米加両国原子力事情視察報告について

 前記訪英原子力調査団のうち、帰途アメリカおよびカナダの原子力事情を視察し、12月帰国した石川原子力委員会委員以下の4氏は、アメリカおよびカナダ両国における原子力事情に関する視察報告書を1月24日開催の原子力委員会に提出し、その承認を得て同日発表を行った。以下にその報告全文を紹介する。

石川 一郎
嵯峨根 遼吉
法貴 四郎
原 礼之助

 (昭和32年1月24日)

目   次

第1節 視察経過の概要

 今回われわれが訪米したのは、石川原子力委 員会委員が U.S.AEC 委員長 Strauss 氏の招請に応じ米国原子力事情の視察を行う機会を得ると同時に、その結果として先月訪英原子力調査団が英国の原子力事情の調査を行った後をうけ、その結論をさらに広い視野に立って検討し得ることを予期したからである。またカナダ訪問は駐日カナダ大使 Davis 氏の示唆もあり、上記目的のほかに特に同国における燃料生産の状況視察に重きを置いた次第である。
 幸にしてカナダ政府および U.S.AEC 当局、各国立研究所、関係会社ならびに日本在外公館 等からきわめて懇切な便宜の供与を得た結果、短期間においてカナダおよび米国の原子力事情の概要を知り得たことは感謝にたえない。
 今回カナダにおいては政府ならびに原子力公社等の当事者と懇談の機会を得たほかに Chalk River 国立研究所、Blind River ウラニウム採鉱所ならびに抽出所等を視察し、米国においては AEC 関係者あるいは Westinghouse,G.E.等メーカーの当事者あるいは前フォーラム会長Cisler 氏と意見交換の機会を得たほか Oak Ridge,Argonne,Arco 等の国立研究所あるいは Grand Junction AEC 西部燃料統轄事務所およびウラニウム抽出所等数ヵ所の視察を行って、わが国における原子力開発の基本方針を確立する上に参考とするにたる各方面の意見やいくたの参考資料を得ることができたことを深く喜んでいる。
 米国が莫大な資金を投じ多数の人員を動員し、広範な分野にわたって原子力開発事業を推進しつつある事実は誠に力強く、将来におけるその成果に多大の期待を寄せることができよう。

第2節 カナダにおける視察

 カナダにおいては原子力担当 Howe 副首相ならびに Atomic Energy of Canada Ltd社長Benett 氏等に面接し、原子力問題について懇談した。NRUは天然ウラン重水炉として天然ウラン黒鉛炉と対比されるものであるが、当事者の意見を総合すると、事故時においてかりに燃料要素被覆に穿孔がおこった場合、事故拡大の様相はガス冷却の場合に比べれば著しく危険度が大であり、この対策に困難を感ずる点および重水を取り扱う各種装置が複雑精致を要する点等から考えて、この種の炉が大容量発電所において実用されるには今後5年ないし10年を要することが推測された。
 また Blind River におけるウラニウム鉱山ならびにウラニウム抽出工場を視察したが、カナダにおけるウラニウム鉱石の処理量は現在においても1日当り約5,000トン、半年後には約8,000トン、2〜3年後には約20,000トンに達することが推測される。またカナダは1962年まで米英とウラニウム供給に関し契約があるが、1962年以後は世界のウラニウム需要に応じて生産を行うことが期待され、その場合には生産量が当然自国需要を上回ることになるので、わが国がこれを輸入することも十分可能であると考えられ、将来このために 2国間協定を結ぶ必要を生ずることも有り得るように思われた。

第3節 米国における動力炉開発の現状

 今回の視察期間において大型動力炉の調査には特に意を注ぎ、このためAEC当局者、Westinghouse,G.E.等メーカー関係者、国立研究所等において特に懇談の機会を持ったが、G.E.関係者ならびに他の有力な二、三の学者、技術者は率直にしばらく時期を待つ方が賢明であろうと述べ、Westinghouseは134MVA発電所の仕様概要を提示して積極的に導入方を勧奨したが、同社においてもコスト計算あるいは燃料加工等については必ずしもすべてを解決しているとは考えられず、PWRに関しても大型実用炉の具体的設計がまだ完全には固まっていない現状にあるように思われた。
 要するに、米国の原子力に関する蓄積された知識と経験は、その規模、投資額、幹部職員数等においてまさに世界をリードするものと考えられ、原子力発電に関しても米国の指向する濃縮ウラン方式は動力炉設計における自由度の大きい点、あるいは燃料要素改良にともなうコスト低下の見込が確実と思われる点、さらに数年後には発電コストもわが国においては火力に匹敵するにいたるであろうことが予想される点等を考慮する時多分の将来性が期待されるところであり、近い将来においてこれをわが国に導入する時代が来るものと考えられるが、今日ただいまただちに実用的大型炉を導入することは時期尚早であって、今後なお調査を進める必要があると判断される。
 なお将来における濃縮ウラン方式導入の必然性に対処するため、引き続きその推移を常に注視することが必要であり、今後約1年を経過すればシッピングポート発電所の運転も開始されることでもあり、かつ Westinghouse 社においてはヤンキーアトミック社からの受注炉の設計も完成されるので、適当な時期に改めて調査団を派遣することも考慮されることが望ましい。また動力試験用あるいは訓練用として小型動力試験炉を導入する問題も、その得失について十分検討を加えるべきであり、これに関しては現在ただちに具体的調査を開始する必要があり、具体的情報を得るためにはなるべく早期に調査団を派遣することが望ましい。またこの調査を行うに当り、情報交換はできうるかぎり促進することが望ましく、この意味においても動力炉を含めた日米原子力協定の改訂を急ぐ必要がある。

