原子燃料公社法案立案の経緯について

 一昨年いわゆる原子力予算が突然国家予算に計上され、わが国もいよいよ原子力開発利用の第一歩をふみだすことになったのであるが、原子力開発にあたっては原子炉を築造し運転するのに必要な原子力技術もさることながら原子炉の燃料となるウラン資源を入手獲得することもきわめて重要なこととして、世の関心をあつめることになった。

 これにこたえて、昭和29年度には1,500万円、昭和30年度には1,400万円の予算が通商産業省地質調査所に計上され、国内におけるウラン資源の探査が行われることとなった。ウラン資源開発の第一歩はかくして地質調査所の探査によって始まったのであるが、この開発体制には若干の問題があった。

 第1に、ウランの精錬の問題である。もちろん、ウランを工業的に大量に製錬することの必要性は現在の段階ではあまりないのであるが、将来国産の原子炉が築造され、燃料としてウランを入手することが必要となる時までには、少なくともウランの製錬技術を確立しておく必要があり、それには現在から製錬技術の研究に着手しなければならないものと考えられる。またひとり製錬技術の問題のみならず、ウランの製錬については、諸外国の例のように特定の機関に一手製錬を行わせるかあるいは一般民間企業の手にゆだねるかということも問題である。特にウランの生産の最終段階である精錬については、わが国のウランの需要が国産原子炉が築造されても当分の間は年間数トンないしせいぜい十数トンていどとしか予想されないので、過剰投資を避ける意味においても、1ヵ所においてまとめて精錬を行う方が効率的と考えられる一方、ウランについては国際情勢からみても適当な管理を行う必要があると考えられ、それには最終精錬の段階を一手に行わしめる方が管理も行いやすくなるものと考えられる。

 第2の問題として、ウラン資源の開発体制の問題がある。現在ウラン資源開発の中心機関である通商産業省の地質調査所は、本来試験研究機関の一つであり、特定の鉱物を開発するために設立されたものでなく、たとえ特定鉱物の開発の一翼として探査を行い得るとしても、それは地質調査所の組織、人員等からみてせいぜい地質学的な概査を行なえるていどにとどまり、とうてい一つの鉱床を企業的に開発し得るか否かについての企業的精査は行い得ないものである。従って、地質調査所のこれまでの概査の結果、すでに有望と見られる地点も1、2発見されている現段階において、それらの地点について、地質調査所にこれ以上の企業的な精査を期待することには限度があるものといえる。そこでこの企業的な精査、すなわち埋蔵量についての精密な調査、試験的な採鉱等をいかなる機関に行わせるかの問題に逢着した。

 以上の問題点を解決し、すみやかにウラン資源を開発する体制を整えるため、昨年末制定された原子力基本法には、その第7条に「核原料物質及び核燃料物質の探鉱、採鉱、精錬、管理等を行わしめるため原子燃料公社を置く」旨の規定が設けられ、ウラン資源開発の中心機関が明確に定められることとなった。さらに同条第2項には「原子燃料公社に関する規定は、別に法律で定める」こととなっており、この規定に基き、原子燃料公社法の制定が必要となった。そこで国会議員をもって構成される原子力合同委員会においては、この原子燃料公社法案の起草に着手し、本年1月末合同委員会としての意見をとりまとめ、同法案を政府提案とするよう原子力委員会に要請した。

 原子力委員会は、合同委員会から提示された法案について検討を開始したが、昭和31年2月10日同法案にたいし、原子力委員会として次のとおり意見をとりまとめた。

 第1に、同法案には「核燃料物質を生産するため核原料物質を精錬する事業は、公社が一手にこれを行うものとする。」旨の規定があったが、核原料物質の精錬を独占させなければならぬ理由に乏しく、たとえ独占の規定をおくとしても、原子力基本法第10条に基き別に定められる法律に規定すべきであって、本法に規定すべきではない。

 第2に、同法案には、公社はその業務として「核燃料物質及びその廃物の分離及び処理」及び「放射性物質及び放射性汚染物件の廃棄物の買取及び処理」を行う趣旨の規定があったが、核燃料物質及び放射性物質の廃物等の分離及び処理は、当分の間原子力研究所において研究を実施し、企業化するに至った場合、あらためて施設、人員等を移管して公社に行わせるか、または別の独立した機関に行わせるかを検討することが適当であろう。

