたしの師事した Dr.Gregory は個人として米国委員会との関連のもとに研究している人である。前者はわたしの経験した日本の大学研究所等の常識をもってしては理解できないことが多く、なかんずく警察力が強化されており、食堂やセミナリイの行われる部室等には秘密なことを話すなとの掲示があり、あまり感じがよくなかった。また自動車をもたないわれわれには全く島流しで、歯磨粉一つ買うためにも8里行かぬと買えない状態で、10日間ばかりも歯磨粉なしで生活し、洗濯屋も中になく、買物のためのバスの便も、汽車の便もないので全く困った。この点 North Carolina StateCollege では大変便利で何の不自由も感じなかった。
 North Carolina State College の職員は全部 permanent なのに比し、Brookhaven の Biology Departmentでは permanent の職員は67名中わずかに3名で、N.C. State College の空気は日本の大学や研究所等と同様に非常に自由で、考え方も伸び伸びしており、Brookhaven のように、強大な組織の力をもって一定の型にはめこめようとするような陰欝な空気は見受けられなかった。若い人を対象とする原子力関係留学生には大学のほうがよいようで、大学以外のところに留学する場合には、本人が希望する場合は本人の責任において、所属官庁の指定する場合は所属官庁の責任において、行先を十分調査して行くことが望まれる。また英会話力なかんずく聞きうる能力が特に要望されることは言をまたない。