第4節 燃 料 問 題

 わが国における原子力開発の基本方針を策定する上には燃料対策を確立しなければならないが、今回の英米加3国を歴訪した結果、燃料に関してもその入手条件、その他についてある程度の見通しが得られたことは大きな収穫と考えられる。
 もちろんわが国においても燃料の自給についてさらに一層努力しなければならぬことは当然であるが、その確固たる見通しを得るまでには相当長期間を要することであり、今後における原子力発電の進展に対処し、海外からの燃料入手を必要とすることも当然考えられるところであるので、このような燃料事情を考えても国際原子力機関を通じての入手を期待するのみならず、かたがた国際原子力機関の発動に時日を要する場合には、しかるべき各国との間に2国間協定を締結することが必要であると思う。
 ウラニウム鉱石からウラニウムを抽出する工程に関しては Blind River および Colorado Plateau において二、三の工場を視察したが、カナダにおいては大量の同種類の鉱石を能率のよい方法で処理しているのに対し、米国では鉱石の種類に応じて一部の工程がことなるため多少の混乱を生じているやに見受けられた。また、ウラニウム抽出工程を概観して技術的に見れば鉱石の性質さえ一定していれば著しい困難さは見受けられないと判断される。 Colorado Plateau における鉱石処理量は1日当り約8,000トン、このため12の工場があり、いずれも自国産の鉱石を処理している。
 わが国においては海外からの燃料の輸入を考える場合、輸入の対象となるのは、ウラニウム含量のまちまちな鉱石よりもウラニウム抽出工場の製品たるウラニウム精鉱であると思われる。したがってわが国のウラニウム対策としては、精鉱(通称 Yellow cake、化学組成はカナダの場合は Magnesium diuranate)からウラニウム金属の製錬過程の工業化を急ぐ必要があり、このために必要な実験の推進、各国における実情調査、その他適切な措置が講じられねばならない。

第5節 研究体制と技術者養成

 英国ならびに米国における数多くの原子力研究所を歴訪して痛感されたことは、両国における原子力開発の輝かしい成果は、常に多年にわたる大規模な学術的および技術的研究によって裏打ちされているということである。
 わが国の原子力開発も10年のおくれを取り戻すためには、当面先進国の技術を導入し、これの消化に努力すると同時に、これと平行して自主的開発に努むべきであり、その成否こそわが国産業経済の将来の運命をになうものであることを自覚し、これがために原子力研究開発の挙国的体制を一層固めることが喫緊事であることが痛感される。わが国の研究開発体制はその国情の相似た点から英国方式に学ぶべきであり、日本原子力研究所を Harwell 研究所と Risley 工業化本部とを合体せしめたごとく発展せしめ、これが国内工業および各大学での基礎研究と結びついて強力な一元的運営を図ることが望ましいと考えられる。Harwell 研究所に範をとり、わが国も研究推進に必要な予算措置ならびに人員の確保については特に留意し、将来の悔を残さぬことが肝要であると思う。
 なお、動力炉の開発研究については、単に目前の英米技術を吸収することに追われて将来を忘れることなく、均一炉ないし増殖炉に関する研究調査をも本格的に行う必要があるし、動力炉輸入に際しても単に発生電力の経済性にとらわれることなく、将来に備えてこれをいかに研究という面において活用しうる体制を整えるかということをあわせ考慮すべきである。
 英国における原子力工業の従事者は、AEA関係者のみでも24,000人、米国においてはAEC 関係者のみで80,000人におよぶとされ、わが国の現状に比して格段の相違がある。わが国の原子力産業をになうものは優秀な科学技術者であり、この観点から必要な科学技術者の計画的育成ならびに既成科学技術者の転換ないし再教育という問題を真剣に考慮しなければならない。このため、留学生ないし既成技術者の海外派遣も現在よりさらに積極的に行われねばならず、大学その他における教育を急速に整備拡充する必要があるものと考えられる。

団員名簿

原子力委員会委員            石川 一郎

日本原子力研究所理事 理学博士 嵯峨根 遼吉

原子力局次長 工学博士        法貴 四郎

日本原子力研究所員 理学博士    原 礼之助

視察日程表