 なお、この他に原子力委員会では、同法案から参与に関する規定を削除すべきである等の細い点についても、いろいろと意見が出されたので、原子力局は、原子力委員会の意見を中心に、合同委員会から提出された法案にたいし修正を加えて原子燃料公社法案の第2次案を作成し、政府部内の意見を調整すべく関係各省に配付した。この段階に至り、この法案に内在する大きな根本的問題が浮び上ってきた。それは、この公社は、日本国有鉄道、日本専売公社及び日本電信電話公社の3公社とまったく同様の公社といい得るか否か、すなわち3公社は、いずれも厖大な人員と予算を抱えた一大独占企業であるのに比較し、原子燃料公社は、昭和31年度にはわずか1億5,000万円、内出資金1,000万円の予算と、100名たらずの人員とをもって発足するていどの小規模な企業体でありこれを3公社と同等に取り扱うことが適当であるかどうかという点が問題となった。このことは、原子燃料公社法案においては、主として次の2点に集約されて問題となった。

 第1に、3公社は、それぞれその予算を毎年政府関係機関の予算として、国の予算とともに国会に提出し、その議決を得なければならないことになっているが、原子燃料公社の予算もこれと同様に取り扱う必要があるか否かの点である。

 第2に、3公社は、すべて公共企業体等労働関係法の適用を受けることになっているが、原子燃料公社についても、同法を適用させる必要があるか否かという点である。

 政府部内のうち大蔵省は特に第1点を取り上げてこの法案にたいし反対し、原子燃料公社の名称を原子燃料公団とすべきであるとの意見を強硬に主張した。その意見の論拠としては、
 第1に原子燃料公社の予算規模は、他の3公社に比較しいちじるしく小さく、その予算のいかんが国民経済へ及ぼす影響もさほど考えられないのに、わざわざ国会の議決により、公社の予算の弾力性を阻害する必要はないこと。
 第2に、もし予算を国会に提出し、その議決を受けるものとすると、すでに昭和31年鹿予算を編成し国会に提出している現段階において、わずか1億5,000万円ていどの金額のために、補正予算を編成することはきわめて好ましくないこと。
 第3に、他の3公社は、もともと国家が経営していたもので、独占企業として最も公共性の高いものであり、原子燃料公社とは異なった性格のものであること。
 等であった。そこで原子力委員会の常勤委員及び合同委員会は、これらの反対意見を中心に再検討を行った結果、次の理由により公社という名称を公団に変更することにたいし、反対の意を表明した。

 第1に、反対論の第3点は、この法案にたいする認識の不足に由来するものである。なぜなれば公社の行う業務はもともと国家が行うべき性質のものであり、その証左の一つとして、この法案と同時に提案される核原料物質開発促進臨時措置法においては、公社の職員は、通商産業省の職員と同様に、核原料物質の探査のため他人の土地等への立入等の権限が認められているほど、その業務の公共性は高く、またウラン精錬の最終段階は、この公社が独占して行う可能性が強い等他の3公社と比較しても、その性格にはなんらの差異はないこと。

 第2に、原子力基本法には「原子燃料公社」の名称が明記されており、その名称の変更をするためには原子力基本法を改正する必要があるが、同法制定の経緯にかんがみ、軽々にはその改正を行うべきでないこと。

 第3に、すでに国会に上程されている昭和31年度予算案及び科学技術庁設置法案の中にも、原子燃料公社の名称が使用されており、これらの予算案ないし法律案は政府提出のものであり、政府としても原子燃料公社の名称を公式に認めることになっておるはずで、今さらこの名称を変更することは、政治常識としても行えないはずであること。

 かくして、この二つの相対立した意見は、結局公社の予算を国会の議決事項でなくしたいという要望と、公社という名称を変更したくないという要請との対立という形に浮き彫りされてきた。そこで政府部内の上層部においては、この調整に乗り出し、これら二つの要請を互に満足する形において問題を解決しようとし、結局原子燃料公社という名称は変更しないが公社の予算は国会の議決事項としないことに決定した。

 この決定された方針に基き、原子燃料公社法案は再修正を加えられたのであるが、その結果法制上、この公社の性格は公団と公社の中間を行くきわめてあいまいな性格を持つこととなった。すなわちこの公社は、実体としては公団に非常に近いのであるが、公社的色彩としては、第1に全額政府出資であること。第2に業務報告書及び決算の国会へ報告義務のあること。第3に他の法令の適用について3公社に近いこと。等により公社的色彩も、いくぶんそなえている。

 とまれ、他の3公社については、公労法等により、法律的にはようやく公社概念を形作ってきた現在において、かくのごとき新例を提起したことは、わが法制上に若干の波紋を投ずることになるであろう。